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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


■ 王様ゲームinお盆 ■

 五月末、アトラス編集部に依頼を持ち込んで泣き出した女性曰く、寺を営む実家が最も忙しくなる盆中日には亡くなった祖父も戻ってくる、元住職だった彼は、しかし年に一度の帰郷を喜べと親族に宴会を強いるそうだ。
 あげく去年の盆には「来年は絶対に王様ゲームをやるぞ!」と宣言して冥土に帰って行ったらしい。
「もう家族全員、いっぱいいっぱいなんです! お盆なんてお寺の方も一番忙しくなる時期なのに祖父の宴会やゲームに付き合うなんて…っ…お願いします、こちらの記事で募集を掛けてくれませんか! 祖父と一緒に王様ゲームをやってくれる人、探してください!」
 必死に訴える彼女に、敏腕編集長は「意外に面白い記事が書けるかもしれない」と、翌月刊行された紙面にこの募集記事を掲載したのだった。


 ***

 そうこうして盆中日を迎えた日本列島は、迎え火を焚く家、墓参りに向かう家族、中には盆を一種の連休と考えて謳歌する者も少なくないが、冥土から帰る先祖の御霊を想う人々の気持ちで充ちていた。
 雑誌に「祖父と一緒に王様ゲームをして欲しい」という広告を出した依頼人の実家は長い歴史を誇る寺だと聞いていたが、此処も同様、決して賑わいでいる訳ではないのに墓前に飾られた花や菓子が墓石の列を彩り、帰る者達を歓迎していた。
 そしてその奥、背後に多くの木々を抱いた社は、歴史を思わせる雄大さを感じさせると同時、職人の業とも言える繊細な造りが随所に見られ、今日のゲームに参加すべく現地を訪れていた桜塚詩文を見入らせていた。
「素敵…」
 微かに囁く彼女の口元には柔らかな笑み。
 こういうところが日本建築の素晴らしさだと感じている彼女の微笑みは風すら恥じ入らせるらしく、その周囲だけがまるで別世界のように清涼としていた。
 だが、いつまでも感動に浸ってはいられない。
 そろそろこの企画に参加する他のメンバーやアトラス編集部員との待ち合わせ時間だと気付いた詩文は踵を返し表へ移動する。
 と、そこに割り入って来たのは青年の怒鳴り声。
 何事かと声のする方を見遣ると、そこには賑やかな四人組の姿があった。
 男二人に少年一人、少女が一人。
「急に遊びに行こうなんて言い出すから何かと思えば幽霊とゲームだ!?」
「やっぱりね。影見君には怒られそうだから内緒で応募したんだけど正解だったみたい」
「怒るのが判ってたなら巻き込むな!」
「そんなこと言っていいの? 影見(かげみ)君が居なきゃ、岬(みさき)ちゃんがどんな目に遭うか判らないじゃない」
「最初から首を突っ込まなきゃいいだろう」
「だって面白そうなんだもの」
「松橋(まつはし)ー…っ、光(ひかる)、おまえも何とか言え!」
「雪子さんがそう言うんです、僕には断われませんよ。河夕(かわゆ)さんだってご存知でしょう」
「〜〜〜っ」
「か、河夕、落ち着いて…ね?」
 怒る男と楽しげな少女の間に挟まれて、少年が一人困っている。
 彼等もゲームの参加者らしく、会話から察するに、少女の名を松橋雪子、先ほどから怒ってばかりの黒髪の青年が影見河夕。
 光と呼ばれていたのが栗色の髪の青年で、純朴な雰囲気を持った少年の名は岬というようだ。
 スナック「瑞穂」のママと言えば知る人ぞ知る夜の顔。
 彼女にとって他人の名前を覚える事は最も基本的なマナーである。
「あ…」
 そのうち、彼女の視線に最初に気付いたのは岬だ。
「こんにちは。貴女も今日のゲームに参加されるんですか?」
 足早に近付いてきた少年は、詩文の前で立ち止まり、ペコリと頭を下げた。
「初めまして、高城(たかしろ)岬と言います」
 自ら名乗った少年は、続いて一緒に来た友人達を紹介し始めた。
 光の姓は緑(みどり)と言うそうだ。
 穏やかな物腰の少年に詩文も笑顔で名乗り、今日は楽しみねと話し掛ける。
「ぁ、あの、もしかして王様ゲームに参加される方達ですか?」
 そうして最後に現れたのは、盆の暑い日にもしっかりと背広を着込み、分厚い眼鏡を掛けた若い青年。
「遅くなって申し訳ありませんっ、僕…いえ、あの、私、アトラス編集部から今日の取材に来た…っ」
 焦りながらも一生懸命に自己紹介し、名刺を取り出そうとしている青年、だったが。
「ほっほー!! おまえ達が儂と王様ゲームしとくれる連中か!」
 それは青年の目の前に現れた。
 宙吊りに首からどんっと、唐突に。
「――」
 青年の言葉は沈黙に変わり。
「ぁ…おい!」
「ちょっと大丈夫!?」
 アトラス編集部から取材に来たと語ったはずの青年は、しかしそれきり白目を向いて気絶してしまったのだった。


