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返魂の姿見
●オープニング
反魂香(はんごんこう)。
中国の書物に登場する神霊薬で、死者を蘇らせ、亡霊をこの世に呼び戻す力があると信じられている香。
漢(紀元前二世紀〜二世紀の中国)の皇帝、武帝がこの香を使い、寵愛していた李夫人の霊を呼び戻そうとした逸話は有名である。
越中富山の売薬の中でも有名な薬「反魂丹」は、万病に効くと言われている。
その効力を宣伝する目的からか、死者を生き返らせる反魂香にちなんでその名にしたらしい。
その香り漂う姿見が『幽玄堂』という店に納入された。
「おかしいですね…。このようなもの、頼んではいないのですが…?」
店主の香月那智は、首を捻りながらおや? と思った。
「また、この世のモノではない商品が紛れ込んでしまったようだな」
那智の隣にいる夢現も首をかしげる。
幽玄堂には、時折頼みもしない商品が舞い込むこともある。
姿見には、使用用途が書かれたメモが貼り付けられていた。
「どれどれ……」
返魂の姿見(はんごんのすがたみ)
同封されている線香を焚いている時間、この世のものではない人物と会えることができる。
亡くなった大切な人、可愛がっていたペット、等……。
時間は40分。その間だけ、姿見に映るモノと会話ができる。
あなたは、誰にお会いしたいですか…?
●悔恨
――父さん、母さん…駆けつけられなくて…助けられなくて…ごめんよ。
――もっと、もっと早く駆けつけられていたら、二人とも助けられたかもしれないのに…
阿佐人・悠輔(あざと・ゆうすけ)は、三年前に起きた出来事の夢を見ていた。
ただの夢であって欲しいと、何度願ったことか。だが、悠輔はあの日から何度も同じ夢を見ている。
三年前、街が現実と切り離され、魔物が徘徊する地獄の状況に巻き込まれたため、崩壊した街。
そのことで失った、両親と親友の思い出。
大切な人を救えなかったことを、彼は自分のせいだと責め続けていた。
――ごめん……本当にごめん……。
カーテンから洩れる朝日で、悠輔はうっすらと目を覚ました。前髪をかきあげ、悪夢を振り払おうと無意識のうちに表情を硬くする。
夢の中で思い出すのは、自分の不甲斐なさと力の無さ。不運にも、街が崩壊した際に今の能力―握った布の性質を自在に変化させる―を身につけたのだ。
少し伸びた前髪に触れた時、涙を流していることに気づいた。
「いつまで……いつまでこの夢を見るんだ……!」
悔しさのあまり、悠輔はシーツを強く握り締めた。
自分を責め続け、貶めている限り、この悪夢からは逃れられないだろう。
義理の妹となった少女が、朝ごはんできたよと声をかけるまで、悠輔は自責の念に駆られていた。
●誘い
長かった夏休みが終わり、いつもの日常生活が始まった。
悠輔はいつも通り登校し、普段の学校生活を過ごした。
「阿佐人、ファミレスで何か食わないか?」
クラスメートの一人が悠輔を誘ったが「用事があるから」と断った。
今朝の夢の後味の悪さが、そんな気分にさせてくれなかったのだ。
学校帰り、夢の後味を消そうと気分転換にと街を歩き回っている時だった。空き地だったはずの場所に一軒の古びた店が何時の間にか建っていた。古びた木製の看板には『堂玄幽』と草書体で書かれていた。
「幽玄堂……で、いいのか?」
いきなり現れたかのような不自然さと不思議な雰囲気を感じ、悠輔は何かに導かれるように店内に入った。
