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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ 不夜城奇談〜発生〜 ■

 夏の終わり。
 天薙撫子は祖父の下に舞い込んできた依頼により、とある祓いの儀式に付き添っていた。
 陽光を存分に受けて育った木々の葉が、厳しい残暑を少なからず和らげ、涼風を流れさせる木立の奥。
 その日本家屋はあった。
 古の職人達によって施された荘厳かつ華麗な細工に、人の手が加わってなお自然の息吹を感じさせる木造建築。
 この地に建って八十年と聞くが、周囲に人気の無い環境や交通の便の悪さなどから子孫が譲り受けることもなく、七年前に主が他界して以降、無人のまま放置されていたという。
 そうして今回、息子夫婦の次男が喘息を患い、環境の良い土地に移れば改善の余地はあるという医師の言を信じて越して来る決意を固めたは良いが、様子を見に来てみると既に何物かが住み着いてた。
 しかもそれは人に非ず、困り果てた息子夫婦は知人の紹介を経て退魔の『天薙』に依頼をしたというわけである。
 辺りを静かな自然に囲まれた木の家。
(…こんなに素敵なお邸ですもの…妖も住み心地が良かったのでしょうね…)
 胸中に呟く撫子は、今日も似合いの和服姿。
 朽葉色の留袖に五つ紋は、依頼者同席の儀式における彼女らしい正装だ。
 祓いの儀式は順調に進んでいた。
 当主たる祖父が歩を一つ、指先一つ動かすだけで辺りの空気が変わる。
 鈴を鳴らしているわけでもないのに遥か彼方より響く凛とした音色は悪しきものを確実に捕縛していく。
 撫子はその光景を黙って見守っていた。


 ――それからしばらくして、不意に背後の小路から慌しい息遣いが聴こえて来る。
 儀式の邪魔をさせてはならないと判断して動いたが、彼女の抜き足は砂利の道でさえ物音一つ立てることがなく、祖父の集中を途切れさせることも無かった。
 しばらく坂を下って対面したのは『天薙』に属する修行中の術者。
 彼女の姿を見るやその場に膝をつき、場を乱すような振る舞いをしたことを真っ先に詫びて来た。
「何かありましたの?」
 詫びなければならないと判っていながら、そうせざるを得なかった理由を問えば若い術者は血の気の失せた顔で語り始めた。
「実は、ここで祓いの儀式を行っている事を何者かが知ったようで、ならば自分の町も祓ってくれと住民達が騒ぎ始めております」
「町を祓う、ですか」
「はい。ここ数日、近隣では失踪者が続出しており物の怪の仕業ではないのかと噂になっているようでして…」
「失踪者…?」
 口にして、ハッとしたように帯下に入れてあった腕輪を取り出す。
 普段は白銀色の単調なリングだが、それは現在、異変を察して微かな輝きを帯びていた。
「…そうなのですね…」
 数日前に出逢った「闇狩」と名乗った青年達。
 彼らから渡されたリングは、闇の魔物にのみ反応する。
「判りました。そちらにはわたくしが参ります」
「お嬢様が…でございますか」
 驚いて目を丸くする術者に、撫子はそっと微笑む。
「当主に、そのようにお伝え下さい。祓いが終わりましたら戻ります」
「ぁ…、はい、承知致しました」
 そうして一人、坂道を下っていく撫子は、山の入り口で「何とかしてくれ!」と切羽詰った形相でわめく住民達を必死で抑える、やはり『天薙』に属する若い術者達に声を掛け、その祓いには自分が向かうこと、人々にはその旨を説明し祓い終わるのを落ち着いて待つよう説得するように伝えた。
 人々の不安は当然だ。
 撫子が手首に通したリングは、次第にその輝きを強めていた。


