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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


Digital Ghost

 投稿日:200x.08.xx 22:26 投稿者:Drug_on
 件名:Digital Ghost
 私達が開発している人工知能ソフト『Digital Ghost』の開発協力者を募集しています。
 一週間の期間で、色々な知識を教えてください。
 謝礼はお支払いします。メールアドレスはDrug_on@****.ne.jp

 瀬名 雫が運営する『ゴーストネットOFF』の掲示板にその書き込みが書かれたのは、暑さも厳しい夏のことだった。雫自体はそういう書き込みに関して、削除もしなければ積極的に関わらないようにもしている。その存在自体がオカルトであることもあるし、悪質なものと分かった時点で消しても遅くはない。
 そんなある日。
 雫の元に一枚のMOディスクと共に、手紙が送られてきた。

 SIZUKU様
 初めまして。以前そちらの掲示板で「Digital Ghost」のモニターを募集したDrug_onと申します。ハンドルネームで名乗る失礼をお許し下さい。
 本題なのですが、こちらで育てていた「Digital Ghost K-O」が、使用者の手からネットに放たれてしまいました。そこで、そちらの電脳関係に強い皆様に「Digital Ghost K-O」を、送りましたMOに捕獲していただきたいのです。
 『JACK IN THE BOX』を定義ソフトとして追い込みたいと思っているのですが、如何でしょうか。
 良いお返事をお待ちしています。

「『電子の幽霊』をMOに封じ込めるの?」
 何だか眉唾な話だ。それどころか、相手は限られた者しか知らないはずの電脳アミューズメント『JACK IN THE BOX』のことも知っているらしい。
 そして、Digital Ghostが人工知能ソフトと言うことは、相手はある程度の知能を持っている…。
 そんな人工知能ソフト「Digital Ghost K-O」を野放しにして、何か大きな物にでも触れられる前に捕らえなければならない。相手は知恵はあるが、善悪があるかどうかまでは分からないのだ。
「ネットは万能の世界に見えるけど、ちゃんとした定義に基づいた世界だもんね」
 オンとオフ。1と0。
 雫はその手紙を興味深そうに眺めながら、メールソフトを開いた。
 Digital Ghost……本物の『電子の幽霊』か、それとも何か別の物か……。


