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お仕事頑張る
「うぅ……うぅぅ」
興信所で小太郎が唸る。
対面に座っている黒榊 魅月姫はなんとも涼しい顔をしているが、なんだろう、この奇妙な風景。
「訓練の方は順調か?」
少し離れたところで本を読んでいた黒・冥月が話しかけるが、小太郎の方は返答の余裕すらないようで唸り続けている。
「順調どころか、楽勝すぎてつまりませんよ」
「うぅ……うぉぉぉ」
「これ、何をやってるの?」
恐る恐る、距離を取りながらシュライン・エマが小太郎と魅月姫を見て尋ねる。
それを聞いて冥月が答える。
「イメージトレーニングをしてるらしい。まぁ、普通のイメトレとは行かないみたいだがな」
今現在、魅月姫と小太郎はイメージトレーニングに近いモノで訓練していたのだ。
偶にはこういうのもありだろう、と冥月も何か文句を言う事も無く、小太郎は魅月姫にイメージ世界でボッコボコにされているらしい。
「早いところ止めを刺してやってくれ。唸り声がうるさくてたまらん」
「そうですね。そろそろ終わりにしましょうか」
「ぐぉ!」
魅月姫が、特に何をするでもなく、小太郎はカエルの鳴くような声でうめいてグッタリと背もたれに首を預けた。
「な、なんで、イメトレで、こんなに、疲れるんだよ……」
息も切れ切れの小太郎がグッタリしながら尋ねると、魅月姫はが事も無げに答える。
「イメージトレーニングと言っても、ペナルティが無ければ本気にならないでしょう? だから、それなりに精神ダメージを与えるようにしておきました」
「そんな、余計な事を……!」
「とりあえずここまでにしておきますが、復習は自分でしておきなさい。記憶はすぐに薄れますから」
「よ、容赦ねぇな……!」
「お疲れ様。何か飲み物でも出しましょうか。零ちゃん、手伝って」
「はい」
シュラインと零は台所へ入っていった。
今の所、武彦の姿は見えず、どこかに外出しているらしい。
興信所にいるのは五人だけだった。
シュラインと零は人数分の紅茶を淹れると全員に配り、それぞれ席について一息つく。
「あぁ、平和ねぇ」
ポカポカの紅茶を啜りながら、シュラインが呟く。
そんな言葉の余韻が消えた時、ふと、魅月姫、冥月、零が窓の外を見やる。
「……ん? どうしたの、みんな?」
「いつまでも平和、というわけにはいかないみたいだな」
シュラインの尋ねに、冥月が答える。どうやらまた何か起きたようだ。
魅月姫は対面に座って未だグッタリしている小太郎の脛を蹴り上げる。
「ぐぉ!」
「喜びなさい、出番ですよ」
弁慶の泣き所を蹴られて、声を失くした小太郎を他所に、魅月姫はゆっくりと紅茶を飲み干す。
「今日も美味しかったわ。ありがとう、零さん」
「いえ、お粗末さまです。お出かけですよね。皆さん、お気をつけて」
零はお盆にカップを載せ、各々外出の準備を始める一行に笑顔を向けた。
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「白昼堂々、やらかしたね」
事件現場を見て麻生 真昼が頭をかきながら呟く。
焦げたような地面、近くの建物の壁。
立ち入り禁止のロープの外には野次馬も集まってきている。
「小さい爆発が起きたみたいになってるなぁ。こりゃ誤魔化すのも一苦労だ」
事件跡がただの放火とは思えない上に、結構な数の目撃者までいる。
IO2も事件を揉み消すのに苦労する事になるだろう。
「良いところ、頭のよろしくない人間が起こした悪戯、ってところで落ち着くんだろうかね」
常識で説明できない事にも、適当な理由をくっつければ何も知らない人々は勝手に納得してくれるものだ。
だが、結局の所、そういう情報操作は麻生の仕事ではないので無視する事にする。
「僕らは僕らの仕事をしなきゃね」
「……わかっています」
焦げ跡の近くでしゃがんでいたユリが立ち上がる。
その目には明らかな怒りが見て取れた。
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目撃者の情報に寄れば、この辺りを歩いていた男が突然紙を取り出し、それが光った瞬間に爆発が起こったのだという。
最初は大道芸か何かだと思ったらしいが、その爆発による被害者を見てただ事ではないと思ったそうだ。
今回の件はおそらく、被害者が出た符の事件。
それだけで、ユリのハラワタは煮えくり返る。
「……絶対に捕まえて後悔させてあげます」
「やる気満々だね。任せても大丈夫かな?」
「……冗談に付き合うほど余裕はありませんよ」
