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<東京怪談・PCゲームノベル>


診察室 “Letzt Nacht” **case.狐憑き


「……偉くデケェ病院だなァ……。」
 応接室へと通された天波・慎霰は上等な革のソファに腰掛けて部屋の内部を見廻した。
 置かれた調度品類は慎霰から観れば地味だと感じたが、決して安物では無い事は一目で解る。
「……、」
 が、直ぐに興味を無くし視線を逸らした処で扉をノックする音が響いた。
「御待たせしたね。……君が依頼を受けて呉れる天波慎霰君、かな。」
 声と共に現れた男性を振り返る。
「嗚呼、草間の紹介でな。」
 来て遣ったぜ、と云わんばかりの慎霰の姿勢に男性は僅か微笑んだ。
「此処の院長をしている秋乃侑里です、宜しく。」
 侑里は丁寧に名乗り、名刺を渡す。慎霰は其れを受け取ると挨拶も其処其処に本題を切り出す。
「で、狐ってのはどんな具合だ、」
「今の処目立った動きは無いね。偶にヒステリーを起こす位かな。」
「……ふぅん、」
 其の話を聞いて慎霰は少し安心した。
 彼自身、天狗と云う立場上何方かと云うと狐側の存在だと考えている為、力で以て無理矢理祓うのは成る可く避けたいと思っていたからだ。
 ――実の処、依頼を受ける前から此の狐の事は知っていた。
 其の存在は都市の妖怪間の噂に上り、慎霰は偶々其れを聞いていた。……内容は審議の定かで無い様々なモノだったが。
 兎角、人妖間のトラブル対応は天狗様の得意分野だ、とノリノリで“怪奇探偵”と呼ばれる草間・武彦から此の話を取って来た。
「宿主は宮島佐和子さん、十代の女性の方。今の処健康状態に問題は無い。」
 そう云って侑里は持っていたファイルを慎霰の方へ広げて見せた。慎霰は写真の中の髪の長い女性と眼が合って内心で一寸身構えた。
「方法は御任せするけど……患者の躯を最優先で頼むよ。手が必要なら呼んで呉れ給え、出来る事は御手伝いしよう。」


     * * *


 慎霰は教えられた病室の号数と名前を確かめ、取っ手を握った。
 心の片隅で『俺は女と話しに来たんじゃない、狐と話しに来たんだ』と小さく素早く呟いた。
「……入るぞ、」
 目隠しのカーテンを避けて、寝台へ近寄る。
 躯を起こしていた少女は慎霰をじじっと見てから、静かに口を開いた。
「御祓いを、して下さる方……ですか、」
 寝台から……と云うより佐和子から一定の距離を保った侭、慎霰は嗚呼と頷いた。
「……出て来いよ。折角天狗様が来て遣ったんだ、サシで話しようじゃねェか。」
 ニヤニヤと笑い乍、佐和子の“中”に話し掛ける。
 変貌は、一瞬だった。
 ふらりと佐和子の躯が傾いだかと思うと、ゆっくり顔を上げて、嗤った。
「威勢の良い坊やだねェ……。余程自信があるのかい、」
 先程聞いた佐和子の声ではない。もっと歳を重ねた女性の声だ。
 慎霰は笑みを消さぬ侭、狐と対峙した。
 ――そしてあっけらかんと云い放つ。
「違ェよ、云っただろ。“話しよう”って、」
「…………何なんだい、」
 狐は慎霰の意図が読み切れずに、訝しげな顔をする。
「だからだな。御前がどんな目的で其処に居るのかは知らねェが……窮屈だろうよ、」
「……。」
 慎霰はパイプ椅子を引っ張って来て腰掛けた。
「此処いらでパァーっと酒でも呑みつつ……は無理か、医者に怒られる。――まァ兎に角、愚痴でも何でも吐き出して、スッキリするってのは如何だ、」
「…………はぃ、」
 益々意味が解らない、と云った体の狐に構わず慎霰は続ける。
「大体だな、人間は調子に乗っていると思わないか。何故俺達妖怪が窮屈な思いをせにゃならんのか。話を聞けば、昔はきちんと分を弁えて、俺等妖怪を恐れ崇め、領域を侵す事等無かったと云うじゃないか。……其れが今じゃ如何だ。森も山も切り開かれ、何処へ行っても人間ばかり。そりゃァ隙間は有るが、所詮隙間。俺等が収まるには狭過ぎる。」
 雄弁を振るう慎霰に、狐は始めぽかんとしていたが、次第に昔を懐かしむ様な眼をしてぽつりと呟いた。
「そうさねェ……昔は良かった。未だ主様の社も立派でねェ。」
「社って……御前神さんだったのか、」
 狐が呟いた言葉に、慎霰は少し驚いて返す。
「厭だねェ、神様は主様さ。アタシは其の御遣い……だった、ってね。今じゃ此の有様さァ。」
 くつくつと自嘲気味に嗤う狐を慎霰は見詰める。云われてみれば、邪悪な気配でない事が解る。
「随分昔の事だけどね、社は取り壊されちまったよゥ。主様に附いて行きそびれて、長い事彷徨ってる内に……人間が憎いのも有っただろうけどさ、淋しかったのかねェ。」



 見事な白銀の毛並みを持つ狐が、ゆったりと尾を振っている。
「あんたの御陰でちょいと懐かしい気持ちを思い出したよ。有難うさん。」
 横の寝台には佐和子が静かに眠っていた。
「否、俺としても御前が素直に宿主から離れて呉れて良かったわ。……此から如何すんだ、」
「……亦、主様を捜してみようかねェ。」
「今度は誰かに憑いたりするんじゃねぇぞ、」
 笑い乍慎霰は狐の頭を撫でる。狐は気持良さそうに眼を細めて応じ、暫くして身を引いた。
 とん、とんっと身軽に窓枠へ乗り、宙返りして其の姿を消した。
 去り際、最後に聞こえた言葉に慎霰は笑って呟いた。
「あァ、愉しみにしてるぜ。」



 ――そうなる前に、今度はパァーっと御酒でも呑みつつ愚痴り合おうじゃないのさ。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[ 1928:天波・慎霰 / 男性 / 15歳 / 天狗・高校生 ]

[ NPC:秋乃・侑里 / 男性 / 28歳 / 精神科医兼私設病院院長 ]
[ NPC:草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵 ]

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■         ライター通信          ■
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初めまして、徒野です。
此の度は『狐憑き』に御参加頂き誠に有難う御座いました。
随分御待たせして申し訳有りません。此処に御届け致します。

愚痴り合い……あれ、盛り上がらずにしんみり……、しちゃった。
後日の呑み会は盛り上がってそうですがっ。

慎霰氏のやんちゃ振りが上手く表現出来ているかどきどきして居ります。
此の作品の一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。
――亦御眼に掛かれます様に、御機嫌よう。