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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワンダフル・ライフ〜立派な魔女になるために








 その部屋には出入り口となるような扉はなかった。どころか、日光を取り入れるための窓すら無い。
それでも不思議と圧迫感は感じさせない。どこからかほのかに暖かい光が部屋を満たしているからか、
それとも部屋のあちこちに可愛らしいぬいぐるみが転がっているせいか。
 その部屋の主は、部屋の中央でペタンと座り、物思いにふけっていた。時折、憂いに満ちたため息を漏らす。
主は年端もいかない少女の姿をしていた。ゆるくウェーブがかかった漆黒の髪は床まで届き、物憂げに半分ほど閉じた瞳は黒と銀のオッドアイである。
彼女はまたひとつため息を漏らしたあと、ぽつりと呟いた。
「…このままではいけないと思うのです」
 少女はまぶたを閉じ、頭の中に思い描いた。暫く前までは考えられなかった自分という個の自由、生まれた縁、育まれた絆。外の世界には数え切れないほどの人がいて、彼らは皆、悩み、考え、生きている。それを彼女は彼女として知ることができた。…ならばどうする?
 彼女という個は、今自分の中にある欲求が芽生えたのを知っている。それは決して無視できるものではなく、また、丁寧にじっくり育てなければいけない類のものだった。
「…小夜…」
 彼女はもう一人の自分の名を呼んだ。すぐ傍に控えているそれは、呼びかけにすぐに反応した。
「わたしは、がんばります」
 …この望みをかなえるために。







                   ★








「…いちにんまえになりたい?」
 私は思わず素っ頓狂な声を出した。
 私にそんな声を出させた当の本人は、頬を赤くして一生懸命こくこくと頷いている。その姿は非常にいじらしいものだったが、だからといって即刻『ええ分かったわ、私に任せて頂戴!』なんて言えない。
 それは何故か? 理由は簡単。まだ私には、彼女の意図がまったく掴めていないからだ。何せこの小柄な少女は、うちの店に(珍しく)何かしらの決意に満ちた様子で乗り込んできたかと思いきや、開口一番先ほどの台詞を放ったからだ。
 これじゃいくら私が早とちりしやすい性格っていったって、何の読みも出来ないわよ。
「…夜闇ちゃん、改めて聞いてもいい?」
「は、はい」
 少女、夜闇はこくこくっと頷いた。彼女はうちの店、雑貨屋”ワールズエンド”の常連だ。知らない仲というわけでもない。だから私は、彼女が何の考えもなしにこういうことを言う子じゃないって知ってはいるけれど、同時にちょっとした勘違いと思い込みで周囲を戸惑わせる子でもあるってことも知っている。つまりは、天然娘ちゃんってコト。
 なので私は、彼女を落ち着かせながらゆっくり尋ねてみた。
「一人前ってどういう意味? うちの店に来てくれたのと関係があるのかしら」
「あ、あるのです…。わ、わたしはいちにんまえにならなきゃなのです」
 夜闇はしどろもどろになりながら、顔を赤くしてそう言った。
 ふむ。”一人前”ってのが何のそれを指すのか良く分からないけれど、多分それになる手伝いを私たちに頼みに来たってところかしら。うん、私にしてはなかなか鋭い読みよね。
 ということは、だ。
「…じゃあ、ちょっと待ってね。リネアも今家にいるの。呼んでくるわ」
「えっ? は、はい」
 私がそう言うと、夜闇は驚いて顔を上げた。
「あの子がいたほうが話しやすいでしょう?」
 にっこり笑ってそう言うと、頬を高揚させて微かに頷く彼女。なんだかんだいって子供は子供同士、あの子がいたほうが夜闇ちゃんも多分リラックスできるはず。それにあの子は私よりも聞き上手だし。



