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<東京怪談ノベル(シングル)>


あの基地を撃て

「失敗したぁ!?」
 “あのシュークリーム屋”こと「スケベニンゲン」喫茶フロアに艶やかな声が響き渡る。
 折からの猛暑を避け、ほどよい空調の店内に避難していたご町内の皆さんが何事ならんと投げる視線の先には、携帯電話を手にした長い黒髪のスレンダー美女。ゆったりとしたロールアップシャツにデニムのミニスカート、素足にサンダルというラフないでたちながら、発するオーラはただ者ではない。それもその筈、彼女こそは男性向けアパレル企業代表にしてブティック、ジャズカフェバー、蛾妖怪の芸能プロダクションなど幅広く経営する立志伝中の人、藤田あやこ(ふじた・あやこ)なのである。
 が、この界隈ではもっぱら“最近横町に事務所を構えたなんとかいう会社の美人社長さん”――ここでたいてい「あの若さでたいしたもんだ」とか「耳が尖っているのは仕様かねえ」などと間の手が入る――として認識されていた。
 あやこは周囲に軽く会釈すると席を立ち、化粧室の手前、背の高い観葉植物の鉢が幾つも据えてある一角へと移動した。
「どういうこと? 腕利きの霊媒師なんでしょ?」
 なにゆえやり手の女社長さんがシュークリーム屋でオカルトめいた会話をしているかというと、こうだ。


 今般、あやこは地球を護る傭兵会社を新規設立した。
 経営する会社内から希望者を募り、まずは事務所を構えた。案外問合せが多いので、電話番も置いた。
 いわゆる正義の味方に欠かせない立派な秘密基地については追々考えるつもりでいたところ、どこで聞きつけたかぜひとも建設を請負いたいという業者が現れた。プレゼンはなかなか面白かっが、いかんせん怪しい。しかしお試し無料という響きに半ば釣られ半ば押し切られ「そこまで言うならやってごらん」と苦笑混じりでOKしたところ、墨俣一夜城ばりのスピードでたちまち社屋裏に建設完了。ぱっと見はガラス張りのショールーム風、しかしてその地下には、という寸法だそうな。
 けれども、得意満面の業者に案内され一歩踏み込んだ途端、あやこは叫んだ。
「暑っっぁ!」
 まず空調を完備しろ、話はそれからだとビシッと告げて、どう考えても室温38度は越えていた基地内から事務所に逃げ戻り、冷蔵庫に直行する。夏は好きだが無駄に暑いのは嫌いなのだ。まして蒸し風呂状態では秘密基地だか拷問部屋だかわかったものではない。
「…………」
 こういうときに限って麦茶はおろかロックアイスの欠片すら入っていないのは、なにかの法則だろうか。
 恐縮する社員から近所に喫茶フロアのある洋菓子屋があると聞き、例によって水着の上に軽く服を引っかけて、あやこは外に出た。
 そうして内外から涼むべく「スケベニンゲン」で本日のデイリー“小倉白玉シュー&アイス抹茶セット”を堪能していたところへ、普段は沈着冷静できる系の秘書が盛大にパニクった電話をかけてよこしたのである――「作業中に業者が熱中症で倒れた上、手違いからロックがかかってしまった。暗証番号がわからないため、立ち会いの社員達も一緒に基地内に閉じ込められている」と。しかも今現在「野次馬の皆さんとレスキュー隊と自衛隊まで出張っているが、扉を破壊しようにも業者のセールストーク通り核爆発にも耐える防弾ガラスに手も足も出ない、どうしましょうか」と。
 どうもこうもない。さっきからヘリの音がしてるから変だと思った、とか、あなたほどの人がこじれるまで「報・連・相」を疎かにするとは何事か等々言いたいことは山ほどあったが、とりあえずあやこは霊媒師を手配させたのだ――業者の霊から暗証番号を聞き出せ、と指示して。


