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<東京怪談・PCゲームノベル>


防霊空軍の日常 あくびと敵と戦闘機


「ふー。まぁ春まではこれでもちますね〜」
 祐子は普通なら男三人がかりで持ち運ぶであろう食料洗剤類その他をゆかにどっさとおく。
「ふぇ……くしゅ! うう」
 三月も末のことである。
 この空軍にとっては致命的な――それは敵侵攻ではなかったが――事態がおきた。
 極度の桜花粉症のため外にでれない、と内藤・祐子はいった。
「というわけでしばらくこれません〜。くしゅん!」
 そういう彼女に高月・泰蔵はいいよいいよと手を振る。
「もともと善意でやってもらっとることじゃし、なんとかなるとも」
 そう、なんとかなると思っていた。
 祐子の存在の重要性に対する自覚が足りなかったともいえる。
 彼女が見えないところでどれだけの量の家事炊事をこなしていたか、空軍の誰もが認識しえていなかったのである。
「サキさん、排水溝だけはねずみさんの寝床になるのであけっぱなしで寝ないでくださいね〜。洗濯物を干すときはもうちょっとしわをのばしてから。あ、今夜の食材はもう火にかけるだけですから……」
 ゆったりとだがぴしぴしと家事に関することをサキに伝える。
 目前の少女はうなずいているが、やはり祐子は不安だった。
 大丈夫かな、と思う。
 でも私が迷い込む前から何とかなっていたのだから、なんとかなるだろう。



 散るために咲いたか、咲いたゆえに散りいくか。
 ともかくもその姿を誇示しながら桜は散る。
 そんな思いにとらわれたか。
 屋内から外をながめる白く滑らかな足。
「そろそろ、でられるかな」
 ずいぶんと冬ごもりならぬ春ごもりをきめこんでしまった。
 祐子はつんと今春最後のはなを噛む。
 歩く女性をひきたてるも、ふと立ち止まる女性をたたえるも桜の自由。
 ならば散らかるも自由、とばかりに自宅玄関先に積もった桜の花びらに祐子は眉をしかめた。
「なんとか外にでられるようになったと思えばこんなとは……戻ったら掃除しなきゃ」
 ともかく早くでてしまおう。
 しばらくの間通えなかったけれど、どうなっているだろう。
 歩みを速める祐子の眼前が大きく開けた。
 広い滑走路のそばに、ぽつんと廃工場がひとつ。
 東京防霊空軍基地だ。



「あらら」
 祐子は人差し指を口にあてしげしげとその外観を眺めた。
「はあ〜凄い事になっていますね〜」
 外壁は苔を蒸し、ここにも花びらの残滓はつもり、屋根にはひとつ、何があったのか穴が増えている。
「こんにちは〜」
 間延びした声を中に投げてみる。
「お、来客か」
「マジすか? こんなところに俺意外に人すか?」
「うるさい日野、ちょっとだまっとれ――おお!」
 泰蔵は記憶と寸分たがわぬその姿に目を見張る。もっとも時節をそれ程経たわけではない。
 だが久々にみる祐子の姿は春のせいか、新禄の中に眩しく見えた。
「ごぶさたしていました〜」
「いやいやこちらこそ。花粉症は引いたかい?」
「もうおかげさまですっかり。それと今日はサキさんにこれをっ」
 祐子は包みをわたす。
「う……またですか」
 見た目から察するに、そこそこしそうな服であろう。
「せっかくじゃから着てくるといい」
「まぁ嬉しいですけど……私着せ替え人形化してるような……」
 ちょっとすねて見せたような顔をしながらもうれしいのか、少し顔を紅潮させながらサキはパイロット待機室に着替えに入っていった。
「まあまあとにかくあがらんか」
「そうですね〜。あ」
 扉をくぐろうとして祐子は立ち止まる。
 そしていきなりの銀光。
 魔剣ディスロートの一閃が春日をうけてうつくしい円をえがく。
「うわっ! なんじゃい」
「いや、くもの巣があったもので〜」
 そこらの鋼鉄だってたたっ切ったであろう剣戟を繰り出しておきながらも祐子の顔はあいかわらず微笑している。
「な、なにも剣できらんでも」
「だって下手にさわったら絡まるじゃないですか。あ、蜘蛛はころしちゃだめですよ。益虫ですから」



