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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


お仕事頑張る

「白昼堂々、やらかしたね」
 事件現場を見て麻生 真昼が頭をかきながら呟く。
 焦げたような地面、近くの建物の壁。
 立ち入り禁止のロープの外には野次馬も集まってきている。
「小さい爆発が起きたみたいになってるなぁ。こりゃ誤魔化すのも一苦労だ」
 事件跡がただの放火とは思えない上に、結構な数の目撃者までいる。
 IO2も事件を揉み消すのに苦労する事になるだろう。
「良いところ、頭のよろしくない人間が起こした悪戯、ってところで落ち着くんだろうかね」
 常識で説明できない事にも、適当な理由をくっつければ何も知らない人々は勝手に納得してくれるものだ。
 だが、結局の所、そういう情報操作は麻生の仕事ではないので無視する事にする。
「僕らは僕らの仕事をしなきゃね」
「……わかっています」
 焦げ跡の近くでしゃがんでいたユリが立ち上がる。
 その目には明らかな怒りが見て取れた。

***********************************

 目撃者の情報に寄れば、この辺りを歩いていた男が突然紙を取り出し、それが光った瞬間に爆発が起こったのだという。
 最初は大道芸か何かだと思ったらしいが、その爆発による被害者を見てただ事ではないと思ったそうだ。
 今回の件はおそらく、被害者が出た符の事件。
 それだけで、ユリのハラワタは煮えくり返る。
「……絶対に捕まえて後悔させてあげます」
「やる気満々だね。任せても大丈夫かな?」
「……冗談に付き合うほど余裕はありませんよ」
 ツカツカと歩き始めるユリに、麻生も慌てて付いていった。

***********************************

「ああ、うん。じゃあ貴方は大丈夫なのね? なら良かった」
 藤田 あやこは、事件現場の近くまで来ていた。
 現場近くの露天商に自分の服を卸していたので、事件の事を聞きつけて心配で様子を見に来たのだ。
 だが、その露天商は現場から少し離れた場所でその爆発をただ傍観していたという。
 人にも商品にもほとんど被害は無く、全く心配ないようだった。
「でもなんなんですかね、あの爆発?」
「さぁ、私は今来たばっかりよ? 何もわからないわ。……でも少し気になるわね。ちょっと聞き込みでもしてみようか」
 好奇心に駆られたあやこは、丁度目の前を通りかかった少女と男性を引き止めた。
「ちょっとそこの二人、聞きたいことがあるんだけど、良いかしら?」
「……後にしてください。私たち、今急いでるんです」
 なんともつっけんどんな返答。答えた少女からはにじみ出る怒気が感じて取れた。
 彼女の横でニヘラ、と笑っていた男性が取り繕う。
「いや、すみません。この娘、ちょっと口が悪くて……」
「……勝手なこと言わないで下さい。私の口の悪さは時と場合と、話す相手によって決まります」
「じゃあ私はその『悪い口調で話す相手』にあてはまっちゃったわけ?」
 初対面の女の子にここまで邪険にされて、あやこも尋ねる相手を間違えたか、と頭を掻いた。
 その様子を見て、目の前の少女は自分の失態に気がついたようで、慌てて頭を下げる。
「……あ、すみません。初対面の方に失礼な事を……」
「まぁ、気にしてないけどさ。急ぎの用があるなら引き止めないよ。悪かったね」
 急に態度を改めた少女を見て、あやこは道を開ける。
 人にはそれぞれ事情がある。少女は恐らく今回の事件で、対人姿勢を間違うほど切羽詰っていたのだろう。
 それほど必死な相手から事件の事をほじくり帰すのも酷か、と思ったのだ。
 だが、少女はあやこの前で立ち止まる。
「……? どうしたの?」
「……貴女から少し魔力が感じられます。普通人ではないのですか?」
 どうやらあやこの魔力を感じ取ったらしい少女が、少し敵意を孕んだ視線を向けてきた。
 もしかしたら今回の事件の関係者だと思われたのかもしれない。
「……先程の事件について、幾つか質問しても良いですか?」
「ちょっと待った。私はここに今来たばかりだよ? 事件の事なんかほとんど知らないって。それに、何で貴女みたいな娘に訊かれなきゃなんないわけ?」
「……申し送れました、私、IO2エージェントのユリと申します。こちらは麻生 真昼。私と同じエージェントです」
「なるほど、それでただの野次馬らしからぬ雰囲気を纏ってたわけだ」
 ユリの見かけに騙される所だった。彼女の年恰好は中学生ぐらいか……。
 だが、今やアイドルだって低年齢化の時代。目の前の少女がエージェントでもおかしくは無い。
「まぁ良いわ。私も訊きたい事があるしね。商売仲間が巻き込まれかけて、黙っていられないわ」
 あやこも了承し、三人は近くの喫茶店にでも入る事にした。

