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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―patru―



「ね、アリスってやっぱ恋でもしてるんじゃないのー?」
 茶化す声にアリス・ルシファールは困って、慌ててしまう。
「ち、違いますよっ!」
 恋かどうかはわからない。だから否定するのは当然だ。

 ダイスのハル=セイチョウと契約してからのアリスは、彼の事や彼に渡されたダイス・バイブルについて考える時間がかなり増えた。
 同じ学校のクラスメートと楽しくお喋りをしていても、時々ぼんやりしてしまい、「ちょっと!」と声をかけられて我に返ることも多いのだ。
(ハルに恋なんて……)
 そもそも恋とはなんなのか。彼に憧れているのは自覚している。それが恋とは言えないだろう?
 ハルに会うと確かに胸がときめく。だからだろうか、彼のことをもっと知りたいし、ダイス・バイブルのことも知りたい。そして、手助けもしたい。
(でも手助けと言っても、私にできることは少ないです……)
 事件性のあることを重点的に調べる。不可思議な記事も見る。
 けれども嘘もあれば大げさなものまである様々な出来事から、ハルが必要とする情報を選ぶのは難しいことだった。
 気になるものがあれば調べようと思う。だが、ハルが出てきてからにしたほうが確実だ。
 アリスは思い込みも手伝ってうまく情報を集めることができなかった……。



 部屋でミルクティーを飲んでいて、アリスは気になることをわざと考えないようにしていた。
 現在はハルと契約中の身ではあるが、いつか『終わり』というものがくるはずだ。
 自分の前にいた、彼の主。その前の主にだってこうして終わりがきているから、今のアリスがあるわけだ。
 彼が役目を果たしたらどうなるのだろう? 役目はいつ終わるのだろう?
 面と向かって訊いていいことだとは、思わない。けれど、ダイス・バイブルをうまく扱えない自分には、答えてくれるのはハルしかいない。
 一ヶ月に一度現れるのは今までの経験でわかっているが、それでもそれは『敵』が現れた時だけだ。『敵』が現れなければ彼は出てこない。
 このまま今月は終わってしまうのではないかと不安になっていたアリスの背後から「ミス」と声がかかる。
 思わずびくぅ! と反応してしまった。
 背後を振り向くと黒の燕尾服のハルが立っている。いつもと同じ銀の髪と、紅い目で。
 鼓動が大きく鳴るのに気づいた。確かにハルはクラスメートの誰より、いいや、学校に居る男子生徒や男性教師の誰よりも美形だ。整っている彼の顔を見ると、人形のようで驚いてしまう。
「敵です。もうすぐ夜なので、その際に仕留めに行きます」
「……そうですか」
 ぽかーんとしているわけにもいかないので、慌てて激しく頷く。
 どうしよう……訊いてもいいのかな。
 視線をうろうろさせていると、ハルは佇んだままこちらを見ているのに身が縮まる思いがした。単にハルはこちらを眺めているだけなのに。
「ハルは」
 思い切って顔をあげる。ハルは「なんでしょう?」とさらりと応えた。
「役目はいつ終わるのですか?」
「役目?」
「ストリゴイを退治することです」
「………………」
 彼は不思議そうな表情をする。まるで考えたこともなかったと言わんばかりだ。
「……それは、いえ、それを知ってどうするのですか、ミス」
「え……?」
 知ってどうする?
 そう言われれば、その通りだ。知ったところで自分に何ができるというのだろうか?
 もしや淡い期待を抱いていた? 彼の役目が終われば普通に会話をしたり、会ったりできるかもしれないと?
「あ、役目を終えたらどうなるのか、でもいいです」
 言い直すが、この質問でもハルはきょとんとしていた。
「……終えた後のことを考えても仕方がないと思いますが」
 率直な感想だったようで、ハルは真剣にこちらを見ている。
 考えても仕方がない? アリスにはその考えがよくわからない。
「例えば……ミスはいつか死にますよね。病気かもしれない。老衰かもしれない。とにかく、限りある命であることに違いはありません」
「はい」
「自分が死んだ後のことを考えて、何かなるんですか?」
 究極の例え話だった。アリスにも否応なく理解できることとして挙げたものだ。
「そもそもあなたと契約している間に役目を終える可能性を考えること自体、無意味です」
 ハルの指摘にアリスは目を見開いた。
 自分の前にも彼の主はいた。ということは、自分の後にも彼の主はいるのだ。アリスとの契約が終われば、それは当然のことだ。
「余計なことは考えないほうがよろしいかと」
 静かに言う彼の声は、冷たくもないが暖かくもない。アリスを気遣う気配はない。
 アリスだって、いつ死ぬかわからない。いつ死ぬのか見当もつかないのに、死んだ後のことを考えてどうしようというのか。
「ミス、そもそも私は人間ではありません。その尺度で見ないように」
 呆然としているアリスにさらに言ってくる。あなたの尺度で考えないで、ということだ。
 目の前の彼はとても人間に似ている。それは、見た目が、だろう。
 彼に感情がないとは思わない。感情はあるだろう。だが感情があるだけで、人間と同じような感覚を望んではいけない。
 彼はダイス。ストイゴイを退治するために居るのだ。
 ハッとしてアリスは彼をうかがった。
「えっと、あまり情報収集ができていないんですけど」
「心配いりません。今回の敵はかなり気配が強い。今の時点でもどこに居るか明確にわかるのです……情報収集は必要ありません」
 ハルは紅い瞳を細める。何かを探るような目だ。
「……強い、ということですか?」
 心配そうに尋ねるアリスに彼は苦笑した。
「感染しているモノは、どのように強くともダイスには勝てません。同様に、ダイスは感染しているモノに負けることはありません」

