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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


夏の名残に

 夏の終わりは物寂しい。
 それは海の水が冷たくなってきたり、咲いている朝顔の数が少なくなってきたり、夏休みの残りが少なくなるからかも知れない。
 賑やかなぶん、他の季節よりも去るのが寂しい季節。
 そんな事を思いながら、ナイトホークがいつものようにカウンターで煙草を吸っていると、カランと乾いた音でドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ……っと、いつもじゃない方の麗虎(れいこ)か」
 ドアから入ってきたのは、この店の常連である松田 麗虎(まつだ・れいこ)だった。ただいつもと違うのは、薄墨色の浴衣を着ていることだ。詳しく話すと長くなるが、麗虎は異界の花守でもあり、その時は人格が少し変わる。どうやら今もそのようだ。
「名残の祭りに来ないかと思って誘いに来た」
「名残の祭り?」
 それは花守の異界で行われる、夏を送るための祭りだという。どうやら祭りに行きたいとナイトホークが喚いて出したメールを見たようで、それで誘いに来たのだろう。
「出店もあるがどうだ?その日だけは店を出す者や客のために、道を空けておくつもりだが」
「誰が行ってもいいのか?」
「ああ。名残の祭りだからな」
 夏祭りには行きたいと思っていたし、丁度いい。話せば店を出したいという者もいるだろう。
「じゃあ、声かけてみるよ。俺は店出さないけどな」
「折角だから、賑やかに送ってやってくれ。夏の最後を締めくくるためにな……」

◆【過ぎゆく夏に】

「円ちゃん、いょーう」
「ちゃんはやめろ」
 名残の祭りがある当日。
赤羽根 円は、娘が住んでいるマンションの一階で、高校の同級生であった篁 雅隆と再会していた。
 今日は夏休みの宿題に追われている娘の代わりに、四神「朱雀」の巫女として邪なる者が現世に侵入してこないか監視するつもりだったのだが、娘が雅隆を誘って参加するつもりだったということで、こんな思いも寄らぬ再会を果たした訳で……。
「どこで知り合ったんだ?」
 普段ははんなりとした京都弁を話す円も、雅隆の前では標準語だ。子供が着るようなトンボ柄の浴衣の生地で出来た甚平を着た雅隆は、持っている巾着をぶんぶん振るとにぱっと笑う。
「あのねー、バンドのライブで知り合ったのぅ。円ちゃん、紅い浴衣似合うねぇ」
 何というか、世間は広いようで狭いと思う。多分待ち合わせ場所をマンションの一階にしたのも、娘が方向音痴だと言うことを知っているからなのだろう。
「まあいい。その『名残の祭り』がある異界とやらに向かおうか」
「お祭りなんだから、もっとぱーっと気抜いて行こうよぅ。宿題頑張ってるし、お土産も買ってあげないとねぇ」
 昔からそうだったが、雅隆は何処か人のペースを乱すところがある。無邪気な笑顔を見せられると、自分が気を張っていることが馬鹿馬鹿しくなるのだ。
「さー、円ちゃんとでぇとだでぇと」
「誰がデートだ」
 多分今日も、この調子で振り回されるのだろう。それでも監視の目は光らせなければならないが……。

