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ゆきんこ宅急便
●序
草間興信所に鳴り響く電話に、草間はただならぬものを感じ取った。長らく興信所を営んでいる勘とでも言おうか。
しかし、鳴り続ける電話を無碍にする事もできない。いつもならば3コール内に電話を取る零は買い物に行っており、自分が出るしかないのだから。
「はい、草間興信所ですが」
「ハーイ、草間さん?」
いきなり受話器を叩きつけたくなる衝動をぐっとこらえ、草間は「ええ」と答える。
「私、雪女。ヨロシク!」
「……切っていいですか?」
「待って待って、ちゃんとした依頼をしたいんだから」
草間はため息をつく。雪女、なんて非現実的ともいえる存在からの依頼は、不本意ながらも今回が初めてではない。
「そっちのデパートで『ひんやり北の国からフェア』ってのをやってるでしょ?」
「そういえば、やってますね」
雪女が言うには、そこの目玉にもなっている「本物の雪と氷」に、自分の子どもであるゆきんこが混じってしまったのだという。
「ゆきんこの、雪ちゃん。可愛い名前でしょ?」
「いえいえ、そうじゃなくって!」
草間は突っ込みつつ、雪女の話を整理する。
ゆきんこも一緒に雪と氷のボックスに詰められ、デパートまで行ってしまった。ゆきんこは未だに人に慣れていないため、警戒心むき出しであろうと言うことだ。恐らくは詰められているボックスから出された後には、ものすごい勢いで逃げ回っている事だろう、とも。
本来ならば雪女自身が迎えに行きたいのだが、なにぶん季節は夏。たどり着く前に溶けてしまう可能性の方が高い。
「人の形にもなれないの。小さい、丸っこい毛玉みたいな感じなの。両掌に乗るくらい」
「ハムスターとか、ハリネズミに近い、ということですか?」
「そうね、丸っこい毛玉よ。真っ白なのよー」
「それで、捕まえたとしてどうすればいいんですか?」
「今から言う住所に宅急便で送ってくれないかしら? 着払いでいいから。あ、勿論クールでね!」
雪女はそう言い、続けて「雪ちゃんはアイスキャンディが好きなのよ」という情報を寄越した。
草間はため息混じりに連絡先を書きとめた後、ちらりと事務所の机に乗っているチラシを見た。
デパートの「ひんやり北の国からフェア」は、本日朝10時から、となっていた。
●1F:エントランス
雪女の連絡後、草間は即座に電話で調査員に連絡をした。そうして都合の合う者に事情を説明し、デパートのエントランスに集合する事となった。
「雪ちゃん、どれくらいの大きさなの?」
シュライン・エマ(しゅらいん えま)はそう言って草間に尋ねる。
「両掌にのるくらいだからな。これくらいなら入るだろうと思って、これをもってきたんだが」
草間はそう言い、小さめのクーラーボックスを取り出す。発泡スチロールで出来たものだ。集合前に探してみたのだが、それくらいしか見つからなかったらしい。
「魔法瓶じゃ駄目かしら? ほら、大き目のものだったらいけそうかと思って持ってきたんだけど」
シュラインはそう言い、自らの鞄から魔法瓶を取り出す。なるほど、中々にして大きい。
「それくらいなら入るんじゃないか?」
「それなら良かったわ」
シュラインはそう言って微笑む。魔法瓶の中には、事務所の差し入れ用に作っていた、製氷皿で作成したアイスが入っているのだが、あえて草間には内緒にしておいた。
「ゆきんこかぁ。早く見たいな! そのために手伝うんだしっ」
にかっと染藤・朔実(せんどう さくみ)は笑いながら言った。そして、ポケットから折りたたまれたものを取り出しながら「いるかなぁ」と呟く。
「何を持ってきたんだ? それは」
怪訝そうに取り出したものを見ながら、草間が朔実に尋ねる。
「カッパ。ほら、ゆきんこって攻撃とかするかもしれないし。雪とか氷とかぶつけてきたりしそうじゃん」
「それはありうるが」
「冷たくて気持ちイーかもしんないけど……念のため、着とこうかなって」
