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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


「機尋」退治

 ■オープニング

「怪奇の類は禁止!」とどれほど口を酸っぱくして言っても、その手の依頼が途切れることはない。
 この日、草間興信所の応接用ソファに座していたのは忍冬唐草を裾にあしらった濃紺色の和装に揃いの羽織を重ねた三十代半ばの男。狐面のように細い目を更に細めて笑いながら、自らを妖怪コレクターと名乗った。
 草間武彦は諦めの息を吐いて、先を促す。
 ここで追い出そうと頑張っても無意味だろうことは、長年の探偵業で培った勘が彼に悟らせていたのだ。
「機尋(はたひろ)と呼ばれる妖怪をご存知ですか?」
 男は続ける。
「女房に機織で金を稼がせていた男が、ある日、遊びに出たきり戻らなくなった。女房はそれを恨んで織りかけの布を切ってしまい、女の一念がこの布に宿り蛇となって夫の行方を捜し始めた――『今昔百鬼拾遺』で紹介されているのですけれどね」
「…つまり蛇の妖怪ですか」
「形は蛇ですが、種類を言うならば布の妖怪ですね」
 そこは果たして重要なのだろうかと思うが、とりあえず彼がここを訪れた理由を知りたい。
「その妖怪が何か」
「実は我が家に、これが一匹、迷い込んで来まして」
「は?」
「えぇ、何を言っているのかと思われて当然です。僕もコレクターとして妖怪が迷い込んでくるのは、普段であれば大歓迎なのですがね。如何せん、憎らしい夫を探し彷徨うものですから、こちらで抑えておくのも一苦労で」
「夫を探している?」
「そう、殺しても殺し足りないほどの怨みを抱いているようです」
「江戸時代の妖怪が?」
「いえ、我が家に迷い込んだ機尋は最近生まれたものです。女性に散々貢がせておいて裏切り、怨みを買う男は、どの時代にもいるものです。最も、この時代に機織で稼ぐ女性はいないでしょうから、機尋と呼ぶのは正しくないかもしれませんが」
「なるほど」
 草間は頷き、返す。
「――で、その女性に怨まれたオトモダチから助けてと縋られた訳ですか」
 呆れて言う探偵に、男はわずかに目を瞠り、…だがクックッと喉を鳴らした。
「噂通りの探偵さんですね」
「あんたの話は全部が胡散臭いんだ、何をして欲しいのか、はっきり言え」
 もう遠回しな言い方は許さないという強い口調で言い放てば、男は一礼して告げる。
「では依頼を。――我が家に閉じ込めている機尋を鎮めて頂けませんか」

 男を恨む女性の一念が布に宿り蛇へ姿を変えた妖怪「機尋」。
 これを、どうにかして頂けませんか――?


