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<東京怪談・PCゲームノベル>


謎屋敷〜迷路から脱出せよ〜

 竜矢の電話での連絡に、反応してくれたのは数名の人々だった。
 とりわけ強く反応したのは、長い黒髪に漆黒の瞳を持つ凛々しい女性――黒冥月【ヘイ・ミンユェ】。
「それは依頼か? 報酬は何だ」
『は? それは――』
 竜矢が言い切る前に、
「そういえば以前私が紫鶴のキスを云々と言っていたな、それにしよう。私が最初に見つけたら奪うからそのつもりで」
『ちょ、待っ……』
 ぶっ。つーつー
「いい気味だ」
 冥月はふふんと鼻を鳴らし、早速紫鶴の屋敷へと向かった。

 一番最初に紫鶴邸にたどり着いていたのは、五降臨時雨【ごこうりん・しぐれ】だった。
 長い灼熱色の髪に、同じく赤い色の瞳――だが、どことなくぼんやりして見える青年だ。
「屋敷が……迷路になった……?」
 やたらスローテンポでしゃべりながら、時雨は屋敷をしげしげと見つめる。
「別に変なところ……なさそうだけど……」
 一応、と屋敷の外側を調べてみることした。
 大きな屋敷である。外側を一周するだけでも時間がかかる。
 その間に、1人の少女が紫鶴邸を訪れた。

『天薙撫子【あまなぎ・なでしこ】さんはご在宅ですか』
「いえ、外出中でございます」
 如月竜矢という名の人物から電話を受け取ったのは、撫子と仲のよい榊船亜真知【さかきぶね・あまち】という少女だった。
 つややかな黒い髪に、光る金の瞳。
 撫子との仲は、彼女の携帯電話を預かっている時点で推して知るべしというところか。
『外出中ですか……困ったな』
「あの……お急ぎですか? 何の御用でしょう? 代わりにお聞きしますが」
『実は』
 竜矢は自分の主の家が迷路に変わっているらしいことを亜真知に伝える。
 亜真知は、それは大変と口に手を当てて、
「あの、差し出がましいとは思いますが、わたくしもお屋敷にうかがってもよろしいですか?」
 わたくしは撫子様の従妹の榊船亜真知と申します――と名乗りながら。
「撫子様はこの携帯の留守番電話で後からいらっしゃるとは思いますが、わたくしも少しながらお力になれるのではないかと思っています」
『そうですか。天薙さんのご関係者でいらっしゃるなら』
 竜矢はほっとしたように、ぜひ屋敷をお願いします――と言った、ついでに。
『……申し訳ないのですが、他に黒冥月さんという方にもお願いしておりまして』
「はい。たくさん人手が必要ですものね」
『――彼女より先に姫を見つけてください。お願いします』
「???」
『頼みます。お願いします。あの人は本気でやりかねない。うちの姫の貞操を護らなくては』
「???????」
 亜真知ははてなマークを散らしながら、竜矢の懇願を聞いていた。

 そんなわけで、時雨の次にたどりついたのは亜真知だったのだ。
「まあ……撫子様に聞いてはおりましたが、とても大きなお屋敷」
 両手を唇に当てて少し驚く。
 すると後ろから、
「なんだ。お前も参戦か?」
 と声が飛んできた。
 亜真知がゆっくり振り向くと、そこには黒い髪、黒い瞳の黒尽くめ――冥月が立っていた。
「あ、あなたも今回依頼された方ですか? わたくしは榊船亜真知と申します。よろしくお願いします」
「……黒冥月。にしても、この屋敷の初心者にまで頼むとはなあ」
 何考えてるんだ竜矢のやつは、と冥月はぶつぶつ言う。
「いえ、わたくしは天薙撫子様の代わりにとりあえず様子をうかがいに参っただけですので」
「天薙……ああ」
 撫子は冥月とも面識がある。軽くうなずいて、
「まあ、お前も来たからには手伝って行く気があるんだろう?」
「ええ」
「よし。ちょっと私の案に乗れ」
 その時、
「広いなあ……この屋敷……」
 ぼんやりと言いながら、屋敷を一周してきた時雨が戻ってきた。

