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花火にかけた想い
どおおおぉおおおおん……ぱぁああぁん
「うわあ……! あれが花火というやつだね、すごいじゃん!」
ヒコボシが額に手を当てて花火を観賞している。顔がとても満足そうだ。
「ほらほらオリヒメも! 人につぶされてないでよく見なさいよ!」
「そ、そんなこと言ったって……」
オリヒメはぶつかる人波に流されて、ヒコボシの姿を見失わないようにするのも必死だ。
空を飛べる彼らがなぜ地上に足をつけているかというと……
浴衣を着て、下駄を履いてみたかったのである。単純明快な理由だった。
どおおおおおおおん すぱぁぁぁぁ……ん
「きゃー! 綺麗ーーーー!」
自身星の導き手でありながら、ずいぶんと花火に興味津々らしいヒコボシは――
ふいに、後ろからぐっと引っ張られた。
「っ。ちょっとオリヒメ、乱暴にひっぱんないでよ、浴衣が崩れる――」
言いかけ、はっと口をつぐむ。
肝心のオリヒメの姿が、『前に』見えたからだ。
そのオリヒメの表情が徐々に青白くなっていく。
ヒコボシは、自分の周囲から人がいなくなっていくのを感じた。
背後から、ぐっと体を抱えられて、
「そうだ……じっとしてろ、嬢ちゃん」
耳元で、暗い男の声。
こめかみに、冷たい感触。鋭い――何か。
ヒコボシを捕まえた男は、声を張り上げた。
「あの花火をやめさせろ!」
ざわざわと花火を見に来た人々がざわめいている。中にはすでに恐慌状態の者もいるようだ。
「早くしろ! このガキがどうなってもいいのか……!」
男の要求は、『今すぐ花火大会を中止させろ』
花火大会の責任者の1人がやってきて、男の顔を見て息をのんだ。
「お前……加藤善三[かとう・ぜんぞう]じゃないか。何をして」
「いいから花火を止めろ!」
ヒコボシが必死に抗おうとするが、無駄。
オリヒメにはどうしようもなく、ただことの成り行きを見守るだけだ。
「は――花火は今更止められん!」
代表の男が言った。「毎年の恒例行事、しかもまだ半分も終わっていないんだ。無理だ!」
加藤はうなった。
「あの花火は、俺の息子の」
彼が小さくつぶやいたのを、ヒコボシは聞いた。
「とにかく花火を止めやがれ! このガキがどうなってもいいのか――!」
加藤は吼えた。
絶叫が、花火の音よりも激しくその場を支配した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「まあ! あれは何ですの?」
葛織紅華[くずおり・こうか]は新しい屋台を見つけては、きゃあきゃあと喜んだ。
阿佐人悠輔[あざと・ゆうすけ]は、苦笑しながら紅華を人ごみから助けるように壁の役目を務める。
「ちょっと悠輔! あれは何ですのったら!」
「あれ? あれは……大判焼き屋じゃないか?」
「オオバンヤキ? 何ですのそれ。食べ物ですの?」
「ああ」
「おごりなさい!」
……とてもお金持ちのお嬢様とは思えない発言だ。
(まあ、俺とかと付き合いがあるせいなんだろうけどな……)
悠輔の叔父が、紅華の家庭教師をしている。たまに悠輔自身が彼女の相手をしていたりする。彼女との縁はなぜか切れない。
紅華との出会いは決していいものではなかったが、それなりの付き合いの長さになって、悠輔は彼女を嫌いとは思えなくなった。むしろ微笑ましい。
だから、今日も誘ってみたのだ。
この花火大会に。
そこはやはり『お金持ち』で、紅華は花火大会はおろかお祭りに来たことさえなかった。見るものすべてが新鮮らしく、しきりに悠輔の服を引っ張る。
その紅華と一緒に射的や金魚すくいで遊び、わたあめやりんご飴をと言った祭り特有のお菓子をおごってやり、子供のように口の周りをべたべたにする彼女に呆れながら口周りを拭いてやり……
紅華は華やかな柄の浴衣姿だった。豪奢な銀髪の彼女は花火に照らされて、とても美しく見える。
