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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


消えた探偵・後編



1.
 数日前から行方を絶っている草間・武彦。
 彼の安否を心配する零のためにも調査を進めた者たちはある事件に草間が関わっていることを知る。
 そしていま、彼がどのような状況なのかも。
 零を巻き込むわけにはいかないと、彼らは目的の場所へと急いだ。
 事件の真相と、草間のいる場所へ。

 三下から聞き出した男性にのみ伝染するという奇妙な噂をシュラインは整理しながら一旦事務所へと戻った。
 先に調べたときには手がかりがまったくなかったときでは関連があるかはわからなかった情報でも、いまならば関連性に気付くことができるものがもしかすると事務所に残されているかもしれないという考えもあったからである。
 改めての家捜しの前に、ネットでいくつかの単語を検索してみる。
 噂、顔、男性、そして草間が記してくれていた病院名。
 深夜1時というのもキーワードのひとつではありそれも検索しながら時刻を確認することも怠らない。
 現時点ではいつの1時なのか見当がつかないのだが、草間の様子や助力を乞うようなメモを残していたということはおそらくあまり猶予はない、もしかすると今夜である可能性もある。
 聞いたような噂の情報はしかしネット上には存在していない。病院名で検索をすればそれらしいものが万が一にも出てくるかと思ったのだがやはりそれは難しいようだ。
 だが、それらしい病院の住所は見つかり、過去起こった事件事故の類の情報がいくつか入手すると的確にまとめ上げていく。
 大病院とはいわないが、そこそこ大きな病院ではあったようだ。
 深夜1時という時刻設定があるということはその時間に関連がある事件を探せば良いと踏んでいたのだが、死亡事故の類はない。
 場所は随分と郊外にあり、通いやすいとは言い難いものがある。
 そして案の定とでもいおうかその病院は随分と昔に閉鎖されていることもわかった。
 ネットで手に入った情報はそれだけであり、草間との接点は見えてこない。これだけを見れば草間が依頼されたのがこの病院に関わることだとは気付かないだろう。
 問題は、依頼主の消息及び正体だがその手がかりが事務所にある可能性はないだろう。仮にあれば先に調べたときに見つかっているはずだ。
 これ以上此処で手に入るデータはないと断定したシュラインは次の行動へと移ることにした。
「シュラインさん、何か手がかりはありましたか?」
 事務所にシュラインが戻ってからずっと行動を見つめていただけの零が心配そうにそう声をかけてきたのは草間のことを思い出してだろうか。
 そんな零を安心させるためにもシュラインは明るい笑みを投げかけながら軽く手を振ってみせた。
「大丈夫よ、零ちゃん。武彦さんも見つかりそうだしそんな顔しないでね」
「じゃあ、お兄さんのところへいまから?」
「そうね、その前に念の為少し寄り道してからだけど」
 その言葉に零は首を少し傾げて尋ねる。
「寄り道って……何処へです?」
 それに対してもシュラインは明るい笑顔のまま答えた。
「煙幕代わりに神社でお神酒をちょっとね」


2.
 病院のある土地からさほど離れていない神社へ立ち寄ったシュラインは宮司に丁寧に礼を述べてから目的のものを受け取った。
「通用する相手かはわからないけれど準備を怠っちゃいけないものね」
 そう独りごちたシュラインが手に持っているのは神酒であったが、それを持参していた噴霧器へと移していく。
 移し終えた後、シュラインは「さて」と草間がおそらくいるはずである病院へと向かう。時計を見ればなんとか深夜1時という期限には間に合いそうだ。
 いま持っている情報からでは守ろうとした男性にまで相手が危害を加えるかどうかはわからないが、少なくとも草間の元にはひとり女性がいるはずなのでそれを相手から守らなければいけない。
 そちらの身も気にはなるが、助けにいっているのは草間なのだからきっとまだ彼女は無事だろうと長年彼の傍にいるシュラインは確信が持てる。
 辿り着いた病院の姿は廃院であることと深夜近くというために一層澱んだ空気を放っているように感じられたが、シュラインは躊躇いなくその中へと侵入する。
 長い間使われていない場所ため埃が積もった院内は、争った形跡などはさほど見られない。
 ゆっくりと周囲を警戒しながら、シュラインは病院の中を探っていく。
 事件の概要からいえば、真っ先に調べなければいけないというところのおおよその見当はついているのでそちらへ向かう。
「……予想通り、というところかしら」
 形成外科と書かれた標識のかかった一室の前でシュラインはそう呟いた。この場には草間も被害者らしき女性も、そして『犯人』の気配もない。
 だが、そうっと中を覗いた診察室内は確実にそう時間の経っていない争った痕跡が残っていた。
 どうやら女性はここで草間が助け出し、目下逃走中というところだろう。
 だが、確実に犯人はこの病院内におり、草間が女性を連れ去ったのだとしたらそれを探し回っている最中のはずなのにシュラインにはその気配が感じ取れなかった。
「噂の渦中にいないから関われない、感知できないということなのかしらね」
 今回の噂を元にするならばその可能性はある。その中に完全に巻き込まれない限りシュラインは相手の気配もわからず、そしておそらく相手もシュラインに気付かないのだろう。
 まるでプログラミングされた行動パターン以外は何もできない機械のようだわねとシュラインは心の中で少し思いながら、今度は草間たちの行方を探ることにした。
 病院という場所は隠れる場所にもってこいのようでいても、逃げる相手が関係者であった場合地の利は相手にある。
 逃げる側の形勢は不利だ。
 武彦さんなら何処へ逃げるかしらねとシュラインは心の中で考える。捕まっている女性がどのような状態なのかにもよるが病院の外へはおそらく出てはいまい。
 虱潰しに当たるというのは賢明な策ではないが、幸いなことにシュラインは少なくとも犯人には存在を気付かれていない。しかし、それもいつまで続くかはわからないのだから急いで思いつく場所を探してみることにした。


