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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―patru―



 ダイス・バイブルを手に入れ、ダイスのアリサと契約し――黒榊魅月姫は落ち着かない日々を過ごしていた。
 人並み、それ以下の状態になることが今までなかったのだし、落ち着かなくなるのは当然である。
 これが心細い、頼りないものなのだと、実感した。
(……一ヶ月前のマンションのゴミ散乱の件、本当にイタズラだったのでしょうか?)
 魅月姫は居間のソファの上で首を傾げる。日常からかけ離れた異常な出来事だったのでイタズラにされたのではないか、と魅月姫はずっと思っていたのだ。
 悩んでいても仕方がないと魅月姫は立ち上がり、図書館に向かった。
 その事件と似たようなことはないかとここ数日の新聞をチェックする。当然というか、ない。
 新聞も一か月分となればかなりの量だ。しかも、お目当ての記事を探すのには時間がかかる。あるかどうかもわからない記事を探すのはもっとかかるだろう。
 気になった記事は現場に赴いて調べてみることにしたが、収穫はなかった。
 魅月姫はどこに行くにもダイス・バイブルを持っている。そうすることで、敵が関わっているならばこの本が感知してアリサが出てくるだろう。
(アリサが出てきたら、調べた情報を伝えれば……)
 そうすれば、きっと。
 ダイス・バイブルが魅月姫の手から弾け飛び、パラパラとページが捲れる。空中に浮かぶ本は上向きに開かれ、そこからアリサが飛び出した。
 道の真ん中での出現だったが、周囲に人はいないようだ。
 彼女は着地すると呟く。
「敵です」
「どこに?」
「……場所は遠いですが、はっきりと認識できます」
 余計なことは言うつもりがないのか、それとも簡潔に伝えるのが癖なのか、アリサは言葉が少ない。
「そこへ向かうのですね?」
 魅月姫の問いかけに頷こうとするが、すぐに否定した。
「夜になるのを待ちます。敵が活動している気配はありません。夜になれば気配も濃厚になるので、探しやすい」
「そうですか」
「ミスは帰る途中ですか?」
「ええ。色々と事件を調べていて。一ヶ月前のゴミの散乱事件、あれも気になっていて……」
「…………」
「あまりに異常だったからイタズラにされたのでは、と思っているんです」
「そんなことを気にしてどうするのですか」
 淡々と尋ねるアリサの瞳は、感情が宿っていない。
「アレは『敵』が仕出かしたことですが、カラスがゴミを散らかすのはよくご存知でしょう?」
「そうですけど……」
「どこが異常なのですか」
「それは……」
 人形の目玉が。肉片が。
 けれども、それらは「ゴミ」と称してもおかしくない代物だ。
 捨てようとした人形の一部かもしれない。壊してしまった人形の一部かもしれない。
 買ってきたのはいいが食べずに賞味期限が切れたものだったかもしれない。
 ――可能性は幾つもある。
「ゴミ袋の中には人形の他の部分があったかもしれません。残飯だって、別の袋にあったかもしれません」
 配慮の足りない誰かが捨てた可能性だってある。
「イタズラとされたのは、詮索しても仕方がないことだったからではないでしょうか?」
「そう、ですかね」
「こだわるのはあなたの勝手です。ワタシのは意見の一つに過ぎません」
 調べたければお好きにどうぞ、とアリサは言っているのだ。
「似た事件はないかと、探してみたんですけど」
「そうですか」
「ありませんでした」
「そうですか」
 アリサは淡々と応えるだけだ。それはそうだろう。彼女はそもそも『敵』であるストリゴイを退治するために存在しているのであって、事件を調べるために居るのではない。
 彼女は目的のためにここに居るだけなのだ。
 交わす言葉が見つからない。魅月姫は困惑するしかなかった。
 今まではそんなことはなかった。楽しいお喋りは、アリサとの間には存在しない。
 他人のコミュニケーションは難しいものだ。今まで自分はどうやっていたのだろうかと考えてしまう。
 静まり返った中、先に口を開いたのはアリサだった。
「本を持ち歩いているのですね」
「え? はい。こうして持ち歩いていれば、この本が敵を感知すると思ったんです」
「……本は敵を感知しませんが」
 彼女は怪訝そうに言う。魅月姫はきょとんとするしかない。
「では、この本は?」
「感知するのはワタシです」
「ダイスが感知するのでしょう?」
「『ダイス』はワタシですが」
 あれ? と魅月姫は瞬きをした。この本の名前は……。
(ダイス、ではなかったでしょうか?)
「それは『ダイス・バイブル』。『ダイス』はワタシですよ、ミス」
「……あ、そうでしたね」
 アリサはダイス。この本は違う。
 どうやら勘違いして憶えていたようだということに魅月姫は気づいた。恥ずかしい。
 ここ最近ずっと「ダイス」と思っていたこの本。これは……かなり……。
(私は……いつからこんなドジに……)
 視線を伏せてもやもやしている魅月姫を気にせず、アリサはまだ明るい空を見遣る。
「本の中のアリサが感知するんですよね?」
 気を取り直してそう尋ねた魅月姫を、アリサが視線を降ろして見てくる。アイス・ブルーの瞳は少しだけ細められた。
「まぁ、そうですね」
 歯切れの悪い答え方だった。まるで、本を持ち歩くことに意味はないと言わんばかりだ。だがそれを口にしない。本を持ち歩くのは魅月姫の意志だということだろう。
 また会話がなくなる。
 困ったことにアリサは自分からあまり話し掛けてこない。相手に合わせる、ということをしないのだろう。
「本の中に戻ります」
「えっ」
 驚く魅月姫の声を聞かず、アリサはさっさと消えてしまう。
(……また、なんにも話せなかった……)

