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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「外に出んの久しぶりだなー」
 夏の夕暮れ時。
 少し密度を帯びた空気と、完全に落ちきっていない日差しと茜色に染まる空。
 生暖かい風に溜息をついた島津 仁己(しまづ・ひとみ)は、人混みの中を歩きながらそんな事を思っていた。
 自称、天才ハッカー。
 そんな仁己が普段活動しているのは、ネットの海。膨大に溢れ、次々と変異していく情報の中から使えるもの、重要なものを集め、欲しがっている者に売る。もしくは欲しがっている情報の中から、本当に信用できる物だけを集め売る。情報収集のためにデータを覗き込む「ハッキング」はするが、情報やデータを壊す「クラッキング」はしないのが仁己のモットーだ。
「外暑っちぃ……」
 自分でも呟いたが、外に出るのは久しぶりだ。
 最近はネットを使えば何でも買える。食料品、生活必需品、家から一歩も出なくたって普通に食事を作り、洗濯をし、適度に体を動かすという健康的な生活だって可能だ。家から出ないで仕事をしているというと、どうしても非健康的なイメージがつきまとうが、外に出ずに生活をすると言うことで大事なのは「医者にかからない」ということ。
 だから食事の栄養バランスにも、健康にも気を使う。引きこもり生活で身体を壊して、仕事が続けられなくなりました、入院しましたでは本末転倒だ。
「効率的な生活のためには、まず健康効率が大事ってね」
 そう言えば、これから会う友人にはそんな事を言ったことがあったっけ。
 その時は確か『仁己らしいね。でもその合理的な考えは嫌いじゃないかな』って返ってきたような気がする。だからこそ、彼とは高校受験の会場で出会ってから、今までずっと友人でいられた訳だが。
 人並みを泳ぐ。
 ネットの海より乱雑で、でたらめな波。
 友人と会うときは、流石に外に出なければならない。メールやボイスチャットでも話はするのだが、彼は基本的にそういう媒体を信用していない。
 重要な用事があるときは、大抵手紙というアナログな方法で接触を持ってくるし、実際会って話すまでは、仕事の報告すら話半分に聞いておくという人間だ。
 何故それほどまでにネットを信用しないのかというと、それは多分自分のせいなのだろうと仁己は思う。その慎重さ加減は嫌いじゃない。
「店の名前は何だったっけか」
 携帯電話のナビゲーションで場所を確認。
 メモしていた店の名前は「蒼月亭」
 しばらく歩いて見えてきたのは、蔦が絡む建物に古い木の看板。そこに蒼い月の絵と共に、店の名前が書かれている。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 ドアベルを鳴らしながら中に入ると、既に彼……篁 雅輝(たかむら・まさき)はカウンターでカクテルを飲んでいた。
「やあ、久しぶり……というのもなんか変だね。メールとかでは話をしていたし」
「そうだな。メールとかあると、人との距離感って掴めなくなるよな。篁何飲んでるの?」
 目の前にあるライムが入ったタンブラー。突き出しの生ハムとアボカドのサラダは、カクテルグラスに入っている。
「『ボストンクーラー』ってカクテル。暑いからさっぱりしたのが飲みたくて」
「んじゃ、俺もそれ」
「かしこまりました」
 カクテルが来るまでの間、仁己はこの店の中をぐるりと見渡した。アンティークの照明に、手でねじを回す壁掛け時計。かかっている音楽は有線放送やCDではなく、レコードらしく、曲と曲との間に時々ノイズが入る。
「なかなかいい店じゃん」
 そう言うと、雅輝が嬉しそうに目を細めた。
「うん。だから一度は仁己とここに来たかったんだけど、忙しくて今まで伸ばし伸ばしになってて。マスターのナイトホークが作るカクテルは、どれも美味しいよ」
「篁が好きそうな感じの店だな。何か落ち着く」
 雅輝が気に入っている店だというのも納得だ。
 出されたカクテルを飲み、仁己も人心地付いたかのように息をつく。
「そういや仕事の話、今しちゃった方が良い?」
 元々ここに来たのは、二人で仲良く飲むためだけではない。雅輝から依頼を受けていた調査についての報告書を渡すために来たのだ。出来れば、酒が不味くなりそうな話はとっとと終わらせてしまいたい。
 持っていたカバンから大きめの封筒を取り出すと、仁己はそれを無造作にカウンターの上に置いた。
「それ、報告書。戦利品はちょっと俺一人じゃこっち持って来れなそうだから、電話でも行ってたけど今度持っていくよ。ネットでちゃちゃっと送ってもいいんだけど、横やり入りそうだからネットに繋げてないんだ。それに、篁大事な物ほど自分で扱いたいだろ」
