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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


肝試しに、おいでませ



 やだ。
 正直、すごくやだ。
 ステラ=エルフ。サンタクロース。正真正銘、サンタではある。けれども、それはこの世界の人間の言う『サンタ』ではない。
 彼女は現在、頭を抱えていた。
「逃げたって言われても……無理ですぅ」
 それを捕まえろって言われても。むりだ、むり。
 朧荘の四畳半の畳の上で転がって、「あー」とか「うー」とかうめきをあげる。
(逃げ込んだ先は神聖都学園。幸い、今は夏休みで学生さんはそんなにいないですぅ)
 以前は恐怖を映す鏡のせいで、ろくな思い出もない学校だ。あんまり行きたくない。
(苦手なものは判明してますけど……。手伝ってもらうにしても、事情を話していたのでは意味がありません)
 誰かに助けてもらうにしろ、人数が必要だ。それに、『気軽に』参加してもらわなければ意味がない。
「なにをそんなに悩むのかな、ステラは。ステラだけでも充分じゃないか」
「一人だけの『悲鳴』で気絶させられるわけがないじゃないですかぁ」
 レイにそう応える。
(それに、予備知識があるわたしでは、本当に『怖がられる』か不明ですぅ。困りました)。
 ぱち、と彼女は瞼を開いた。
 そうだ。そうだった。今は夏休み。夏だ。夏といえば――――!
「肝試し……!」
 その手があった!
 彼女は押し入れの襖を開き、ごそごそと何かを取り出してくる。
 分厚いカタログだ。表紙には『混沌通販』と、なにやら怪しげな文字がある。
 ぱらぱらとページを捲り、声をあげた。
「あった……!」
 対象者が「恐ろしい」と思うものを幻として見せる道具だ。
「この値段ならなんとかなりそうですぅ。よーし、じゃあまずは人数集めですぅ!」

***

「えー、お集まりいただきまして、まことにありがとうございます〜」
 ぺこーっと頭をさげた金髪の少女・ステラは赤い地の浴衣を着ている。丸っきり子供の浴衣だ。
「えっとぉ、梧さんと、それから遠逆欠月さん、エマさんにー、草間さん。以上の4名様が私の開催する肝試しの参加者さんですね」
 集まった面々を見渡し、ステラはふ、と笑う。なんだか黒い笑みだ。
「えーっと、道順はこの地図に書いてあります。いえいえ、怖いことなんてありません。だって、校舎をまわるだけですもん」



「……明らかに何かあるって感じよね」
 嘆息混じりに言うシュライン・エマに、全員が同意する。
 腕組みしている梧北斗たちは、高等部の校舎前に居た。玄関は目の前。ステラの準備が完了するまで少しかかるそうだ。
 全員動き易い私服姿だ。浴衣で参加してもいいと言われていたが、全員がなんとなく、動き易さを重視したらしい。
 ワンピース姿のシュラインは先ほどまでのステラとのやり取りを思い出す。
「学校に許可はとってあるのよね?」
「もちろんですぅ」
「あ、そうだ。懐中電灯は?」
「これ使ってください」
 渡されたのはペンライトだ。これでは暗闇の中だとよく見えない。
 草間興信所に話を持ってきた時、ステラは全くこちらの目を見なかった。何か企んでいるのはバレバレではあるが、彼女は悪事を働くことがない。だからこそ、シュラインもここにいるのだ。
 校舎を見上げる北斗は「はぁ」と溜息をつく。
「やっぱ夜の学校ってナニか出そうだよな〜。おまけにステラも絡んでるとなると……」
「なんだ。怖いの?」
 横に立っている欠月の言葉にムッとし、北斗は首を横に振る。
「まさか!」
「へぇ〜、ふぅ〜ん」
「……おまえ、そのニヤニヤ笑いをやめろよな。
 ま、こうして欠月もわざわざ来てくれたわけだし、俺たちでステラに協力できることなら手伝おうぜ! 鬼でも幽霊でもなんでも大丈夫だって!」
 どーんと胸を叩く北斗に、「頼もしいわね」とシュラインが微笑む。草間武彦は三人から離れてタバコを吸っていた。



