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<東京怪談ノベル(シングル)>


Ancient Age

「私、学生時代は『テロリスト』でして……」
 矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)が、ウイスキーの水割りを飲みながらナイトホークにそう切り出したのは、人気のない夜の蒼月亭のカウンターでだった。
 まだ夏の暑さが残っているせいなのか夜になっても気温は下がらず、街は奇妙な熱気を帯びたままだ。店の中は石造りの建物のせいかひんやりと涼しく、静かにジャズのレコードがかかっている。
 ナイトホークはしばし「何を言ってるんだ」というような表情で慶一郎を見ていたが、何かに気付いたように灰皿に置いてあった吸いかけの煙草に手を伸ばす。
「……ああ、学生時代か」
「ええ。エルバード・ハーバード曰く『友人とは、あなたについてすべてのことを知っていて、それにもかかわらずあなたを好んでいる人のことである』……そう言えば、私の昔話をした事がないと思いまして」
 そんな話をしようと思ったのは、慶一郎がここに来て頼んだウイスキー「Ancient Age10年」のボトルを見ていたせいかもしれない。
 古き時代。それはいい事ばかりではないが、今までの自分を作り出している大事な出来事。古き時代を飲み干しながら、その笑い話の一つを肴にするのも一興だ。
「それを言うと、俺も矢鏡さんに昔話した事ないけど、それを語ると止まらないな」
 クスクスと笑いながら、ナイトホークも空のグラスを出しそこに大きな氷を一つ入れる。
 慶一郎は水割りで。
 ナイトホークはロックで。
 そんな違いはあれど、それは一緒に同じ酒を飲みながらする笑い話……。
「で、テロリストって何やってたの」
 それは慶一郎が高校生の頃、友人達と作っていた学園テロ組織『暗い月曜日』の話だ。
「たいそうな名前ですが、やってることは悪戯の延長で、休み明けのいやーな月曜日を、少しでも明るく学校に来るのが楽しくなるように……って感じですよ」
 誰だって休み明けの月曜日は、学校に行くのが嫌になる。それを揶揄した、慶一郎なりのジョークでつけた名前だ。
 するとナイトホークがグラスに口を付け、何かを思い出したようにこう言う。
「そう言や『暗い日曜日』って歌があったな。聞くと自殺するって噂の」
 その話については慶一郎も知っている。
 1933年にハンガリーで生まれた伝説の「自殺ソング」……世相が暗かったなどの理由もあるだろうが、発表当時ヨーロッパ各国で放送禁止にされたのは事実だ。しかも作曲者の作曲者のセレシュが投身自殺したという、おまけまで付いている曲。
「まあ、それにも引っかけなかったと言えば嘘になりますが」
「やっぱり知ってたんだ。その歌に関しちゃ、俺はかなり眉唾だと思ってるけどね……どの時代にもそんな噂ってものはあるし」
「そうでしょうね。私が学生の頃にもティッシュか何かのCMソングが呪いの歌とか言われた事がありますが……話を元に戻していいですか?」
「あ、ごめん。話の腰折った」
 友人との話というのは、脱線してなんぼの所がある。引っかけたところは事実であるし、それに気付いてもらえるのは割と嬉しかったりもする。
 元々その「暗い月曜日」という学園テロ組織は、退屈だった高校生活に刺激を与えるために友人と作ったものだ。慶一郎がリーダーで、他のメンツは二人の合計三人。
「まあ、三馬鹿トリオと言うやつですな」
 そう言ってグラスを空けると、ナイトホークが新しい水割りを作ってくれる。
 無論「学園テロ組織」と言うからには、戦う相手がいた。それは学生なら誰でも反感を持っている「学校」そのもので、慶一郎達もその例に漏れず学校相手にせっせと無茶な要求を通すために活動していたのだ。
「何をそんなに要求する事があるんだ」
「ナイトホークは分からないかも知れませんが、学生というのはとかく不満があるものなんですよ。テストが多いとか、自転車通学許可の距離が遠すぎるとか、私達の世代でしたら女子のスカートの丈が長すぎるとか」
 今考えると、何をそんなに反感を持っていたのかと思いもするが、ある種の通貨儀礼なのだろう。ナイトホークは煙草を吸いながら、自分の昔を思い出しているようだ。
「あー、世代の違いか……とか言うと、すっげー爺さんになった気がする以前に、俺それぐらいの頃の記憶ねぇわ。で、その学園テロ組織とやらで、何をやらかしてたんだ」
 何をやらかしたかと言われると、それこそ先ほどのナイトホークではないが、それを語ると止まらない。なのでその中の一つであって、おそらく今でも学校で語り継がれているであろう「学食値下げ紛争」の話を、慶一郎はする事にした。
 それはある意味「暗い月曜日」最大の戦いでもある。
