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■□ 踊る音符 □■
夜の音楽室…と、言えば、動くベートーヴェンの目。
ひとりでに鳴るピアノ…などが、怪談としてはオーソドックスな所。
しかし、今回は一味違う。昼間にだって影響は出るもの…それは…
「…無い!」
高橋累、神聖都学園高等部一年に所属。
音楽の授業はまだ日も明るい、5限目のこと…其れは起こった。
ないないないない!鞄を逆さに振り回し、机をひっくり返す累の横暴っぷり。
それには、何時も大人しい累の様子の変貌っぷりに目を向く同級生も少なくは無かった。
「何故だ…おかしい…!」
そう、使われるべきものはちゃんとある。
しかし、足りないものがある。
躍起になって鞄をあさる累の傍ら、開かれたままの音楽の教科書には…
唯の一つも音符は残っていなかった。
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「よしッ、準備は万端、大丈夫だな!」
夕暮れも近づいた赤い廊下、そこに一人、こんな時間から授業も部活もないだろうはずなのに、いやに息巻いている男子生徒がいた。小柄な背からして小等部だろうか…、と思ってしまいがちだが、来ている制服はきっちりと高等部の物。しかしながら…、彼の身に付けている『虫かご』と『虫網』なお陰で、歳相応なイメージは申し訳無いが抱けそうにはない。
そんな彼の名前は、高瀬隼人。年齢での平均身長よりも低いのがコンプレックス。
夕陽の橙色を小さな一身に浴びて、廊下に見事な仁王立ち。一体、彼の目的は何か、何故そんなにも息巻いているのか―――…?その原因は、本日の昼休みの事だった。
『聞いた?』
『ああ、音符が消えるって話?マジかよ』
『―…組の高橋ってコが、大騒ぎしてたらしいよ』
『ウワー、頭可笑しくなったんじゃねえの?』
『でも、別のクラスでも…消えたんだって、同じページの音符』
昼休み、購買部にパンでも買いに行こうかと思えば廊下は『例の』話題で持ちきり。女子の黄色い悲鳴や、男子の馬鹿にしたような笑い声まで何時も以上に賑やかだった。戦利品のパンを抱えながら、隼人はその情報に耳を傾ける。いわゆる「学校の七不思議」系、なのだろうか。しかし、『音符が消える』なんて怪談聞いた事が無い。
だがしかし、それ故に人の興味は沸き立つ物である。それが、正義感の強い物ならば尚の事。
―――その怪、俺が何とかしてやろうじゃないかっ!
そして、決行されたのが今夜、と言う事なのだった。とりあえず、準備をしたのは虫網と虫かご。何せ、音符は『逃げてしまった』のだ。捕まえて持ち主達に返してやらねば成るまい。それを考えての選別だ。教科書の音符だし、きっとおたまじゃくしの様な姿でそこら辺でも泳いでいるのではないか?と、姿も想像できなくも無い。
「これでよし、っと」
きゅ、耳に何かをねじ込む。…耳栓だ、攻撃もきっと、音関係ではなかろうか…と、言う事で、音楽室へ出撃前に装着したのだった。意気込みも準備も十分、厄介な警備員が来る前に事を片付けてしまおう…。
キィと、何時も鳴っていたんだろうかこの扉、普段では気付かないような小さな音が部屋に木霊し怖さを助長する…事は無かった、何せ耳栓をしているのだから。隼人はずんずんと音楽室へと向かっていく、夕焼け特有の朱色に染まった音楽室を見回す。何も、動くような気配は無い。…もしかして、何か言っているのかも、しかし隼人の耳にはきっちりと耳栓が詰まっているお陰で、聞こえるはずも無く。
「……不意打ちとか、卑怯な事はするなよ」
なんて、何処へとも無く言いながら、そっと耳栓を外す。…すぐさま付けられるように、手は耳元の傍で待機。さあ、何でも言うが良い、準備は出来ている!………と、待ってみたのだが、何分経っても何も聞こえてくる気配は無い。どういう事だろうか、もしや、音楽室ではなかったのか?隼人がきょろきょろと辺りを忙しなく見回し始めた、その時だ。ポーン、とピアノの音が鳴る。漸く来たか!と思うのも束の間、たどたどしい『月光』を弾きだした。しかし、間違いだらけで何度も一小節目を繰り返す。
「音符なのか?割りに、下手糞だな…」
隼人のその言葉に、びくっと…恐らく音符は揺れたのではないか、何せピアノの音が震えだした物だから。…何だか気の弱い生き物なのだろうか、それでもピアノの音は依然幼稚な『月光』を途切れながらも、繰り返し弾いている。
「…なんで弾いてるか知らないけどさ、お前たちが居なくなって困る奴がいるんだぞ?」
…ピアノの音は抗議をするように、バン!と幾つもの鍵盤を同時に叩いて、けたたましい音を音楽室内に響かせた。それが何度も繰り返される。…流石に、耳鳴りがしそうだ。隼人は耳にもう一度耳栓をねじ込んだ。これで少しはマシになったが、耳栓の向こう側ではまだバン!バン!と音がする。どうやら、怒らせてしまったようだ。
「何でそんなに怒るんだ?!」
相手は眼に見えないために、怒っているかどうかははっきりとは判らない。しかし、ピアノの音が唯一のコミュニケーションだとしたら、絶対的な怒りを感じる鍵盤の叩き方。少しピアノから後ずさりをして、剣を構えるように虫網を構えた。