 二人ずつということで、まずは北斗と欠月の二人が校舎に足を踏み入れた。
「へぇ〜、神聖都学園ってこんな感じなんだな〜。俺んトコの学校とはやっぱ違う」
 暗い廊下を歩きながら北斗は感心したようにきょろきょろと見回している。
「あんまりキョロキョロしないでよ。ってか、なんでボクを呼ぶかなぁ。シュラインさんとのほうが良かったよ」
「えー! なんでだよー」
「あのさ、こういうイベントは女の子と一緒にやるもんじゃない? ま、男の浅はかな妄想だとは思うけど、やっぱ怖がってる女の子に抱きつかれてふいに胸の感触を感じたり、青春したいわけよ」
「……おまえの頭の中って、なんでいっつもそういうことで占められてるんだ?」
 呆れてしまう。どういう脳の構造してるんだ?
「ボクは北斗の脳の構造のほうが知りたいよ。女の子にムラムラしないキミはビョーキだ」
「しっ、してるわい、人並みに!」
 頬を赤らめ、ついつい怒鳴ってしまう。こうしていつも相手のペースにハマってしまうのだが、北斗は気づいていない。
 欠月は北斗のほうを見もせずに淡々と続ける。
「ボクじゃなくて、好きになった女の子誘えば良かったじゃん。あ、もしかしてもうフラれたの?」
「フラれてない!」
「ちぇー。そうなのか。なるほど。アプローチは続けてるわけか。じゃあ、今回は絶好の機会じゃないか。勿体無い」
「い、いや……えっと」
 北斗は言いよどむ。誘えなかったのは、彼女が忙しい身の上だからで……それに、この間の旅行のことがあって顔を合わせづらいのだ。
 思い出しそうになってしまい、北斗は慌てて目に入ったものを指差した。
「あー! 理科室だぜ! 教室は全部開いてるんだろ? 入ってみようぜ!」
「えっ、あ、ちょっと北斗」
 欠月の止める声も聞かず、北斗は理科室のドアを開けて入ってしまう。
 頼りないペンライトの明かりだけで、室内を照らす。あ、ガイコツの標本がある。
「定番だなー」
 そう言いつつ近づき、北斗は突付いてみた。背後から欠月が「なにやってんのさー」と声をかけてくる。
「いや、ほらこれってどこの学校にもあるんだなって」
 がくん、と突然標本が倒れてきて、ビクッと反応してしまう。硬直してしまった北斗を見て、欠月がふ、と笑みを浮かべると室内から廊下に戻って行ってしまった。な、なんだ今のムカつく笑みは!
「今のはタマタマだって!」
「言い訳しなくていいから」
 欠月はへらへらと笑う。
 二人はしばし歩き続けた。なんの変化もない。
 もうそろそろゴールだというところで、欠月が立ち止まった。青ざめている。
「欠月?」
 不審そうにした北斗は、欠月が見ている場所に目を遣る。廊下の先だ。何か、居る。
(ありゃなんだ?)
 目を凝らすと、何かがうずくまっているのが見えた。ソレが立ち上がる。ゆらゆらと揺れてこちらに歩いてきた。
 ぼろぼろの衣服。崩れた肉。腐敗した顔や腕。
 北斗は口をぱくぱくとさせ、絶叫をあげた。
「わああああぁぁあああああぁぁあ!」
 退魔師という仕事をしてはいるが、北斗はゾンビが苦手である。
 横の欠月の腕を強く引っ張り、涙が浮かんだ目を向けると――。
「っ」
 喉が引きつった。
 欠月の顔の肉がどろどろと溶けているのだ。目玉が落ちそうである。
「うわああああああああ!」
 ぎゃー! 北斗は悲鳴をあげて、涙を零しながら駆け出した。逆走、である。