 撫子が外出から戻ってきた時、亜真知に預けたはずの携帯電話は丁寧に机に置かれていた。留守番電話が入っているのを不審に思って再生すると、それは竜矢からの連絡だった。
「まあ……急いで行かなくてはなりませんね」
 撫子は服装を整え、足早に紫鶴邸に向かった。

 冥月はまず屋敷の玄関を開けた。
 すると、玄関でなくてはいけないそこは、なぜかどこかの書斎だった。
「……迷路というのはこういうことか」
 入らないよう注意しながら、屋敷内に存在する人数を感知する。
 ややあって、冥月は顔をしかめた。
「空間がねじれているせいか……感知できん」
「魔力を感じます。魔力的な感知なら成功するかと」
 亜真知が手に持っていた星杖をかざしながら目を閉じる。
「――10人。10人中にいる気配がします」
「10人か」
 冥月は少し悔しい思いをしながらも、冷静さを失わないようにした。
「ここにはメイドが7人と……紫鶴と、今はノワールがいる。後の1人は……」
「術者ではないかと」
「キミ、すごいね〜」
 時雨がのんきに拍手をした。
 その頃になって、ようやく撫子が紫鶴邸にたどり着いた。
「亜真知様、遅くなってごめんなさい――ああ、冥月様もいらしていたのですね。……あの、そちらの方は?」
 そう言えば、と冥月や亜真知の視線も時雨に集まる。
「………? ボクの顔に何かついてる……?」
 顔は美形なのにどこかズレている時雨は、両手で顔をぐにぐにした。
「お前の名前を聞いているんだ」
 冥月は自分より歳上と見える青年にも、遠慮なく言う。
「ああ……ボクは時雨……時雨でいいよ……」
「時雨様ですか。よろしくお願いいたします」
 撫子が笑顔で丁寧に礼をした。
 亜真知が続こうとした時、
「あーもう、挨拶してる場合じゃないな」
 自分が聞いておきながら放り出した冥月は、さて、と気を取り直した。屋敷を仰ぎ見て、
「……空間がねじれているからな……下手に影で移動させたり影に引込んだりははしない方がいいな」
「冥月様は影を操られるのでしたね」
 撫子が微笑む。そうなのですか、と亜真知が目をぱちくりさせる。
「まずは空間のねじれ方を把握して、同時にねじれ方を一定にすべきだな」
「わたくしたちは屋敷の外から探りたいと存じます、冥月様」
 亜真知とうなずきあいながら、撫子は冥月に言う。
「……お前は?」
 冥月は時雨を見た。
「ボクは……中に入るつもり……だったけど……?」
「じゃあお前の分だけでいいな」
 冥月は縄状の影を1本作り出した。
「屋敷内ではこれを持っていけ。これでひとつの次元だ。魔術如きでは切れん。これで追跡できるし私が構造を把握できる」
「………?」
 時雨は渡された黒い縄をきょとんと見つめた。
「それと開けた扉は閉じぬよう破壊して進め。それで繋がる部屋は安定するはずだ」
「………? 分かった……」
 本当に分かっているのか心配な時雨の返事だったが、冥月はとりあえず信用することにした。
「よし、私たちは屋敷内に行くぞ。……お前たちは大丈夫だな?」
「心配には及びません、冥月様」
 撫子と亜真知はにっこりと微笑んだ。

     ● ● ● ● ●

「どうしましょう、撫子姉様?」
「少し待って下さいね、今『龍晶眼』を……」
 すう、と息を吸いながら目を閉じる。
 そして、目をかっと開けた。
 『龍晶眼』――
 すべてを見通す眼。
「内部に10人……今、時雨様と冥月様が入られた。紫鶴様とノワール様がいらっしゃる場所は分かりますわ」
「さすが姉様。……術者の居場所は?」
「ええ。あの……場所、は……」
 撫子は和服の袖で、恥ずかしそうに口元を隠し、
「……お化粧直しの場所、ですわね」
「まあ」
 亜真知はくすくすと笑う。
「わたくしはノワール様を先に探そうと思いますわ。亜真知様はどうなされますか?」
「わたくしは」
 亜真知は星杖をくるんと回し、屋敷にかざした。
「『空間固定』!」
 かちん、と氷が固まるような音がした。
「……先ほど中に行かれたお二方には申し訳ございませんが、これで空間のねじれはなくなるはずです。それと」
 うふふ、といたずらっぽく撫子に微笑みかけて、
「術者もその場から動けなくしました」
「もう、亜真知様ったら」
 撫子はくすっと笑い、
「ではわたくしは中に入り、ノワール様の救出に向かいます」
「では……わたくしは……」
 亜真知は竜矢の懇願を思い出した。
 ――どうか冥月さんよりは早く姫を救い出してくれ――
「……紫鶴様、という方の所へ転移しようかと思います」
 よく考えたら、紫鶴様のお顔を知らない――などと思いながら。