***********************************

「……大体わかりました」
「疑いは晴れたかしら?」
 幾つか質問に答えた後、ユリは初めてあやこに笑顔を見せた。
「……すみません、疑うような事をして」
「いやいや、それも貴女たちの仕事でしょ? だったら仕方ない」
 あやこは特別気を悪くするでもなく、出されたコーヒーを一口啜った。
 そしてカップをソーサーに置いた後、ユリと真昼を交互に見て尋ねる。
「ねぇ、今回の事件、私にも手伝わせてくれないかな? さっきも言ったように、商売仲間が巻き込まれかけてるの」
「……ええ、協力してくれる方が多ければ心強いです」
 割と簡単に参加を認めてくれたユリに、隣の真昼は微妙に苦笑していた。
 確かにIO2の仕事となれば組織の仕事。軽々しく部外者を介入させてはいけないのだろうが……まぁ、その辺の事は知った事ではない。
 あやこは自分が出来る事をやるだけだ。

 と、そんな時、喫茶店に四人の客が見えた。
「……あ、」
 その四人を見て、ユリが小さく声を上げる。知り合いでもいたのだろうか。
 あやこが訊こうとした直前、彼女は勢いよく立ち上がり、四人の中でなんとも気分が優れない、というかインフルエンザにでもかかってそうな様子の男の子に駆け寄って行った。
「……こ、小太郎くん!? どうしたんですか、見るからに具合が悪そうですよ!?」
「ちょ、ちょっと悪い魔女に苛められてね……」
 具合が悪そうな男の子は小太郎、というらしい。ユリが必要以上に心配そうに様子を窺っている。
「失礼な。アレはいじめではなく、訓練です。苛めるとなるともっとひどいですよ」
「ヒィ!」
 小太郎の傍らに立つ少女が呟くように言うのに、小太郎は身をすくませていた。
 あの少女、見かけは幼く見えるが、魔法が余り得意でないあやこでも強大に感じるほどに魔力が強い。
 恐らく、あの外見も見かけだけだろう。
「……あんまり苛めないでやってください!」
「ユリに庇われる俺……。何か居た堪れない」
「精進するんだな、小僧」
 小太郎の頭に手を置き、情けないようなからかうような表情を見せた背の高い女性。
「と、とにかく座らない? ユリちゃんの方にも先客がいたみたいだし」
 そして最後にあやこを見て優しく笑いかけた女性がいて、四人。
 ユリがあまり警戒せずに近寄っている辺り、敵では無さそうだが……
「ねぇ、真昼って言ったっけ?」
「え、あ、はい」
「ユリとあの四人とどういう関係か知ってる?」
「仲間、というか、友人ですかね? 何度か仕事を手伝ってもらったりしてます」
「なるほど……そして、あの男の子はユリにとって特別、と」
 あれほどまで露骨にされれば、初対面のあやこにだってわかる。
「まぁ、敵ではないみたいだし、気を張る必要も無いか」