「もう怪獣でも呼んで基地ごと壊すしかないってこと?」
 携帯を切り、あやこは頭を抱えた。いかな妖怪プロダクションでも巨大化して暴れるようなタイプは抱えていないし、かつて学校の倒壊を願って大震災を引き起こしてしまった恐るべき元不登校児といえども、さすがに怪獣の召還はできなかった。
 やっぱり街中に造るんじゃなかった。どこかの山を買い取ればよかった。そしたら山腹スライドだの湖まっぶたつだのスペクタクルでワンダバでマイナスイオンな基地ライフが満喫できたものを――ついつい現実逃避するあやこである。
「いっそUFOでも攻めてくればいいのに……」
「攻めていいんですかー?」
 突然、背後で能天気な声がした。
 慌てて振り向くと、観葉植物にショッキングピンクのボブカットが咲いていた。
「えへへ、地球人からご要望とは意外ですー! もしかして“あげます”とか言ってくれちゃたりしますかー?」
 重なりあった大きな葉をかき分けて現れたのは、満面の笑みを浮かべた店員らしき少女である。らしき、というのは観葉植物の背後に「従業員専用」と書かれたドアが見えたことと、胸に“ディーラ”という名札をつけていたからだが、「どこのモーターショーを抜けて来た?」と問いつめたくなる非日常的デザインのコスチュームはカントリー調の内装にそぐわぬこと甚だしい。そういえばこの店を教えてくれた社員が、名物店員がいるとかなんとか――思い出しながらも、正義の味方元締(予定)としては聞き捨てならい台詞だ。
「冗談じゃない。地球は地球人のもの、奪おうとする不埒者とは断固戦うわ!」
「ご安心ください、訳あって当分先の話でーす!……でも、じゃあどうしてUFOが要るんですかー?」
 小首をかしげ、可愛らしくぱちぱちとまばたきしたはずみに、つぶらな瞳をサメじみた瞬膜が覆った――ような気がした。どうやらただの変わり者ではないようだ。
 即断即決も経営者の資質と、あやこは腹を括った。手短かに事情を話すと、果たしてディーラは大いに乗り気になった。
「わあ、楽しそうー! 店長に内緒にしてくれるなら、協力しますー」
 

 数分後、あやこはディーラ提供のUFOの中にいた。
「……なんだか名状し難き形状ねえ」
 読めそうで読めない計器や機器類、眼下の街並を映すモニターが埋め込まれた壁面は、彼女が踏みしめている床同様、明らかに脈動している。UFO――未確認飛行物体には違いないが、てっきり空飛ぶ円盤だと思っていたのだ。よもや巨大な地球外生命体とは……
「その実体は宇宙マンタですが、行く先々であれこれ吸収して変形しちゃいましたー」
「あれこれってなによ、あれこれって」
 でもこの柄はいいかも、と光源不明の灯りに照らされ脈打つ独特なパターンを頭に叩き込むあやこである。
「ところで、あの店がアジトで店長がボスってわけ?」
 先程通り抜けてきた「従業員専用」ドアの彼方には、謎の古代文明風のうさんくさい区画が広がっていたのだ。
「いいえ〜妹と勝手にコツコツ改造しましたー! バレたらクビでーす!」
「なんという無駄に旺盛なバイタリティ……気に入ったわ! あなた、うちの会社に入らない? 秘密基地にはサウナにエステにネイルサロン、ピラティス教室も完備(予定)、福利厚生の充実っぷりは伊達じゃないわよ?」
 その基地を司令官自ら破壊しに行くところなのだが。エイリアンと一緒に。
 あやこのヘッドハンティングにディーラが答えるよりも先に、モニターが現場を捉えた。
 ときならぬ“怪獣”襲来に右往左往する人々の中に、物陰で分厚いマニュアルのページをを繰る秘書の姿を認め、あやこは通話チャネルを開いてもらった。あわせてホロ映像も投影する。
「戻ったわよ! 一気にカタをつけるから、皆さんにどいていただいて」
 唐突に出現したあやことディーラに、秘書は仰天した。
「しゃ、社長!? いったいどちらから!? なにがどうなって――」
「シッ! 社長って呼ばないの、あとあと面倒でしょ」
 そのとき、地鳴りと共にガラス張りのショールームが斜めに傾いた。激しい揺れに人々はしりもちをつき、レスキュー隊や自衛隊の車輛が玩具のように揺れる。建物と地面の隙間から幾つもの細長い砲身が覗き、一拍置いて熱線が噴出した。生けるUFOは身を捩ったがわずかにかわしきれず、身の毛もよだつような悲鳴を上げた。吐き気を催す悪臭は、肉の焦げたものであろうか。
「ちょっと! なんで基地が攻撃してくるのよ!? 動けるのはうちの者だけでしょ?」
「それが……」
 秘書は必死にマニュアルをめくった。
「自動先制攻撃システム“脊髄反射くん”が作動したようです」
「け、建造物のくせに生意気な! 迎撃できないの、ディーラ?」
「できますよー、ちなみにディーラ、ピンのときは人呼んで“美少女怪人モルディゲルゲ”でーす!」
 朗らかに宣言するや、その華奢な体が怪しい光に包まれ、コスチュームとの相性ばっちりな悪役然としたメイクに変化した。
「うわっ社長、なんなんですかこの人?」
「だから社長いうな! ならば私は、そう、“白翼艶鬼アヤキルアン”!」
 理論は不明ながら機能は理解したあやこは大きく一歩踏み出すと、服をかなぐり捨て、高らかに宣言した。たちまちまばゆい光の波がその肢体を包み、現れたのは純白の翼を広げたエルフの美女――ではあるが、全身にどこか禍々しい印象を受ける模様を刻んでおり、身につけていたビキニは翼と同じく純白の羽毛に、艶やかな黒髪は毛先で毒蛇と化していた。なぜか立派な水牛の角と尻尾まで生えているのは仕様か指定ミスか意見の分かれるところである。もちろんメイクはダークな濃いめ、ノーズシャドウもがっつりだ。
 変である。
 非常に似合うが、ものすごく変である。
「ああ……社長が……社長がぁ……!」
 やり手のキャリアウーマン・あやこに憧れて入社した秘書は泣き崩れた。
「だからアヤキルアンだってば! わっかんない人ねぇ!」
 ばさばさっと効果音つきでかっこいいポーズを決めるアヤキルアンあやこ。号泣する秘書。怪音波と悪臭にあてられた人々を介抱するレスキュー隊。ひっくり返った車輛を元に戻そうと奮闘する自衛隊。痛みに耐え、漂う宇宙マンタ。踊るモルディゲルゲ。そして、第二波を浴びせるべくエネルギー充填中の“脊髄反射くん”。
「私が注意をそらすわ。攻撃はまかせたわよ、モルディゲルゲ!」
「はーい、今指令を伝え終わりましたので、これから狙いまーす」
 あのダンスがそうだったか、と頷いて、あやこは宇宙マンタのエラから飛び出した、
「さあ、こっちよ!」
 ぎりぎりまで引きつけては、白熱のビームを紙一重でかわす。純然たる飛行は苦手でも、ひらりひらりと軽やかに舞うなら支障はない。地上ではやっと我に返ったらしき秘書が掛け合ったか、はたまた避けまくるあやこの代わりに撃ち抜かれた看板やら窓ガラスやらから逃れるためか、人々が四方八方に散らばっていた。
「どいてくださーい、アヤキルアン!」
 宇宙マンタがその大きな口をがばりと開く。反転し、上昇ながら、あやこは叫んだ。
「あの隙間! ショールームと地下の隙間を狙って!」
 けぷ、という音こそ赤ん坊のげっぷに似た可愛らしいものであったが、その威力は凄まじかった。雷(いかずち)の塊、頭に浮かんだのはそんな言葉であった。
 この世の終わりはかくやという轟音と共に本社社屋を巻き込んで、基地は爆発炎上した。


