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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ドールハウス(全三話) 〜異界の扉〜

 ゴーストネットOFFに書かれた一連の記事。
 それは、あるドールハウスをめぐる話だった。
 最初は場違いのオークションに関することかと思いきや。
 どうやら、何かと曰くつきのもののようだった。
 何かと噂の多い怪しげな人形博物館、久々津館も絡んでいるようで……

 アンティークドール『パンドラ』。
 そう書かれた看板の前に、アリス・ルシファールは立っていた。
 いつもならば、ガラスの向こうからたくさんの人形たちがこちらを見ている、そんな場所。
 しかし、今日は違った。シャッターが降りていた。
 さらに、『本日、臨時休業』と手書きで書いた紙が貼ってある。
 何かあったんだろうか。特に理由があるわけではないが、妙な胸騒ぎがする。
 とにかく、久々津館に行ってみるしかない。レティシアもそこにいる可能性は高いだろう。
 誰とはなしに一人頷くアリス。踵を返し、道路の向かいに建つ、どこか不気味な佇まいの洋館に目を向ける。
 門には『久々津館』と書いてある。こちらももう常連だ。慣れた様子で庭を進み、扉を開けた。そこはホールになっていて、人形博物館の受付でもある。
 いつもはここで、声がかかる。炬(かがり)の、無機質だけどなぜか暖かみを感じるようになってきた声が、「こんにちは」と。
「あら、いらっしゃい」
 けれど、迎えた声は炬のそれではなかった。もっと落ち着いた、けれど情感のこもった声。
 そこに立っていたのは、レティシアだった。『パンドラ』の店主。
 いつも通りの柔らかな笑みが、アリスに向けられる。
 でも。
 ここでも違和感を覚える。いつもとは、何かが違う。
 レティシアは、もっと、こう――もう少し、軽い感じだった気がする。
 どこか、よそよそしく感じる。固いイメージ。
 それは、とても些細な違い。
 でも、明らかな違い。
 ――あの記事のことが、関係あるのかも。
「こんにちは。あ、これ、お土産です。美味しいんですよ、ここのチーズケーキ。にしても――炬さん、どうしたんですか? 姿が見えないみたいですけど」
 体調を崩してね、寝てるのよ。そんな答が返ってきた。おかしな話だ。彼女が普通の人間ではなく、人形に近い者だというのは、アリスも知っている。その話題に触れないで欲しい、そういう意思表示だろうか。
「ゴーストネットOFFの掲示板で久々津館の名前を見かけて、それで来てみたんですけど……それが何か関係ありますか? ドールハウスを買われたって。心当たりは……」
 無言。
 それは、肯定の意味を多分に含んでいた。
「あるんですね。それに、そのせいで炬さんにも何かあった――違いますか?」
 言い終わったところで、レティシアの瞳をぐっと覗き込むように、みつめる。
 にらみ合いではない。視線の絡み合い、とでも言ったらいいだろうか。
 十数秒で、その決着はついた。
 視線を外したのは、レティシアだった。大きくため息をつき、若干強張っていた表情を緩める。
「敵わないわね。そうよ、ちょっと、大変なことになってる――できたら、知恵を貸して欲しいって、思ってた。炬は、こっちよ」
 ついてきて、と言い残しながらレティシアは背を向ける。慌てて、アリスもついていく。もちろん隣には『姉』という名目で連れ歩いている駆動体の従者、アンジェラがいる。
「ここよ」
 ドアを引き開け、促される。
 一歩、足を踏み入れる。
 そこは寝室だった。そんなに広くない、六畳くらいだろうか。そこに大きめのベッドが置かれている。人が寝ている。女性のように見えた。
「……炬さん?」
 反応はなかった。
 覗きこむ。確かに炬――のようだが、確信が持てないほどに、その顔は無表情だった。感情というものをまだはっきりと理解していない炬はもともと無表情なのだが、それとは全く次元が違う。
 なんと言うか。
 生気が――ない。本当に、精緻な人形を見ているかのようだ。まるで姉の灯のよう。
「そう、炬よ。面影がないでしょう。こうしてみると、やっぱりあの子、感情豊かになってきてたのよね」
 レティシアの言葉は、そのまま、アリスの思っていたことでもあった。
「どうしたんですか?」
 尋常な状態には見えない。
 聞きながら、傍と気づく。
 ――兄はそのドールハウスに魂を取られてしまったんです。あるときから、原因不明の意識不明状態で――
 掲示板の記事にあった、その内容を。
「ドールハウス……」
 思わず漏れた呟きに、レティシアは頷いた。
「掲示板の記事の通りよ。たぶん――魂を奪われてる、あの、ドールハウスの中に。存在が特殊なせいか、拒否されてるのか、私と鴉はどうやっても入れないの」
 さらに話を聞くと、そう思う理由も分かってきた。
 炬と同じように作られた姉のような存在である灯によると、彼女の気配はこのベッドの上ではなく、ドールハウスのあるその場所から感じたという。ただ、灯の能力であるテレパシーで望んだ相手に呼びかける能力を使っても、応答はなかったらしい。
 館の中で、何かあったのは間違いない。
 しかし、このままでは手立てはない。
「まだ、掲示板に書いていた人も着てないんですよね」
 確認する。肯定が返ってきた。
 良かった。それならまだ間に合う。被害が広がるかもしれないし、ひょっとしたら館に荒っぽいことがされるかもしれない。その前に、自分が力になれれば。炬を助け出せれば。
 アリスは、目を瞑り微塵も動かない炬を見つめながら、はっきりと告げた。
「そのドールハウスを見せてください」