***********************************

「私は藤田 あやこよ。よろしく」
 全員が同じ卓につくという事で、わざわざ店の人に席替えまでしてもらい、とりあえず自己紹介を始める。
「私はシュライン・エマ。で、こっちが……」
「黒・冥月だ」
「黒榊 魅月姫です」
「……み、三嶋 小太郎……だ」
 一人だけ死に掛けているような気がするが、魅月姫が『大丈夫です、一応手加減はしておきましたし』というのでとりあえず無視する事に。
「この七人で犯人を追いかけるわけだけど、まずは幾つか訊いても良いかしら?」
「……はい。犯人の情報ですね」
 シュラインの尋ねに、ユリは用意していたようにメモ帳を開く。
「……目撃情報によると、随分若い男だったようです。見かけだけで言うなら中高生だったとか」
「そんな若い子が符を持ってたの? ちょっと意外ね。と言っても前回符を持ってたのも高校生だったか……」
 だとしても何時ぞや、符の大量回収によって作られた符のほとんどは回収できたという話だった。
 とすれば、もっと限られた人間にしか渡っていないと思ったのだが。
「ちょっと待ってもらって良い? まず、その符について訊きたいんだけど」
 あやこが挙手をして符の事を尋ねる。
 確かに、そこから説明する必要もあるだろう。
「……符とは去年の夏頃に捕まえた佐田 征夫と言う男によって作られた、色々な能力を封じ込めた紙のことです。それを使えば一般人でも異能を操ることが出来ます。恐らく、今回の件で犯人の男が持ってた紙も符でしょう」
「でも一応、少し前にIO2が大量に回収して、世に出回っているものはほとんど無くなったはずなんだけどね」
「それをどこかで手に入れた人間が、昼間の街中で爆発を起こした、と」
 ユリとシュラインの説明を受け、あやこが頷く。
「昼間の事件っていうのはこれが初めてだったの?」
「……あまり日中に犯罪を犯す人間はいませんね。符に関しても同様です。私たちの知らない範囲で行われていたら話は別ですが」
 空き巣やスリなどならまだしも、傷害事件を起こすとなれば、あまり人目にはつかれたくないはず。
 にも拘らず、今回こんな時間、あんな場所で事件を起こしたのは何故だろうか?
「色々考えられる理由はあるけど……」
「もっと大きな規模の術を行使するための下準備だったとか。いつもは大道芸に見せかけた儀式でコソコソ準備を進めてたんじゃないかしら? それに失敗して爆発が起きたとか」
 あやこが推測するのに、ユリは静かに首を振る。
「……符には一つの能力しか付与できません。儀式をする場合、それ用に別の符を用意するか、誰かその手の能力を有した人間が必要になるはずです。犯人の男がその能力を持っていたとしても、爆発符を使って儀式を行う理由がわかりません。今回の爆発とその手の儀式が関係しているとは考えにくいです」
「だが、大きな規模の術を行使するための下準備、というのは考えられるな」
 冥月が思案顔で口を挟む。
「その爆発させる符で、どれほどの効果を得られるのか、どの程度の爆発を起こせるのか試した、というのは考えられる。これ以降、その符を使って大規模な爆発を企てているというのはありえる話じゃないか?」
「それは私も考えたわ。でも大きな術を繰るとは目的が別だけど」
 シュラインも同意するが、少し違った意見を持っているようだ。
「競売用のデモンストレーションか何かの線も否定できないと思うの」
「競売用っつったって、符はほとんど回収されたんだろ? だったら売るほど残ってないんじゃないのか?」
 死にかけていた小太郎が、何とか体力回復してきたのか、相談に参加する。
「少ないからこそ、希少価値が出来て逆に売れる。そういう事も考えられるわ。珍しいものに飛びつく人間なんてゴロゴロ転がってるものよ」
 経営者であるあやこからの一言。それには誰も反論出来まい。
 レアリティが高ければ高値で売れる。それに内容も伴うとなれば需要も大きくなるだろう。
 だとすればシュラインの考えもあながち間違いではないかもしれない。
「まだ推測の域を出ないけど、犯人の行動理由は色々考えられるわね」
「……ですが、競売のデモだとしたら私たちIO2の目に届かない所でやるのではないでしょうか? リスクを背負ってまで昼間に街中で爆発を起こした真意がわかりません」
「多くの人目を引く、って考えれば昼間の行動も理解できなくは無いと思うの。……けど、やっぱり被害者まで出ると買い手が手を引きそうな感じもするか……。その線が外れならIO2への挑発とも考えられるわね。IO2というよりは、符を追う者への挑発かしら」
「……私たちにですか?」
 IO2内では危険性が低いと見られている符。
 それ故、符を探しているエージェントはほんの一握り。その中で一番活発に動いている代表格がユリだ。
 だとすれば犯人はユリを狙っている、というのも考えられる。
「もちろん、愉快犯やその場にいた人間を狙っての犯行、というのも考えられるわ。正直、今の時点で絞り込むのは難しいかも」
「だったら話は簡単です」
 今まで黙って店の紅茶を飲んでいた魅月姫が静かに言う。
「わからないんだったら、捕まえて吐かせれば良い。簡単なことです」
 とりあえず、悪い魔法使いはやる気満々だった。

