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<東京怪談ノベル(シングル)>


真実の淵

「なかなか情報って見つからないものね……」
 たくさんの書類、古書、パソコンに整理されたデータ。
 それらに目を通していたシュライン・エマは、目を通していた紙を置き小さく背伸びをした。今日は、ずっと集めた情報をファイルにしていたので、かなり目が疲れている。そろそろ一度休憩して、目を休めた方が良いだろう。
 椅子から立ち上がり、冷蔵庫に入れていたブルーベリーサワーをソーダ水で割る。そしてソファに座りアイスパックを目に当てて、溜息。
「真実を求めるなら、その道は困難……まったく、その通りだわ」
 謎が深いことは分かっていたはずなのに、こうも霧の中を進むようだと、やはり溜息は尽きない。
 鳥の名を持つもの達。研究所。人体実験。
 シュラインはそれらが関わる事件に、何度も出会ってしまった。最初は偶然かと思っていたが、それが必然に変わっていった。
 小さな流れだと思っていた水脈は、やがて一つの大河へと繋がっていく。その中には、蒼い月のある場所に佇んでいる彼もいる訳で……。
 ……キョッキョッ。
 独り言の代わりに口から出たのは、鳥の囀り。それは蒼い月のある場所に佇んでいる彼と同じ名の「一目一科一属一種」の鳥。
「私一人だけで、どうにかなるものでもなさそうだわ」
 シュラインはそう呟くと、アイスパックを取ってソファーから立ち上がる。

 幸い、ライター業の伝手は国内外色々あった。
 調べるのは大正元年以降の、人体実験を行っていた形跡のある研究所。あの頃の記録はあちこち隠蔽されているものが多いが、それでも叩けば埃が出るような相手だ。ほんの微かな情報でも、それが本流へと続くものなら価値はある。
 本業もあるし、事務所の手伝いもあるのでそればかりを追いかけている訳にはいかなかったが、シュラインは空いた時間を使って少しずつ少しずつ、雨水を溜めるように情報を収集していった。
 時代物に詳しい作家からは、当時の地図を。
 華族などに詳しいマニアからは華族名の分布や私有地の情報を。
 ただ、そのどれにもこう注釈がつけられた。
「関東大震災と、第二次世界大戦が挟まっているから、失われた資料が多いかも知れない……」と。
 戦争はともかく、関東大震災については向こうの思惑とか関係ないはずだが、自然災害が上手く情報を隠蔽するきっかけになったと言うことか。
「向こうもそう簡単に尻尾は出さないという事かしら」
 地図と言っても日本も広い。
 まずそこから名前と研究所をピックアップし、自分が知っている情報と照らし合わせる。その間にまた新しい情報が入れば、それをファイルし、研究所の出資等の噂等や信憑性を別に確認していく。
 途方もない作業だ。
 何か特別な異端の能力がある訳でもないシュラインが、ここから必要な物だけを取り出すのは、砂漠で一つの宝石を見つけるような事なのかも知れない。
 使えるのは自分の伝手と足、そして根気。
 何故、そこまで入れ込むのか……そう聞かれると、多分一言で答えきれないだろう。
 ヒバリの体に入り、たった一人の少女に付き添っている女性。 電脳世界を操り、人の体を欲しがった少年。自分の半身を探し、人を狂気に陥れるDVDに関わっていた少女。政治家の汚職事件に関わり、己の炎で自分の身を焼いた女性。
 そこに関わってしまったからと言うのもあるし、ライターとして真実を知らぬまま見過ごせないというのもある。
 それらが全て過ぎ去った記憶であれば、二度と繰り返さぬようで終わるだろう。
 だが、明治天皇の崩御も、第二次世界大戦すらも歴史の一部に変わっていっているのに、その研究所だけは、今だ「続く現実」として立ちはだかっている。
「私は……真実の淵に立ちたいの。そして、もうその事で誰かが憂うことがないようにしたいだけなのよ」
 誰か。
 それは、蒼い月がある場所の下に佇み、永遠を生きる人。
 その姿を思い出し、シュラインが溜息をついたときだった。前触れもなく携帯電話が震え、そこに見慣れた電話番号が踊っていた。
 碇 麗香(いかり・れいか)
 月刊アトラスの編集長で、シュラインもよく取材の手伝いをしている。慌てて電話を取ると、編集部のざわつきの向こうに麗香の声が響いた。
「もしもし、調べ物の調子はどう?」
 麗香には、自分が何を調べようとしているかを大まかには話していた。シュラインの伝手だけでは多分手が足りない。麗香であれば、オカルト関連や歴史関連の話題についても詳しいだろう。
 それにその研究所についても、麗香は知っている。一度上からの命令で記事を一つ潰されたことがあったのだ。麗香の性格からして、それで終わりと言うはずがない。
 何故なら彼女もまた、真実の淵に立つことを望む人だからだ。
「うん、進んだり下がったりって所かしら。普段日本って狭いと思っていても、こうしてみると広いわね」
「あら。当たり前じゃない。八百万の神がいる場所なんだから」
 ふふっ。
 何だかその言葉にシュラインは笑ってしまった。その一柱一柱を調べるよりは、まだ自分が調べていることは簡単だと言いたいのだろう。あからさまに優しい言葉はかけないので、きつい女性と思われることが多いが、麗香の優しさはこういうところにある。
「何だかそう言われると、もう少し頑張ろうって気になるわ」
 シュラインの言葉に、麗香は電話の向こうでふっと笑う。
「そう?じゃあ、もう少し頑張ろうって気にしてあげようかしら……大正時代に焼失した、鳥類研究所の近くに住んでいたってお年寄りにアポが取れたの。もちろん、行くわよね?」
「本当なの?」
「ええ。私も一つ記事潰されているし、鳥の名を持つものに関しては、名前は伏せつつ記事にしているもの……編集部で動くと本自体潰されかねないから、私自身は動けないけれど、貴女個人で動くぶんには、私は無関係よ。詳しいことは……そうね、編集部下にある喫茶店で」
「分かったわ」

