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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


夏の忘れ物はプールにて


 夏になると父は満足げな表情を浮かべる。そう、ここで語られる『父』とは若干17歳にして未来の娘に『タイムポート・ホームステイ』なる名目で毎日を蹂躙されている不幸な高校生・勝矢のことだ。彼は夏休みになると趣味の草野球もほっぽり出して、2階にある自室から出てこなくなってしまう。しかも昼夜問わずこの調子なのだ。じっとしてられない性格の娘・美菜にとってはたまったものではない。プライバシーも扉も踏み倒してパパの部屋に入り「どこへ行こう」「ここへ行こう」と遊びに誘っても、この時ばかりは動じることすらないのだ。その姿はまさにお地蔵様である。いくら娘が耳元でわめこうと、勝矢はけっしてその場から動こうとしない。それどころか、目も合わせない始末。その研ぎ澄まされた集中力を目の当たりにした美菜も、最後には降参して部屋を出る。
 彼にとって夏の娯楽といえば『朝から晩まで野球観戦』なのだ。テレビの前という名の特等席で、毎年繰り広げられる数多くの熱戦を見守っている。朝から昼にかけては高校野球、夜はプロ野球。たまに腕を振りながら自分のフォームを確かめる姿は真剣そのものだ。図書館で本を借りたこともないくせに、趣味の雑誌だけは厳選したものを本棚に並べている。ところがソファーから手元に近いテーブルの上にはそれらの姿はなく、スナック菓子やペットボトルが広がっているのだ。そう、すでに雑誌の内容は知識として頭の中にインプットされているのである。読んでも寝る前に少し目を通すくらいで、あとは自分好みの並べ方で保管しているというわけだ。

 一方、娘の美菜はここ数日はつまらなかった。それ以上でもそれ以下でもない。とにかくつまらないのだ。
 実はすでに未来でこの光景をうんざりするほど見ている。つまり、この勝矢の行動パターンは子を持つ親になってもまったく変わらないという証明だ。家族サービスが疎かになるこの時期にパパを外へ引っ張り出せたらなら、もしかしたら未来に戻った時に若干の変化があるかもしれない……そういう魂胆があったのだが、この頃からの癖となるとさすがにこの娘でも手の施しようがない。それでも彼女は夏をエンジョイすることを諦めたわけではなかった。攻略法はとうの昔に発見している。当の本人はそんなことも露知らず、熱いまなざしでテレビを見つめていた。

 美菜は『あるタイミング』で、勝矢に神聖都学園が発行した最近のパンフレットを見せた。食い入るような目で内容に見入る父。してやったりの娘。

 「季節を問わず水泳が楽しめるプールが完成?」
 「隣にはウォータースライダーとか、流水プールとか、温水プールとかいっぱいあるんだって!」
 「学園の中に客寄せ施設を作るなよな……って、今のご時世だとそっちの方が安心か。初等部とかのこと考えるとなー」
 「そーゆーこと。じゃ、金曜日にみんなと行こう! おーっ!」
 「また学園の掲示板に余計な伝言を張ったな! お前、みんなと騒ぐことしか考えてな」
 「ふふふ……だってぇー、伝言を作る暇はいーっぱいあったから。ね……パパぁ?」

 彼女が『高校野球の決勝が終わった直後』に話を振ったのには訳があった。いまだ興奮冷めやらぬ父に今までの怨念を込めた嫌味をストレートにぶつけることで、『しっかり娘を無視していた事実』と向き合わせるのが目的だったのである。厳しい現実を突きつけられた勝矢も、安っぽい人形のようにただ何度も首を縦に振るばかり。はたして夏休みも終わりに近づいたプールで、今度はどんな波乱が待ち受けているのだろうか?


 美菜の指定した時間までに現地集合……とは安易に言ってしまったものだ。更衣室で着替えた後にある広く長い廊下に立った勝矢はあまりの人の多さに驚く。これじゃテレビで見てた野球と変わらないくらいの客入りではないか。こんな場所で待ち合わせして、本当に仲間たちを見つけられるのか。一抹の不安を覚える。
 この時期は海のシーズンが終わるが、まだまだ残暑の続く時期である。ちゃんと夏休みの宿題を終えた初等部や中等部の団体さんとその保護者がこぞってプールにやってくるというわけだ。ただ高等部は文化祭が間近に控えていることもあり、若干ではあるが人数が少ないような気もする。しかし、驚いてばかりもいられない。美菜のメッセージで遊びに来るメンツはだいたい予想できるが、足元が大変なことになっているだけに見つけるのも一苦労。そこはイベント大好きの彼女がしっかりフォローする。勝矢よりも早く友達の姿を見つけると大きな声で呼びかけた。

