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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜First〜】



「……? なに、アンタ?」
 そう言い、自分を怪訝そうに見上げる目の前の人物の腕を掴んだまま、陸萱一はどうしたものか、と心中で溜息をついた。
 人の行き交う通り。立ち止まる自分たちを周りは気に留める様子は無い。
 目の前には、少年と青年の中間ほどの年齢に見える、茶髪にダークブラウンの瞳の人物。
 黙ったままの萱一に焦れたように、目の前の人物は再び口を開く。
「アンタ、別にオレと知り合いなわけでもないよな。見覚えないし。…あ、もしかして人違いとか?」
 付け加えられた言葉に、反射的に肩が跳ねた。
 ……そう、この人物とすれ違う瞬間とっさに腕を掴んでしまったのは、昔気になっていた奴に似ていたからだった。しかし振り返ったその顔はよく似てはいてもやはり別人で。…そもそも自分と同い年だった人物が、こんな少年と青年の狭間のような外見であるはずもない。
「その反応からすると、図星ってトコか? ま、人間誰しも間違いってのはあるって。気にすんなよ。……っつーわけで、いい加減放してくんない?」
「あ…ああ、すまない」
 言われて、慌てて掴んでいた手を放す。その人物は解放された腕の調子を確かめるように軽く振った。
 それをなんとはなしに見ていた萱一は、ふと見下ろした髪の違和に気づく。
 茶色は茶色なのだが――…生え際はそれよりももっと明るい薄茶色だったのだ。
(元の方が色素が薄いのか…? 何故、わざわざ染める必要がある?)
 普通、彼の年代で髪を染めるならば、元の髪色より自己主張の激しい色合いにすることが多い。地味な色合いにするならばそれ相応の理由――たとえば学校の規則で仕方なく、とか、面接で心証を良くするため、など――があるだろうが、彼はそういうものにとらわれる人種には見えない。
「……痛んでるぞ」
 何か言おうと悩んだ挙句、結局萱一は言葉を濁してそう言った。ついでに髪をくしゃっと撫でてやる。思ったより触り心地のいいさらさらの髪に、少しだけ手を離し難く思った。
「わ、何するんだよ」
「…いや、何となく」
「何となくって…変なヒトだなアンタ。――…あぁ、でも、結構いいモンだな」
 目を伏せ、ふっと笑うのを目の当たりにして、萱一は面食らう。
(どうして、そんな顔をする)
 今にも泣き出しそうな――それでいて、何かに焦がれるような。
 自分に与えられるはずのない何かを、思いがけず与えられたとでも言うような――。
「…ま、これも縁かぁ? オレ、ユウっての。アンタは?」
 一瞬で表情から陰を消し去り、彼――ユウは萱一に問いかけた。
「陸、萱一だ」
「クガさんね。どんな字?」
「クガは陸、ケンイチは萱に一だ」
「ふーん」
 「お前はどうなんだ」とか「苗字は」とか、萱一にも訊きたいことはあったのだが、訊ねても答えないだろうという確信が何故かあったので訊くことは止めておいた。
「そういや、クガさんはオレを誰と間違ったわけ? 友達?」
「いや、……その、昔の知人と」
 正直に『高校時代気になってた奴』と答えるのも憚られて歯切れ悪く誤魔化せば、ユウはあからさまに納得していないような表情をした。
「昔の知人? ただの? それにしちゃなんか変だったけど」
「それは…」
「ま、オレにはあんま関係ないハナシだけどさ。なんか後悔してるっぽく見えたから、気になったんだよな……気のせいかも知んないけど」
「……っ」
 返す言葉に、詰まる。
 ――…後悔、しているのだろうか。
 けれど、何に対して?