◇【夏の忘れ物】

「アリスちゃん、出来ましたよ」
「ありがとうございます」
 香里亜の家で、アリスは浴衣を着付けてもらい二人で下の方に降りてきた。蒼月亭の前では浴衣を着たデュナスが待っている。
「お待たせしましたー」
「いえ、そうでもないですから安心して下さい」
 三人とも七夕の時と同じ浴衣姿だ。そうやって待っていると、冥月が普段着で現れる。
「香里亜は浴衣姿か……可愛いな」
 ポンと香里亜の頭に手を乗せ、冥月は香里亜の浴衣姿を褒める。だが、帯に刺さっている団扇を見て、小さな声でこう呟いた。
「……あの団扇だけ余計だ」
 その呟きはアリスには聞こえなかったようだが、デュナスには聞こえたらしい。
 だが、デュナスはそれを聞くと、そっと目を逸らし、ふぅと溜息をつく。もう、いつものことなので、流石に慣れた。
「どうかしましたか?」
 何となく流れる空気を察し、アリスがおずおずと言ったその瞬間……。
「黒薔薇様っ!お会いしたかったですわ」
 冥月の体に体当たりしてくる小さな影。ぎゅっとしがみついているのは若菜だった。一度助けたのが縁で懐かれているのだが、何故ここに……。
「香里亜っち、ちゅーっす。どう、葵ちゃんの浴衣姿?」
 桜のせいか。桜と一緒にいる葵は、浴衣姿が恥ずかしいのか、桜の後ろに隠れるように立っている。
「皆様こんばんは……」
「黒薔薇様、今日は一緒に回りましょうね」
 ちょっと待ってくれ。
 そう言いたいのは山々だが、自分を慕ってくれるのを無下には出来ない。するともじもじしている葵の背を桜がポンと押す。
「ほら、葵ちゃんも積極的に行かなきゃ」
 すると、躓いた葵が冥月の胸の中に倒れ込んだ。何というか、事が事なら修羅場の様相だ。
「えーっと、魅月姫さんは後からいらっしゃるってメールが来ましたから、皆さん行きましょうか」
 普通に話を進める香里亜に、アリスとデュナスが頷く。
「はい。私、お祭りは初めてなので楽しみです」
「アリスさんもですか。私も日本の夏祭りは初めてなんです」

「こんにちは、花守さん」
 武彦と共にやって来たシュラインは、花守である麗虎を武彦に紹介した。最初訳が分からず唖然としていたが、麗虎から花守であるときの記憶を現実では忘れていると聞き、それでやっと納得する。
「ああ、そう言うことか。ちょっと吃驚したけど、よろしくな」
「すまないな、面倒で。今日はゆっくり楽しんでいってくれ」
 そう言って麗虎はあやこがやっているジャズカフェバーに、シュライン達を案内した。ステージではあやこが黒髪に芙蓉の花を飾ったまま、歌を歌っている
「季節は移ろうもの……美しい思い出も、辛い思い出も、夏の蜃気楼の中に消えゆく……」
 あやこが歌う歌はしっとりと、異界に流れていった。目の前にはナントカ還元水珈琲と、ホワイトとブラックのポッキーが差し出される。
「そうそう、花守さんに葡萄の布を見てもらおうと思って持って来たの」
 たわわに実った艶のいい葡萄の布を見せると、麗虎はすっと目を細め近くにいたオオミズアオの店員に、酒を一杯頼む。
「俺が思っていたよりもいい具合に育ってるな。これなら秋の収穫も期待できそうだ」
「だったら良かったわ。ねえ、このお祭りにはお社かそれに見立てたものとかあるのかしら」
「いや、特にそんなのはないな。しいて言えばこの異界全体が社みたいなもんだ」
 コト、と酒が置かれると、布からしゅるっと蔓が伸び、早速ご相伴にあずかろうとする。武彦はその様子に苦笑しつつ、白いポッキーを口にした。それはこの夏の幸福な記憶を白い結晶にし、キラキラとその場に残していく。
「この中で一番飲兵衛なんじゃないか?」
 夏の幸せな記憶を手に取ると、武彦はくすぐったそうに笑った。

「いらっしゃいませー」
 琥姫は珊瑚や笹食えぱんだと一緒に、賑やかに客を呼び込んでいた。
「足りない物があったらボクに言うもふよ」
 簡単なサイズ調整に使う臨時の裁縫道具も、ぱんだが背中のファスナーからきっと出してくたり、物が飛ばないようにと、ぱんだが耳を文鎮代わりにしてくれていて、何だか楽しい。
「やっぱりこういう所って、出店が楽しいですね……」
 そこに通りがかったのは日和だった。色々と可愛らしい物が売っているが、そこにある可愛いニットの帽子に目がいく。
「如何ですか?」
 日和の目が留まったのを見て、珊瑚がにこっと笑った。
 帽子は男女お揃いだった。これをペアで被ったら、きっとこれからの季節も暖かいだろう……そう思っていると、琥姫が日和のアップにしている髪を乱さないようにそっと被せてくれる。
「すごくお似合いです。髪の毛下ろしても可愛く被れるし、コサージュとかリボンとかつけると印象も変わりますよ」
「そうですか?あまり帽子とか被らないんですけど、これは被りやすいですね」
 鏡に映る自分に日和が頬笑むと、横からひょいと笹食えぱんだが顔を出した。
「可愛いもふよ。似合う物を身につけると、物も喜ぶもふ」
 じゃあ、お揃いで買ってしまおうか。そう思って財布を出すと、琥姫は帽子一つ分の値段だけを請求する。
「あの、いいんですか?」
「すごくお似合いだったから、あげます。その代わり、お名前教えて下さい。私、神楽 琥姫っていうんです。琥姫ちゃんとか名前で呼んで下さいね」
「あ、私、初瀬 日和……です。ありがとうございます、琥姫さん」