 ということで、二階で勉強していたリネアをつれてきて、久しぶりのご対面をさせた私。リネアは顔一面に喜びを表し、夜闇ははにかんだ笑みを見せた。
「でっ? 今日は夜闇ちゃん、どうしたの?」
「あ、あのっ…お願いがあるのです」
 うん? とリネアは首を傾げる。私は何となく察しがついているので、うんと頷いて夜闇の言葉の続きを促した。
「あの…わたしは、小夜がいないと、なにもできない子なのです」
 その言葉に合わせて、ぴょこんと夜闇そっくりの姿をした人形が彼女の傍から顔を出した。夜闇の言葉にある”小夜”とは、この彼女そっくりの人形のことだ。
 夜闇の言葉に、リネアは目を丸くして首を横に振った。
「そんなことないよっ! 夜闇ちゃん、いつも頑張ってるじゃない。うちの店のトラブルも片付けてもらったことあるし、母さんの相手もしてもらってるし!」
「……ちょっとそれ、どういう意味…」
「だからそんな負い目に感じることないんだよ! もしかして誰かがそんなこと言ったの? もしかしてリース姉さん? 酷い!」
 誰に似たのか持ち前の正義感を発揮させ、今この場にはいないリースに向けて怒りの炎をたぎらせるリネア。でも多分それは冤罪だ。そして私のツッコミは見事にスルーされている。ふふ…母親なんて…。
「ちっ、ちがうのです! わたしがじぶんで考えたことなのです」
「…えっ、そうなの?」
 夜闇のあわてたフォローに、リネアはパッと正気に返った。
「…そうです。わたしは小夜にたよってばっかりで、その…もっとしっかりしなきゃいけないのです」
 と、夜闇は来店したときの決意を再度瞳に宿らせる。
 なるほどね。人形の力じゃなくって、自分自身の力が欲しいってわけか。
「ふぅん。でも便利な相棒だから良いと思うんだけどねぇ。だって能力は使ってこそでしょう? 勿体無いわよ」
「…母さん、それって身も蓋もないよ…」
 あら、つい本音が。
 リネアに冷たい目で睨まれ、さっと口元を隠す私。
「まあ、母さんの意見はともかくとして。小夜ちゃんに頼るのって悪いことじゃないと思うよ。親友なんだもん」
「で、でも…」
 リネアの言葉にも、夜闇は納得できない様子でしゅん、と肩を落とした。ううーむ、闇の少女夜闇ちゃん、その内情はなかなか複雑のよーだ。
「よっし、分かった」
 私はぱぁん、と自分の太ももを叩いた。その音にハッと子供二人がこちらを見上げる。
 私はニッと笑って言った。
「ともかく、うちは人生相談所じゃないもの。”お願い”があってやってきたんなら、それを叶えるのがお仕事よ。というわけで、夜闇ちゃんを一人前にするべく尽力しちゃうわ」
「ほ、ほんとうですかっ?」
 夜闇は目をぱちくりさせた。私は勿論、と頷き、
「ええ、任せて頂戴。…といっても、闇の子供を一人前にする方法なんて知らないから、そのあたりをまず調べなきゃなんだけどね。…というか闇の子が一人前になったら闇になるのかしら…?」
「バッカじゃないの? わざわざうちに来たんだから、”闇になる方法”なんて求めてるわけないでしょーが」
 そのとき、明らかに私を馬鹿にしたようなツッコミが店の中に響いた。こんな失礼な言い方をするのはうちの店でも一人しかいない。
「リース! あんた、いつの間に帰ってたの?」
「ついさっきよ。なんか面白そうな話が聞こえたんでね」
 にやりと笑いながら私たちの間にずいっと割り込む彼女。赤毛でグラマーで顔立ちも割りと派手なほう、と私と正反対の彼女は、その口から発する言葉も至極ストレートなので、純真な夜闇に何を言い出すかと私はハラハラしたのだけど、続く彼女の言葉を聞いて私は思わず驚いてしまった。
「あたしたちに手伝ってほしいことってそうじゃないでしょう? 魔女になりたいんじゃないの、夜闇ちゃん?」
「っ!?」
 ちょっと待ってよ、それってどういう意味? 夜闇ちゃんは魔女じゃないでしょう?
「なーにも分かってないわね、ルーリィ。この子は一人前になりたくて、うちの店に来たんでしょう? 魔女が二人もいるこの店に」
 そう、何を隠そううちの店は普通の雑貨屋じゃない。魔女(つまり私)が営み、魔法の道具を売りにしている。…でも、だからって。
 ちらりと夜闇を見ると、驚いたことに夜闇はあまり動じていなかった。それどころか照れ照れと人差し指を合わせ、頬を赤くしている。…まさか図星なの?
「あ、あの…。わたしは、いちにんまえってどういうことかよくわからないのです。だから、ルーリィさんやリースさんみたいな魔女になれば、いちにんまえになれるのかな、って…」
「ああ…。でも、私やリースみたいな魔女って世間一般から見ても結構ズレてるのよ。私も最近気がついたんだけど…」
「うちの村の宗派自体がマイナーだしねー」
 笑い事じゃないんだけど、けらけらとリースが笑う。
「それに、魔女っつっても一人は0.8人前ぐらいなのよ? それでもいいの?」
「れーてん…はち?」
 きょとん、と首を傾げる夜闇の傍らで、私はキッとリースを睨みつけていた。
(ちょっと、それ誰のこと!?)
(あーら、誰とは言わないわよ、誰とは)
 言ってるのも同然じゃない! 一応魔女昇格試験は合格してるんだからね、私は。…一応。
「あの…わたしは、ルーリィさんやリースさんは…すごい魔女さんだと思ってますです。わたしも、自分のちからがほしいのです…!」
 ふいに夜闇が搾り出したような声で言い、私とリースは思わず顔を見合わせた。
 おとなしい彼女が、こんなに力強く訴えるなんて珍しい。…これは、茶化してる場合じゃないわね。
「…分かったわ、夜闇ちゃん。あなたの心意気に免じて、うちの村の魔法を教えてあげる」
「ホントは村の人間以外に伝授しちゃダメなんだけどね。オフレコってことで」
「あ、ありがとうございますですっ!」
 夜闇は顔を上げ、ぱぁっと笑顔を浮かべた。
 正直言って、私たち二人はまだまだ若い。弟子を取るなんておこがましいぐらい。でもちゃんとした試験を受けるんじゃないんだし、夜闇ちゃんの自信をつけるぐらいは…許されるわよね?
「あ、あの…その」
 さてどうしようか、と腕組みをする私たち二人に、おずおずと夜闇が口を開いた。首をかしげていると、夜闇はちらりとリネアを見て、
「リネアさんも…良かったら一緒に…どうですか? あのっ、おともだちと一緒のほうが楽しいかと思ってっ」
「えーっ、わたしも良いの!? ほんとに!?」
「リネアさんが…良いなら、です」
「うん、全然良いよ! ねえいいでしょ、母さん?」
 リネアは思いがけない夜闇の提案に嬉しそうに飛び跳ねた。こうなるともう駄目だとはいえないわね。
「仕方ないわね。二人ともまじめに勉強するのよ?」
「うん!」
「は、はい」
 それぞれ頷いてから、にこーっと顔を見合わせている。うん、なかなか微笑ましい。
「さーて、じゃあまずは基本的な勉強からね。さ、二階で詳しくやりましょうか」
 リースがそういって、お子様二人を先導する。だがニヤりと笑い、一言付け加えるのも忘れない。
「でもね、夜闇ちゃん。こう見えてもリネアは結構前から魔法の勉強してるのよね〜。追いつくのが大変かもよ?」
「ええっ! せ、せんぱいさんなのですか…」
 思わず笑顔が引きつってしまった夜闇であった。