 家に戻った魅月姫は心を落ち着かせるために紅茶を飲むようにしている。
 契約してから、不安になった時はいつもこうして香りを楽しむのだ。
 夜になるとアリサが再び現れた。
「では行きます」
「はい。ここでダイス・バイブルと共に待っています」
 優雅に紅茶を飲む魅月姫を見て、アリサは何か言うような気配を見せるが、やめた。彼女はきびすを返すや、あっという間に家から出て行ってしまったのである。



 夜の闇の中――明るい街の光が届かない路地裏で、彼は男を追っている。
「ひいぃぃぃ!」
 中年のサラリーマンは喉から引きつった悲鳴を出していた。どうして自分がこんなことになっているのか理解できない。
 背後から追いかけてくる彼は、人差し指を男の足もとに向ける。男の走っていた道が突然凍りついた。男は足を滑らせ、派手に転倒してしまう。
 彼は追いついた。男を見下ろす。
「や、やめてくれ……! なんだおまえは! な、なんだ!? 金がいるのかっ?」
「……おまえを裁くだけだ」
 短く彼が言い放った直後、
「おまえが、適合者――感染者ですね」
 アリサの声に、彼は振り向いた。
 彼が追い詰めていた男が、その隙に逃げようとする。だがそれは――。
「逃がすわけ、ないだろ」
 短い青年の声。彼は男のほうを見なかった。だが男は一瞬で凍りつき、動くことすら、呼吸することすら、できなくなってしまう。心臓もすぐに止まってしまうだろう。
 アリサは青年から視線を外さない。
「やはり。しかも、かなり強力ですか」
「……おまえは、俺の敵だな?」
 確認するつもりのない口調。青年は首を傾げる。
「じゃあ、おまえも『悪人』か」
「アクニン?」
「俺は、悪人しか裁いていない。後ろの男だって、女子中学生を買ってた。エンコー、だよ。結婚してるくせに」
「…………」
「今まで殺したのだって、みんな悪人だ。万引き常習犯、痴漢、すぐに相手に暴力を振るう、色々あった。ま、殺すことも『悪』だけど」
 虚ろな瞳で淡々と言う青年に、アリサは応えない。
「俺はいつも思ってた。クズみたいなヤツらを排除してくれる存在を。人の迷惑にしかならないヤツらは死ねばいいんだ」
「ワタシには――」
 アリサは同じように冷えた瞳で言う。
「関係ありません。誰が死のうとも、誰が苦しもうとも」
「でも、おまえは俺を殺しに来た。なぜだ」
「ワタシは役目を果たすだけ」
 アリサはゆっくりと青年に近づく。青年は微動だにしない。
「なぜだ。俺は正しいことをしている。どこかに居るはずだ、俺みたいな存在を待ってたヤツが。それなのに、おまえは俺を排除しようとするのか」
「例えあなたが正義の味方でも」
 一度瞼を閉じ、開く。薄い氷の色の瞳が青年を捉えた。そこには一瞬だけ、揺らぐような色が浮かぶ。
「ワタシは感染者を殺すだけ」
「…………そうか」
 青年は静かに頷く。
「じゃあやっぱり、おまえは『悪』なんだな。俺の敵だから。
 俺は坂井遊馬」
「名乗る名など、持ち合わせておりません。呼びたければ『ダイス』と呼べばいいでしょう」
 あなたを滅ぼす者です。



 遊馬を破壊したアリサは溜息をつく。
 正義だ悪だと言われても、どうしようもない。
 悪人を裁いているだけ。
 今までだって、居た。理性が残っている者は、能力の使い方も様々だ。良いことに使う者とて、居た。
 だが、アリサは問答無用でそれらを踏み躙ってきたのだ。ならば、
(ワタシは、確かに『悪』だろう)
 人間の為に、この世界の為に戦っているわけではない。自分が存在するために、必要なことだからだ。なんという自分勝手な。
 遊馬との戦いは簡単なものではなかった。苦戦はしていないが、遣り難い相手だったのは確かだ。
「セイギノミカタ、か……」
 アリサは一人ごちて歩き出した。
 帰ろう。待っているであろう自分の本の持ち主のもとへ。

 そんなアリサを観察している者たちが居た。とはいえ、遠いビルの屋上からだが。
 四つの瞳はただ真っ直ぐにアリサに向けられている。
 その視線に気づかない彼女は軽く跳んでそのまま去っていく。
 追うべきかどうか、悩むような反応をする。だが、やめた。今はまだ、その時ではない。
 ただ一言、洩らす。
「――あんなに弱いダイスは、見たことがない」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4682/黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)/女/999/吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒榊様。ライターのともやいずみです。
 あまりアリサとの仲は進展していない様子……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!