「紅華さん。浴衣、誰かに選んでもらったのか?」
悠輔が微笑むと、急に紅華は真っ赤になり、視線をさまよわせ始めた。
「……ん?」
「……んですのよ」
「なんだって? ちょっと周りがうるさくて聞こえない」
「自分で作ったんですのよ!」
紅華はやけになったように言った。「あなたに数日前に誘われて、たたた楽しみだったから、浴衣の作り方をメイドに教わって――」
そう言えば紅華は裁縫が得意だった。その白い指を見て、悠輔は『その手がこの浴衣を作ったのか』と感慨深くなる。
くす、と笑って、
「よく似合う」
言ってやると、紅華は真っ赤になって、どんと悠輔を突き飛ばした。
「うわっと! こら、紅華さんこんなところでそういうことを――」
しかし突き飛ばされた先。
「花火を止めやがれ! このガキがどうなってもいいのか――!」
ざわつき、だんだん人が少なくなっている場所で、叫んでいる男を見つけた。
子供を抱きかかえ、その子供の首筋にナイフをつきつけているさま。
悠輔は表情を険しくした。
「何ですの、このざわめきは」
近づいてきた紅華も、すぐに状況を察したようだ。
「面倒くさいですわね。……あの男の気を引いている間に、あなたがいつもの技であの男の動きを止めればいいんですわ」
「そう――だな――」
言いながら慎重に周りを見渡していた悠輔は、ふと見知った顔を見つけた。
それは草間興信所と呼ばれる場所の、所長と事務員の姿――
「今年の花火はなかなか凝ってるな」
と草間武彦[くさま・たけひこ]は言った。
どぉぉぉぉぉん ぱああああああぁぁ……ん
普通の打ち上げ花火の中でも、ひどく複雑な絵柄が表現されているものもある。
「あんな花火、絶対作れないと思っていたわ。やればできるものなのね」
ほうと感嘆の息をついたのは、草間の婚約者シュライン・エマ。
言っている傍から、今度は円形ではなく、まるで人型のような花火が打ち上げられた。浴衣姿の女性の形をしている。
「花火の構成を考えたら、あそこまで複雑なのは作れないと思うんだがなあ……」
「よほど腕のいい花火職人さんなのかしら? 新しい花火の作り方を開発したとか」
「そうなんだろうな。実際に打ち上げられているわけなんだから」
この人ごみの中、ヘビースモーカーの草間は煙草を我慢せざるをえなかった。ために口の中では屋台で買ったにっき飴が寂しく転がっている。
せっかくのお祭りだ。草間もシュラインも浴衣姿で、童心に帰って遊んでいた。
金魚すくいではシュラインが何匹もすくい上げて、「それをうちで飼うのか?」と家計火の車な草間が嘆いたり。輪投げでは草間が見事な命中率で1.8リットルペットボトルをゲットし――荷物になって邪魔になったり。
特にシュラインが喜んだのは射的だ。草間にやらせると100%の確率でシュラインの選んだものが打ち落とされて、ぬいぐるみなんかを手に入れたシュラインはぎゅーっとそれを抱きしめながら、
「んー。本物の銃の時は悠長にこんなこと言えないけど、銃を扱っている武彦さんはかっこいいの」
満面の笑顔でそんなことを言い、ぬいぐるみを抱えたまま草間の腕にも抱きつく。
「あんまり格好がつかないな」
金魚やらペットボトルやらを手にぶらさげている草間は、苦笑しながらもシュラインをのけようとはしなかった。
シュラインはクレープを食べる。草間はいか焼きを食べる。その間にも花火は上がる。
と――
何だかざわついている場面に遭遇した。
人々がどんどん後ろに下がってくるので、押されてもまれて草間たちはあやうくはぐれかけた。草間は金魚がつぶれないよう必死に保護しつつ、
「なんだあれは?」
2人は進む。
やがて、人々がいない空間まで近づいた。
1人の男が、子供を抱きかかえ、その首にナイフを近づけ、
「花火を止めろォ!」
と叫んでいた。
男が見ている先。
「いや、だから加藤、花火は止められない――」
おろおろしているのは――花火の責任者か?