 ***


「ウ〜〜〜〜〜っ、マンボ!」
 チャララチャッチャッチャッ〜と音楽に合わせて踊るのは舞台に立った詩文と雪子、その間には既に他界しているはずの“おじいちゃん”が見事なステップを踏んでいた。
「こら貴様等、手拍子はこうじゃっ、リズム良く、弾むように! ほれタンタンタンッと!」
 下座のギャラリーには厳しいことを言いつつも、美女二人に挟まれた彼は非常に嬉しそうな笑顔である。
 既に一日、祖父の宴会に付き合わされて疲労気味だった親族も、いざ彼女達が歌い始めると心地良くなって来たのか、次第に音楽に合わせて身体を揺らすようになっていた。
「お姉ちゃん方、見事じゃなっ!」
「おじいちゃんも素敵よ!」
 ジャンッと最後のポーズも見事に決めれば、下座は完全な観客席。
「いいぞいいぞ!」
「さぁもう一曲!」
「次はアレいこう! あの…何だった、可愛い子いっぱいで踊って歌うやつ!」
 すぐに名前の出て来ない現住職に、詩文が(もしかして…)と最近人気のグループ名を出せば「それだ!」と小気味良い反応。
「それは私の十八番だわ」
「私も大好き!」
「じゃあいくわよ雪子ちゃんっ」
「任せて姉さんっ」
「儂もまだまだいけるぞぃ!」
 イントロが流れて、舞台上三人の動きは絶妙な重なりを見せる。
 歌も振り付けも、本物より完璧だ。
「おじいちゃんスゴイわ! どこで覚えたの!?」
「儂に不可能はナイんじゃ〜っ!」
「きゃー! おじいちゃんかっこいい!」
 酒を飲む間もなく歌っているというのに、見事な盛り上げっぷりである。
 盆で忙しいから祖父の相手はしていられないと言ったはずの親族でさえ彼女達のテンポに乗せられて、やんややんやの大宴会。
「あいつらタフだな…」
「惚れ直しますねぇ」
「雪子って乗り出すと止まらないんだよ…」
 一方の河夕、光、岬という三人の男衆は各々の表情で息を吐く。その脇には未だ気を失ったままのアトラス編集部員が額に濡れたタオルを乗せて横になっていた。
 そうして十曲ほど披露し終えた頃、詩文と雪子がおじいちゃんを間に手を合わせる。
「それでは、それでは! そろそろいきましょうかっ?」
「いきましょう! Let’s! 王様ゲーム!!」
「うおおおおっ」
 すっかりアイドルの取り巻きと化したギャラリーに、テンションも最高潮のおじいちゃん。
 詩文が割り箸に番号を振ったクジを一本ずつ引かせて回る。
 当初は参加する予定のなかった親族達にまで自然と、それも楽しげにクジを引かせてしまうのは、やはり彼女だからこそ。
「…おい岬、王様ゲームって何なんだ」
「えっ。河夕、知らないの?」
「知るか、俺は松橋に嵌められたんだぞ」
 コソコソと言い合う二人を目敏く見つけた雪子がマイクを通して言い放つ。
「かっげみク〜ン、百聞は一見に如かずよ! まずはクジを引きなさい、いっち番最初に実践させてあげるから!」
 雪子の宣言に応えるように、ちょうど河夕の前に来た詩文は有無を言わさず彼に割り箸を引かせた。
「何番?」
「…三番?」
 思わず素直に答えてしまってから(しまった!)と思うも後の祭り。
「雪子ちゃん、影見君は三番よ!」
「姉さんグッジョブ! 王様は私!」
 ビシッと赤い線が入った割り箸を高々と掲げて雪子は命じる。
「最初の命令、二番と三番でラブラブポッキー!」
「は――」
「二番って誰!」
 目を瞬かせる河夕と、相手を気にする岬、光。
 手を上げたのは。
「儂じゃーー!」
「おじいちゃん!?」
 雪子の隣で「2」と書かれた割り箸を上げる彼に、会場が沸く。
「岬、らっ、らぶぽっきーって何だ!?」
「えっと…」
「か、河夕さん…それはやはり…百聞より…っ…くくっ…」
「おい!?」
 必死に笑いを堪える光の隣で河夕の表情から血の気が引くも、周囲にとってはそれこそが王様ゲームの醍醐味。
「さぁ影見君、ズズイッと前に!」
 詩文に促されて、何が何やら判っていない彼に差し出されたのは一本のポッキーだ。
「これをどうしろって?」
「口にくわえて、まだ噛んじゃ駄目よ。で…」
「儂が逆側をくわえて、食っていけばいいんじゃな?」
「さすがおじいちゃん物知りね!」
「! ちょっと待て!」
 その結果がどうなるかを察して河夕は慌てるが、その首を雪子の腕ががっしりと押さえ込む。
「影見君、ゲームよ、ゲーム。楽しまなくっちゃ」
「そうよ影見君、これも皆のため」
 逆側の逃げ道を詩文に塞がれて、味方は無し。
「まっ、待てジイさん、あんただって俺相手に…」
「相手など誰でも構わん、このゲームがしたかったんじゃ!!」
 胸を張って本日の主賓に宣言されては、もはや河夕に選択の余地などない。
「いけいけー!」
「あはははっ」
 ――数秒後、狩人の王たる人物が心に深い傷を負ったのは言うまでもないだろう。
「ほっほー!! 次じゃ次じゃ! どんどんいくぞい!」
「王様だーれだ!」