でも見かけ的にどうしようかな、と呟きながら、朔実はじっとカッパを見つめる。
「別にいいんじゃないか? カッパくらい」
「そか、そうだよな。それも面白いかもしれないし」
外はいい天気だけどな、と小さな声で草間が付け加える。
「ゆきんこさんは、きっとかわいらしいのー」
藤井・蘭(ふじい らん)はそう言って、にっこりと笑った。
「そうだな。小さい毛玉っつったら、可愛いだろうな。うっかりつれて帰りたくなるな」
悪戯っぽい笑みで草間が言うと、蘭は「だめなのー」と言って頬を膨らます。
「外に出たら、ゆきんこさん、溶けちゃうのー」
「ああ、そうだな。悪い悪い」
苦笑気味に、草間は謝る。すると、蘭はにこっと笑って「分かればいいのー」と草間を許す。
ほっとする草間に、ずい、と小さな体が手を出してくる。
「草間のおぢちゃ! ごせんえん貸してくださいなのでぇす!」
満面の笑みで言うのは、露樹・八重(つゆき やえ)だ。全部五百円玉で、と付け加える。
「お前、五千円も何に使う気だ?」
怪訝そうな草間に、八重は「んもう!」と頬を膨らませる。
「鈍いおぢちゃでぇすね! 年頃のれでぃが『でぱーと』に行くのに、手ぶらで行けるわけがないのでぇす!」
八重はそういうと、再び笑顔で「はい」と手を差し出す。
「お前、五千円を全部五百円玉で渡したら、十枚になるんだぞ?」
体長的に、五百円玉十枚は持ち歩くのが難しい。すると、八重は「その点は抜かりがないのでぇす」と言って、身体を大きくする。
大体、小学生くらいだろうか。
「これなら、大丈夫なのでぇす」
「……だが、やらんぞ」
「大丈夫なのでぇす。ちゃんとおかえしするのでぇすよ」
八重はくすくすと笑いながら言う。草間は半分諦めたようにため息をつき、財布から五百円玉を2枚取り出す。
「足りないのでぇす」
「今、それだけしか五百円玉がないんだよ」
渋い顔をする草間に、八重は明らかな不満を顔に表す。
「おぢちゃは五千円も持っていないくらい、悲しい財布なのでぇすね」
ため息混じりに言う八重に、草間はぐっと言葉を詰まらせながら財布から二千円を取り出す。これで、合計三千円。
「これ以上はないから、それで我慢しろ。……返せよ?」
分かってるのでぇす、と八重は答える。そして、小さな声で「百年後に」と付け加えるが、どうやら草間の耳には届かなかったらしい。
「それじゃあ、俺は先に戻っているから。よろしく頼む」
草間はそう言い残すと、手をひらひらと振りながら興信所へと戻っていった。四人はそれを見送ると、互いに顔を合わせる。
「どうしましょうか?」
「広いデパートだし、分かれて探したほうがいいんじゃないか?」
シュラインの問いかけに、朔実が答える。それに蘭と八重がきゃっきゃっと笑いながら手を挙げる。
「賛成なのでぇす。いろいろ見てまわるのでぇすよ」
ふっふっふ、と八重が笑う。
「人海戦術なのー。楽しそうなのー」
蘭も嬉しそうに笑った。
「そうね、それがいいかもしれないわ。それじゃあ、集合場所を決めておこうかしら」
シュラインが言うと、朔実が「折角だし」と言ってにっと笑う。
「フェアやってるところの入り口とか、どうかな?」
その提案に、皆が賛成と言う。
「時間はどうするのー?」
蘭の疑問に、シュラインは「そうねぇ」と言う。
「一時間後くらいでいいんじゃない?」
「分かったのでぇす。それだけあれば、いろいろと」
八重はごにょごにょと言い、含んだ笑みを浮かべた。
「それじゃ、このクーラーボックスは俺が持ってくよ。いっかな?」
草間が持ってきたクーラーボックスを持ちながら朔実が尋ねると、他の皆はこっくりと頷いた。シュラインは魔法瓶を持っていると、八重と蘭は持って歩くには体が小さい。
「それじゃあ、頑張るのでぇすよー」
八重の言葉に、皆がこっくりと頷く。
「ゆきんこさん、無事に見つかるといいのー」
蘭の言葉と共に、皆はデパートへと足を踏み入れる。