 麗香から得た情報は、シュラインが予想していたよりもかなり充実した物だった。なんでも昔取材したりした情報から、シュラインが使えそうな物だけを選んだらしい。
 アイスコーヒーを飲みながら、麗香はふっと溜息をつく。
「これは私が勝手に調べたものだから、アトラスとは関係ないわ。使えるかどうかは貴女が判断して頂戴」
「ありがとう、麗香さん。助かるわ」
「取りあえず、取材のアポはまず置いといて、その封筒の中身を見てくれない。ちょっと薄ら寒いことが書いてあるわよ」
 麗香にそう言われ、シュラインは貰った封筒の中身を出し、資料に黙々と目を通す……。
「これ……」
 書かれていたのは、確かに背筋が寒くなるような事だった。
 ……不老不死の研究。
 それはシュラインが知っていた大正時代ではなく、第二次世界大戦時に第三帝国と組み行った「最強の軍隊」を作り出すための計画文書だった。その研究は人体実験などを伴って行われていたらしいが、米軍の沖縄上陸や相次ぐ空襲などで頓挫したらしい。
 鳥肌が立ったのは、クーラーのせいではない。
 実際にそれが行われていたという事実と、軍……いや、国家との癒着。
「ねえ、本当にこれがここで頓挫したと思う?」
 口紅が着いたストローの端を指で拭い、麗香が息を吐く。
「麗香さん、それって……」
 シュラインにも分かっていた。麗香が言いたいことは、この研究が今でも何処かで続いているのではないかという事。
 そうであれば、鳥の名を持つもの達が今になって突然現れたり、記事を握りつぶした理由に説明がつくのだ。
「思うんだけど、多分この話って一つ一つは小さな物だけど、本流はきっと深い滝に注ぎ込んでるんじゃないかしら。多分、私達が思っているよりも、根が深いわよ。どうするの?」
 どうするの。
 そう聞かれ、シュラインはアイスティーを飲み……少し黙った後で、すっと顔を上げ麗香を見た。
「危険なのは元より承知よ。それに、真実の淵が見えかけているのに、そこに背を向けることは出来ないもの……麗香さんもそれは同じでしょ?」
 くす。
 シュラインの言葉に、麗香が口元を上げる。
「そうね。そうじゃなかったら、自分一人でこんな事追いかけないわ。だから……お願いよ。私の代わりに真実の淵に立って頂戴。私個人でなら、その為のバックアップはするわ」
 目を伏せアイスコーヒーを飲んだ麗香に、シュラインは小さく頷く。