 悠宇がやっているシルバーアクセの店にも、客がぼちぼちやってきていた。銀が珍しいのか、花たちが次々に訪れては珍しそうに眺めていく。
「円ちゃん、これお土産に良くない?」
「だからちゃん付けはやめろ」
 何だか賑やかな声に顔を上げると、そこには海水浴で出会った事のある雅隆が赤い浴衣を着た女性と店を見ていた。
「ドクター、こんばんは」
「あ、悠宇君だー。これ、悠宇君が作ったのぅ?」
「あ、はい……そちらの方は、ドクターのご家族ですか?」
 奥さんというのも何だかおかしな気がしたのでそう聞くと、二人は顔を見合わせた後、お互いを指さして笑った。
「ち、違うのー。僕の高校の頃の同級生で、円ちゃん」
「雅隆さんの友人の、赤羽根 円です。今日は娘の代わりに付き合うてるんです……これ、可愛いなぁ」
 円が手に取ったのは、革で作られたチョーカーの下に燻した薔薇のトップがついているものだ。悠宇自身もかなり出来が良いと思っている物の一つである。
「ありがとうございます」
 自分が作った物をいいと言ってもらえるのは、やはり嬉しい。すると雅隆が横からひょいとそのチョーカーを取り悠宇に渡す。
「これ下さいなー。円ちゃん、これ僕からお土産って伝えといてー」
「はいはい」
 何というか、やっぱり家族ではなくて友人だ。その様子に微笑みながら、悠宇はチョーカーを大事に手に取った。
 自分が作った物が誰かの手に渡る……店を出してみて良かった。
 心からそう思いながら、悠宇はチョーカーを小さな箱に入れてラッピングした。

「こういう出店のものって、すぐに食べたくなってしまうんですよね」
 陽彦はななしと歩きながら、出店で売っている甘い物を食べていた。べっこう飴にあんず飴、クレープや鯛焼きと、一日三食を甘味で済ませたこともあるくらいのとんでもない甘党である陽彦にとっては、夢のような場所でもある。
「ねえねえ、陽彦。あれ何?」
 ななしは出店に行くは初めてなので、終始興奮しきょろきょろしている。金魚すくいの出店があったので、陽彦を引っ張るとななしはわくわくとそれを見ていた。
「お兄ちゃん、やってみるかい?」
 気のよさそうな店主にそう言われ、ななしはじっと陽彦を見る。
「陽彦、一緒にやろう」
「えっ」
 やるのはいいが、ゲーム類は苦手だ。取りあえず二人分のお金を渡すと、ポイと呼ばれる紙が貼られた物を渡される。
「ボク金魚すくい初めてなんだけど、どうやってやればいいの?」
 仕方がない、ここは自分が教えようか。陽彦はそっとポイを水につけ金魚をすくおうとする。
「この紙で金魚を……」
 パシャ、という水音と共に金魚が跳ね、あっという間に穴が開いた。それに店主がニコニコと笑う。
「この紙で金魚をすくえばいいんだ。こうやって、そーっとな」
 上手な見本を見せて貰うと、ななしはすぐにコツが掴めたようで赤い金魚を三匹すくった。
「わーい、大事に飼うね。ね、陽彦」