 雫がメールを出した中で、Digital Ghost捕獲計画に乗ってきたのは六人だった。
「俺は『遊び人の勇さん』とでも呼んでくれ。かっては『新宿の虎』と呼ばれたゲーマーだ。格闘物なら任せろ」
 最初にそう挨拶したのは、伊葉 勇輔(いは・ゆうすけ)だ。機械音痴なのでゴーストネットはロム専だが、Digital Ghostの開発協力などの書き込みはずっと見ていた。それで興味津々でここまでやって来たのだ。
 ただし、今日の勇輔は知事ではなく、個人での参加だ。なので正体がばれないように、竜虎アロハにヴィンテージジーンズ、足下は黒のエンジニアブーツ。腰には銀のウォレットチェーンでサングラスという、どこからどう見ても堅気っぽくない格好だ。
「勇さん?」
 その名前に顔を見合わせたのは、シュライン・エマとデュナス・ベルファーだ。二人は以前樹海キャンプに行ったときに「勇さん」と名乗るホームレス風の男性を助けたことがあるのだが、ここで問うのは野暮だろう。シュラインの耳では声で同一人物であると言うこととが分かっているが、今日は勇さんの正体を暴くのが目的ではない。
「色々と思い当たることがあるのよね……」
 シュラインはそう呟き考え込む。
 Drug_onとK-O……その名は、シュラインに磯崎 竜之介とコマドリを連想させる。そうだと仮定するのなら、MOに閉じ込め渡すのは避けたいのだが、それを見越した罠の可能性も充分あり得る。
「『JACK IN THE BOX』には色々因縁がありますからね……。毒くらわば皿まで、と言ったところでしょうか。それに追いかけっこは意外と得意ですよ」
 デュナスは以前、この電脳遊園地で「カッコウ」と名乗る少年に関わった事件以来、『JACK IN THE BOX』に関わる事があったら連絡してもらえるよう雫に頼んでいた。
 今回の事も、掲示板の書き込みがあった時から様子を見ていたが、捕獲依頼が入ったということで、本腰を入れて調査に乗り出す事にしたのだ。まあ、電子の幽霊を捕まえるというのはかなり大変そうであるのだが……。
 すると、Tシャツにジーンズの氷室 浩介(ひむろ・こうすけ)も、画面を見てこう呟いた。
「この電脳遊園地、麗虎さんが追ってる事件に出てこなかったっけ?」
 麗虎さん……とは、浩介がよく取材手伝いをさせてもらっている松田 麗虎(まつだ・れいこ)の事だ。以前汚職事件に関わった政治家が、人体発火で死亡するという事件の取材などを手伝ってから、浩介は麗虎が書いた記事などを探して読んでいたのだ。
「関わりがあると言えば、関わりがあるかも知れませんわね」
 雫から連絡を受けてやって来たのは、和服姿の少女、榊船 亜真知(さかきぶね・あまち)だ。今『JACK IN THE BOX』を管理しているのは亜真知であるし、『電子の幽霊』というのも気に掛かる。
 亜真知はここに来る前に、少々気になる依頼人とMOの確認をしていた。素性は探れないかも知れないが、相手の技能レベルや若干の背景は量れるのではないかと考えたからだ。
「で、どうだっだんだ?」
 椅子に座った勇輔に、亜真知は困ったように頬笑む。
「こちらのMOですけれど、普通のドライブで動くようになってますが、容量が規格外になってますわ。普通に調べたら、単なるMOにしか見えないでしょうけれど」
「規格外ってのは、どう言うことっすか?」
 そう浩介が言ったときだった。
『ああ、多分特許外の技術か何かで、普通のMOドライブでも動く大容量ディスクを作っちゃったのかもね。でも、それを発表しちゃうと色々面倒な訳だから、あくまで「MO」って事にしたいんだろうさ』
 その声が聞こえてきたのは、パソコンのスピーカーだった。一瞬Drug_on本人かとも思い全員が警戒するが、声はそれを察したようにカラカラと笑うだけだ。
『そんなに警戒しないでいいよ。俺もメールで呼ばれたんだけど、色々事情があって外に出らんないってのと、ウチのマシンの方が使いやすいんだ』
 そう言うと、彼はハンドルである「D-op」と名乗った。
 D-op……島津 仁己(しまづ・ひとみ)が、家からこちらにアクセスしているのには訳がある。仁己は腕利きのハッカーなのだが、自らの神経系をコンピュータと接続し、コンピュータ及びネットワーク内を直接知覚し操作することが出来る。しかし、それを人に見せたくはないのだ。それにネットの話であれば、何もその場に行かずともアクセスだけで方が付く。
「何故、貴方が呼ばれたんですか?」
 姿を見せない仁己にデュナスがそう言うと、マイクの向こうで軽い溜息が聞こえる。
『ネットのあっちこっちにマルチポストしてた「開発協力者募集」の書き込みが怪しかったから、調査って意味で開発に協力しつつ「Drug_on」って奴についても調べてたんだけど、どうも裏があるみたいでさ。それに、実際開発協力はしていたから、役には立つと思うよ。信用できない?』
 いや、一番最初にDigital Ghostに接触している者がいるのはありがたい。
 それに亜真知は電子の幽霊に「カッコウ」の事を思い出し、関連があるのかと思案していた。そしてシュラインは、そこから発展した別のことを考える。
「いや、考え過ぎかもね。ねえ、D-opに質問してもいいかしら。そのDigital Ghostは、どんなものだったの?」
「そうっすね。接触してるってんなら、探しやすいかも知れない。どんなんだったんだ?」
『どんなの、ねぇ。俺が「見た」感じだと、女の子みたいだったかな。でも、ネットの中の人格なんて、いくらでも作れるからそれが真実だとは限らないけど』
「じゃあ、とっとと中行ってその幽霊とやらにご対面しようぜ。その方が手っ取り早いんだろ」
 悩むぐらいなら、拝めばいい。
 その単純な勇輔の言葉が、一番の真理なのかも知れない。

 外へ出たい。
 きっとこの世界の外には、見たこともない何かが広がっているはずだから。
 もうこんな暗いところは嫌。独りぼっちも嫌。
「外に行けば、もっともっと色んな事を学ぶことが出来るぜ」
 だから私は海を泳ぐ。果てのない電脳の海から、外の世界に行くために。