 緑上テラス。
 ハーブティーと、持参したシフォンケーキをうけつつ祐子は辺りをながめた。
「いや〜俺がいない頃にこんなメイド様が通ってたなんて、黙ってたんスか司令?」
 サキのコスプレまがいの効果もあり日野はデレデレしている。
「草。のびましたね〜。ぼうぼうです」
「ですね。私達だけでは手を入れる暇がなくて」
 給仕するサキの服装はホワイトカラーに短いネクタイの黒いワンピース。胸元にフリル、しかもミニ。
 相変わらず恥かしさと腹立たしさの中間みたいな表情をうかべている。
「いつ緊急がはいるかわからんでな。滑走路に伸びてこないようにするので精一杯……以前は祐子さんが刈り取ってくれとったか」
「そうですよ。気が付きませんでしたか〜?」
「うむ、恥ずかしいことに」
 泰蔵は軽く咳払い。
「しかしよくこの広さの草を刈れましたね」
 サキは牧場ほどはあろうかというランウェイ脇の草原をみわたして息をつく。
 といえば聞こえもいいが、今は草が人の肩ほどもおいしげり、一歩足をふみいれればバッタまみれになりそうだ。
「簡単ですよ」
 といいながら祐子は唐突に剣をかまえた。
「てぇぇい!」
 気合と共に祐子の手から繰り出された魔剣――が草の生い茂るあたりへぶん投げられた。
「おお!」
「ナイススイング」
「じゃなくてあぶなくないスか!」
 唯一一般人らしいツッコミをいれる日野にかまわず。
 祐子は指先で空中に小さな幾何学模様をいくつもえがく。
 と、それにつられて踊るように、魔剣が草をざっくざっく刈りだした。
 指揮者のように動く指に合わせてざんざか草を刈るディスロート。
「なるほどこりゃ早いわけじゃ」
「なんか使い方もったいなくないスか?」
「まあ、草薙の剣といいますし。いいんですよ〜」
 祐子はいまにも小躍りしそうな調子で魔剣をあやつっている。
「いや……それ慣用句じゃないッス」



「はあ〜中もすごいことになってますねぇ」
 台所。
「補充分は消費したが、つい、台所自体をつかわなくなってな」
「私も、食にそれほどこだわりませんから」
 やはり台所をのぞかれるというのは面映い。基地総勢、しゅんとする。
 そんな一同に目もくれず、祐子はてきぱきと汚れ具合をチェックしはじめる。
 生活感のなさが幸いして茶色い羽のあれの気配はないものの、水周りはじめ、かなりの埃のたまり具合である。
「こーゆーのはですねぇ、下手に水ぶきすると逆に汚れがのこるんですよ〜サキさん」
「は、はあ」
「ここで出番は重曹です〜。重曹ありますか」
「重曹……ですか」
「裏にたくさんあったと思うが」
 泰蔵がすばやく日野をパシらせ重曹をもってこさせる。
「これで……拭きます。てい」
「おおっ!」
 なぜこのボロ布からこの光沢が、というほどの汚れの落ち様。
「合成洗剤なんかより、ずっといいんですよ〜」
 といいながら祐子はガシガシ台所を拭いていく。
「み、見違えますね……」
「こんな埃っぽいところに住んでたのか。慣れというのはおそろしいもんじゃな」
「まだまだですよ〜」
 そう、掃除すべきところはたくさんある。
 すさまじい勢いで台所の掃除を終えると、掃除機のパックをつめかえ、剣に腰掛け低空飛行お掃除。祐子は鼻歌まじりにすすめていく。
 翌日。
「ねずみを一掃しますよ〜」
「どうやるんですか?」
「じゃーん。これです。自作製罠、『とりもちディスロートくん』!」
 どこからだしたか、巨大な金タライと魔剣の組み合わせ。
「……それをどうするんですか」
「こうします〜」
 タライを剣の柄にたてかけ、なかに残飯をおく。
「これで一晩待ちます。ネズミが餌を食べにきたら、剣が自分で判断して倒れます〜」
「なるほど……」
「はれてひっそりとネズミを一網打尽、です〜」
「これはたのしみじゃな」
 その晩、就寝後。深夜、あつまりにあつまったネズミを捕らえるべくディスロートは慎重にその身をひるがえした……。