3.
 手術室や他診察室などは草間を探すリストから削除した。
 特に手術室には草間は間違っても近付かないだろう、そこに用があるとするならば犯人のほうだ。
 ある程度の距離まで近付けばシュラインには心音や壁から伝わる音で彼らの場所を特定することができる。いくら息を殺していても心臓の音までは消せはしない。
 脱出を考えて、あまり上の階へ行くという候補もないだろう。そう思いながら、自然シュラインはあまり人が好まないような薄暗い場所のほうへと近付いていく。
 と、その『音』をシュラインの耳が捉えた。
 人間が発する心音がふたつ。
 ひとつはやや乱れてはいるがこの場では当然のことだが、もうひとつの心音のほうがシュラインには気にかかる。
 まったく乱れておらず、極めて正常な心音だった。
 この状態でこんな規則正しい心音に普通ならばなるはずがない。
 しかしここでその原因について考えあぐねているよりもそちらへ行って直に確かめるほうが賢明だ。
 相手に気取られないようゆっくりその部屋──霊安室へとシュラインは近付く。心音は間違いなくその中から聞こえてきていた。
「……武彦さん、いる? 返事はしなくて良いわ、相手に見つかる危険性があるもの。いるなら中へいれてもらえないかしら」
 返事はなかった。だが、心音が扉の前までゆっくりと近付いてきて扉の前に立つ。
 人ひとりがなんとか入れるスペース分だけが開き、そこに数日以来振りの草間の顔があった。
「奴は?」
「それが、私は蚊帳の外らしくて姿も気配も感じられないの。その代わり、相手も私に気付かないようなんだけど」
 そうかと言いながら草間はシュラインを霊安室の中に入れ、すぐに扉を閉めた。
「武彦さん、いつから此処に隠れているの?」
「ずっと此処に隠れていたわけじゃない。いろいろ逃げ回っているうちに気がついたら此処に来てたってわけだ」
 そう、と返事をしてからようやくシュラインは『彼女』のほうを見た。
 こんな状況だというのに口を開くことはおろか泣き言も言わない原因がすぐにわかった。
 魂が抜けたように虚ろな目をして座り込んでいる。
「どうも、奴に操られているか何かされているっていうところらしいな」
「武彦さん、依頼してきた人は彼女の何処が気に入らなかったの?」
「鼻だったかな、まぁ、そっちのほうには物騒な噂ってわかっていながら迂闊なことなんて言うもんじゃないとはもう言っておいたがな」
 そんなやり取りをしている間にシュラインは鞄の中から向かってくる途中に用意しておいて噴霧器を取り出し、中身を女性に何の前触れもなく吹きかけ始めた。
「おい、いきなり何始めてるんだ?」
「神社のお神酒をもらってきておいたの。うまくすれば姿を見えなくさせることができるかもしれないでしょ?」
 シュラインの言葉に草間もふんと納得したような顔になった。
「じゃあ、彼女の姿は消せたわけだな? シュライン、お前も念の為それをかけておいてそのまま彼女を連れて逃げるっていうのは──」
「それは無理ね。彼女の状態を戻せるかわからないし、それに武彦さんをひとり残していくわけにいかないじゃない」
「俺だって逃げるさ」
 自分もさっさと逃げるのだからとシュラインたちもすぐ逃げるようにと言ったつもりだろうが、草間の性格を熟知しているシュラインにその手は通用しない。
「何もせずに逃げたら事件は解決しないし、自分が受けた依頼にはそんなこと関係ないなんて言う武彦さんじゃないでしょ? 彼女の姿が見えなくなっているなら別の囮がないとあちらも出て来ない可能性もあるものね」
「囮って、おい!」
「武彦さん、心配してくれるのは嬉しいけれど私だってこの数日心配させられ通しだったのよ? こういうことは有能な助手に手伝ってもらったほうが手早く解決できることくらいわかってるでしょ?」
 引く気など一切ないシュラインの言葉にようやく草間は折れた。
「でも全身見せておくのも無用心かもしれないから、こう……っと」
 言いながら、シュラインは器用に右手だけを残して神酒を身体に振りかけた。
「耳なし芳一にあやかって、じゃないけれど相手には右手だけは見えるって寸法かしら」
 さて、と草間のほうをシュラインは見た。
「どうしたら良いかしら? 武彦さん」
「そうだな、姿が見えないのなら彼女はそこに残しても大丈夫だろう。で……囮が一緒の部屋にいるのはまずいよな」
 大きく溜め息をついて草間は先導して外へと出て行った。