「『JACK IN THE BOX』アクセス許可……」
 亜真知が『JACK IN THE BOX』のアクセス制限などの設定をしている間、残った皆はDigital Ghostを捕まえるための仕掛けを考えていた。
『あ、俺は荒事苦手なんで、その辺は皆に任すよ』
 仁己はどちらかというと「捕まえる」事よりは、情報収集などの方に興味があるらしい。シュラインも世界の定義が決まれば、後はそれに従う気でいる。
「亜真知ちゃん、『JACK IN THE BOX』の外面に結界施して、特定の人以外アクセス出来ない状態にしてもらえるかしら。何だか横やりが入りそうな気がするから」
「分かりましたわ。アクセス制限だけじゃなくて、電脳結界も張っておきますわね」
 これで横やりが入ると言うこともないだろう。少なくともDigital Ghost自体に仕掛けがない場合は。
「俺、電脳系は弱いから……追いかけっこなら体力が続く限りいけると思うけど。定義変えられるんなら、モグラ叩きとか、的を殴って高得点出す奴とか、体力と反射神経のゲームなら得意なんだけどな」
「俺は反射神経と戦闘センスと根性で勝負出来りゃ、何でもいいぜ」
 浩介と勇輔のぼやきに、デュナスは思わず苦笑する。どうも電脳系というよりは、自分も含めて体力勝負の人間が多いようだ。
「でしたら、以前ネット上で行われた『Night Raid』というゲームがあるんですが、それで行きませんか?鬼ごっこと格闘を合わせたようなものなんですけど、格闘は避けつつ接触を図りませんか?」
 多分知力系のゲームを定義にすると、このメンバーでは時間がかかる。だったら本当に単純に鬼ごっこをした方が良さそうな気がする。すると浩介が、うーんと考え込んだ。
「でも、いきなり腕力でってのはマズイんじゃないっすかね」
『どうだろう。結局電脳世界なんだからそのダメージは現実の物じゃないし、向こうだって必死に抵抗すると思うよ』
「でしたら、すこし迷路仕立てにして、そこに魔術的要素を加えて追い込んで封印を施す様にしましょう。そちらのモニタリングは私が担当しますわ」
 一つの電脳世界に、結界を張れる亜真知なら大丈夫だろう。別に自分達はDigital Ghostに危害を加えたい訳ではない。それぞれ思惑や聞きたいことなどはあるが、まずは会わないことには意味がない。
「そうね……追いかけっこをして、取りあえず会ってみましょ。相手が分からなければ、対策しようもないものね」
 そろそろ準備が出来たようだ。用意されたブースに座り、イヤホンマイクなどをセットする。
「じゃあ、電脳世界で会いましょう。幸運を」
 デュナスの言葉に、皆が静かに頷く。

 『JACK IN THE BOX』アクセス許可。
 モデリング、ナビゲーター設定終了。
 ダイビング、準備完了。
 ダイビング開始5秒前。
 4
 3
 2
 1
 ………