シュラインと草間は軽く目を見交わし、うなずいた。
シュラインは挙手して、
「私が人質になるから、子供は離して」
と進み出た。
「!?」
加藤と呼ばれた男がぎくりとして逆に体をこわばらせ、子供の体を抱きしめてしまう。
(――こういうことをやるには臆病なんだわ)
「ね。子供を傷つけるつもりがなくても、子供が緊張で突然動いて怪我をする危険性は分かるでしょう?」
「――な、なんだお前は」
「私の正体なんていいから。別に警察官でもなんでもないし、ひ弱だから。とにかく人質は交換して」
説得している間。
草間は姿を消していた。
(情報集めに行っているはずだわ)
とシュラインは判断して、耳をすましていた。感度のいいシュラインの耳なら、草間の話し声が聞こえるかもしれないと思って。
――まっさきに耳に届いたのは、草間が軽く驚いている声だった。
『阿佐人君? 何でここにいるんだ』
『俺も連れと一緒に花火を見に来たんですよ。……草間さんも、あの男のことをどうにかするつもりですか?』
『そりゃあ当然だろう』
『俺にも手伝わせてください。俺の連れも手伝います』
『分かった。今シュラインが気を引いてるから――』
(阿佐人君……阿佐人悠輔君かしら。そうね、これだけ混雑しているお祭りなら見知った顔もいて当然だわ)
シュラインは意識を草間の会話から離し、再び加藤に向ける。
加藤はシュラインのまっすぐな視線を見て逡巡した様子だったが――
やがて、
「……っ。来い!」
シュラインは微笑んで歩み出た。
加藤はシュラインを背後から抱き、首筋にナイフを当てると、子供を解放した。
鬼眼幻路[おにめ・げんじ]は、興味深く花火を見上げていた。
「あんな複雑な打ち上げ花火を作れるとなると……ひょっとすると加藤屋の花火でござるかな」
花火職人は主に派閥で『〜屋』と呼ばれる。幻路は目を細めて、
「しかしいかにあの加藤屋であっても、これほど腕を上げるとは……素晴らしいことでござる」
ぱああん!
すぱああん!
ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ……ん!
次から次へと上がる打ち上げ花火。地面の底から襲ってくるような重い音。
この音に身をゆだねるのは、なかなかに気持ちいい。
「加藤屋の花火はこの音がいいのでござる……花火の色形だけではない。音にまでこだわっている……」
幻路は満足しながら、しっかりと足を地につけていた。
花火は、仕掛け花火に入った。
ばちばちばちばちぃっとはじけて、
『心に祝福を!』
ととても難しい字まで含んだ文字が浮かび上がった。
歓声がわいた。
「見ろ、今のが筒井会長が言っていた今回の大会の目玉の仕掛け花火だ!」
という声が聞こえる。
しかし、幻路は首をかしげた。
(……『心に祝福を』? なにやら、中途半端な文章でござる。あれが限界だったというのなら仕方がないでござるが……)
よそみをして歩いていた。だから気がつかなかった。
どんっと真正面から子供がぶつかってきて、幻路は前向きに体を折った。
「む?」
「た、助けてよっ!」
その子供は、不思議な輝きをまとう少年だった。すでに涙を流し鼻水を流し、くしゃくしゃな泣き顔で幻路を見上げる。
「ヒコボシを助けてっ。助けてよっ」
「落ち着くでござる少年。何の話でござるか?」
少年はひっくひっくと肩を震わせながら、後ろを指差す。
「……むむ?」
今まで花火に浸っていてまったく気づかなかったが、少し離れた場所あたりから、人のざわめきが聞こえてきた。
「あそこに友達か誰かがいるのでござるか?」
「双子の姉さんだよ! 変な男の人につかまっちゃったんだよ! ひ、人質になっちゃったんだよっ」
「………!」
幻路は真顔になって、
「詳しい話を聞かせて欲しいでござる」
