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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


蒼天のぱんだ。

「もふもふ〜♪」
 ある晴れた昼下がり。
 市場ではなく、矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)のオフィスへ向かって、一匹の白黒いナマモノ……笹食えぱんだが、ぽてぽてと移動していた。
 手には笹舟とカエルが書かれている、一枚の絵はがきを持っている。
『もしご都合がよろしければ遊びに来ませんか。何もおかまいできませんが、いつでもお越し下さい』
 それは笹食えぱんだの元に、慶一郎から届けられた暑中見舞いだったのだが、その「いつでもお越し下さい」という言葉を真に受けて、ここまでわざわざやって来たのだ。
 前に来たときは真夜中だったが、昼間は流石に人がいるので、決死の隠密術で入ってきたのは言うまでもない。
「……スパイ映画みたいもふよ」
 じりじりとドアに近づき、ひょっこり中を覗くと、慶一郎は退屈そうに何か字の詰まった紙を眺めている。片手には缶コーヒー。それを口元まで持っていった瞬間、笹食えぱんだは短い手を振りながら大きな声で挨拶をした。
「慶ちゃーん、お言葉に甘えて来たもふよー」
「………!」
 驚きのあまり、コーヒーを吹き出すかと思った。
 だが白黒くてほわほわとしたパンダを見て、慶一郎は心の中でほくそ笑む。
「フフフ……待ってましたよ」
 無論、ただ単にパンダと遊びたいからあんな葉書を出した訳でもなければ、社交辞令を真に受けられた訳でもない。ターゲットを手中にするのは、常に先読みが必要なのだ。
 だが、ここは防衛省。
 しかも対心霊テロリスト部隊のオフィス。迂闊にパンダのぬいぐるみが歩いていたら、それだけで大変なことになるかも知れない。前にパンダがここに来たときは真夜中だったので、人もいなかったが、流石に今はそうもいかない。
 ぽてぽてと笹食えぱんだこちらに近づく前に、慶一郎は小走りでそれを拾い上げる。その動きに同僚が顔を上げた。
「どうしました、矢鏡一尉」
「いや、姪っ子にあげるぬいぐるみが椅子から落ちそうだったので、拾ったんですよ」
『はうっ、ボク慶ちゃんに誘拐されるもふ!』
 ジタバタする前に口は押さえた。と言うか、口を押さえて言葉が止まるのか不安だったが、何とかなった。だが、じたじた動くパンダに同僚の目は釘付けだ。
「最近のぬいぐるみって動くんですね」
「うん、なんかジタバタするんですよ。あ、昼休みだから姪っ子の所に届けてきましょうか。このまま置いてたら電池も切れますし」
『ぱんださらいもふー!それに、ボクは電池じゃないもふよー』
 これ以上暴れられると、ごまかしきれない。慶一郎はパンダを小粋に小脇に抱えて、駐車場にある自分の車に乗せ、駐屯地の外へと走っていった。

