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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―patru―



「おかしい……少なすぎる……」
 アリサが再び姿を消して一ヵ月後、高ヶ崎秋五は相変わらず行方不明者の調査をしている。
 だがその合間、ダイス・バイブルを捲っていた。本の中に封じられた敵の数をかぞえる。
(今だと一ヶ月に一体のペースですから、そこから換算すると何時から活動していたかわかりますけど……)
 ふぅん、と眺めつつページを捲る。かなりの数だ。だが、アリサがどれほどの時間で活動していたかを推察すると……少ないような気もする。
 腕組みし、腰掛けていたイスに全体重を預けて背伸びをする。同じ体勢でいると、体が痛い。
(適合者は除外、と考えて)
 ウィルスが拡散して感染するというのならば、広範囲に感染し、三日も経たずに東京が死の都市となるはずなのに……。
(裏の情報にも引っかからないくらい、件数が少なすぎるのが異常。まぁこれは、アリサに訊けば)
 そこまで思った時、薄暗い事務所内にアリサが出現した。空間に割り込むように出てきた彼女はすたんと床の上に着地し、埃っぽい部屋に嫌な顔ひとつせず、秋五を見た。
「窓くらい開けたらどうですか」
「…………」
 秋五は苦笑する。事実を指摘しているだけだが、アリサの口調はキツいように思えてならない。だがアリサにはこれが普通なのだ。



「適合者ではない場合、ですか」
 秋五の推測を聞いてアリサは目を細める。
「つまり、ダイス・バイブルからその情報は引き出せていないということですね」
「ま、そうですね」
 身が竦みそうになる。暗に責められているように感じてしまった。
「少なくない?」
「そうですか?」
「もっとブワーっと広がると思うんですけど」
 はぁ、とアリサは嘆息する。つかつかと秋五に近づき、机を挟んでこちらを見てくる。
「全員に感染すると思っているから、その結論が出るのですよミスター」
「は?」
「風邪をひきやすい人間がいるように、そうではない人間もいます。毎回同じウイルスではありませんしね」
 彼女は説明するのが面倒のようで、眉間に皺が少し寄っている。これくらいの近距離にならなければわからないほどの、皺だ。
(なるほど。同じタイプではない、ということか)
「アリサが出てきたということは、敵がいるということ……感染者がいるということですね」
「正解です、ミスター。あぁ、でも探さなくとも大丈夫ですよ。かなり強力な相手のようです。ここからでもどこにいるか把握できています」
 アリサが薄く笑ってみせた。居場所のわかる相手ほど、楽なものはないと言わんばかりだ。
「……今すぐ行かないんですか?」
 頭をぽりぽりと掻きつつ尋ねる。まだ外は明るい。だがそんなものはアリサには関係ないだろう。
 彼女は「はい」と頷いた。
「いくら強力とはいえ、昼の日中に戦うのは避けたいのです」
「ほー。あ、ではまだ時間があるんですね。一緒に昼食などどうです?」
「……またカップメンですか?」
「あ、いや」
 秋五は今度は頬を掻く。
「アリサに言われて、いかんと思った次第でして。最近は情報屋の仕事も引き受けていますから、そのへんは」
「へぇ」
「人捜しなんですけどね。脛に傷を持つ者達が行方不明になっているとか」
「スネに傷を持つ?」
 首を傾げる彼女を見て、ああそうかと気づいた。
「やましいことをしてた人ってことですよ」
「……なるほど。調査は進んでいますか?」
「それが……調べる端から増えてるって感じで」
 小さな罪から大きな罪まで、様々だ。まるでそう。
(正義の味方でもいるって感じだが)
 そんなものは居るはずがない。いて、たまるか。
「えっと、外で食事でもどうでしょう? 俺はえっと、料理は苦手でしてね」
 自分一人が食べるならいいが、アリサが居る以上はそうはいかない。
「……残念ですが、遠慮したいと」
「一人で食べると味気ないんですよ。ほら、ここってぽつーんとしてますしね」
「ぽつんとしているのはミスターが一人だからでは?」
 さりげなく事実を言われて秋五は「うぉ」と内心痛みを堪える。
 アリサは肩を落とした。
「外へ行くついでです。紅茶くらいしかお付き合いできませんが、それでよければ」
「それでいいです!」
 秋五はイスから慌てて立ち上がった。えっと、財布財布。
 散らばったデスクの上をごそごそと探す秋五を、アリサは呆れたような表情で苦笑して見ていた。



 秋五が昼食をとっている最中、アリサは紅茶一杯で済ませていた。
「アリサ、何か頼みませんか? 財布のことなら気にしなくていいですよ」
 男が一人ガツガツと食べているのもなんだか体裁が……。
 そんな秋五の気持ちに気づかず、アリサは首を横に振る。
「ダイスはそもそも食べません。それくらいの情報は引き出せているはずですよ、ミスター?」
(でも、食べるのも大丈夫だってこと、知ってますけどね)
 なんて、心の中で反論してみせる。面と向かって言い返すほど秋五は子供ではない。
「……他人の視線が気になりますか?」
 さらりと言われて秋五はぎくりとするが、顔には出さない。
「今さらでしょう? ワタシはあなたより外見が十以上も下なんですから」
 そう言われてみればそうだ。アリサは人間ではないが、外見は人間そっくりである。その姿は高校生の少女だ。
 28の男と16の少女が一緒にいる図というのは、想像するとかなり妙だった。
「……そうですね。アリサの言う通りです」
「野菜はもっと多くとったほうがいいですよ」
「ちゃんと食べてますけど」
「肉がメインの料理でそれを言いますか」
 アリサは視線を窓の外に向けた。ファミレスの外に広がる世界を眺めているのではない。おそらく、彼女は敵のことを考えている。
「夜までまだ時間がありますし、調査に付き合ってくれません?」
「ワタシは何もできません」
「何もしなくていいですよ。一緒に来てくれれば」
「変な人ですねぇ」
 アリサはふいに、苦笑した。年相応の仕草に秋五は喉に食べ物を詰まらせ、咳をする。アリサは助けてくれなかった。



