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東京発、ハザマ行き
1.
「……ハザマですか?」
言われた単語に三下は首を傾げた。
「そう、ハザマ」
麗香のほうもそう言いながらひとつの取材用メモを取り出した。しかし、それは麗香が普段使っているものではなく誰かの所持品のようだ。
メモによれば、どの電車がハザマ行きなのか正確なことは不明らしい。
逆に、どの電車でもハザマへとたどり着いてしまうことがあるとも言える。
いままでにそのハザマへ行ってしまった人間が何人いるのか正確なことはわからない。しかし、ひとつだけ言えるのは行ったもので戻ってきたものがいないということだ。
生きた姿では。
遺体は人気のない公園のベンチなどで発見されることが多い。
ほとんどは一般的なサラリーマンだという。
「でも、それじゃその人がその『ハザマ』とかいうところにいたというのはわからないんじゃないですか?」
三下の疑問など麗香にとってはまったくの予想範囲内だったらしく、あっさりとそれに答えた。
「発見された人たちは失踪される数日前に周囲の人たちにこう言ってるの『ハザマに行くかもしれない』って」
では、彼らは望んでそこへ行ったのだろうか。しかし帰ってくるのは死んだ姿でだけというのは些かおかしい。
「呼ばれる場合もあるようよ。先にハザマに消えた人から呼ばれるんですって」
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
その言葉に、麗香は手に持っていた取材メモの最後のページを三下に見せた。
「呼ばれた。おそらく電車に乗ればそのままハザマに辿り着くんだろう。いや、他の乗り物でももしかすると……」
「そして、このメモに書かれた通り、彼は姿を消した……名前は鳥居司。フリーのライターよ」
これに書かれていることから推測すると、呼ばれた者、もしくは行くことを望んだ者が乗った電車はハザマという場所に辿り着いてしまうという仕組みになっているようだ。
しかし、いままで聞いた流れでは、その場所が決して楽園のようなところとは三下にはまったく思えず、嫌な汗が流れるのを感じた。
そのとき、メモの間からひらりと一枚の紙が落ちた。
なんだろうと反射的に拾った三下の顔が凍りつく。
「どうしたの?」
「あ、あの、これ……」
そこにはただひと言こう書かれているだけだった。
『ハザマにて、お待ちしております』
2.
「それは多分オメガポイントね」
一通り話を聞き終えたあやこはそう断言したが、言われた三下のほうはといえばどういう意味なのか把握しかねるという顔になっていた。
「あの、すいません、オメガポイントというのは……?」
「膨張する勢いを失った宇宙が収縮に転じた時過去未来一切の歴史が集結する場所、それがオメガポイントよ」
その説明を聞いても、やはり三下は戸惑ったままだが、それに構わずあやこの解説は続く。
オメガポイントでは故人との再会も望むのならば叶うという仮説もあり、今回の『ハザマ』と言われているものは誕生死滅を繰り返す宇宙の周期の狭間のことを指す可能性もあるらしい。
「でも、本来そこに至ることができるのは一種の神だけよ」
「神、ですかぁ? でも、鳥居さんという人は麗香さんが言うには極普通のフリーライターだったそうですが」
「彼、瞑想でもしてたのかしら」
「……さ、さぁ」
いまだ三下はオメガポイントが何であるかということも理解できていないというのに、突然神だのといわれたところですでに彼の思考は置いてきぼりを食らってしまっている。
「極普通というのがポイントよ。他に消えた人もありふれたサラリーマンが多いんでしょう? 通勤地獄に耐えながら単調な平社員の毎日で積もった鬱憤を酒で晴らす。そんなものはもはや苦行に等しいわ。そんな彼らの邪念が自我を持ったハザマに目を付けられたのかもしれないわね」
三下の理解の範疇は完全に超えていたようだが、あやこは更に三下には言わなかった仮説を持っていた。
ハザマが自我を持った。そして単調な日常に嫌気が差し拠り所を失った者たちの意識がそこへ導かれた。
しかしそれは彼らに楽園をもたらすためではなく自我を持ったハザマにとっては丁度良い酒のつまみのような存在でしかなかったのだろう。
「あの……それで結局これからどうしたら……」
起こっている現象の理解は諦め、今後の対策についてのみ助言を乞うことにしたらしい三下の言葉に、あやこはわかりきったことを聞くなと言わんばかりにその提案をした。
「至急招運グッズを集めて頂戴!」
3.