「ぷんすかぽん!慶ちゃんってばひどいもふよ」
「すみません。友人とは言え勝手に柵の中に入れると首が飛ぶんですよ」
 車の中で慶一郎があんなことを言った事情を説明すると、笹食えぱんだは多少お冠だったが、あらかじめ用意しておいた熊笹茶と熊笹キャラメルを渡したら大人しくなった。
「あ、ボクも慶ちゃんにおみやげを持って来たもふ」
 パンダはそう言うと、背中のチャックを自分で開け、何故か落花生をシートにばらまく。
「笹食えぱんださん、今のは?」
「落花生もふ。美味しかったから慶ちゃんにもあげようと思って、背中のチャックに詰めてきたもふよ」
 ……後で拾って掃除しよう。
 慶一郎はまず自分の秘密基地……ガレージに車で移動して、中から怪しげなダンボール箱を持って来た後、今度は先日見つけたさぼりスポットである公園に移動した。
 その公園は駐車場だけではなく、トイレや自販機などが充実していて、人気も少なくてサボリにはもってこいの場所だ。以前来たときはタンポポなどが咲いていたが、今は夏から秋の花に咲き変わるのか、ひまわりとコスモスが風に揺れている。
「慶ちゃん、そのだんぼる何が入っているもふ?」
「ふふふ、私が貴方を呼んだのは、これが理由なんですよ」
 ダンボールに入っていたもの。
 それは名付けて『笹食えFS(フライトシステム)』……慶一郎が昔作ったラジコンヘリのパーツを利用して作成した、笹食えぱんだ専用のフライトシステムだ。バックパックを背負うような感じで、大きい竹とんぼのような物がついている。
 きょとんとしているパンダに素早く装着し、ふわっと飛ばしてみせると空に浮かび上がりながら大興奮する笹食えぱんだ。
「ふおぉ……すごいもふ、すごいもふよ慶ちゃん!空は漢のロマンもふ……」
 何故黄昏れるか。
 それはさておき、しばらくテスト飛行をさせていると、慶一郎は何かが足りないことに気がついた。
「むう、私としたことが武器を用意してませんでした」
 笹食えFSという画期的なシステムを考案したが、どうやらそれで満足してしまって火力を用意するのを忘れてしまった。空を飛ぶだけでも充分男のロマンだが、やはりそこに武器がなければ。
「ちょっと待ってて下さい」
「もふ?」
 一度地面にパンダを下ろすと、慶一郎は近場に落ちていた枝でパチンコを作り、笹食えぱんだに撃ち方を教えた。
「これは『笹食えキャノン』です。弾はポシェットにどんぐりをたくさん詰めますから、それを使って下さい。残弾数にはいつも気を配るように」
「了解もふ!」
 端から見ていると、かなりどうしようもないのだが。慶一郎も笹食えぱんだも大まじめである。
「あれ、ダディかな?」
 公園で笹食えぱんだを飛ばして慶一郎が本気で遊んでいると、そこに神楽 琥姫(かぐら・こひめ)がママチャリで通りがかった。最近自転車を手に入れたので、少し遠くにもトマトが買いに行けて今日はかなりご機嫌だ。
 駐車場を見ると、車が止まっているので間違いないだろう。自転車から降りて中まで押していくと、空を飛んでるのは……パンダだった。
「あれ?えっ、何でパンダが飛んでるの?あっ、こんにちは。トマト食べます?」
「いえ、今両手がふさがってますので……」
 すると慶一郎が持っている小型無線機から、渋い声を作った笹食えぱんだの声がする。
「ふっ、空は男のロマンもふ……飛べない笹食えぱんだは、ただのぱんだもふよ」
 多分空では手を振っているのだろうが、短すぎてよく分からない。慶一郎はまたパンダを自分の側に下ろすと、琥姫に「笹食えFS」の説明と共に、笹食えぱんだを紹介した。
「こちら、うちのチビの幼なじみの神楽 琥姫ちゃんです。そして、こちらは成り行きで知り合った笹食えぱんださんです」
 笹食えFSを背負ったまま、パンダがちょこんと右手を差し出す。
「琥姫ちゃんもふね。よろしくもふ〜」
「うわぁ、可愛い。こちらこそよろしくね」
 元々可愛らしい物も好きだし、家にもパンダのぬいぐるみを置いている琥姫はは一目で笹食えぱんだを気に入った。それを見た慶一郎は、またプロボのスイッチを入れる。
「笹食えFS発進。準備はいいか?」
「笹食えぱんだ、行くもふ!」
 ラジコンヘリの操縦に慣れている慶一郎は、華麗なプロボ裁きで非常にアクロバティックな技を琥姫に見せた。宙返りや急降下、今はラジコンヘリが元になっているが、ラジコン飛行機に変えたら、ブルーインパルスのような飛行技も可能かも知れない。
「うわー、楽しそうー」
「楽しいもふ〜♪」
 目をキラキラさせる琥姫に、慶一郎がにっこり笑ってプロボを渡す。
「やってみますか?意外と操縦は簡単ですよ。どうぞ」
「でも、私鈍くさいから、上手く飛ばせるかな」
「ちゃんと操作は教えますよ。笹食えぱんださん、操縦者が琥姫ちゃんに変わります」
「らじゃもふ」
 琥姫が慣れるまでは、パンダがあっち行ったりこっち行ったりと、ある意味大変アクロバティックでスリリングな操縦だったが、まあ相手はぬいぐるみだしこれぐらいは平気だろう。それに慣れてくると、真っ直ぐ飛ばしたり出来るようになってきた。
「わっ、私にもちゃんと飛ばせてる。パンダちゃーん、調子どう?」
「風と一体もふよ……」
「簡単だって言ったでしょう。琥姫ちゃんは筋がいい」
 その様子を空から見ている笹食えぱんだ。
「微笑ましいもふねぇ」
 空飛ぶパンダも、ある意味かなり微笑ましいものであるが。
 だが次の瞬間、上空でパンダは地上のある物を目に捉えた。
「すくらんぶるもふ!」
 それと同時に上がる悲鳴。徒歩のお婆ちゃんがひったくりに襲われ、持っていたバッグを盗まれたのが見える。
「慶ちゃん!追うもふよ!」
 これは見過ごしていられない。慶一郎はすぐ側に止めてあった琥姫のママチャリに乗り込む。
「琥姫ちゃん、乗ってください!」
「えっ?」
 そのあまりの迫力に、プロボを握ったまま乗ってしまったが、そのまま慶一郎が自転車のペダルをこぎ出した。
「キャー!ど、どうしたらいいの?」
「笹食えFSの操縦を頼みます。私はひったくりを追いますから」
「は、はい」
 義足の左足が痛いが、ここはやせ我慢するしかないだろう。ママチャリをこぐ慶一郎に、その後ろでキャーキャー言いながら笹食えFSを操縦する琥姫。渋く空を飛ぶ笹食えぱんだ。
「な、何だ?」
 それは振り返ったひったくりにとってはシュールな光景だっただろう。笹食えぱんだは、ポシェットからどんぐりを出し、ぴしぴしと銃弾の雨を降らせる。
「弾幕薄いもふ!」
「笹食えぱんださん……弾数には限りがありますよ」
 どんぐりだけでは、相手の足を遅くするしか出来なそうだ。しかし自分の足ではプロボを持ったまま走って追いつくのは不可能だし、それは琥姫も同じだろう。
 すると操縦桿を握っていた琥姫が、何かに気付いたようにプロボをひっくり返す。
「あ、あの……後ろについているボタン二つは何ですか?何かカバーがついてるんだけど……」
 そうだった。
 慶一郎が「男のロマン」としてつけた、装置二つがあったじゃないか。
「琥姫ちゃん、犯人の真上まで笹食えぱんださんを移動させて下さい」
「頑張ります!」
 走っている自転車の後ろで苦戦しつつも、琥姫は一生懸命犯人の頭の真上にパンダを移動させた。
「こ、これからどうしたらいいんですか?」
「そのまま下に落として下さい!笹食えぱんださん、覚悟はいいですか?」
 下に落とすって、それは……。
 琥姫が躊躇っていると、無線からパンダの声がする。
「琥姫ちゃん、ボクは正義のために戦うもふよ!」
「笹食えパンダちゃん!」
 そこまでの覚悟があるのなら、自分はパンダを信じなければ。琥姫はパンダを急降下させ……。
「プロボの裏にある、青いボタンを押した後、赤いボタンを!」
「はい!」
 ぱきっと軽い音を立て、ボタンカバーが外れる。そしてパンダがひったくりの頭に着地した瞬間。