と少年の頭を撫でながら言った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「あああああっ!!!」
仕掛け花火が発動した瞬間、加藤がのどからしぼりだすような苦しげな声を出した。
「畜生……畜生……!」
シュラインは怪訝に思い、
「ねえ、一体何が目的なの?」
と首筋にあるナイフを不安に思うことなく加藤に訊いた。
ナイフはたしかに冷たくぴったりとくっついている。しかし、おそらくこの男はナイフを行使しないだろうと判断したのだ。
「全ての花火は無理でも、特定の花火の中止なら可能かもしれないわ。それに話によっては、賛同者も出てくるかもしれない」
「もう……もう遅い……っ!」
加藤は再度、「てめえのせいだ!」と花火の責任者――筒井[つつい]に向かって怒鳴った。
「筒井! てめえが俺の息子の花火を勝手に持っていったから……!」
「勝手に……とは。仕方ないだろう、加藤屋からもいつもどおりの発注をしていたんだ。注文の数通りもらっていっただけじゃないか」
「俺のいない間に! 勝手に持っていきやがるな!」
「お前のお弟子さんがこれでいいと言ったんだぞ?」
「あの弟子ならとっくにクビにした! 畜生、すべてが無駄になっちまったじゃねえか!」
ああ、俺の息子の花火が……! と加藤は繰り返す。錯乱していて落ち着いて会話をできる状態ではない。
「ちょっとあなた」
ふと、新しい声が割り込んできた。
人ごみの中から、浴衣を着た、豪奢な銀髪の美少女が歩み出てきた。
「今、言葉の花火の時に反応しませんでしたこと?」
少女はどこか偉そうに手で長い銀髪を後ろに流しながら、そう言った。
シュラインもそう思った。――仕掛け花火が終わった瞬間に、加藤の錯乱は悪化したように思う。
それにしても目の前の少女は誰だ。シュラインは少女を見て、「危ないわよ」と警告した。
「あら。わたくしの心配をするなんて百年早くてよ。わたくしを誰だと思って? 葛織紅華ですわ!」
「葛織……」
――葛織家なら知っている。高名な退魔の一族だ。
「でも今は魔族が相手じゃないのだから――」
言いながら、シュラインは紅華の出現で、加藤の攻撃対象が筒井ではなくなったことをありがたく思った。
あのまま2人で言い合いさせていてもらちがあかない。
案の定、すかさず草間が筒井の元へ行って話を聞いている。
『そうですよ。加藤屋から……正しく言えばあの善三はもう現役を退いているので、加藤の息子の作った花火を納品してもらったんです』
『善三はね。まあこういうのもなんですが、その……精神的にもう、1人では生活できないくらい病んでいるもので』
『――確かに善三の許可はもらいませんでしたが……え? なぜ弟子の許可だけでって――』
『加藤の息子は、つい先日亡くなったんですよ』
『だから事実上、もう花火を作れるのは弟子だけだったんです。善三は病気ですし、だからあの弟子の許可さえもらえばいいと考えて』
草間は次に、筒井の周りに集まってきた筒井の関係者らしき人々からも話を聞き始めた。
皆、筒井と同じことを言った。
「ねえ加藤さん。あなたは勝手に花火を持っていかれたから怒っているの?」
シュラインはうめいている加藤に囁く。
加藤は無視をしているのか聞こえていないのか、うめき続ける。
心を病んでいるというこの男。この男の心に何とか声を響かせることはできないものか。
ふと、シュラインは背後に気配を感じた。
と同時に、
「!?」
加藤の体が、まるで地面に吸い寄せられたかのようにどさっと落ちた。
それに合わせてシュラインも尻もちをつく。ナイフが衝撃で首筋をかすめて、少しひやっとした。
「あ、シュラインさん。すみません」
聞こえてきたのは少年の声。阿佐人悠輔だ。
シュラインが首を回して後ろを見ると、悠輔は加藤の服を握っていた。悠輔の特技は布を操ること。例えば触れた布を鉛のように重くしたり。
