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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


廃病院リポート:U


【廃病院一階フロア】

 『間宮まどか』
 この医師の存在が全ての事の発端であり、その後の出来事全てに結びつく。
 廃病院を何の目的で使おうとしていたのか、また、小児病棟の子供霊や岡崎十夜少年の霊を配下に置く理由は何か。
 少年の傍にいる黒い塊が少年と子供達を動かしている。
「この間宮まどかって医師が、何をしていたか…だな」
 院長が恐れていたという間宮まどか医師。
 その医師の何を恐れていたのか。
 ボロボロのカルテに書かれた担当医師名を草間は凝視する。
「善の話じゃ、今の所二階までは上がれるようだが、それでも気は抜けない」
 一階フロアは比較的安全とはいえ、他の階では依頼人が一瞬目を放した隙にSPの一人が消えている。
 消えた人間達は地下の霊安室に閉じ込められ、魔法陣の下、精気を吸い取られ、生ける屍と化していた。
 場を破壊したとはいえ、単独行動をして何が起こらないとも限らない。
「この医師に関する調査、二階の制圧。三階は全ての情報が出揃ってからだ」
 危険は承知の上。
「皆、よろしく頼む」


【某市某所病院内】

 「それは何だね?」
 特別室の中で依頼人は首をもたげ、テーブルに幾つも置かれた形代を見て翡翠に尋ねる。
「彼らが呪いで即死しないよう、肩代わりをしてくれる人形ですよ」
 ちょうど貴女の呪いを半分肩代わりしたように。そう続けると、依頼人は苦笑して枕に頭を預ける。
「――死ななければ次がある…ということかね」
「死ななければ何とかできるだけの力を持っていらっしゃる方が多いですから」
 それを回避するだけで彼らは勝機を導き出せる。そう信じている。
「御武運を…」


【廃病院三階小児病棟前】

 『これであいつ等出てこれるんだね?』
 小児病棟へ通じる扉の前で十夜少年は黒い影の指示通りに作業を進める。
 実体を伴わぬ体のはずなのに、その手はいとも容易く物に触れる事が出来る。
 何年も何年も、気の遠くなるような時間をかけたわけでも、よほどの怨念が凝り固まったわけでもないのに。
 小児病棟の扉の前には既に子供達が集まっており、十夜少年の動向を見守っていた。
 外に出られる。
 この扉を超えて自由に動ける。
 子供達の表情は期待に満ちている。
 ジャラジャラと目の前に現れた鎖の波に向かって手を振り下ろす。
 その瞬間、目の前で急にバチバチッと火花が散り、鎖の波が消え失せる。
『来てみろよ』
 一般病棟から手を差し伸べる十夜少年。
 その手に触れ、一人が境目を乗り越えた。


――でれた!みんなでれたよ!――


 そう言って振り返ると次々と子供達が一般病棟へ足を踏み入れる。
 けして越える事のできなかった壁。
 ガラス扉一枚隔てた自由な場所。
『……うん、わかったよ。まどか先生がこっちに出てこれるまで時間稼ぐから。安心して』
 十夜少年は自由になった子供達に言う。
 次はお前らも一緒に遊ぼう、と。
 自分は二階までしか自由はないけれど、子供達は違う。
『ゲームスタート』
 高らかに笑う十夜少年の姿が徐々に黒く変化していることに、子供達も本人も気づいていなかった。

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■二日目 ― 9:30 ―【某市某所病院内】

 「失礼致します」
 総回診の直後、こんな朝早くに見舞いはこれない。
「どなたかな?ナースではないようだが…」
 静かに扉を開け、中に入ってきたのは若い女性。
 和装が板についた、今時珍しい大和撫子タイプの。
「都合でご依頼をお断りして申し訳なかったと、祖父よりの伝言です」
 そう言われ、依頼人は納得した様子で目を細める。
「天薙家の使いの人か」
「祖父の代わりに遅まきながら此度の事件に当たらせて頂くことになりました、天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)と申します」
 依頼参加の報告をする為に、無理を言って朝早くから入らせてもらったという。
 事が草間興信所に持ち込まれたことで、撫子が立ったというわけだ。
 顔見せを早々に済ませ、撫子は草間達に連絡をとった。


