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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


お仕事頑張る

「うぅ……うぅぅ」
 興信所で小太郎が唸る。
 対面に座っている黒榊 魅月姫はなんとも涼しい顔をしているが、なんだろう、この奇妙な風景。
「訓練の方は順調か?」
 少し離れたところで本を読んでいた黒・冥月が話しかけるが、小太郎の方は返答の余裕すらないようで唸り続けている。
「順調どころか、楽勝すぎてつまりませんよ」
「うぅ……うぉぉぉ」
「これ、何をやってるの?」
 恐る恐る、距離を取りながらシュライン・エマが小太郎と魅月姫を見て尋ねる。
 それを聞いて冥月が答える。
「イメージトレーニングをしてるらしい。まぁ、普通のイメトレとは行かないみたいだがな」
 今現在、魅月姫と小太郎はイメージトレーニングに近いモノで訓練していたのだ。
 偶にはこういうのもありだろう、と冥月も何か文句を言う事も無く、小太郎は魅月姫にイメージ世界でボッコボコにされているらしい。
「早いところ止めを刺してやってくれ。唸り声がうるさくてたまらん」
「そうですね。そろそろ終わりにしましょうか」
「ぐぉ!」
 魅月姫が、特に何をするでもなく、小太郎はカエルの鳴くような声でうめいてグッタリと背もたれに首を預けた。
「な、なんで、イメトレで、こんなに、疲れるんだよ……」
 息も切れ切れの小太郎がグッタリしながら尋ねると、魅月姫はが事も無げに答える。
「イメージトレーニングと言っても、ペナルティが無ければ本気にならないでしょう? だから、それなりに精神ダメージを与えるようにしておきました」
「そんな、余計な事を……!」
「とりあえずここまでにしておきますが、復習は自分でしておきなさい。記憶はすぐに薄れますから」
「よ、容赦ねぇな……!」
「お疲れ様。何か飲み物でも出しましょうか。零ちゃん、手伝って」
「はい」
 シュラインと零は台所へ入っていった。

 今の所、武彦の姿は見えず、どこかに外出しているらしい。
 興信所にいるのは五人だけだった。
 シュラインと零は人数分の紅茶を淹れると全員に配り、それぞれ席について一息つく。
「あぁ、平和ねぇ」
 ポカポカの紅茶を啜りながら、シュラインが呟く。
 そんな言葉の余韻が消えた時、ふと、魅月姫、冥月、零が窓の外を見やる。
「……ん? どうしたの、みんな?」
「いつまでも平和、というわけにはいかないみたいだな」
 シュラインの尋ねに、冥月が答える。どうやらまた何か起きたようだ。
 魅月姫は対面に座って未だグッタリしている小太郎の脛を蹴り上げる。
「ぐぉ!」
「喜びなさい、出番ですよ」
 弁慶の泣き所を蹴られて、声を失くした小太郎を他所に、魅月姫はゆっくりと紅茶を飲み干す。
「今日も美味しかったわ。ありがとう、零さん」
「いえ、お粗末さまです。お出かけですよね。皆さん、お気をつけて」
 零はお盆にカップを載せ、各々外出の準備を始める一行に笑顔を向けた。

***********************************

「白昼堂々、やらかしたね」
 事件現場を見て麻生 真昼が頭をかきながら呟く。
 焦げたような地面、近くの建物の壁。
 立ち入り禁止のロープの外には野次馬も集まってきている。
「小さい爆発が起きたみたいになってるなぁ。こりゃ誤魔化すのも一苦労だ」
 事件跡がただの放火とは思えない上に、結構な数の目撃者までいる。
 IO2も事件を揉み消すのに苦労する事になるだろう。
「良いところ、頭のよろしくない人間が起こした悪戯、ってところで落ち着くんだろうかね」
 常識で説明できない事にも、適当な理由をくっつければ何も知らない人々は勝手に納得してくれるものだ。
 だが、結局の所、そういう情報操作は麻生の仕事ではないので無視する事にする。
「僕らは僕らの仕事をしなきゃね」
「……わかっています」
 焦げ跡の近くでしゃがんでいたユリが立ち上がる。
 その目には明らかな怒りが見て取れた。

