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空の花に照らされて
遠くでは、夜空に花が咲く音が聞こえる。空気にその振動が震えていることが分かる。
活気のある河川敷、そこで、人は何を思うだろう。
契約者達はすでに花火に向かっており、今は一人、この自分の本体のそばから離れない。枝に腰掛け、遠くを見る。又一輪、空に咲いた。自分もあまり人混みが好きじゃないのだ。あとは、契約者自身が、楽しんでくれることを思って離れているだけ。
静香は静かに、皆の帰りを待っているだけだったのだ。夏の彩りを飾る、夜の花を見ながら。
「こんな所で、見学なのか?」
木の下から子供の声がする。
「翁様は行かなかったのですか?」
下を見下ろして、声の主に訊いた。
「なに、理由は簡単じゃ。ワシも人混みが嫌いなのでの。」
「そんな姿だと、和菓子がお似合いですのに。」
「からかっているのか?」
翁と呼ばれた子供は膨れた。
大鎌の翁は、原因不明の若返りにより、いまでは静香がまつられているこの神社に居候させて貰っている。5歳児なのに、口調が年寄りなのは彼自身が、世界樹の枝で作られた神器であるからだ。数え切れない年月を彼は送っている。実際体の力はなく存在するだけが精一杯とも考え得るが、いまこの事象を解決するために色々がんばっている(物臭ではあるが)。
静香は、ゆっくりと舞い降り、翁の頭をなでた。
「な、なにをする!」
翁は馬鹿にされたような気がする。
「わたくしがここにいるから、というのも理由ですよね?」
「子供扱いはよせ。」
「子供じゃないですか。外見は。」
「言うようになったのう。まあ、否定はしない。できれば……」
「?」
「話し相手になってくれるか? 人混みが嫌い以前に、ワシはお主から離れたくはない。」
「……いいですよ。」
静香は、少し悲しそうな顔をしたが、笑顔に戻った。
子供を大事に抱く。母親のように。翁を抱っこする静香は、この神社の周りについて話した。伝承、今までの契約者のこと、遠い遠い昔のことを。
また、大輪の花が空に咲く。続いて、数輪、夜空を彩る。
その、花びらは、ここまで照らす。
「ここでも、きれいに見えるのです。」
「なんだ、あれは好きなのか?」
「ええ、自然の物ではないにせよ、許せます。きれいですから。」
彼女は切なく答えた。
翁は、何か引っかかっている。
何故、悲しい顔をするのか。
やはり孤独なのか?
「わたくしは、正当な契約者がいればどこにでも行けます。しかし、ここを中心とした所でないと、力はないのです。この霊木が、斬られれば其れまでですので。」
それでも、私は其れを不幸とは思っていません。と、付け加える。
「そうか……。」
今度は、翁が話し始めた。
この日一日の出来事を。おそらく静香も知っているだろうが、話していた。子供扱いする、静香の契約者一族と、その友人達、おめかしして出かけていく少女、自分は見送るしかできなかったが、其れは楽しそうな笑顔を見るだけでも良かった。
「それは、楽しい事でしょう。」
いつもそう言う平凡が有ればいいと言う願いでもあったのか。静香はつぶやいた。
翁は分かった。
彼女は、孤独を感じているのだ。まだ其れはぬぐえない。幾千の人を見てきたのだ。喜劇も有れば悲劇もあったのだろう。もしくは自分が危ういときもあっただろう。もう数え切れない時間、見てきたのだ。しかし、翁は違う。長年眠っていたこともある。その差は激しい。目覚めれば一応の知識として、殆どの情報が入り込む。まるで、簡潔なメモのように。
そこで差異が生じることではない。生じたとしても、些細なことだ。
翁は“物”であった。しかし契約者から心を得た。その契約者の影響もある。
静香は長い年月、人に感化されて感情を持った。故に流動性。固定されるまでどうなっていたのだろう。
しかし、課程はどういう事であろうと、人の心を持った“存在”なのだった。
故に、人のように……翁は、静香に惹かれるのである。
きっかけは、今では思い出せない。
些細な出来事からだろう。
では、静香は、本当はどう思っているのか、分からない。それは読心術をもってしても。もちろん、そう言うのは卑怯であるので使わないし、使えない。
「寂しいのか?」
翁は、そう訊く。
静香は首を振った。
「嘘はいかん。」
「私は寂しくはないですよ?」
否定しているが、目はそうではない。
沈黙の中で又、空に花が咲く。
翁の目はまじめだった。瞳の奥に、それが見える。
静香は、黙ったままであった。
その表情は、“やはりそう見えますか”という、悲しみの其れだった。
「儂では静香の本当の寂しさを癒す事は出来ぬかも知れぬ。精霊とは孤独なモノじゃからな。じゃが……今この時は儂が側におる。この時だけでも静香の寂しさを癒せる事ができればよいのだがな……」
翁はまじめに言う。
「ありがとうございます。」
静香は翁を強く抱きしめる。
霊木が、静かになく様に、揺れた。悲しみと寂しさ、そして、うれしさが、その木々のさざめきに込められている。
「しばしの間、こうして、一緒にいたいの。」
翁は言う。
静香は、頷くも、
「この枝の上からなら、きれいに夜空の花が見えますよ?」
「儂は木登りが得意じゃない。」
「ふふふ。大丈夫です。」
静香は、翁を抱いて、枝に座るため浮遊する。
確かにその枝は特等席だった。きれいに、夜空に咲く花を眺めることが出来た。
二人は無言で、この祭りが終わるまで、花を見ていたのであった。
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