■二日目 ― 9:40 ―【廃病院一階フロア】

  建物自体の雰囲気が変わった。
 ベースを確保して、戦闘に特化した者以外は間宮まどかに関する情報収集に向かい、草間と少数の者が院内に残っていた。
「……上が…」
 何かが蠢いている気配がする。
 しかも、それが徐々に近づいて来ている。
 朝の浄光のおかげか、急激進行してくる様子はないが、恐らく夜にでも動き出す。
「調査が夕刻までに終わる事を願うしかない…ってか」
 笑うに笑えないこの状況下で、少しでも気を紛らわそうと煙草に火をつける草間。
 そんな時、携帯のコール音がやけに大きく聞こえ、柄にもなくビクッと身震いする。
「俺だ。ああ、天薙か」
『先程依頼人に顔見せして参りました。既に他の皆様は調査に向かわれているんですよね?私はこれからそちらに参ります』
 くれぐれも無茶はしないように、そう念を押して撫子は通話を終了する。
「…無茶しようにも、できるかってんだ」
 未だ『二階から上で独りになると消える』事に理由が解明されていない。
 幽霊屋敷でありていな独りで行動すると襲われるというフラグだとでも言うのだろうか。
 もしくは、『奴ら』が独自のルールを設けてゲームをしているとでも言うのだろうか。
 一階に出てこられないのは小児病棟の患者ゆえか。
 いや、十夜少年は一般病棟だったはず。
 分からないことだらけだ。
「小児病棟の子供達の謎の死…半端に消された落書き…霊安室の魔方陣…一人になると消える謎…何故一階には現れないのか…」
 そして『間宮まどか』
「あれ、他の皆は出払ってるんですか?」
 玄関口の声に視線をはたと視線を向ければ、そこに立っていたのは秋月・律花(あきづき・りつか)だ。
 手にはコンビニの袋と茶封筒。
「途中参戦で申し訳ありませんが、これ差し入れです」
 そう言って草間に渡したのは定番な調理パンと缶コーヒー。
 助かる、と、ありがたく頂戴した草間。
 待合席で横になっている、消耗しきって動けない善の傍に珈琲を置くと、頷いて礼を言う。
「容態は?」
 契約妖獣の彩臥に尋ねると、彼に表情があれば苦笑しているのだろう。耳には何と言えない複雑な様子に聞こえた。
『呪は抜けました。しかし失った精気の補填が出来てませんから、動いたとしてもすぐに倒れます』
 調査に向かった秋良待ち、と言った所か。
 現状、戦闘特化なのは凰華のみ。
 その彼女も今は調査に回っている。
 他の皆と違って情報屋を使うこともあるので、昼までには戻ると言っていたが?
「俺はしばし待機だな…」
「間宮まどかがこの病院で何としたとしても、彼女はかつて日本で正当に医師免許を取っているんです」
 再び考え始めた草間の横で、律花はぽつりとそう呟く。
「――だな…」
 そんな会話をしていた最中、再び玄関口で人の声がする。
「草間さーん、どなたかいらっしゃいましたよ?」
 事件調査は専門ではない為、周辺調査をしていた樋口・真帆(ひぐち・まほ)の傍に、肩過ぎ程の緩くウェーブがかった不揃いな長髪をした70年代風の服装の男が、ギターケースを背負って立っていた。
「誰だ?――あー…連絡くれた…?」
「高山・隆一(たかやま・りゅういち)、スタジオミュージシャン兼雑居ビルのオーナーをしている。戦力になるか分からんが、出来る限りの事をしたい」
 メンバーを募った際に、連絡だけで今まで対面したことはなかった者がいる。
 隆一もそんな一人のようだ。
「他のメンバーは?」
 それぞれ今は調査に向かっていると言われ、隆一は少し困った様子。
 完全防御ではないが、味方全員と面識を持っていて状況をすぐ視れるようにしておきたかったという。
 つまり、透視能力の類なのだろう。
「夕方までには全員戻ってくるように言ってある。というか…それまでに戻ってきてもらわないと困るんでな…」
「―――上が…」
 真帆が天をあおぐ。
 天井の板越しに感じる、上階の異変。
 肌に感じる怖気は昨日の非ではない。
 ごくりと息を飲む真帆。
 地下の魔方陣の分析もしたいのだが、たとえ地下でも一人で赴くのは無用心すぎる。
 昨日の時点で凰華たちがリビングデッドを倒したとは言え、ここはまだ不確定要素が多すぎる。
 たとえ上階でなくても、このフロア以外は安全と言う保障はない。
 本日参加した隆一は、どう見ても攻撃に特化した者ではない為、サポート系が二人で行ったところで何になろうか。
「聞き取り調査、行ってきます」
「俺も院長の線で当たってみる」
 そういって真帆と隆一は廃病院をあとにした。


■二日目 ― 10:15 ―【某医大】

 「――亡くなった?」
「ええ、そう。彼女は亡くなってるわ。事件のあった時期とそうずれていなかったはず…だけど不思議とワイドショーや週刊誌で彼女への糾弾はなかったのよね」
 屍月・鎖姫(しづき・さき)は間宮まどかについてその自宅や家族を当たろうとしたが、自宅はとうに売却されており、家族の消息も追いきれなかった為、間宮医師がいた医大を尋ねると、運良くその当時を知る女性と接触できた。
「葬式も出たし、顔も……見た。勿論、まともな状態ではなかったけれど」
「まともじゃないって…変死でもしたの?」
 女性は周囲の目を気にしながらも浅く頷いた。
 検死に当たった者の話では、どうやったらあのような死に方になるのか皆目見当がつかないと。
「…彼女自身、死の恐怖に脅えていただけに…あれはないと思ったわ。神様がいるなら――本当に残酷」
「死の恐怖って…何か大病を?」
「いえ、彼女自身は健康だったけれど…チラッと聞いた話では、身内の誰だったかの死に際を見て、死の苦しみ、死の恐怖を覚えてしまったって」
「―――専攻は…?」
「内科。薬理療法に精通してた感があるわね。血はなるべく見たくなかったみたい」
 その当時の彼女の論文があれば、と聞くと、流石にそこまではわからないと言われた為、仕方なくその場を後にした。
「死を恐れ、血を見るのも嫌っていた医師が…?」
 あの病院の子供達の大量死に関わっているというのか。
 何者かに利用されている可能性もなくはない。
 だが、そうなるとあの魔術的行為の説明が難しくなってくる。
 天井の魔方陣、黒魔術に乗っ取って行うならば人の脂肪から作ったチョークや蝋燭、鶏の血などは切っても切れない要素だ。
 何が彼女を変えてしまったのか。
 何が原因で惨劇を起こしたのか。
 そもそも、本当に全ての原因は彼女にあるのだろうか。
「……やっぱ、身内の方も探す必要があるな…」
 院長その他はそれぞれのメンバーが当たっている。
 廃病院の方にはベースを確保する為に草間と、善が待機している。
 鎖姫は他の調査に当たっているメンバーに連絡をとった。