***********************************

 目撃者の情報に寄れば、この辺りを歩いていた男が突然紙を取り出し、それが光った瞬間に爆発が起こったのだという。
 最初は大道芸か何かだと思ったらしいが、その爆発による被害者を見てただ事ではないと思ったそうだ。
 今回の件はおそらく、被害者が出た符の事件。
 それだけで、ユリのハラワタは煮えくり返る。
「……絶対に捕まえて後悔させてあげます」
「やる気満々だね。任せても大丈夫かな?」
「……冗談に付き合うほど余裕はありませんよ」
 ツカツカと歩き始めるユリに、麻生も慌てて付いていった。

***********************************

「で、何があったのか、聞いても良いかしら?」
 町を歩いている間に、シュラインが前を歩く魅月姫と冥月に尋ねる。
「何も無い道端で爆発、だな。恐らく能力絡みの事件だろうな」
「符に近い魔力も感じられましたから、ユリさんも動いているでしょう。現場近くに彼女の魔力も感じます」
 二人の答えにシュラインは首をかしげた。
「こんな昼間に事件? 随分思い切った事するわね。何か目的があるのかしら」
「理由を推測する事はできるが、まずはユリに話を聞いてからだな」
「そうですね。彼女がいるのはもうすぐそこの喫茶店です」
 魅月姫が指差す先の喫茶店、窓際の席にチラリとユリの影が見えた。

「……あ、」
 一行が喫茶店に入った瞬間、ユリがこちらを見て立ち上がっていた。
 彼女の隣には彼女の仕事仲間である麻生 真昼がいて、対面には見知らぬ女性がいた。
 何か話をしていたようだが、ユリはこちらにすごい勢いで駆け寄ってきた。
「……こ、小太郎くん!? どうしたんですか、見るからに具合が悪そうですよ!?」
「ちょ、ちょっと悪い魔女に苛められてね……」
 どうやら魅月姫にボッコボコにされた小太郎が心配だったらしい。確かに見た目はかなりひどい表情だ。
「失礼な。アレはいじめではなく、訓練です。苛めるとなるともっとひどいですよ」
「ヒィ!」
 身を縮める小太郎を見て、ユリはドサクサ紛れに小太郎を軽く抱き寄せた。
「……あんまり苛めないでやってください!」
「ユリに庇われる俺……。何か居た堪れない」
「精進するんだな、小僧」
 弟子の無様な姿は師匠として悲しむべきだろうが、今のユリが小太郎を抱きしめてる図はとりあえず写真に押さえておいた。
 これを見せて後でからかってやるのも面白い。
「と、とにかく座らない? ユリちゃんの方にも先客がいたみたいだし」
 ドタバタし始めた喫茶店の出入り口。
 そろそろ店員の目も痛くなり始めてるので、シュラインがこの場を収める。
 チラリと見えた、ユリと話していた女性も怪訝そうな様子でこちらを見ているし、あまり騒ぐのも良くない。
 そこに居たみんなも特に異論を唱えるでもなく、全員席に向かった。

