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<東京怪談・PCゲームノベル>


時々、おしゃべりなチューリップ

■01
 夏は暑い。
 もう一度、繰り返す。
 夏は暑い。
 高温には弱いのに、と、藤田・あやこは思ったり思わなかったりしながら、大切なお金を握り締めていた。この、少ないお金で、お客様へ渡す景品を買わなければならない。
 バイト先のメイド喫茶の店長に、ゲームの景品を買ってくるように指示されていた。
 けれど、その予算はまさにすずめの涙ほど。
 この少ないお金で、より良い物を購入しよう。安かろう悪かろうではいけない。これはもう、戦いだ。決意を新たに、あやこはぐっと拳を握り締めた。その時、ふわりとワンピースの裾がゆれる。涼しげな水玉模様のワンピースの裾は短い。それがひらりと揺れたので、その風の先を見た。いつもはそんなこと気にも止めないのに、あやこは、この時、自分のワンピースを揺らした風を追ったのだ。
 すると、視線の先に一軒の小さな花屋が見えた。
 それはもう、貧乏人の嗅覚とも言えるほどの、凄まじい偶然の出来事だったのだけれど、何とその店では丁度花の売り出しセール中だった。
「なになに?」
 セールと聞けば黙っていられない。店先の看板をじっと眺め、詳しい内容を確認した。
「チューリップ? 暑い夏に?!」
 それは、驚きだ。ちょっと興味が沸く。しかし、果たしてメイド喫茶のお客様が、花を贈られて喜ぶだろうか? いや、可愛いメイドさんが手渡してくれるのなら、何でも素敵に思える。しかし、その後も素敵な気分を味わい続ける事ができるのか? 花束を持って帰る心境は? いやいや、けれど、花は意外と高価なモノで、それがセール中だと言うのならかなりお得な話なわけで……。
「いらっしゃいませ」
「あ、はい」
 あれやこれと悩んでいると、店の中から女性の店員が出てきた。
 店のロゴの入ったエプロンをつけているその店員は、長身のあやこと比べると、ちまっとした印象だった。けれど、人懐こい笑顔を浮かべる様は、好感が持てる。
「セール中ってあるけど、まさか咲きすぎたからかしら?」
「それが、仕入れすぎてしまったんです、ですから、まだまだつぼみで日持ちもしますよ」
 なるほど、花自体に問題があるからのセールではない様子だ。
 あやこは、頷きながら、もう一度看板に張られたチラシを見た。
「……ん?」
 そして、チラシの端の小さな文字に、目を光らせる。
『(時々、おしゃべりです)』
 確かに、そう書かれていた。
 ナニソレ?! それって、超凄くない?
「いかがです? よろしければ、実物をご覧ください」
 喋る花? そんな事が本当にあるのだろうか。あやこは、驚きを隠せないまま、店員の後を追って吸い込まれるように店内に足を踏み入れた。

■02
『くすくすくす、いらっしゃいませー』
『新しいお客さんだー』
『こんにちはー』
 それは、見事な光景だった。
 店中、チューリップだらけ! 入り口付近の透明なケースも、花を飾る棚も、レジの隣のわずかなスペースさえもチューリップがあふれていた。
 何よりも驚いたのは、チューリップ達の、楽しげな話し声だった。
「うわー、凄いわっ」
 あやこは、明るく楽しく笑いあうチューリップ達に、素直に感嘆の声を上げる。
「種類も豊富ですし、お好きなチューリップがあれば良いのですが」
 しかし、店員は、あやこの凄いと言う言葉を、ただ数が沢山あって種類が豊富だからと言う意味合いに勘違いしたようだった。
 それもまた良し。
 そんな些細な事よりも、チューリップ達の囁きの方がもっとずっと面白い。
『あ、私達の声が聞こえるの?』
『きっとそうだよ! ねぇ!』
『あのね、お話、してくれるかな?』
「うん、どうしよう、欲しいっ」
 あやこは、花達の喋りに、心を揺さぶられていた。お客様にでは無い、是非自分用に欲しい。そう思ったら、もう迷いはなかった。
「そうね、元気で明るくて、そういう子達が良いわ、頂ける?」
「ありがとうございます、色はどうしましょう?」
 あやこがチューリップを買うと分かった瞬間、店中から歓声が上がった。
『やったぁ』
『私達、みんな、おしゃべりが大好きなの!』
『よろしく! よろしくね!』
 その声を聞き、あやこは嬉しく思う。
「色々混ぜてください! あとはお任せします」
 自分の財布の中からなけなしのお金を差し出し、あやこは楽しく笑うチューリップの花束を手に入れた。