 毎日ダイス・バイブルから知識を引き出そうとしているのに、一向に成果はない。
 秋五は嘆息した。アリサは途中で姿を消してしまった。あまり動き回るのは好きではないらしい。
(ファミレスを出てしばらくは一緒に居てくれたんですけどねぇ)
 まぁ彼女の格好、整った顔立ちも人目を引く原因だった。騒がれるのは好ましくないらしく、夜まで消えているそうだ。
(普通の衣服にすればいいのに)
 ショーウィンドウに飾られた若い娘のマネキンに着せられた衣服を横目で眺める。いや、これはアリサには似合わないな。
 空は闇が多く占めている。そろそろアリサが出てくるだろう。
(しかし、行方不明になっていた人は唐突に姿を消してますし……)
 前振りなど、一切ない。書置きもなければ、脅迫もない。おかしなことだ。
 その時だ。耳に悲鳴が聞こえたのは。 

 夜の闇の中――明るい街の光が届かない路地裏で、彼は男を追っている。
「ひいぃぃぃ!」
 中年のサラリーマンは喉から引きつった悲鳴を出していた。どうして自分がこんなことになっているのか理解できない。
 背後から追いかけてくる彼は、人差し指を男の足もとに向ける。男の走っていた道が突然凍りついた。男は足を滑らせ、派手に転倒してしまう。
 彼は追いついた。男を見下ろす。
「や、やめてくれ……! なんだおまえは! な、なんだ!? 金がいるのかっ?」
「……おまえを裁くだけだ」
 短く彼が言った直後、そこに声が割り込む。
「何をしてるんですか、あなた」
 場にそぐわない暢気な声に振り向く。そこには、髪をボサボサにした男が立っていた。

(いや、これってもしかして)
 何かの現場に遭遇したのか?
「ミスター! 退がって!」
 目の前にアリサが一瞬で現れ、こちらを庇うように立つ。
 青年はアリサと秋五を交互に眺め、それから背後の男をすぐさま凍らせてしまった。
「……なんだ。邪魔をするってことは、あんたらは『悪いヤツ』?」
「?」
 怪訝そうにしたのは秋五だけではなく、アリサもだ。
 青年は目を細める。
「俺がしてることは、正しい。誰かがこういうことをしてくれるのを待ち望んでいたんだ。違うか?
 後ろの男だって、エンコーしてさ。他にも目に付いたヤツは片っ端から殺したけど、ほんと……クズってのは多すぎる」
「…………」
「なあ、そう思わないか? せっかく手に入れた力を、善いことに使って何が悪い? これで助かるのは善良なヤツだけだ。弱いヤツを守ってんだ、俺は」
「例えそうでも、ワタシには関係ありません」
 きっぱりとアリサは言い放った。
 青年の言葉に秋五はピンときた。行方不明者を出しているのはこの青年だ。
(ということは、もう見つからないってことか……)
 殺した、と言い切られたのだからそうだろう。
「そう。じゃ、俺もあんたらを排除するために戦わないとな。俺は坂井遊馬。あんたは?」
「ダイスと呼べばいいでしょう」
 アリサは秋五を追い払うような仕草をした。秋五はそれに従う。

 決着は早くついた。アリサは遊馬を容赦なく破壊したのだ。
「お疲れ様」
「……感染はしていませんね」
 労いの言葉に反応せず、アリサは確信を持ってこちらの安否を尋ねた。秋五は頷いて返す。
 秋五を観察するようにアリサは眺める。
「……サカイユウマに何も思うところがない、という表情ですね、ミスター」
「え? だってアリサの敵ですし……。彼のしていることは殺人に違いないですから」
 正義なんてものは、人の数だけあるものだ。
「……そうですね」
 アリサは小さくそう言う。秋五は歩き出した。彼女はそれに倣って後をついてきた。
 間近で見たダイスの戦いはすさまじく……それは、秋五の背筋を震わせるのには十分な威力があった。
「ダイスって強いんですねぇ」
 ぽつりと呟いた秋五の言葉にアリサは何か言おうとしたが、何も言わなかった。

 そんな秋五とアリサを観察している者たちが居た。とはいえ、遠いビルの屋上からだが。
 四つの瞳はただ真っ直ぐにアリサに向けられている。
 その視線に気づかない彼女は主と共にゆっくりと去っていく。
 追うべきかどうか、悩むような反応をする。だが、やめた。今はまだ、その時ではない。
 ただ一言、洩らす。
「――あんなに弱いダイスは、見たことがない」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6184/高ヶ崎・秋五(たかがさき・しゅうご)/男/28/情報屋と探索屋】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、高ヶ崎様。ライターのともやいずみです。
 少しは心を開きかけた感じに……? いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!