***********************************

「私は藤田 あやこよ。よろしく」
 全員が同じ卓につくという事で、わざわざ店の人に席替えまでしてもらい、とりあえず自己紹介を始める。
「私はシュライン・エマ。で、こっちが……」
「黒・冥月だ」
「黒榊 魅月姫です」
「……み、三嶋 小太郎……だ」
 一人だけ死に掛けているような気がするが、魅月姫が『大丈夫です、一応手加減はしておきましたし』というのでとりあえず無視する事に。
「この七人で犯人を追いかけるわけだけど、まずは幾つか訊いても良いかしら?」
「……はい。犯人の情報ですね」
 シュラインの尋ねに、ユリは用意していたようにメモ帳を開く。
「……目撃情報によると、随分若い男だったようです。見かけだけで言うなら中高生だったとか」
「そんな若い子が符を持ってたの? ちょっと意外ね。と言っても前回符を持ってたのも高校生だったか……」
 だとしても何時ぞや、符の大量回収によって作られた符のほとんどは回収できたという話だった。
 とすれば、もっと限られた人間にしか渡っていないと思ったのだが。
「ちょっと待ってもらって良い? まず、その符について訊きたいんだけど」
 あやこが挙手をして符の事を尋ねる。
 確かに、そこから説明する必要もあるだろう。
「……符とは去年の夏頃に捕まえた佐田 征夫と言う男によって作られた、色々な能力を封じ込めた紙のことです。それを使えば一般人でも異能を操ることが出来ます。恐らく、今回の件で犯人の男が持ってた紙も符でしょう」
「でも一応、少し前にIO2が大量に回収して、世に出回っているものはほとんど無くなったはずなんだけどね」
「それをどこかで手に入れた人間が、昼間の街中で爆発を起こした、と」
 ユリとシュラインの説明を受け、あやこが頷く。
「昼間の事件っていうのはこれが初めてだったの?」
「……あまり日中に犯罪を犯す人間はいませんね。符に関しても同様です。私たちの知らない範囲で行われていたら話は別ですが」
 空き巣やスリなどならまだしも、傷害事件を起こすとなれば、あまり人目にはつかれたくないはず。
 にも拘らず、今回こんな時間、あんな場所で事件を起こしたのは何故だろうか?
「色々考えられる理由はあるけど……」
「もっと大きな規模の術を行使するための下準備だったとか。いつもは大道芸に見せかけた儀式でコソコソ準備を進めてたんじゃないかしら? それに失敗して爆発が起きたとか」
 あやこが推測するのに、ユリは静かに首を振る。
「……符には一つの能力しか付与できません。儀式をする場合、それ用に別の符を用意するか、誰かその手の能力を有した人間が必要になるはずです。犯人の男がその能力を持っていたとしても、爆発符を使って儀式を行う理由がわかりません。今回の爆発とその手の儀式が関係しているとは考えにくいです」
「だが、大きな規模の術を行使するための下準備、というのは考えられるな」
 冥月が思案顔で口を挟む。
「その爆発させる符で、どれほどの効果を得られるのか、どの程度の爆発を起こせるのか試した、というのは考えられる。これ以降、その符を使って大規模な爆発を企てているというのはありえる話じゃないか?」
「それは私も考えたわ。でも大きな術を繰るとは目的が別だけど」
 シュラインも同意するが、少し違った意見を持っているようだ。
「競売用のデモンストレーションか何かの線も否定できないと思うの」
「競売用っつったって、符はほとんど回収されたんだろ? だったら売るほど残ってないんじゃないのか?」
 死にかけていた小太郎が、何とか体力回復してきたのか、相談に参加する。
「少ないからこそ、希少価値が出来て逆に売れる。そういう事も考えられるわ。珍しいものに飛びつく人間なんてゴロゴロ転がってるものよ」
 経営者であるあやこからの一言。それには誰も反論出来まい。
 レアリティが高ければ高値で売れる。それに内容も伴うとなれば需要も大きくなるだろう。
 だとすればシュラインの考えもあながち間違いではないかもしれない。
「まだ推測の域を出ないけど、犯人の行動理由は色々考えられるわね」
「……ですが、競売のデモだとしたら私たちIO2の目に届かない所でやるのではないでしょうか? リスクを背負ってまで昼間に街中で爆発を起こした真意がわかりません」
「多くの人目を引く、って考えれば昼間の行動も理解できなくは無いと思うの。……けど、やっぱり被害者まで出ると買い手が手を引きそうな感じもするか……。その線が外れならIO2への挑発とも考えられるわね。IO2というよりは、符を追う者への挑発かしら」
「……私たちにですか?」
 IO2内では危険性が低いと見られている符。
 それ故、符を探しているエージェントはほんの一握り。その中で一番活発に動いている代表格がユリだ。
 だとすれば犯人はユリを狙っている、というのも考えられる。
「もちろん、愉快犯やその場にいた人間を狙っての犯行、というのも考えられるわ。正直、今の時点で絞り込むのは難しいかも」
「だったら話は簡単です」
 今まで黙って店の紅茶を飲んでいた魅月姫が静かに言う。
「わからないんだったら、捕まえて吐かせれば良い。簡単なことです」
 とりあえず、悪い魔法使いはやる気満々だった。