 その言葉にレティシアは最初のうちは渋っていたが、アリスの意志の強さに折れて、別の部屋に案内する。
 そこは、倉庫代わりに使われている部屋のようだった。壁は全面棚になっていて、人形が並んでいる。
 その中央のスペースに、それは鎮座していた。
 こうしてみると、思っていたよりもかなり大きい。小さい子供ならば、自分の背より高いだろう。久々津館に少しだけ似た雰囲気の、欧風の古めかしい洋館。
 気のせいかもしれないが、部屋の空気が重く感じる。緊張のせいもあるだろうか。
「これよ。あまり、近づくと危険よ」
 そんな制止を背に受けながら、ゆっくりと近づく。触れるほどに。
 正面の扉は観音開きになっている。
 手を伸ばす。指を近づける。
 そして中指の先が、その扉に触れようとしたとき。
 世界が、暗転した。
 深い霧の中に吸い込まれるように、呑み込まれていくように。
 まどろみの中に、沈んでいった。

「っ……ここは……?」
 それはほんの一瞬だったような気もするし、長い間だったような気もした。
 周囲を見回す。ぼんやりとした頭の中に、少しずつ記憶が甦ってくる。
 そうだ――確か、ドールハウスの扉に触れて……。
 部屋の様子は、明らかにさきほどまで違っていた。絨毯が引かれ、豪奢な家具が置かれている。広さも違う。
 何より、そこにはドールハウスがない。レティシアもいない。
 ――アンジェラもいない。
「アンジェラ!?」
 思わず声に出してしまう。返事はない。指示を――おかしい。なんだか、かなり遠くにアンジェラがいるような――いや、どちらかといえば、深い霧の向こう側に存在しているような……ぼんやりとした感覚だ。
 ドールハウスの中、なのかな。
 なんとなく、そう思う。ここが異空間のようなところで、魂だけがここにあるとするならば、アンジェラがここにいないのも理解はできる。
(アリス――)
 声が、聞こえた。もちろんアンジェラのそれではない。でも、聞いたことがある。炬ににた、でももっと力強いトーンの声。
「灯さん?」
 それは、炬の姉、灯の声だった。彼女は離れている相手にも、テレパシーで呼びかける能力がある。それが届いたのだろうか。
(そこはどこ? どんな――感じ?)
 問われて、状況を説明する。相手に届いているのかどうか、心配に思いながら。向こうの声も途切れ途切れだが、どうやらこちらの声も届きづらいらしい。
 しばらく話して分かったのは。
 ここが、灯からも、レティシアからも見つけられない場所だということ。そして、アリスの身体自身は、炬と同じように倒れて、眠った状態になってしまったということだった。
 おそらく――ドールハウスの中なのだろう、お互いにそう結論づける。
 とにかく。
 かろうじてアンジェラに指示を出すことができても、灯と話すことができてもすぐに何かできるわけでもない。
 なら――こうしていても仕方が無い。
 少しでも、調べてみよう。
 部屋にはドアが一つ、窓が一つ。
 まあ常識で考えれば、ドアからかな。
 立ち上がって、重そうなドアに手をかける。いや、かけようとした。
 そのときだった。
 ドアが、引かれる。ちょうど押し開けようとした方向に。
 腕が空振りして、よろめく。
 そうして倒れこむように膝をついたアリスの脇を、触れんばかりの近さで人影が横切った。
 鼻先をふわりと、黒髪が揺れていく。
「あ、今度は女の人だ!」
 振り向く。
 かがんだ格好となったアリスと、ちょうど視線が合った。
 そこにいたのは、少し明るい、茶色気味の黒髪。それをボブカットにした少女だった。
「じゃあ、あなたはお姉さんね! おねーちゃん!」
 彼女はそう叫ぶと、いきなり飛び込んできた。
 慌てて受け止める。
「お姉ちゃん、お名前は? あたしはアヤ!」
 困惑しながらも、アリスは自分の名前を告げた。
「私は、アリスよ。アヤちゃん……ここはどこ? あなたが私をここにつれてきたの?」
 取るものもとりあえず、聞いてみる。どうにも様子がおかしい。連れてこられたという風ではない。子供特有の気楽さがあるにしても、だ。
「んー? よく分かんない。でもお姉ちゃん、アヤと遊んでくれるためにきてくれたんでしょ?」
 無邪気な笑顔。
 この子が黒幕とは思えないが……関係者ではありそうだ。まだ館の中も分からないし、逆らうのは得策ではないかもしれない。逆に、情報を引き出さなければ。
「遊んであげるから、後で家の中、案内してくれないかな?」
 にっこりと微笑んで、そう答える。
 アヤは、もちろん! と元気よく頷いた。

