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<東京怪談・PCゲームノベル>


時々、おしゃべりなチューリップ

■01
 不思議な顔をして、店員の鈴木エアが黒・冥月を見上げてくる。本当は、数日前に買ったチューリップの報告をする予定だった。けれど、店先の看板には、あの時と変わらずにチューリップ売出しのチラシがはってある。
「まだ、売り出し中なのか?」
「あははははは、はぁ、その、色々売れたんですが、やっぱり仕入れた量が本当に半端無く多くて、倉庫の冷蔵庫から出しても出しても終わらなくて」
 言われてみて、店をちょっと覗くと、確かにまだまだ店の中はチューリップで溢れていた。
 どうやら、前回冥月が訪れた時は、倉庫の冷蔵庫にも沢山控えていたらしい。
「けれど、やっぱり冷蔵庫にも限界があって、花達は日増しに咲いて行きます」
 このままだと、店の中で枯れる花も出てしまいそうで、と、珍しくエアが落ち込んだそぶりを見せた。いつも笑顔を絶やさないと思っていただけに、ちょっと驚いた。
「いや、例えそうだとしても、お前が毎日声をかけてやるだけで、花達は喜ぶはずだ」
「そう、でしょうか……」
 不安そうに戸惑うエアを慰めるように微笑む。
 はずも何も、チューリップ達は、会話を望んでいる。残念ながら、エアには花の声を聞く力が全く無いようだけれど、話かけるだけでも花達は随分救われると思った。
 だから、冥月の微笑みに嘘は無い。
『あー!! 黒髪の人だぁ』
『本当だっ、あの、私、私、一度飛行機に乗ってみたいんです』
『ずるい! あたしは、映画をみて見たいよ』
『それなら、私は、冷たい滝の水を飲んでみたいわ』
「なっ、……?!」
 ところが、店の前に立つと、店内から煩いほどの花の声が聞こえてきた。考えもしなかった勢いに、思わず冥月の口から驚きの声が漏れる。
「はい? どうかしましたか?」
 隣のエアには、その声は聞こえない。
「い、いや、どうもしない、どうもしないぞ?」
 冥月は、はははと乾いた笑いを上げる。一体どうしたことか。前回訪れた時は、こんなに煩くはなかった。それが、何故こんな事に?!
『そうそう、黒髪と言ったら、くすくす、自ら輝いているって言う、あの黒髪でしょう?』
『うんうん、今はやりの、つんでれなんだよねっ』
「な、ななな、何故それを知っている! それに、何故お前達の声がこうもはっきりと聞こえる?」
 それは、白と紫との、内緒の話ではなかったのか!
 冥月は、後ろの方でおろおろとするエアを一人おいて、思わず店内に踏み込んだ。チューリップ達の楽しそうな声が、真剣に冥月の怒りに火をつける。
 冥月の引きつった笑顔には、嘘偽りなく怒りの色が浮かんでいた。