 ■

 近付けば近付くほど、リングの反応を確かめずとも撫子にもその位置は把握出来た。
 閑静な住宅街の一角、人が住まなくなって久しいと思われる家屋は、見た目にはどこにでもある住居。
 しかしその内側に蠢く気配は、現在、祖父が祓っている日本家屋よりもよほど禍々しい。
 これは早々に手を打たなければと考えた撫子は、しかし同時に背後から近付く気配を感じ取った。
「――影見様、緑様?」
 何て奇遇だろうと思うが、撫子の見つけた魔物が彼らの――闇狩と呼ばれる一族の影見河夕、緑光らの宿敵ならば、この状況に不思議はない。
「あぁ、やはり撫子さんでしたか」
 二人も彼女に気付き、光は口元を綻ばせる。
 しかし。
「ありがとうございます、お陰で助かりました」
 唐突に感謝されてしまい、撫子は小首を傾げた。
「わたくし、お二人に何か致しましたでしょうか…」
「それだ」
 短く返して来る河夕は、撫子の腕にはめられたリングを指す。
「先日も申し上げましたが、東京において魔物が変化してしまったために発見するのが非常に困難になっているんですよ。今回は撫子さんがリングを持ってこの近辺を移動して下さったので…」
「欠片が反応して俺達にも知らせてくれたってわけだ」
 撫子が持つのは河夕の能力の欠片。
 その変化は主本体にも直接伝わるらしい。
「河夕さんの欠片をお持ちの撫子さんであれば、お一人でも魔物を祓ってしまわれそうですが、女性一人に任せるというのは狩人全体の沽券に関わりますからね。お邪魔はしませんのでご一緒させて下さい」
「まぁ、お邪魔だなんて」
 光の本気とも冗談ともつかない物言いに撫子は微笑む。
「こちらこそよろしくお願い致しますわ」
「よし、行くか」
 河夕に促され、三人は揃って問題の家屋に立ち入る。
 門扉はまるで彼らを誘うように滑らかに開き、中枢の思念を伝えてくる。
「…子供か…?」
「そのようですね…」
 狩人の二人が言い合う傍らで、しかし撫子は別の存在を目にしていた。
「…あなたは…」
 ぽつりと呟く彼女に、光が目を移す。
「撫子さん、どうかなさいましたか?」
「いえ…」
 一度は否定するも、やはり気になって踵を返す。
「申し訳ございません、先に入って頂けますか? どうしても気になる事がありますの」
 言うが早いか、門扉を外に向かって足早に抜けていく撫子を、狩人は見送るしかなかった。


 ■

 撫子は、門から家二軒ほど離れた位置に佇み、こちらを窺っていた女性の霊体に気付いたのだ。
 悪意などまるで感じられない、ただ純粋に誰かを思いやる気持ち。
「あなたは、なぜ此処にいらっしゃるのですか」
 問い掛ければ、三十代半ばと見られる女性は悲しげな表情で問題の家を仰いだ。
 声にはならない声が必死に訴える。
 助けたい、守りたい。
 その腕にもう一度だけ抱き締めたいのだと、…涙を溢す。
「もしかして…」
 撫子は一つの予感に胸を痛めた。
 そうでなければ良いと思いながらも、目を逸らすことの出来ない現実。
 道に迷った死霊であれば浄化することも出来るが――。
「…一緒に参りましょう」
 手を差し伸べた撫子に、女性の霊体は驚いたように目を瞠る。
 だが変わらぬ微笑みが信頼を生む。
 
 温もりある手に触れた、実体を持たない手。
 同時に仄かな輝きが生じ、その場に残るは唯一人だった。

 ***

 狩人達から遅れることわずか数分。
 しかし屋内に足を踏み入れた撫子は咄嗟に口元を覆った。
「なんて禍々しさ……っ」
「撫子さん」
「今は動くな」
 彼女に気付いた二人が、背後に庇うようにその前方を塞いだ。
「家全体が魔物に飲み込まれている。いま核を探しているが…」
 河夕が状況を説明するが、不意にそれを遮る声が上がった。