「オレのモットーは『今が楽しければオッケー』なんだけどさ。『過去』に後悔するよーなことがあると、楽しむのってムズかしいわけ。クガさんがどーいう考え持ってるかは知らないけど、あんま背負ったりこだわったりすると今を蔑ろにしちゃう可能性もあるってこと、知っとくといいよ」
 そう、笑って――しかし眼差しは真剣に、ユウは告げる。
 萱一は唐突に悟る。
 ユウは――この目の前にいる極々一般的な若者に見える人物は、見た目や言動とは違う性質を持っているのではないかと。
 見た目からすれば、今時の若者といった風でとても軽いように思えるが、実のところ、彼はとても繊細なのではないか。
 『今が楽しければオッケー』と言ったが、それは過去に何かあったからではないのか――。
 だとしたら。
(知りたい…と思うのは、何故だろうか)
 彼が抱えているかもしれない『何か』を知りたい、暴きたい――そう、思う。
 けれど、自分は彼と会ったばかりだ。心にずかずかと土足で踏み込むような真似はできまい。
 何を答えるでもない萱一に気を悪くした様子も無く、ユウは視線を茜色に染まった空へと移す。
「あちゃー…そろそろか」
「?」
 唐突な言葉に思考を打ち切る萱一に、ユウはどこか困ったように笑いかけた。
「あ、のさ。今からすっげー常識外なことが起こるんだけど」
「…は?」
「でもまあ、クガさんもそーいう要素は持ってるみたいだから大丈夫とは思うんだけどさ。でもそんなに『深い』わけじゃなさそうだし、一応言っといたほうがいいかと思うんだよ」
「どういう…」
 なんだか自分の中だけで話を進めているようなユウの言葉に思わず訊ねかけた萱一だったが、全て言い終える前にまたユウが口を開く。
「オレ、今から別人になるから。えーと、どう言やいいのかな…オレがオレじゃない存在に置き換わるんだよ。あ、でも今じゃオレでもあるわけだから…そだな、外見も変わる二重人格みたいなもんか? とにかく、オレじゃなくなるから」
 そう、ユウが言い終えた瞬間。
 ユウの輪郭が、揺らいだ。
「?!」
 見間違いかと思う。しかし、そうではなかった。
 沈みゆく夕日の最後の一欠片が照らす中。色彩が褪せて、薄れる。空気に溶ける。
 そして極限まで薄れたそれは、陽が完全に沈むと同時、再構築される。
 揺らいだ輪郭は、僅かに形を変化させ、はっきりと。
 褪せて薄れた色彩は、色を変え、鮮やかに。
 そして先ほどまでユウが立っていたそこには――…全くの別人が。
 雪のように白い肌、肩につくほどの流れるような白銀の髪。
 穏やかに細められた瞳は、紅玉の赤。
 ゆったりとした雰囲気を纏ったその人は、萱一に視線を合わせると、にっこりと笑った。
「こんばんは、でいいでしょうかね。…私はレイと申します。貴方は『陸さん』――でしたね」
「え、あ、ああ」
「ユウを通して見ていましたから、自己紹介は必要ありませんよ。……驚いてますね」
「……当たり前だろう」
 何とか我に返って言葉を返す。
 目の前で、人が全くの別人に変化するのを見て驚かないほうがおかしい。
「ふふ、そうですね。…さっきユウも言っていましたが、私とユウは別人です。けれど、今は同じでもある――意外に説明が難しいですね。まぁ、外見変化の伴う二重人格として理解していただければ支障はないかと思います」
「……つまり、お前たちはそれぞれが個人である、ということか」
「その通りです」
 レイと名乗った男――ユウよりも少々年上に見えるが、自分よりは年下に見える――の言葉を自分なりに解釈して返せば、彼は満足げに頷いた。
 少々常識外のことではあるが、それぞれが個々として存在すると言うのならばそれでいいのではないかと萱一は思う。
 しかし、元々そうであったわけではないのだろうということは、彼らの言葉の端々から読み取れる。
 何か事情があるのか…だとしたら軽率なことは言えない。もしかしたらそれで悩んでいると言うことも在り得る。
「――その、」
「何か?」
 思わず口を開く。しかし続く言葉を言っていいものかどうかと躊躇し、口ごもる。それにレイは軽く首を傾げた。
「何か話したい事があれば俺に話せ。俺は、お前達の話が聞きたい、と思ったんだ。…何でかは分からないが、な」
 結局言ってしまった科白に、レイは少しだけ驚いたように目を見開いた。
 そして瞬間戸惑うように視線をさまよわせ――結局、目を伏せて、苦笑した。
「貴方は……変わった方ですね。会ったばかりの私たちにそんなことを言うなんて。――あぁ、でも、ヒトがヒトに関わるのなんてそんなものでしたか。…そうですね、もし話したくなったら話すでしょうし、そうでなければ話さないでしょう。当たり前ですけれどね」
 言って、レイは再び視線を上げて萱一を見た。
「ユウは、まだきっと『囚われて』ますから――そう簡単にオチませんよ?」
「な、」
「でも貴方がきっかけになってくれればいいとは思います。だから、貴方は貴方の思うままに、どうぞ」
 言い終えると同時、強い風が吹く。思わず目を閉じた萱一の耳に囁くようなレイの声が届いた。
「――それでは、失礼しますね」
 その言葉に目を開くも、眼前には街の雑踏が映るのみ。目の前にいたはずのレイの姿はどこにも見えなかった。
(いない……)
 別れの言葉を告げられたのだから、当然と言えば当然だが――一瞬で姿を消すことまで出来るとは。
 少々驚きつつ、まぁそういう人間もいるだろうと納得する。
 何となく、再び会えるような気がする。それがいつかは分からないが。
(とりあえず、帰るか…)
 軽く息を吐いて、萱一は人波に滑り込み帰途に着いたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7203/陸・萱一(くが・けんいち)/男性/29歳/教師】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、陸さま。ライターの遊月と申します。
 「D・A・N 〜First〜」にご参加下さり有難うございました。お届けが遅くなりまして申し訳ありません。

 専用NPCユウとレイ、いかがでしたでしょうか。
 昼メイン、と言うわけで、ユウと主に関わっていただきました。ユウは他人に興味があるんだかないんだか微妙な感じですが、根はお節介っぽいのでその片鱗が出てます。…最初、なんかツンデレっぽくなって慌てて修正したと言うのは秘密です…。
 レイはユウよりちょっと年長さんで、儚げおっとり、でもお腹の底が見えないタイプだと思われます、多分。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。