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 喫茶店を出ると、ユリの携帯電話がなる。確認してみると画像が添付されたメールだった。
「……犯人の似顔絵、上がったみたいです」
「見せてみろ」
 冥月が手を出すのに、ユリは素直に従う。
 携帯を見た冥月はフムと唸る。
「なるほど、顔を晒しての犯行だったのか。かなり詳しく書かれてるな」
「……そうらしいですね」
「子供らしく、あまり考えずに悪戯程度のつもりでの行動ってのもありえる話になってきたわね……」
 シュラインが額を押さえてため息をつく。
 情報が足りなすぎて、相手の思考を予測しようにも考えられる節が多すぎる。
「この子の追跡は貴方たちに任せて良いかしら? 私はもう少し調べてみようと思うわ」
「私たちの方は構いませんが、何を調べるんですか?」
「この事件の色々。何か組織的な物が関わってるなら、今回の犯人を捕まえてもきっとトカゲの尻尾切りになるわ。背後関係なんかを調べておけば、ユリちゃんが符を追うのに手助けになるかと思って。何も無いならそれを確認するためにもね」
「……あ、ありがとうございます」
「良いのよ。半分自分のためだしね。頭に引っかかるものを放置したままじゃストレス溜まっちゃうじゃない」
 そう言って笑ったシュラインは一行から離れた。
「じゃあ僕もIO2のほうに戻って情報集めをしてくるよ。そっちは僕くらいいなくても大丈夫そうだしね」
 そう言って真昼も手を上げる。
 確かに、追跡チームはあやこ、魅月姫、冥月、ユリ、小太郎、と人数も多い。心配する事も無いだろう。
 それよりは真昼が情報集めをしてシュラインのサポートをしてくれた方が良いかもしれない。
「IO2からも追跡者が出てると思うし、その情報を後でユリさんに送るよ。そうすれば追いかけるのも楽になるだろう?」
「……極限的に珍しく気が利きますね」
「ひ、酷い言われようだな。これでも僕もエージェントだよ?」
「……いつもそうは見えないんです」
 ユリに苦言を吐かれ、苦笑しつつ真昼もこの場から離れた。