 ■作戦会議

「んー…、妖怪と言うよりは呪に近い形のようね」
 妖怪コレクターと名乗った依頼人が帰ってから事務所に顔を揃えた面々の中、顎に指を置いて呟くのは興信所の事務員であるシュライン・エマ。
「俺はその依頼人が気に食わない」
 不機嫌を露に言い放つのは、妖怪退治なら彼が適任だと草間が判じて呼び出した天狗少年、天波慎霰だ。
 一方、彼らに冷たい飲み物を差し出した草間の義妹で探偵見習いの零は、兄の前にも麦茶を差し出すと、彼らの話の邪魔にならないよう部屋の隅に下がり、それを見遣った草間はソファで煙草を吹かしながら苦い息を吐いた。
 正直に言えば彼自身も今回の依頼者にはあまり良い印象を持てずにいる。とはいえ、このまま無視しては寝覚めの悪い事態になりかねず、妖怪「機尋」を鎮めるという点については承諾しても良いかと考えたのだが。
「どうだ、協力してくれるか」
 問い掛けに、シュラインは苦笑交じりに頷き返し、慎霰はムスッとしたままそっぽを向くが、席を立たないところを見ると、手を貸すことに異論はないようだった。
「なら…、まずは作戦会議といこう」
 草間は煙草を消し潰し、彼らを応接テーブルの周囲に集まらせ、依頼人から聞き出した必要と思われる情報を、二人の協力者からの質問に対する返答と交えながら説明していった。
 妖怪コレクターを自称した依頼人は地方の山中に住んでおり、今回の原因とも言うべき男とは大学時代からの付き合いらしいが、友人と言うには浅い関係でしかなく、この騒ぎをきっかけに依頼人のことを思い出して泣き付いて来たという。
「その機尋だが、現在は依頼人の家に、ある種の結界を張って部屋に閉じ込めているらしいが、暴れて酷い状態だそうだ」
「バカ男は何処に居ンだよ」
「一応、仕事はしているらしくてな。コレクターに任せておけば大丈夫だと、すっかり安心して自宅に戻っているそうだ」
「ほんとサイッテーだな」
 慎霰が忌々しげに言う隣で、シュラインが冷静に問いを重ねる。
「奥さんの方はどうしているの?」
「病院で療養中。自宅で倒れているのを母親が見つけたらしい。すっかり衰弱して、意識は戻らないままだ」
「当たり前だ」
 吐き捨てる少年の物言いに全員の視線が集まる。
 慎霰は軽い息を吐いて説明した。
「人間が妖怪を生むってことは、感情の全部が憎悪に支配されて、人間の魂から切り離された心が別の何かに憑くってことだ」
 つまり夫への怨みに支配されて心を失った身体には、たとえ魂が残っていても生きようとする意思がない。
 一度止まってしまった時間を再び動かすためには、彼女自身が「生きたい」と思えなければ無理なのだ。
「女の怨みの念を少しでも昇華させてやって、本人が生き直そうと思うようになれれば心は解放されて意識が戻るはずだ。あとは形になっちまった妖怪を俺が消してやれば解決、――まぁ…、少しは感情みたいなのも一緒に消しちまう危険はあるけどな」
「なるほど」
 草間は頷き、ならばと今後の予定を決める。
「だったら俺とシュラインで奥さんの方に行こう。妖怪退治はおまえさんに任せる」
「了解」
 存外素直に答える少年に、草間は更に言い募る。
「今回はあくまで妖怪退治が目的だからな」
「わーかってるって」
 あっさりと返してくる少年に、だが付き合いの長い探偵は苦笑交じりに肩を竦めて見せるのだった。


 □妖怪屋敷の変

 妻の方にはシュラインと草間が向かうことになり、妖怪本体の退治を任された慎霰は一人、妖怪コレクターを名乗った男の、山中の屋敷へ飛んで来ていた。
 草間からの情報通り、屋敷の一角に捕縛用の結界が張られているのが見え、その中で縦横無尽に暴れまわっている大蛇が一匹。
 機尋だ。
「酷い妖気だな」
 顔を顰めて呟いた後、周囲を探ってみると他にも複数の妖怪が敷地内に囚われているのが判った。
 コレクターを名乗るだけのことはあるようで、妖気よりも更に禍々しい何かが物の怪達を縛り付けている。
 同時に、屋敷を囲む森にも無数の気配が感じられ、それらは一様に屋敷そのものを警戒しているようだった。
「乱獲…はしていなさそうだけど、自分の領域に入って来た妖怪は問答無用で捕らえるって感じか」
 眉間の皺を更に深くして呟いた頃、それは変化を見せた。
「おっ」
 結界の中で暴れまわっていた機尋が苦しげな呻き声を漏らし始めたのだ。
 次第に弱まっていく妖気。
 大蛇の輪郭もぶれ始め、ゆっくりとその長さを縮めていく。
「あっちは成功したな」
 脳裏にシュラインと草間の姿を思い浮かべて、わずかに綻ぶ口元。
 人間の憎悪との繋がりが、解ける。
「よし!」
 もう大丈夫だと確信し、慎霰は止まっていた枝からその部屋へ真っ直ぐに飛んだ。
 風の力を借り、勢いをつけて。
 胸に煌くは天狗火を宿す小太刀の刃。
 部屋に張られた結果は、だが慎霰の行く先を阻むものには成り得ない。
 少年は天狗。
 妖怪の主と謳われる彼に生半可な術は通用しなかった。
「おらよっ」
 響くは結界の破砕音。
 描かれた軌跡には青い火が走り、機尋を炎上させる。

 ――……シャアアアアァァァァアア……!