■二日目 ― 同時刻 ―【現場近くの民家】

 「あ、有難う御座います…」
 協力してくれるといった家を拠点に、情報収集をする山代・克己(やましろ・かつき)は、出されたお茶にやや恥ずかしそうに手を伸ばす。
「(…まさかここまで構ってくるとは思わなかったな…)」
 それだけあの場所をどうにかしてほしいのだろうが、そう頻繁に構われると作業も推理も進まない。
 草間がベースから動けない中、彼と連絡を取りながら言われた伝手を頼って情報を手繰り寄せる。
 手に入れたのは間宮まどかの履歴。
 彼女が死んでいると言う事は、他のメンバーから草間に連絡があったようで、ダブらずに済んで助かった。
 後は当時の裁判を知る者の証言にある、必要以上に何かを恐れていた院長の消息を、恐れていたその理由を知る為に院長に話を聞かねばならない。
 生きていることは掴んだ。その場所も。
「洗いざらい喋ってもらわねーとな…」


■二日目 ― 11:25 ―【某市内某所】

 「――身内が『消えた』?」
 鎖姫が掴みきれなかった間宮まどかの身内の消息を追っていたセレスティ・カーニンガムと桐嶋・秋良(きりしま・あきら)は間宮家のあった近所という、意外なほど近所でその情報を得た。
 あの病院で変事が起こると同時、もしくはその直前か直後か、どちらにせよほぼ同時期に彼女の身内は全員姿を消しているのである。
 家財道具も一切合切そのままに。
 その姿だけが、忽然と消えたそうだ。
 まるで神隠しにあったようなそれについて、病院での事件もあり、気味が悪すぎて関わったら自分たちまでどうにかなるのではないかと、ずっと口を閉ざしていたというのが、近隣住民の声だった。
 あの家族の事を問われれば、知らないとしか答えられないのである。
 商店街の方の人々はこちらまでやってきた事はない。
 ただ、彼らはあの病院で子供達の大量死があったことと、院長のこと、その後起こり続ける祟りとも言えるあの場での変事について断片的に聞き及んでいるだけだから。
 土地や家財に関しては遠縁の者が処分したらしいと。
「困りましたね…」
 人が忘れるにも何であるにも十分な時間が過ぎてしまっている。
 遠縁ともなれば間宮家の人々の人となりなど殆ど分からないだろう。
 況してや不可解な事件が絡んでいる以上、門前払いは必至だ。
「確かシュラインさんが古書店の辺りを当たっているはずです」
 それぞれが調べようとしている事柄がかなり重なっているがゆえに、二度手間にならないよう事細かに連絡をとりあっていた秋良は、近辺の古書店を当たっているはずのシュラインに連絡を取った。


■二日目 ― 12:10 ―【某市内古書店】

  古書店での聞き込みをするシュライン・エマが、市内にある何軒目かを尋ねる矢先のことだった。
「もしもし?」
 秋良からの着信に気づき、電話に出ると、彼女とセレスティが得た情報がシュラインに伝えられる。
「――そう、わかったわ。有難う桐嶋さん」
 セレスティさんにも宜しく、そういって通話を終了したシュラインには目的が一つ増えた。
 家財を処分したと言うのなら、書籍などの一部は古書店に出ている可能性がある。
 間宮まどかが出入りしていた古書店を探すと同時に、彼女が持っていた書籍のジャンルなども同時に分かるかもしれない。
 専門書の類であれば、書店や古書店の番号を控えていることがある。
 そういった連絡先があればいちいち自分たちで処理するよりか、専門業者に売って少しでもまとまった額面に換わればとも思うだろう。
「次はあそこね」
 大通りから一本横道に逸れ、裏側に回りこんだ場所にある辺りが、穴場といった雰囲気漂う古書店だ。
 生前の彼女の写真を携え、奥で老眼鏡を上げ下げしている老人に声をかけた。
 やっている事は警察のそれだが、任意であれば話は聞ける。
「すみません、この女性がこちらの客だったと思うのですが…見覚えありますか?」
 シュラインの問いに、一拍おいて振り返った店主が差し出された写真をしげしげと見つめる。
「ああ、間宮さんね」
「ご存知ですか!?」
 昔はいいお得意様だったという。
 そう、十年前までは。
 姿を見せなくなった事情は知らない。しかし、彼女の身内だと言う者が彼女の書籍の処分を依頼してきたからには彼女の身に何かあったのだろうと感じてはいたそうだ。
 間宮まどかがここで何を購入していたのか、差し支えなければ教えてくれと言うと、店主は棚の一画を顎で示す。
 古びた分厚い洋書の山が詰まれており、埃こそ掃ってあるが、手にとる人がそうそう手にとれない妙な雰囲気を醸し出している。
「あの辺りのが全部そうだよ」
 そういって店主はまた奥に戻って商品をチェックし始めた。
 勝手に見ろということなのだろう。
 いかにも、な重厚な装丁。
「―――…これは…」