「じゃあ、この五人で犯人追跡ってことで良いかしら?」
 あやこが仕切りなおして確認する。一行はほぼ同時に頷いた。
「さて、どうやって追いかける?」
「犯人の顔が割れているなら、私の能力で目星をつけることは出来るが……似顔絵となると完璧に特定するのは難しいな」
 冥月が影を操って探ってみるが、軽く十人近くいる。携帯電話の画質というのもあだになったかもしれない。
「何かもう少し犯人を特定できるものがあれば良いんだが……」
「特定できる要素ねぇ……。じゃあその符の形とかどう?」
「あれば助けになるな」
 あやこの申し出に、冥月は頷いて答える。
 それを受けてあやこは近くに居た蛾を集め始めた。
「面白いですね。使い魔ですか?」
「いや、そんなモノじゃないよ。ただちょっと情報集めには役に立つから話を聞くってだけでね。一つ一つの情報は少ないけど、集まればそれこそ虫の報せになる」
 興味を示した魅月姫だが、あやこは笑って首を振る。
 その内にも蛾はチラホラ集まってきて、あやこに少しずつ少しずつ情報を教えていく。
 あやこはそれを適当な紙に符の形状とそれに書いてあったらしい文様を詳しく書き写した。
「はい、出来上がり」
「なるほど、大体わかった」
 冥月はそれを見て、容疑者を半数以下に絞る。残ったのは四人。
「大体絞り込めたな。すぐに追いかけるか?」
「……その前に私にもその符の情報、見せてくれませんか」
「良いわよ。はい」
 ユリはあやこからその紙を受け取り、書き写された符を見る。
 それを見たユリは一瞬驚いて声を失くす。
「どうした、ユリ?」
「……これ、佐田が作ったものとは違います」
「どういうことです?」
 ユリは何度もその紙を確認しながらも、変わらない事実に手の震えが止められないようだ。
「……あやこさん、これで間違いないんですか?」
「多分ね。私は蛾から聞いた情報をそのまま書き写しただけよ」
「……これが本当だとしたら、符に書かれている模様が違います。佐田の物はもっと簡単な模様でした」
「その佐田って人が作った符は、模様が全部一緒なの? 一枚も例外なく?」
「……私の知っている限り、別の模様のものは一つもありません。その模様自体に何か意味があるようで、それを変える事は恐らく無いと思います」
 IO2が調べてわかったことだが、模様に能力を定着させる力があったらしく、それを変えればすぐに符は普通の紙片に戻ってしまうらしい。
 それ故に、佐田が作った符は同じ模様をしているらしい。
 となると、この模様が違う符はなんなんだろうか?
「適当に複製した符という事か? だとしてもIO2に捕まえられている佐田が符を新たに作ることは出来ないだろうし、もしかしたらこれは……」
「……別の誰かに新しく作られた符……です」
 奥歯を強く噛み締めながら、ユリが怒気を抑えて抑えて、それでも抑えきれてない声で言う。
 符の回収に執着しているユリにとって、新たな符の出現は許せない事だろう。
「珍しいですね、ユリさんが怒るなんて」
 そんなユリを見て魅月姫が呟く。冥月もその様子に軽く驚いた。
 だが、その怒り方は多少問題な気がする。
 冥月は突然ユリの頬をつまみ、ムニムニと動かす。
「……な、なにふるんでふか!」
「まぁ落ち着け。怒るなとは言わんが、あまり気負うな。張り切りすぎると視野が狭まって死ぬぞ」
「……でも」
「でもじゃない。仕事は仕事だと割り切り冷静に動け。それが解決するための近道だ」
 ユリは『むぅ』と唸りながらも小さく頷く。
 それを見て冥月はやっとユリの頬をつまむのをやめた。
「それなら良し。……だがユリは小僧の悪いところばかり似るな」
「……そ、そうですか?」
「だんだん短気になってるんじゃないか? もっと気をつけたほうが良いぞ」
「……気をつけます」
 小太郎の方をチラリと見ながらユリが頷く。
 当の小太郎はというと、魅月姫との訓練が尾を引いているらしく、まだ本調子では無さそうだ。
 ボーっとしながら突っ立っている。意識があるかどうかすら怪しい。
「何をボーっとしてるんですか。気を抜いていると後ろからグッサリやられますよ」
「うぉ、魅月姫姉ちゃん!? ボーっとなんかしてねぇって。今はホラ、あれだよ。精神統一だって」
「その割には随分と頭が真っ白のようですが?」
「人の頭ン中勝手に見るな!」
 先程のイメージトレーニングの応用で軽く読心術も出来る魅月姫。
 小太郎はやはり、あまり何も考えていないらしい。いつもの事と言われればそうなのだが。
「そろそろ追跡に移りますよ。しっかりしないと、本当にグッサリやりますからね」
「なんで、魅月姫姉ちゃんがグッサリやるんだよ!?」
「私じゃなくて、私が放った使い魔が、です。今の所冥月さんの見つけた容疑者を袋小路に追い詰めている所ですが」
 冥月の影と情報を共有して使い魔を操っているらしい魅月姫。
 その工程も最早終わりに近いらしく、ほとんどが追い詰められているらしい。
「因みに、その使い魔の形って?」
「ガーゴイル型ですが、それを聞いてどうするんです?」
「背後には気をつけておこうと思って」
「無駄だと思いますけどね……」
 魅月姫が小さく笑うのを見て、小太郎は背筋を冷やし、これからは本当に気をつけようと誓ったらしい。