ツカツカと歩き始めるユリに、麻生も慌てて付いていった。
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「で、何があったのか、聞いても良いかしら?」
町を歩いている間に、シュラインが前を歩く魅月姫と冥月に尋ねる。
「何も無い道端で爆発、だな。恐らく能力絡みの事件だろうな」
「符に近い魔力も感じられましたから、ユリさんも動いているでしょう。現場近くに彼女の魔力も感じます」
二人の答えにシュラインは首をかしげた。
「こんな昼間に事件? 随分思い切った事するわね。何か目的があるのかしら」
「理由を推測する事はできるが、まずはユリに話を聞いてからだな」
「そうですね。彼女がいるのはもうすぐそこの喫茶店です」
魅月姫が指差す先の喫茶店、窓際の席にチラリとユリの影が見えた。
「……あ、」
一行が喫茶店に入った瞬間、ユリがこちらを見て立ち上がっていた。
彼女の隣には彼女の仕事仲間である麻生 真昼がいて、対面には見知らぬ女性がいた。
何か話をしていたようだが、ユリはこちらにすごい勢いで駆け寄ってきた。
「……こ、小太郎くん!? どうしたんですか、見るからに具合が悪そうですよ!?」
「ちょ、ちょっと悪い魔女に苛められてね……」
どうやら魅月姫にボッコボコにされた小太郎が心配だったらしい。確かに見た目はかなりひどい表情だ。
「失礼な。アレはいじめではなく、訓練です。苛めるとなるともっとひどいですよ」
「ヒィ!」
身を縮める小太郎を見て、ユリはドサクサ紛れに小太郎を軽く抱き寄せた。
「……あんまり苛めないでやってください!」
「ユリに庇われる俺……。何か居た堪れない」
「精進するんだな、小僧」
弟子の無様な姿は師匠として悲しむべきだろうが、今のユリが小太郎を抱きしめてる図はとりあえず写真に押さえておいた。
これを見せて後でからかってやるのも面白い。
「と、とにかく座らない? ユリちゃんの方にも先客がいたみたいだし」
ドタバタし始めた喫茶店の出入り口。
そろそろ店員の目も痛くなり始めてるので、シュラインがこの場を収める。
チラリと見えた、ユリと話していた女性も怪訝そうな様子でこちらを見ているし、あまり騒ぐのも良くない。
そこに居たみんなも特に異論を唱えるでもなく、全員席に向かった。
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「私は藤田 あやこよ。よろしく」
全員が同じ卓につくという事で、わざわざ店の人に席替えまでしてもらい、とりあえず自己紹介を始める。
「私はシュライン・エマ。で、こっちが……」
「黒・冥月だ」
「黒榊 魅月姫です」
「……み、三嶋 小太郎……だ」
一人だけ死に掛けているような気がするが、魅月姫が『大丈夫です、一応手加減はしておきましたし』というのでとりあえず無視する事に。
「この七人で犯人を追いかけるわけだけど、まずは幾つか訊いても良いかしら?」
「……はい。犯人の情報ですね」
シュラインの尋ねに、ユリは用意していたようにメモ帳を開く。
「……目撃情報によると、随分若い男だったようです。見かけだけで言うなら中高生だったとか」
「そんな若い子が符を持ってたの? ちょっと意外ね。と言っても前回符を持ってたのも高校生だったか……」
だとしても何時ぞや、符の大量回収によって作られた符のほとんどは回収できたという話だった。
とすれば、もっと限られた人間にしか渡っていないと思ったのだが。
「ちょっと待ってもらって良い? まず、その符について訊きたいんだけど」
あやこが挙手をして符の事を尋ねる。
確かに、そこから説明する必要もあるだろう。
「……符とは去年の夏頃に捕まえた佐田 征夫と言う男によって作られた、色々な能力を封じ込めた紙のことです。それを使えば一般人でも異能を操ることが出来ます。恐らく、今回の件で犯人の男が持ってた紙も符でしょう」
「でも一応、少し前にIO2が大量に回収して、世に出回っているものはほとんど無くなったはずなんだけどね」
「それをどこかで手に入れた人間が、昼間の街中で爆発を起こした、と」
ユリとシュラインの説明を受け、あやこが頷く。
「昼間の事件っていうのはこれが初めてだったの?」
「……あまり日中に犯罪を犯す人間はいませんね。符に関しても同様です。私たちの知らない範囲で行われていたら話は別ですが」
空き巣やスリなどならまだしも、傷害事件を起こすとなれば、あまり人目にはつかれたくないはず。
にも拘らず、今回こんな時間、あんな場所で事件を起こしたのは何故だろうか?
