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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ドールハウス(全三話) 〜曰くつき〜

 ゴーストネットOFFに書かれた一連の記事。
 それは、あるドールハウスをめぐる話だった。
 最初は場違いのオークションに関することかと思いきや。
 どうやら、何かと曰くつきのもののようだった。
 何かと噂の多い怪しげな人形博物館、久々津館も絡んでいるようで……

 曰くつき。
 言葉の意味だけで言うならば、込み入った事情、わけ。
 特にそこに好悪の印象は無い。
 だが――物に対して使うときには、様相が少し違ってくる。
 少なくとも、それが良い意味で使われることはあまりない。
 何かしら、厄介な事情がそこにある。そういうことを示している。そしてそこには多分に、オカルトな要素が含まれている。
 例えば――関わった者が不幸になる。死んでしまう。行方不明になる。
 しかし、なぜかそういった物に惹かれる人間がいる。
 どうせロクなことになりはしないと、分かっているのに。いや、自分だけは大丈夫、と思っているのだろうか。
 そうして、曰くは無限に連鎖していく。

 掲示板の例の記事にはメールアドレスが書いてあった。連絡は、あっさり取れた。
 会う約束も簡単にできた。
 ――あまりにも、警戒心がなさすぎる――
 待ち合わせ場所の喫茶店。誰にも聞こえないほどの小さな声で、藤田あやこは呟いた。
 いまどき、ネットの掲示板から連絡を取ってきた相手とあっさり会うだなんて、何も知らないお坊ちゃまか、それとも、こちらが女だと知って下心でも出してきているのか。
 ――それとも、それだけ、兄のことについて必死なのか。
 まあどちらにしても、あやこに取って都合の良いことには変わりはない。
 それにしても、なかなか来ない。こちらの顔は画像で送ってあるから、分かるはずだが。
「あのー……」
 声がかかる。目を向ける。だが、そこにいたのはストレートのセミロング。きっちりとした黒髪は、いいとこのお嬢様といった風の細身の女性だった。
「藤田あやこさん、ですか?」
 名指しされて、思わずその顔を覗き込む。二十歳前後だろうか。大人しめの容貌だが、美人だ。
「相原、薫です、よろしくお願いします」
 ぺこりとお辞儀をする。
 言われてみれば――なぜか最初から相手を男だと思っていた。だけど、そうとは限らない。薫という名前だって、女性のほうが多いような気がする。
「違いましたか? 人違いですね、ごめんなさい」
 謝り、その場を立ち去ろうとする薫。慌てて声をかけて留める。
「待って、そうよ、私です。ささ、まずは座って」
 テーブルを挟んだ正面の席へ促す。
「改めまして、藤田あやこです。よろしく。こういう不思議な事象なんかを調べてます」
 あやこは相手が座ったのを見て、もう一度名乗る。IO2のメンバーであるのだから、嘘も言ってはいない。
「よろしくお願いします。兄の意識が戻るためなら、出来る限りのことをします。何でも、聞いてください」
 見た目と言葉の丁寧さに反して、口調ははっきりと、意志の強さを感じさせる。思い込みの激しいタイプなのかもしれない。そう分析した。
「じゃあ、さっそくだけど。まずはその、人形を購入した理由ってのが知りたいわ。妹の分かることでいいから、教えてくれないかな。例えば――お兄さん、人形集めが趣味だったとか」
 それならば、と世間話などはせずにいきなり本題を質問してみる。余計な世間話は必要ないだろう。
「え……? あ、ああ。違うんです。兄は、人形は買ってないんです。特に人形が趣味ってわけでもなくて」
「へ? いやあれ、曰くつきの人形って……あれ?」
 顔を見合わせる。
 噛み合わない言葉。
 困惑。
「ええと、ドールハウス、ってのは、人形用のミニチュアの家ってことはご存知ですよね?」
 ……間違いは、誰にでもある。
「あ、ああうん。いやいや、でもドールハウスだけ買って人形は一切、なんてのも珍しいなと思って」