「そうだね。じゃ、ちょっと目を通してもいいかな」
「その間適当に飲んでるよ」
 しばらく仁己は、雅輝が報告書に目を通すのを横目で見ながらカクテルを飲んでいた。
 こういう時、いちいち仕事について話をする奴もいるが、仁己は向こうから話しかけられるまで、口は出さないことにしている。重要なことは報告書に全部書いてあるし、質問があれば雅輝が何か言うだろう。
「……何だか大がかりな話になってきたね。普通の人工知能ソフトじゃないみたいだし、これは兄さんに協力を仰がないとダメかな」
「だな。今、それタワーに突っ込みっぱなしなんだよね。本当は自立移動出来る物にデータ移したいんだけど、そっち側のハードは専門外」
 頼まれていた仕事というのは、あちこちにマルチポストされていた人工知能ソフトの開発依頼に参加、調査することだった。
 雅輝もその書き込みを見ていて、その裏を探って欲しいと仁己……ハンドルネーム『D-op』の所に話が来たのだが、実際それは人工知能などではなく、魂のある「人間」のデータで、今それは仁己の家にある。
 何故マルチポストしていた相手がそれを人工知能と偽ったり、ネットに閉じこめていたのかは分からない。
 ただ、裏があって、怪しくて、そのままにしておくのは危険だと思ったから、仁己はそれを自分で手に入れた。そして何とか出来そうな雅輝に相談し、預けようと思った。それだけだ。
「調査はしたけど、詳しいことは本人?に聞いた方が良いと思うんだよね。それに、一緒に仕事した人たちに、ずーっと調査メール送るのも大変だから、引き継ぎたいし」
 雅輝は報告書を封筒にしまうと、小さく溜息をつく。
「そうだね。いつまでも仁己に仕事を預けてるのも何だから、こっちでなんとかするよ。自立移動できる物に関しても、兄さんならどうにかするだろうし」
 雅輝の兄である雅隆(まさたか)は、その道では有名な天才科学者だ。仁己もよく知っていて、雅輝と区別するために「兄」と呼んでいる。
「そうだなーその辺は兄に任せておけば安心として、兄元気?」
 元気じゃない雅隆というのを仁己は見たことがないが、時々入ってくるメールを見ると、多分元気なんだろうなとは思う。だがお盆前に来たメールで泣き言を言っていたので、少しだけ気になったのだ。
「兄さんは相変わらずだよ。そういえば、お盆の時は心配かけたね」
「ああ、結局どうしたの?」
「ちゃんと墓参りはしたよ」
 雅輝と、雅輝の亡くなった母とは何か確執があるらしい。
 雅輝の母が亡くなったのは高校一年の冬休みが開けた頃で、その頃雅輝は首にケガをして入院していた。それは仁己もよく知っている。
 目の前にあるグラスを飲み干し、仁己はカウンターの中にいるナイトホークに顔を上げた。
「あ、ここ『アブソルート』ってウォッカある?」
「フレーバーは?」
「カラントがあれば、それをロックで。篁にも同じの出してやって」
「かしこまりました」
 酒の品揃えは結構いいようだ。アブソルート自体は置いてあっても、シトロンやカラントなどのフレーバーは置いてなかったりするのだが、先にそれを聞かれるとは思っていなかった。
 霜が付きそうな程冷えたグラスに、冷凍庫で冷やされて少しとろみを帯びた液体が満たされる。蒼い月が描かれた紙のコースターが置かれ、その上に酒の入ったグラス。
「アブソルート・カラントです。ごゆっくりどうぞ」
「サンキュー。篁も乾杯しようぜ」
 人懐っこく笑って冷たいグラスを持つと、雅輝は溜息混じりに笑った。
「乾杯はいいけど、何に?」
「メールで言ってたけどさ、ちゃんと母親が死んでたことにでも。墓参り行って、確かめて来るって行ってたじゃん」
 人が死んだことを確かめた安心感のために乾杯なんて、不謹慎だと言われるかも知れない。だが、仁己はそのあたりに関して、あまりモラルを問う気はなかった。
 死は尊い。
 死者を冒涜してはいけない。
 人は誰だって口ではそう言う。だがひとたびネットに入れば、誰だって自分とは関係ない死を求めていたりするのだ。
 死体の写真や、事故現場の話。そんな物が溢れる場所にいれば、死なんてものはただの現象でしかなくて、そこに勝手に情報が付加され育っていくから、怪談などになるんじゃないかと仁己は思っている。
「……そうだね。十年近くたって、やっと少しはもう甦ってこないって思うようになったかな」
「んじゃ、それに乾杯」
 カチンと小さくグラスをぶつけ、口の中で冷たく、喉を通るときに熱く感じるウォッカを飲み、二人は同じように息を吐いた。
「僕が入院してる間に全て終わってたから、まだ母が何処かで生きてるんじゃないかって気がするんだよ。兄さんや冬夜(とうや)、祖父に『葬式も火葬も済んだ』って言われたのに、皆嘘をついてるんじゃないかってね」