「色々考えられる理由はあるけど……」
「もっと大きな規模の術を行使するための下準備だったとか。いつもは大道芸に見せかけた儀式でコソコソ準備を進めてたんじゃないかしら? それに失敗して爆発が起きたとか」
あやこが推測するのに、ユリは静かに首を振る。
「……符には一つの能力しか付与できません。儀式をする場合、それ用に別の符を用意するか、誰かその手の能力を有した人間が必要になるはずです。犯人の男がその能力を持っていたとしても、爆発符を使って儀式を行う理由がわかりません。今回の爆発とその手の儀式が関係しているとは考えにくいです」
「だが、大きな規模の術を行使するための下準備、というのは考えられるな」
冥月が思案顔で口を挟む。
「その爆発させる符で、どれほどの効果を得られるのか、どの程度の爆発を起こせるのか試した、というのは考えられる。これ以降、その符を使って大規模な爆発を企てているというのはありえる話じゃないか?」
「それは私も考えたわ。でも大きな術を繰るとは目的が別だけど」
シュラインも同意するが、少し違った意見を持っているようだ。
「競売用のデモンストレーションか何かの線も否定できないと思うの」
「競売用っつったって、符はほとんど回収されたんだろ? だったら売るほど残ってないんじゃないのか?」
死にかけていた小太郎が、何とか体力回復してきたのか、相談に参加する。
「少ないからこそ、希少価値が出来て逆に売れる。そういう事も考えられるわ。珍しいものに飛びつく人間なんてゴロゴロ転がってるものよ」
経営者であるあやこからの一言。それには誰も反論出来まい。
レアリティが高ければ高値で売れる。それに内容も伴うとなれば需要も大きくなるだろう。
だとすればシュラインの考えもあながち間違いではないかもしれない。
「まだ推測の域を出ないけど、犯人の行動理由は色々考えられるわね」
「……ですが、競売のデモだとしたら私たちIO2の目に届かない所でやるのではないでしょうか? リスクを背負ってまで昼間に街中で爆発を起こした真意がわかりません」
「多くの人目を引く、って考えれば昼間の行動も理解できなくは無いと思うの。……けど、やっぱり被害者まで出ると買い手が手を引きそうな感じもするか……。その線が外れならIO2への挑発とも考えられるわね。IO2というよりは、符を追う者への挑発かしら」
「……私たちにですか?」
IO2内では危険性が低いと見られている符。
それ故、符を探しているエージェントはほんの一握り。その中で一番活発に動いている代表格がユリだ。
だとすれば犯人はユリを狙っている、というのも考えられる。
「もちろん、愉快犯やその場にいた人間を狙っての犯行、というのも考えられるわ。正直、今の時点で絞り込むのは難しいかも」
「だったら話は簡単です」
今まで黙って店の紅茶を飲んでいた魅月姫が静かに言う。
「わからないんだったら、捕まえて吐かせれば良い。簡単なことです」
とりあえず、悪い魔法使いはやる気満々だった。
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喫茶店を出ると、ユリの携帯電話がなる。確認してみると画像が添付されたメールだった。
「……犯人の似顔絵、上がったみたいです」
「見せてみろ」
冥月が手を出すのに、ユリは素直に従う。
携帯を見た冥月はフムと唸る。
「なるほど、顔を晒しての犯行だったのか。かなり詳しく書かれてるな」
「……そうらしいですね」
「子供らしく、あまり考えずに悪戯程度のつもりでの行動ってのもありえる話になってきたわね……」
シュラインが額を押さえてため息をつく。
情報が足りなすぎて、相手の思考を予測しようにも考えられる節が多すぎる。
「この子の追跡は貴方たちに任せて良いかしら? 私はもう少し調べてみようと思うわ」
「私たちの方は構いませんが、何を調べるんですか?」
「この事件の色々。何か組織的な物が関わってるなら、今回の犯人を捕まえてもきっとトカゲの尻尾切りになるわ。背後関係なんかを調べておけば、ユリちゃんが符を追うのに手助けになるかと思って。何も無いならそれを確認するためにもね」