 ちゅどーん!

 慶一郎のつけていた男のロマン装備「笹食え自爆システム」が、ひったくりの頭の上で見事に炸裂した。

「いやー、スリル満点だったもふねぇ」
「うわーん、笹食えぱんだちゃんどうなったかと思って、心配しちゃったんだから」
 爆発を見て、琥姫はしばしポカポカと慶一郎の背中を叩いていたが、最初に押していた青いボタン「笹食え脱出システム」のおかげで、パンダは傷が付くこともなく落下傘でふよふよと二人の前に降りてきた。
 自爆装置と脱出装置は、男のロマン装備だと慶一郎は信じて疑わない。
「お婆さんのバッグも取り戻しましたし、笹食えFSには改良の余地がありますな」
「また空を飛びたいもふよ」
「私も、またパンダちゃん飛ばしたい。今度は格好いいパイロットの服を作ってあげるね。あと撃墜マークも付けないと」
「琥姫ちゃん……空の男に惚れると火傷するもふよ」
「その前にトマト食べようか。笹食えぱんだちゃんには、ミニトマトがあるから」
 今度は飛行機あたりを改造しようか。
 警察に電話をして、バッグをお婆ちゃんに返した慶一郎は、澄んだ空を見上げながら、次回笹食えFSマーク2に思いを馳せていた。

「だから、パンダが空飛んで追いかけてきたんだって」
「そんな事言っても、責任能力ないとか言わないから」
「本当なんだって、信じろよ」
 ……警察の事情聴取で、空飛ぶパンダについて熱く語るひったくりがいたが、信じてもらえなかったのは当然の話。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】  
6739/矢鏡・慶一郎/男性/38歳/防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉
6541/神楽・琥姫/女性/22歳/大学生・服飾デザイナー

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
矢鏡さんが笹食えFSで空を飛ばしているところに、琥姫ちゃんが現れて、ほのぼのしていたところにひったくりが…ということで、シュールな捕物帖を繰り広げていただきました。
ママチャリ激走、後ろでキャーキャー、そして空飛びながらどんぐり飛ばすパンダを想像して微笑ましくなってましたが、ある意味すごい光景です。楽しく書かせていただきました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。