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<東京怪談・PCゲームノベル>


その日の黒猫亭



1.
「慎霰、お前手ごたえどうだった?」
「俺がいままで赤点なんか取ったことあるかよ」
 京太郎の問いにへへんと自慢げにそう答えた慎霰だが、京太郎は素っ気なくふうんと答えただけだった。
「おい、なんだよ。聞いたのはお前だろ」
「お前がそんな自信満々ってことは、また細工したってことだろ?」
 そう返せば慎霰は一瞬言葉に詰まった顔になったが、すぐに「あんなもん、赤点さえ取らなきゃ良いんだよ」と嘯いてみせる。
 今日、ふたりの通う高校は期末試験の最終日だったので自然とその話になったわけだが、慎霰は確かに試験でいままで赤点を取ったことなどない。
 だが、それは慎霰の日頃の勉強の成果というわけではなく、試験担当の教師の思考に細工をしてなんとか赤点を免れているという普通の高校生にはできない『裏技』のためであり、そんなことはとっくに承知している京太郎にとっては、だから慎霰の得意気な話を聞いても凄いとはお世辞でも言うようなものではなかった。
「もう良いじゃねぇか、終わったことなんて忘れちまおうぜ」
 試験の話などというものは慎霰にとっては退屈極まることだったし、京太郎にしてみてもそれは同意見なので、その話はそれであっさりと終わってしまった。
 時刻は昼。となれば、次の話題はもう決まっていたようなものだ。
「なあ、京太郎。お前腹減ってないか」
「減ったのはお前だろ」
「なんだよ、じゃあお前は減ってないってのかよ」
 むすっとそう言った慎霰に京太郎も今度は素直に減ったと答える。
「ちぇ、だったら素直に減ったって言えばいいだろ」
「お前が腹減ったからどっか飯食いに行きたいって言えば良かっただけだろ」
 こんなやり取りをしているが、ふたりが不仲というわけではない。いまのように、慎霰がもったいぶったような態度を取り京太郎が突っ込むという形になることはままあることだ。
「でも折角の試験終わりまでファーストフードって気分でもないよな」
 今度は京太郎のほうからそう話を振り、慎霰も頷く。しかし、かといって他に手頃な店があっただろうか。
「あ、そうだ!」
 と、突然慎霰が何かを思い出したような声を上げて自慢げに京太郎のほうを向いた。
「京太郎、俺良い店知ってんだ」
「お前が?」
 途端、京太郎は胡散臭そうに慎霰を見た。慎霰の知っている店ではろくなものではなさそうだと思ってしまったからだが、その顔に慎霰は任せろと言わんばかりに笑顔のままだ。
「ほんとにうまいんだからな、驚いても知らねぇぞ、早く行こうぜ」
 そう言いながら、慎霰は京太郎をこっちだこっちだと急かすように連れて行く。
 だが、先に進めば進むほど、京太郎はどんどん怪訝な顔になっていく。慎霰が連れていっている方向には食事ができるような店どころか人通りもあまりないような方角だ。
「おい、慎霰。何処に行くんだよ」
「良いから付いて来いって」
 言いながら、慎霰はきょろきょろと辺りを見回し、人気がないことを確かめると歩みを止めた。
「よし、ここなら大丈夫だな」
「だから、何がだよ」
「いいから、見てろよ」
 そう言ってから、慎霰はばっと両手を広げて見栄を斬るようなポーズを取った。まるでいまからとっておきの術か技を披露するようなポーズだ。
「出て来い、黒猫亭!」
 決め台詞のように高らかな慎霰の声が辺りに響く。京太郎はつい呆れたような顔をしてしまったがその表情はすぐに消えた。
 空気が変わった気配も場所が移動した気配もない。あえていうのなら、人気がなかった場所からますますそれが希薄になったと僅かに感じた程度だろうか。
 ふたりの目の前に、『黒猫亭』と達者すぎる字で書かれた看板のある店がまるでずっとそこにあったかのように現れた。