***********************************

 喫茶店を出ると、ユリの携帯電話がなる。確認してみると画像が添付されたメールだった。
「……犯人の似顔絵、上がったみたいです」
「見せてみろ」
 冥月が手を出すのに、ユリは素直に従う。
 携帯を見た冥月はフムと唸る。
「なるほど、顔を晒しての犯行だったのか。かなり詳しく書かれてるな」
「……そうらしいですね」
「子供らしく、あまり考えずに悪戯程度のつもりでの行動ってのもありえる話になってきたわね……」
 シュラインが額を押さえてため息をつく。
 情報が足りなすぎて、相手の思考を予測しようにも考えられる節が多すぎる。
「この子の追跡は貴方たちに任せて良いかしら? 私はもう少し調べてみようと思うわ」
「私たちの方は構いませんが、何を調べるんですか?」
「この事件の色々。何か組織的な物が関わってるなら、今回の犯人を捕まえてもきっとトカゲの尻尾切りになるわ。背後関係なんかを調べておけば、ユリちゃんが符を追うのに手助けになるかと思って。何も無いならそれを確認するためにもね」
「……あ、ありがとうございます」
「良いのよ。半分自分のためだしね。頭に引っかかるものを放置したままじゃストレス溜まっちゃうじゃない」
 そう言って笑ったシュラインは一行から離れた。
「じゃあ僕もIO2のほうに戻って情報集めをしてくるよ。そっちは僕くらいいなくても大丈夫そうだしね」
 そう言って真昼も手を上げる。
 確かに、追跡チームはあやこ、魅月姫、冥月、ユリ、小太郎、と人数も多い。心配する事も無いだろう。
 それよりは真昼が情報集めをしてシュラインのサポートをしてくれた方が良いかもしれない。
「IO2からも追跡者が出てると思うし、その情報を後でユリさんに送るよ。そうすれば追いかけるのも楽になるだろう?」
「……極限的に珍しく気が利きますね」
「ひ、酷い言われようだな。これでも僕もエージェントだよ?」
「……いつもそうは見えないんです」
 ユリに苦言を吐かれ、苦笑しつつ真昼もこの場から離れた。