自動ドアが開くと同時に冷たい風に吹かれ、皆は揃ってほっと息を漏らすのだった。
●B2F:生鮮食品
八重が向かったのは、地下二階だった。
地下二階は、生鮮食品売り場だ。肉や魚、野菜や卵といった食料が所狭しと並べられている。デパート内に入っている為か、心なしかスーパーよりも高いような気がする。スーパーでは見ないような珍しい食料が並んでいるのも特徴的だ。
辺りをぐるりと見渡し、八重は「怪しさ爆発なのでぇす」と言う。確かに、生鮮食品を保存する為の冷蔵庫や冷凍庫がたくさん並んでいた。
「食堂街も怪しいのでぇす。でも、あれは後のお楽しみでぇすよ」
八重はそう言い、ポケットの中の五百円玉二枚と千円札二枚を確認する。草間に貸してもらった、という名義で貰ったお金だ。当初の予定より少ない金額では在るが、有効に使わせてもらおうと企む。
「さてと、見てみるのでぇすよ」
そう言うと、八重は生鮮食品売り場をゆっくりと歩き始める。いたるところに冷蔵庫が配置されている為、一つ一つ覗き込むだけでも大変だ。
「お野菜しゃんは……トマトが美味しそうでぇすねー……いないでぇすね」
ぐいっと覗き込みつつ、八重は呟く。何故か目線は端というか、トマト。
「お肉しゃんは……美味しそうなカルビでぇすねー……いないでぇすね」
覗きこみながら、八重は呟く。目線はやっぱり、何故か別の場所。というか、カルビ。
「お魚しゃんは……おおー鯛なのでぇすねー……いないでぇすね」
見事な鯛に目を奪われつつ、八重は呟く。顔が綻び、目がきらきらと輝いている。食べていい、といわれれば、あっという間に食べつくしてもいいくらいだ。
(お刺身も美味しいのでぇすけれど、塩焼きもいいのでぇすよ)
思わず、じゅる、とよだれが出てくる。
「おっと、一応探さないといけないでぇすねー」
ぐい、と口の端をふき取り、八重はゆきんこ探しを再開する。美味しそうな食料たちは十分に魅力的ではあるのだが、今はそれに夢中になっている場合ではない。
「あ、アイスクリームなのでぇすよ」
アイスクリームの並んでいる冷凍コーナーを発見し、八重は駆けつける。ゆきんこはアイスキャンディが好物だといっていたのだから、アイスクリームの陳列された冷凍コーナーにはきっと興味があるはずだ。
八重は注意深く冷凍コーナー内を見つめ、並ぶアイスクリームの美味しそうなパッケージにうっとりする。
(一つくらいなら、食べてもいいと思うのでぇす)
八重はそう思い、アイスを選び始める。
とろりとした濃厚なバニラアイス、甘酸っぱいイチゴアイス、きんと冷たく甘い宇治金時、さくさくの皮がついたアイス最中、外にチョコのついたチョコアイスバーなどなど。
アイスと一口に言っても、たくさんの種類が並んでいる。
「これなんて、美味しそうなのでぇすよ」
八重はそう言いながら、スイカの形をしたアイスバーを手にする。その時、ふわ、という柔らかなものが手の甲に触れた。
例えるならば、丸まったモルモット。
毛のふわっとした丸い生き物が、八重が手にしたアイスバーの端にちょこんといたのである。
「もしかして、雪しゃんでぇすか?」
八重の声に、毛玉がびくりと身体を震わせた。
「大丈夫でぇすよー。雪しゃんを助けに来たのでぇす」
八重はそう言い、そっとゆきんこに手を伸ばす。が、ゆきんこはあっという間に冷凍コーナーから飛び出し、ぴょんこぴょんこと走っていく。
「あ、待って欲しいのでぇす!」
八重は慌てて追いかける。だが、ゆきんこは止まらない。そうして、あっという間にエスカレーターに乗って上の階へと行ってしまった。
「追いかけないといけないのでぇす」
B1Fに登っていくゆきんこを見つめ、八重は呟く。そうして、手にしたままのアイスバーを持ってレジへと並んだ。
草間から得た千円札を出し、更なる五百円玉を手にする。
「早く追いかけないといけないでぇすね」
そのためには、手にしたアイスを食べなくては。
八重は早速、パッケージの袋を開けるのだった。
●B1F:土産物や和洋菓子