「さて、まずは魔法の基礎知識からよ」
 場所を二階のリネアの部屋に移し、いざ開始…と思ったのだけれど。
「…何よ、その格好」
「いいじゃない、こういうものは雰囲気から入らなきゃ」
 おほほ、と高笑いをする先生役のリースは、何故かタイトなミニスカートに胸元までボタンの開けたシャツ、というどこぞの(派手な)女教師風である。…まあ、教師役なことには変わりないんだけどね…。
 だけどビシッと決めてみたって、相手はまだまだ幼い女の子二人。女教師風リースをよそに、他愛ないおしゃべりに夢中だ。
「はわ…よく考えたら、まほーのお勉強ってはじめてなのです」
「へぇ。小夜ちゃんはそういうの教えてくれないの?」
「小夜はあまりまほーのこと知らないのです…」
「はいはい、おしゃべりはこの辺にして。ちょっとリースさん、本気になるわよ?」
「はぁーい」
 日ごろからリースになんだかんだと教えられているリネアは、慣れた様子で軽い返事を返す。だが夜闇はその勢いにびくっと震える。
「あー…じゃあ、私はお茶でも…」
 今のところ出番なし、と悟った私は、そそくさと一階に降りようとするけれど。
「………!」
 夜闇ちゃんからの訴えるような視線を感じ、苦笑を浮かべつつ部屋の隅でおとなしくしておくことにした。あのすがるような子リスの目つき…あれに勝てる人がいたらお目にかかりたいわよ。