「私がその『暗い月曜日』を立ち上げた頃、丁度学食の値上げの話が出ましてね……無論私達は猛反対したんですが」
 今も昔も変わらず、学生というのはとかく金がない。
 大人になってしまったあれば十円、二十円の値上げなど仕方ないと諦めがつくところがある(現に煙草が値上げされても、相変わらず慶一郎は喫煙者である)が、学生時代の十円は、大人の百円にも匹敵するほどの値段だ。
 慶一郎達の蜂起の発端は、その学食のメニューが全体的に「十〜三十円値上げ」と言う話が出たところから始まる。
「しかも当時人気メニューだった唐揚げ定食が、一気に三十円の値上げですよ」
「何で学生ってのは、唐揚げ好きなんだろうな」
「さあ。生徒会でも反対の署名を集めたりもしていたようなんですが、如何せん学校側もそう簡単に首を縦に振りませんで……それで、私達は宣戦布告をしたんです」
 まず慶一郎達「暗い月曜日」がやったことは、放送室をエアガンで武装占拠し、部活の優勝カップとか旗を人質に取っての籠城だった。
 武装占拠と言っても、生徒達は学食値上げ反対を唱える慶一郎達に好意的だったので「エアガンで脅されて明け渡しました」と学校側に言い、実際慶一郎は弾を打ったりはしていない。
 要求はただ一つ。
 『学食の値下げ』……学食の値段を元の値段に戻せと言うことだけだ。
「それで、要求を聞き入れられない場合は『昼休みに大音量で洋ポルノの音声を流す』と、学校側を脅迫したんです」
 しばしの沈黙の後、ナイトホークがぼそっと呟く。
「……アホだな」
 それは慶一郎もよく分かっている。今考えても、あの頃の自分は何を考えていたのかと聞かれると、夢の中の話のようでどうにも現実感がない。ただ覚えているのは、無性に楽しかったことだけだ。
 ちびちびとグラスを舐め、慶一郎は話を続ける。
 結局、その籠城に関しては全く上手く行かなかった。体育教師を先頭とする特殊部隊に突撃を許してしまい、慶一郎達は窓から逃走せざるを得なかったのだ。
「そのとき、割れた窓ガラスでケガした傷がこれなんですが……」
 そう言いながら慶一郎は腕をまくり、左手に残る大きな傷跡を名誉の負傷のようにナイトホークに見せる。
「あの時は流石に死ぬかと思いました」
 そこでカラカラと慶一郎は爆笑した。
 それまでも結構危険な目には遭っていたのだが、大人が子供に対して本気で怒ると怖いなと思ったのは、あれが初めてだったのだ。今なら生徒がケガをしたなどと言われて責任を取らされそうなものだが、当時「子供の人権」等というものは「大人の面子」の前には無に等しいものだったと思う。
 悪いことをしたら容赦なく殴られたし、逆にそれに関して異を唱える機会もあった。そう考えるとあの頃子供だった自分は、結構恵まれていたのではないかと慶一郎は思いさえする。
「矢鏡さん、もう一回言っていい?あんたアホだ」
「青春という物は、頭の悪いものなんですよ」
「青春って言葉で誤魔化すな」
 結局、その後も慶一郎達は事ある事に、学食値下げを唱えながらくだらない悪戯を繰り返した。
 体育祭が終わった後、閉会式で優勝チームに優勝カップを渡す瞬間、校長の頭上へ飛ばした一機のラジコンヘリで小麦粉爆弾を投下し「学食を値下げせよ!By暗い月曜日」と書かれた垂れ幕を下ろしたり、ある朝、正門入ってすぐ横のブロンズ像が、やたらとリアルに彩色されていたり。
 結構な値段がしたラジコンヘリは卒業まで没収されてしまったし、真夜中に一生懸命彩色した、生きているかのように見えるほどリアルに塗ったブロンズ像も、ブラシで消えるまで磨かされた。
 何故そこまで熱中したのか、と言われるとやっぱり謎だ。
 『青春の持つエネルギーは、傷つく事を怖れているようでは、何事も成しえない』と言ったのは田宮虎彦だったと思うが、傷つくことも何もかも、あの頃は恐れていなかった。
 今考えれば、学園内テロ組織が自分達であると言うことはばれていた(ブロンズ像を磨かされた話は、今でもあの頃の仲間との酒の肴になるぐらいだ)し、だからといって退学や停学になることもなかった。
 愚かしくもあり、輝かしい一時。
「で、結局学食の値段はどうなったんだ」
 そう。それが一番の問題で。
 慶一郎はふっと笑ってグラスを傾ける。
「ええ、結局学食は元の値段に戻ったんですが……その代わり、自販機の飲み物と売店で売っているパンが値上げされましてね」
「………」
「で、暗い月曜日の活動は、卒業までせっせと続けましたね。流石に卒業式の日は、ブロンズ像アゲインぐらいで済ませましたが」
 ふぅ、と慶一郎が大げさに溜息をついたときだった。今までアホだと言いつつ聞いていたナイトホークが、肩を振るわせ笑い始める。
「矢鏡さんって……意外と若い頃やんちゃ?」
「そうですね。暴走族にもいましたし『キタの狂犬』と呼ばれていた頃もありましたから、やんちゃと言えばやんちゃですかな」
 慶一郎がそれを言うと、ナイトホークは笑いながらベストの胸ポケットからシガレットケースを出した。