「じゃあ、この五人で犯人追跡ってことで良いかしら?」
 あやこが仕切りなおして確認する。一行はほぼ同時に頷いた。
「さて、どうやって追いかける?」
「犯人の顔が割れているなら、私の能力で目星をつけることは出来るが……似顔絵となると完璧に特定するのは難しいな」
 冥月が影を操って探ってみるが、軽く十人近くいる。携帯電話の画質というのもあだになったかもしれない。
「何かもう少し犯人を特定できるものがあれば良いんだが……」
「特定できる要素ねぇ……。じゃあその符の形とかどう?」
「あれば助けになるな」
 あやこの申し出に、冥月は頷いて答える。
 それを受けてあやこは近くに居た蛾を集め始めた。
「面白いですね。使い魔ですか?」
「いや、そんなモノじゃないよ。ただちょっと情報集めには役に立つから話を聞くってだけでね。一つ一つの情報は少ないけど、集まればそれこそ虫の報せになる」
 興味を示した魅月姫だが、あやこは笑って首を振る。
 その内にも蛾はチラホラ集まってきて、あやこに少しずつ少しずつ情報を教えていく。
 あやこはそれを適当な紙に符の形状とそれに書いてあったらしい文様を詳しく書き写した。
「はい、出来上がり」
「なるほど、大体わかった」
 冥月はそれを見て、容疑者を半数以下に絞る。残ったのは四人。
「大体絞り込めたな。すぐに追いかけるか?」
「……その前に私にもその符の情報、見せてくれませんか」
「良いわよ。はい」
 ユリはあやこからその紙を受け取り、書き写された符を見る。
 それを見たユリは一瞬驚いて声を失くす。
「どうした、ユリ?」
「……これ、佐田が作ったものとは違います」
「どういうことです?」
 ユリは何度もその紙を確認しながらも、変わらない事実に手の震えが止められないようだ。
「……あやこさん、これで間違いないんですか?」
「多分ね。私は蛾から聞いた情報をそのまま書き写しただけよ」
「……これが本当だとしたら、符に書かれている模様が違います。佐田の物はもっと簡単な模様でした」
「その佐田って人が作った符は、模様が全部一緒なの? 一枚も例外なく?」
「……私の知っている限り、別の模様のものは一つもありません。その模様自体に何か意味があるようで、それを変える事は恐らく無いと思います」
 IO2が調べてわかったことだが、模様に能力を定着させる力があったらしく、それを変えればすぐに符は普通の紙片に戻ってしまうらしい。
 それ故に、佐田が作った符は同じ模様をしているらしい。
 となると、この模様が違う符はなんなんだろうか?
「適当に複製した符という事か? だとしてもIO2に捕まえられている佐田が符を新たに作ることは出来ないだろうし、もしかしたらこれは……」
「……別の誰かに新しく作られた符……です」
 奥歯を強く噛み締めながら、ユリが怒気を抑えて抑えて、それでも抑えきれてない声で言う。
 符の回収に執着しているユリにとって、新たな符の出現は許せない事だろう。
「珍しいですね、ユリさんが怒るなんて」
 そんなユリを見て魅月姫が呟く。冥月もその様子に軽く驚いた。
 だが、その怒り方は多少問題な気がする。
 冥月は突然ユリの頬をつまみ、ムニムニと動かす。
「……な、なにふるんでふか!」
「まぁ落ち着け。怒るなとは言わんが、あまり気負うな。張り切りすぎると視野が狭まって死ぬぞ」
「……でも」
「でもじゃない。仕事は仕事だと割り切り冷静に動け。それが解決するための近道だ」
 ユリは『むぅ』と唸りながらも小さく頷く。
 それを見て冥月はやっとユリの頬をつまむのをやめた。
「それなら良し。……だがユリは小僧の悪いところばかり似るな」
「……そ、そうですか?」
「だんだん短気になってるんじゃないか? もっと気をつけたほうが良いぞ」
「……気をつけます」
 小太郎の方をチラリと見ながらユリが頷く。
 当の小太郎はというと、魅月姫との訓練が尾を引いているらしく、まだ本調子では無さそうだ。
 ボーっとしながら突っ立っている。意識があるかどうかすら怪しい。
「何をボーっとしてるんですか。気を抜いていると後ろからグッサリやられますよ」
「うぉ、魅月姫姉ちゃん!? ボーっとなんかしてねぇって。今はホラ、あれだよ。精神統一だって」
「その割には随分と頭が真っ白のようですが?」
「人の頭ン中勝手に見るな!」
 先程のイメージトレーニングの応用で軽く読心術も出来る魅月姫。
 小太郎はやはり、あまり何も考えていないらしい。いつもの事と言われればそうなのだが。
「そろそろ追跡に移りますよ。しっかりしないと、本当にグッサリやりますからね」
「なんで、魅月姫姉ちゃんがグッサリやるんだよ!?」
「私じゃなくて、私が放った使い魔が、です。今の所冥月さんの見つけた容疑者を袋小路に追い詰めている所ですが」
 冥月の影と情報を共有して使い魔を操っているらしい魅月姫。
 その工程も最早終わりに近いらしく、ほとんどが追い詰められているらしい。
「因みに、その使い魔の形って?」
「ガーゴイル型ですが、それを聞いてどうするんです?」
「背後には気をつけておこうと思って」
「無駄だと思いますけどね……」
 魅月姫が小さく笑うのを見て、小太郎は背筋を冷やし、これからは本当に気をつけようと誓ったらしい。