「……あ、ありがとうございます」
「良いのよ。半分自分のためだしね。頭に引っかかるものを放置したままじゃストレス溜まっちゃうじゃない」
そう言って笑ったシュラインは一行から離れた。
「じゃあ僕もIO2のほうに戻って情報集めをしてくるよ。そっちは僕くらいいなくても大丈夫そうだしね」
そう言って真昼も手を上げる。
確かに、追跡チームはあやこ、魅月姫、冥月、ユリ、小太郎、と人数も多い。心配する事も無いだろう。
それよりは真昼が情報集めをしてシュラインのサポートをしてくれた方が良いかもしれない。
「IO2からも追跡者が出てると思うし、その情報を後でユリさんに送るよ。そうすれば追いかけるのも楽になるだろう?」
「……極限的に珍しく気が利きますね」
「ひ、酷い言われようだな。これでも僕もエージェントだよ?」
「……いつもそうは見えないんです」
ユリに苦言を吐かれ、苦笑しつつ真昼もこの場から離れた。
シュラインがやって来たのは興信所。
「お帰りなさい……シュラインさん一人ですか?」
「仲間外れにでもされたかよ?」
帰ってくると、興信所には零と武彦がいた。
「武彦さん、帰ってたの?」
「ああ、ついさっきな。大変だったぜ。帰り道に『公道で爆発テロだ!』なんて騒ぎがあったもんだから、動くに動けなかった」
どうやらシュラインたちの追っている話らしい。テロではないと思うが、噂は尾ひれをつけて広まっているらしい。
だが、まだ現実味のある内容を聞くところ、IO2の情報操作は成功しているようだ。
魔法で爆発した、なんて言っても恐らく誰にも信用されないだろうが。
「で、お前は何で帰ってきたんだ?」
「その爆発テロについて調べにね。犯人は今、ユリちゃんたちが追ってるところ」
「ユリ……? ああ、なるほど。これも符の事件か」
シュラインの話を聞いて、武彦は一人得心する。どうやら零からも話を聞いていないらしい。
聞く暇も無かったのだろうか。話を聞くと先程帰ってきたばかりらしいし。
「武彦さんは何処に行ってたの?」
「ちょっとIO2の方にね。オカルトはお断りだっつってんのがわかんないらしいな、アイツら」
「IO2に呼び出しに素直に答えるなんて珍しいわね?」
「助力を乞われてね。付き合いもあるし、話を聞くだけ聞いてきた」
そこで武彦は大きくため息をつき、タバコに火をつけた。
どうやらお疲れのようで、所長の椅子に浅く座って天井を見上げている。
「どんな話だったか訊いても良いかしら?」
「……ああ、まぁお前にだったら良いかもな。あんまり言いふらすなよ」
そうやって前置きを置いた後、武彦はタバコをふかした後に口を開く。
「こないだ、佐田 征夫の判決が決まったそうだ。死刑だってよ」
「……それで?」
「その佐田が、刑を受ける前に死んだ」
あまりのことに、一瞬シュラインも首を傾げてしまった。
「それって……」
「ああ、わからんだろうな。俺も最初は疑ったさ。IO2くらいの力を持った奴らが、死刑囚を易々と死なせちまうとは思わん」
「自殺だったの?」
「傍目にはそう見えたそうだが、どうやら他殺だそうだ。魔術的なモノで佐田を操り、自殺させたらしい」
「そんな……。IO2の拘置所にも対魔法の措置ぐらいあるでしょ? そんな簡単に破られるものなの?」
「んなわけあるかよ。どんな大きな能力も弾き返す強力な結界が張られていたらしい。それにも拘らず、魔法が飛んできたから問題なんだ」
それだけの設備の拘置所にいた佐田を、どうやってか殺すことが出来たらしい。事実、佐田は死んでいるそうだ。
IO2は体面もあるためそれを公表する事を躊躇い、事件解決を武彦に依頼したのだそうだ。
これは秘密の仕事。他の誰かには極力知られたくない話のはずだ。
「その話、受けたの?」
「受けなけりゃここまで詳しく聞けないさ。全く面倒な仕事を背負っちまったもんだぜ」
「何でそんな話を私に?」
「お前が訊いたんだろうが……ってのは冗談として、ぶっちゃけて、俺一人じゃどうしようもないと思ったんでね。正直、どんな結界もブチ破るような殺人魔法を使えるヤツを探すなんて道連れの一人も居なきゃやってらんねぇよ」