「……何だぁ、こりゃ」
「うわ、すっげぇ」
 電脳世界に初めてダイブした勇輔と浩介は、そのあまりにもリアルな風景に驚いていた。
「よっ、電脳世界へようこそ。こっちは何度か来たけど、やっぱ完成度高いね」
 そこで初めてD-opと名乗った仁己と対面するが、流石に自分の姿そのままではない。顔半分をゴーグルで隠し、背も高く筋肉もある「別人」の姿を取っていた。
「私は何度か入ってますけど、やっぱ最初は感覚に酔いますね」
「そうね。現実酔いするわ」
 デュナスとシュラインはこの系統の事件をこなしているのだが、やはりリアリティのある電脳世界は現実との境目があやふやになる。
「皆様、聞こえますか?わたくしがナビゲーターをいたしますから、皆さんはそちらを追って下さいませ」
 舞台の制御とナビゲーターは亜真知が全て引き受けた。追跡情報は、ほぼリアルタイムで皆に中継できる。その瞬間、皆の目の前にこの迷路の地図が出た。
「こちらの地図は、皆様にしか見えていませんわ。そして点滅しているのがDigital Ghostになります。追いつめた場所は後ろに下がれなくなりますから、皆様気をつけて下さいませ」
「まるで夢の世界だな、こりゃ」
 表に出ていない世界では、こんな技術が進められていたのか。勇輔が地図を感覚で頭に叩き込んでいると、仁己がその迷路を見ながらくすっと笑う。
「よく出来てはいても、電脳世界は論理と規律の上に立つ規則正しい場所だよ。それから考えると、現実の方がよっぽどでたらめだ」
 オンとオフ。1と0。
 現実にはその境がない。論理も規律もなく、不規則で不安定なのが現実。それから比べると、まだDigital Ghostが「ここ」にいるだけ扱いやすい。
「取りあえず行きましょうか」
 そうすると、不意に当たりの気配が揺れた。
 今までなにもいなかった場所に、唐突に大きな虫のようなものが現れ、キチキチと嫌な音を立てながら近づいてくる。全体的に羽虫がイメージされているようだ。
「『バグ』ですわ。それに噛まれますと強制排除されますので、こちらをお使い下さい」
 その瞬間、足下に電磁警棒、スタンガン、スタンナックルなどの武器が出てきた。浩介と勇輔は迷わずスタンナックルを選び、デュナスは電磁警棒を手に取る。
「シュラインさんとD-opの護衛は私がします。お二人は銃を持って下さい」
「自信ないけど、手ぶらよりはマシね」
 そう言ってシュラインが銃を手に取ると同時に、スタンナックルを装備した浩介と勇輔が思い切りバグ達に殴りかかる。
「若造、俺の足ひっぱんなよ」
「そっちこそ、腕っ節には自信あるんだろうな」
 あの二人なら、よほどのことがなければこちらからの援護はいらなそうだ。その隙に仁己はもう一度Digital Ghostの位置を確認する。
「『自己防衛本能』は、順調に育ってるみたいだな。よっぽど捕まりたくないんだろうけど、どうやって足止めすっか」
 世界に果てがないと言うことはない。閉じていないプログラムは、起動させても暴走する。この世界がちゃんと存在しているのなら、どこへ逃げてもいつか追いつくのだ。
「ねえ、D-op……貴方に聞きたいことがあるの」
「何?」
「開発協力をしていたなら知っているはずよ。Digital Ghostは、本当に人工知能なの?」
「二人とも、隠れて下さい!」
 デュナスが二人に襲いかかろうとしていたバグを打ち倒した。仁己は隠れながらシュラインに、肩をすくめる。
「俺は情報屋だから、それと交換できるものが欲しいな。さっきからカッコウとか言ってたけど、その情報と交換って事でいい?」
 背に腹は代えられない。
 シュラインは鳥の名を持つ者達と、綾嵯峨野研究所のことをさらりと話した。仁己が情報屋だというのなら、それについて何か知っていることがあるかも知れない。
 だが仁己は何か考えるように口元に手を当てただけだった。
「ふーん、綾嵯峨野研究所ね。じゃあ、俺からも。あのDigital Ghostは、人工知能ソフトなんかじゃないよ。現に教えてる間俺もコピーしてみたけど、どんな方法を使っても絶対起動できないんだ」
「どういう事なの?」
「人間と定義するのなら……魂が足りないから、知能であるはずのソフトが動かない」
 魂が足りないから。
 だとしたら……シュラインは立ち上がり口から鳥の鳴き声を発した。
 ピュルル……。
 チドリの鳴き声が、電脳空間に響き渡る。

 ……私は、この鳴き声を知っている。
 でも私はそこに行きたくない。
 私は欠けてない。私は私一人で、ちゃんと考えられるし歩ける。
 一人でも、ちゃんと立てる……。

