コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


一日所長コンペティション



 いつもの一日だった。どうしようもないほどに。
 草間の指からは灰が落ち、口からはため息とともに紫煙が漏れる。
「マンネリですねぇ」
 呟くように零がいうのを、草間は暑さにうとうとしつつ聞く。
 冷房のないオフィス内は蒸す。
 はたきをにぎる零の二の腕も鈍くひかっている。
「そうかぁ?」
「マンネリですよ」
 事件もお金も、と上目遣いで言いにくそうに零は付け加える。
「金ねぇ……煙草も高くなったしな」
「兄さんが一箱我慢すれば、百円均一で箒もちりとりも新品になります」
「そうだな、だが。煙草はやめんぞ」
「もうあきらめてます」
 義妹のそっけない答えに武彦は顔をしかめる。
「だって、どうしようもないだろう。それでもなんとかやっていけてるのは、俺が事件をえり好みせず首をつっこんでるからなんだぞ」
 まったく、本当はえり好みしたいところなのだ。
「だったら、こういうのはどうでしょう?」
「ん?」
「うちの興信所の『こーすればいいじゃん!』『あーなればいいじゃん!』を募集、するんです」
「ふむ」
 メガネを指で押し上げる。汗をかいている。
 唐突だが不合理ではない申し出だ。
「そうだな、俺が認める奴なら――なんなら一日だけ所長につかせてやってもいい」
「じゃあやりましょう! そうしましょう」
 打って変わった元気さで零はナゾのセットを設置しだした。
「名づけて『草間興信所一日所長コンペティション』! 審査委員長は兄さんですよ!」
「いや……どこで買ってきたんだ、それ」



 夏の太陽は無邪気だ。そのエネルギーがどこぞの小さな興信所を煮て焼いてどんよりさせていようと。
 無尽蔵に無責任に自分を誇示する。
「それをやるならまず相談する相手がいるでしょう?」
 そんな空気を破って、衝立のむこうで影が動く。
 事務机から離れシュライン・エマが歩み寄る。
「ん……よろしくたのむ……」
 と草間。
「普段タダ同様で遣っているため審査委員長もビビリ気味のようです!」
「余計なこというな、零」
「ではシュラインさんお願いします!」
 手で首筋をぴらぴら仰ぎながら、シュライン・エマが壇上にあがる。
「はー、あっつい。動かなくても熱くなるわね。まずはこのけだるい重たい生ぬるい空気なんとかしましょ」
「シュラインさん、冷房はダメですよ」
「そうだな、電気代。じゃない、地球に優しくない」
 と草間は言いながらもう一本煙草に火をつける。。
「いつからエコ探偵になったのよ?」
「たった今」
「子供じゃないんだから……とにかくできることからやりましょ」
 たとえば……といってシュラインは窓につかつかと歩み寄ると、
「てい!」
 軽い気合を込めて窓を開け放つ。
 雑居とはいえビルオフィスである、それなりの風が吹きすさぶ。
「うわ、やめろ! 風に吹かれると、煙草は減るのが早くなるんだ!」
 草間は必死で手元をかばう。
「そして……さらにその煙草も吸えなくするわ」
「反対! それ絶対に反対! 俺のキーアイテムだぞ!」
 草間が審査席で身悶えするのをシュラインは冷ややかにみやる。
「正確にいえば禁煙じゃない、分煙」
「それはいいですね」と零が手を叩く。
 灰の掃除にそれなりに手を焼いていたのだろう。
「さらに香りよく水音も涼しい、特別喫煙室を作成よ!」
「本当か? それなら賛成、かなり賛成」
「……ここよ」
「ここ?」
 シュラインが指差したのは台所の隅。
 さらにいうなら片隅。
 換気扇の真下だ。
「ここに喫煙スペースね。風通しもいいし。これで武彦さんも安心。」
「……なんかそれって、隅に追いやられてるっていわないか?」
「まさかまさか。特別禁煙室っていってるじゃない」
 シュラインはあくまでニコニコと返す。
「それから……」
「それから?」
 シュラインは書類棚から一冊のファイルを取り出しぱらぱらとめくった。
「あのね、クールな探偵には、やはりクールな仕事が似合うと思うわけ」
 きょとんとする零を尻目にそーだ、そのとおりと頷く草間。
「さすがシュライン、わかってる。本来俺はクール・アンド・ハードボイルド。固茹でじゃないとタフに生きちゃいけないのさ」
「それで、そのお仕事というのはどんな?」
 シュラインは意味深な笑みを浮かべる。
「待っててね、既にとってきてあるわ。読み上げるわね」
「よっしゃあ!」
 思わず草間は小さくガッツポーズ。
「楽しみですね、兄さん」
「うむ」
 ぱらり、と資料がめくられる。
「まずは張り込み。東京県下の公営霊園、片っ端から許可をとってきたわ」
「……え?」
「張り込みよ、基本でしょ? 武彦さん」
「あ、ああ、そうだな。張り込みな……」
 何を? と聞き返す間もなくシュラインは続ける。
「次。侵入捜査」
「ほう……それは腕が問われるな。場所はどこだ?」
 探偵らしい、隙のない目の輝きを取り戻す草間。
「神戸の外人墓地。あとイギリスのさみしいファンリ漁村の聖堂、及び墓地。ドーセット州の寺院もろもろ」
 草間は頭をぽりぽり掻いている。
「えーとな、シュライン」
「何?」
「それ、目的は?」
 当然、というふうに手振りで示してさらりと答える。
「だって。涼しそうじゃない」
「涼しそうですね」
 と零はにこにこしている。
「いやそれは。捜査じゃなくて。肝試しじゃないのか……」
「捜査よ捜査。あ、いけない、書類が日に焼けちゃうわ。零ちゃん、倉庫にすだれをとりにいかない?」
「そんなものありましたっけ?」
「確認してきたから、あるわよ。ぼろっちいけど日よけには十分でしょう」