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「どうやら追い込みも終わったようです」
 帰って来た一匹のガーゴイルから報せを聞いた魅月姫が言う。
 それを聞いて冥月もあやこも頷いた。
「では早速捕まえようか」
「これから歩いてそこまで行くの? それならその使い魔にこっちまで追い込んでもらえば良かったじゃない」
「いや、歩いていく必要はない。私と魅月姫の能力でそこまで移動する事が出来る」
 冥月の言葉を聞いた魅月姫も頷いて答えるが、少し悪戯っぽく言葉を繋ぐ。
「私が手伝わなくても貴方一人で十分じゃないですか?」
「……それならそれでも構わんが」
 返答の片手間に、冥月が影を操って移動の為の穴を作り出す。
 数は四つ。容疑者一人につき一つずつだ。
「どれが辺りかはわからんが、この中に今回の犯人がいるはずだ。私と魅月姫とあやこで一つずつ。小僧とユリは二人で一つに入る。それで良いな?」
 冥月の提案に誰も反論しなかったので、それぞれ適当な穴に入っていった。

「へぇ〜、なかなか便利な力もあったものね」
 影の穴から出たあやこは、今起きた事に感嘆したいた。
「こんな力があるなら、電車だって自動車だって要らないわね」
 感心するのもそこそこに、あやこは簪を取り出す。
 目の前に、目標である男を見つけたからだ。
 その手には紙片。あやこが蛾から聞いた形状をしているところを見ると、話に聞く符と言うヤツだろう。
「大人しく捕まるなら良し、そうでないなら容赦しないわよ」
 そんなあやこの言葉への返事の様に、男は符を発動させて爆発を起こした。
 辛うじてあやこはそれを回避するが、どうやら相手は大人しく捕まるつもりはないらしい。
「あぁ、そう。それなら良いわ。丁度私も鬱憤晴らしを探してたところだもの。今回の事件、商売仲間が被害を被りかけて、私も結構怒ってるのよね」
 言葉通り、あやこの目に怒りの色が浮かぶ。
「覚悟しなさい、手加減なんかしてやらないわよ」
 あやこの手に持つ簪が、銀の霊剣と化す。

 武器を取り出したあやこに、しかし男は怖気づいた様子を見せなかった。
 見掛けが若い割りにそれなりに度胸があるのか……と思いきや。
 どうやら精神状態が危ないらしい。
「うう……うぉぉ」
 うつろな目をして、『うー』とか『あー』とか唸っている。
 見るからにヤバイ状態だ。普段ならあまり近付きたくない人種だが、今は仕方ない。
 あやこが戦意を新たにした時、男が先手を打って符を発動してくる。
 近くで起こった爆発に、あやこは素早く回避し、敵の様子を見る。
「この爆発、何処に起こるか予測するのは難しいかもね……」
 一応、この爆発への対応も考えていたが、これでは難しいかもしれない。
「でもまぁ、やるだけやってみますか!」
 そう呟いて、あやこは術を繰る。
 それは瞬く間に上空に雨雲を呼び寄せ、辺り一帯に豪雨を降らせるものだった。
 爆発が起こる範囲をもう少し限定できればあやこ自身がずぶ濡れになる事もなかったのだが、そんな事を今言ってもしょうがない。
「さて、これで爆発も起こせないでしょ? その符も濡れれば役に立たない、とかだったらなお良いんだけどね」
 あやこは剣を構え、男に近付く。
 男はそれに対して符を構え、爆発を起こそうとするが、雨に阻まれて小さな火すら起こらない。
 それでも気付かないのか、男は符を発動させようと必死になって符を掲げる。
「まずはそれから斬らせてもらうわよ!」
 あやこの持つ剣が一閃。その符を真っ二つに両断した。
 符を斬られて動揺したのか、男が始めてたじろぐ。
 だがそれも一瞬で、男は改めて腕を振り回し、無様にあやこに襲い掛かってきた。
「こうなればただの子供よね……。バッサリ斬りつけるのは気が引けるか」
 そう思ったあやこは銀の剣を元の簪に戻し、男の間合いから飛び退く。
 そして簪の代わりにオペラグラスを取り出す。当然、これもただのオペラグラスではない。
「死なない程度に威力を調整して……と」
 オペラグラスを覗くあやこ。その先には男がまだ暴れまわりながらあやこに近づいてきている。
 あやこは敵が近付いてくる前に、近くに漂っていた人魂を呼び寄せ、オペラグラスに装填する。
 そしてしっかりと男に狙いをつけて、その人魂をプラズマ弾に変えて発射した。
 大した回避行動もとらなかった男はその直撃を受け、そのまま気絶してしまった。
「なんだ、大した事無いわね。大袈裟な武装だったかしら」
 これなら素手でも何とか出来たように感じられる。
 とは言え、用心するに越した事はない、と自分を納得させ、気絶した男を担ぐ。
 とりあえずこの男をIO2に引き渡して、初めて仕事終了なのだ。ここに放置していくわけにも行くまい。
 だが、このまま運ぶのは骨が折れるな……と、考えていた時、目の前に影の門が開く。
 そこから現れたのは魅月姫だった。
「終わりましたか? では、その男を運びますので、こちらへ」
「ああ、助かったわ。私一人じゃ運ぶのに苦労しそうでさ」

