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消えた探偵・後編
1.
数日前から行方を絶っている草間・武彦。
彼の安否を心配する零のためにも調査を進めた者たちはある事件に草間が関わっていることを知る。
そしていま、彼がどのような状況なのかも。
零を巻き込むわけにはいかないと、彼らは目的の場所へと急いだ。
事件の真相と、草間のいる場所へ。
草間の姿をしていたモノから奪い取った『地図』を手に、伊葉は草間の元へと向かうことにした。服装は例の探偵ドラマに登場する探偵を真似たもののままだ。
伊葉が完膚なきまでに叩きのめした異形は、何者かから草間の顔をもらったのだと言っていた。
人間の顔を別の、しかも人間でさえないものに移すということができる相手となれば、それは通常の意味での人間である可能性は極めて低い。
そして草間の姿が消えてしばらく経った後、草間の顔をしたものが事務所にやってきたことから考えると、異形は顔を与えられた後に本人に成りすまし何食わぬ顔をして摩り替わってその人物の生活を送っているのかもしれない。
おそらく、草間は失踪事件か何かを調べているうちにこの事件に遭遇し、更に深く探っていたところで下手を打ち捕まったという寸法だろうか。
「つくづく運のない奴だ」
呆れたようにそう言いはしたものの、草間はかなり腕が立つはずだ。それが捕まってしまったというのだから余程の強敵か、先程伊葉が言ったように単に運が悪かったかのどちらかだろう。
しかし、どちらだったとしても異形が人の顔を移されこの街に紛れ込むという事態は歓迎できるものではない。
知事としてもそのような問題は早急に対処する必要があると判断し、伊葉は行動を開始した。
パーティショップで怪物のマスクをひとつ購入してから。
2.
『地図』に示されている場所が近付いてきたとき、伊葉は先程購入した怪物のマスクをかぶった。
どうやら異形だと思い込ませる変装のようだが、怪物の顔の下は依然例の探偵衣装のままだ。
あまり人が寄りつきそうにないいまは使われていないらしい倉庫の前に立ち、伊葉は周囲の気配を確認した。何かがいる気配はないが、『地図』は此処を示している。
「すいません、此処に来たら顔をもらえるって聞いたんですが」
倉庫の奥に向かって伊葉はそう声をかけたが返事はすぐにはない。
しかし、ひとつのものを伊葉は感じ取った。
視線。しかし、それを放ってくるようなものの気配が倉庫にはない。
「顔ならあんた持ってるじゃないか」
耳元で囁かれたような、はるか遠くから放たれたような声が突然伊葉の耳に届いた。どうやら、何かがいることは確かのようだ。
「いえ、欲しいのは人間の顔なんです。此処ならそれをもらえるって聞きました」
「どんな顔が欲しいか、決まっているのか?」
しばらく間を置いてから『声』は伊葉にそう尋ねてきた。どうやら、伊葉を客と認めたらしい。
「特には決まっていません」
「まぁ、そうだろうな。此処に来る連中は顔どころか自分と呼べるものがないものが多いから」
勝手に何事かに納得しながら、少し待てという声が聞こえた。
途端、伊葉は周囲が切り離されるような感覚を覚えた。倉庫にいるはずのままなのにまったく別の場所に連れて来られたような感覚だ。
と、いつの間にか伊葉の目の前にひとりの人物が姿を現していた。正確にはこのものがいる場所へ伊葉が招かれたというほうが正しいのかもしれないが。
全身をすっぽりと汚れた布のようなもので覆っているため姿は見えないが、伊葉の耳に届いた声で先程のものと同一の存在らしいということは確認できた。
「人間の顔が欲しいんだな、あんた」
「そうです」
「どんな顔が欲しい?」
「どんな顔があるのでしょう」
この程度の交渉など伊葉には容易いことだ。
顔は見えないが相手がこちらをじっと見ていることを感じながらも怪物のマスクの下で伊葉は、さて草間の奴を探すにはこれからどうすべきかと考えていたが、そのチャンスは向こうから与えられた。
「いま用意できるものを見て気に入ったものがあればそれをやろうか」
「是非お願いします」
用意できるもの、つまりそれはいま此処に囚われている人々という意味だろうと察した伊葉はすんなりその申し出を受けた。
3.