2.
「どうだ、京太郎すげぇだろ」
 得意満面の顔をしながら慎霰は店の扉を躊躇いなく開ける。が、店の中を見た途端、慎霰が怒鳴るような声を出す。
「あ! お前は!」
「おや、キミには以前会ったね」
 慎霰が指を差して大声を放った先には、カウンタ席に腰かけている黒尽くめの男の姿があった。どうやら慎霰はこの男を知っているらしい。
「お前、昼からこんなところで何してるんだよ」
「此処を訪れる目的はひとつしかないさ」
 そう答えた男の手には液体の入ったグラスがある。それを見た瞬間、慎霰の顔が顰められた。
「心配いらないよ。今日の片付けは普段通り店が全てやってくれるからね」
 そんな慎霰の表情に男はくつくつと笑っている。
「そういえば、名前を言っていなかったかな」
「知ってるぞ。黒川って言うんだろ」
「おや? 知られていたか」
 慎霰が悪事を見抜いたような口調でそう言っても、黒川はひょいと肩を竦めただけで驚いた風でもない。
「俺は天波・慎霰、こいつは和田・京太郎ってんだ」
 と、慎霰と黒川のやり取りを見ていた京太郎を巻き込むようにそう名を告げると、黒川は京太郎に向かって軽く会釈をして見せ、京太郎も一応それに礼を返してはおいたが妙な男だなという思いが抜けない。
「慎霰、誰だあいつ」
「前にこの店で会ったことがある変な奴だ」
 その言葉に黒川はくつくつとまた笑う。
「確かに、変な奴みたいだな」
 黒川の様子を観察しながら京太郎もそう言い、ふたりはとりあえずテーブル席に座った。
 しかし、店内にも黒川の座っているカウンタの中にも店の者らしきものは誰もおらず、そのことに京太郎が不思議な顔をしているのを見て、慎霰はまたにんまり笑い宙に向かって声を放つ。
「俺はハンバーグ。目玉焼きが乗ってるやつ!」
「おい、誰に言ってんだ?」
 そう京太郎が聞いた瞬間、ふたりの鼻に良い香りが漂ってきた。目線を落とせば慎霰の目の前にはいつの間にか鉄板の上にハンバーグを乗せたものとポタージュスープ、そしてライスが置かれている。
 注文通り目玉焼きとそしてチーズまで乗ったそれを見て慎霰は嬉しそうな顔になり京太郎のほうを向いた。
「お前も早く頼めよ。俺は先に食うからな」
 言ったが早いか慎霰はがつがつとハンバーグを食べ始める。
「うめぇっ!」
 味に満足したらしい慎霰は尚もがつがつと食べていく姿を見ても、京太郎は店や食事の現れ方に警戒心が抜け切らない。
「俺はじゃあ、シチューで……」
 警戒しながらどうやって食事が現れるのか確かめてやろうと眼を光らせていた京太郎だが、やはりいつの間にか注文したしチューが目の前に現れた。きちんとパンも添えてある。
 現れたそれを、京太郎はスプーンで掬い注意深く口に運ぶ。
「……うめぇ」
「だろ?」
 口を付けた途端、素直にそう言った京太郎に慎霰は自分の手柄のように胸を張ってみせる。
「どうやら合格点をいただけたようだね」
 やや離れたカウンタに座ったまま愉快そうに声をかけてきた黒川に、慎霰はへんと胸を張ったまま口を開いた。
「この店の飯がうまいだけでお前が凄いわけじゃないだろ」
「成程、それはもっともだ」
「お前、昼からもう飲んでるのか?」
「いつでも飲みたいときには飲むさ」
 まるで自分のほうが店の常連であるようにすっかりくつろいでそんなことを言う慎霰に黒川はくつくつと笑いながらグラスを傾ける。慎霰のほうはいつの間にか出されたオレンジジュースだ。
 京太郎は珈琲を注文しておいたのだが、それを見た慎霰は気が知れないとでも言いたげな顔になっている。店内で飲むにはちょうど良いが、外の気温を考えればシチューや珈琲など考えられないとでも言いたいのだろう。
「ごちそうさん!」
 空になった皿とグラスを置いたまま、元気に慎霰は店に対しても込めてそう礼を言った。
「後はこの前食ったデザート、京太郎の分もな!」
 しかし、そう付け加えることを忘れなかった慎霰に、京太郎は完全に呆れた顔をした。