 「あ、ゆ〜なだ! ゆ〜な、こっちこっち!」
 「優名って……ああ、神聖都学園指定のスクール水着か。なんか地味だけど目立つな」

 優名に対して、珍しく『目立つ』という表現を使った勝矢。この日の仕草もいつものようにおとなしく、美菜の声に導かれるようにとたとたと駆けてきた。明るいオレンジを基調とした学園規定の水着は、両脇に白のラインが入っている。ちなみに美菜は赤をベースにした白ラインの水着。これもまた神聖都学園指定の水着らしい。この辺は十数年ではさほど変わらないらしい。不意に未来のことを考えてしまっている勝矢。

 「たまに掲示板を見てるんですけど、美菜さんがまた募集してるみたいだったので遊びに来ました」
 「ま、『美菜=イベント』だと思えばいいよ。いろんな意味で間違いないから」
 「勝矢さんはここ初めてかもしれないですけど、あたしは何度か来てるんですよ。今年の夏は暑いですからね」
 「今年はホントに暑いのに、パパったら絶対にテレビの前から離れないんだもん!」

 ここぞとばかりに文句を言われる父。ここぞとばかりに文句を言う娘。似たもの同士の言い合いに優名は軽く笑った。
 そんなコントを繰り広げていると、青いキャミに白のプリーツミニのタンキニ、下に黒のビキニと上から下までビシッと決めた長身の女性がやってくる。その歩き方からして、まさに『若きセレブ』といった印象を誰もが持った。『まさか俺たちとは関係ないだろう』と思っていた勝矢の前に立ち、話しかけてくるのだから驚きである。

 「私、藤田 あやこ。ここの皆さんはプールで遊ぶ方々と考えていいのかしら?」
 「初対面で言うのもなんだけど、どっちかって言うと水辺の椅子に寝そべってトロピカルジュースなんか飲むイメージがぴったりだな」
 「素敵な印象をありがとう。でも今日は『遊ぶ』ってから来たのよ。あなたたちと存分に遊ぶんだから覚悟なさい!」
 「大歓迎〜! いろんなことしようね!」

 お召し物からのイメージとはずいぶん違い、意外にもフランクなあやこ。女性3人が並ぶと、さらに彼女のセレブっぷりが際立って見える。しかし輪の中に溶け込むのは早く、あっという間にお友達になっていた。その間の見張り役は勝矢だったが、ライトグリーンのハイレグワンピースを着たらせんをあっさりと発見。手早く輪の中に招き入れる。

 「よっ。なんとなく来ると思ってた」
 「面白そうだったから来たの。ところでさ。勝矢くんは『ギガドリルスライダー』っていうの知ってる?」
 「げっ、それ聞いた! まだ来てないけど、ちょっと前に刹利から全長1キロのウォータースライダーがあるって!」
 「しかも高等部以上じゃないと乗れないんだって。たぶん着水するプールが深いからだと思うけど……」
 「そういや刹利の奴、ずいぶん悩んでたな〜。あいつ猫目だから『もしかして?』と思ってたんだけど、予想を裏切らないまさかの猫気質なんだもんな〜」
 「えっ? 猫って……たしか水が苦手だったんじゃないかしら?」

 あやこの読みは正解だった。刹利はよく勝矢と遊ぶことがあるが、プールというシチュエーションは今回が初めて。遊びに行くことは勝矢が伝えたのだが、受話器の向こう側からは「うーんうーん」と悩む声が響いていた。予想通り、あまり水がお得意ではないらしい。それでも何らかの手段を講じてやってくる……それが刹利の性格だと勝矢は踏んでいた。
 しばらくすると、周囲の視線にとんでもない姿をした遊泳者が現れる!