■02
『くすくす、風の声、鳥の歌、色んなモノが教えてくれるのよ』
『だからね、私達は繋がっているの』
『それに、貴方は私達の仲間とずっと一緒にいて、感度が上がっているはずだもん』
 店に入ると、花達はいっそう大きく話しはじめた。
 そうか。繋がっているから、良く聞こえるのか。――冥月の心に、確かな殺意が目覚めた。
『聞いちゃった聞いちゃったっ、好きな人と手を繋ぐときの幸せな感じ』
――黙れよ、お前ら。
 心の奥底から、どす黒い感情が渦巻いていく。
『それを言うなら、彼との出会いは……』
 のぉぉぉぉぉ。
 は、は、は、恥ずかしい事を連呼するんじゃなぁいぃぃぃぃぃ。
 冥月の髪が、怒りのままに、天を突く勢いでうねり出す! ……、ような気がした。
「な、……何事……」
 店の異様な雰囲気に奥から飛び出してきた店主の木曽原シュウと目があう。
 振り上げた拳を、微妙な位置から、そして、振るえながらも一応下げてみる。
 落ち着け!
 冷静になれ、冥月!!
 たかだか、自立歩行もままならない小さな者達の囁きじゃないか。何をいきり立つことがある? 少しばかり自分の大切な思い出を連呼、れ、連呼されただけだ!
 よし、落ち着いた。
 冥月は、大きく息を吐き出し、ようやく、優雅な自分を取り戻した……っ!
『ねぇ、シュウ、この黒髪ね、彼氏に自ら輝くようだって褒められたんだよ!』
『その彼氏とはね、本当に、ラブラブで! きゃっ、ラブラブで甘ぁい生活を送っていたんだよ』
「だ、だ、だ、黙れーっ」
 ……えーと。
 ついに、冥月の大声が、店内に響いた。
『だったら、お願い、私達のお願い聞いて』
「……、お前達、落ち着け」
 一応、遠くで、木曽原の声が聞こえたような気がした。
 しかし、冥月は、それどころではなかった。何と言うことだ、このままでは、この店中のチューリップが誰に何を喋るか分かったものではない。そんな事になったらどうなる? 思うだけでも赤面してしまいそうだ。呼吸が荒い。もんどりうってもだえ苦しみ悩む。
「あ、あの! 黒さん、だ、大丈夫ですか?!」
 ぎりぎりと歯軋りをする冥月の姿を見つけて、エアが駆け寄ってくる。
 その声に、ようやく、口の端を持ち上げるくらいはできるようになった。
「ふっ、勿論大丈夫だ、ところでこのチューリップ達は私が買おう」
「え? はい?」
「全部だ、持って帰れ無い分は、後日引き取りに来る」
 背後では、冥月の言葉にチューリップ達が歓声を上げていた。とにかく、こいつらを黙らせなければ。
『やったぁ、お願い、聞いてくれるかな』
『かな?』
「……、仕方の無い奴らだ」
 自分達の行く末を、敏感に感じて、冥月に無理を通したのかもしれない。
 けれど、そんな事、今となってはどうでも良い。
 冥月は、不思議そうに見つめるエアに、優雅に微笑を返した。

■03
 翌日、冥月は丁度両手で抱えるほどの、かわいらしい花束を腕に抱き映画を観ていた。
 画面では、丁度、カップルが手に手を取り合って、争いあう実家から逃げようとしているところだ。
『ロマンチックねぇ』
『両親の反対を押し切って、自分達の愛を確かめあったんですもの』
『しっ、映画館では、静かに見るのがマナーですわよ』
 しかし、冥月はちっとも画面に集中できなかった。
 腕の中の花達は、どんな場面でも珍しいのか、きゃっきゃと騒ぐ。映画を見るのなら、DVDを借りて家のシアター設備で観れば良いと提案したのだが、オレンジ色のチューリップに反対されたのだ。どうしても、映画館に行ってみたい、そう言って譲らなかった。黄色のチューリップは、映画を観たいと主張していた。
 だから、映画館で映画を観ていた。
 瞳を閉じて花達の会話に耳を傾けていると、内容についてあれこれと話し合う姿が意外に可愛いなと感じる。
 最後には、いがみ合っていた両家は、息子や娘が出て行った事で反省し、仲良くなると言うハッピーエンド。
 その映画の内容に、花達はひときわ大きな歓声を上げた。
『ありがとう、連れてきてくれて』
 花は、歌うように、楽しげに冥月に語りかける。
『ありがとう、映画を観せてくれて』
 どんなにわがままな花も、感謝の言葉を忘れない。
 だから、憎めないのだ。
 冥月は、エンディングロールを観ながら、静かに頷いた。
 その夜は、違う花を連れてホテルのメインダイニングでディナーを楽しんだ。伝統と格式があり、日本を代表する御三家と呼ばれているようなホテルのメインダイニングだ。赤いチューリップの花束を向かいの席に座らせると、運ばれてくる繊細な料理に、嬉しそうに反応していた。
『ありがとう、ホテルでお食事って、夢だったのよ』
「そうか、良かったな」
『乾杯できないのが残念だわ』
 くすくすくすと、チューリップは上品に笑う。
 面白い事を言う花だ。冥月は、その言葉に、自然と目を細めた。