 大蛇の叫びに、しかし慎霰が眉一つ動かすことは無く。
 怨み辛みの念から生じた妖怪は、天狗火の中で元の布に――男物のシャツに戻り、灰となって風の中に消えていった。
「任務完了」
 おどけて言う慎霰は、そこでようやく自分の携帯電話が鳴っていることに気が付いた。
 誰かと思えば草間である。
 こちらの仕事は終わったから後は頼むという探偵に少年は笑う。
「こっちももう終わった」
 その返答は相手を驚かすには充分だったようで、呆れているのか感心しているのか、微妙な声音で言葉が続く。
「なら戻って来い、事務所で打ち上げだ」
「あぁ、賛成」
 それに異論はないのだが、今すぐ帰ると言う訳にはいかなかった。
「でも少し遅れるぜ、今から野暮用があるからな」
 少年の言葉に、草間は一瞬の沈黙。
 だが次いで聞こえたのは軽い吐息。
「土産を楽しみにしながら待っていてやるよ」
 そうして電話は切れた。

 ***

 慎霰は電話を切ると、屋根に飛び移り姿を隠す。
 すぐに聞こえてくる慌しい足跡は複数。
 どの人物も和服姿で、先頭に立つ忍冬唐草を裾にあしらった濃紺色の和装に揃いの羽織を重ねた三十代半ばの男が、この屋敷の主人、つまり妖怪コレクターを名乗った依頼人なのだろう。
 他には女中と思われる老女が二人と、奥方らしき若い女。
 こちらは放っておいてもよさそうだと判断する。
「これは…!」
 結界が壊され、機尋が燃え尽きた室内は、妖怪が閉じ込められて暴れていた痕跡を生々しく残しており、三人の女性は揃って顔を背け、部屋の無残な姿を視界から外した。
 ただ一人、主人だけは驚愕の表情で部屋を凝視し、握った拳を震わせている。
「なんてことだ…っ…何がどうなって…これが依頼した結果なのか…!?」
 彼は草間興信所で、機尋を鎮めるよう依頼したつもりだ。
 封印出来る状態になってくれれば自分のコレクションの一つに加えるつもりだったのだろう。
(けど、そうは問屋が下ろさないぜ)
 慎霰は意味深に笑い、口の中で短い呪を唱えた。
 と、呆然と立ち尽くす主人の後ろにいた女達が次々と小さな悲鳴を上げて後ずさる。
「だっ、旦那様…!」
「どうしたっ」
 振り返るべく首を動かした拍子に、何かが頭から落ちた。
「!」
 何かと思えば、それは主人の髪の毛。
「なっ…」
 驚いて身体を揺らす。
 同時にまた一房、二房と髪が落ちる。
「何だこれは! 私の髪が…っ!」
 動揺する程に男の髪は束で落ち、次第に、髪に守られ日焼けしたことのない白い頭皮が露になる。
「うわっ、わっ…私の髪…!」
 どれだけ狼狽しても髪が抜け落ちるのは止まらない。
 数秒後には髪の毛一本見えなくなった頭を抱えて主人はその場に座り込んでしまった。
「どうしてこんなことに…っ!?」
 直後。
「っ!」
 ボンッ…と何かが爆発するような音が頭上で鳴り、次の瞬間には頭を抱えていた手が髪の毛を掴んでいる。
「なっ、なんだっ、戻ったのか!?」
「旦那様、旦那様、御髪が…っ」
 しかしそれもわずか数秒。
 再び髪は束で落ち始める。
「うわわっ!」
 落ちては生え、生えては落ちるの繰り返しに妖怪コレクターは半泣きの状態で困惑しきり。
 屋根に隠れた慎霰は声を殺して笑う。
 彼らが見ているのは、幻だ。
 実際に男の髪が抜け落ちることはないし、術が解ければ今までと何ら変わりない姿がそこにあるのだが、そういう意味で彼の目が覚めるのは、当分先の話だろう。
 今はまず、我が物顔で捕らえている妖怪たちが受けた恐怖や痛みを自身で思い知ってもらいたいと考えたのである。
 慎霰は空を仰いだ。
 もう間もなく陽も暮れようと言う時分。
 奇しくも屋根の上から依頼人の方へは逆光で顔が見えなくなる。
 これは好都合だと、少年は黒い翼を広げ、その場に立ち上がった。
「おい、おまえ!」
 急な声に、依頼人は大袈裟に肩を震わせて上空を仰ぎ見た。
 逆光で影になる人物の、その背に広がる漆黒の翼。
 人間ではないと一目で知れる、その正体は。
「…っ…まさか天狗……!?」
 自称であれ妖怪コレクターを名乗る男は天狗の存在を知っていたし、簡単に遭遇出来る相手でないことも知っていた。
 その天狗が目の前に現れて、男はただただ呆然と目を見開く。
「いいザマだな」
 ぼたぼたと髪を落とし続ける男に、慎霰は言い放つ。
「その呪いから逃れたきゃ、早々に仕事を変えるんだな」
「なんだって…?」
「俺は妖怪を集めて喜ぶ、おまえみたいな人間が気に入らない」
「――…っ」
「いま集めている妖怪を全部、森に返せ。そして二度と同じ真似はするな。改心しない限り、その呪は絶対に解けないからな!」
「待っ…!」
 飛び立つ慎霰に依頼人は手を伸ばしかけたが、その瞬間に頭は頭皮を剥き出しにし、再び爆発音に似た音を立てて髪が生えた。
「……っ」
 もう何度目かになる現象に、依頼人はすっかり肩を落としてその場に項垂れてしまった。
 妖怪を集めて楽しむ人間は、それらを捕縛する手段は知っていても妖術の類は専門外であったし、掛けられた呪いは易々と他人の手を借りられるものではない。
 男は、こうして天狗を敵に回す恐ろしさを思い知らされたのだった。