朔実は、皆と別れてすぐB1Fへとやってきた。ゆきんこが好きだという、アイスキャンディを購入する為だ。
「ついでに、食べる分も買っとこ」
クーラーボックスを肩から提げ、朔実はにこっと笑う。ゆきんこの為のものは、クーラーボックスの中に入れておけばいい。
(美味しいかどうかも味見してみないと)
B1Fは土産物や和洋菓子を売っているのだから、きっと美味しいアイスキャンディも売っているはずだ。イートインもあるかもしれない。
「ついでに持ってきてみたけど、使うかな?」
クーラーボックスとは別に持っている鞄の中を、ひょいっと覗き込む。中には、折りたたみ式の網が入っている。
ジョイント式になっている、虫取り網だ。
「カッパはもう着ちゃってるからいいけど、虫取り網も準備しとかないと」
もしかしたら、いきなりゆきんこに当たるかもしれない。その為に、こうして見かけを気にしつつもカッパを着、アイスキャンディを買いに行っているのだから。
朔実はきょろきょろと辺りを見回す。和菓子の方にも、洋菓子の方にも、さらには土産物の方にまで、アイスキャンディが売られている。フルーツ系からアンコ、宇治、果てはシャーベットなんてものまである。
「うーん、いろんな種類があるなぁ」
和菓子と洋菓子で違うのはさることながら、店が違うだけでも大分違うアイスキャンディが売られている。一つに絞るのが、勿体無いくらいだ。
「目移りしちゃうな。どれもうまそうだしさっ」
朔実は呟き、店に置かれている冷凍コーナーを見て歩く。
そうしていると、一軒の店が目に入る。和洋どちらの菓子もおいてある店で、アイスキャンディには「昔ながらの」という文字がある。
朔実は冷凍コーナーの中を覗き込む。定番のバニラ、イチゴ、レモン、それに抹茶があった。
「四種類なら、全部一本ずつ買っていくか」
戸を開け、一種類ずつ手にする。ついでに、バニラをもう一本追加して。
(これは、俺の分っ)
にっと笑い、レジへと持っていく。値段を言われ、金額を支払う。
「持ち帰りですか?」
店員の問に頷くと、保冷剤をつけてくれた。朔実は「あ」と口を開く。
「保冷剤、多めにつけてもらいたいんだけど」
「ああ、いいですよ」
ちらりと朔実のクーラーボックスを見ながら頷く。持ち歩くのならば必要だろう、と納得したのだろう。
会計を済ませ、アイスキャンディをクーラーボックスに入れる。
「これ食べたら、網を組み立てるかー」
朔実はバニラのアイスキャンディの袋を開けながら、呟く。
(直接掴むと、俺の体温とかで溶けそうだしさ。だったら、網でこう……)
「捕ったー! みたいな」
ぽつり、と呟く。アイスキャンディを虫取り網に見立て、ぶんぶん、と軽く振りながら。
――ぱく。
朔実が一口目を楽しもうとした瞬間、ふわふわした毛玉がそれを奪った。
「えっ」
突然の出来事に半ば呆然としていると、目線の先に毛玉がいた。ぷるぷると軽く震えている辺り、アイスキャンディを食べているのかもしれない。
朔実のアイスキャンディの、上部分がなくなっているのだから。
「も、もしかして、雪ちゃん?」
朔実の問い掛けに、毛玉はびくりと身体を震わせた。多分、当たり。
「うわっ、マジでふわふわじゃんっ! どうしようっ」
まだゲットする為の虫取り網をセットしていない。迂闊に手で触れば、溶けてしまうかもしれない。
上手く触ることなく、クーラーボックスの中に入れなくては。
「ほ、ほらほら雪ちゃん。アイスキャンディもあるし、こっちおいでー」
朔実はそう言いながら、クーラーボックスの蓋を開ける。そうして、ひらひらとアイスキャンディを振りながら雪を呼ぶ。
だが、雪はじりじりと後ずさりし、ぴょんぴょんと飛びながら勢いよく逃げ出した。
「あ、待って待って!」
慌てて追いかけると、雪は何かをぺしょりと朔実に投げつける。
冷たい。雪の塊だ。
反射的に腕で顔をかばうと、雪の向かう先から「ぴんぽーん」という音が聞こえる。
「上へ参ります」
