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<PCゲームノベル・星の彼方>


さよなら代わりのごちそうさま

 濃紺の空の下、煌々と輝く提灯の明かりが眩い。夕陽をそのまま縮小したような橙色の光にヒコボシはぼんやりと見入っていた。
 神社の境内は大勢の人で活気付いている。屋台から漂う美味しそうな匂いや、箱の中でぴよぴよと鳴くヒヨコに興味を引かれつつも、心からは夏祭りを楽しめない。
 鳥居脇の木陰に蹲ったまま動かないヒコボシを、傍らのオリヒメが柔らかく慰める。
「ねぇヒコボシ、元気出しなよ。リンゴじゃなくてもアメならまた買えばいいじゃない」
「だって、あれ最後の1本だったのに! 落とすなんて信じらんない!」
 飴を買った後、すれ違いざまに駆けて行った少年達と肩がぶつかり、その拍子に落としてしまったのだった。石畳に無造作に転がった飴の紅さが目に焼きついて離れなかった。
「こうなったら、リンゴアメの分までいっぱいおいしいもの食べてやるー!」
「えぇぇぇ? でもお金足りないよ……」
「そ、そうだよね、どうしよう……」
 困ったことは星に聞け、とばかりにふたりは夜空を見上げた。

 ★

 ――久々の夜祭も結構いいものね。
 出先での仕事帰りに立ち寄った神社で、シュラインは事務所の仲間への手土産としてリンゴ飴を2本買った。連絡は入れたがあまり遅くなってもいけないので、用を済ませて祭の雰囲気を楽しみつつ帰路を歩むことにした。
 射的の弾が撃ち出される軽快な音。食物の匂い。子供達のはしゃぐ声。和太鼓と笛の音色。提灯の穏やかな灯火。すべてが風流的に五感を心地好く刺激する。
 入口である鳥居付近を通った時だった。賑わいの中、少女の甲高い怒声がシュラインの鼓膜を叩いた。聞こえてきた方向を見やると、木陰に蹲ったふたりの子供の姿が視界に入る。
 ――あら、可愛い双子ちゃんだこと。
 鮮やかな紫色の長い髪を頭の上でひとまとめに結い上げ、小柄な体型にぴったりと沿った白と黒の浴衣で身を飾っている。会話を聴く限り男女のきょうだいらしい。顔は瓜二つだが、そこに表れている感情は異なる。それに、彼らに纏う人間離れした空気が浮き彫りになっていた。
 ――『普通の子』じゃなさそうね。
 折角だし話しかけてみようかと歩み寄る。屈み込んで目線の高さを合わせると、双子の瞳がハッとシュラインに向けられた。
「どうしたの? 何か困ったことでもあった?」
「あ、リンゴアメ!」
 怒っていた少女が、問には答えずにシュラインの手に収まった飴を指差す。少年が困り顔で諌めた。
「ヒコボシ、指差しちゃダメだよ、失礼だよ」
「だってさっき売り切れたはずなのにっ」
「お嬢ちゃん、これ食べたかったの?」
 優しく訊ねると少女は頷き、その身に降りかかった災難の一部始終を半ば怒り気味に語った。
「そう、人とぶつかって落としちゃったのね」
「最後の1本だったのよ、ひどいでしょ」
「じゃあ、私のをあなたたちにあげるわ」
 はい、と飴を差し出せば、双子はきょとんと目を瞬かせた。
「え、いいの?」
「ええ。本当はお土産で買ったんだけれど、食べたいものを食べられないとあなたたちがつらいだろうから」
「そんな、悪いですよ」
「遠慮しないで。ね?」
「ありがとー!」
 少女は嬉々として受け取り、少年もぺこりと会釈をしてから躊躇いがちに飴を掴んだ。
 その代わり、とシュラインは前置きする。
「別のお土産を買いたいから、手伝ってもらえると嬉しいな。あなたたちに味見をして欲しいの」
「味見っ?」
 パッと少女の双眸に一等星が輝いた。
「それって、おいしいものたくさん食べられるってこと?」
「そうね。屋台が色々あるし、お腹一杯になるくらいご馳走するわ」
「やったぁ!」
「ヒコボシ、少しは遠慮しなよ」
「なによ、オリヒメだっておなか空いてるくせに」
「それはそうなんだけど……」
 少女がヒコボシ、少年がオリヒメという名らしい。あえて本来の性別とは逆なのが可愛いなと思いつつ、シュラインもにこやかに名乗った。
「私はシュライン・エマよ。宜しくね」
「うん、よろしく!」
「本当にすみません、お世話になります」
 双子は味わっている飴と同様の甘い笑顔を見せた。