     ● ● ● ● ●

 屋敷の中に入った時雨は、書斎の先に骨董品展示室があるのを見てきょとんとした。
 鎧がある。美術品展にはよくある実物大の品である。
「わあ……今にも動きそうだなあ……」
 時雨が感嘆した瞬間、
 鎧の、空洞の目がきらりと光って、
「あれ……?」
 反射的に避けた――鎧が振り下ろした剣から。
「わあ……動くんだ……この鎧」
 言ってる傍から鎧は今度は横薙ぎに剣を振るう。明らかに時雨抹殺を狙っていた。
 時雨が無視して次の部屋に行こうとしても追いかけてきたので、
「……壊していいのかな?」
 金剛石をも断つ刀『妖長刀』を軽く鎧に向かって薙いだ。
 ――鎧が呆気なく両断されて、崩れ落ちる。
「あー……やっぱり大切な物壊しちゃった気分……」
 時雨はぽりぽりと額をかいて困った顔をしてから、
「あ……そう言えば……ドアは壊せとか何とか……言ってたっけ?……言ってなかったっけ?」
 首をかしげかしげ、まず自分が入ってきた方のドアを刀で破壊する。
 そして、のんびりと壊したドアに背を向け、
「ボクは、あっちに行こう」
 のろのろと時雨は、今壊したドアとは違うドアを開ける――代わりに刀で破壊した。

 進めば進むほど意味不明な造りの家となっていることが分かるにも関わらず、時雨は何を気にする様子もなく、とにかくドアを破壊・飛びかかってくるベッドやら、ランプやら、本棚やらを斬り飛ばし。
「紫鶴……どこかな」
 当初の目的はとりあえず忘れずに、この屋敷の主の姿を探していた。

「まったく……何をやっているんだあの男」
 縄の気配から時雨の動きをつぶさにとらえ、呆れ返りながらも冥月は時雨とは違う道を行き、時雨に負けず劣らず乱暴な――豪快な――罠破壊行為を行っていた。
 爆発物を見れば解除するではなく影に沈め、影の内部で破壊。影の中でなら爆発されても痛くもかゆくもない。
 動く人形を見れば指先で喉元をずどっと指し、一発撃沈⇒影に沈めねじり破壊。
 大男が待ち構えていれば、高く跳躍してかかと落とし、一発撃沈⇒影に沈没。
 客室にウルフがみっしりつまっていた時は、まとめて影へ沈没させ――影の中で……ああもう言えない。
 もちろん通ったすべてのドアはすべて蹴りで破壊していた。

 それでも時雨と共に屋敷内をくまなく歩けば、やがて行き着くところは限られてくる。
「紫鶴! 紫鶴ー!」
 冥月は、無駄かもしれないなと思いながらも呼びながら進む。
 と、

 ―――

 何かの呼び声が聞こえた気がして、はっと冥月はその方向のドアを破壊した。
 紫鶴がいた。
 ……かくかくと口だけ動く、腹話術用人形の紫鶴が。
「………」
 冥月はひくひくと頬を引きつらせた。馬鹿にされた。しかもそれに騙された。自分が許せないああ許せない。
 思いっきり紫鶴人形をねじりきった。
 そして、
「紫鶴ーー! 本物が呼ばないと許さんぞーーー!」
 とやけになって叫んだのだった。