 ゲームは盛り上がる。
 四番と六番の二人羽織で蕎麦を食い、一番と五番のアニメソングメドレーで時代を遡り、現住職が王様になり「二番と八番が七番の頬にチュウ」と言えば、詩文と雪子がおじいちゃんにキスすることになった。
 住職としては親孝行出来たというところか。
「これじゃ…これが夢の王様ゲーム…!」
 感動にむせび泣くおじいちゃんは遠い日々を思い出すように呟いた。
「時代が流れると言うのは淋しくもあり、良いことでもあるんじゃのう…」
 その言葉が誰にどんな想いを生じさせるか彼は知らない。
 ただ、詩文はもう一度その頬にキスをした。


 時間は過ぎ、陽も暮れる。
 これが最後と回ったクジ、王様を引いたのは詩文だった。
 彼女は少し考えた後、
「じゃあ…五番が一番に、そのケーキを一口“あーん”してあげて?」
 にっこりと微笑む彼女に反応したのは、雪子と光だ。
「おや…」
「姉さん…!」
「どっちがどっち?」
 興味津々に岬が問うが、詩文には判っている。
 五番が光、一番が雪子。
 しばらく共に過ごせば二人の初々しい関係は一目瞭然。楽しい時間を過ごさせてもらったからと、ささやかな贈り物代わりに提示した“命令”だった。
 真っ赤になりながら光の手にしたフォークで食べさせてもらったケーキは、普段のそれよりも、ずっと甘かったに違いない。


 ***


「また来年も一緒に遊ぼうなー!」
 そう言って明日の送り盆に冥土へ帰る彼は、大きく手を振って詩文や雪子達を見送った。
「俺は二度と来ないぞっ」
 心に傷を負い、口数少なくなっていた河夕が呟く背には未だ目覚めぬアトラス編集部の青年が背負われ、その隣に苦笑いの表情を浮かべた岬と光が並ぶ。
 どんどん先に行く彼等に距離を離されながら、詩文と並んで歩く雪子の表情には淋しさが見て取れた。
「これで姉さんともお別れかと思うと残念だわ」
「あら、私に会いたくなったらいつでも遊びに来てちょうだい」
 言いながらスナック「瑞穂」のマッチを渡す。
「未成年にお酒は出してあげられないけど、カラオケならいつでも大歓迎」
 途端に少女の瞳が輝くも。
「もちろん、その時には彼氏さんと一緒にね」
 ウインクする彼女に、一瞬でその表情が赤く染まった。

 若い子をからかうのは楽しいわ、と。
 詩文がにっこりと微笑む、夏の終わり――。




 ―了― 

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【登場人物】
・整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業
・6625 / 桜塚・詩文様 / 女性 / 348歳 / 不動産王(ヤクザ)の愛人 /

【ライター通信】
この度は当方のシナリオへのご参加、まことにありがとうございます、ライターの月原です。
登場人物のほとんどがNPCということもあり、王様ゲームだけでは危ういことになりそうでしたので、ご記入下さったプレイングを大活用させて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
詩文さん、素敵な女性ですね。書いている間、こちらもついつい顔が緩んでしまいました。

リテイク等ありましたら気兼ねなくお出し下さい。
また何れかでお逢い出来ることを願っています。


月原みなみ拝

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