***********************************

「どうやら追い込みも終わったようです」
 帰って来た一匹のガーゴイルから報せを聞いた魅月姫が言う。
 それを聞いて冥月もあやこも頷いた。
「では早速捕まえようか」
「これから歩いてそこまで行くの? それならその使い魔にこっちまで追い込んでもらえば良かったじゃない」
「いや、歩いていく必要はない。私と魅月姫の能力でそこまで移動する事が出来る」
 冥月の言葉を聞いた魅月姫も頷いて答えるが、少し悪戯っぽく言葉を繋ぐ。
「私が手伝わなくても貴方一人で十分じゃないですか?」
「……それならそれでも構わんが」
 返答の片手間に、冥月が影を操って移動の為の穴を作り出す。
 数は四つ。容疑者一人につき一つずつだ。
「どれが辺りかはわからんが、この中に今回の犯人がいるはずだ。私と魅月姫とあやこで一つずつ。小僧とユリは二人で一つに入る。それで良いな?」
 冥月の提案に誰も反論しなかったので、それぞれ適当な穴に入っていった。

 魅月姫が影の穴から出ると、目の前ですぐに爆発が起きる。
 一応結界で防いだが、どうやらこれは魅月姫を狙った物ではなかったらしい。
 彼女の頭上から土くれが一つ、落ちてきた。
「これは……私の使い魔ですね」
 落ちてきたのはガーゴイルの焼けたもの。今の爆発が直撃し、機能を停止したらしい。
 ガーゴイルをそれほど弱く作ったつもりはない。あの符の威力が窺えた。
「私の使い魔を倒した事は評価できますが……どうやら貴方は少し普通じゃないみたいですね」
 魅月姫の視線の先、符を持った男は白目をむいていた。
 精神状態も安定しないのか、先程から『ううう』と唸り続けている。
 それに、幽かだが幻術に近い魔力も感じられる。
「どうやら貴方が犯人だったとしても、まだ裏になにかありそうですね」
 この男からその裏の事を訊こうにも、それも難しいかもしれない。
 魅月姫には彼の思考が全く読めなかったのだ。
 幻術の影響で、脳に異常が起きたのかもしれない。彼の頭の中は小太郎以上に真っ白だった。
「厄介な術をかけられたものですね……まったく」
 魅月姫は溜め息を一つつき、符を構えた男に対応する。

 拙い狙い。爆発は魅月姫の後方、数メートルのところで起こった。
 それは相手の狙いが悪かったわけではない。魅月姫が符の発動を邪魔したからだ。
 どうやら符の発動は術の発動に仕組みが似ているらしい。
 ちょっとジャミングの術をかけてやれば、相手の攻撃を逸らす事は簡単だ。
「どうやら、大して闘い慣れしているわけではなさそうですね」
 残念そうに呟きながら、魅月姫は男に向かって瞬速で距離を詰める。
 対応しきれなかった男は防御も間に合わず、魅月姫の正拳の直撃を受ける。
 相手から情報を引き出せる可能性も考えて、手加減しての一撃。
 まだ気絶するほどには至らないだろうから、ここで攻撃を休めるわけはない。
 強い衝撃を受けて前に倒れかかる男。その顔面に向けて、魅月姫の左ショートアッパーが炸裂する。
 あまり間を置かない内に右ハイキック。そして左掌底を男の腹にぶちこむ。
 吹っ飛んでいった男に追撃しようと、魅月姫が走り出しかけたところで、男の持っていた符が光る。
 咄嗟に防術を繰り、相手の爆発の位置を逸らす魅月姫。
 彼女の頭上、空高くで爆発が起きた。
「驚きましたね。まさかその状態から反撃してくるとは」
 吹っ飛ばされていた男はドサリ、と背を地面に強か打ちつけて倒れた。
 それでも反撃を忘れない根性だけは褒めてやっても良いかもしれない。彼が正気ならば、の話だが。
「う、うう……」
 起きあがった男は口から涎混じりに血を流していた。
 自我崩壊もここまで来ると重傷だ。本当に情報は聞き出せないかもしれない。
 恐らく、先程の反撃も自我崩壊か幻術によって痛みを忘れ、本能だけで反撃してきたのだろう。
「哀れね。一思いに殺してあげるのも良いですが、IO2に追われるのは面倒ですし、とりあえず早いところ捕まえてあげましょう」
 敵が術符を繰る前に、魅月姫が再び距離を詰める。
 符を持っていた右手首を捻り、肘の辺りから骨を折る。
 それによって男は符を取りこぼし、その隙に魅月姫が追撃を行う。
 右手首を掴んだまま相手に背を向け、左肘を相手の腹に決める。
 それによって軽く浮かび上がった敵の体に向け、敵の手首を離した右手で裏拳をいれる。
 更に高く浮かんだ敵の体。無防備なその腹に、魅月姫は両の手の掌底を食らわせた。
 まるであまり重くない等身大人形の様に、宙を舞う男。
 それに向けて、魅月姫は止めと言わんばかりに、指を鳴らして魔術を繰り、雷を呼び出して男にぶつける。
 大した雷ではないので、死んではいないだろうが、当分行動は出来まい。
 魅月姫は髪を払って一息ついた。
「後はIO2の仕事ですね……それにしても」
 感じられる符の魔力が幾つか増えている。
 それは他のメンバーのいる場所から感じられる。
「今回の符、もしかしたら予想以上に多いのでは……?」
 魅月姫は足元に落ちていた符を拾い上げて眺めながら呟いた。
「とりあえず、他の人の元にいきますか」
 言いながら術を操り、影の門を開く。目指すはあやこの元。移動手段として能力を使える冥月はまだ放っておいても良いだろう。
 移動を終えると、目の前には気絶している男を担いだあやこの姿が。
「終わりましたか? では、その男を運びますので、こちらへ」
「ああ、助かったわ。私一人じゃ運ぶのに苦労しそうでさ」