「それで、私はその道連れに選ばれたってワケか。私だってまだ死にたくないわよ?」
「大丈夫だ。お前だけじゃなく、零も道連れだから」
「私は何も聞いてませんでしたよ」
しらばっくれる零に、シュラインも武彦も苦笑した。
武彦はすぐに真面目な表情に戻り、シュラインを見る。
「手伝ってくれないか? もちろん、嫌なら断って良い」
「……嫌なんて言うわけないじゃない。私でよければ協力するわ」
「スマンな。……後で小太郎たちにも伝えておく」
「あの子たちもつき合わせるの!? 危ないんじゃない?」
「佐田の話ならいつかユリの耳にも届くだろ。そうなりゃあの小僧にも知らせるさ。だったら覚悟を決めるのは早い方が良い。で、あの二人に話せばもう少し広く話が伝わっちまうだろうな。これでみんな道連れだ」
そう言って笑う武彦。だが、シュラインはその言葉に引っかかる所を見つける。
「……なんでユリちゃんにその話が行くってわかるの? あの事件以来、ユリちゃんと佐田は関わってないわよね?」
シュラインに尋ねられ、武彦はバツの悪そうな顔をしてタバコをふかす。
少しの間思案したあと、首を振ってタバコを灰皿に押し付けた。
「やっぱ俺からいう事じゃないなぁ、多分。隠したがってるのかなんなのか知らんが、言ってないって事は確かだし。それはユリから聞いてくれ」
「……まぁ、武彦さんがそういうなら別に無理に聞いたりしないけど……」
その時、興信所の黒電話がけたたましく鳴る。
武彦が受話器を取ると、一言二言交わした後に、その受話器をシュラインに差し出した。
「麻生ってヤツからだ。確かユリの同僚だったよな?」
「ええ、今回の事件で何かわかったことでもあったのかしら」
シュラインは武彦から受話器を受け取る。
「もしもし、お電話代わりました」
『あ、僕です、麻生です。今回の事件について、シュラインさんが情報を集めるそうなので、IO2が得た情報を教えておこうと思いまして』
「それはありがたいわ。是非教えてくれるかしら」
真昼と会話しながらも、シュラインはジェスチャーで零にノートパソコンを取ってきてもらえるよう指示した
零は一つ頷いて、すぐにシュラインにノートパソコンを渡す。
「それじゃあ、今回の事件の被害者について教えてもらえるかしら?」
『被害者ですか……ええと、被害者の総数は十三人でその全員が軽傷で済んでいます。身元は今のところ聞き取り中ですが、僕がパッと見た感じだと、被害者同士の関連性は特に無さそうですね』
「誰か、犯人から恨みを買いそうな人はいなかったかしら?」
『なんとも言えませんが、恐らく怨恨の線は薄いかと』
その場にいた誰かを狙って、という可能性は潰れただろうか……。
とは言え、まだ完全に無しとも言えないので、頭の端っこにおいておく事にする。
「じゃあ、現場の持ち主は誰かわかる?」
『ええと、公道でしたので国土交通省でしょうか。そこに関係するとなると、国に喧嘩を売ったんでしょうかね?』
そう考えるとあまりに馬鹿げた喧嘩だ。どうやらこの線も薄いらしい。
とすれば、本当に怨恨というのは無さそうだ。
『一応、被害者の身元がわかればお伝えしましょうか?』
「そうしてくれると助かるわ」
『では後ほどまた連絡を入れます。では』
真昼との通話が切れた。
「どうだった? 収獲は?」
「幾つか可能性が潰れたくらいかしらね。さて、これからは別の線を探るわよ」
シュラインはノートパソコンを操り、ネットの海へ乗り出した。
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「まずは、最初に引っかかった所から調べて見ましょうか」
シュラインが初めにヤマを張ったのは『競売用のデモンストレーション』という線。
レアリティ、という付加価値がついた符だ。それ以前にも流通はあったらしいし、価値が上がった今、売買が行われている確率は高い。
そう思ってアングラ系オークションサイトにアクセスしてみると、しかし符の競売は行われていなかった。
「あら、勘が外れたかしら……」
首を捻りながらも、諦めずに掲示板や知人の伝で符の事を探っていくと、一つの噂にぶち当たる。
「……符の売買は行われているみたいね」