こちらだと案内されたのは倉庫の奥のほう、だが先程まではそのような場所がある気配すら伊葉には感じ取れなかった場所に、彼らはいた。
少なくはない人々が意識を失ったまま、顔を求めてきたものが見やすいようになのか等間隔に並べられている。
ざっと見渡す限り、老若男女ひと通りはいまのところ用意できるようだ。
「さぁ、この中に何か気になる顔はあるか? ……おや?」
と、何かに気付いたのか相手が怪訝な声を出して何処かへ駆け寄っていく。人々が並べられている一番奥だ。
「おかしいぞ。この顔は確かついこの前渡したはずなのに……」
その言葉に、伊葉は近付いて確認する。
目当ての人物、草間・武彦がそこにいた。
いまの口振りからすると、顔を移した人間は此処から消えてしまうのが普通であり、伊葉がその顔を異形から奪い返したため草間はまた此処に戻ってきたということなのだろうか。
しかし、そういう理屈は伊葉にはさしたる興味はない。
顔を覆っていたマスクを剥ぎ取ると、徐に伊葉は草間の元へと近付き、伊葉の姿に驚いている相手に向かって口を開いた。
「この人、うちの所長なんですよ、バイト代貰わなきゃいけないんで返してもらいますよ」
草間の様子を確認するが、いまだ意識は戻っていないようだがそれ以外は異常ないようだ。顔もきちんと存在している。
「おい、草間。零ちゃんが心配しているから帰るぞ。バイト代ももらわなけりゃならんしな」
そう声をかけてみるが反応はない。どうやら捕らえられた人間は此処から出なければ意識を戻すことはできないようだ。
くるりと伊葉は布切れを被ったものに目を向けた。
「さて、此処から出してもらいましょうか? できれば他の人たちも」
「何を言う、此処にある顔は全部俺が捕まえたんだ。だからその顔も──」
「うるせぇな」
怒りで声を震わせた相手の声は、しかし伊葉のそのひと言で一蹴されてしまった。
「人様のものを失敬して別の奴が成りすます、こういうのを偽造ってんだ」
交渉しても無駄と判断した伊葉の次の行動は早かった。
凄まじい風が伊葉の手足から巻き起こり、相手へ向かって放たれる。
四神のひとつ、白虎として伊葉が持つ力のひとつである風撃をまともに喰らった相手の身体があっさりと壁に叩きつけられ、事務所で伊葉が聞いたものと同じような耳障りな声が聞こえる。
同時に、身に纏っていた布が身体からはがれ、伊葉はその姿を見た。
身体中に顔が貼り付けられていたが、本来顔があるべき場所には何もない。
「てめぇに顔がないからかっぱらってついでに分けてたってぇことか?」
つい伊葉はそう呟きはしたものの、それは独り言のようなもので無論返事などあるはずもなかった。
途端、周囲の空気が変わった。正確には、入ってきたときと同じ元の空間に戻ったといったほうが良いのかもしれない。
「草間、帰るぞ」
再び伊葉はそう草間に声をかけ、倉庫を後にした。
4.
「お兄さん、無事で何よりでした。勇輔さん、本当にありがとうございます」
事務所に戻ったふたりに零が嬉しそうにそう声をかけてくると、草間は心配かけてすまないと謝ってから軽く頭を下げた。
「しかし……助けてもらっておいてなんだが、お前なんだその格好。随分懐かしいものを引っ張り出してきたな」
流石に草間は元になった探偵ドラマを知っているようだが、その姿を伊葉がしていることにはやや呆れているようだ。
「お兄さんは勇輔さんの服装のわけを知っているんですか?」
「あれ? 零は知らないのか」
意外そうな草間の言葉に同感だと言わんばかりに伊葉は頷いてから口を開く。
「そうなんだ。というわけで、零ちゃんには良い機会だからDVDを貸そうと思う」
突然の伊葉の申し出に、零はきょとんとした顔をしていたが、借りること自体を拒否することはなかった。
「そして草間。今回お前を救出するにあたって零ちゃんのほかにもうひとり助っ人を頼んだので彼女にも礼をしなくちゃならん。ということで、おまえの金でふたりに食事を奢ろうと思う」
そう宣言した伊葉に慌てて草間は反論したが、隣にいる零は嬉しそうだ。
「おい。俺の金でって、お前何処に連れて行く気だ」
「もしかしたらこの世から消されていたかもしれないところを助けてもらったんだ。何処だろうと気前よく食事くらい奢るのが筋ってもんだろ」
その言葉に急いで財布の中身を確認している草間の見ながら、懐が小せぇなと言いたくなるのは抑えて、伊葉は礼も兼ねて占い師の彼女へと連絡を取った。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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6589 / 伊葉・勇輔 / 男性 / 36歳 / 東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫
NPC / 草間・武彦
NPC / 草間・零
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■ ライター通信 ■
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伊葉・勇輔様
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
個人的に初となる前後編にまたがる依頼へのご参加嬉しく思います。
ラストのやり取りなどややコミカルな雰囲気となりましたがお気に召していただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。
蒼井敬 拝
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