 浩介が蒼磨とやっているタコ焼き屋は、タコが大きいということと焼いている健一の手際がいいせいで飛ぶように売れていった。
「健一殿はやはり手際がいいでござるな」
「手伝いで慣れとるしな。はい、いっちょ上がりや」
 やはり呼んできて正解だった。客が来る前に浩介に練習させてみたのだが、そんな手際の悪いタコ焼きを売るのは竜神として許せない。まあ鉄板に油を敷いたり、タコを入れたりするのは器用なのでいいとしても、返すのが下手では……。
「そう言うお前は、何でおにぎり食ってるんだよ」
「腹が減ったからでござるが」
 おにぎりは健一が持参してきたものだ。蒼磨も健一も人の五倍ぐらいは軽く食べる上に、更にデザートは別腹という食欲魔神だ。ここで売り物を食べられると儲けがなくなってしまうのだが、そのあたりは考慮してくれたらしい。
「ところで健一殿、家主への麗虎殿からのめぇるの文面、いつもと違うようだったのだが……この祭りの場とも関係があるのでござろうか」
 麗虎のことは浩介も気にしていたのだが、蒼磨も気にしていた。すると健一はおにぎりを手に取り少し考える。
「ああ、兄貴なんか別人格おるねん。兄貴気付いてへんけど」
「はい?」
 何だかそれは初耳だ。健一曰く、麗虎は時々「異界の花守」の人格になるらしく、その時のことを麗虎自身は覚えていないのだという。だが健一は「まあ、それも兄貴やし」と言う一言で済ませてしまっているらしい。
 ……心が広いというか、おおざっぱというか。
 そうしていると、勇輔が雅輝を連れて通りがかった。
「おっ、ここのタコ焼きは何か美味そうな匂いがするぜ」
 異界から邪な者が入らないようにと言いつつ、勇輔は雅輝を連れ食い物全制覇だと息巻いて、屋台めぐりをしていた。白のシャツに黒のパンツの省エネスタイルの勇輔に、浩介が思わず指を指す。
「もしかして、都知事の伊葉さんっすか?」
「あ、ほんまに伊葉知事や。タコ焼き食うてかへん?」
「おう。雅輝も食うか?どうせ飯食ってないんだろ」
 勇輔の後ろで、雅輝は少し笑って三人に会釈をした。きちっとしたスーツが育ちの良さを感じさせる。
「ええ、いただきます。さっきから色々な店を見てますけど、タコ焼きならきっとここの店が一番美味しいですよ」
「雅輝が言うなら間違いはねぇな。二つくんな」
 頬笑む雅輝に、蒼磨がふっと笑い箱を二つ差し出した
「当たり前でござる。それがし一番いいタコを捕って来たでござるからな……一つ五百円でござるよ」

 異界の祭りと言うだけあって、客は人間だけではないようだった。
 ナイトホークと一緒に祭りを回っている静は、鈴などが売っている小物屋を見て回る。
「ツリガネソウの鈴ですよ。他にも水仙の金盃銀台や、姫扇の扇子も如何ですか?」
 そう言って小物を売っているのは、紫苑の花の精だった。紫苑はにこやかに笑うと、小物を見ているナイトホークと静に、冷たいお茶を差し出す。
「ゆっくり見ていって下さいな。アマチャヅルのお茶です」
「ありがとうございます。頂きます」
 人間以外の者も来るとは聞いていたが、出店を出しているのもどうやら人間だけではないらしい。通りがかったジャズカフェバーでは蛾の妖怪達がダンスをしていたし、他にも祭りということで狐狸達も走り回っている。
「色んな人が来ているんですね」
「花守の異界だしな。でもこういうのは悪くないと思うよ」
 ナイトホークの言う通りだ。最初はちょっと驚いたが、皆悪い者ではないらしい。
 お祭りだし、色んな人と会いたい。そして話をしたい。
「……何年か前はこんな事、考えられなかったですけど……ね」
 照れくさそうにそう言うと、ナイトホークが静の頭をくしゃっと撫でる。
「それは俺も同じかな。ここ最近、少しは自分でも前に進もうかって気になってきたし……っと、紫苑のお姉さん、この鈴二つ別々に包んでくれないか?」
「はいよ。少々お待ち下さいな」
 その鈴は小さく澄んだ音がした。ナイトホークはそれを受け取ると一つを静に渡す。
「ほら。今日の記念に」
「えっ、いいんですか?」
 静が戸惑っていると、紫苑が鈴を転がすようにコロコロと笑う。
「お兄さん、私の別名は『思い草』と呼ばれるんですよ。思い出を忘れないように……ってね。その鈴が、その一つになってくれれば、私達も幸せなんです」
 大丈夫。
 今日のことは忘れない。
「ありがとうございます。大事にしますね」
 貰った鈴を、静は大事そうに両手に包み込んだ。