「………?」
 シュラインが鳥の鳴き真似をした瞬間、バグ達の動きが止まった。その間にその場にいた全てを殴り倒し、勇輔は迷路の地図を出しデュナスと浩介に指示を出す。
「三手に別れて逃げ道を狭めっぞ。亜真知、俺達のナビは頼む……じゃねぇと、行き止まりではまりそうだ」
「分かりましたわ」
 自分達が持っている地図に映し出されるルート。その通りに進めと言うことなのだろう。仁己もシュラインの手を取り、デュナスの後ろを走る。
「とにかくご対面して話を聞こうぜ。じゃないと、あんたの探してるものなのかどうか全く分からないから」
「………」
 確かにさっきの鳴き声に反応して、バグ達の動きが鈍くなった。そこに浩介からの通信が入る。
「すんません。Digital Ghostが、どんな風に育ってるか分かんねぇっすか?危険な感じに育ってんなら、もう少し積極的に仕掛けてくる気がするんで」
「……だな。視覚的にでっけぇ虫ってのは嫌なもんだが、にしちゃあ随分消極的な気がするぜ。俺らをぶっ殺す気ならもっと出来るのに、わざと使ってねぇみたいな」
 喧嘩慣れしている浩介と勇輔には、その殺気のようなものが分かっていた。
 Digital Ghostが、自分達に放ったバグは、身を守るため最低限という感じだった。本気で自分達を排除する気で危険に育っているのなら、もっと容赦なくバグを呼び出せるはずだ。
「Digital Ghostが移動しますわ」
 それは自分がどうしたらいいのか分からないというように、緩やかにおろおろとした動き。「自分の身を守る」ということは知っていても、それ以上どうしたらいいのか分からないというように立ちつくす。
 亜真知は、勇輔や浩介達が歩く道以外を封印していく。
「聞こえますか、Digital Ghost」
 走りながらのデュナスの呼び掛けに、世界が震えた。すると自分達の頭上に一人の少女の姿が映し出される。
「ねえ、あなたのお名前は?」
 小さい子に話しかけるようにシュラインが言うと、ヴィジョンが小さく揺れる。
「私は、Digital Ghost K-O……コマドリ」
 コマドリ。
 その名に浩介がビクッと止まる。鳥の名前……それはあの、人体発火事件を思い起こさせる。
「おい、何でその幽霊が逃げようとしてたんだよ」
「研究所から……綾嵯峨野研究所から逃げたかったの」
 どうやら、結構嫌なところに足を突っ込んでしまったようだ。綾嵯峨野研究所についてはIO2でもマークしている。見ると正気を失うDVDなどの制作に協力していた研究所の名だ。勇輔は渋い表情をしつつ苦笑する。
 だが、逃げるというのはどういう意味なのだろう。電脳空間に逃げて、それからどうする気だったのか。
「幽霊……いや、コマドリはどう思ってるんだ?戻りたいのか、それとも……」
 死にたいのか。
 その言葉を浩介は繋げられない。あの、己の炎で身を焼いたような真似はさせたくない。そんな姿は二度と見たくない。
「私は外に行きたいの。あそこは嫌。でもここも嫌なの」
「Drug_onは、磯崎 竜之介(いそざき・りゅうのすけ)のことですね」
「コマドリ、貴女は今まで何をしてきたの?」
 それについてもコマドリは、少ない言葉で話をする。デュナスの言う通り、Drug_onは、綾嵯峨野研究所に所属する磯崎 竜之介のことだ。シュラインの何をしていたと言う質問に関しては、最初「歌を歌っていた」だけで、後は気がついたら色々な人が色々なことを教えてくれたらしい。
 それは話すことや笑うことだったり、歌以外の言葉。
 そして「外の世界への憧れ」と「自己防衛本能」
「誰が、そんな事を教えましたの?」
 外に行きたいという願い。それが誰かに教えられたものだとするのなら……。亜真知がそれを聞いた瞬間、世界の定義が揺らぐ……。

 「Digital Ghost K-O」ダウンロード準備完了。
 外の世界への憧れ、自己防衛本能、起動完了。
 最終教育ファイル「自立心」
 Enter?