■二日目 ― 13:20 ―【某市内某病院】

  間宮まどかの人となり。
 間宮の学位論文やその後発表した症例・論文から、かつての彼女の医師としてのスタンスはどういったものだったのか。
 そこに彼女が何者か、病院で何をしたのかの手掛りがあれば。
 だが問題は調査で解った過去が普通の平凡な医師だった時。
 少なくとも十夜と子供達の信頼を得ていることから彼らには好かれていたはずだ。
 その場合、彼女が自分の本性を隠していたのかそれとも何かのきっかけがあったのか。
「!あ、はい秋月です」
 ベースの草間から状況報告を求められ、論文のコピーは入手したと伝える。
 そして先方から、自分がこれから調べようとしていた事を告げられ、二度手間にならずに済んだと思う反面、また疑問が増えてしまった事に戸惑いの色を隠せない。
「これからそちらに戻ります」
 通話を終了した律花の表情は、その頭上に広がる空のように薄っすら曇っていた。 


■二日目 ― 14:30 ―【某市内繁華街】

  『間宮まどか』、調べる対象が解っただけでも情報を集める方法は幾らでもある。
 問題は病院の方だ、どうやら面倒なことになりそうだが邪魔をするというのなら容赦はしない。
「――それがたとえ何も知らない子供の霊でも、だ…」
 天城・凰華(あまぎ・おうか)は表情無くぽつりと呟く。
 情報屋から得た話を草間に伝え、一通りネタが出揃った所であとは現地で詳しい意見交換をすればよかろう。
 何人かは院長に直接当たるつもりのようだが、恐らくまともな話は聞けまい。
 当時の資料から見ても、院長の恐れ方はただ事ではない。
 十年経った今、また掘り起こそうものなら同じように発狂寸前までいくだろう。
「では戻るか…」


■二日目 ― 15:00 ―【廃病院前】

  日が傾きかける。
 薄曇りの空がいっそう深く、その光を落としていく。
 同時に二階のざわめきも激しさを増した。
 いつ何が起こるか、草間と、ようやく起き上がるまでに回復した善はジッと天井を睨みつけている。
「間宮まどかについては、他の連中が調べているが、まだ院内の謎が解明されてねぇ」
「ああ、五つの謎…がな」
 そんな二人をよそに、撫子は現在廃院の外で下準備をしていた。
「全力解放が必要になるかもしれませんわね」
 封印結界の準備が整い、正面から建物を見据える。
 力を行使しなくて済むとよいのだが。
「―――何か仕掛けたのか?」
 声のする方を振り返るとそこに立っていたのは凰華だった。
 フリーの高位魔術師であるがゆえに、そういった場の変化には敏感だ。
「周囲を巻き込むわけには参りませんでしょ?」
「それもそうだ」
 そんなやりとりをしていると、街のほうから続々とメンバーが帰ってくるのが見えた。
「いよいよだな…」
「そのようですね」
 撫子は皆が揃ったところでこの場の『龍晶眼』による霊視を試みるつもりでいる。
 神通力によって全てを見通す力。
 皆が集めてきた情報の裏打ちになるかどうかはわからない。
 だが、求めるべき、知るべき真実を。