エレベータだ。
朔実は慌ててそれに乗ろうとしたが、無情にもエレベータの扉は閉まってしまった。
「……カッパ、着てて良かった」
気持ちイーけど、と呟きながら、エレベータの階数表示を見る。
エレベータはものすごい勢いで、上の階へと向かっていっていた。
●10〜11F:食堂街
シュラインは、皆と別れてからすぐに11Fの食堂街にやってきた。
「やっぱり、涼しい場所に移動するはずですものね」
ボックスから出てすぐ移動する場所、と考えると、冷房具合や好物を考えると地下と言う考えもあった。だが、上に向かった可能性も否定できない。
(フェアをやっている階のすぐ上は、食堂街ですもの。アイスを扱っている店も多いし)
食堂街が賑わうのは、主に食事時だ。それ以外は足を休める為に喫茶店代わりとして利用する人が大半で、人気もそんなには無い。人気が無い事はつまり、冷房の効き易い。
シュラインはぐるりと11Fを見て回る。和食や洋食の、割合落ち着いた雰囲気の店が多い。デパートらしく、値段もそれなりにいい。
(武彦さんだったら、渋い顔をしそうね)
レストランのディスプレイを見て、シュラインは苦笑する。草間と一緒にきたら、桁が一つ違う、と言いだしそうな気がしてならない。
「今は、雪ちゃんね」
シュラインは呟き、自動販売機を見つけて近寄る。自動販売機近くの物陰に、そっといるかもしれない。人見知りだと言っていたから。
「雪ちゃん?」
そっとしゃがみ込み、声をかける。だが、返事も姿もない。
(ここにはいないみたい)
シュラインは立ち上がり、再び歩き始める。まだ時間が早いからか、開店準備をしている店が殆どだ。
その時、開店準備をする従業員の会話が聞こえた。
「あ、なくなってる」
「何が?」
「はたき。昨日、ここに忘れてたんだよね、誰かが」
その従業員はそう言って、きょろきょろと店先を見つめる。だが、すぐに「誰かが納めたのかな」と言って店内に戻っていった。
シュラインは「はたき?」と呟きながら、店員が見ていた辺りを見る。そこにはメニューの一つがディスプレイしてある場所で、本物そっくりのカキ氷が飾ってあった。
色鮮やかな、練乳のかかったイチゴのカキ氷が。
「カキ氷? はたき?」
まさか、とシュラインは呟く。
ゆきんこは、ふさふさした毛玉だと聞いた。両掌に乗るくらいの、小さな毛玉だと。一見したら、はたきにも見て取れるかもしれない。
「やっぱり、雪ちゃんはここにいたんだわ」
シュラインは思わず足早になる。人になれていないのだから、もしも人に出会ったらあっという間に逃げていってしまうだろう。
(染藤くんも言っていたけど、攻撃したらいけないし)
突如、何も無いところから雪や水が現れたら、軽いパニックが起こるかもしれない。そうすれば、ゆきんこはあっという間に捕らえられ、最悪溶けてしまうかもしれない。
(それだけは気をつけないと)
早く見つけてやらなければ。
シュラインは注意深く見回し、11Fにはいない事を確認してから足早にエスカレータを降りる。食堂街は11Fだけではなく、10Fもある。むしろ、こちらの方がゆきんこのいる確率は高いとシュラインは見ていた。
フェア会場に近い上、店が気軽に入れる喫茶店のようなものが多い。
「やっぱり、雰囲気が変わるわね」
上品そうな11Fの食堂街と比べ、10Fはファミリー向きといえた。食堂のような大きなものや、リーズナブルな値段のメニューが並んでいる。
勿論、ゆきんこのすきそうな冷たい食べ物も。
シュラインは同じように人気のないような、冷たい場所を見つけては声をかけていく。時計をちらりと見ると、昼食時間が迫っていた。
「このままだと、人が増えそうだわ」
早く見つけないと、と呟きながら、シュラインはゆきんこの姿を探す。すると、エレベータの方から「ちーん」と音がする。
「10階、食堂街でございます」
声と共に、人が降りてくる。
「やっぱり、来ちゃったわね」