「……これで何を始めるって言うわけ?」
言われたまま三下が急ぎ集めてきたらしい招運グッズの山を呆れたように見ながら麗香がそう尋ねたが、あやこは自信たっぷりのままだ。
「これでハザマを悪酔いさせ、ツマミにされたライターを吐き出させるのよ」
「悪酔いって、ハザマは空間じゃないの? そこへ行かなくても良いわけ?」
呆れ返ったままの麗香と三下がいまいるのはあやこのオフィスであり、そこにはやはりあやこによって集められたらしい社員がなにやら準備をしている。
「彼らの作文を煎じて撒き清めるの。テーマは夢!」
「それで帰ってくるっていうの? ハザマに行った人たちは」
「勿論! 他力本願で楽園を夢見るような人たちが集う空間を清めるにはうちの社員は打ってつけよ。みんな純真で努力家なんだから」
その言葉に麗香は肩を竦めた。万事あやこに任せたという意味らしい。
それから数時間、あやこの社員たちは黙々と夢についてのレポートを製作し続けた。その様子は編集長である麗香から見ても非常に熱心であり、書かれた内容も立派なものだ。
「あんたもこのくらいのもの毎回書いてくれたら助かるんだけどね」
関心ついでにそう言われた三下が落ち込んでいる間に、その現象は起きた。
ぐらり、と何処かで揺れた音がする。正確には音ではなかったかもしれないが、何かが揺れた。
いったい何が起こったのだろうと麗華たちが理解しかねる顔をしているとき、突然鳴った携帯を取った麗香の顔がますます怪訝なものになる。
意味がわからないという顔だ。
「……消えた鳥居が帰ってきたらしいわ。生きてるけれど随分と具合が悪そうですって」
報告してきた社員によると、鳥居の様子はまるで悪い酒でも大量に飲まされたようだったらしい。
「これで、一応解決になるわけ?」
そう麗香に聞かれても三下に答えられるはずもない。
「さぁ……どうなんでしょう」
「とりあえず、三下。あんたは鳥居のインタビューに行ってきて記事になるようなことを覚えてるかはわからないけど何もしないよりはマシでしょう」
麗香にしては珍しく絶対に原稿をあげろとは言わなかったのは事の次第を一応目では見ていたもののどう書けば良いものか彼女自身の中でもできあがっていないからだろうか。
「さて、これで一応帰ってきたけれど、ハザマ自体がなくなったわけじゃないんだから何か対策とかはあるわけ?」
残った麗香は一応今回の騒動を解決させた本人にそう尋ねてみれば、あやこはやはり自信たっぷりで「勿論」と答えた。
「社員を悩む暇も無い程に扱き使い昇給させるコト!」
「……それはそれで、社員から苦情がきそうね」
昇給させるとはいえ悩む暇もないほど扱き使われることと、あやこ曰くの自我を持ったハザマの酒のつまみにされること。
はたして彼らにとってはどちらがより良い選択なのだろうと答えの出そうにない疑問に麗香はお手上げとでも言いたげに溜め息をついてみせた。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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7061 / 藤田・あやこ / 24歳 / 女性 / 女子高生セレブ
NPC / 碇・麗香
NPC / 三下・忠雄
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■ ライター通信 ■
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藤田・あやこ様
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
ハザマの正体がオメガポイントといわれるもの、そしてそこへ行った人々への救出方法のユニークさに驚かされながらも精一杯書かせていただきましたがお気に召していただけましたでしょうか。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。
蒼井敬 拝
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