■03
 あやこがアルバイトを終えると、既に日が暮れていた。
 風は生ぬるいけれど、少しだけ体が軽くなった気がする。
『あるばいと、が、終わったって事は今からどうするの?』
『はぁ〜、みんな、ひらひらのドレスを着て素敵だったぁ』
「ええ、だから、今日泊まるホテル……」
 すっかり仲良くなったチューリップ達に答えながら、あやこは、はっと気がついた。財布を、空いている片手で、触ってみる。
 いや、そんな事をしなくても、間違い無い。
「がぁん! 今晩泊まるお金が無い……」
 それもそのはずで、今あやこが手にしている花束は、今朝全財産を投じて購入した物じゃないか!
『ええええ〜?!』
『あの、あのぅ、じゃあ今晩はどうするのぉ?』
『大丈夫?』
 事情を察したのか、花束が不安そうに囁きはじめる。
 けれど、あやこは、にっこり笑った。
「ふふふ、話し相手がいるからね! 寂しく無いよね」
『そんな問題じゃぁ無いような気が』
『でも、楽しそう?』
『寂しくは、ない、と、思う……けど』
「じゃあ、問題ないっ」
 足取りも軽く、あやこは川を目差して歩き出した。

■04
「いただきまーす」
 香ばしい匂いが、辺りを包む。
『あなたって、本当に凄いのね』
『どうやって、魚を捕まえたのか、全然わからなかったよ!』
「普通に釣っただけよ?」
 川のほとりで、焼いた魚を豪快に食べながら、普通の事のようにあやこは語った。
 野宿をすると決めたら、早速夕食を調達する。川についたら、あやこは器用に、落ちていた棒切れで釣竿を作った。それを静かに水面にたらし、後は魚がかかるのを待つだけ。魚を捕まえたら、簡単に処理して火を熾した。本当に簡単に、それをしてのけた。
『あなたって、凄いのねぇ』
『うんうん、それに、すっごく美味しそう!』
『わかった! あなた、どこかの国の傭兵じゃないかしら?』
『ううん、きっと、サバイバルレースの参加者よう!』
 その全てが珍しく、全てが輝いて見えた。
 花達は、興奮気味に、あやこの隣で騒ぐ。
「どれも、はずれ、本当はね元王女なの」
『ええ?』
『ええええええ?!』
「本当よ、お姫様だったの」
 最後の最後まで魚を食べ尽くしてから、あやこは後片付けをはじめた。綺麗に魚の骨を埋めて、辺りを確認する。寝るのなら、雨風のしのげる橋の下に移動するのが良いだろう。今日は良く晴れているので、空には星が輝いている。こんな綺麗な夜は、どんな宝石よりもかけがえが無いと思う。
 昔の話をポロリと話してしまったからなのか。
 あやこの脳裏に、ちらりと宝石の光が蘇った。
『お姫様!』
『すてきねぇ、ひらひらのドレス』
『舞踏会!!』
『豪華絢爛っ』
 焚き火のぱちぱちと言う音が、静かな夜に慎ましく響く。
 その中で、花達は、あやこの言葉にそれぞれが思いをはせた。
「あはは、贅沢暮らしって、実は広告収入なのよ?」
 そんな花達の言葉を、あやこはからからと笑い飛ばす。
『広告収入って、なに?』
『わかんない、それって、おいしいの?』
「あのね、例えば綺麗な宝石が寄付されてくるでしょう?」
 毎日毎日、山のように届く贈り物。高価な宝石箱に、これでもかと言うくらい飾られて包まれている宝石。ドレス。全てが夢のようなモノ達だけれど、全く夢の無い話だ。
「それを私が身に付けて、パーティーで踊る」
『綺麗な宝石に包まれるって事??』
「あのねぇ、王女様が身に付けているという宝石って、それだけで注目を浴びるのよ。パーティーが終われば、欲しいという人だって山ほどいるわ。そして、それが誰の寄付かって言うのは、すぐに分かる仕組みになっているの」
 踊れば踊るほど、誰かが儲かる。
 着飾れば、誰かの得になる。勿論、あやこにだってバックはあるけれど……。まさに、歩く広告塔だ。
『ゆ、夢が無い』
『あ、でもさぁ、踊るって言う事は、素敵な相手がいるって事でしょう?』
『そうそう! それが、恋に発展したりねー、王女様って事は許婚? とか、結婚相手とか、いたんじゃないの?』
 花達は、どこまでも前向きで、可愛い。
 そのきらきら光る思いが何よりも素敵だと思うし、そんな花達と話すのは楽しい。あやこは、知らず饒舌になっていた。
「結婚相手ねぇ? 好きでも無い人を愛せる? だいたい、踊る人だってあれはね親が相手を決めるのよ」
『えー、でも、恋愛はしたんでしょう?』
『親が決めたって、格好良い人だったら良いんじゃない? 良いんじゃない?!』
「エルフの恋愛? 分からないわ……、私に需要があるかしら?」
 ぱちぱちと、夜に似合わぬ音が聞こえる。
 それは、肯定も否定も言わぬ、小さな音。
 しかし、いつの間にか、その音に囲まれていた。
「普段はにこやかに笑う王女様の、苦悩の物語りですねぇ」
「いやいや、決められた相手とのはかない愛、彼は決められているから私を愛するのか? それは本当の愛なのか? 揺れ動く乙女心だろう? くっくっく」
「歩く広告塔と言うのは斬新だったな、なかなか面白いじゃないか」
 どこから現れたのか。どこで聞いていたというのか。
 ふと周りを見渡せば、そこにはいつしかあやこの話に聞き入る観衆達がいた。
 ああ、夜空には美しく輝く星があるけれど、大層昔には夢のない宝石の光があったけれど、今だってこんなにも暖かな光に囲まれているじゃないか。
 惜しみ無い拍手を送る観衆達に、あやこはにっこりと笑顔を返した。