シュラインがエレベータを降りてくる人たちをぼんやりと眺めていると、視界の端に何かが映った。
ふわふわの、白い毛玉。
ぱっと見、はたきと間違えられそうな掌サイズ。
「まさか……雪ちゃん?」
毛玉はぴょんぴょんと飛びながら、どこかへと向かう。シュラインは慌ててそれを追いかける。
「そうだわ、魔法瓶」
魔法瓶をあけ、コップ部分に入れてきた手作りアイスを入れる。それを手にして、早足でゆきんこを追いかけていく。
「雪ちゃん」
レストランのディスプレイに向かっていたと思われるゆきんこは、シュラインの問い掛けに、ぴたり、と動きを止めた。くるり、と振り返り、じっとシュラインを見つめる。
「雪ちゃん、お母さんが心配しているわよ」
シュラインが優しく問いかけると、雪はびくびくと身体を震わせた。警戒しているのかもしれない。
「雪ちゃん、ほら。アイスよ」
コップをそっと差し出す。すると、雪はじりじりと近寄って来たかと思うと、素早い動きでコップの中の一つをさっと取り、あっという間にシュラインの後ろに着地する。
「雪ちゃん?」
シュラインは、慌てて振り返る。雪は口と思われる部分にアイスを放り込み、あっという間に下りのエスカレータに乗る。
ゆっくりと下降していく、雪。
「ああん、もう」
コップの中に残っているアイスを再び魔法瓶の中に戻し、シュラインは雪を追いかける。
エスカレータの先には、フェアが開催されていた。
●9F:ひんやり北の国からフェア〜博物館エリア〜
蘭は皆と別れた後、9Fの催し会場にやってきていた。ゆきんこが間違って詰められてきた原因の場所である。
「まずはここから調べるのー」
蘭はそう言って、9Fを歩き始める。9F全体がフェア会場になっており、大きく2つに分かれていた。
一つは食べ物を扱っている屋台等、もう一つが動植物の見本や本物の雪と氷の置かれている博物館的な場所。
「ええと、本物の雪と氷を持ってくる時に、間違われたの」
蘭はそう呟くと、会場案内図に目をやる。高い位置にあったので、爪先立ちになりながら。
「良かったら、使いますか?」
「ありがとうなのー」
店員に地図を渡され、蘭はにこっと笑う。店員もつられて、にこ、と笑い返した。
蘭は貰った地図を見て「ええと」と呟く。蘭の目指す「本物の雪と氷」の項目を見つけ、きょろきょろと見回す。
「あ、あそこなのー」
場所を見つけ、蘭はとてとてと足早に向かう。近づくにつれ、どこかひんやりした風が吹いてくるような気がする。
「冷たいのー」
冷え冷えとした空気に、蘭は思わず呟く。巨大な氷とたくさんの雪に、圧倒されそうだ。
それはどうやら、触っても良いようだった。蘭は恐る恐る氷に触れる。ひやっとした温度に、思わずぴくりと手を引っ込めてしまう。
雪の方は、ふわっとした触感だった。こちらはすぐ溶けるので、あまり触らないように、との注意があった。
「凄いのー」
蘭は感心し、はっと気付く。雪と氷に夢中になってしまっていたが、ここには遊びに着たのではない。ゆきんこを探しにきたのだ。
「ゆきんこさん、いるのー?」
氷の後ろに向かって、話しかける。が、返事はない。
「誰かに聞いてみたほうがいいかもしれないのー」
蘭はそういうと、辺りを見回す。そこにプランターに入っているラベンダーを見つけた。
「ラベンダーさん、聞きたいことがあるのー」
蘭の問いに、ラベンダーがゆらゆらと揺れた。元はオリヅルランである蘭は、植物達と話すことが出来るのだ。
「ゆきんこさん、何処に行ったか知らないのー?」
ラベンダーたちは、そよそよと揺れた。見たけれど、人に怯えてあっという間にどこかに行ってしまったのだというのだ。
「どこに行ってしまったのー?」
うーん、と悩みながら蘭は尋ねる。すると、一株のラベンダーが、そういえばエレベータの方へと向かっていた、と教えてくれた。
「エレベータってことは、何処の階に行ったか分からないのー?」
蘭が尋ねるが、ラベンダーたちは口をそろえて分からないと言った。いや、植物だから口があるかどうかは別にして。