 取り繕っているのがあからさまだろうか。しかし、なんとか軌道は戻せたようだった。一瞬固まった雰囲気が、ぎこちないながらも和らぐ。
「で、ええっと、違うんです。兄は、その……人形が好き、とかではなくて……」
 言葉を濁す薫。
「情報は、少しでも必要よ。意外なところから見えてくることもあるし」
 諭すように、優しく語りかける。
「そうですね。何でも聞いてください、って私がいったんですしね――兄は、オカルトマニアだったんです。特に、曰く付きの……呪いのなんとか、だとかそういったものを集めるのが趣味で。だから、自業自得、ではあるんです」
 うな垂れて語る薫の声は、消え入りそうに小さかった。
 確かにそれで意識不明の寝たきりになったのなら、本人が悪いとは言える。まさに自業自得の極みだ。
「それとこれとは別よ。あなたはお兄さんを助けたいんでしょう? そう思ってるなら十分。お兄さんのこと、もっと話してもらえるかしら」
 と心の中で思いながらも、口では別のことを語る。人間、本音だけではうまくいかない。まあ、言っていることも嘘ではない。そう思っているのも事実ではあるのだから。
 そこから、ぽつりぽつりと、薫は話しはじめた。
 薫の兄、勉(つとむ)は、現在無職。いわゆる引きこもりという状態のようだった。しかし、どうやらニートではないらしい。オンライントレードなどでそれなりに資産があるということだ。
 ――やはり、ならば。
「なら、ドールハウスを売ることもなかったんじゃないの? 親類の人たち、ちょっと強引よね。失礼な話で気を悪くさせたら申し訳ないけど、その、資産目当ての厄介払いとか、そういうことはないのよね……?」
 会う前から抱いていた懸念。それを聞いてみる。
「そんなことはないはずです。本当に心配してくれて、あのドールハウスのこと不気味がって、でしたし。お金だって、資産目当てといってもそこまであるわけでもないし、親戚のところへ行くわけでもないです」
 気分を害した、というほどでもないがはっきりと否定される。嘘はついていないように見えた。騙されてる可能性はあるかもしれないが。
 続いてその他、倒れたときの状況やそれまでの精神状態で気づいたことはないかを一通り聞いてみる。
 勉はあやこの危惧していた通り現実逃避の気はあったが、自殺願望というまでの状態ではなかったそうだ。
 気づいたのはある日の夕方頃。特にそれまで普段と変わった様子はなかった。いつもは昼頃には起きていて昼食(朝食?)を食べるのだが、その日はいつもに増して反応がなく、夕方頃になっておかしいと思ってドアを無理矢理こじ開けたところ、机に突っ伏すように倒れていたという。
 今は入院しており栄養補給だけで植物状態に近いが、検査をしても何も悪いところはなく、原因不明だそうだ。
 恋人はいない、はず。少なくとも会ってはいない。部屋からほとんど出ていないのだから、それは間違いないだろう。
 最後にドールハウスを入手先を聞くと、通販かオークションじゃないかと答があった。
 そこで、ピンとくる。
「ねえ。ちょっと、お兄さんの部屋調べさせてもらっていいかしら。パソコンにね、そのドールハウスを購入した履歴があると思うの。久々津館に行くのよりも先に、そっちを調べてみない? どのみち、部屋の中も見てみたいし」
 あやこの提案に対し、薫は逡巡した様子を見せはしたが、結局はうなずいた。
 そして、数時間後。
「ビンゴ、ね」
 勉のものであるというパソコンを前に、あやこは思わず声をあげた。簡単な話だった。細かく調べるまでもなく、履歴の中にドールハウスを購入した際のオークションのページが残っていたのだ。さらに調べていくと、芋づる式にいくつかの情報が出てくる。ネット上の情報だけでも、何人かの手に渡っているようだった。
 そのたびに、『曰く』を増やしながら。
「少し、このまま来歴を追ってみたいわ。このドールハウスの由来もわかるかもしれない。明日……も時間あるかしら? 久々津館へ行く前に、こっちを調べておかない? 調べられるだけ調べたら、そのままその足で久々津館へも一緒に行くから。一人じゃ危ないし」
 最後の一言が効いたのだろう。先ほどとは違い、薫は今度はしっかりと「お願いします」と頭を下げながら答えた。