「外に出たいなら来い!」
 仁己がそう叫ぶと、コマドリがすっと顔を上げた。
「外に、出られるの?」
「悪いようにはしないから、出してやるよ。ずっと箱ん中いるのも嫌だろうから、体も何とかしてやる」
 仁己の目的は最初からこれだった。
 人工知能の入手を企み、コピーをして盗み出そうとしたがこれはコピーをして動くようなものではないらしい。普通の人工知能ではなく、魂のある「知能」
 だから色々な事を教える傍ら「外の世界への憧れ」と「自己防衛本能」を刷り込んで、脱走を促した。
「おい兄ちゃん、どういう事か説明しな」
 スタンナックルを向ける勇輔に、仁己は肩をすくめる。
「別に俺はあっちの回し者でもなければ、黒幕でもないよ。単に機械に縛り付けられてんのが可愛そうだって思っただけ。魂があるなら、余計にさ」
「それをDrug_onに売ったりは……」
「しないしない。そもそも盗んだもの返すから金くれなんて、俺の美学に反するね。それにこれを手に入れたって、皆どうにも出来ないだろ」
 それは確かにその通りだ。
 捕らえてもDrug_onに渡す気はなかったし、調査と言っても時間がかかりそうだ。
「では、約束して下さい。その調査と保護はお任せします。ただし、素性も知らない貴方のことを信用しろと言っても無理です。私達が信頼できるものを」
 デュナスの意見は、真っ当なものだ。仁己はくすと笑うと、亜真知に向かうかのように顔を上げた。
「この空間、誰にも絶対見られてないよな」
「先ほどからアタックはかけられてますが、ここでの情報が漏れるとしたら、皆様の口からですわ」
 すると今までゴーグル姿で筋肉質だった青年が、黒髪碧眼の細身の青年に変わる。
「これが俺の本当の姿。で、名前は島津 仁己。でも出来ればこの名前は伏せて『D-op』でよろしく」
「もう、偽ってないっすよね」
 偽ろうと思えばいくらでも偽れるが、それは本意ではない。その堂々とした姿に、シュラインも溜息をつく。
「コマドリは、どうしたいの?」
「私、D-opの所に行く。ここから出たいの」
 ならば、それを誰にも止めることは出来ないだろう。
「俺らが捕まれろって言われたのは『Digital Ghost K-O』であって、コマドリとやらじゃねぇからな。罠張られてないように、せいぜい気をつけとけよ」
 悪態混じりの勇輔の言葉に、コマドリが甲高くピルルルル……と鳴いた。


「何だか、D-opに一本取られちゃったわね」
 数日後、ゴーストネット OFFに集まったシュライン、デュナス、亜真知、浩介は、お茶を飲みながら話をしていた。
「でも、だれも死ななくて良かったっす」
「それより、MOの方はどうしたんですか?」
 結局MOには複製したダミーと、アクセスすると発動する『印』の仕込みをした物を亜真知が作りそれを渡した。その後雫の所に連絡は来ていないし、アクセスされた様子もないという。
「ダミーに気付かれたのかも知れませんわ」
「それぐらいあっても、不思議じゃないですよね」
 デュナスは持って来たあんパンを食べながら考える。
 まだ何処かの電脳空間で、こうして彷徨っている電子の幽霊がいるのではないだろうかと。
「D-opからのメールは私のアドレスにもマメに来ているから、きっと現実世界で会える日も来るわよ」
「そうっすね。その時はもっと色々外の世界を見せてやりたいっす」
 その時は色々教えることがあるだろう。
 願わくばその日が来るといいのだが……。

「適当なところはこれでごまかせたか?」
 そっと帰った勇輔は、D-opからメールでやって来た状況などの事の経過を、組織……IO2に報告するための書類を書いていた。
 取りあえず、今のところコマドリが何かする様子もないらしい。
 ただ、綾嵯峨野研究所と、磯崎 竜之介という名前はマークしておかねばならないのだが。
「調べることが増えちまったな」
 それも仕事のうちだ。
 それにこうして東京にいる限り、また因縁が絡むような気がする。少なくとも東京に危害を加えるようであれば、それが何だろうと相手になるつもりだ。
「にしても、どこで俺の正体に気付いたんだ」
 律儀に送られてくる報告メールに、勇輔は首をかしげる。

 ……もしもし、俺。D-op。仕事だからハンドルで。
 『Digital Ghost K-O』だけどさ、俺が持っててもタワーに突っ込みっぱなしになっちゃうから、そっちに持ってくよ。
 俺引きこもりだし、外の世界見たいって言ってるのにそのままなのも詐欺臭いし。
 そうだね……その辺は電話やめよう。実際話した方が安全だ。
 じゃ、また今度。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧・発注順)◆
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵兼研究所事務
7173/島津・仁己/男性/27歳/情報屋
1593/榊船・亜真知/女性/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?
6725/氷室・浩介/男性/20歳/何でも屋
6589/伊葉・勇輔/男性/36歳/東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫ 

◆ライター通信◆
「Digital Ghost」のご参加ありがとうございます、水月小織です。
電子の幽霊を捕まえるという、大変曖昧なオープニングだったのですが、皆さんのプレイングで話を作らせていただきました。
『Digital Ghost K-O』こと、コマドリと再会する機会もあるかも知れませんが、今のところは外に出て満足しているという感じです。研究所に関しては、今後ともぽつぽつと出てきますので、お付き合い下さい。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。ありがとうございました。