 その家は、都心から少し離れた場所にあった。
 まだ開発されていない森の側。多少交通が不便な場所にシュラインが行くと、老人は遠くから来たことに頭を下げ、シュラインを中に招く。
「すいませんねぇ、遠くからわざわざ」
「いえ、お構いなく」
 罠であったことを考え、先に事務所に連絡はしてある。相手は狡猾な集団だ……だが、老人はたどたどしい手つきでお茶を出し、シュラインの目の前にそっと座る。
 話では、この家の近くに研究所があったという。ここは昔から代々住んでいる場所で、空襲などでも被害を受けなかったらしい。
 老人曰く研究所については親から聞いた話で、そこでは鳥の研究をしていると言うことだったが、実際鳥の姿を見たことはなかったという。
「鳥の姿が見えない……?」
「わしも聞いた話なので曖昧ですが、昔から鳥の研究をしているのに鳥がいないってのは有名だったらしいです。珍しい鳥がいるなら、是非見せてもらいたいと言っても、危険だからダメだと……」
 どうやら鳥類研究所が、このそばにあったことは確かなようだ。
 鳥の名を持つもの達を「鳥」として、研究していたということなのだろう……ある意味その堂々とした態度に、シュラインは感心する。
 確かに「鳥の研究」という点で、彼らは間違ったことを言っていない。
 それは「鳥の名を付けられた人間」の研究ではあるのだが。
「でも、それがどうしてなくなったんですか?」
 立派な施設だったというのに、そこを放棄した理由。すると老人は、小さく溜息をついた。
「なんでも不審火が出たらしいです。夜なのに、昼かと思うほど火が上がって……その火事で、研究員も鳥たちも皆焼け死んだと言う話ですが、母がこんな事を言うとったんです」
「それは?」
「火事なのに、鳥は一羽も空に飛ばなかった。それどころか鳥の鳴き声すらしなかった……だから、近所では、本当は別の研究所じゃないかって言われとったらしいです。わしが実際見た訳ではないので、詳しくはよう分かりませんが」
 確かにその通りだ。本当に鳥を研究しているのなら、火事が起これば鳥はもっと鳴き叫ぶ。建物が崩れ落ちるほどであれば、籠から外に飛び出していくだろう。
 でも……何故、研究所を放棄しなければならなかったのか。
 それほどの理由があったのか。
 シュラインは少し考え、何か思い出すように言葉を紡ぐ。
「もし分かればでよろしいんですけれど、その火事の前に何か変わったことがあったとか聞いてませんか?些細なことでもいいんです」
 しばしその質問に老人も考える。
 重い沈黙が流れた後、記憶の欠片をさらうように老人が口を開き始めた。
「その前かどうか分かりませんけど、真夜中その研究所からハイカラな自動車が猛スピードで出て行ったのを、見たことがあったと言うてましたな。いつも入ってくる車と違ってたと。何分昔のことなので……」

 シュラインが外に出たとき、空は夕焼けに染まっていた。もしかしたら、研究所が火事になったときも、こんな風になっていたのかも知れない。
「研究所の火事と、出て行った車が何だったのか調べたいわね」
 もしそれが繋がるのなら、研究所が焼けたのは証拠隠滅のためではないだろうか。何故かシュラインはそんな気がしていた。火を使うような研究をしていないのに不審火が出るのもおかしいし、全員焼死したなどあり得ない。
 もしそこに、以前シュラインが見た人体発火能力を持つ女性が関わっているのなら、充分にあり得ることかも知れないが。
「でも収穫はあったわ」
 鳥のいない鳥類研究所。それが「研究所」であることは確かだ。
 足がかりが出来れば。きっとそこから本流へ繋がる道は見える。その真実の淵はきっと深いだろうが、何も知らずに見て見ぬふりをすることなど出来ない。
 次に調べるのは、第三帝国の研究資料だろう。同じ研究を行っているかも知れないし、収容所を使って人体実験を行っていた話は有名だ。このあたりは国内外蒐集家等にも当たった方が良いだろう。そして、おそらく軍や国と癒着した研究所であった可能性も強そうだから、IO2が現存資料等で何らかの情報を得いてるかもしれない。
「これからが本当の始まりなのよね……」
 真実の淵の立つための始まり。禍根を断つための始まり。
 そして……いや、それは思わない方が良いだろう。シュラインは小さく首を振る。
「また話を聞いたり、調べたりしなくちゃね」
 きっとその先には、残酷な真実が待ち受けているかも知れない。それでも足を止める訳にはいかない。
 ふと見上げた空は、空を焦がすように赤い。
 それはまるで火のようでもあり、血のようでもあり……。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
ライターとして研究所の情報収集をすると言うことで、麗香さんにも協力して貰いつつ研究所があった場所までたどり着いていただきました。
この辺りの情報は、やりとりしない限りはシュラインさんだけの情報になります。
最初些細であったはずの「鳥の名を持つもの達」の話は、実はあれこれ食い込んだ話になっています。これからもちょこちょこ出てきますので、お付き合いいただけると幸いです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。