 次の日。
 薫と合流する前から、再度ネットを使い詳しく調べていく。IO2の権限も使い、履歴のあった各所から接続先などの情報も手に入れた。
 合流してからは、今度は足を使う。手に入れた情報を元に、実際にその家を訪れたり、電話をかけたり。過去の所持者の情報、そして、そのドールハウスがどういった由来の、いつ、どこで作られたものかということを洗い出す。
 夕方頃までには、それなりの情報が手に入っていた。
 まずは、過去の所有者について。何人もの手を渡ってきており全てが分かったわけではないが、それでも分かったうちだけでも、他に数名、行方不明や意識不明の状態になっていた。
 その簡単なプロフィールは……以下の通り。
 ・23歳 女 行方不明
 ・50歳 男 意識不明
 ・14歳 女 意識不明
 ・35歳 男 行方不明
 ・12歳 女 意識不明……のち病死
 気になったのは、一人、意識不明の状態から病死した少女がいるということだった。ただこれは、意識不明の状態になる前から身体が弱く、その病状も悪化してのことだったらしい。他の者達と違うかどうかというと、難しいところだ。
 またドールハウスの由来だが、どうやらかなり古いものらしい。部類としてはアンティークに入るほどのもの、作られたのもどうやら外国、おそらく欧州で作られ、貴族の家などで使われていたもののようだ。これは得られた情報と、写真をもとに鑑定してもらった結果である。特徴のある造りということで、時間をかければもう少し分かることもあるかもしれないが、まずはこんなところだろう。
 一旦調査に区切りをつけ、今日の本題である久々津館へと向かう。
「やっぱり……兄だけじゃなかったんですね」
 その道すがら、薫はため息とともに、思いつめた表情で口にした。
 確かに、ここまでこればドールハウスが関係ないとは言えはしない。久々津館の人間と話すときにも良い材料にはなるだろう。