 ガラガッシャーン

「タライうるせええええ!」
 一同飛び起きる。
 ともかく捕らえたネズミ、これらを野にはなつ。排気口などを固定し、再侵入を防ぐ。
 次は洗濯だ。
 たまったパイロットスーツ、整備服をほいほいとロングスローで洗濯機に放り込み。
 ぱぱん、と伸ばして干す。次は散らかる書類のファイリング。
 基地の三人のうろつきようが、のたのたよろよろ、に見えるほどに祐子は働く。
「一応これでよし、と」
 祐子が腰に手を当て一息つくころには、基地は見違えていた。
 配置の悪い家具もいつのまにやら移動しているというおまけつき。男数人がかりでも動かせなかったものなのだが。
「ピカピカっすね……」
「さすがはプロじゃな」
「余裕も余裕ですよ〜」
 祐子がこんこんと家事心得をサキに向かって諭している間、誰も気づかなかった。
 汚れがひとつ増えた事に。
 そう、それはレーダー上にぽつりと。



 警報が耳障りに鳴り出す。
「敵襲ですね〜」
「相変わらず動じませんね祐子さんは」
 そういいながらヘッドセットをかけるサキのほうも大して動じていない。急いで管制所へ。
「なんだ、一匹じゃないですか」
 祐子の言葉通り、レーダー上からこちらへむかってくる輝点はたったひとつ。
「よゆーっすね、俺、でましょうか」
 出番はここぞと表情をキメる日野をあっさりと無視して、泰蔵は戦略戦術コンピュータとにらめっこを始めた。
≪敵、脅威1。アンノウン、接近中≫
「かなり速いな」
「0-8-6、ボギー1、接近中。脅威レベル未知数。解析開始。……ターゲット、回頭。解析結果、でました。空対地ミサイル照準波、二基捕捉。狙いは此処のようです」
 サキが淡々と続ける。
「迎撃しますか」
「迎撃開始、交戦ライン設定」
 薄暗闇にモニターが浮かぶこの管制室、昨日自分が掃除したばかりというのに。
 祐子は眉をしかめる。
 そのレーダー上の点に息をふきかけきゅきゅっと拭いてみた、消え様もない。
 気にくわない。
「なんだかわかんないけど、サキさん。位置情報ください」
 宙にうくディスロートに手をかける。
「お掃除にいってきます」