■04
 さて、その翌日は、丁度昼時にテレビのスイッチを入れる。
 画面の中では、司会者がゲストにあれやこれと面白おかしく質問をしていた。その背後のセットを確認して、冥月はため息のような笑いを漏らす。
 どうしても、テレビに出演してみたいと言うチューリップ達のために、今日のゲストに縁のある会社を探し出した。その会社経由で出演を祝う花籠を贈る手配をし、それに彼女達を紛れ込ませたのだ。
 画面の中から、ありがとうと、誇らしげな花達の声が聞こえてきたような気がした。
 それを確認し、冥月は空港に向かった。
 勿論、その手には大きな花束。
 飛行機に乗ってみたいと言う花と、北海道に行ってみたいと言う花を集めて花束を作ってもらい、その願いをかなえるために、飛行機に乗った。
 夏だと言うのに、北の大地では涼やかな風が吹いていて、……寿司が美味かった。
 花達は、その地が気に入ったと言うので、テレビ塔のある公園に飾る。
『ありがとう冥月、ここでお別れね』
『楽しかったよ!』
「ああ、私もだ」
 そう言ってやると、花達はたいそう喜んで、笑った。
 楽しいはずなのに、だからこそ、帰りの飛行機は静かで少しだけ寂しかった。

■05
 次の日、冥月は山奥を目差していた。
 どうしても、滝の水が飲みたいと言う花がいたのだ。それも、流れ落ちてきた滝の水が良いという。だから、今日は、黒のパンツスタイルで山を登っていた。
 その秘境の滝にたどり着くためには、川を逆流する必要もあった。
 花達は、その間影で守る。
 濡れた髪を払うと、その先に目差す滝が見えた。
『わぁん、あれよ、あれ! あの滝よ〜』
「一体、こんな情報を、どこで仕入れるんだ?」
 確かに、空気が澄んでいる。
 木の間から漏れて来る日の光が、きらきらと水面で光る様はどこまでも美しい。
『言ったでしょう、私達は色んなものと繋がっている、色んな事を知る事だってできるのよ』
「そうか、そうだったな」
『それより、早く早く』
 滝の傍の水溜りを見つけて、急かす花を運んだ。
 今日は、わざわざ花屋に寄って水切りの説明まで受けてきたのだ。ただ、花屋で一度水揚げをしているので、水につけて茎を切ると言う事をしなくても良いらしい。
 冥月は、優しく鋭く、影で茎の先を斜めに切り落とすと、チューリップ達を水に飾った。
『うーん、気持ち良い』
『それに、この水、やっぱりすっごく美味しいよ!』
『冥月も一口いかが?』
「お前らなぁ」
 花達の伸びやかな声に、誘われるように冥月は手のひらを水に浸し、少しだけ水を口に含んだ。
 確かに、冷たくて気持ちが良い。
『冥月、ありがとう、ここまで大変だった?』
『ありがとう』
「いや、私を誰だと思っている?」
 不安そうな声は、チューリップにはに合わない。
 だから、冥月は、花達の声に笑って答えた。

■Ending
 さて、これで、全てのチューリップ達の願いはかなえられました。
 花達は、みんな、嬉しそうに散って行きました。
 冥月は、自分の部屋で一人目を瞑り、大切な思い出を取り出します。
「そうだお前達、花は繋がっていると言ったか」
『そうよ、繋がっているわよ、だから、みんな冥月に感謝している』
 帰り際、冥月は振り返って、水に浸かる花に呼びかけた。
「だったら、あいつらにも、聞こえるか?」
『ん?』
「ベロナとクィーンオブザナイト」
 冥月が口にしたのは、最初に出会ったチューリップ達の名前。
 くすくすくすと、花達は笑う。
『繋がるって、言ってるのに』
「だったら、あいつらに、礼を言っておいてくれ」
『うん、きっと聞こえるよ』
 花達は、どこまでも繋がる。どこにでも、誰にでも。
 そうやって、皆繋がって行く。
 だから、冥月だって、彼と繋がっている。冥月が人を愛しいと思う気持ちを亡くさなければ、きっとずっと一緒。
 この思いをくれた花達に恩返しができたと思えば、身体の疲れも使ったお金も、冥月の誇りだった。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

【NPC / 木曽原シュウ / 男性 / 32歳 / フラワーコーディネーター】
【NPC / 鈴木エア / 女性 / 26歳 / 花屋の店員】

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■         ライター通信          
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 黒・冥月様

 こんにちは、ライターのかぎです。
 この物語への二度目のご参加、ありがとうございました。そして、偶然にもこの物語は冥月様から始まって、冥月様で幕です。最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
 しかし、一体どれほどのお金がかかったのか。実際計算しだすとちょっと怖いです。冥月様の潤沢な資金に頼って、沢山願いをかなえていただきました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
 それでは、また機会がありましたら宜しくお願いします。