 そして陽射しが傾き、街が夕焼けに赤みを帯びてくる頃。
 二人は久々津館に着いた。
 住宅街の中に、突然に現われた洋館。どこかドールハウスの持つ雰囲気に通じるところがある、非日常の空間。
 入り口の扉を開けて中に入ると、そこはホールになっていた。誰もいない。
「どなたかいらっしゃいませんかー?」
 門には『人形博物館』ともあった。ならば受付くらい居てもいいだろうに、人影は全く無い。仕方なく、誰とはなしに声をかけてみる。
 広いホールの中に声が反響し、ゆっくりと吸い込まれて消えていく。
 それを待っていたかのように、人影が見えた。
「申し訳ありません、少し立て込んでいまして。見学でしょうか」
 奥に続く通路から、女性が出てくる。軽くウェーブした、ブロンドの長髪。落ち着いた雰囲気。久々津館についても情報は集めてある。おそらく、向かいでアンティークドールショップを経営している、レティシア・リュプリケだろう。こちらにいるということは、店は閉めているのか。
「いえ、ちょっとお話を伺いにきたんで――」
「ドールハウスを! 兄さんから買ったドールハウスを返してください! 兄さんを!」
 穏やかに切り出したあやこの言葉は、薫の、叫びにも近い声で遮られた。薫はそのまま、レティシアに詰め寄っていった。
 明らかに、困惑した表情を浮かべるレティシア。詰め寄られるままに、ちらりと視線をこちらに向ける。助けを求めるように。
「薫さん、落ち着いて! まずは事情を話さないと」
 とりあえず袖を引っ張り、なんとかレティシアから引き剥がす。
 意外と暴走する――いや、もともと、そうなのか。掲示板の書き込みでも直情的に行動しようとしていたし。
 なんとか大人しくなった薫を尻目に、二人が来た理由、そして、これまで調べてきたことを話し、ドールハウスを見せてもらうように頼む。自分がIO2の権限を持っていることも併せて伝えておく。牽制のために。
「あとは……一つ聞きたいのですが、ゴーストネットOFFという掲示板に書き込んだことはありますか?」
 付け加えて問い質す。事前の調査の中でもう一つだけ、ログを調べていたのだ。
 それは、ゴーストネットOFFのログ。その中でも、今回の件について。特に――最後にあった、久々津館に突撃すると書いたあの投稿。
 あやこは、あれは久々津館の者の自作自演ではないかと睨んでいた。
 ああして書くことによって、興味を惹かせ、誘い込む。そんな罠ではないのか。そう思っていた。
 しかし書き込みは漫画喫茶からのもので、その場所はわかっても個人までは特定できなかった。ただ、ここから遠いというほどでもない。可能性は、捨て切れない。
「ええ、あまり書き込みはしませんが、覗いていますよ。主に私ではなく、鴉という、もう一人こちらに住んでいる者ですが……それが何か?」
 なんでもない、と返しておく。曖昧に答えるところは怪しいといえるが、それをそうと確信させないあたりなかなか手強そうだ。
「それにしても、あのドールハウスの元の持ち主の方に、話には聞いたことのあるIO2の方ですか……それならば、お話したほうがいいでしょう。立ち話も何ですし、ぜひこちらへ」
 促されて、応接室のようなところへ通され、紅茶が出される。念のため、口をつけないでおく。まだ警戒を解くには早い。
「先ほどお聞きした話ですが……実は、うちの者も同じ症状になってしまっているんです」
 二人がソファに着くのを待って、レティシアは語り始めた。
 まず、館の世話全般をしている、炬(かがり)と言う者が、館に触れた途端に倒れてしまった。さらには、常連客の少女が一人、同じように意識不明になった。何とかしたいと思っているが、彼女自身と館のもう一人の住人の鴉という男は、館にいくら触れてもなにも起きなかったこと。それらが語られた。
「これはいくつかの理由があってそう思ってるんだけど――私は、その、あなたのお兄さんも、うちの炬も……館の中に魂を捕らわれているんじゃないか、とそう思っているの」
 レティシアは、最後にそう言って締めた。突飛なことを言っているが、目は真剣である。
 そしてそういったことがありえぬ話ではないことは、誰よりもあやこ自身が知っていた。
「何か、根拠もあるんですね?」
 その問いに、レティシアは静かに頷く。
 彼女――炬は、人工魂を吹き込まれた元・人形である。そして、同じように作られた姉にあたる灯(あかり)とは、離れていてもお互いの場所が分かる。さらに灯には、テレパシーで望んだ相手に呼びかける能力があって、そのどちらもが、彼女の反応は横たわったままの身体ではなく、ぴったりドールハウスの中にあることを示していたそうだ。
 ただし、館の中は普通の空間ではないのか、声が届きにくく、また炬からの返答は全くない。もう一人の常連客の少女と、辛うじて意思の疎通ができるだけだった。
 そうしてようやく得た情報によると。
 どうも館の中には主人と思わしき少女がいて、外へ出ようにも全ての窓・扉にはカギがかっているのだという。カギがどこかにあるのか、その少女を何とかしなければならないのか。
「私はどうやっても入れない。もちろんあなた方も、入れるかどうかは分からないけど……試すのなら、ドールハウスのある部屋にも案内するわ」
 レティシアは解決してくれたら自分たちからも報酬を出すと語った。もちろん、あらゆる協力も惜しまない、と付け加える。
「もう一つあるのよ。炬はね、まだ人工魂が身体に馴染みきっていないの。あんまり長い間身体から離れていると……戻れなくなるかもしれない。それまでに、助け出さないと……」
「ドールハウスのところへ……案内してください」
 突然始まった超常的な話を信じたの信じてないのか。それは分からないが、薫がすぐにそう答えた。
 一般人を一人で行かせるのは、もちろん危ない。
 しかし、いまだ持って罠の危険もある。
 どうするか。このまま調査を進める手もある。
 迷うところだった。しかし、決断はすぐしなければならない。

――続。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【7061/藤田・あやこ/女性/24歳/女子高生セレブ】

【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
【NPC/相原・薫/女性/20歳/大学生】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして。伊吹護です。
 ご依頼ありがとうございました。
 全三回の一回目ということで、規定をオーバしたにも関わらずアクションの内容全てを網羅することはできませんでした。申し訳ありません。
 これに懲りず第二回にも参加していただければ幸いです。
 第二回の募集は週明け、9/25にも開始する予定です。