「その必要はない。すだれなら私がもってきた。これは奇遇と言うべきだな」
 いつもならぎしぎし軋むはずの興信所のドアが音もなく開いた。
 入ってきたのは黒髪の少女、ササキビ・クミノである。
「だいたい、まだ煙草が吸えるだけましだ、とはおもわないのか草間」
 そういってすたすたと三人の前をとおり、クミノは窓にすだれを取り付け始める。
 あわててシュラインと零が手伝う。
「高くなった、とは言っても十倍にならなかった現状に安堵しておく方がいい。海外ではすごいというぞ」
「う、うむ……」
「それに煙草は、ある状況において容易く通貨替わりになる。習慣性のあるものの常だな」
「いや、さすがにそんなところに落ちたくはないな」
 そういって草間は苦笑する。
 三人ですだれを取り付け終えると、差し込む日差しも幾分優しくなり、風もおちついたようである。
「風鈴のひとつでもほしいところですね」
「そうだな……ところで零さんには悪いが、私は一日所長なるものになりたくて来たわけではない」
 クミノはすとん、とソファに落ち着く。
「どういうことだ?」
「私がもし、文字通り一日所長としてここにいたら……」
「いたら?」
 クミノに注目する一同。
「文字通り二十四時間だったらの話だが。私以外全員。死ぬ」
「でえええっ!?」
 思わず全員が飛び上がってあとずさる。
「……人の話を最後まで聞け。私の周囲には半径20メートル、認識不能かつ致死性の障壁がある。あくまで二十四時間ぶっ通しでここにいたらの話だ」
「はぁ、びっくりした」
 ため息をつきながらシュラインが髪をかきあげる。
「ところで草間……ここの屋上は出入り自由なのか?」
「ん? ああ、自由だったと思うぞ。最も、なににも使われちゃいないがな」
「熱対策なら、屋上緑化という手があるぞ。今なら助成金もでる」
 それはいいですね、と零が手をたたく。
「トマトぐらいなら作れそうです」
「いやでも、あれだろう」
 次の一本に火をつけつつ草間がぼやく。
「ガーデニングは道具が必要だろう。鉢とか、土とか。肥料も。そんな予算はないぞ」
「そんなもの、私が提供するのは簡単だが。それでは身も蓋もないだろう」
「じゃあどうするんだ?」
「簡単なこと。つ・く・る。」