「爺さんはどうか知らねぇけど、少なくとも冬夜は篁に嘘つかないんじゃないかな。あ、あと、兄は嘘ついたら絶対顔に出るだろうし」
「分かってはいるんだけどね……」
 雅輝の秘書である冬夜は、何があっても雅輝にだけは嘘をついたりしないだろう。そう考えると、自分は結構長いこと雅輝と付き合いがあるんだなと仁己は思う。
 だったら、友人として背中は押さなければ。
「じゃあさ、もし皆が嘘をついてて、いつかひょっこり返ってきたとしたら篁はどうすんの?」
 返事を待ちながら仁己がしばらく無言でコースターをひっくり返したりしていると、雅輝は小さな声ではっきりとこう言った。
「その時は、自分で殺すんじゃないかな」
「だったらそれでいいじゃん」
「いいんだ」
 雅輝が苦笑する。
「その時は俺だって兄だって、止めないだろうし……冬夜は積極的に協力しそうだし。そう思ったら、少しは甦ってもいいやって思わん?」
 その時負った傷の深さなど、自分が聞いたところで多分完全に理解は出来ないし、理解しようとも思わない。
 ただ……友人として言えることは、雅輝のやることに対して自分は否定しないと言うだけで。
「俺は、死んだ人を悪く言っちゃいけないって事もないと思うよ。死んでても嫌な奴は嫌だろうし、死んだからって突然、実は結構いい奴だったとか言う方が、よっぽど薄ら寒い。死んでても嫌いだってなら、それでいいじゃん」
 ちびちびと仁己がグラスを舐めていると、雅輝は持っていたグラスをコースターの上に置いた。
「仁己のそういう合理的なところが、僕は結構好きなんだけどね」
「褒め言葉だと思っとくよ」
 高校の頃からの、そんな付き合い。
 でも、仁己は知っている。
 雅輝はこんな事を、多分他の誰かに話したりはしない。信用しているように見えても何処かに壁を作り、絶対に触れさせない領域を持っている。
 そこに触れさせてもらえるのは……自分の付き合いが長いからなのか、それとも何か別の理由があるからなのか。
 ……どっちでもいいか。
「じゃ、その話はそう言うことで」
 そう言って仁己は話を切り上げた。久しぶりに顔を合わせたのに、つまらない話をしているのは勿体ない。
「そういや篁さ、最近外出らんないぐらい忙しい?」
「作ろうと思えば時間は作れるよ」
 さりげなく話題を切り替えると、雅輝もそれに気付き肩から力を抜く。やはり母親が絡む話をするのは緊張するらしい。
「じゃあ、今度家に飯食いに来いよ。高校の頃とか良く来てたじゃん……最近煮込み料理とか作りたくても、俺一人しか食べないから作りにくいし。冬夜もつれて来りゃ安心だろうしさ」
「そうだね。じゃあ今度久々に遊びに行こうかな。冬夜も行くなら、その時にタワーも運べばいいだろうし」
「りょーかい。あ、でも来る前に電話入れてくれないと、俺の部屋コードとかで魔窟だから、絶対前の日とかに電話しろよ。『これから行くから』って、家の前で電話するの禁止」
「なんだ、そのつもりだったのにな」
 やっぱりそうか。
 高校の頃もそんな事をされた覚えがあるので言ってみたのだが、確認して良かった。別に友人なのだからいいと言われればそうなのだが、出来れば仕事場でもある自室は整頓しておきたい訳で。
「それだけは勘弁して。最近魔窟具合増してるし、部品も転がってるんだよ……で、篁何か食いたいものある?」
「うーん、あんまり力の入りすぎてない家庭料理かな」
「篁そういうの好きだよな……」
 でもその時は、腕によりをかけて料理を作って待っていようか。そう思い、仁己はあることに気付く。
 何だか、友人の会話というより、これは……。
「どうかしたかい?」
「いや。何でも」
 悪戯っぽく笑ってグラスを傾ける雅輝を見ながら、溜息をつく。
 やっぱりネットの海の方が分かりやすい。
 現実は無秩序で、でたらめで……不可解だ。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧・発注順)◆
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
7173/島津・仁己/男性/27歳/情報屋

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
雅輝に依頼を受けていた調査についての報告書を、蒼月亭で渡すという流れで……ということで、話を作らせていただきました。学生時代からの友人でとの希望がありましたので、高校受験の時に知り合ったと言うことになっています。
仕事は前回参加していただいた「Digital Ghost」を元にして、そこにお盆の時の交流メールなどを絡ませています。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。