***********************************

「そこまでだこの野郎!」
 影から飛び出た小太郎が目の前の男に向かって吠える。
 ユリも追いかけて影から姿を現し、男を見据える。
 二人に気が付いた男は間髪いれずに手に持っていた符を発動させた。
 巻き起こる爆発に、小太郎は咄嗟に光の壁を作り出して防御する。当然、その陰にユリも入れて一緒に守る。
「大丈夫か、ユリ?」
「……うん、私は平気」
 ユリの返答を聞いて、小太郎は一度頷き、再び男を見やる。
 爆発を起こす符を持っている時点で、この男は今回の件に関わりがあるはず。
 そう思った小太郎はすぐに男に飛びかかろうとするが、
「……待って!」
 ユリに止められる。
「なんだよ? やっぱりどこか怪我でもしたか!?」
「……そうじゃないの。向こうから足音が聞こえる。誰かこっちに来るみたい」
 それが仲間でないのは明らかだ。シュラインは興信所まで戻っただろうし、他のメンバーなら仕事が速すぎる。
 だとすれば、敵か、若しくは一般人だろうか。
「じゃあ、ユリはそっちを頼む。俺はこの野郎を倒したらすぐに行くから」
「……うん、わかった」
「危なそうだったらすぐに呼べよ」
「……うん」
 手短な作戦会議を終え、二人は自分のやるべきことを全うするために動き出した。