「困ったのー」
蘭が言った瞬間、ラベンダーが蘭を呼ぶ。後ろと言われて振り向くと、白っぽい毛玉がエスカレータからぴょんぴょんと降りてきていた。
「ゆきんこさん?」
慌てて追いかけようとするが、あっという間にどこかへ行ってしまった。
「行っちゃったの……」
蘭は呟き、再び地図を見る。すると、食べ物のエリアに「北のアイスキャンディ」という店を発見した。
ゆきんこがこの階に来て向かうとしたら、自分がいる氷と雪のあるところか、好物であるアイスキャンディのあるところだ。
「もしかしたら、ここかもしれないのー」
蘭がそう言った瞬間、鐘が鳴った。
皆で一旦集合しようと言っていた時間だった。
●9F:ひんやり北の国からフェア〜食べ物エリア〜
再び、皆が集合した。それぞれが得た情報を、交換し合う。
まず、B2Fで八重が目撃。雪はエスカレータに乗ってB1Fへ行き、朔実のアイスを奪い、今度はエレベータに乗り込む。エレベータで降りた10Fでシュラインが目撃。差し出したアイスを食べ、エスカレータで降りていったのだという。
「それで、蘭くんはエスカレータで降りてきた雪ちゃんを見たのよね?」
「そうなのー」
シュラインの問に、蘭は頷く。
「それなら、まだこの9Fにいる可能性が高いな」
うんうん、と朔実が頷きながら言う。すると、八重が「なら」と言い、食べ物エリアをびしっと指差す。
「あの場所にいるのは、間違いないのでぇす!」
八重の言葉に、皆がこっくりと頷く。そうして、揃って食べ物エリアへと向かった。
食べ物エリアは、ゆきんこの好きなアイスキャンディだけを売っているわけではない。いくら、うに、かにと言った、北国ならではの海産物や、北国らしく牛乳や芋、とうもろこしと言ったものもある。
「おいしそうなのでぇす!」
八重はそう言いながら、店を見る。美味しそうな匂いが、鼻をくすぐる。
「駄目よ、八重ちゃん。今は先に雪ちゃんを捕まえないと」
シュラインにやんわりとたしなめられ、八重は「分かったのでぇす」と渋々頷く。周りから流れてくるいい匂いたちは、拷問のようだ。
「そうそう、雪ちゃんさえゲットしたら、あとは皆でアイスでも食べようぜっ」
「賛成なのー。アイス、おいしいのー」
朔実の提案に、蘭が賛成する。
そうしているうちに、一番雪がいそうなアイスクリーム屋に到着する。四人はそっと店の中を覗きこむ。
「あ!」
四人の声が重なる。アイスキャンディの入っているボックスの隅に、白くて小さな毛玉がいたからだ。
「あれは、雪しゃんなのでぇすよ!」
「そうね、間違いないと思うわ」
「いたのー良かったのー」
八重とシュライン、蘭が口々に言う中、朔実が「それじゃあ」と言って網を構える。
「アイスを、誰かが買うだろ? そうして出てきたら、俺がこれで」
朔実の提案に、皆は顔を合わせる。
「それじゃあ、八重ちゃんがアイスを買いましょう。私と蘭くんは、ふたりで雪ちゃんが別の所に行かないようにしましょう」
シュラインが提案すると、蘭が「分かったのー」と頷く。
「網の方にいくように、ゆーどーするの」
「アイスを買うのは、任せるでぇすよ!」
八重がにっこりと笑う。妙に嬉しそうだ。
こっくりと頷きあい、八重が店に並ぶ。
「バニラとー、イチゴとー、メロンとー、チョコとー、バナナを下さいなのでぇす」
八重が注文すると、店員が「はい」とにこやかに応対し、アイスキャンディの入っているボックスを開ける。
すると、毛玉がびくりと震えた。いきなり開いた戸に、驚いたようだ。
毛玉はぴょんとはね、そのまま飛び出した。
「蘭くん、行ったわよ」
「はいなのー」
シュラインの声に、蘭は毛玉の行こうとする方向に立ちふさがる。毛玉は慌てて逆方向に逃げようとしたが、そちらにはシュラインが立ちはだかっていた。
「雪ちゃん、逃げたら駄目よ」
優しき声をかけるが、動揺した雪には通じない。ぴょんぴょんと飛びながら蘭とシュラインのいない咆哮へと逃げる……!
――ばさっ!