 ”本気”宣言をしたリース先生の授業は、なるほど至極まともなものだった。ちょっと意外である。
「…で。魔法っていうと実技ばっかりなイメージがあるけど、そうじゃないのよね。実際は魔力の流れを掴むために人体の仕組みも知らなきゃいけないし、薬を作るためには勿論各種薬草の知識も必要だし。それに魔法っていっても世界にはたくさんの宗派があるわけだから、自分が何に属するのか、その宗派の成り立ちも知っておく必要があるわね。宗派によってその術体系も大きく違うから、本当に自分に適したものを……って、夜闇ちゃん大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ…なのです」
 リースがぺらぺらと喋る合間に、夜闇の頭からぷしゅん、と煙があがったのを私は見逃さなかった。…夜闇ちゃん、こういう机上の学問は苦手と見た。実践派なのかしら。
「しんどかったら言ってね。それでうちの宗派だけど、さっきも言ったとおり滅茶苦茶マイナーなのよね。イギリスの片田舎の森にひっそりと村を構えて、そこにしか存在しないの。ある意味レアな存在なわけね、うちの宗派の魔女ってのは」
 …リース、余計なことはいいわよ。
「で、うちの宗派ってのは、大昔に三人の魔女が作ったのが起源とされてるわ。名前はアンクル、コーシア、カルカツィア。うちの村に伝わる古い呪文にも使われているわね。ちなみに呪文っていうのは言霊。それは大きな術を使うときにしか使わないわ。基本は自分の内と外の魔力をリンクさせることで成り立たせているから、うちの村の魔法は」
 その後もリースは、二人の反応を見つつ、主にうちの村の魔法と魔女について、基本的なところを語った。
 術体系は大きく5つに分けられること。飛行術、変化術、作成術、召喚術、造薬術。その5つすべてを極めた魔女は存在せず、基本的に村のすべての魔女はいずれかの術の使い手として分類されてること。
 そして、うちの村の魔女昇格試験について。初級、5、4、3、2、1級、特級とレベルが分かれていること。初級の前は見習いで、これに合格しないと、うちの村では一人前として認められないことー…。
「ちなみに、そこのルーリィ大先生はね」
 と、ふいにリースは隅っこにいた私に視線を向けた。その顔はにんまりと笑んでいる。彼女がそういう顔をするときは、大抵嫌味が入っていることを、幼馴染である私は熟知している。
「ついこの間、やーっと初級にあがったところなのよ。だから初級持ちとはいえ、まだまだ見習いと初級をいったりきたりしてるのよね。あんたたちのが潜在魔力が強いんだから、あっという間に追い越しちゃうかもよ?」
「あー…だから0.8人前なんだ」
 ちょっとリネア、妙に納得しないでよ。
 とはいえ、まともに反論できるネタもないので、口を尖らせるしかない私なのであった。
「あの、じゃあリースさんは何級なのですか?」
 おずおず、と夜闇がそう尋ねた。リースはここぞとばかりに胸を張り、
「あたし? 一応3級持ちなんだけどねぇ、おほほ…」
「3…ということは、初級、5、4、3…すごいです、ルーリィさんより3つもうえなんですか」
「おほほ、まあそーいうことになるかしらねぇ?」
 くっ…。純粋にすごいすごいと感激している夜闇ちゃんは置いといて、鼻高々なリースが憎たらしい。その鼻、いつか折ってやりたいわよ、もう!
「ま、一応基礎的にはそんなところかしらね。じゃあ、ちょっと休憩しましょうか」
 そういってリースは少女二人の傍から離れ、私のところまでやってくる。ポン、と私の肩を叩き、”どんまい★”と言っているリースの顔を、私は叩いてやりたくなった。何がドンマイよっ!









                   ★








 そんなルーリィたちから離れて、仲良しの少女たちはというと。
「…はぅ…まじょさんもいろいろなのです。おぼえるのがたいへんです…」
 きゅう、と机に伏している夜闇の背を撫で、リネアは苦笑を浮かべながら言った。
「あはは…でもあれは、母さんたちの村にいてたら、自然に覚えることなんだって。だからホントは魔法を使うのにはあまり関係ないんだよ。結局は自分の魔力をどう扱うかって話だから…」
「はう…でも魔女さんになるには、試験をごうかくしないといけないのです」
「ああ…まあ、それは…そうだねえ。でも魔女昇格試験は筆記とかじゃないんだよ。母さんは実技だっていってたし」
「…そうなのですか?」
 夜闇は顔を上げ、目をぱちくりさせた。
 リネアは苦笑しつつ頭を掻きながら、
「うん、母さんのいうことだから、ほんとかどうかは分からないけど。でも、魔法もともかくだけど、その人の人格自体が問われる試験だっていってたよ」
「じ、じんかく…」
 夜闇は実のところ、リネアの言っていることの半分ぐらいしか理解できなかったのだが、それでも何やら難しく、大変なことなのではないか、ということは分かった。そんな大変なことを自分が達成できるのか、と顔を青くしていると、リネアがフォローのつもりか慌てて続ける。
「あっ、でも、あくまで試験だからね!? 夜闇ちゃんが絶対受けなきゃいけないってことないし。それに、前にリース姉さんの変化術はちょっと教えてもらったんでしょう?」
「は、はい…。おうまさんになったのです」
「だから大丈夫だよ、きっとほかの魔法も使えるよ。夜闇ちゃん、才能あるって!」
「は、はうう…」
 リネアに力説されても、夜闇は自分の才能とやらに自信が持てなかった。だからこそ、”一人前”になりたいと思って、この店のドアを叩いたのだ。
「……リネアさんは…」
「うん?」
「その、試験は…うけるのですか?」
「わたし? うーん…多分、いつかは受けるんじゃないかなあ。やっぱり、わたしも母さんみたいな魔女になりたいもん」
 えへへ、とはにかみつつもそう答えるリネアを見て、夜闇は「そうですか…」と呟くと、うつむくように床に視線を落とした。
「…夜闇ちゃん?」
 気遣うようにリネアが声をかけるが、夜闇は気づかない。
(…いちにんまえ…。わたしは、いったい、なにに…?)