加藤は服を重くされて、動けなくなったようだった。
「……もう人質の必要はなさそうね」
シュラインは立ち上がり、浴衣の裾を払い、ナイフを取り上げる。「阿佐人君、持ったままでいてもらってもいい?」
「ええ。そのつもりです」
悠輔は凛々しい顔立ちでうなずき、悠輔を見ようと首だけを上向ける加藤に向き直り、
「ここの花火を止めても、あなたたちも含めて誰も喜ぶことはない。もし子供のことを思うのだったら、止めるのは花火自体ではなく、不幸を繰り返さないことだったんじゃないんですか?」
「こ――子供に何が分かる!」
「……では、大人ではどうでござるかな?」
ふと聞こえた声にシュラインが顔をあげると、目の前に、浴衣姿になぜか刀を差した左目に傷のある男が立っていた。
「ヒコボシ!」
「オリヒメ! どこ行ってたのよ!」
人質から解放されたオリヒメは顔を真っ赤にして双子の弟を叱った。
2人共、涙で顔がべたべただった。ヒコボシは緊張の糸が切れたため、オリヒメはヒコボシがつかまった当初から泣いていたため。
「で、でもあの男の人、呼んできたから……っ」
「ばか! 私はもう助かったのよ!」
「でも花火が……」
ヒコボシとオリヒメは人ごみにまぎれながら、はっと騒ぎの中心を見つめる。
「おっと……お前さんはさっき人質になってた子だな」
人ごみの中から、ヒコボシに声をかけた男性がいた。
草間だった。「怪我はないか?」とヒコボシの頭を撫でながら訊いてくる。
「……ねえ、花火止まっちゃうの?」
ヒコボシは草間を見上げて言った。
草間はにっき飴をヒコボシとオリヒメに分けながら、
「さて……どうなるかな」
と苦笑してみせた。
(武彦さんがさっきの子供を無事保護……と)
シュラインは加藤に向き直ったまま、耳だけで草間の動きを判断する。
新たに現れた、左目傷の男――鬼眼幻路は、悠輔のせいで立ち上がれない加藤の前に、どかっとあぐらをかいて座った。
「ふむ、その様子、察するに何か訳ありではござらぬかな?」
今になって現れた幻路は少しズレたことを言ったが、改めて話をまとめるにはいいかもしれないとシュラインは思う。
「まずは話していただけぬかな? 刃物からは何も始まらぬでござるぞ?――と、ナイフはすでに没収され申したか」
幻路はシュラインの手のナイフを見て笑う。「拙者がここに来た理由は双子の姉がナイフをつきつけられて人質になった、でござったからな」
「は、話など」
シュラインは、再び草間が周囲の住民に聞き込みを始めたのを聞き取った。
『加藤の息子――』
『――恋人がいた――』
幻路はふと後ろを肩越しにみやって、
「ああ、会長殿、花火はそうでござるなぁ、打ち上げ装置の故障とでも言ってしばしの時間を。このまま無理に打ち上げを続けても、双方、失うばかりでござる」
筒井はかなりの時間迷ったようだったが、騒ぎはすでに会場全体にも広がりつつある。
「……わ、分かった。そうしよう……」
慌てて駆けていく筒井を見送る一方で、加藤は、
「……ふん。もう遅いわ」
吐き捨てるようにつぶやいた。
「察するに、あなたはあの言葉の花火を止めたかったのじゃなくて?」
紅華が言う。悠輔が紅華を見て、「そうなのか?」と問うと、
「だって、この男あの言葉の花火を見た瞬間に変な声を上げましたもの。何でしたかしら、あの言葉花火。ここ……心の……」
「『心に祝福を』のあれでござるか」
幻路はふうむとうなってあごを撫でた。
花火が、止まった。
「……さて、静かになったところで話をいたそう。先ほど、あの花火は息子の云々と聞こえたのでござるが、どういうことでござろう?」
しっかりと腰をすえて、幻路は加藤をまっすぐ見た。
シュラインの耳には草間の聞き込みの声。
『――とても仲がよかったのに――』
『作業中の事故で――』