 「パパ、まさかあれ……」
 「ちょっと待って! まさか『あれ』で泳ぐわけないよね?!」
 「らせん……それは俺に聞かないでくれ」
 「よく監視員さんが通してくれましたね。あんな格好なのに……」
 「っていうか、来る場所を間違ってない? あれはデパートの屋上とかお祭り広場に行くものじゃないの?」
 「だから、あやこも俺に聞くな!」

 違和感バリバリなのに、絶対に刹利だとわかってしまうその姿。なんと彼はいわば『着ぐる水着』を装着してやってきた。しかも今回は防水加工済みの黒猫仕様である。監視員に許可を勝ち得たのは、身体に密着する生地から毛並みにいたるまで泳ぎや衛生面に問題がないと判断されたからだ。視界も十分に確保されているらしく、こっちに手を振ると軽い身のこなしでみんなのところへやってくる。とにかくこの姿は目立つ目立つ。優名もあやこもあったものではない。彼ひとりのインパクトがすべてだった。

 「ニャーなのだ〜! ボク、刹利だよ」
 「他の連中はどうか知らんが、俺には十分すぎるくらいよくわかる」
 「やっぱり『持つべきものは友』だね〜」
 「あなた、どこでそんなもの手に入れたのよ?」
 「あー、実はね。頭まですっぽり入る全身スーツタイプの水着があるって聞いて、それを探してうろうろしてるうちにこの黒猫スーツと出会ったんだ。これもね、最初は暑そうに見えたんだけどさ。このもこもこの毛は水に入った時の気持ちよさがアップするってことなんだよね、きっと。だから今日は誰よりも水遊びが楽しめると思うんだ〜」

 その場にいた誰もが口を揃えて「そうですか〜」と頷きながら答えるしかない。あまりのインパクトに何をするのか忘れそうになっていたが、黒猫さんがさっさと流水プールに行ったおかげでようやく当初の目的を思い出した。周囲の視線を気にしながらも、まずは長い長い流水プールを楽しむ。


 黒猫の刹利はスーツのせいもあってか、ただ流れに乗ってぷかぷか浮いてるだけ。その様が周囲の子どもたちに大ウケで、親も巻き込んでのフィーバーになっていた。あっという間に人気者になってしまった着ぐる水着の刹利くん。そのかなり後ろをクロールで追う勝矢。らせんも同じ泳法でまずは泳ぎを楽しむ。あやこと美菜は黒猫よりも若干エレガントに漂うゆ〜なに合わせて、ゆらゆらと流れに身を任せていた。

 「人工的な水の流れっていうから、もっと無理やりな感じかと思ってたけどそうでもないのね」
 「ゆったりしてますよ〜、ここの流水プールって〜」
 「あたし、こういうとこってみんなが全力で泳いでるのかと思ったらそうでもないんだね」
 「ここには競技用のプールもありますから、本当に泳ぎたい人はそっちに行っちゃいますよ〜」
 「なるほどね。スポーツとアトラクションの色分けがはっきりしてるってわけか」

 すっかりゆ〜な風エレガントに浸っているあやこと美菜。想像していたよりも緩い展開だが、これはこれでなかなかいい。周囲の音に耳を傾けつつも、しばし自然に近い流れに身を任せていた。


 しばし流水プールで楽しんだ後は、あやこの提案で波打ちプールの浅瀬で野球対決が始まった。勝矢は「待ってました!」と言わんばかりにゴムボールとゴムバットをフロントから借りてくる。ところが戻ってくるや否や、あやこはなんと魔法の力で水を固めたボールを作り出しているではないか!

 「げっ! タンマタンマ! 投げんな、バカ! そんなもん打ち返せるわけねぇって!」
 「ちゃーんと正確に打ち返せば大丈夫だから!」
 「あやこさーん! パパ、今年も球種は研究済みだから大丈夫だよ! 投げちゃってー!」
 「みっ、美菜! ここぞとばかりに恨みを晴らそうとするなっ!」
 「あやこ魔球、ちょっと斜めに曲がる球っ!」

 それっぽいフォームから繰り出される水球はストライクゾーンのど真ん中から外へ逃げていく……勝矢も空振りだけは避けたい一心で、なんとか当てるだけでもしようと試みる。ところが、今日使っているのはゴムバット。これから繰り出される動作は極端に早いか、極端に遅いかしかない。それでも上体を崩しながら当てに行く努力をする勝矢にとんでもない悲劇が待っていた!

  ペイ〜〜〜ン♪
 「ほっ、一応当たっ」

  バッシャーーーン!