見つけた一文には、確かに符の売買をほのめかす意味が込められていた。
それによると今、中高生の間で符が流通しているらしい。
ドラッグや何かと一緒の感覚で、面白半分興味本位で手に入れようとしているらしい。
表沙汰には出来ない分、社会での規制もあまり進んでいないのか、結構な量が出回っているようだ。
しかし、そうなると不思議だ。
以前の大量回収の時に、大半の符を回収できたのは何度も確認している。
その割りに、流通している量が半端ではない。
これは……新たに作られているのだろうか。
「佐田と同じような能力を持った人が現れたって事かしらね……。これはしっかりIO2の人たちに伝えておかないとね」
しっかり情報ソースもコピーし、しっかり記録する。
後は掲示板に書かれている、符を売っているらしい人を訪ね、証拠を掴めばそこでお縄だ。
だが、売っている人間がそのまま製造者とは限らない。売人をとっ捕まえたとしても元は断てないだろう。
もう少し情報が無いか、シュラインは掲示板のログを漁ってみた。
だが、製造者の方の情報は何処にも落ちていなかった。
「……これはいきなり大当たりの予感ね。競売用のデモンストレーションではなかったみたいだけど、それに近い匂いはするわ」
即ち、この符を売っている人間が糸を引いている可能性も出てきたという事だ。
犯人は若かったらしいし、売った人物の口車に乗せられた、若しくは本当に興味本位で符を発動させてみた、というのは考えられる。
「最近のガキはそんな事をしてもなんとも思わないのかね。嫌な時代になったもんだ」
「武彦さん、発言がオヤジ臭いわよ」
「っう……。まぁ、なんにせよ、その符を売りさばいてる連中が、今回の件を引き起こした犯人ってのでほぼ間違い無さそうだな」
「何の目的があって事件を起こしたか、まではわからないけどね……。道端で爆発を起こして、何をするつもりだったのかしら? やっぱり、符の威力を試したとか?」
「若しくは、適当な餌を撒いてどんな魚が寄ってくるか確かめたのかもな」
つまり、シュラインの予想した『符を追うものをおびき出すための罠』という事だろう。
言われて見ると、被害を及ぼす事が目的ではない気はしてくる。
「まだ結論を出すには情報が足りなすぎるわね……。もう少し、どこかに良い情報は落ちてないかしら?」
「ユリだって今回の件についてあまり知ってる事は無いんだろ? だったらIO2でさえあまり把握してない事だぜ? そう簡単に落ちてる情報なんて無いさ」
武彦もそう言って諦め調子だ。
確かに、IO2が得ていない情報をこんな所で易々と手に入れられるのは、あまり考えにくい事ではある。
符を手に入れた人間を探す手もあるが、それなら今、事件の犯人を追っているメンバーを待った方が早いはず。
しかしだからと言って、このままでは中途半端だ。本当にストレスがたまりそうだ。
「今の時間、その符を売っている人って活動してないかしら?」
「まだ日もあるのに、違法売買が活発に動くとは思えないな」
「そうよね……。でもまぁ、手がかりが得られただけでも良しとしましょうか」
シュラインもため息をついてノートパソコンの電源を落とした。
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一方その頃、追跡に赴いたメンバーで、小太郎とユリも一人の容疑者を追い詰めていた。
「そこまでだこの野郎!」
冥月の能力で作り出した影から飛び出た小太郎が目の前の男に向かって吠える。
ユリも追いかけて影から姿を現し、男を見据える。
二人に気が付いた男は間髪いれずに手に持っていた符を発動させた。
巻き起こる爆発に、小太郎は咄嗟に光の壁を作り出して防御する。当然、その陰にユリも入れて一緒に守る。
「大丈夫か、ユリ?」
「……うん、私は平気」
ユリの返答を聞いて、小太郎は一度頷き、再び男を見やる。
爆発を起こす符を持っている時点で、この男は今回の件に関わりがあるはず。
そう思った小太郎はすぐに男に飛びかかろうとするが、
「……待って!」
ユリに止められる。
「なんだよ? やっぱりどこか怪我でもしたか!?」
「……そうじゃないの。向こうから足音が聞こえる。誰かこっちに来るみたい」