                  ★








 リース”大先生”の授業が終わると、夜闇は幾分沈んだ顔をしていた。
(…やっぱり難しかったのかしら…?)
(そうよ、だって途中で頭から煙ふいてたもの)
 これはきっと脳のキャパシティを超えたからに違いない、と判断した私たちは、先ほどとは趣向を変えて、実践向けの授業を始めた。つまり、簡単な魔法の実技である。
 ここで時間をかけると日が暮れてしまうので、もっと簡単に。たとえば変化術の使い手であるリースは、体の一部分だけを変化させる魔法を夜闇ちゃんにかけてみせた。頭のてっぺんからウサギの耳がぴょこんと生えた夜闇ちゃんは非常に可愛らしく、私は思わずカメラを取りに自室に走るところだった。
 私のほうは、これまた簡単な作成術。リネアの色鉛筆を一本失敬して、自動書記の魔法をかけた。あらかじめ絵柄をイメージさせて術に組み込むことで、自分の手を使わなくてもいくらでも同じ絵を描くことができるのだ。夜闇もチャレンジしてみたけれど、魔法をかけることはできても、きちんとした絵柄を描き出すことはできなかった。しょぼん、としてしまった夜闇に、”魔法をかけられるだけでもすごい”といった私の言葉は本心である。だって私は、小さいころは簡単な魔法だってすぐには出来なかったものね。

 そして、一通り終わったあと。










「どうだった? 夜闇ちゃん」
 暖かい紅茶を出して、私はそう夜闇に問いかけた。夜闇はどこか考えるところがあるのか、すこしぼんやりしていたけれど、私の言葉でハッと我に返った。
「あ、はい…たのしかったのです」
「それは良かった。”一人前”の自信、ついた?」
「………」
 夜闇はそれには答えない。…まあ、一日やそこらでは難しいわよねえ…。
 私とリース、リネアが少し困ったように顔を見合わせていると、そこに夜闇の少し硬い言葉が届いた。
「…あの。また…おべんきょうしにきてもいいですか?」
 その言葉に、私たちは一瞬目を丸くした。
「え、ええ! 勿論よ。魔法の勉強を続けてもらえるなら、私たちも嬉しいし」
「…ありがとうございますです」
 夜闇はそういって、ぺこりと頭を下げた。


 …結局彼女が本当は何を考えていたのかー…それは誰にも分からなかった。











 そして、夜闇が去ったあと。
「…どーすんのよ。あの子が正式にうちの村の魔女になりたい、とか言い出したら? 簡単な魔法程度なら許されるけど、そこまでいくとちゃんと村のお偉い様方に了承貰わないと、後々問題になるわよ」
「……そうかしら。ホントに、うちの村の魔女になりたいのかしら?」
「だって、見たでしょ? リネアも言ってたけど、試験の話をしたあとから沈みがちになったって。難しく考えちゃったんじゃない?」
「………そうかなぁ…」

 私はぶつぶつ呟いていたので、リースから「もっとちゃんと考えなさいよっ」と叱られてしまった。
 …だけど、私にはそれ以外何も言えなかった。
だって、夜闇ちゃん自身が何を望んでいるか、それを察することが出来なかったから。


 夜闇ちゃんの描いている未来…一体それは、どんな形をしていたのかしら。









     おわり。





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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【5655|伊吹・夜闇|女性|467歳|闇の子】


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▼ ライター通信
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お久しぶりです、そして多大なご迷惑おかけして申し訳ありませんでした!
お手元に無事届くことを祈って…!

今回は「導入編」ということで、続くのか続かないのか微妙な終わり方にしてみました。
そしてびっみょーーにシリアスも入っておりますが、楽しんでもらえると非常に嬉しいです…!
また機会があったら、夜闇ちゃん成長ストーリーと題して、続きのようなものも書いてみたいなあと思いました。(笑)
頑張れ夜闇ちゃんっ。

それでは、またお会いできることを祈って。