「あの花火はお主の息子が作った、とかでござるかな? 仔細がわからぬゆえ、どう言ったものか難しいところでござるが……」
加藤は何も言わない。
「そうなんでしょう? さっき自分で言っていたじゃないですか」
悠輔が加藤の後ろから口を出す。
加藤はきっと悠輔をにらみやった。
『加藤の息子は若いながらも天才的な花火職人だった。中学卒ですぐに跡目をついだ――』
『17歳で亡くなってしまったんだ。不憫で不憫で』
シュラインは痛ましそうな目で悠輔をにらむ加藤を見つめる。
――加藤は悠輔の後ろに、自分の息子の影を見るのだろうか。
「花火とは儚いもの。何十と詰められた火薬が一瞬の煌きの後消えてしまう」
幻路は、どこか夢見るような様子で言葉を紡いだ。
「けれど、人々の記憶にはしかと刻まれる」
――草間が、誰かを捕まえた。
『――そうですけど――私に何か――』
「もし、ここで花火を打ち上げなかったらどうでござろう? 人の目に触れず、薄暗がりの倉の中で朽ちていくだけでござる」
幻路は訴えかける。加藤の、かつての職人としての心に。
「さて、花火としてはどちらが幸せでござるかな?」
加藤は頭を抱えた。
その時――
「おじさま……っ」
人のいない空間に駆け入ってきた少女の足音に、はっと加藤が顔を上げた。
シュラインはその少女の後ろを見る。――草間がいる。草間の見つけた少女らしい。悠輔より少し歳上ほどの娘だ。
「おじさま、さっきからの騒ぎはおじさまが原因って本当?」
少女は加藤の元へやってくると、しゃがみこんで加藤の顔を覗き込んだ。
「……ひかる……」
加藤はぽつりとつぶやく。「お前……さっきの仕掛け花火を見たか」
「仕掛け花火? ええ、『心に祝福を』でしょう? 太一[たいち]らしい言葉だと思ったわ」
「………」
加藤はゆっくりと幻路に顔を向ける。
「花火は人々の記憶に刻まれる」
「うむ。そうでござるな」
「……だが職人は、いつでも大勢の人々のためばかりに作っているとは限らん」
「それは――」
悠輔が絶句する。
シュラインが頬に手を当てた。
「……あの仕掛け花火は……」
「失敗作なのでしょ。もしくは未完成。そんなの容易に予想がつくじゃありませんこと」
紅華が偉そうに言った。「だって言葉がおかしいですもの! 『心に祝福を』。花火作りの難しさなんて知りませんけれど、センスがなさすぎる言葉だと思いましたわ」
「……本当に太一が作りたかった文字列は、『君の心に祝福を』だ。ひかる……」
加藤はひかるを見つめて疲れたように言った。「あの仕掛け花火は……お前の誕生日に、太一が1人でお前のためだけに上げるつもりの花火だった……」
作りかけだったから、たまたま、花火大会用の花火と同じ場所に置いてあった。
それがひかるのためのものだということは、相談にのった父親だけが知っていた。
花火大会用の仕掛け花火は、別に作る予定だった。だが弟子はそれを知らず。
――持って行かれてしまった。息子の心ごと。
加藤自身が気づいたのは、大会が始まってしまってからだったのだ。だから、……乱暴な方法を取って大会をやめさせようとした。
本当は仕掛け花火さえ止めればいい。分かっていたが、聞いてしまった。筒井が弟子から太一が渾身の力で作っていた仕掛け花火があるのを聞いて、『あの太一君の渾身の作なら今回の大会の目玉だ!』と宣伝してしまっているのを。
混乱した。どうしていいか分からなくなった。仕掛け花火を止めなくてはならない。だがその花火はこの大会の目玉になってしまった。
どうすればいい。
――とにかく、花火を止めなくては。
最近ではもう1人で冷静な判断のできなくなった男は、ナイフを持ち出した。そして――。
「そうでござったか……」
幻路は目を閉じた。「その無念。まことに心に響く……」
「太一が私に……」
ひかるが涙ぐんでいた。
「……大丈夫ですよ」
