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限界勝負inドリーム
ああ、これは夢だ。
唐突に理解する。
ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
目の前には人影。
見たことがあるような、初めて会ったような。
その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
頭の中に直接響くような声。
何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
このまま呆けていては死ぬ。
直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。
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ロルフィーネ・ヒルデブラントの目の前に立つのは煌びやかなドレスを纏った少女。
見かけはロルフィーネと同じぐらいだが、その見に纏う魔力がただの少女でない事を示している。
「貴女はだぁれ?」
愛らしい笑みを浮かべて、ロルフィーネが前に佇む少女に尋ねる。
その少女も負けじと笑顔を浮かべて答える。
「私はリップル。巷では花の女神と呼ばれているらしいです」
「花の、女神? へぇ〜、珍しい人に会っちゃったなぁ」
よく見ると花の女神リップルと名乗った少女の足元に、小さな花畑が出来ていた。
殺伐としたアリーナには全く似つかわしくない、平和な風景だった。
「あの、貴女は?」
「ボクはロルフィーネだよっ! ふ〜ん、へぇ〜」
手短に自己紹介した後、ロルフィーネはリップルをしげしげと眺める。
茶色い長い髪は先が緩やかにカーブし、ちょっとリッチな感じ。
着ているドレスは緑を基調に、いろんな色の花の刺繍がいくつか施されている。
少女らしからぬ美しさを持つ顔は、笑顔がよく似合う。
リップルの立っている姿から、何となく高貴さが覗えた。
「うん、良いかも。女神の血ってどんな味がするのか、とっても興味あるよ。……花の女神だし、蜜の味がするのかな!?」
「……え?」
いつもと変わらぬ無垢な笑顔のまま、ロルフィーネはレイピアを抜剣し、リップルに襲い掛かる。
逃げられるのは面倒だから、まずは足を斬り飛ばす事からにしよう。
ロルフィーネはそう狙いをつけて、レイピアを振りかぶるが、不意に直感が危険を告げたので驚いて退く。
次の瞬間、ロルフィーネが立っていた場所から大きな蔓が生えていた。
「ご、ごめんなさい。この子たち、敵意を感じると勝手に出て来てしまって……」
リップルが困ったように蔓に手を添える。猛獣をなだめるように『どうどう』と呟いていた。
「あの、すみません。その剣も収めてくれますか?」
「嫌だよ、ボクはキミの血が飲んでみたいんだもん。飲ませてくれるならしまっても良いけど……」
「血を飲まれるのって痛いですか?」
「痛いんじゃないかな?」
「……じゃあ、嫌です」
ノンビリした交渉は、ノンビリ決裂した。
「じゃあ仕方ないよね。うわぁ、女神の血の味ってどんなだろうなぁ。楽しみ」
笑顔満面のロルフィーネはレイピアを振り回しながら、まだ味わわぬ血に思いを馳せている。
リップルの方は困ったように表情を曇らせていた。
「仕方ないですか……。じゃあ、お相手いたします」
困った表情にも一つ決意を灯し、口元を引き締めた。
途端、生えていた一本の蔓がロルフィーネに向かって伸び始めた。
鞭の様にしなりながら、叩きつける様に地面を打つ蔓。その下にはロルフィーネがいるはずだった。
だが、ロルフィーネは蔓が倒れた少し横に立って、土煙に小さく咳をしていた。
「もぉ、危ないなぁ。でも、こんなものじゃボクは倒せないよ?」
「そうらしいですねぇ……。ではこうしましょうか」
リップルが指を鳴らすと、彼女の後ろから数十本の蔓が現れた。
その一つ一つが最初に現れたものと同じ程度の大きさを持ち、アレに潰されればひとたまりも無いだろう。
「すみません、痛いの嫌なんで……」
「ううん、謝る事無いよ。結局、ボクの下僕になるんだもんね!」
