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＜誰彼時のLORELEI＞
＜Opening : 創砂深歌者＞
草間興信所の居候である遙瑠歌が、其の依頼を受けたのはある意味必然だったのかもしれない。
今回の依頼はおまえが適任だ。
そう言った所長の命によって、少女は依頼人との待ち合せ場所へと向かった。
場所は、有名な公園の時計の下。
『創砂深歌者』として、依頼人を『別の異界』へと導くのは、遙瑠歌の仕事だ。
それこそ、草間興信所に遣って来る、ずっと前からの。
遙瑠歌は歌う事で、人の寿命を表す『寿命砂時計』を具現化させる事が出来る。
此の世界に生きている人間全てが砂時計を持っている為、遙瑠歌には此の世界に住む全ての人間の寿命が分かる。
但し、知ろうとすれば、の話だが。
自分の砂時計を壊してみせた草間に興味を抱いて、此の世界へと降り立ったが。
其れまでは、何も無い空間で迷い込んだ人間相手に『異界への道』を作っていた。
遙瑠歌にとって歌う事は、須らく仕事だ。
望まれるままに歌い、砂時計を具現化し、望まれるままに異界への道を作る。
その在り方に、疑問を抱いた事はない。
しかし、今回の依頼人はどうやら砂時計を必要としているわけではないらしい。
ただ、異界へと渡りたい、それだけが依頼人の願いなのだから。
特殊な力がない人間が、異界へと渡るのは容易ではない。
だからこそ、道案内として遙瑠歌が道を開き、同行するのだ。
やがて、前方に人影を見つけると、少女は頭の中で所長から言われた言葉を思い出す。
依頼人に会ったら必ず聞く事、と念を押されている其の言葉。
「お待たせ致しました。わたくしは『草間興信所』から参りました、遙瑠歌と申します」
頭を深く下げる少女に、眼前の依頼人―まだ若い女性も、軽く頭を下げる。
そうして、遙瑠歌は頭の中で何度も繰り返し、思い出していた質問を口にした。
「何故、異界へと渡られたいのですか？」
オッドアイの少女は、所長の言いつけ通り、依頼人へと尋ねたのだった。
＜Chapter:01 カルマ＞
「はじめまして。私は藤田あやこです。今回は依頼を引き受けて下さって、有難う御座います」
依頼人は、漆黒のロングヘアを風に揺らす女性―藤田あやこと名乗った―不可思議な空気を纏った人間だった。
「……つかぬ事を、御伺い致しますが。貴女様は、『人間』で御座いますか」
無表情のまま其のオッドアイで、あやこを見詰め、問い掛ける遙瑠歌に。
あやこはふ、と視線を落とした。
「人間であり、人間でない存在、という様なものです。元は人間だったのだけど、在る時からこうなってしまったから」
そう言ってあやこは、鞄の中から何かを取り出した。
それは、鈍く輝く銀色の懐中時計。
そのまま其の懐中時計を、遙瑠歌へと差し出す。
相変わらずの無表情で、遙瑠歌は其れを受け取る。
「お話を、御伺い致します」
そう告げた遙瑠歌に、あやこはゆっくりと、自分の過去を遡り始めた。
「まだ学生だった頃、私は女友達から酷い虐めを受けていたの。そして、忘れもしないあの日……1995年1月17日……貴方は何が起こったか、知っていますか？」
「世間で言われる、阪神大震災」
「そう」
目を伏せ、あやこは言葉を続ける。
「其れは、私が起こしたと言っても過言ではないんです。私が願ってしまったから。地震が起きれば、学校が休みになる。そうすれば、苛められる事はない。そんな浅はかな願いで、あの地震は起きた」
「自然災害、とは御思いにならなかったのですか」
「確信があったの。あれは、私が起こした、と」
遙瑠歌に力なく笑みを見せて、更に続ける。
「其れが原因で、私は妖精の皇女に体を交換され、他人の砂時計を預かってしまったの」
そう言って、また鞄の中から何かを取り出す。
其れは、豪奢な砂時計だった。
「此の砂時計の砂は、確かに落ち続けてる。だけど、永遠に砂が減る事はないんです」
受け取った砂時計を見詰めて、遙瑠歌は口を開いた。
「此の砂時計の持ち主を知りたい、というのは、残念ながら無理で御座います。特殊な砂時計は、持ち主本人以外に其の存在を示す事が禁じられておりますから。此処にある、という事自体が奇跡に近いのです」
「私が願うのは、其の砂時計の持ち主が誰か、という事ではないの」
自分より遥かに低い場所から注がれる視線を受けて、あやこは自嘲気味に唇を引き上げた。
「其の砂時計を還すまで、私は死ぬ事を許されない。地震を起こした事によって間接的に殺してしまった同級生、その他大勢の人の分も生きろ、という事なのでしょうけど……正直に言えば、辛い」
「人が死ぬという事を取り上げられる。其れは確かに苦しい事でしょう」
遙瑠歌は、在る時草間に告げられた言葉を思い出していた。
『人間の持つ最大の権利は、生まれる事と死ぬ事だ』
それは、人が死ぬという事を間接的にしか知りえなかった遙瑠歌にとって、印象的なものとなった。
だから、あやこの言う事も分かる。
死ねない事の辛さは、遙瑠歌には分からないが（何せ、遙瑠歌には死がないのだから）
「私は今、多くの若者に生活の糧を与える仕事をしています。私の贖罪は、今を生きる人々の砂時計を満たす事。生きる意義を、分け与える事だと思っているから」