それが仲間でないのは明らかだ。シュラインは興信所まで戻っただろうし、他のメンバーなら仕事が速すぎる。
だとすれば、敵か、若しくは一般人だろうか。
「じゃあ、ユリはそっちを頼む。俺はこの野郎を倒したらすぐに行くから」
「……うん、わかった」
「危なそうだったらすぐに呼べよ」
「……うん」
手短な作戦会議を終え、二人は自分のやるべきことを全うするために動き出した。
小太郎が男の相手をしている間、ユリはこちらに向かっているらしい人間の元へ向かう。
一般人ならこちらへ来ないように指示しなければ。敵なら……その時は戦う。
そう覚悟を決めながら足音の聞こえる方へ向かうと、そこには一人の男性が。
「……すみません、ここから先へは……」
「あれ、ユリちゃん? こんな所で何をしてるんだ?」
「……え?」
不意に自分の名前を呼ばれ、呆けるユリ。そしてよくよく相手の顔を確認すると、それはユリの記憶にもいる男性だった。
「……ほ、北条さん!?」
「そうだよ。俺だ。北条 直也(ほうじょう なおや)。懐かしいな、ユリちゃん、元気してたかい?」
「……え、ええまぁ」
予想外の人物に出会って、多少テンパるユリ。
とは言え、関係ない人物をここから先へ行かせるわけには行かない。
「……あ、あの北条さん、ここから先へは……」
「……この先に何かあるのかい? 俺に見られちゃいけないような、何かが」
「……っう、あるんです。だから……」
口篭りながらも一応足止めするユリ。そんな彼女を眺めながら、北条はにこりと笑う。
「まぁ、無理に押し通ろうとは思ってないよ。それに君と久しぶりに会えたんだ。お話をするのも良い」
「……お、お話ですか。あまりそういう余裕は……」
「それもダメかい? 仕方ないなぁ……」
「……た、多分、もうすぐ小太郎くんが片付けてくれると思いますので」
そこまで言ってユリは自分の失言に気付く。無関係の人間に小太郎の名と『片付ける』というヒントまで与えてしまった。
慌てて口をつぐんだが既に遅く、北条は首を傾げてユリを見る。
「コタロウくん? ……それは、もしかして三嶋 小太郎くん?」
「……え? 知ってるんですか?」
「ああ、うん。まぁ、俺から一方的にだけどね。なるほど……君と小太郎くんが知り合いか。こりゃ、辛いな」
何か難しい顔をし始める北条に、ユリは心配そうに尋ねる。
「……あ、あの、何か?」
「いや……そうだな。一つ答えてくれるかい?」
「……なんでしょう?」
「その小太郎くんとは、仲良いの?」
そう尋ねられて、ユリは一瞬、昔の記憶をフラッシュバックのように見る。
思い出されるのは、何故か優しく笑いかけてくれる北条の顔ばかりだった。
「……い、いえ。別に、そういうわけじゃありません」
言った瞬間、ユリ自身でも何故そんな事を言ったのかわからなかった。
ユリの中で小太郎がどんな存在であるか、自分が一番わかっているはずなのに、それを否定していた。
「うん、そうか。それなら良かった」
そんなユリに笑顔を向けた北条は、そのまま踵を返して去っていった。
「……私、どうして……」
自分が口にした言葉が、ユリは信じられなかった。
自分にとって小太郎ってなんなんだろう。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / 女子高生セレブ】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様、シナリオに参加してくださり、本当にありがとうございます! 『もっとマシなタイトル考えるんだった』ピコかめです。
意外と真面目な内容になってしまった。予定ではもっと簡単な話だった気がするんだが……。
事件の裏を調べるという事で、一人で興信所で調べ物でした。
その途中で草間さんに微妙に大きい事を知らされたりしましたが、どんなモンでしょう。
調べ物の結果も一応収穫ありで、次回に繋がるフックになる……はず。
ではでは、気が向きましたら次回も是非!
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