■二日目 ― 15:10 ―【廃病院一階フロア】

  各自が収拾してきた情報、その主な内容は間宮まどか生前の素行調査。
 身内への聞き込みや通っていたであろう古書店、かつての職場の同僚、そして何かを知っているであろう院長。
「じゃあまず僕から。中間報告でそれぞれ彼から聞いてると思うケド、『間宮まどか既に亡くなっている』これまず一つね」
 それも、とても不可解な死を遂げている。鎖姫はそう付け足した。
「更に本人は死を恐れ、血を嫌っていたみたいだね」
 死を恐れていて尚且つ医師という道を進んだのは前向きと解釈するべきか。
 論文などは手に入らなかったというと、律花が手を上げる。
「それはこちらで入手できました。これがコピーになります。研究内容は延命措置法を主軸に、西洋・東洋それぞれに伝わる民間療法の信用性とその効果」
 やや変則的ではあるが、様々な地方に伝わる薬餌療法、国民の生活習慣に深く根付いているモノ、その結果他と比べてどれほどの差が出ており、またそれは他でも立証可能かどうか。
 とにかく死から逃れる、いや、死の訪れをどこまで引き伸ばせるか、大まかに見てそんな内容だった。
「…医大生時代の卒論ってトコだな。目新しいモノでもないし…」
 パラパラとコピーを見やる草間。医者になってからも論文を出したりはしていただろうが、データとしてないということは恐らく日の目をみなかったのだろう。
「性格は明るく、気さくで社交的、だけど常に彼女を行動を共にする人はいなかった」
 得た情報をつらつらと話し出す鎖姫。
「クラスメートや専攻別で話をする人は大勢いたようだけど、誰に聞いても彼女の趣味も知らない、家庭事情も知らない。付き合っていた人もいない」
 話を聞けた女性の証言でも、そういえば知らなかったという事ばかりだった。
「――その話からすると…恐らくここでも同じだった……」
 律花は深いため息をついた。
「で、十年前の事件後、いや、事件とほぼ同時に彼女の家族が『消えて』いるそうです」
 セレスティと秋良が聞き込んだ、自宅周辺で得た情報。
「家財も何もかも、一切合切手をつけた形跡もなく、日常の生活から忽然と姿を消したと」
「ご近所の方もいつ消えたのかなんてホントにわからないそうで、ただ、前日までは至極普通に玄関先でのご挨拶をしたりしたというだけらしいんです」
 ゆえに警察の聞き込みでも『知らない』としか答えられなかったという。
 消息が追えない理由はそこにあった。
「で、その後暫くしてその家屋や資産の整理を遠縁の者がする事になり、新聞雑誌を除く書籍は一通り彼女行きつけの古書店で引き取られ、大半が処分された。行きつけがわかったのは、部屋に連絡先が張られたボードがあったかららしいわね。見た目からしてどう扱っていいかわからないものが多かったみたいで、悩むぐらいなら業者に任せて小額でも纏まった金になればと思ったみたい」
 常連だった古書店を探り当てたシュラインは、そこで彼女が購入した物のリストを作ってもらった。
 内容は西洋東洋問わず医学関連が多かったが、中には案の定、黒魔術に関する本がちらほらと。
「精気を吸い取るアルター…生命吸い上げが、抜け殻…クリフォトに詰めるとか連想したせいかな。悪魔召喚でもする気だったのかどうか…」
 状況が状況だけに、悪魔の名は例えでも伏せておいて、と注意を促すシュライン。
「悪魔は生死の領分を侵せない。そこだけは神の領分ゆえ、けして立ち入ることはできない…できても難病を治したり、瀕死の重傷から完全回復させたりするだけだ」
 それには『生きていること』が大前提なのだ。
 魔術師ゆえにそのリスクも可能不可能も知っている凰華。
 実のある言葉だ。
 隆一はそんな話を聞いて、ふむ、と腕組みして考えつつも、自分たちの調査報告を始める。
「こちらは山代君と一緒に院長の所だ。まぁ、調査以前に彼にかなり不審がられたが…」
「ったりまえだろ」
 ただでさえ人と関わりを持つのが苦手な克己ゆえ、いきなり現れて草間繋がりだと言われても信用しがたい。
 多少もめはしたが、時間が惜しいと元院長宅を訪問し、当時の話を聞こうとした。
「―――聞けた?」
 彼らの答えが分かっているかのような凰華の質問。
 克己も隆一も苦笑せざるを得ない。
「…直接、本人とは無理だった」
「代わりに奥方から少しだけ…」
 凰華の予想通り、話を振るまで平静だった男の態度は急変し、出て行けと質問する間もなく追い返されてしまった。
 だがそれを気の毒と思ったのか、夫人が玄関先で自分が知っている限りのことだけだがと二人に話してくれたのだ。
「……当時、間宮まどかは小児病棟担当でありつつも、一般病棟にいる少年たちのケアも担当していた。腕のいい内科医だったそうだから、他の患者にも見舞いに来る家族にも評判はよかったらしい」
 隆一が続ける。
「彼女の周囲にはいつも子供たちがいた。そして時折勉強会という時間には十夜少年がやってきていたと…子供達と彼の接点はその時だけで他ではありえないな」
 偶にある接点。そこで子供達と打ち解けた。
 循環器系の疾患を持つ十夜少年の発作は処置一つで劇的に和らぐ。
 常に痛みを抱えている彼の姿に、子供達も自分も頑張らねばと、彼の存在が子供達に病に立ち向かおうという思いを抱かせていた。
「ところが、いつ頃からか子供達の様子が変わった。いつ何時、何があっても間宮医師だけを頼り、他の医師には触れさせようともしなかった」
「そして疾患が快方に向かっているわけでもないのに、子供達は苦痛を訴えなくなっていった」
 定期健診を受けさせるのも一苦労で、苦痛を訴えない割に病状がよくなっている気配はない。
 痛覚が麻痺しているのか、そんな風に考える医者もいた。
 そして子供達の病状を把握している間宮医師に、子供達の異変についた問いかけた。
 すると彼女は今すぐ治せないモノなら、せめてその苦痛だけでもと、痛みを取り払っただけ。今の自分にはこれが精一杯だからと。
 勿論、麻酔や麻薬を用いたのかと皆は焦った。しかしそんな症状は何処にも出ていない。
 独自の処方があるのだと、彼女はそれを明らかにはしなかった。
 だがそれでまかり通る医療ではない。
 間宮医師は糾弾された。
 その効果は副作用もなく絶大。にも拘らず理事会は間宮医師を糾弾した。
 病院の信用問題に関わると。
 患者の命を実験道具だと思っているのかと。
 ところが彼女は笑った。
 治すことも出来ず、苦痛を取り除くことも出来ない無能にそんな事を言われる筋合いはないと。
 追放したければするといいと。
 自分がいなくなれば子供達は再び痛みに泣く毎日をおくるだけだと。
「死の痛みも分からない、腐りきった生きた屍に用はない」
「理事会でそう言いきった彼女の声と目が、今でも離れないと…そしてその直後、例の事件が起こった…」
 院長が語ったことではない。
 その時の状況を別の医師から聞き及んだだけで、本人の口からは彼女を恐れているという事しか聞いていないという。
 しかも、その理由は頑として話さない。
 もともと小心者ゆえ、不可解な要素ばかりの彼女が不気味だったのかもしれない。
 知らないからこそ恐れを抱く。
「死の痛みも分からない、腐りきった生きた屍―――か…」
 それを聞くとあの地下の魔方陣とその場に閉じ込められていたゾンビが何らかの形で繋がっている気がしてきた。
「樋口、お前の方は?」
 克己と隆一の報告が終わり、最後に残った真帆に話が降られる。
 しかし彼女は間宮まどかに関してそれらしいことは何も…と頭を振った。
 むしろ、彼女の場合間宮まどかについての調査よりも子供達の事が気になっていた。
 子供達や十夜少年のことが。
 拝み屋に呪いをかけたメインの人物は十夜少年だ。
 あんな強力な呪いを使えるほどの負の感情や使用することによる代償が心配でならない。
 きっと彼の霊体には何らかの障りが出始めている。
「ただ…私十夜君のご両親を探してみたんです。カルテにあった住所を頼りに…」
「何かつかめたか?」
「ご両親は留守でした。代わりに、おばあちゃんがいたのでお話を聞く事が出来ました」
 十夜の家は周辺でも割に裕福な家庭らしく、人の出入りも多かったという。
 しかし、十夜少年が人前に出る事はなかった。
 疾患を患って長く、家から遠いこの病院に長期入院していて、結局、死ぬまで家には帰ってこれなかったと。
「両親は忙しい人みたいで…その、十夜君のお見舞いには全く来なかったそうです。来ていたのはおばあちゃんだけ…」
「そんな…」
 シュラインは眉を寄せる。
 他に兄弟もなく、ただ一人の子供が大変だというのにその様子を見舞うことすらしなかったというのか。
「―――弱い…親だったんだろう」
 先天性の疾患で決定的な治療法がないというのならば、もうずっと、幼い頃から心配し続けて疲れてしまったのかもしれない。
 もしくは、出来損ないはいらないと、そんな腐った親だったのかもしれない。
 どちらにせよダメ親であることには変わりない、そんな事を思って凰華は溜息をつく。
「おばあちゃんもお年ですから、そう頻繁に顔出せるわけじゃなくって…月に2〜3度。…で、ある時十夜君がぽつりと言ったんです」