***********************************

「そこまでだこの野郎!」
 影から飛び出た小太郎が目の前の男に向かって吠える。
 ユリも追いかけて影から姿を現し、男を見据える。
 二人に気が付いた男は間髪いれずに手に持っていた符を発動させた。
 巻き起こる爆発に、小太郎は咄嗟に光の壁を作り出して防御する。当然、その陰にユリも入れて一緒に守る。
「大丈夫か、ユリ?」
「……うん、私は平気」
 ユリの返答を聞いて、小太郎は一度頷き、再び男を見やる。
 爆発を起こす符を持っている時点で、この男は今回の件に関わりがあるはず。
 そう思った小太郎はすぐに男に飛びかかろうとするが、
「……待って!」
 ユリに止められる。
「なんだよ? やっぱりどこか怪我でもしたか!?」
「……そうじゃないの。向こうから足音が聞こえる。誰かこっちに来るみたい」
 それが仲間でないのは明らかだ。シュラインは興信所まで戻っただろうし、他のメンバーなら仕事が速すぎる。
 だとすれば、敵か、若しくは一般人だろうか。
「じゃあ、ユリはそっちを頼む。俺はこの野郎を倒したらすぐに行くから」
「……うん、わかった」
「危なそうだったらすぐに呼べよ」
「……うん」
 手短な作戦会議を終え、二人は自分のやるべきことを全うするために動き出した。