 上空。
 強い風になびく髪が視界をさえぎり祐子は肩から大きく髪をはね上げた。
 目下の町は相変わらず平和そうに眠っている。
≪こちら『シュヴィンデルト』、高月サキ。祐子さん、聞こえますか≫
「はい、よく聞こえます。春は風が強いですね〜」
≪不明機がそちらへ急速接近中です。捕捉されたと思われます、回避を……≫
「はい……ん?」
 低い唸り声のような轟音が、徐々に近付いてくるのを祐子は聞く。
「これは……きゃっ!?」
 突然走り抜けた黒い影、その影が通り過ぎざま放っていった、機関砲を祐子はあやうく回避。
 メガネの位置をなおす。
「あぶないあぶない……ていうかあれ、戦闘機だと思うんですけど」
 どうみてもそうだ。今までの敵妖魔とは違う。
 祐子は去っていった謎の敵の残した風にスカートの裾を煽られながら、めずらしく眉間にしわをよせた。
 速い。そして正体が不明だ。
「でもそれならこちらだって」
 機首、砲塔を再度こちらに向けられる前が有利。
 祐子は剣を構えなおす。そして急加速。
 敵の背中を追う。
「追いついて見せますっ」
 加速に剣が発する衝撃波が頬をなぜていく。
 祐子はその機体を目視した。黒いボディ、マーキングはない。だがやはり、戦闘機だ。
「せぇいっ!」
 夜空に白銀の円が閃く。
 ディスロートの切っ先が不明機の垂直尾翼を火花とともに弾き飛ばした。
「とった! ……ってあれ?」
 不明機、右に傾くが立て直す。祐子と戦う気はないようだ。
「なかなか落ちませんねぇ〜」
≪不明機、対地ミサイルリリース!――≫
 黒い翼から白煙を吐いて、ミサイル二基が空中に放り出された。 
「え……」
 目的はそれだったか、と祐子は歯噛みした。
 これ以上散らかされてはかなわない。
「いかせない」
 加速を始めるミサイルへ剣をふりかぶって迫る。
 追いつくのに5秒ほど喰った。
 斬。
 鋼鉄に剣をぶち込む。炸薬がディスロートの周りで黒い燐紛のように散る。
「もう一基!」
 祐子が一つ切り落としている間に片方は加速、遠ざかっていく。
「待て待てえっ」
 剣で空気の壁を切り裂くようにして音速突破。
 敵ミサイルに一気に迫ると、地上へと向きを変えようとするそれにむかって突進。
 強烈な峰うちで弾頭部を叩き潰し。
「もう一撃」
 渾身の剣戟をミサイル尾部に叩き込む。鉄が火を噴く。
 ミサイル撃破、成功。
 そのまま剣を構え、追って突入してくる敵本体を待ち構える。
「――来たっ! これ以上撃たせるもんですか――」
 ……白いメイド服と、黒い巨鳥の影が月を背景に交差する。
 そして、ディスロートはたしかにその機首から背面までをふかぶかとえぐりとった。
「てごたえあり! お掃除、完了〜」
 黒炎をあげておちていく不明機をみながら、祐子は額の汗を手の甲で拭う。
 大きく息を一つ。



 後日、祐子にいわせれば残骸のお掃除――不明機の機体の回収が行われた。
「まさか単機でつっこんできてミサイル攻撃を直接しかけてくるとは」
「祐子さんがおとしてくれなかったらあぶなかったっすね……」
「これまでにない敵ですね。戦術・戦略両面を見直す必要があります」
 残骸から得られたデータはすくなかった。
 明らかに自律して活動するタイプであることは過去の敵と同系だが、こちらの戦術体系を模倣したかにみえるその機体設計は、ともすれば闘争中であることを忘れがちな面々を沈ませた。
 もっとも、通常のドッグファイトをしかけていなかったからこその勝利でもある。直接浮遊しての迎撃が可能な祐子の存在はその敵には想定外だったろう。
「みなさん大丈夫ですよ、そんな深刻にならなくても」
 祐子はどこで敵を落としてきたかという顔で指を振っている。
「そう……っすかね」
「敵がこちらに合わせてきたということは、同等以上の知能を持った相手が向こうさんの背後にいるということでもある」
 泰蔵は神経質にシガリロの煙を続けて吐きだした。
「こちらも手を抜いてはいられない」
「はい、それまで!」
 ぱんと手を叩いて深刻な空気を破る。
「それならなおさらですよ、戦いは膳の下からっ」
「いやなんか微妙に違うような」
「いいんですいいんです、夕食にしますよっ」
 周りを引きずるようにして食堂に向かう祐子。
 その腕が基地の面々の顔を綻ばせるまで、今日もたいして時間はいらなかった。


-end-

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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3670/内藤・祐子/女性/22歳/迷子の預言者

NPC/高月・泰蔵
NPC/高月・サキ
NPC/日野・ユウジ
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■         ライター通信          ■
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またこうしてお会いできるのを嬉しく思います。
変わらぬ元気なお姿で、基地連中は相変わらず潤されてばかりです、ありがとうございます。

おまかせ部分がありましたので、異界発展の敵出現フラグを立てさせていただきました。
また家事に空戦にと遊びにきていただけたら幸いです。

また、イラストレーター・渡会 敦朗氏とのコラボレーション企画を開始しました。
空軍での日常、ドッグファイトシーン、愛機をバックに……などなど、思い出を残してみませんか?
フォトスタジオ・渡 【渡会 敦朗】
http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=2362


注:現時点での描写対応機体はA:イズナ となっております。


あきしまいさむ拝