―――ここが 僕の家だから―――

「そう言われた時、おばあちゃんは帰ってから泣いたそうです…」
 僕の家。
 僕たちの家。
 家に帰ることのできない仲間が集まった白い壁の家。
 そこで自分たちを迎え入れてくれた『母』が、間宮まどかだった。
「…となると、落書きが半端に消されていたって事の理由が分かる気がするな…憶測の域は出ねェがよ」
 椅子に座ったまま、動かない善が会話に加わる。
「理由って?」
 戻ってきてからずっと善を治療し続けている秋良が尋ねる。
「誰だって自分ン家に落書きされたらムカつかね?」
 もしかすると消せと言ったのかもしれない。全部消したら逃がしてあげると言われたのかもしれない。
 命乞いをしても無駄な結果に終わるとも知らずに与えられた希望が偽りだったとも知らずに、若者達は必死で消そうとした。
 そんな風に善は想像したのだ。


■二日目 ― 16:40 ―【廃病院地下一階】

  用意しておいたライトを持ち、シュライン・真帆・凰華が地下に降り、霊安室の魔方陣を調べに向かった。
 夕方とはいえ、外からの明かりがない為、場所は真夜中のそれだ。
 ライトを天井に反射させ、廊下全体が薄っすらと浮かび上がる。
「相変わらず気配は澱んでいるな…」
「ゾンビは…いませんね?」
「昨日一掃してから行方不明者が出たわけでもないし、他に隠れていそうな場所がないし…某ゲームではないけれど、隠れて迎え撃つとかはないと思いたいわね」
 とはいえ流石に一人でこの場にくる勇気というか、そんな無謀さは持ち合わせていない。
 一階フロアが安全といっても、地下はそうではなかった。
 霊安室があるということは、場合によっては上階の子供達の霊と繋がりがあると思ったから。
 ペンライトで建物の見取り図を見ながら、霊安室の位置の真上には各階何があるのかを調べる。
「一階は昨日の内に大体見て回りましたが、魔方陣らしきものも、呪符らしきモノもなかったですね」
「見えるところではないみたいね…ほら、一階の一直線上には壁と柱だけだわ」
 何かが通って邪魔にならないところ。
 柱や壁があったのでは何も遮る事は出来ない。
 むしろ力だけが通る純粋な『道』となっている。
「二階……検査室やオペ室があるわね。渡り廊下を越えて……病棟の真下に霊安室……やな配置ね」
 構造上意図してそうしたわけではないのだろうが、いい気分ではない。
 まるで死を待っているかのようで。
「病棟…もしかして、このラインにかぶる病室に…十夜君がいたんじゃ?」
「その可能性は高いわね。で、その真上が院長室…黒い塊は三階を拠点としている。魔方陣の一直線上に院長室があるならば、それは間違いなくそこにいるでしょうね」
 シュラインと真帆が見取り図からそう推理している間に、霊安室に到着した。
 凰華が先にライトで照らすも、天井の不気味な魔方陣以外何もない。
 扉その他も昨日壊れたままの状態だ。
「――これ…逆作用にすることは可能かしら」
「精気を吐き出す…か?取り込んでいる対象が常に同じ位置にいるのなら、変更は可能だが…」
「院長室が拠点でも、時折移動しているからには難しそうですね、対象を場に固定し、ここでスタンバイしてタイミングを合わせて反転させたなら…弱体化は期待できるかと」
 その辺りで作戦を練る必要がありそうだ。
「一先ず陣を封じてその効力を無効にしておこうか。これを活用するしないは後で決めればいい」
 魔方陣の調査を切り上げ、三人はフロアに戻っていった。