 小太郎が男の相手をしている間、ユリはこちらに向かっているらしい人間の元へ向かう。
 一般人ならこちらへ来ないように指示しなければ。敵なら……その時は戦う。
 そう覚悟を決めながら足音の聞こえる方へ向かうと、そこには一人の男性が。
「……すみません、ここから先へは……」
「あれ、ユリちゃん? こんな所で何をしてるんだ?」
「……え?」
 不意に自分の名前を呼ばれ、呆けるユリ。そしてよくよく相手の顔を確認すると、それはユリの記憶にもいる男性だった。
「……ほ、北条さん!?」
「そうだよ。俺だ。北条 直也(ほうじょう なおや)。懐かしいな、ユリちゃん、元気してたかい?」
「……え、ええまぁ」
 予想外の人物に出会って、多少テンパるユリ。
 とは言え、関係ない人物をここから先へ行かせるわけには行かない。
「……あ、あの北条さん、ここから先へは……」
「……この先に何かあるのかい? 俺に見られちゃいけないような、何かが」
「……っう、あるんです。だから……」
 口篭りながらも一応足止めするユリ。そんな彼女を眺めながら、北条はにこりと笑う。
「まぁ、無理に押し通ろうとは思ってないよ。それに君と久しぶりに会えたんだ。お話をするのも良い」
「……お、お話ですか。あまりそういう余裕は……」
「それもダメかい? 仕方ないなぁ……」
「……た、多分、もうすぐ小太郎くんが片付けてくれると思いますので」
 そこまで言ってユリは自分の失言に気付く。無関係の人間に小太郎の名と『片付ける』というヒントまで与えてしまった。
 慌てて口をつぐんだが既に遅く、北条は首を傾げてユリを見る。
「コタロウくん? ……それは、もしかして三嶋 小太郎くん?」
「……え? 知ってるんですか?」
「ああ、うん。まぁ、俺から一方的にだけどね。なるほど……君と小太郎くんが知り合いか。こりゃ、辛いな」
 何か難しい顔をし始める北条に、ユリは心配そうに尋ねる。
「……あ、あの、何か?」
「いや……そうだな。一つ答えてくれるかい?」
「……なんでしょう?」
「その小太郎くんとは、仲良いの?」
 そう尋ねられて、ユリは一瞬、昔の記憶をフラッシュバックのように見る。
 思い出されるのは、何故か優しく笑いかけてくれる北条の顔ばかりだった。
「……い、いえ。別に、そういうわけじゃありません」
 言った瞬間、ユリ自身でも何故そんな事を言ったのかわからなかった。
 ユリの中で小太郎がどんな存在であるか、自分が一番わかっているはずなのに、それを否定していた。
「うん、そうか。それなら良かった」
 そんなユリに笑顔を向けた北条は、そのまま踵を返して去っていった。
「……私、どうして……」
 自分が口にした言葉が、ユリは信じられなかった。
 自分にとって小太郎ってなんなんだろう。

***********************************

 一行が小太郎とユリの元についたのは、そんな時だった。
 冥月が物陰に隠れるようにして立っている小太郎を発見する。
「どうした、小太郎。ユリはどこだ?」
「……向こうにいる。男は片付けたから、後でユリに言っておいてくれ。俺は先に帰ってるから」
 淡々とそれだけ言うと、小太郎は本当にその場から去っていった。
 その場にいた誰もが、特に追う事も無く、小太郎の謎の行動も理解できるわけが無かった。
 小太郎のことは放っておき、とりあえずユリに報告だ。
「ユリさん、終わりましたよ」
「……あ、魅月姫さん。ありがとうございます。あやこさんも、冥月さんも……あれ、小太郎くんは?」
「先に帰るって言ってたわ。なんか、さっき別れる前とは様子が違ったみたいだけど。……喧嘩でもしたの?」
「……そんな事は無かったはずですけど……っあ! 小太郎くん、何処にいました!?」
「すぐそこの物陰だ。ユリの事を見てたみたいだが、本当に何かあったのか?」
「……き、聞かれたかもしれません……」
 見る見る青くなっていくユリの表情。
 もしかしたら、ユリの『小太郎なんかどーでもいい』的な発言を聞かれたのかもしれない。
「……た、大変です! 何とかしないと……でも……」
「どうした、ユリ? さっきからおかしいぞ?」
「お疲れですか? でしたら今日の所は帰って休んだ方が……」
「……いえ、良いです。気にしないで下さい。それでは私は容疑者たちを他のエージェントの人たちに引き渡してきます」
 そう言って会釈したユリはトボトボと歩いていった。
 残された一行はただ、首を傾げるしかなかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / 女子高生セレブ】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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 黒榊 魅月姫様、シナリオに参加してくださり、本当にありがとうございます! 『もっとマシなタイトル考えるんだった』ピコかめです。
 意外と真面目な内容になってしまった。予定ではもっと簡単な話だった気がするんだが……。

 犯人をボッコボコにする前に小太郎をボッコボコにしたようで、お疲れ様です。
 それはさておき、いつもより『悪い魔女』っぽさに気をつけてみたつもりですが、どんなモンでしょうね。
 まぁ『悪い魔女』っぽさが増えるにつれて、何となく小太郎の苦労が増えている気がしなくも無いですが、彼も可哀想にw
 ではでは、気が向きましたら次回も是非!