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<東京怪談ノベル(シングル)>


『紅く染めあげた翼で』


 夕刻。某南国の島に所在する某国の空軍基地。
 そこに一機のステルス機が鎮座している。
 レーダー波反射面積を極力抑え現代科学の粋を集めた戦闘機。
 呼称を日本語でいうと『猛禽』という。
 ずば抜けた高価さから、その機を駆るものはエリート中のエリートだ。
 そして今夜もそのエリートパイロットは、コックピット内で悦に入っていた……そう、彼の航空知識に及ぶものなどそうはいない。
 しかし。
 そんな彼も知らなかった――科学も、人も、超越した存在のあることを。
 しかもそれが、自分の背後に迫っていることをも。
 リボンと黒髪を揺らして、少女はゆっくりと歩む、獲物の背後へ。
 闇に、無垢な紅い瞳がきらりと輝く。
 まるで抱きつくようにパイロットの肩をつかみ、ロルフィーネ・ヒルデブラントは微笑みとともに――その首にゆっくりとかぶりつく。
 滴る鮮血、喉越しになだれこんでくる赤い液体と小さな肉片の濃厚さ、豊潤さ。
 それらを心ゆくまで堪能して、ロルフィーネはゆっくりと口を離した。
 今夜ばかりは完全に食い散らすわけにいかない。お楽しみは別にあるのだ。
 唇、そして指先の血をちろりと舐める。
「へへ。今夜のおもちゃ、ゲットしちゃった。もうボクのものだね……」
 ゆっくりと滑走路へ動くその翼を、止められるものはいない。



 血を吸われ――血塗れのひざの上にちょこんと、これまた、血塗れの少女を乗せ――下僕化したパイロットは哀れなほどロルフィーネの意志に忠実に機を操る。
 普通に生きていればできなかったであろう、人間の限界を超えた機動をえがきながら。
「南の島、たのしかったなぁ。この人の血もおいしかったし……そーれ」
 MAXアフターバーナー。超音速突入。
 連続ロール。
「あは、景色がまわるよー! それ宙返り!」
 ターン、背面飛行、自由落下、高速ヨー。
 常人ならとうの昔に内臓がつぶれている。
 もつれた糸のごとき飛行機雲を空に形作る。
「いいなぁ、これ。すれすれまでいってみようか!」
 灯りのつき始めた地表へ向かって思い切りダイブ。
 迫る地面を楽しみ、ギリギリで急激な引き起こし。
 地がせりあげ、空が回る。
 海面すれすれを舐めるように飛ぶ。
 衝撃波が波をあおり、ロルフィーネの下で白い痕をひく。
「あーおもしろい。高いところまでいくと速くなるんだよね? ぎゅーん、と!」
 高々度へ一気に加速。圧倒的なG。
「さて、帰ろうかな。――またお腹がすく前にね」



 東京防霊空軍、高月・泰蔵は目を見張った。
 対霊障レーダーが反応している。
 それだけならいい。北上してくる反応は、たったひとつ。
 しかしいつもの降下妖魔ではない。
 速い。
 超音速巡航、しかも狂ったような軌跡をえがいて東京に向かってくる。
 そして……並ではない。
 痛いほどにブリップが輝く、強烈な魔。
「なにが起こっとるんだ、これは……」
 驚愕しながらも彼は腹を決めた。人は出払っている、自分がでるしかない。
 格納庫へはしり、自ら開発したイズナに乗り込む。
「高月泰蔵搭乗、イズナ出る。エンジンコンタクト」
 座ったイズナのシートは冷たかった。
 まるで怯えているかのように。



 出会いは相対速度音速以上のヘッドオンだった。
 一瞬すれ違った白い機体を、ロルフィーネはキャノピに手をついて視認した。
 列車の窓から外を眺める子供のように。
「あ、ボク以外にこんなところ飛んでるのがいたんだ?」
 ふくれっつらになる。
「せっかく独り占めだったのに、なんだったんだろ、もう。生身ならじわじわ刻んでやるのに、あんな機械」
 まあいいや、と前に向き直り、マスターアームスイッチをがちゃがちゃいわせて遊んでいたそのときだった。
 通信機から電子音がなる。
 きょとん、とロルフィーネは光るサインをみつめた。
 意外にも先ほどすれ違った機が、ポート側に追いついてきている。
 その白い優雅なラインと鋭い前進翼のボディは、黒い夜空を独占していたロルフィーネをいたく憤慨させた。
「不明機、聞こえるか。返答を請う」
「なに? 誰なんだよこいつ……」
「繰り返す、不明機、戦闘の意志がなければ前脚をだせ。繰り返す……」
「なんだ、餌が乗ってるのか。うるっさいなぁ」
「こちら東京防霊空軍機。返答を請う」
 しつこく繰り返すそのだみ声、そしてその機の存在自体に、ロルフィーネは苛立つ。
「ああ、もううるさい! これでいっぱい餌を驚かせて、それでいっぱい食べるんだもんね、ボクの遊びの邪魔!」
「それは……いや、了解した。交戦宣言とみなす。エンゲージ」
「餌のわりになんかかっこいいね、それ。真似してみようかな。それ、エンゲージ!」
 ロルフィーネはイズナの後ろへ回り込む、だが相手も同様の動きをとろうとした。
 互いに同時に背後をとろうと機動。
「ふーん、やる気なんだ。ボクのおもちゃは強いよ?」
 灰と白の影が交差を始める。