 夜になると彼は颯爽と出て行ってしまった。
 窓から夜の空を眺め、アリスは嘆息した。
 クラスメートたちの声が耳に蘇る。
「ね、アリスってやっぱ恋でもしてるんじゃないのー?」
 だったら教えて。恋ってどんなものなの。どうすればそうだとわかるの。区別がつくの?
(よくわからないですよね……)
 普通の人ではないのだ。人間ですらない。



 夜の闇の中――明るい街の光が届かない路地裏で、彼は男を追っている。
「ひいぃぃぃ!」
 中年のサラリーマンは喉から引きつった悲鳴を出していた。どうして自分がこんなことになっているのか理解できない。
 背後から追いかけてくる彼は、人差し指を男の足もとに向ける。男の走っていた道が突然凍りついた。男は足を滑らせ、派手に転倒してしまう。
 彼は追いついた。男を見下ろす。
「や、やめてくれ……! なんだおまえは! な、なんだ!? 金がいるのかっ?」
「……おまえを裁くだけだ」
 短く彼が言い放った直後、
「おまえが、適合者――感染者ですね」
 ハルの声に、彼は振り向いた。
 彼が追い詰めていた男が、その隙に逃げようとする。だがそれは――。
「逃がすわけ、ないだろ」
 短い青年の声。彼は男のほうを見なかった。だが男は一瞬で凍りつき、動くことすら、呼吸することすら、できなくなってしまう。心臓もすぐに止まってしまうだろう。
 ハルは青年から視線を外さない。
「やはり。しかも、かなり強力ですか」
「……おまえは、俺の敵だな?」
 確認するつもりのない口調。青年は首を傾げる。
「じゃあ、おまえも『悪人』か」
「アクニン?」
「俺は、悪人しか裁いていない。後ろの男だって、女子中学生を買ってた。エンコー、だよ。結婚してるくせに」
「…………」
「今まで殺したのだって、みんな悪人だ。万引き常習犯、痴漢、すぐに相手に暴力を振るう、色々あった。ま、殺すことも『悪』だけど」
 虚ろな瞳で淡々と言う青年に、ハルは応えない。
「俺はいつも思ってた。クズみたいなヤツらを排除してくれる存在を。人の迷惑にしかならないヤツらは死ねばいいんだ」
「私には――」
 ハルは同じように冷えた瞳で言う。
「関係ありません。誰が死のうとも、誰が苦しもうとも」
「でも、おまえは俺を殺しに来た。なぜだ」
「私は役目を果たすだけ」
 ハルはゆっくりと青年に近づく。青年は微動だにしない。
「なぜだ。俺は正しいことをしている。どこかに居るはずだ、俺みたいな存在を待ってたヤツが。それなのに、おまえは俺を排除しようとするのか」
「例えあなたが正義の味方でも」
 一度瞼を閉じ、開く。夕焼けの紅の色の瞳が青年を捉えた。そこには一瞬だけ、揺らぐような色が浮かぶ。
「私は感染者を殺すだけ」
「…………そうか」
 青年は静かに頷く。
「じゃあやっぱり、おまえは『悪』なんだな。俺の敵だから。
 俺は坂井遊馬」
「名乗る名など、持ち合わせておりません。呼びたければ『ダイス』と呼べばいいでしょう」
 あなたを滅ぼす者です。



 遊馬を破壊したハルは溜息をつく。
 正義だ悪だと言われても、どうしようもない。
 悪人を裁いているだけ。
 今までだって、居た。理性が残っている者は、能力の使い方も様々だ。良いことに使う者とて、居た。
 だが、ハルは問答無用でそれらを踏み躙ってきたのだ。ならば、
(私は、確かに『悪』だろう)
 人間の為に、この世界の為に戦っているわけではない。自分が存在するために、必要なことだからだ。なんという自分勝手な。
 遊馬との戦いは簡単なものではなかった。苦戦はしていないが、遣り難い相手だったのは確かだ。
「セイギノミカタ、か……」
 ハルは一人ごちて歩き出した。
 帰ろう。待っているであろう自分の本の持ち主のもとへ。

 そんなハルを観察している者たちが居た。とはいえ、遠いビルの屋上からだが。
 四つの瞳はただ真っ直ぐにハルに向けられている。
 その視線に気づかない彼は軽く跳んでそのまま去っていく。
 追うべきかどうか、悩むような反応をする。だが、やめた。今はまだ、その時ではない。
 ただ一言、洩らす。
「――あんなに弱いダイスは、見たことがない」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6047/アリス・ルシファール(ありす・るしふぁーる)/女/13/時空管理維持局特殊執務官・魔操の奏者】

NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、アリス様。ライターのともやいずみです。
 ハルとの距離はあまり縮んではいない様子……? いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!