 「ぶへっ! げほげほぉっ! こ、こいつ、顔面近くで、は、は、破裂しやがった! こ、殺す気か、あやこ!」
 「ちゃんと打ち返せば、こっちに飛んで破裂するから。ま、あたしに当てれるかどうかは別だけど?」
 「ちっくしょー! もう1球だ! もう1球来いっ!」

 しこたま水を飲まされた勝矢は二度ほどスイングの軌道を確認すると、挑発的な手の動きであやこに次のピッチングを要求する。余裕の笑顔から繰り出される2球目はまたしても変化球。今度は内角低め。ここを投げられるとたいていは空振りして足元に水しぶきが上がるという空しい結果になる……コースなのだが、そのボールを見た誰もがまったく同じ感想を漏らした。まさにそれは一瞬の出来事であった。

 「あっ! インローはまずいよ〜!」
 「勝矢くん、よく狙って!」
 「パパにあれはダメだよー!」
 「えっ、なになに! まさかやっちゃった?!」

 あやこは知らなかった。ゴムバットは小さい分、遠くの球になるとさっきのように引っ掛けやすい。水球の爆発も誘いやすいのだ。逆にゴムバットはスイングがコンパクトになる利点がある。ということは、手元に来る球は圧倒的に打ちやすくなる。しかも勝矢は草野球でも厳しいコースに投げられることが多い。そのコースとは内角高め、もしくは低め。前者はボールの見極めを狂わせるため、後者は空振りを誘うためである。野球好きの彼が自分の弱点をそのままにしておくはずがない。黒猫、いや刹利は一緒に野球をする。らせんと美菜はソフトボールを嗜む。あの球がいかに危険かはよくわかっていた。
 勝矢は余裕の笑みを浮かべ、体を崩しながらゴムバットを全力で振り抜く。今度は正確に打ち返し、あやこ一直線! 彼女の足元で水球が派手に破裂した!

  バッシャーーーン!!
 「けほっけほ! まさか狙い撃ちされるなんてーーーっ!」
 「悪かったな。今のは俺にとって『打ってください』と言ってるような球だったぜ」
 「バット! バットよこしなさい! 次はあたしの番よ! 勝矢はゴムボールを投げなさい!」
 「あ、ボクがキャッチャーするね。ボールが飛んでいくと取りに行くの面倒だし」

 意地になったあやこがバットを持ち、超高校生級のピッチャーである勝矢に挑む。これを無謀な戦いと呼ばずして何と呼ぶ。勝矢は仕方なしに初球は見せ球のスライダーを緩めに投げるが、あやこが空振りするのは火を見るより明らか。打てっこない球に対してフルスイングしたせいか、彼女の身体はくるくると2回転ほど舞った。さすがにここでタイム、というよりもすさまじいブーイングが飛ぶ。

 「勝矢ク〜ン、今のは誰も打てないよ〜」
 「パパ……大人気ないよ?」
 「勝矢さん、みんなで楽しんでるんですから……」

 さっきは口を挟まなかったゆ〜なにまでダメ出しを食らった勝矢のショックは意外にも大きかった。すっかり気落ちした彼は『次は手を抜いたストレートをど真ん中を投げる』と予告。するとあやこの周りにみんなが集結する。どうやら作戦会議らしい。勝矢が言う『緩いストレート』とは、その表現ほど球威が落ちないのだ。らせんが、刹利が、そして美菜があやこにアドバイスを送ると再び散る。勝矢は相手にどんな策を授けたかと思ってあやこを見るが、構えはまったく変わっていない。素人の立ち方で勝負を挑もうとしている。勝矢もこれ以上みんなから文句を言われるのもしゃくなので、思い切り遅い球を投げた。しかしその背徳心はある意味で余計なおせっかいとなってしまう。みんなが思っていたよりも遅い球があやこに迫る。心配そうに見つめるゆ〜な。
 しかしあやこはそれをもろともせず、絶妙のタイミングで振りかぶった。投げた方はただただ驚くしかない。そしてゴムバットから自分の顔めがけてボールが飛んでくる! 呆然としていた勝矢はそれを避けきれず、顔面キャッチする羽目になった!