ひかるを見つめていた悠輔がつぶやいた。手をぱっと加藤の服から離し、加藤を解放してから。
加藤が顔を悠輔に向けた。
「ひかるさんの心の中に……ひかるさんの心の中だけでは、今はきっと、違う輝きを持って花火の光が刻まれている」
「………」
ひかるが悠輔をじっと見つめる。悠輔は微笑む。
「まったく、大勢を騒がせておいて陳腐な終わり方ですわ!」
なぜか不機嫌になったらしい紅華が、悠輔の隣までやってきて「お祭りの再開ですわよ!」
と服を引っ張った。
「ああ、会長殿に、もう花火を再開していいと伝えなくては」
幻路が立ち上がり、加藤にも手を貸した。
警察が今頃になってやってくる。
「私……おじさまについていきます……」
ひかるが加藤の腕を取った。「おじさまのお世話は前からしていますから」
「会長には話してきたぞ」
いつの間にか姿を消していた草間が戻ってきた。「警察か。俺たちも一応話をすることになるかな」
「武彦さん。保護した子供は?」
「ん? あそこに――あ?」
そこに、双子の子供はいなかった。
「動くなと言ってあったのに……!」
最近の子供は! と、草間がわらわらと指先をうごめかしていると、人ごみから知らない人物が出てきて、
「あの……そこで、子供に預かったメモなんですが……あなたに渡せと……」
と草間にくしゃくしゃのメモを渡した。
『ありがとう』
どおおおおぉん すぱぁぁぁぁぁん!
「おお、花火が……」
幻路が安堵したような声を上げる。
加藤はそれを見上げて、
「……太一のやつの魂だ」
とつぶやいた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「あー、えらい目に遭った」
ヒコボシは普段着に戻って、空を飛んでいた。
「無事でよかったよ、ヒコボシ」
オリヒメも普段着に戻り、ヒコボシの横を飛ぶ。
「でも……」
「なに?」
「……人間って、フクザツだわ」
「そう……だね」
沈痛な気分で目を伏せたオリヒメは、しかし次にヒコボシが言った言葉に仰天した。
「だから、人間は面白いんだわ!」
どおおおおおん
2人の真下から、打ち上げ花火が襲ってくる。
「きゃー!」
ヒコボシは逃げ出した。待ってよヒコボシ! とオリヒメも慌ててついていく。
ヒコボシは笑っていた。笑って、打ち上げ花火が襲ってくるのを楽しんでいた。
「だから楽しいんだわ! だから……!」
地上で打ち上げ花火を見上げる人々は、その夜不思議な光景を見ることになる。
花火が舞い散る夜空の中、きらきら光る2つの輝きが、ちらちらとあちこちで光っているさまを――。
―FIN―
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
東京怪談
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【NPC/草間・武彦/男/30歳/草間興信所所長、探偵】
【5973/阿佐人・悠輔/男/17歳/高校生】
【NPC/葛織・紅華/女/14歳/葛織紫鶴の従姉】
聖獣界ソーン
【3492/鬼眼・幻路/男/24歳/忍者】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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シュライン・エマ様
こんにちは、笠城夢斗です。
2つめのシーズンノベルにご参加くださり、本当にありがとうございました。
シュラインさんには耳で活躍していただきました。話を作る上で重要で、とても助かりました。楽しんでいただけたら光栄です。
よろしければまたお会いできますよう……
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