■Ending
 それからしばらく、花達との楽しい日々を過ごした。
 バイト代が入れば、ちょっと豪華なホテルにも連れて行った。風の優しい日には一緒に散歩した。花達はどこへ行くにも楽しそうで、あやことのおしゃべりはつきなかった。
 はらり、と。
 花びらが舞う。
 最後に、花達が望んだのは、あやことはじめて訪れた川のほとりだった。
『じゃあね、じゃあね』
『いままでありがとう! たのしかったよ』
『うん! たのしかった』
「そう、よかった、のかな」
 あんなに明るかった花の声が、今はか弱く儚い。
 最初に花屋を訪れてから、一週間もなかった。花は日毎に花開き、咲ききったら散るのみだという。
 永遠に生きるエルフの娘には、それが一体どういうことなのか、たぶん永遠に理解できない?
 あやこが、一つ二つ呼吸をするたびに、花達の力は弱っていく。
『よかったよう!』
『いっぱい話せて、私達の思い出を、あやこが持っていて』
「私が持っていく? けれど、それが何になると言うのかしら」
 永遠と言う時間に、メモリを入れて区切りをつけるのなら、この一週間の間あやこの時間の区切りは花達との思い出で埋め尽くされる。けれど、明日からの区切りには花達はいない。過ぎた区切りを思い出す事はできる。広告塔だった王女の頃の自分を思い出すのと同じだ。でも、この花達との思い出の区切りは、もう、新しくは作れない。それは、寂しい。
『私達との思い出を持ったあやこは、いろんな人とまた、話すでしょう?』
「ええ、永遠にね」
『だったら、あやこの中に入り込んだ私達との思い出も一緒に、連れて行って』
「よく、分からないわ」
 思い出の中の花達は、いつだって明るくて楽しい。けれど、それは、それ以上でもそれ以下でもなくなってしまう。
『あやこを形作る一つの要因って事よ』
『そうそう、それで、私達との思い出を持ったあやこが誰かを形作る要因になって、その誰かはまた誰かの礎になる』
「だったら、どうなるの?」
 花達は、それでも、散って行く自らを誇らしげに思っているようだった。
『そうして、いろんな人がつながっていくのよ!』
『だから、それが、永遠って事だよぅ!』
「永遠……」
 自分が瞬きをするような時間しか生きられない花が永遠を語る。
 あやこには、それが不思議で仕方なかった。そして、同じように永遠を語るのが、少しだけ憚られる。
『さようなら』
 最後に小さく、花は囁いた。
 散り行く運命の花達を、ただ忘れないようにと、あやこは見つめていた。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7061 / 藤田・あやこ / 女性 / 24歳 / 女子高生セレブ】

【NPC / 鈴木エア / 女性 / 26歳 / 花屋の店員】

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■         ライター通信          
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 藤田・あやこ様

 こんにちは、はじめましてライターのかぎです。
 はじめてのご参加ありがとうございます。
 永遠とは何でしょう? それは、永遠を生きる藤田様にしか分からないことなのかもしれない。けれど、それを知らない人間の言葉にも永遠と言うものが存在するのになぁと、そんな事を思いながら物語を進めてみました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
それでは、また機会がありましたら宜しくお願いします。