  ボスッ!
 「当たった〜! やった! これで引き分けよ!」
 「パ、パパ……これは、クリーンヒットだね」
 「ほふへふへ……」
 「か、勝矢くんっ、大丈夫?!」

 タネを明かせばなんてことはない。刹利があやこに「ボクが言う1,2,3のタイミングで振ればいい」と指示したのだ。1で構え、2で振りかぶり、3で当てる。勝矢のキャッチャーも務めたことがある刹利は球筋やタイミングをちゃんと記憶していた。さらに今回は都合よく『着ぐる水着』で口元がふさがれている。なんと他の人間はただ励ましに行っただけなのだ。すべてのからくりを知った勝矢は、刹利を相手にプロレスごっこを始める。ところがこの黒猫はすばしっこく、ひょいひょいと逃げ回るばかり。勝矢のストレスはすでに頂点まで達していた。

 男性陣がじゃれている間、あやこは水の妖精『ウンディーネ』を使って今度は女性陣に騎馬戦を仕掛ける。彼女がどこからか取り出した赤い帽子は自分でかぶり、白い帽子はとりあえず美菜に渡した。ところが、らせんと美菜はすぐにそれをゆ〜なに手渡す。そしてふたりが騎馬となり、上にゆ〜なを乗せて戦闘が開始された!

 「き、聞いてないですよ! らせんさん、美菜さん!」
 「足回りはこっちでやるから! 美菜ちゃん、行くわよ!」
 「行け行け、ゴーゴー! あれ、このセリフは今の時代にしてはちょっと古いかな?」

 水を滑るように駆け巡る妖精たち。どちらも華麗な動きで相手を翻弄するが、上に乗ったふたりもなかなかのもの。延々とあやことゆ〜なの戦いが続く。そして先ほどから続く『水際プロレス』も逃げまくる黒猫のしっぽをつかんで無理に技をかけようとする勝矢の姿があまりにもアトラクションっぽく見えたせいか、またしてもたくさんの子どもたちの注目の的になっていた。ちなみにどちらも最終的な決着はつかないまま一応終わった。


 続いては全長1キロもあるという『ギガドリルスライダー』というウォータースライダーに挑戦することになった。確かに下から見ても嫌になるくらいスパイラルしている。小さなお子様がこれに乗れば、確かに悪酔いするだろう。今からそんなものに乗ろうというのだからたまらない……勝矢はそう思っていたら、なんとこれは2人1組になって乗るものだということが判明。それ用の浮き輪も用意されているのだ。綿密な話し合いの結果、騎馬戦ですっかり意気投合したあやことゆ〜なが最初に、途中で追いつくと危ないのでらせんと美菜が次、そして最後は黒猫と勝矢という順番になった。
 浮き輪そのものは大きくなく、きっちりと2人が収まるくらいだ。先陣を切ってあやことゆ〜なが係員に押されてスタートしたが、最初の落差で結構なスピードが出るらしくあっという間に姿が見えなくなる。そのすさまじい速さに残された人間は息を呑んだ。

 「今……ちらっとゆ〜なの悲鳴が聞こえなかった?」
 「え? 違うよ〜。あれはあやこさんだって!」
 「あ、あのあやこが悲鳴を……」

 それなりにすさまじいものだとわかった瞬間……仲よさそうな悲鳴がハモって響く。さすがにこれには誰もが言葉を失った。

 「じゃ、パパ。藻屑になってくるね」
 「やな例えだな、お前……」
 「ボクたちもすぐに行くから〜!」

 口ではそうは言いながらも、第2組は絶叫マシーン系には強い。美菜のセリフはただただ勝矢にプレッシャーを与えるためのものだ。そしてまんまとその罠に引っかかる父親。しかも黒猫は準備された浮き輪の後ろに陣取り、勝矢を前に乗せる気満々になっている。さっきあやこが悲鳴をあげた地点からは楽しそうな声が響く……らせんも美菜もスライダーをお楽しみのようだ。それを聞いてひとつため息をつこうかと思ったところで浮き輪が進み出し、そのまま急降下でスピードがついてコースをスタートした!

 「う、うわぁぁぁーーーーーっ! お、おい、結構なスピードじゃねぇか!」
 「あとボクたち、重いからねー。その分、加速するらしいから。係員さん言ってたよー。楽しいねー!」
 「バッ、バカ言え! お、お、おっかねぇってぇぇーーーーー!」

 このコースご自慢の『スパイラルゾーン』は天地逆転しながらぐるぐる回る。チューブの中をぐるぐるとくぐっていくのだが、天井にあたる部分は透明になっており外が見える。しかも流れやスピードが変わると、そっち側が地面になるので恐怖が倍増する。何度乗っても楽しめる構造になっているのだ。勝矢は次第に具合が悪くなってきた。余裕の刹利とはまったくの正反対のリアクション。そしてようやくゴール……というところで黒猫があるものを発見した。

 「ああーーーっ?!」
 「おあっ! な、なんだよ……刹利、お前まで叫ぶなって!」
 「前っ、前にふたりがいるよーーーっ!!」

 なんと目の前には先に出発したはずのらせんと美菜が乗った浮き輪が悠長にしているではないか! 目の前はもう終点だが、このままだとぶつかってしまう……!