4.
 ふたりが選んだのは待合室。適当な椅子を選ぶとふたりはそこに腰かけた。
 相手がどう出るかが鍵だが、出現させる方法だけはふたりとも知っていた。
「さて、どうしたものかな」
「あら、まだ囮作戦には不服?」
 くすりと笑ったシュラインに対して草間の口は歪んだままだ。
「不服があるに決まってるだろ、長い付き合いの奴を囮に使うなんて方法はあまり賛同できるもんじゃない。一応美人だってのに」
 最後に付け加えられた言葉にシュラインはピンと来た。不服ではあるが草間なりに噂の発生となるらしい話のほうへ自然と流れる話をあえてしているのだ。
「あら、一応なの?」
「一応っていうのは気に触ったか? 別に深い意味はないんだけどな。その、なんだ……手の爪の形がもうちょっと整っていたら」
 そこまでで十分だった。シュラインも草間も周囲の空気が変わったことにはすぐ気付いた。
『彼女の手が不満なのね』
 侵入したときには何も聞こえなかった音と気配がいまではシュラインにもわかる。
『じゃあ、いらない部分は切り取りましょう』
 そう言いながら現れた姿を見えたとき、草間の先にも見ていたはずなのに絶句した声が聞こえた。
 身体の至るところが包帯で巻かれた小さな女性らしきものがそこにはいた。だが、包帯で覆われていない部分を探すほうがシュラインには難しかった。
 目、鼻、唇などの部位は勿論頭部にも包帯が巻かれ、腕や足にもそれはある。足は妙にひょこひょことした歩き方をしているのも気にかかる。
「……貴方は患者さん? それともお医者様?」
『私はただ、理想に従った女よ。あの人の』
「理想? その包帯だらけの姿が?」
 思わずそう問いかけるとお神酒の効果で手以外は見えていないためか女はじっと手だけを見つめて話を続けた。
『私の彼は理想が高くて、私の身体に気に入らない部分がたくさんある人だったの。だから、私は言われるたびにそこを切り落としていったわ』
 だから、と相変わらず手だけを見つめながら女は言葉を続ける。
『彼らもそれぞれの彼女のちょっとした部分が気に入らないらしかったから切り取ってあげたの。そうすれば彼は彼女に不満がなくなってお互い幸せになれるでしょう?』
 本心からそう思っていることがわかる女の声に、草間は背筋に薄ら寒いものを感じた。紛れもなくこの女は正気ではない。
「消した後、その記憶を消したのは?」
『そんなものあっても意味がないじゃない、だから消しただけ』
 さぁ、と女は確実にシュラインの手に向かって近づいてきている。慌てて草間がそれを制しようとしたがシュラインはそれを止めた。
「貴方、男の人に言われるまま自分の身体を変えていったのね?」
『そうよ』
「そう……それで? 彼はいてくれたのかしら? 貴方のその姿を見ても」
 そう言ってシュラインが取り出したのはひとつの小さいが顔だけなら十分映すことができる手鏡。
 途端、女の口から悲鳴が漏れる。
「どうしたの? それが彼の『理想』の姿で、あんたが言う『幸せ』な関係になれたんじゃないの?」
『違う、違う、こんな顔私じゃない、これは、これは……!』
 頭を抱えながら女は悲鳴を上げ、鏡から逃げるようにその場から姿を掻き消した。
 気配ごと消えてしまったことからして、あの女はもう現れない可能性が高いとシュラインは思った。
「あの反応は、自分が捨てられた記憶も消してたってことか?」
「そういうふうにも取れたわね。あんな姿になるまで言われるままに付き合っていた挙句に捨てられた、じゃ悲しすぎるもの」
「しかし、それを忘れて他の連中を巻き込んでいたとなると……傍迷惑なことだな」
 ほんとにそうねとシュラインも答えた。
「さて、これで事件は解決か?」
「今回は一応解決なんじゃないかしら。でも、ああいう女の人って意外と少なくなさそうだし、あそこまで極端な真似をする人がいなくても男性のほうは必ず彼女の容姿にケチをつけたがる人も多いから、同じような事件がまた起きても不思議じゃないかもしれないわね」
「容姿に拘りすぎるのも問題だな」
 シュラインの言葉に、草間もそう返しやれやれと息を吐き、無事保護した女性と共に零の待つ草間興信所へと戻っていった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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0086 / シュライン・エマ / 26歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦
NPC / 草間・零

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■         ライター通信                    ■
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シュライン・エマ様

いつもありがとうございます。
前回書かせていただきましたものでは、相手の方の呼び方を間違えており申し訳ありません。
個人的に初となる前後編にまたがる依頼へのご参加嬉しく思います。
お気に召していただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