 小太郎が男の相手をしている間、ユリはこちらに向かっているらしい人間の元へ向かう。
 一般人ならこちらへ来ないように指示しなければ。敵なら……その時は戦う。
 そう覚悟を決めながら足音の聞こえる方へ向かうと、そこには一人の男性が。
「……すみません、ここから先へは……」
「あれ、ユリちゃん? こんな所で何をしてるんだ?」
「……え?」
 不意に自分の名前を呼ばれ、呆けるユリ。そしてよくよく相手の顔を確認すると、それはユリの記憶にもいる男性だった。
「……ほ、北条さん!?」
「そうだよ。俺だ。北条 直也(ほうじょう なおや)。懐かしいな、ユリちゃん、元気してたかい?」
「……え、ええまぁ」
 予想外の人物に出会って、多少テンパるユリ。
 とは言え、関係ない人物をここから先へ行かせるわけには行かない。
「……あ、あの北条さん、ここから先へは……」
「……この先に何かあるのかい? 俺に見られちゃいけないような、何かが」
「……っう、あるんです。だから……」
 口篭りながらも一応足止めするユリ。そんな彼女を眺めながら、北条はにこりと笑う。
「まぁ、無理に押し通ろうとは思ってないよ。それに君と久しぶりに会えたんだ。お話をするのも良い」
「……お、お話ですか。あまりそういう余裕は……」
「それもダメかい? 仕方ないなぁ……」
「……た、多分、もうすぐ小太郎くんが片付けてくれると思いますので」
 そこまで言ってユリは自分の失言に気付く。無関係の人間に小太郎の名と『片付ける』というヒントまで与えてしまった。
 慌てて口をつぐんだが既に遅く、北条は首を傾げてユリを見る。
「コタロウくん? ……それは、もしかして三嶋 小太郎くん?」
「……え? 知ってるんですか?」
「ああ、うん。まぁ、俺から一方的にだけどね。なるほど……君と小太郎くんが知り合いか。こりゃ、辛いな」
 何か難しい顔をし始める北条に、ユリは心配そうに尋ねる。
「……あ、あの、何か?」
「いや……そうだな。一つ答えてくれるかい?」
「……なんでしょう?」
「その小太郎くんとは、仲良いの?」
 そう尋ねられて、ユリは一瞬、昔の記憶をフラッシュバックのように見る。
 思い出されるのは、何故か優しく笑いかけてくれる北条の顔ばかりだった。
「……い、いえ。別に、そういうわけじゃありません」
 言った瞬間、ユリ自身でも何故そんな事を言ったのかわからなかった。
 ユリの中で小太郎がどんな存在であるか、自分が一番わかっているはずなのに、それを否定していた。
「うん、そうか。それなら良かった」
 そんなユリに笑顔を向けた北条は、そのまま踵を返して去っていった。
「……私、どうして……」
 自分が口にした言葉が、ユリは信じられなかった。
 自分にとって小太郎ってなんなんだろう。

***********************************

 一行が小太郎とユリの元についたのは、そんな時だった。
 冥月が物陰に隠れるようにして立っている小太郎を発見する。
「どうした、小太郎。ユリはどこだ?」
「……向こうにいる。男は片付けたから、後でユリに言っておいてくれ。俺は先に帰ってるから」
 淡々とそれだけ言うと、小太郎は本当にその場から去っていった。
 その場にいた誰もが、特に追う事も無く、小太郎の謎の行動も理解できるわけが無かった。
 小太郎のことは放っておき、とりあえずユリに報告だ。
「ユリさん、終わりましたよ」
「……あ、魅月姫さん。ありがとうございます。あやこさんも、冥月さんも……あれ、小太郎くんは?」
「先に帰るって言ってたわ。なんか、さっき別れる前とは様子が違ったみたいだけど。……喧嘩でもしたの?」
「……そんな事は無かったはずですけど……っあ! 小太郎くん、何処にいました!?」
「すぐそこの物陰だ。ユリの事を見てたみたいだが、本当に何かあったのか?」
「……き、聞かれたかもしれません……」
 見る見る青くなっていくユリの表情。
 もしかしたら、ユリの『小太郎なんかどーでもいい』的な発言を聞かれたのかもしれない。
「……た、大変です! 何とかしないと……でも……」
「どうした、ユリ? さっきからおかしいぞ?」
「お疲れですか? でしたら今日の所は帰って休んだ方が……」
「……いえ、良いです。気にしないで下さい。それでは私は容疑者たちを他のエージェントの人たちに引き渡してきます」
 そう言って会釈したユリはトボトボと歩いていった。
 残された一行はただ、首を傾げるしかなかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / 女子高生セレブ】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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 藤田 あやこ様、シナリオに参加してくださり、本当にありがとうございます! 『もっとマシなタイトル考えるんだった』ピコかめです。
 意外と真面目な内容になってしまった。予定ではもっと簡単な話だった気がするんだが……。

 色々と事件について推理してくださったみたいで、ありがたい限りであります。
 気合が入ったプレイングを見ると、こちらも頑張らねば、と思わされますよ!
 ただまぁ俺の場合、そのやる気を出しすぎて空回りしてしまわないか心配な事もありますが……。
 ではでは、気が向きましたら次回も是非!