「ふぅ、やっと終わりました……」
 時空管理維持局からの緊急要請を片付けた魅月姫は、大急ぎで祭りの場に駆けつけた。多分、香里亜達は既に祭りを楽しんでいるのだろう。
 現場から直行し、そっと変身魔法を使い魅月姫は身だしなみを整えた。
 夏を送るための「名残の祭り」なのだから、黒地に大輪の朝顔がいくつかあしらわれた浴衣姿に髪は軽く結いあげて。急いではいるが、表面上はいつも通りに落ち着いて振る舞いつつ香里亜を探す。
「お嬢さんの探し人なら、あっちの広場の側で綿あめを食べていたよ」
 ふい……と、すれ違った狐の面を被った花の精が、指を指した。魅月姫はそれに軽く礼をする。
「ありがとう。でも、どうして私が人を探しているって分かったの?」
「そっちのお嬢さんが、人待ちだったのが伝わってきたからだよ。早く行っておあげ」
 その狐の面を被っているのは女性のようで、髪に朝顔の髪飾りをさしていた。もしかしたら朝顔の精なのかも知れない。
 カラコロと早足で下駄を鳴らして歩くと、言われた通り香里亜達は広場で綿あめを分け合って食べていた。魅月姫が来たことに香里亜が気付いて大きく手を振る。
「魅月姫さん、来てくれたんですね」
「ええ。遅くなって御免なさい」
 今からでも、充分祭りは楽しむことは出来る。これまでの遅れを取り戻す様に、香里亜にくっつくと、魅月姫は少し頬笑んで屋台に目を向けた。
「さあ、みんな行きましょう」

☆【夏の欠片】

 あやこのジャズカフェバーは、無料ということもあって客で賑わっていた。
 今はホームレス時代の黒歴史を燃やすマジックをしていて、野宿したり妖怪を食ったりの苦いシーンの写真の燃え滓が、金粉になりあたりに舞い散る。
「一夏の思い出を写真にしませんか?嫌な思い出を燃やす花火のカクテルや、海に行けない人に潮騒の幻を見せるお酒もあるわよ」
 酒やコーヒーのお供は、今夏の苦い記憶を溶かしてしまうブラックチョコのポッキーに、幸福な記憶を白い結晶にするホワイトチョコのポッキー。お好きな人には人魂の空揚げや刺身等の下手物。
 そうやって客を呼び込んでいると、屋台の物を買い込んだ勇輔が雅輝と一緒にやって来た。
「海に行けない人に潮騒の幻を見せる酒か……それ二つくんな。雅輝も海なんか行ってる暇なかっただろ」
「そうですね。今日は仕事を忘れて少し幻に浸るのもいいかも知れません」
 ここで落ち着いて何か食べながら飲むのもいい。灰皿を手元に寄せて勇輔が火を付けたときだった。
 酒も飲んでないのに幻か?
 別れた妻である円が、赤い浴衣でこっちに向かってきている。その横にいるのは……浮かれた甚平を着た雅輝の兄の雅隆で……。
「あれー、雅輝来てたんだ」
 いや、これは現実だ。しっかりその顔を見ると、円も吃驚したように勇輔を見ている。
「あら、勇輔。あんた何でこんな所におるの?」
「それはこっちの台詞だ」
 どうやら雅隆と円は高校の同級生で、本当は一緒にやってくるのは娘だったらしい。それを聞き、勇輔はじとっと雅隆を見た。可愛い一人娘を、こんな浮かれた男にはやれない。
「あの子とはライブで知り合うた言うてましたから、そんな怖い目で睨まんといて」
「清く正しいお友達だよぅ。雅輝も何か言ってよー」
 そんな様子に雅輝はクスクスと笑いながら来た酒を飲む。潮騒の幻聴が耳に優しい。
「大丈夫ですよ、勇輔さん。兄さんの守備範囲は還暦以上上限なしですから」
「そっちの方がタチ悪りいだろ」
 まあ、それはそれで置いておこう。可愛い一人娘に危害が及ばなければいいのだ。そう思いながら酒を飲もうとしたときだった。
「あっ」
 雅輝と自分が同じ物を飲んでいるのを見て、円と雅隆が同じ物を頼む。そして勇輔が止める間もなく二人はそれを飲み……。
「兄さん、お酒弱いのにどうして確かめずに飲むのかな」
 一口飲んだ雅隆が、いきなり机に突っ伏して寝た。そして円は関西弁で勇輔に絡み始める。
「あんなぁ、ウチも今東京に来とるねん。忙しいのは分かっとるけど、ちょっとは家族水入らずで会おうとか思わんの?」
 しまった。円は酒を少しでも口に入れると、関西弁で絡み上戸になる。思い切り絡まれている勇輔が助けを求めるように雅輝を見ると、雅輝はあやこを呼び止めこんな事を言っている。
「すいません。何かかける物があったらお借りできますか?兄が寝てしまったので」
「いいわよ。うちのモスカジのジャケットなら……って、もしかして、篁コーポレーションの社長さん?私、モスカジ社長の藤田 あやこです」
 暢気に名刺交換何かしているし。
「なあ、勇輔。聞いとるの?」
「聞いてる聞いてる」
 東京に来ているのなら、会う機会は作ろうか。
 勇輔は溜息をつきながら、潮騒の幻と円の絡み酒に身を委ねた。