「でも、そういう思い出って大事だよな。そうやって出来た友達って一生もんだし」
 その通りだ。
 あの頃一緒になって「暗い月曜日」を結成していた二人は、今でも慶一郎のいい友人だし、顔を出した同窓会などでは当時の担任などに、「あの頃のお前は……」などと笑って説教されることもある。
 だから、慶一郎は煙草を吸っているナイトホークに見える「寂しさ」に気がついた。
『……すっげー爺さんになった気がする以前に、俺それぐらいの頃の記憶ねぇわ』
 先ほどは突っ込むのもなんだと思ってさらっと流してしまったが、ナイトホークには自分が持っている「青春」記憶がないのだということ。
 そして、自分のように当時からの友人がいないということ……。
「……エッシェンバッハ曰く『若い時我々は学び、年をとって我々は理解する』……今日のこともまた、年を取ってから理解することがあるんでしょうかな」
 青春がなければ作ればいいし、これから先自分がナイトホークの友であればいい。
 慶一郎がそう言うと、ナイトホークはちょんちょんとウイスキーのラベルを指さす。
「その時はまた、これでも飲みながら『こんな事もあったな』って、言えばいいよ。それで充分じゃないかな。俺は少なくとも、矢鏡さんの話聞いてんの面白いし」
「それは光栄ですな。じゃあ今度は『女子のスカートを5センチ短くしよう闘争』の話でもいたしますか」
「んな事もしてたのか」
 それもまた、古き時代の良き思い出。
 尽きることなく語られる、当時の思い出を語り尽くすと、慶一郎はグラスに薄く残った水割りを飲み干し、ポケットから煙草を出しながら突然話を切り替えた。
「あ、そうそう……先日社長に会ってきたんですがね」
 社長、と言うのはお互いが知っている、ある会社の若き社長のことだ。Nightingaleと呼ばれる個人組織を持ち、ナイトホークや慶一郎も彼からの依頼を請けたことがある。
 ナイトホークは表情を変えず、新しい水割りを薄めにグラスに作る。
「ふーん。で、何か分かったこととかあった?」
「いろいろと話を伺ったのですが、まだなんとも言えませんなあ……」
 慶一郎が聞いたのは、バイオケミカルテロと心霊テロの複合の可能性や、旧陸軍で研究していた『不死の兵士を作る』という馬鹿げた話、そしてそこに見え隠れするある研究所の影……。
 その繋がりに関しては慶一郎としても想像はできるが確証はなく、現状の把握から始めというところだ。
「そう簡単に、向こうも尻尾は出さないだろうな」
「でしょうな。でも、もしかしたらウチにもディープスロートが潜んでるかも知れませんな……」
 それは慶一郎の想像。
 ディープスロートとはウォーターゲート事件においてワシントン・ポストへ情報提供を行ったとされる者に付けられた、内部情報提供の中心的人物の名前だ。
 もしかしたら……防衛省の幹部の中に裏切り者がいるかもしれない。
 不老不死というものがどれほど魅力的なものか理解する気もないが、それを目の前にちらつかされて向こう側に足を踏み入れた者もいるのではないだろうか。無論確証のある話ではないが、何だかそんな気がするのだ。
 思わず無言で煙草を吸うと、ナイトホークが自分のグラスにウイスキーを注ぐ。
「かも知れないな。旧陸軍から今でも繋がってるとしたら、それがあっても不思議じゃない。矢鏡さん、気をつけろよ」
「何がですか?」
「矢鏡さんに何かあったら、全部終わって、矢鏡さんがいい爺さんになった頃『あんな事もあったな』って、話す相手がいなくなっだろ」
「私が老人ってのが前提なんですか、それは」
「………」
 まあこれも、ナイトホーク流の照れ隠しなのだろう。黙々と煙草を吸うナイトホークに、慶一郎はくすっと笑う。
「そうですな。その時にはまた『Ancient Age10年』のボトルでも開けながら、あの時はこうだったとか笑って話せるようにしましょう」
 古い時代の名を持つバーボンが年を経て熟成されるように、こうやって過ごしている時も熟成されて味が出るはずだ。
 その時は……嫌な思い出も、良い思い出も一緒にこうして飲み干せばいい。そう思いながら、慶一郎は黙ってグラスを傾ける。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
慶一郎さんの学生時代の笑い話から、ラストは前回のシチュノベから繋げてシリアスにと言うことで、こんな話を書かせていただきました。
学生時代のエネルギーは、何であんなに盛り上がったんだろうというものがありますね。その当時を思い出しました。タイトルは、文中でも飲んでいるウイスキーの名前です。
いつか全てが「古い時代」として、笑って飲み干せるようになると言う意味も込めています。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。