3.
 注文通りのデザートが出てきた後、それを頬張りながらひとりカウンタで飲み続けている黒川を捕まえると、慎霰は自分のことをいろいろと話し始めた。
 天狗に攫われたことで天狗となった自分が、天狗の妖具を探すために人間の世界へとやってきたということなどを慎霰はさも自慢話のように話し、黒川は愉快そうに飲みながら聞いている。
「しっかし、東京って街はほんと空が汚ぇよな。あんなのじゃ飛ぶ気もなくなっちまうぜ。俺が住んでる山にだって森林開発だとかなんとか勝手なこと言う連中がやって来るしよ……」
 慎霰の話はいつの間にか身の上から環境破壊に対する憤まん、そしてそれを行う人間に対する批判へと変わっていっている。
「人間ってのは変な奴が多いけど、悪さをする奴ってのは許せねぇんだ。だから、もしそんな奴がいたら俺に教えてくれよ。俺が懲らしめてやる」
「おやおや、随分と頼もしい言葉だね。そんな人間がいたら是非キミの助力を乞おうかな」
 胸を張ってそんなことを言った慎霰に黒川はそう返したと思うと、急に黙って聞いていた京太郎のほうへくるりと顔を向けた。
「キミは話すことはあまり好きではないのかな?」
 突然そんなことを言われ、京太郎は小さく首を振った。
「別に話すのは嫌いじゃねぇけど」
「では、キミも話に加わってはどうだい?」
 にやにやと笑いながらそんなことを促す黒川の態度にはやや面白く思わない気もあったが、しばらく考えてから京太郎は口を開く。
「最近、異能事件が妙に多いんだよ。もしかしたら、それが天狗の妖具に関わってるんじゃないかって俺は考えてるんだけどな」
「妖具が悪事に使われてたら許せねぇよな」
 その言葉に、慎霰も頷きながらそう付け加える。
「でも、それよりもこの店のほうがいまは気になるな」
「そうか?」
 呑気に慎霰がそう聞くと、京太郎は呆れたように突っ込んだ。
「こんな風に店や飯が出てくるなんて怪しいだろ」
 初めて訪れたこの奇妙な店に対しては、疑問がいくらでも沸いてくる。
「そりゃそうか」
 そう言う割にはやはりさして気にした風でもない慎霰と京太郎を眺めながら、黒川はくつくつと笑って口を開く。
「おかしいことはないさ。店は用がある者がいるときだけ存在していれば問題はないわけだからね。望むものさえいれば店は現れる。ただそれだけさ」
「そんなの全然説明になってないじゃねぇか」
 人を煙に巻くような黒川の言葉に京太郎がそう不満そうに突っ込むと、黒川は愉快そうにまたくつくつと笑った。
「僕としては、おいしい食事と飲み物にありつけるならそれ以外のことはどうでも良いのだけどね。それとも、キミには此処の食事はお気に召さなかったかな?」
 その言葉には京太郎と一緒に慎霰も首を横に振った。先程出された食事に文句などふたりとも一切ない。
「なら、それで十分じゃないかい?」
「……お前、人のことからかうの好きだろ」
 京太郎の突っ込みに、黒川は肩を竦ませてみせただけで、その話はそれで終わってしまった。
「ごっそさん!」
 満足しきった声で慎霰が元気にそう言い、京太郎もそれに倣う。
「店の食事はお気に召してもらえたようで常連としては嬉しいね」
 本心からそう言っているのか疑わしいような黒川の言葉はふたりとも半ば無視しながら店を出る準備を始めた。
「なぁ、この店っていつでもやってるのか?」
 思い出したように慎霰がそう尋ねると、黒川は笑いながら頷いてみせる。
「キミが来たいと思えばいつでもやっているよ。定期的な休みというものとは縁がないからね」
「店長はいついるんだ?」
 京太郎の質問に、慎霰もそれもそうだと思い出した顔になった。今日訪れた限りこの店にはこの男以外の姿はなく、慎霰の様子だとどうやら以前訪れたときもそれはなかったようだ。
「マスターは留守でね。いつ帰ってくるつもりなのかは僕も知らないんだ」
「なんだそれ、やっぱり変な店だな」
 改めてそう思った慎霰と京太郎に、黒川はくつりと笑った。
「食事をするには問題がないから気にすることじゃあないさ。悪さをしてもお見通しだからそれだけは気をつけたほうが良いけどね」
「悪さなんてするもんか」
「おや、そうだったかな?」
 慎霰の言葉に黒川はにやりと笑ってみせる。どうやら何かあったらしいが慎霰にとってはおもしろくない話のようだ。
「行こうぜ、京太郎」
 そう言って慎霰は出ていき、それに付き添うように京太郎も店を後にした。