◆【夏の名残】

「はっ、現実?」
 円がふと気付くと、目の前では勇輔が一人酒を飲んでいた。
「よう、気付いたか」
「篁兄はどうしはりましたの?」
 どうやら雅隆も自分と同じ……いや、もっと酒に弱いらしく、飲んでそのまま寝てしまったのだという。起こしても起きなかったので雅輝は秘書の冬夜を呼び、抱えさせて帰っていったらしい。
「うち、弟さんの方に迷惑かけとらんかったやろか」
 確かめてから飲むべきだった。勇輔は残っていた酒を飲み干し小さく溜息をつく。
「……だから放っておけねぇんだよ」
「何か言いはった?」
「いや。お前ずっと俺に絡んでて、雅輝の奴、ずーっとそれ見て飲んでた。ほら、帰るぞ」
 そう言って差し出された手に、円はきょとんとし。
「帰るって、どこに」
「酔いが残ってたら困るだろ。送ってってやっから」
 こういう時、自分はどうしたらいいのだろう。
「……おおきに」
 円は俯いて、小さく礼を言うのが精一杯だった。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧・発注順)◆
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2778/黒・冥月(へい・みんゆぇ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
7088/龍宮寺・桜乃(りゅうぐうじ・さくの)/女性/18歳/Nightingale特殊諜報部/受付嬢
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵兼研究所事務
3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生

7061/藤田・あやこ(ふじた・あやこ)/女性/24歳/女子高生セレブ
6541/神楽・琥姫(かぐら・こひめ)/女性/22歳/大学生・服飾デザイナー
6047/アリス・ルシファール/女性/13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者
4682/黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女
6725/氷室・浩介(ひむろ・こうすけ)/男性/20歳/何でも屋
6897/辰海・蒼磨(たつみ・そうま)/男性/256歳/何でも屋手伝い&竜神

6589/伊葉・勇輔(いは・ゆうすけ)/男性/36歳/東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫
7013/赤羽根・円(あかばね・まどか)/女性/36歳/ 赤羽根一族当主
6984/宵屋・陽彦(よいや・はるひこ)/男性/20歳/薬屋店主
6989/田中・ななし(たなか・ななし)/男性/13歳/記憶喪失中の狐人間
5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」

◆ライター通信◆
「名残の祭り」へのご参加ありがとうございます。水月小織です。
今回は「◆個別」「☆グループ」「◇集合」と、分けさせて頂きました。グループのパターンがかなりありますが、皆さんそれぞれお祭りを楽しんでいただけたらと思っています。
人数計算を間違ってまして、16人だと思っていたら17人+NPCで、結局七夕の時と同じになりましたが、賑やかに書かせていただきました。
大人数ですので、流石に全てのプレイングが反映できなくて申し訳ありません。

リテイク・ご意見は遠慮なく言って下さい。
参加して頂いた皆様へ、精一杯の感謝を。本当にありがとうございました。