 ■エピローグ

 数日後、草間は慎霰を事務所に呼び出していた。
 いつもの応接ソファに腰掛けて向き合う彼ら。
「おまえ、依頼人に何かしたか?」
 わざとらしい問い掛けには、慎霰も惚けるだけ。
「さぁ、何かって?」
 逆に問い掛けられて草間は肩を竦める。
「なら機尋が生まれた原因になった男には何をした?」
「さぁ」
 やはり惚ける慎霰に、口を挟むのはシュラインだ。
「奥さんね、ようやく退院の許可が出たんだって、昨夜ここに電話をくれたの」
「よかったじゃん」
「そうね。何でも、背中に「色男」と書かれた旦那さんが裸で大通りに放置されている写メールが匿名で送られてきたらしくて。それを見たらすごく可笑しくなって、久し振りに大笑いしたら気が晴れたんですって」
「へぇ」
 そうして、彼女が今までの関係を見事に吹っ切って自身のために歩き始めるのは、もう少し先の話。
 しかし、そんな未来を予感させる彼女の弾んだ声を電話越しに聞いて、シュラインも草間も心から安堵した。
 彼らを経由して彼女のその後を聞いた慎霰も同じく、これで一件落着だと朗らかに笑う。
 そんな少年の様子を見ていれば、草間もそれ以上は追及するだけ無駄と察したらしい。
 諦めてもう一つの事後報告も終わらせる。
「依頼に来た妖怪コレクターだが、今ではすっかり妖怪嫌いになって山を下りたらしいぞ。都会の方が安全だと言ってな」
「ふぅん?」
 その言葉に笑みを強める少年に、シュラインと草間も笑うしかなく。
「はいどうぞ」
 お茶の準備を終えた零が彼らの前に麦茶を差し出した。が、妙に薄い色合いに各々が小首を傾げる。
「おい零、飲むには早過ぎるんじゃないか」
 もうしばらく置いて冷やした方がいいのではと草間が言うも、少女は頬を膨らませて不機嫌顔。
「そういうことは依頼料を貰ってから言って下さい!」
 一同絶句。
 そういえば今回も…と思い返して、――やはり笑うしかない。

 まぁいいか、と。
 今日も金運はないが笑顔は耐えない草間興信所だった。




 ―了―

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■ 登場人物 ■
□参加PC様
・0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/
・1928/天波・慎霰/男性/15歳/天狗・高校生/
□参加NPC
・草間・武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵/
・草間・零/女性/不明/草間興信所の探偵見習い/


■ ライター通信 ■

こんにちは、今回は【「機尋」退治】にご参加下さり、ありがとうございます。
一部プレイングを反映出来なかったことをお詫び致しますと共に、お届けした物語がお気に召して頂けます事を心から願っています。

それでは残暑の厳しい夏、くれぐれもお体はご自愛くださいませ。


月原みなみ拝

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