 ★

 しゃくしゃくと細かい氷を口の中で砕くヒコボシとオリヒメ。その幸福感に満ちた顔を眺めてシュラインは癒された。外見こそ一風変わっているものの、美味しいものを食べて喜び、ゲームで遊びはしゃぐさまは普通の子供と大差ない。悪霊や悪魔等の類ではないことに安堵した。
「ねーねーシュライン、おみやげ、このカキゴーリっていうのがいいと思う。これすごくおいしい!」
 嬉しげに提案するヒコボシの舌は、ブルーハワイシロップで青く染まっていた。あら、とシュラインが笑うと、オリヒメもつられてくすくすと笑みをこぼした。気付かないのは食べている当人だけだ。
「ふたりとも、なんで笑ってんの?」
「ヒコボシ、口の中が真っ青だよ」
「えぇっ?」
「ブルーハワイのかき氷を食べると、誰でもそうなっちゃうのよねぇ」
「へ〜。カキゴーリってふしぎ〜」
「オリヒメくんはどう、美味しい?」
「はい。イチゴって甘いんですね」
 焼きそば、たこ焼き、焼き鳥、鯛焼き等、食物関係の屋台を3人で一通り回った。どれも満足気に腹に収めていった双子だったが、かき氷が一番のヒットになったようだ。
 シュラインは抹茶味とレモン味を土産用、小豆味を自分用に買っておいた。
 溶けてしまっては土産の意味がなくなるので、双子が食べ終わるのを待ってから共に神社を出た。ヒコボシが歩きながら大きく伸びをする。指からかけられた黄色い水ヨーヨーが微かに揺れた。
「あー楽しかった! おいしいものたくさん食べられたし、いろいろ遊べたし」
「型抜き、難しかったね。ちゃんと型通りにくり抜ける人ってすごいなぁ」
「良かったわ、喜んでもらえて」
「うん、ありがとシュライン!」
「シュラインさんに声をかけられなかったら、こんな楽しい思い出作れませんでした」
 ふとふたり揃って立ち止まり、互いの手を繋いだ。シュラインも歩を止めて問う。
「どうしたの?」
「今日遊んでくれたお礼に、シュラインにいいもの見せてあげる!」
「え?」
 ヒコボシとオリヒメは顔を見合わせて頷き、日本舞踊にも似た舞を舞い始めた。やがて濃紺のベールに包まれるように、シュラインと双子の周囲の空間が変容した。
「綺麗……」
 思わずその光景に見惚れるシュライン。頭上には満点の星、足下には広大な天の川が広がっていた。豪華なプラネタリウムに来たような気分だった。宇宙旅行といった方が適切かもしれないわね、とも思った。瞬く星の色も大きさも様々で、普段自分が何気なく眺めている夜空からは想像も出来ない景色だ。
 双子はゆったりと踊り続けながらシュラインに声をかける。
「気に入ってもらえた?」
「僕らはこの空から落ちて来たんです。シュラインさんにも知ってもらいたくて」
「ええ、とても綺麗ね。普段なかなか見られないから貴重だわ、本当に。素敵なものを見せてくれてありがとう、ヒコボシちゃん、オリヒメくん」
「えへへ、よかった」
「嬉しいです」
 舞が終わると、映像が消えるように元の空間へと戻った。双子を家まで送ろうかと考えていたシュラインだったが、このまま別れてしまうのも淋しいかもしれないと感じていた。少し屈んで目線の高さを揃える。
「ねぇ、良かったらふたりとも私の仕事場へ寄っていかない? 足休めも兼ねて」
「いいのっ?」
「でもお仕事の邪魔になりませんか……?」
「いいのよ、気にしないで。仲間へのお土産も届けるし、皆で色々話もしたいしね」
「わーい! 行く行くー!」
「すみません、またお世話になります」
 大喜びで駆け出したヒコボシを、オリヒメが慌てて追いかける。元気な星の申し子達を微笑ましく見守りながら、シュラインは携帯電話のメール作成画面を開いた。
 ――遅くなってごめんなさい。可愛いお客様を連れて帰ります。


−完−



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登場人物一覧
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

┃ライター通信┃
シュライン・エマさま
こんにちは、蒼樹 里緒です。毎度ご参加有難うございます!
不思議な双子とのほのぼのなひととき、いかがでしたか?シュラインさまの優しさにふたりも癒されたことと思います。事務所でも楽しく過ごせると良いですね。
またのご参加をお待ちしております。