「…お母さん……?」

「!?」
「なっ…」
 聞こえたのは幼い少年の声。
 直後、闇に呑まれ空間そのものが歪んでいた場所に浮かぶ影。
 年の頃は十歳前後。
 細い手足に夥しい数の魔物を纏わりつかせながら呼ぶのは、家族の名。
「…お母さんでしょう……? 帰って来てくれたんだね…やっと…僕と一緒に…」
「母親…?」
「撫子さんを勘違いしていらっしゃるのでは…」
 狩人達は疑惑に満ちた視線で言葉を掛け合う。
 だが撫子本人は合点のいく状況に、悲しげな表情を浮かべる。
「…影見様、近頃この周囲では失踪者が続発していると聞いております」
「失踪者、――あの小僧が呼んだのか」
 ならば魔物の核はあの少年。
 彼を狩れば、この闇は祓われることになる。
 しかし。
「おかしくありませんか…? 魔物に憑かれていると言うには…あの少年自身の存在があまりにも希薄です」
 光が言う。
 河夕も同意する。
 そう。
 魔物が憑くのは負の感情を肥大させている人間ならば、目の前の少年には人として最も感じられるべき生体反応が欠片も存在しないのだ。
「あの少年は…もしかすると…」
「ええ…」
 撫子も頷いた。
 それが答えだ。
「魔物が死人に憑いたってのか…? ――此処が魔都じゃなけりゃ即座に否定するんだがな」
「残念ながら、魔都ですからね」
 何が起こるかは判らない、どう変化するかも掴めていない。
 ならばこれこそが、魔都東京における“異変”。
「死者から魔物を引き離すことは可能でしょうか」
「判らん、前例がない」
「つまり試してみなければ判らないということですね」
 撫子の問い掛けに対する河夕の簡素な返答を、光が補う。
 これが彼らの答え。
 ならば。
「魔物は俺達が引き受ける」
「少年の説得は撫子さんにお任せしても?」
「もちろんですわ」
 三者三様の決意を胸に、撫子は少年に向き合った。
 背後、白銀の輝きは河夕の。
 深緑の輝きは光の、日本刀を模した力の具現化。
 それらを受けて撫子は一歩を踏み出す。
「…わたくしと一緒に行きましょう」
 告げる彼女に、少年の目は見開かれる。
「行く…? どうして? お母さんは帰って来てくれたんでしょう…? 一緒にこの家で暮らしてくれるんでしょう?」
「いいえ、わたくしは貴方を迎えに来たのです。一緒にお母様達のところへ帰りましょう」
「…なんで…」
 少年は左右に首を振る。
 何度も。
 …何度も否定して、差し出された手を叩き払う。
「どうして! 僕の家はここだよ! お父さんとお母さんとお兄ちゃんと…一緒に暮らしていた家はここなのに!」
「ご家族は、もう此処には暮らせません」
「そんなことない! 僕にはここしかないのに…っ」
 気を昂ぶらせる少年に呼応するように屋内を覆う魔物がざわめく。
 力を増す。
「僕は…ここでしか生きられないのに……!」
 魔物によって縛られた魂には、行き場がない。
 此処を離れれば得た身体は形を失い、…消えてしまう。
「僕はここでお母さんと暮らしたいんだ! ずっと一緒に居たいんだ!」
 叫びと、魔物の蠢きと。
 そうして露になる闇の向こう、少年の後方に見え隠れするのは、その場に横たわる無数の人々。
「……っ!」
 恐らくは失踪した人々。
「…ご家族が戻られないから、あの方々を呼んだのですか…?」
「だって一人は寂しい……っ」
「あのように自由を奪い、…留め置かれて…」
「だって…っ」
「それで貴方の寂しさは癒されたのですか……?」
「……っ…だって……!」
 肥大する少年の孤独が魔物を育む、――その力を増幅させる。
「…っ…やはり狩るしかないか、あの小僧を…!」
 暴走しようとする魔物を抑えながら河夕が言う。
 光からは言葉もない。
「影見様…緑様…」
 二人の様子に、撫子も緊張を強いられた。
 このままでは少年を魔物と一緒に倒さなければならなくなる。
(このままでは…!)
 撫子が胸中に叫んだ、刹那。