「異界へ渡る事、というのは、貴女様の依頼では御座いませんね」
遙瑠歌の言葉に、あやこは小さく息を呑む。
「貴女様の言葉を拝聴して、気が付きました。貴女様は此の世界に絶望していらっしゃらない。つまり、異界へと渡る必要はない」
眼前の少女は、見る限り自分よりも遥かに年下だ。
だというのに、自分の望みを全て見透かした様な其の言葉。
「御聞かせ下さい。貴女様は、何を御望みなのですか」
ワインレッドとプラチナシルバーの瞳に見詰められると、嘘偽りが言えない。
何処か、威圧感のある、そして自分よりも遥かに達観した者。
あやこは本能的に、其れを察知した。
「私の、望みは……」
隠し事が出来ないと分かってはいても、口篭ってしまう。
其れが、あまりにも大きな願いだと知っているから。
それでも、どうしても叶えたい。
あやこは決心した様に小さく深呼吸をして。
眼前の小さな少女を見詰めた。
「私の、今の思いを。私が壊してしまった砂時計達に伝えたい。だから、砂時計の保管されている空間へ連れて行って欲しい。喪失した命が戻らないのは分かってる。けれど、今ある命を紡ぐ事は、きっと出来る筈だから。お願い！私を、砂時計達の元へ、連れて行って……！！」
涙を浮かべながら頭を下げるあやこに、遙瑠歌は淡々と言葉を返す。
「壊れた砂時計は戻らない。其れを承知の上での御言葉と、信じて宜しいのですね」
「もちろん」
必死な其の形相に。
遙瑠歌は小さく息を付くと、深く頭を下げた。
「藤田あやこ様の御依頼。確かに承りました」
＜Chapter:02 刻まれない時・進みゆく未来＞
其処は、何も無い空間だった。
仄暗い中、遙瑠歌の手に持たれた小さな灯火だけが、ごく僅かな周囲を照らしている。
「過去の砂時計は、ある一定期間保管した後、此の闇へと還します」
やがて、眼前に突如、大きな扉が現れた。
「此処が、その保管場所です」
大きく、鈍く響く蝶番の音。
そうして、目の前に現れたのは。
山の様な、砂時計達。
砂が落ちきった物、砂が落ちる前に、何らかの理由があって壊れ、機能を失ってしまった物。
床一面に広がる、砂時計。
其れは、あまりにも異様な光景だった。
「此の中のどれが、貴女様の仰る砂時計かはわたくしにも分かりません。ですが、此の中のどれかが、確実に貴女様の望んだ砂時計である事は確かで御座います」
あやこは一つの砂時計を拾い上げた。
ボロボロと、原形を留めない程に風化し始めた其れを、そっと抱きしめる。
温度などない筈の物だというのに、何故か其れは暖かかった。
「ごめんなさい……」
呟く声は、暗闇に溶けてゆく。
「謝っても、取り返しの付かない罪を、私は犯してしまった。此の罪が、許される事はない。私の自己満足でしかない事も、分かってる。それでも……」
此処まで導いた少女は、何も言わずに佇むだけ。
「それでも、私には謝る事しか出来ない。ごめんなさい」
頭を垂れて、只管に懺悔を口にする。
自分の気持ちが、落ち着くまで。
「ごめんなさい……私は、貴方達の落とした命が紡いだかもしれない未来を、他の人に夢として与え続けると誓います。だから、だからどうか……安らかに……」
抱きしめた砂時計は、暖かさを失わないまま。
さらさらと、暗闇へと溶け込んでいった。
＜Ending:此れから貴女が歩む道＞
「今回は、有難う御座いました」
頭を下げるあやこに、遙瑠歌も頭を下げる。
「貴女様の願いが叶ったのでしたら、わたくしの今回の仕事は、無事完了で御座います」
目の前の少女は、相変わらず無表情のまま。
そんな少女を、ようやく第三者として見詰める事が出来て、あやこは小さく笑った。
「よかったら、今度私のお店に来て下さいね。私、何だか貴方に興味を持ったみたいだから」
「わたくしに、で御座いますか」
小さく躊躇いの表情を浮かべた遙瑠歌に、笑みを返す。
「本当に、今日は有難う。遙瑠歌さん」
「いえ」
一陣の風が、二人の間を吹き抜けていく。
「……確信では御座いませんが。わたくしは、貴女様の願いが叶うと、そう思います」
初めて少女が見せた、小さな笑み。
一瞬其れに目を奪われ、風の強さに瞳を閉じ。
そうして開いた、その時には。
眼前にいた筈の、小さな少女の姿は消えていた。
まるではじめから其の少女は居なかった。
そういうように。
胸に抱いた砂時計の暖かさだけが、あやこの心に残った。
＜This story the end. But, your story is never end!!＞
■■■□■■■■□■■ 登場人物 ■■□■■■■□■■■
【7061／藤田あやこ／女／24歳／女子高生セレブ】
【NPC4579／遥瑠歌／女／10歳（外見）／草間興信所居候・創砂深歌者】
◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇ ライター通信 ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇
御依頼、誠に有難う御座いました。
遙瑠歌とあやこさんの持つ不思議な雰囲気を少しでも表現出来ていれば、嬉しいです。
それでは、またのご縁がありますように。
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