店内は、いたる所が傷んでいる古びた内装だったが、店内には高価な値がつきそうなものから、ガラクタ同様の骨董品が所狭しと陳列されている。
「ここは、骨董品屋なのか……。何時の間に開店されたんだ?」
不思議がっていたが、それよりも、店内にある多くの骨董品にめを奪われた。
悠輔がその中で強く惹かれたのは、彼の全身が映るほどの一枚の鏡だった。
「いらっしゃいませ。その鏡に興味がおありですか?」
対応したのは、女性のような外見の紳士的な男性で、幽玄堂店主である香月・那智。
「あ、ああ……何というか、その……これに惹きつけられたような気がして」
どうやら、この鏡の力を感じ取ったようですね、と心の中で呟いた那智は、悠輔に商品の説明を始めた。
「この商品は『返魂の姿見』といい、この世のものではない人物にお会いすることができる代物なのです」
「この世のものではない人物?」
「わかりやすく言うと、亡くなられた方です。大切な人や友人、可愛がっていたペットとか。この線香の煙がたなびく間だけ、その方と話ができます。一本燃え尽きるのが40分なので、時間があまりございませんが」
40分という時間だけでも、両親にも会えるかもしれない。
「この姿見ですが、本当にそういう高価があるんですか? それが本当かどうか試したいので、お借りしたいんですが……」
駄目もとで、悠輔はレンタルを申し出たところ、那智は「構いませんよ」と快く了承した。
「姿見を持ち帰るのは大変でしょう。ご自宅にお届けに参ります。おそれいりますが、住所と電話番号を教えていただけますか?」
「は、はい」
差し出されたメモ用紙に、悠輔は自宅の住所と電話番号を記入した。
「それと、レンタル代ですけどおいくらですか?」
摩訶不思議な道具なので、借りるだけといってもかなりの値が張るかと思いきや
「お代は結構です。あなたが、この鏡の効果を信じてくださった、それが対価です」
「でも、そういうワケには……」
代金を支払わないと気がすまなそうな悠輔に、那智は線香代だけ貰うことに。一本だけであったが、不思議な効果があるというので値段はそれなりのものだった。
「では、翌日お宅にお届けに参ります」
悠輔の姿が見えなくなるまで、那智は彼を店の前で見送った。
●再会
「ごめんください」
翌日、阿佐人家に幽玄堂に展示されていた『返魂の姿見』が二人の配送人の手によって届けられた。
義理の妹が不思議がって荷物を見たが「通販で買ったものだよ」と誤魔化す悠輔。
「これ、どこにお運びしましょうか?」
「俺の部屋に運んでください」
配送人は、悠輔に案内され、彼の部屋に姿見を運び始めた。
「では、こちらのほうに置いて置きますね」
梱包を解いた幽玄堂の店主に似た男性が、姿見をベッドの側に置いた。
「使い終わりましたら、幽玄堂のご主人にご連絡ください。姿見を引き取りに来る、と言伝を承りましたので」
男性はそういうと、帽子を取り、お辞儀をして部屋を出た。
部屋を立ち去る際、配送人の一人が悠輔に姿見の使用用途を説明し始めた。
「この鏡だが、午前0時にしか使用できぬ。それと、部屋は暗くしておけ。でなければ、貴様が会いたい者達と話ができぬぞ」
右目が赤紫、左目が青紫のオッドアイの配送人の只ならぬ雰囲気を感じながらも、その言葉に首を縦に振る悠輔。
午前0時、姿見の効果が現れる時間。
悠輔は線香を消しゴムに差し、マッチで火をつけて手で火を消し、煙を出した。
――父さん、母さん……俺は、二人に会いたい……!