だが、相手は目に見えるわけではない、飛んで来も何も…しているのかしてないのかわからない。ピアノの音は未だ鳴っている様だ、耳栓のお陰で辛うじて耳に届くほどの音量。しかし、このままではどうにも埒が明かない、唯一の接点である音を聞こえなくしてしまっては、音符を説得など無理だろう。
「話を聞いてやるから!静かにしろよ!」
そう叫んで、隼人は耳栓を勢い欲取り去って後方へと投げ捨てた。耳栓がころんと床に転がった時には、しん…と音楽室を静寂と夕闇が包んでいた。…どうやら、話を聞くと言う事に納得してピアノの音を止めたようだ。さて、これで後戻りは効かない、音に対しての防御策は直に手で耳を塞ぐしかないが、それはあまり役に立たないだろう。隼人はもう一度、ゆっくりとピアノへと近寄った。
「で、どうして消えたんだ?いや、逃げたのか」
ぽろぽろとピアノが手持ち無沙汰にしているように、控えめな音を鳴らしだす。音符たちは思案しているようだ。
「何か言えよ、折角聞いてやってるんだぞ?」
ポーンと、隼人の言葉に反応するようにピアノが一音、鳴らされた。わかった、と言う合図なのだろうか。ここ数分間で、隼人は音符への理解力が格段に上がっていた。そして、また『月光』をたどたどしい感じで弾き始める。これだけは中々意図が掴めない。
「この曲、どっかで聞いた事があるけど…なんでこの曲ばっかりなんだ?……」
ピアノの音は依然、一生懸命に『月光』を奏でている。隼人は首を傾いだ、そういえば、教科書の音符…消えたページは一緒なんだったか?…だとすれば、それは一緒の曲だろう。
「この曲に何か関係でもあるのか?…聞いてくれないとか」
ポーンと、もう一度ピアノの音が『月光』の演奏を中断して鳴らされた。しかし、先ほどの、わかった、と言った風な音よりも幾分低め。これは先程よりは少し気分が違うのだろう。
「…じゃあ、練習しないとか?」
確か、もうすぐ音楽の授業で、実技の発表があったような…。おまけ序でに呟いてみる、すれば、ポーン!ポーン!ポーン!と、興奮したように高めの音が何度も鳴らされた。これはどうやら当たっていたようだ。…しかし、音符がなぜ『月光』の練習をしていたのか。
「もしかして、持ち主の為に練習してたのか?」
…少し間を置いて、ポーンと、一音鳴らされた。寂しげにも聞こえたが、音符に感情などあるのかどうかは判らない。隼人は腕を組んで、ふむと考え込んだ。この音符たち、別に悪い事をしようと思った訳ではないようだ。
「……仕方ない、俺がその練習に付き合ってやるよ!」
……しーんと静まり返ったまま、ピアノの音はなりもしない。何故だ、意気込んで言った隼人の頬は微かに赤くなっていた。夕陽の所為だけではないだろう。
「何だよ!音楽苦手で悪いか!それでも聞く耳は確かだぞ!…多分」
やけになって叫び、最後の小さな追記は兎も角、頼もしいとは感じたのか、ポーンとピアノの音が鳴らされる。それに満足したのか、隼人は腕を組んだままピアノの傍に椅子を引き寄せ座った。
「存分に弾けよ」
日が落ち、数多の星が目を覚ますまで、音符の練習は続いた。
翌日、隼人は寝不足だったが風の噂で音符が教科書に舞い戻った事を知って、満足げに廊下で笑んだと言う。
そして数日の後
「…………なんで」
一人音楽室で教科書と睨みあいをしている男子生徒が一人。そう、高瀬隼人だ。
わなわなと肩を震わせ、見ているページは『月光』が載っていた。ピアニストが弾くような難しいものでなく、最低限のメロディーが音符で書かれている、それ。
「何でお前らは俺の為に練習しようと思わなかったんだ…!」
教科書に向かって叫ぶ隼人に、音符たちはそよそよと涼しげに、尻尾を五線譜に泳がせているまま。それも構わず、隼人はあの持ち主思いの音符たちの話を使って、延々と教科書に向かって説教を続けていた。
外はもう夕暮れ、窓の外に目を向ければ実技の試験で良い手ごたえを感じた生徒達は足取りも軽くリズムを踏んで、家路に辿り着く。さて、隼人の足は見事なリズムを刻めるか?未だ、音楽室には叫び声が木霊する
「お前たちも練習しやがれーーーッッッ!!!!」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7213 / 高瀬・隼人 / 男性 / 16歳 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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□高瀬・隼人 様
初めまして、発注有難う御座います!ライターのひだりのです。
正義感が強い、と言うか面倒見の良い隼人さんに成りましたが
如何でしたでしょうか。楽しんでいただければ幸いです。
音楽も苦手との事で、それもネタに含まさせていただきました!
これからも精進して行きますので、機会がありましたらば是非
宜しくお願い致します!
ひだりの
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