「捕ったっ!」
見事網で捕まえ、朔実は嬉しそうに叫ぶ。思わず声が大きくなってしまった為、周りの客や店からの視線が集中する。
朔実は慌てて網から雪が出ないようにしてから、素早くその場から退散する。シュラインと蘭、それにアイスをかかえた八重も一緒に。
「雪ちゃん、もう大丈夫よ」
シュラインが網の中に話しかける。網の中で、もごもごと雪が動いた。
「溶けずにすんで、良かったのー」
蘭はそう言って、にこにこと話しかける。網の中で、雪が恐る恐る皆を見回す。
「手荒な真似しちゃって、ごめんな?」
網を持ったまま、朔実が謝る。網の中で、雪がきょとん、と小首を傾ける。
「いぢめたりしないでぇすよー。ほら」
八重はそう言って、雪に買ったばかりのアイスキャンディを差し出した。イチゴ味の、柔らかな薄紅色のアイスキャンディ。
網の中に入れてやると、雪は嬉しそうにそれを食べた。皆はほっと息をつき、朔実が持って動いていたクーラーボックスの中に入れてやった。もう、雪は逃げなかった。
「それじゃあ、みんなで食べるのでぇすよー」
八重はそう言い、皆に買っていたアイスキャンディを配った。それを揃って、皆で食べた。勿論、雪も一緒に。
デパート内の冷たい風が、とろり、とアイスキャンディの表面を溶かした。
●草間興信所
アイスキャンディを食べた後、シュラインの判断で、デパート内の宅急便業者にすぐクール宅急便で雪を送ることにした。クーラーボックスには、たくさんのアイスキャンディをつめた。シュラインが作ってきたアイスや、朔実が買ったアイスキャンディ、それにその後みんなで購入したアイスも一緒に。
「暑さに負けないで、頑張ってね。雪女さんにもよろしくね」
蓋を閉める直前、シュラインが言う。雪はこくこくと頷く。
「もう間違って捕まったら駄目だぜ? 危ないからなっ」
にっと笑いながら朔実が言うと、雪は照れたように毛を震わせた。
「一緒に食べたアイスキャンディ、美味しかったのー。また一緒に食べたいのー」
蘭がにこにこと言うと、雪もこくこくと頷いた。
「たくさん楽しんだでぇすか? せっかくきたんだから、楽しんで帰るといいでぇすよ」
八重が言うと、雪は嬉しそうに震えた。
「それじゃあ、またね」
「またなっ」
「またなのー」
「またでぇすよ」
それぞれが挨拶をすると、雪はこくこくと頷いた。そうして、クーラーボックスはそのままクール宅急便で送られたのだった。
草間興信所に帰ってきた四人は、冷房のない草間興信所で、それぞれが団扇であおいでいた。
「そりゃ良かったなー。無事に送れて」
ばたばたと激しく団扇であおぎながら、草間が言う。
「ここにつれてこなくて良かったぜ。クーラー、使わないのかよ?」
暑い、と呟きながら言う朔実に「仕方ないだろ?」と草間が言う。
「帰ってきたら、壊れてたんだから。今、零が電気屋に修理をかけあってる」
「かけあってるってー?」
蘭の問に、草間は渋い顔で「修理代だ」と答える。
「まあまあ、武彦さん。これで、雪女さんから報酬をもらったら修理できるじゃない」
シュラインの言葉に、草間は頷きながらも「しかし」と呟く。
「今が暑い。だから、後払いができるようにしたいんだよな」
「全く、草間のおぢちゃは駄目でぇすね。アイスでも食べて涼を取るでぇすよ」
八重はそう言い、冷凍庫からアイスキャンディを取り出す。シュラインが草間と零にお土産に、と買って帰ったものだ。
「おい、それは俺のだろうが」
「たくさんあるからいいのよ」
咎める草間に、シュラインが苦笑気味に諌める。
「そうでぇすよ。けちけちしないでぇすよ」
八重はそう言いながら、皆にアイスキャンディを配る。
「暑い時は、冷たいものがおいしいのー」
蘭は嬉しそうに袋を開ける。
「そうそうっ。やっぱり、夏はアイスだよな」
朔実も袋からアイスを取り出しながら、同意する。
「けちけちといえば……お前、俺が貸した金」
「いただきますでぇすよ!」
草間の口に、八重がアイスキャンディを突っ込んだ。草間は思わず「うっ」と呻き、口いっぱいの冷たさに絶句した。
皆、それを見て笑う。笑いながら、自らの持っているアイスキャンディを口へと運んだ。
草間興信所の熱で、少しだけ溶け始めている、アイスキャンディを。
<無事に北国へと宅急便が運ばれ・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1009 / 露樹・八重 / 女 / 910 / 時計屋主人兼マスコット 】
【 2163 / 藤井・蘭 / 男 / 1 / 藤井家の居候 】
【 6375 / 染藤・朔実 / 男 / 19 / ストリートダンサー(兼フリーター) 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「ゆきんこ宅急便」にご参加いただきまして、有難うございます。
今回は個別行動しつつも共通文章になっております。時間の流れとテンポを考慮した結果ですが、えらく長いノベルになってしまいました。いかがでしたでしょうか?
シュライン・エマさん、いつもご参加いただきまして有難うございます。魔法瓶に自作のアイスとは。雪も大喜びだと思います。
ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、再びお会いできるその時迄。
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