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<東京怪談・PCゲームノベル>


万色の輝石

「あら、いらっしゃい。お待ちしていましたわ」
 ベッドで目を閉じた貴方が次に目を開くと、見たこともない景色が広がっていた。懐かしい風景、いつか見たような気がするのだが思い出せない。
 ふと気付けばふわりふわり、と水晶玉が浮かんでいる。ビー玉より少し大きいくらいで、薄青色の美しい光を纏う。
「外から形作るモノ、内に宿るモノ。普段見られない自分の内側を、少し覗いてみては如何? 招待状はお持ちのようね。結構よ。それでは、参りましょうか」
 春のような柔らかな風が貴方の頬を撫でる。
 貴方が水晶玉に手を伸ばすと、淡い緑風と共に景色が変わった。


 
「こりゃまたどうも……」
 一日の仕事を終え、ベッドに潜り込み睡眠という短い安息を得る。
 それはいつも通り、何も変化も無い目覚め、のはずだった。
 瞼を持ち上げて最初に見えたのは、目の前に広がる大きな川。水面は黒く、どこまでも深いようで底は見えない。辺りは薄暗く、風が青草の上を渡って行く涼しげな音が聞こえる。いくら記憶を探ってみても、見覚えはない。けれど何処か懐かしい気がして、慶一郎は足を止める。一歩も踏み出せず、青い瞳にそんな光景を映しながら佇んでいた、というのが正しいかもしれない。
「私(わたくし)の創る夢をご覧になっても驚かない?……普通の人間ならば、現実と夢とのギャップに少なからず拒絶反応を示すものだけれど」
 鈴を鳴らすような声が聞こえ、慶一郎は居るべき人物を探し素早く視線を走らせた。聞こえたというより頭に響くその声は女とも男ともつかず、水面の波紋のように心へと広がる。不快ではない、だが快いともいえない。
「ご期待に沿えず残念です。生憎と「夢」には耐性があるものですから」
 淡い笑みを浮かべ、声の主に向かって答える。通ってきた過去には悪夢を相手にしていた時間もある。このような夢一つで慌て驚くような気性は持ち合わせていない。
「あら、それは残念。では……そうね。せっかくいらっしゃったのだから、貴方という人間を少し見せて頂戴。いいえ、違うの。私が見たいのは目に見えるところではなくて、心で視る部分。そう、例えば……」
 草むらのからふわりと浮かび上がってきたのは淡い色を纏った水晶玉だった。薄い青色をしている。声の主らしいモノは他には見当たらない。恐らく自分をこの夢へ招待したのは、あの水晶玉だろうと慶一郎は見当をつける。
「私の内側というやつですね。……見ても面白くないかもしれませんよ」
「まさか。この夢に来られるのは私と波長が合う人間だけ。……それだけで十分興味を引かれるわ」
 不意に風が強く吹いてきた。覚えのある香りが運ばれてくる。何かと思えば、いつも好んで呑んでいる酒の香に良く似ていた。そして、同時に掌へ不思議な温もりを感じる。
「私の心の中ですか……まあ、酒と女と泥の川といったところでしょうな……」
「あの川もそんな感じでしょう。お酒は好き?」
 水晶玉がくるりと回ると、それに合わせて光の軌跡が生まれる。零れた光の粒子が集まり、透明なグラスと赤いワインが生まれた。いしるモノのようにワインは自ら封を開け、グラスは僅かに傾いて赤い液体を受ける。
「もっとも、酒はたいして強くはありませんがね……」
「どうぞ、お飲みになって。……、さて準備ができたようね。貴方の為に幾つか仕掛けを用意させてもらったの。最初にこんなのはどうかしら?」
 グラスを受け取り苦笑を浮かべると、水晶球は暗い夜空に星を投げる。薄暗い空間が一瞬にして星空と月明かりでほんのり明るくなった。
「赤、白、黒。深い海や夕焼け……世にはたくさんの色がある。貴方の魂は一体どんな色をしているのでしょうね」
 慶一郎は首を傾げた。
 人それぞれが魂を持っているというのなら、その色も十人十色。しかし自分の魂となると、今まで考えたこともない。人間を構成するのは精神と肉体だと一説にいわれる。ならば魂とは双方を纏める何かなのだろうか。
 夢の主らしい水晶玉が淡く光ると、命じられるままに生み出される一つの光。まるで誘われるように慶一郎が手を伸ばしてみると、温もりさえ感じる。まるで母の胎にいた頃を思い出すような、泣きたくなるような懐かしさで目の奥が熱くなってしまう。光の塊は慶一郎に触れると、青く輝き始めた。水を湛える海というよりは、雲の流れる空に近い青色だ。中に見える粒子は星のようにも、千切れた白い雲のようにも見える。
「なるほど。これが……」
「これが全てではないけれど。何しろ魂というのは酷く不安定で繊細なモノ。今はこんな姿でも、明日になったらまた変わっているかもしれない」 
 青が示すのは身体や心の安定、激しさとは逆の穏やかさ。何事も冷静に対処できる理性やそれに伴う知性、無駄のない対処の仕方や判断力。ファンタジー世界ではしばしば水や氷のイメージとして使われることもある。
「貴方には似合うと思うわ。次に……そうね。カードでも呼びましょうか。好きなものを選んでくれる?」
 そう言うと、音もなく唐突に数枚のカードが現れた。どれも裏側を向けていて、良くあるような柄を見せている。表側に何が描かれているのかはわからない。
「タロットカードに例えるならぱLOVERS、言葉の通り、恋愛や趣味への没頭」
 慶一郎がその内の一枚を指差すと、ゆっくりとそれが表に変わる。正位置のカードに描かれているのは、今にも矢を放とうとしている天使、二人の女性に挟まれた男性だ。
「恋多き人なのかしら。危険な時間も良いけれど、火遊びには気をつけて。女性は怖い生き物よ」
 ふ、と笑う気配が二つ。水晶玉に合わせ慶一郎も声を立てず笑う。
「そのカードはお土産に差し上げるわ。何かあったら、弱いけれど貴方を守ってくれる力になる事でしょう。……ありがとう、慶一郎。楽しかったわ」
 カードはふわりと浮き上がり、慶一郎の手へ乗る。そっと握ると、溶けるように形を変え、先程見たような青色の硝子玉へと姿を変えた。微弱だが力を感じる。決して悪いものではない。水晶玉の言う通り、もしかしたら護符に近い力を持っているのかもしれない。 
「……これはどうも。良い記念になりましたよ。夢は夢、そろそろ現へと戻る刻ですね。遅刻してしまっては大変だ」
 遠く、目覚ましに似た音が聞こえる。夜の内にセットしておいた時計が、任務を忠実に果たしているのだろう。慶一郎は優雅な礼をして、それからゆっくりと目を閉じた。
 翌朝のこと。朝日に目を覚ますと、掌には小さな硝子玉が握られていた。夢が夢でないと証明するただ一つの品。軽く手の内で転がすと、中で光の粒子が輝いて応えた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6739/矢鏡・慶一郎/男/38歳】

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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございます。
お待たせ致しまして申し訳ありません。
慶一郎様の色に輝く石、如何でしたでしょうか。少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。