 先に後ろを取ったのは、空力特性上、旋回性能で上回る泰蔵のイズナだった。
 ガンレティクルがめちゃくちゃに飛ぶロルフィーネ機の右エンジンをとらえる。
「だてにとんどるわけじゃないぞ、化け物め……」
「なんだよ、ボクのものなのに? 何する気」
 半ロール。機体を縦にすべらせ、背後から迫った曳光弾をかわす。
「あは、こうやるとすとんって落ちるんだ?」
「ち、はずした!」
 機体を真横に立てたまま推力を絞る。ロルフィーネの遊びは続いているのだ。
 ストール。滑空。
 その振る舞いは、老兵の空戦常識からまったく外れていた。
「くそ、下にもぐりこまれたのか!」
 速度を落としつつレーダー表示をルックダウンに切り替える。
 ロルフィーネ自体の存在はイズナには感知できる。しかしまとっている機体の翼がどのような動きをとろうとするかまでは見えない。
 つまりは相対的な位置はわかっても、目視しなければ泰蔵には動きが読めない。
 手間取ったところで、ほぼVの字を描いて急上昇してきたロルフィーネ機が真下からそのはらわたに襲い掛かった。
「それそれ、ファイアあ!」
 猛禽の機関砲が吼え、うなる。
 イズナは機首をあげ、加速、真下から襲い掛かるロルフィーネのガン攻撃に角度をとり、運良く被弾なし。
「くそ、寿命がちぢむわい! いやちぢむで済むのかこの状況は……」
 上昇加速するイズナの後ろを、ロルフィーネ機がついてくる。
 後ろをとれば有利だと彼女は……理屈ではなくその狩猟本能から察知していた。
「あははは、ほらほら。にげろ、にげろ。その白い羽、くろっこげにしたげるよ!」
 追い込むように、逃げるイズナの背にむけてガンを乱射する。
「くそっ」
 泰蔵はともかく左右に機首をふる。回避機動。
 左右を弾が通り過ぎていく、その度に心臓がとまりそうになる。
「なんだ、偉そうだったくせに……ばいばいおじちゃん、ちょっとだけたのしかったよ」
 ロルフィーネ、空対空ミサイル選択。
 シーカーがイズナをとらえる。
「じゃあね〜」
 ミサイル、リリース。
 白煙をひいてイズナに迫る。
 興を失ったロルフィーネは、巡航にもどる。空中で爆散する死体などどうでもいい。
「いや……しめた!」
 泰蔵は唇を舐めた。
 イズナは防霊空軍機中で唯一、高度なチャフを装備している。
 連続で特殊金属片を空中にばらまく。ミサイル自爆、イズナは旋回、スターボード。
「よし! 命がつながったぞい!」
「あれ?」
 ロルフィーネは上空を見つめた。
 自らの放ったミサイルはとうに爆発しているのに、白い鳥がまだ飛んでいる。
 上から襲い掛かってくる。
「な、なんで死んでないのさ!」
「こちらの番!」
 ロルフィーネに向かってミサイルが放たれる。
「や、やば! この、ついてくるなよ!」
 ロルフィーネ機、距離を取るため真下へ降下、スロットルMAX――しかしミサイルと、イズナがその後を追ってくる。
「餌にできることが――ボクにできないわけないんだよ!」
 直感がロルフィーネを貫いた。
 そのまま地面へ、地面へとひたすら加速する。
「もっと速く! いけ、いけ……」
 森が目前に迫ってくる、その手前でロルフィーネは思い切り機体を引き起こす、水平飛行に戻る。
 イズナのミサイルは追いきれず地面に命中。
 ロルフィーネ、連続ロール。
「なんじゃとっ」
 泰蔵の身体ではロルフィーネ機のようなマンポイントを越える引き起こしと減速はできない。
 緩い軌道で水平にもどると、紅い瞳をさらに怒りで燃やしたロルフィーネが後ろにいた。
「死ぬ……!」
「餌は餌らしく、地面を這いまわってればよかったんだ……さよならおじちゃん」
 ロルフィーネがガントリガーを引く。
 カチリ。
 その音だけが響いた。
 残弾数がゼロになっているのに彼女は気づく――。



「まあいいや、このおもちゃにも飽きてきたし。よっと」
 パイロットの首をもう一度齧り――死肉なので美味しくはなく――ぺっと吐き出してロルフィーネは、その華奢な身体から想像できない蹴りでキャノピをふきとばした。
 上半身をだし、吹きすさぶ風を楽しむ。
 風に流れる黒髪とリボン。
「んー、きもちいいなぁ……。運動したらお腹すいてきちゃった。おや、あれは灯りかな」
 山あいの小さなともし火に、餌の匂いがする。
 ロルフィーネは、それへむかって飛んだ。
 猛禽の首を蹴り落として。
 森に着地して駆け出す少女。
 その後ろで、地面に激突しただの鉄塊と化した猛禽の屍骸がぐちゃぐちゃに火を噴き、血のように燃料を滴らせた。
 やがて抱いていた爆弾に引火――全てが終わった。
 再び夜にひそんだ、吸血鬼の少女をのこして。
 彼女はもう、振り返りもしない。


-end-