 ――………

 届いた声に、少年の目が見開かれる。
「ぁ…っ」
「ああ…」
 撫子の唇から、彼女のものではない声で、彼女のものではない言葉が紡がれる。
 帰りましょう。
 一緒に帰りましょう。

 この腕に、もう一度だけ貴方を抱き締めたいの――……。

「ぉ…母さん…?」
 少年が呟く。
 応えるのは、撫子。
「…お母様はずっと心配していらっしゃいました…」
 この家から離れた場所に佇み、ずっと不安げな表情でこちらを窺っていた女性の霊体。
 撫子が体内に同化させたのは、この少年の母親の生霊だったのだ。
 少年との思い出深い家で暮らし続けることに耐えられなくなった家族は遠方に越していったが、そちらでも少年を思うが故に病んでしまい、現在は病床で眠り続けているという。
 魔物に憑かれた少年の声は、遠く、実の家族にも届いていた。
 だからこそ彼女は病んだ。
 しかし声を届かせながらも本当の家族をこの場に倒れる失踪者のように呼び込まなかったのは、少年の想いが真実であればこそ。
 心の奥底まで魔物に支配されてはいなかった証。
「帰りましょう。……ご一緒に、行くべき処へ参りましょう。わたくしがお送り致します」
 そうして再び差し出した手を、少年は拒まない。
 涙溢れる瞳を細め、必死に呼吸する。
「…っ…ぉ…あさん…」
 お母さん。
 お父さん、お兄ちゃん――。
「助けて……!」
 救いを求める言葉が。
「! これは…っ」
 心が。
 伸ばされる手を掴む、抱き締める。
「河夕さん!」
 光の呼ぶ先で河夕が刀を構える。
 一瞬の閃き。

 直後に放たれた輝きは、闇に覆われた辺り一体に久方ぶりの陽光を降り注いだ――……。


 ■

「まさか魔物の核が家そのものだったとはな…」
「家が霊魂を縛り付け、霊魂の寂しさを利用して人間を呼ぶ――魔物が自ら動かないのなら狩人には発見できない。とてもお利口な魔物ですね」
 褒めるような言葉を口にしながら、その声音には低い響き。
「作為的だな…」
 河夕が呟き、陽の傾き始めた空に息を吐いた。
 その利用された少年の魂は、撫子の手によって天に召された。
 見送ったのは彼女達と、少年の母親も一緒に。
 孤独を利用されて傷ついた魂は最後に母親に抱き締められ、確かに救われたのだ。
「ご苦労様でした、撫子さん」
 光に声を掛けられて、彼女も同じ言葉を返す。
「今回も助けられたな」
「いいえ、わたくしこそお二人とご一緒出来て良かったと思っております」
 清楚な一礼に、光も優雅な一礼で応えた。
 今頃、あの家に囚われていた失踪者たちは彼らが呼んだ救急車によって病院に運ばれ、手当てを受けているはず。
 自宅に帰れるまでそう時間は掛からないだろう。
 死者は出なかった。
 そのせめてもの救いを胸に仰ぐ空は、もう間もなく秋を迎えようという晩夏の夕空。
 西から淡い色に染まりゆく姿は、まるで今後の“何か”を予感させるように空全体へと広がっていった――……。




 ―了―

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【登場人物】
・整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・0328 / 天薙撫子様 / 女性 / 18歳 / 大学生(巫女):天位覚醒者 /

【ライター通信】
「邂逅」に引き続きのご参加ありがとうございます。
今回の物語は如何でしたでしょうか。間接的にではございますが御家に関する話を組み込ませて頂きましたので、イメージを崩さずに楽しんで頂ける物語をお届け出来ている事を願っています。
リテイク等ありましたら何なりとお申し立て下さい。

再びお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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