 夕日の赤と、炎の赤。
 半日前まで地球を護る傭兵会社とその秘密基地だった場所は、未だ炎くすぶる瓦礫の山と化していた。
 その頂上に佇む怪人二名。
 立場の違いを越えて共闘し、清々しい汗を流したあやことディーラであった。
「今日は楽しかったですー! また誘ってくださいねー」
 無邪気な笑顔で危険な発言に及ぶディーラに動じることなく、あやこもまた笑みを返した。
「あの一撃は天晴だったわ。凄まじい威力ね……よかったら詳しく教えてもらえる?」
「いいですよ〜キモとしてはー◎%&#$%@」
 不意にディーラの言葉が不明瞭になった。
「すみません、翻訳プログラムにプロテクトかかっちゃいましたー」
「なかなかセキュリティがしっかりしてるじゃない、あなたの組織とは歯ごたえのあるバトルができそう」
「組織っていうかーむしろ◎%&#$%@」
「……漏洩防止に実に有効ね」
 苦笑し、ふと、あやこは表情を引き締めた。
「あなたの尊い犠牲は無駄にはしないわ、迷わず成仏してね怪しい業者さん……!」
 心の中で手を合わせ、沈む夕日に頬を染めて、決意も新たなあやこであった。
 地球の平和は君の双肩にかかっている。
 頑張れ、藤田あやこ!
 負けるな、藤田あやこ!!


 ……とはいえ、あくまで“悪の組織による破壊工作”で押し通したため、見事ヒビの入った超防弾ガラスの檻から救出された全員が無事であることを、あやこはまだ知らない。業者は実際は気絶していただけであり、暗証番号ときた日にはあやこが受け取った名刺の裏にしっかり記してあったと秘書に知らされ、言葉にならない呻きを発してしゃがみ込むまで、あと数時間を要するのであった――


<了>