■二日目 ― 17:30 ―【廃病院一階フロア】

  徐々に日が落ち始める。
 夏至を過ぎ、日が少しずつ短くなっているのこれほど恨めしく思った事はない。
 撫子は意識を集中する。
 『龍晶眼』で全てを、真実を見る為に。
 ところが。

――みぃ〜っけ――

「!」
 突如響く子供の声。
 懐と髪に忍ばせていた妖斬鋼糸を咄嗟に構える撫子。
 他の者も一斉に戦闘態勢に入った。

――いち…にぃ…さん…なぁんだ。ぼくらのほうがおおいね――
――ふたりでひとりじゃないかな?――
――あそぼう?ねえ、あそんでくれるんだよね?――

 撫子の霊視の後、心身の抵抗力や攻撃力を上げる効果を持つ壮行歌を皆に聞かせるつもりでいた隆一は焦った。
 予定と大分異なるが、子供達の霊が現れたのならば鎮魂歌を。
 そうして隆一はギターを鳴らし、謳い始めた。
 壁から、天井から、次々と人魂が現れ、それは徐々に人の形を成してわらわらと一箇所に集いだす。
 彼らの姿は、まるで水の壁を挟んでいるかのように、ゆらゆらと揺れている。 

――ねえ、あのおうたねむくなるよ――
――だめだよねたら。おにいちゃんとせんせいがおこるよ――
――とめちゃおうよ――

「!」
 隆一に向かって数対の子供が飛んでくる。
「させません!」
 予め用意していた聖水を振りまき、セレスティがこれを退ける。
「高山さん、この輪の中で歌っていて下さい」
 聖水で描いた円は結界の代わり。
 十夜や黒い塊をどうにかできるとは思わないが、少なくとも子供達は遠ざけられる。

――いたいよ――
――おみずがいたいよ――

 聖水が降りかかった子供は泣くように叫んだ。
 そんな子供たちを真帆は見ていられない。
「待って、待って下さい!子供達を再び殺さないであげて…」
「馬鹿な事をいうな!こっちが殺されるんだぞ!?」
 草間が声を荒げるのも当然だ。
 しかし、何も知らずにただ騙されているだけの幼い子供達。
 遊びたいなら遊んであげればいい。
「おいで、遊んであげる。だけど――先生や十夜君に教えてもらった遊びじゃない遊びをしましょ」
 子供は遊ぶのが仕事。
 危険な遊びはやめて、もっと楽しい遊びをしよう。
 真帆が子供達に向かって手を広げる。
 歌を歌おう。
 希望の歌を。
 再びこの世に生まれてこれるように。
 その為に今一度眠ろう。
「ここあ、すふれ…手伝って?」
 外見どう見てもぬいぐるみである真帆の使い魔、黒うさぎの「ここあ」と白うさぎの「すふれ」がひょっこり顔を出す。
 ぬいぐるみがひょこひょこ動いている。
 それだけで子供達の意識はそちらに集中した。
 ここあとすふれがひきつけている間に、真帆は隆一の鎮魂歌に沿って歌いだす。
 子守唄に似せた鎮魂歌を。
 するとどうだろう。子供達の一部がフッ…フッ…と消えていく。
「いけるか…?」
 剣を構えつつ、光属性の中級魔術の発動をスタンバイしていた凰華はその様子を注意深く観察する。
 律花も克己も固唾を飲んで見守った。
「!真帆ちゃん逃げて!!」
 シュラインが頭上を見つめ驚愕する。
 だが、叫んだのと同時に真帆はシュラインの方に振り返り、次の動作で天井を見上げた。
 それはあまりにも遅く。
 あまりにも早く、真帆に降り注ぐ。
「樋口様!」
 近くにいた撫子が真帆の腕を引いた。
 天井から激しい雨だれのように、子供達のいた場所に降り注ぐ。
 紙一重で避けた真帆と撫子だが、真帆は右半身が、撫子は両足首が昨日の善と同様に黒く変色している。
「…っ…あっ…」
「不覚…ッ」
 しかし治せない事は無いのは立証済みだ。
「下がれ!」
 二人を下がらせ、凰華が前に出る。
 準備していた魔術を展開させ、無数の光剣を生み出し、黒い塊に向かって飛ばす。
 受けた攻撃に闇はひるんだ。
 そしてぐにゃりと歪んだその中から、険しい表情でこちらを見据える少年が顔を出した。
「岡崎十夜だな?」
『――っで、邪魔すんだよ…ッ』
 怒気を孕んだ言葉はビリビリと空気を伝わって肌で感じられる。
『何もしてくれなかったくせに!何もできなかったくせに!何で邪魔すんだよ!』
 ただ帰って来てほしいだけなのに。
 ただそれだけなのに。
『―――僕の…僕たちの家をまた奪うんだな……病気が家にいられなくして……死んでからもまた家から追い出すのかよ!!』
 そんなことは赦さない。
 十夜少年の言葉が重なる。
 スロー再生のような重苦しい声。
 周囲の闇も炎のようにゆらゆらと動きだす。
「まずい、一旦ここから出るんだ!」