 「な、なにっ! おい、らせんっ! どけって! どけどけどけどけーーーーーっ!」
 「えっ、浮き輪は急に止まれないわよ!」
 「パ、パパがどいて……きゃーーーーーっ!!」

  どざぱーーーーーーーーーーんっ!!

 派手に水しぶきを上げて飛び込む3人と1匹。とりあえずそれぞれ急いで浮き上がろうとする。刹利と美菜は無事だったが、らせんと勝矢がえらい近くに立っていた。しかも勝矢は平衡感覚を失っているせいか、バランスを崩してまた水没しそうになる。

 「おう……っとぉ!」
 「あ、危な……」

  どぼーーーーーーーーーーんっ!

 ひとりで落ちるのは勝手だが、なんと身体をらせんに預けてもう一度水没。しかも水中で体が入れ替わり、お互いの顔が急接近するニアミスまで起こしてしまった。勝矢はそれに驚いて水中で息を吐き出してしまい、再び浮き上がった時には完全にむせ返ってしまう。らせんも突然の出来事に胸の鼓動を抑えるばかりだ。

 「パパ、何してるのよー!」
 「げほっげほ……らせん、悪りぃ。俺、こーゆーの弱くってさ」
 「べっ、別に! だ、大丈夫だから……って、そっちは大丈夫なの?!」
 「あんま大丈夫じゃない……ちょっと休んでくるわ」

 いろんな意味で危なかったからか、勝矢は這うようにビーチテーブルへと向かった。すると近くのテーブルでは先に滑り終えたあやことゆ〜なが2段重ねのアイスをおいしそうに頬張っている。自分の分のアイスはなくとも椅子はあるようなので、ひとまずそこに座って息を整えることに専念した。

 「あら、パパは水をたくさんお召し上がりになったようで」
 「人の不幸はアイスの味か?」
 「そうは言ってないでしょ〜? 失礼ね〜!」
 「おいしいですよ、アイス。また後で美菜さんと食べたらどうです?」

 ゆ〜なの優しい言葉に「そうするわ」と答え、何度も深呼吸する勝矢。らせんと刹利、そして美菜は流水プールでゆ〜な泳法をゆらゆらと楽しんでいた。タイミングを見計らったようにあやこが勝矢に声をかける。

 「同い年の娘ね……いろいろ大変でしょ?」
 「双子の兄妹よりタチが悪いんじゃねーかな。親にプライバシーなんてものはないからな」
 「あのね。あたしも17歳の娘がいるの」
 「うそ! もしかしてタイムなんちゃらで来た?!」
 「それじゃないけどね。お互いに気をつけないと、子どもは親のいろんなとこ真似するから」
 「そうなんですか、あやこさん?」

 ふたりの親は同時に頷いた。

 「別に見てるだけならいいんだけど、無意識のうちに憶えちゃってるみたいなのよ。そこがね……」
 「うちなんか俺の両親がいるからな。あの辺の説教まで憶えるから面倒なんだよー」
 「お互いに……若いのにね。なんか老けた考え方になっちゃってるわね」
 「そうだよなー。たまーにそう思う。絶対に17歳の考えることじゃないって」

 しみじみしたトークで湿るのかと思いきや、ゆ〜なはニコニコしながらふたりを見ていた。そうは言いながらも楽しいんだろうな……そんなことを考えながら、次のアイスは何にするかを選び始めていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

2803/月夢・優名  /女性/17歳/神聖都学園高等部2年生
7061/藤田・あやこ /女性/24歳/女子高生セレブ
2066/銀野・らせん /女性/16歳/高校生(/ドリルガール)
5307/施祇・刹利  /男性/18歳/過剰付与師

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせしました、市川 智彦です。ご近所近未来バラエティーの第4回でした。
感覚的にも夏が終わりに近づいた頃のお届けとなります。今年の夏は長かったですね〜。
暑い夏を思い出さないように、今回は少しでも涼しげな作品をご用意いたしました!

ご参加の皆様、今回もありがとうございました。これからも物語をリリースします。
なお、今回明らかにならなかった謎などは次回以降に引っ張ります。ご了承下さい。
また勝矢や美菜たちの巻き起こす珍騒動や別の依頼でお会いできる日をお楽しみに!