 
 まずは武彦、零、シュラインが屋上にのぼり排水等を確認。
 余談だが、屋上と興信所事務所が直線距離にして20メートル以上はなれていたためクミノの障壁からはなれることができ、致死までの大幅な時間稼ぎが出来た。
 シュラインにとっては特に嬉しいことに、害虫駆除もできた。ゴキブリは全滅である。
 降りてくるとクミノが余ったすだれをじょきじょき切っている。
「これをプランターにひけばフィルタを買わなくて済む」
「なるほど」
「じゃあ私は倉庫から廃材をもってきますねー」
 とてとてと走り出す零を見送りながら
「廃材をプランターにするのは……さすがに俺か」
「そのぐらいは武彦さんがやってくれないと。暑いから私は飲み物と……ちょっとした料理でもつくるわ。熱中症対策に塩分補給は大事」
 シュラインは台所へ。
 氷のふんだんにはいった麦茶、適度に塩の効いたのこりもの炒めが手際よくことこととテーブルに並ぶ。
「よし。できたぞプランター。即興にしちゃこんなもんだろ」
「こうすれば客がきていいだろう」
 クミノがいびつなプランター横に大きく『草間興信所』と達筆。
「堆肥は自治体によってはただでもらってこれる。土は生ゴミをつかうのがいい。幸いうちのカフェから大量にでる。米ぬかもあるとなおいい」
 クミノはすばやくメイドアンドロイドを走らせ、砂やごみをもってこさせた。
 保冷剤は保水に使われるため、興信所のゴミ箱からひっかきまわし土にまぜる。
「まさかゴミさらいをすることになるとは」
 と苦い顔のクミノに興信所一同は恥ずかしげ。
 さらにシュラインは興信所内の棚の位置を指摘。
「これをこっちの壁につければ、応接室に風が通るわ」
「妙案だな」
「よし、草間、そっちをもて」
 ごごご、と棚をうごかすとその下には大量の茶羽の屍骸。
 ゴキブリが大の苦手であるシュラインが絶句した。



 全員が一息ついたころには、日が傾きかけていた。
 土の匂いが鼻腔にさわやかに香りつつ、屋上でありつく麦茶のうまいこと。
「なんか……だいぶよくなったのかもしれないな」
 草間がおおきく息をつく。
「うん、変化ってのは必要だ」
「そうね、風通しがいいのが事務員としちゃありがたいわ」
「こういうのは、敢えて金をかけないでやるべきだな、やはり」
 零がぽつんとつぶやく。
「ところで……植物のタネはどうするんでしょう」
 全員が固まる。
 そして草間の手元に視線が集中。
 まさに新たな箱をあけようというところ。
 クミノの口元がニヤリ。
 その刹那、すばやく走りより手元から奪う。
「あ、この、返せ!」
「ふふ……一箱がまんしろ、草間。いろんな植物がもろもろ買える。こればかりは盗ってくるわけにいかない」
「そうね。私たちがここまでやったんだからそれぐらいしてもいいわよね。健康にもいいし」
 とシュラインが言い放つ。
 一様にうなずく気配。擁護するもののないことを痛感し武彦はため息をつく。
「マジかよ……」
 殻になったほうの空き箱をくしゃりと握りつぶす。
「それじゃ、煙草ならぬ草の種を買ってきましょう!」
「農協のものがいいときくぞ」
「全員で行く必要あるのかしら……まあいいわ、いきましょう」
 奪い取った小銭をちゃらちゃらならして前を行く一行を追いながら。
 いろいろなことが今日一日で変わったけれど……自分のポジションだけは変えられなかったと痛感する草間武彦であった。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。

NPC/草間・武彦
NPC/草間・零
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

再びお会いすることができ光栄のいたりです。
しあがってみるとずいぶん喫煙者の武彦氏にはつらいシナリオとなりました。笑
個別を希望された方がいらしたので、大きくパートを分けて描写してみましたがいかがだったでしょうか。

異界にてピンナップコラボ(水面下で進行中)、シチュノベシナリオなど発展させております。
武彦氏と遊覧飛行にでもきていただけると幸いです。

次はどんな世界でお会いできるでしょうか。
その日を楽しみにして。

あきしまいさむ 拝