 それから、数時間後。
 たっぷり遊び疲れたアヤは、館の案内もそこそこに、ベッドに突っ伏すように寝ていた。魂だけの存在でも眠くなるのだろうか。本当に気持ち良さそうに寝ている。
 調べるなら、今のうちかも。
 起こさないように、そっと部屋を出る。
 案内してもらったところでは、館は二階建て。高さはないが、ただ建物そのものはかなり広い様子だ。2階には主に寝室などの部屋が並んでいるよう。1階には、台所に食堂、玄関ホールに倉庫らしきもの。
 おさらいも兼ねて、歩き回る。
 まず言えるのは……外へ繋がる窓、扉は全て開かないこと。まだ手荒なことはしていないが、相当頑丈そうだ。窓からは白く濃い霧しか見えない。視界はゼロ。
 後は……二階の部屋にも、いくつか開かない部屋があった。
 一階も同様だ。炬はどこにいるのだろうか。いるに違いない、とは思うのだけれど。地下室などもあるのだろうか。それも不明。
 そうして行ける範囲で一回りして、二階にもどった時だった。
 ガタン。
 通り過ぎようとした部屋の中から、物音がした。大きくはないが、はっきりとした音。
 誰か……いる?
 扉に手をかける。
 鍵はかかっていない。
 開ける。
 そこには――男がいた。アリスが最初に倒れていたのと同じような部屋。
 ただ違うのは、男は倒れていたのではなく……猿ぐつわを噛まされ、椅子に縛り付けられていた。もがいている。
 反射的に、助け出すために走りだそうとした。
 だが。
 その足が止まる。いや、止められる。
 右の手首をつかまれていた。後ろからだ。痛い。ものすごい力。それ以上、前に進めない。
「だめよ。お仕置き中なんだから」
 聞き覚えのある声。
 振り向いたそこにいたのは――アヤだった。
「悪いことした子は、お仕置きなの。お姉ちゃんも、アヤの言うことちゃんと聞かないと、こうなっちゃうよ?」
 笑顔。
 表面上は、先ほどの遊んだときと同じ、無邪気に見えなくもない。
 だがアリスはそこに、底知れぬ何かを感じた。
 そのまま、部屋のそとへと引っ張り出される。最初の部屋へと連れて行かれた。
「アリスのために、お夕食作ってくるね。 おとなしくまっててね」
 そう言うと、部屋をでていった。
 やはり――ここは異常だ。
 炬や、他に捕まっている人たちも助けなければ。そして、なんとか脱出しなければ――

――続。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【6047/アリス・ルシファール/女性/13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】

【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
【NPC/???/女性/???/館の中に住む少女】

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■         ライター通信          ■
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 伊吹護です。
 今回もご依頼ありがとうございました。
 全三回の一回目ということで、かなり尻切れトンボな終わり方になってしまいましたが、これに懲りず第二回にも参加していただければ幸いです。
 第二回の募集は週明け、9/25にも開始する予定です。