4.
「……あれ?」
 店を出た途端、京太郎は思わずそう呟いた。
 入ったときには人気のない場所だったはずだが、ふたりがいま立っている場所は下校途中にいつも通っている場所だ。
「どうなってんだ?」
 事情を聞こうと慎霰を見ても向こうも首を振って返すだけだ。あれだけ寛いでいたにも関わらずそういうことを説明するほど詳しくはないらしい。
「帰り道には此処のほうが近いから良いんじゃねぇの?」
「……そういうもんか?」
 手っ取り早い話のけりの付け方に、呆れたように京太郎がそう突っ込んでも慎霰は気にしたふうでもない。
「どうだ、うまい店だっただろ」
「まぁ、お前が知ってる店にしちゃ良かったな」
「また腹減ったとき行こうぜ」
 その言葉に京太郎も頷いてから、何かを思い出したように「あ!」と口を開いた。
「どうした?」
「料金、払ってねぇぞ」
 そもそもメニューも見ずに料理を頼んでいるのだから、自分たちが飲み食いしたものがいったいいくらだったのかも京太郎はまったく知らないし、そんなことを不思議なほど思い浮かばなかったことにも今頃になって気付いた。
 その言葉に、慎霰もようやくそのことを思い出した顔になったが、しばらくして大きく手を振った。
「ま、まぁ、今度で良いんだろ。だいたい値段だって聞いてねぇんだし」
「それもそうだけど、お前、前のときはどうやって払ったんだ?」
 そう尋ねても慎霰はごまかすように笑っているだけだ。どうやら、そのときにもちゃんとした勘定は払っていないようだ。
「……お前、前にあの店に来たときに何やったんだ?」
「お、俺は何もしちゃいねぇぞ! また明日な!」
「おい、慎霰」
 何が具合の悪いことでもあったのか逃げるように京太郎と別れた慎霰の姿を呆れたように眺めた後、京太郎も自分の家へと帰っていった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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1837 / 和田・京太郎 / 15歳 / 男性 / 高校生
1928 / 天波・慎霰 / 15歳 / 男性 / 天狗・高校生
NPC / 黒川夢人

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■         ライター通信                    ■
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和田・京太郎様

初めまして。この度は黒猫亭へとお越しいただき誠にありがとうございます。
慎霰様に誘われ店の現れ方などに警戒しつつ、料理などを召し上がっていただく形となりましたがお気に召していただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