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少女二人の舞踏、と聞けば愛らしいモノを想像しがちだろうが、彼女らの場合は違った。
レイピアが閃く。
その一閃で大木のような蔓を易々と切り裂き、敵の攻撃を阻止する。
だがそこで一息つく間もない。
相手の蔓はまだ数十本と残っているのだ。一つを凌いだとしても、そこで気を抜けばすぐに殺られる。
ロルフィーネはすぐ横にまで迫っていた蔓を高くジャンプして躱す。
足元を通っていった蔓。回避は成功したが、すぐに次が現れる。
目の前から刺突の如くに突進してきた蔓を、ロルフィーネは魔法で爆破する。
その風圧で多少身体を煽られながらも、敵から距離を取りつつ難なく着地する。
「うっとうしいなぁ。早く観念して欲しいんだけど……」
埃まみれになった自分の頬を袖で拭いつつ、ロルフィーネが零す。
先程から何度となく突進を試みているが、蔓の壁を前に近づく事ができない。
「ちょっと疲れてきちゃったし、あんまり長引かせたくないよ」
「それは私も同意です。諦めてはくれませんか?」
「それは無いー。絶対、血を飲んでみるんだもんね!」
またもノンビリと交渉が決裂した。
ロルフィーネは外見が若い割りに、戦闘経験ではリップルよりは上だ。
膠着状態に陥りかけているこの戦況を、どう打開するか。
無意識の内にそれを考え始めていた。
まずは相手の手の内を読む。
手札はどうやらあの大量の蔓しか無さそうだ。それ以外の攻撃方法を、これまでに見せてきてはいない。
何か隠し玉があるのなら注意すべきだが、今は蔓をどうにかする事だけを考える。
相手の言動からするに、敵の戦意は薄い。
だとすれば、あの蔓でロルフィーネを防げている現時点で、相手が不意を突いて隠し玉を見せる確立は低いだろう。
だが、あの蔓をどうにかする、と言っても簡単ではない。
ロルフィーネがいくら斬り飛ばしても、蔓は後から後から生えてくるのだ。きりがない。
斬り飛ばしてから生えてくるまでに多少の時間は出来るが、その時間で相手との距離を詰めるのは難しい。
その時間にも他の蔓が進攻の邪魔をするからだ。
「……ん? じゃあ全部消しちゃえば良いんじゃない?」
ふと、ロルフィーネが思いつく。
言うのは簡単だが、難しい手段であった。
それでもロルフィーネは何の疑問も持たず、作戦を実行する事にした。
まずは下準備。全ての蔓を消し去るための布石だ。
ロルフィーネはレイピアを構え、いつも通りに敵へ向かう。
当然、蔓はロルフィーネを迎え撃とうと前に出てくる。
四方八方からやってくる蔓一本一本に、ロルフィーネは丁寧に対応していく。
先程の力任せに斬り飛ばす戦法から変えたようだ。
前方右から、地面を滑るようにして蔓が襲い掛かってくるのに、ロルフィーネは細かくレイピアを走らせ、そして蔓の攻撃をジャンプで躱す。
蔓は特に分断される事もなく、そのまま空を切って左手へ。
次に来たのは、上方から打ち下ろしてくる蔓。
勢い良く、猛スピードで降りかかってくる蔓に対し、ロルフィーネは落ち着いて術を繰り、コウモリの羽だけ顕現させて空中で体勢を変え、振ってくる蔓に着地するように足をつける。
そして先程と同じようにレイピアを走らせ、すぐに飛び退く。
一歩でも遅れればぺしゃんこになっていただろう。蔓は轟音と砂煙を上げて地面に伏せた。
それでもその蔓が死んでいるわけではない。それはすぐに起き上がり、ロルフィーネを探すようにくねり始めた。
一方、ロルフィーネの方には前方から迎え撃つようにしてまたも蔓が現れる。
回避が困難だと悟ったロルフィーネは、その蔓に影縛りの術をかけて止め、それに乗っかって一息つく。
すぐに蔓にレイピアを走らせ、次に移る。
下からせり上がる様に現れた蔓。それを三角跳びの要領で蹴り飛ばして、その片手間にまたレイピアで斬りつける。
宙を舞うロルフィーネに、性懲りもなく蔓が三本ほど襲い掛かってくる。
それの一本に狙いをつけ、ロルフィーネはそれに着地し、またレイピアで斬る。
他の二本は魔法で爆破し、すぐにその場を飛び退いた。
「ふぅ、これぐらいで良いかな」
蔓の防御圏内を離れ、額の汗を拭う。
その様子にリップルは首をかしげた。
「……やっと諦めてくれたんですか?」
「ぜぇんぜん! 良い事思いついちゃったから、それを試してみたんだよ」