その願いが通じたのか、姿見が光を放った。輝きがおさまると、姿見には三年前に死んだ両親の姿が映し出されていた。
「父さん、母さん……」
『悠輔、男は簡単に涙を見せるものじゃないと父さんが言ったのを忘れたか?』
姿見に映っている父にそう言われ、悠輔は自分が泣いていることに気づいた。
「覚えてるさ。でも……でも、俺はあの時、父さんと母さんを助けられなかった!!」
あまりの不甲斐無さ、悔しさに、悠輔は拳を強く握り締めた。
『あのことは、誰にも予測できなかったことなのよ。だから、あまり自分を責めないで頂戴』
「母さん……」
『悠輔、あなたはあの後どうなったの? お父さんとお母さんに話を聞かせて』
生きている頃と変わらぬ優しい声で、母は悠輔の今後を聞いた。
「街が壊れ、魔物が徘徊して地獄のような世界だったけど……俺は必死で生き延びた。父さんと母さん、親友の分まで生きるって決めた。今は、叔父さんに引き取られて生活している。叔父さんも、叔母さんも俺を不憫に思っているのか、優しくしてくれるよ」
『そう……それを聞いて安心したわ』
『俺も、それを聞いて安心したよ。それ以外の話も聞かせてくれ』
3年振りに見た両親の笑顔に安心したのか、悠輔は明るい表情で話を続けた。
「そうそう、街で変わった女の子に会ったんだ。その子は、今は叔父さん夫婦の養女になって、俺の義理の妹として一緒に暮らしているんだ。とても明るくて、素直ないい子だよ。二人に紹介できないのが残念だけどね」
明るかった悠輔の表情は、話し終えると同時に翳り始めた。
「父さん、母さん、あの時……あの時、俺に力は無かったばっかりに二人が生きているうちに駆けつけられなくてごめん!! 俺……それだけが心残りだったんだ。俺だけが生きていてもいいのかって思ったこともあった!」
姿見に映っている両親は、笑顔で俯く息子に優しく語りかけた。
『悠輔、おまえが気にすることは無い。あれは、誰のせいでもないんだ。突然の事故だったんだ。だから、自分を責めるな』
『私達の息子は、正義感が強く、誰にでも優しい子よ。その心を、決して忘れないで』
信じられないが起きた。姿見から、両親の両腕が出現し、悠輔の両手を取った。
――さようなら、悠輔……強さと優しさを忘れないように……。
両親の腕と言葉が消えると同時に、線香は燃え尽きた。
「ありがとう、父さん、母さん……!」
姿見に両手を当て、悠輔は涙が枯れ果てるまで思い切り泣いた。
●感謝
翌日、悠輔は幽玄堂の店主、那智に連絡を入れた。
「先日、姿見をお借りした阿佐人です。姿見を届けてくれた配送人の方が、返却の際はそちらのご主人に連絡するようにとことですので、お電話しました」
「ご連絡、ありがとうございます。あなたがお会いしたい方とは、お話できましたか?」
那智の優しい声に、悠輔は昨夜の両親の言葉を思い出して泣きそうになったが、涙を堪えた。
「ええ、会えましたよ。40分と言う短い時間でしたが、話したいことを全て話せました。本当に、ありがとうございました」
「そうですか、それは良かったですね。では、昨日姿見をお届けした配送人に姿見を引き取りに行くよう、こちらからご連絡致しますので、対応のほう、宜しくお願い致します」
「わかりました」
悠輔は自室に戻ると、姿見の梱包を始めた。
昨夜の両親との出会いは長い夢のように思えたが、会えたのは事実だ。
夢でも、幻でも良い。二人に会え、謝ることができたのだから……。
その一時間後、昨日と同じ配送人二人が、姿見を引き取りにやって来た。
――さようなら、父さん、母さん。
心の中で、悠輔は両親に別れを告げた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5973 / 阿佐人・悠輔 / 男性 / 17歳 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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>阿佐人・悠輔様
はじめまして、氷邑 凍矢と申します。
このたびは「返魂の姿見」にご参加くださり、まことにありがとうございます。
全てのノベルを拝見しましたところ、悠輔様は強く、優しく、責任感の強い方だと思いました。
このノベルでは、優しさと責任感の強さを醸し出してみました。
イメージに会わないようでしたら、申し訳ございません。
またお会いできることを楽しみにしております。
氷邑 凍矢 拝
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