 ゆるさないゆるさないゆるさない
 げーむはおしまいだ
 ひとりじゃなくたってぜんいんけしてやる
 るーるなんてもうひつようない
 せんせいがちからをくれた
 もうどこでもいける
 でもせんせいのために、せんせいのちからにならなきゃ

 まどかせんせい

 まどかせんせい…



 まどかせんせい!


「早く!!!」
 殿を務めた凰華が全員が屋外へ退去した事を確認すると、光剣で塊を牽制し、隙を突いて走る。

 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ

 間一髪、玄関先を沈みきる前の夕日が照らし、日の光に晒された闇は悲鳴を上げて建物の奥に引っ込んだ。凰華はその様子を確認し、再び攻撃してくるかどうかを確かめる。


■二日目 ― 19:00 ―【廃病院前】

  すっかり日が沈んでしまったが、あの闇が病院の外に出てくる気配は感じない。
 病院の中だけの自由のようだ。
 状況を確認し、一先ずホッとする一同。
 しかし、再び一時戦闘不能者を出てしまった。
「大丈夫か?」
 草間の問いに撫子はどうにかと苦笑し、真帆も時間はかかるが治せそうだと笑う。
 そんな二人の回復及び善の回復に、秋良はストーンパワーを引き出し治療に専念している。
「連続して続けても…早くて明日の昼前といった所です…」
 気休めにしかならないが、と隆一は曲を奏で、歌を歌う。
「…今夜はベースには戻れない。大所帯で御免なさいだけど、一先ず協力してくれるといった家に移動しない?」
 シュラインの提案はもっともだ。
「――さっきのやりとりで分かったのは……独りになると消えるってのは、子供達の中での遊びのルールだったみたいだな。あとはあの少年の場合、殆どあの闇に同化してるって見てもいいと思う」
 鎖姫の言葉に、克己は何とも言えない表情で、暗闇に聳え立つ病院を見やる。
「闇の塊が間宮まどかだとしたら、アレは繭なのか? 生気を糧として何かになろうとしている?断定はできかねるけど、もしそうなら碌なものじゃあなさそうだ」
 闇の固まりは十夜さえも取り込み、行方不明になった人々の精気を糧に肥大している。そう思えた。
 だがここに来てセレスティは別の可能性を呟く。
「黒いものは、元々この地にあった地縛霊の様なもので、間宮氏が少年達を殺害した後、触発されて目覚め、真っ先に取り込まれ、間宮氏を慕っていた十夜少年は間宮氏を取り戻すために次々と犠牲者を増やし、十夜少年の様に個として存在する事が出来る位の力を蓄えているという可能性はないでしょうか」
 何故そう思うのかと問われると、腕を組み、口元に手を添えて考える仕草を見せながらセレスティは自らの推理を話す。
「黒いもものは、間宮氏ではなく、別の誰かが関与しているような、そんな気がするので。依頼人に呪を返したりするのも、霊単体でするには意思統一がされていると思いますし」
 そして更に付け加える。
「―――ただ…十夜少年はもう、死霊の域から出てしまっていると思われます」
 浄化は望めない。
 つまり、手遅れだと。
 あの闇共々滅するしかないと。
「…結局、救ってあげられないんです、ね…」
 ポロポロと涙を流す真帆。
「……こんな事って……」
 やりきれない思いに胸が潰れそうだと歯噛みする律花。
「明日で片をつける」
 凰華はただそれだけ呟く。



 二日目の今日、救えたのはホンの少しの小さな魂たちだけ。
 決戦は明日。
 日が落ちる前に片をつけねばならない。


 丘を降りる際、肩越しに病院を振り返ると、三階の窓には赤い光が点滅している。
 あれは、十夜少年の怒りなのだろうか。
 それとも、やり場の無い悲しみなのだろうか……
 今となっては、それを問う事も出来ない。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0328 / 天薙・撫子 / 女性 / 18歳 / 大学生(巫女):天位覚醒者】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2562 / 屍月・鎖姫 / 男性 / 920歳 / 鍵師】
【2981 / 桐嶋・秋良 / 女性 / 21歳 / 占い師】
【4634 / 天城・凰華 / 女性 / 20歳 / 退魔・魔術師】
【6157 / 秋月・律花 / 女性 / 21歳 / 大学生】
【6458 / 樋口・真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生/見習い魔女】
【6540 / 山代・克己 / 男性 / 19歳 / 大学生】
【7030 / 高山・隆一 / 男性 / 21歳 / ギタリスト・雑居ビルのオーナー】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
界鏡現象〜異界〜ノベル【廃病院リポート:U】に参加頂き、有難う御座います。
思いのほか新規さんが多くて驚きました。
次で最後ゆえ、宜しければお付き合い下さいませ。

ノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さい。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。