そう言ったロルフィーネは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
それを見てリップルは少し気を張るが、ロルフィーネが襲い掛かってくるような気配は無い。
「何をするつもりなんです?」
「言っちゃったらつまらないじゃない。今から見せてあげるから、楽しみにしてて!」
言いながらロルフィーネがレイピアを高く掲げる。
すると、リップルを守っている蔓の数本が淡く光り始めた。
良く見ると、ロルフィーネが斬りつけたモノで、その傷跡には小さな陣が描かれていた。
「いっくよー、大爆発!!」
その光が強さを増し、それが最大まで輝いた瞬間、アリーナは大爆発を起こした。
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ロルフィーネが蔓に描いていたのは、魔力を溜めておく印のようなもの。
その印に限界まで魔力をため、それを火薬にし、ロルフィーネの魔法で爆発を起こせば連鎖が起こって大爆発になる。
いつもの影爆破よりも数段大きな爆発に晒された蔓は、全て焼け落ち、一瞬だけリップルは全く無防備な状態になった。
それを見逃さず、ロルフィーネは瞬速の突進を試みる。
地面スレスレを低く低く飛び、リップルとの距離を瞬く間に詰める。
そしてレイピアを掲げ、満面の笑みを浮かべた。
「いただきますっ!!」
掲げたレイピアがリップルの胴体を貫く、その寸前。
代わりにロルフィーネの身体を、蔓が貫いていた。
「……あれ……な、んで……?」
「ごめんなさい。私は死ぬわけには行かないの」
ロルフィーネの予想よりも早く再生した蔓。計算では再生はまだのはず……。
再生速度を上げたのか? そんな事が出来たのか?
もしかして、先程までリップルは手加減して戦っていたという事だろうか?
戦意の感じられない言動、攻めに転じない戦法。それらを考えれば十分ありえる。
「こ、こんなもので!」
怒ったロルフィーネが自分の身体を貫いている蔓を斬ろうとレイピアを振り上げた瞬間、両肩に一本ずつ、蔓が突き刺さる。
そのダメージでロルフィーネの両腕はいう事を聞かなくなり、レイピアを握った腕はブラリと垂れた。
「う……うぅぅ!」
「ごめんなさい。貴女がただ一言、諦めると言ってくれれば、全て終わります。お願いですから……」
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 飲ませてよ、血、飲ませてよ!!」
「……残念です」
今まで憂いを帯びていたリップルの瞳に、初めて殺意が浮かぶ。
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目が覚めたとき、ロルフィーネはとても不満だった。
夢のことなんか、いつもはすぐ忘れるのに、完全に敗北を喫した此度の戦いは、何故か易々とは消えてくれなかった。
「女神の血、飲みたかったのにな」
不貞腐れた様子で、ロルフィーネは小さく呟いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4936 / ロルフィーネ・ヒルデブラント (ろるふぃーね・ひるでぶらんと) / 女性 / 183歳 / 吸血魔導士/ヒルデブラント第十二夫人】
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■ ライター通信 ■
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ロルフィーネ・ヒルデブラント様、ご依頼ありがとうございます! 『触手……何と淫靡な響き!』ピコかめです。
結局、エロイことには使えないんで、やっぱりガチバトルになりますけどね。
超越的な存在には敵わない、という事で、こんな結果になりました、よ。
完全敗北。無垢な子供には辛いものです。負け続きの対戦ゲームに興味を失くしてしまう様なものですね。
花の女神の血の味はどんなだったのか、わからないで終わりになりましたが、きっととっても甘いと思われます。
ではでは、また気が向きましたらよろしくお願いします!
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