 ゴールである玄関を出てきたのは欠月だけだった。彼は青ざめた顔で、気持ち悪そうにしつつ小さくうめく。
「カエル料理が……」
 おえっ……。



 次にチャレンジしたのはシュラインと武彦の二人だ。
 面倒そうにダラダラ歩く武彦の前を、シュラインはペンライトを持って歩いた。
 薄暗い廊下に人の気配はない。
「ったく、なんで俺まで」
「あらいいじゃない。終わったら冷えた飲み物でも飲みましょ」
「あまり油断するなよ。ああ見えて、あのチョココロネ頭のサンタ娘、厄介なことやらかすからな」
「どうしてそうステラちゃんを邪険にするのよ?」
 確かに時々迷惑ではある。だが、かなりの確率で楽しくて面白い気分も味わえるのだ。
「でも梧君があんなに悲鳴をあげるなんて……。欠月君も気分悪そうだったし、一体なにを見たのかしら?」
 ――校舎をまわるだけですもん。
 うっすらと笑っていたステラの言葉を思い出す。絶対に何かあるだろう。
「でも散々怪奇事件に関わってるわけだし、俺もおまえも多少の霊障じゃ驚いたりしねーのにな」
「そうね。確かにオバケとか妖怪とかじゃ、驚かないわね」
 小さく笑うシュラインは、そこで首を傾げる。北斗は確か退魔師だったはずだ。その彼があれほどの悲鳴をあげたのだから、一筋縄ではいかないのは間違いない。
 二人は廊下を進む。ステラに渡された地図によると、どこかの教室に寄る必要はないらしい。これでは単なる散歩だ。
「そもそもあのサンタ娘、姿が見えないが、どこ行ったんだ?」
 準備完了ですぅ。と玄関から出てきた彼女は、用があると言って姿を消してしまった。
「どこかでこちらの様子を見てるんじゃないかしら?」
「隠れて見る必要はないと思うがな」
 二人は他愛無い会話を繰り返し、そのままゴールを目指す。校舎を一周して、終わり。ただそれだけだ。
 途中にオバケの小道具があるわけでもない。本当に何もない。
 ゴールである玄関まであと少しというところで、シュラインは足もとをカサコソと通り過ぎるものに気づいた。
 ん? と思って見下ろし、思わず足を止めて硬直してしまう。涙が滲み、ぷるぷると震える。本気で怖いので、もはやその感情は悲鳴にならない。
「どうした?」
「ご、ご、ゴキ……ご」
 わなわなと震える唇で言うので、うまく声にならない。
 どうしよう、と思って首を背後の武彦に向ける。あれ? と思った。武彦がいない。
(え? 武彦さん、どこ行ったの?)
 不安でいっぱいになるシュラインの持つ携帯が震える。マナーモードにしていたのだ。
 メールがきている。メールの相手は草間零だ。内容を読んだシュラインの目が点になり、その後に悲鳴があがった!
「いやあああああーっっ!」
 思わず携帯電話を落としそうになる。
 領収書が届きました。という件名で始まったそれはシュラインにとっては恐ろしい内容だったのだ。
 ありえない金額! しかもその領収書は大量に届いたという。それらを整理しようとして、零はパソコンをつついたらしい。
 データが消えたみたいです。
 その一文で眩暈がした。締め切り直前の原稿データが吹っ飛んだようだ。
「そんな……! どうしろって言うの!? ただでさえうちは経営難だし、それに、それに……!」
 困惑するシュラインの携帯が再び震える。零からだ。また領収書が届いたということだ。それが3秒ごとに続く。
 ぐるぐると色んな考えが巡り……シュラインの脳内がプツンと切れた。糸が切れた人形のように彼女は意識を失ってしまったのである。

 気絶したシュラインを背負って玄関から出てきた武彦は、真っ青な顔のまま薄く笑った。
「趣味悪い……」



「こわ〜い思いを十分堪能しましたかぁ?」
 にこにこと笑顔のステラはかなりご機嫌だ。
「特に梧さんとエマさんはぁ、すっごーい悲鳴をあげてましたけど、そんなに怖かったですかあ?」
 うっ、と北斗とシュラインが言葉に詰まる。
 だが答えを待たずにステラは言った。
「とにもかくにも、楽しんでもらえて良かったですぅ。ではでは」
 彼女はぺこりと頭をさげる。

「……怪しいわ。あんなに上機嫌なんて」と、シュライン。
「確かに……。あいつ、なんで俺が悲鳴あげたこと知ってんだよ……」と、北斗。
「いや、北斗の絶叫は本気で凄かったから」と、欠月。
「とにかく帰ろうか。なかなかいい時間だ」と、武彦は夜空を見上げた。

 参加者が帰ってから、ステラは後ろに隠していた手を前に出す。ビニール袋が握られていた。その中には小さな鬼がいる。
「悲鳴に弱いあなたには、かなり効果的でしたねぇ。協力者さんには大感謝ですぅ。なんてったって、本気で怖がらないと意味がないですからね」
 『恐怖の悲鳴』のみダメージを与えられる鬼は膨れっ面になった。
 薄暗い神聖都学園校舎前で、ステラはうふふと笑い続けていた――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

NPC
【草間・武彦(くさま・たけひこ)/男/30/草間興信所所長、探偵】
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 3秒ごとに届くメールという恐怖の幻、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!