「こんなに壊してて……いいのかな……?」
 時雨は相変わらず、飛びかかってくる野獣やらポルターガイストと化した家具やらを斬り払いながら、今更なことをつぶやいた。
「紫鶴が助かるならいいんだけど……」
「助かりますわ」
 後ろから声が聞こえた。
 振り向くと、困ったように笑みを見せる撫子がいた。
「こちらの先へ行くと、ノワール様の居場所です。……紫鶴様の所へ参られますか?」
 亜真知による空間固定と、時雨による破壊行為と、『龍晶眼』で罠すべてを見切ってきたために無傷の撫子は、「紫鶴様はあちらです」と冥月が行った方向を指した。
「ノワール……? 誰、それ」
「……やっぱり、紫鶴様の方にいかれた方がよろしいですわね」
 撫子は微苦笑して、あちらへどうぞ、と促した。
 時雨は後ろ髪をかきかき、撫子の言う通りに元の道へ戻り始めた。
 撫子は時雨が突破しようとしていた次のドアを見すえる。
 『眼』で見透かして。
「罠……ドアを開けた瞬間に、部屋が爆発……」
 どうしましょう、と少し思案し、
「……破壊行為は行いたくなかったのですが……」
 仕方ない。撫子はドアから離れ、妖斬鋼糸をしゅるっとドアのノブに引っかけた。
 そして――鋼糸を引っ張り、ドアを開く。

 ずぅうううぅん

 部屋が木っ端微塵に破壊された。
 撫子は、無残な姿になった客室を見つめて、ふうと息をついた。
「……紫鶴様に、謝らなくてはなりませんね……」
 和服の裾が汚れないよう持ち上げながら、ぼろぼろの客室を渡る。
 『眼』は、この先の部屋にノワールがいると告げていた。
 かちゃり……
 ドアを開けると、ふっと振り向いた金髪の少女――

 相変わらずの無表情、けれどどこかほっとしたような雰囲気があり。
 いつも髪に挿している黒薔薇が美しく揺れた。

 床に座っていたノワールは撫子の姿をじっと見た。
「あなた……撫子さん」
「ええノワール様。助けに参りました」
「紫鶴は……?」
「他の者が行っているはずですわ」
 そう、と一言言って、ノワールは立ち上がる。
「もう、動いてもいいのかしら」
「大丈夫と思いますよ。でも念のため、わたくしの傍から離れないでくださいね」
「……紫鶴の所へ行きたい」
「そうですね」
 撫子は微笑んで、ノワールの手を取った。
 ノワールは一瞬振り払おうとして――考え直したかのように、撫子の手を握り返した。


「次はどこの部屋につながっている……!?」
 冥月は険悪な表情で次のドアをにらみつけた。
 ここまでしらみつぶしに部屋を破壊していても見つからないとは何たることだ。随分ひねくれた術者だと冥月は心底憎く思う。
 途中メイドたちに出会ったが、次々破壊されていく部屋に卒倒していた。
 そんなことは知らない。とにかく紫鶴を――
 冥月の勘が発動する。
「ここか!」
 ドアを蹴破った。
 いつもより、硬い感触がした。けれど勢いは何物にも勝るもので。
 そこは台所だった。
「やだーやだー来るなー!」
 紫鶴の声がする。ばたばたと逃げ回っている。
「紫鶴……」
 冥月はほっと安堵のため息をつき、「何から逃げている?」
 とちらっと見やると。

 それは台所の敵。ゴのつくゴーさん。

 冥月はそれを影で沈め殺した。
「あ……っ。冥月殿……」
「紫鶴。ほらおいで」
 両手を広げてにこっと微笑みかけると、
 そんな2人の間にひゅっと新しい気配が飛び込んできた。
 長い黒髪に金色の瞳――亜真知だ。
「あなたが紫鶴様でしょうか? お助けに参りました」
 亜真知は紫鶴の元へ真っ先にたどり着いた。
 冥月がわなわなと震えた。
「ま――待て! 紫鶴を見つけたのは私が先だ!」
「そんなことおっしゃられましても……撫子姉様が紫鶴様の居場所を最初から特定していらっしゃったし……」
「く……っ。これじゃ竜矢にひと泡吹かせてやれない……っ」
 初対面の亜真知を不思議そうに見つめていた紫鶴は、ふと視線をそらし――
 さっと青ざめた。
「ひ、ひいいいいい」
 え? と冥月と亜真知が振り返る。
 ゴーさんが10匹ほど、かさかさと辺りをめぐっていた。
「何だこれは。これも術者の嫌がらせか?」
 亜真知は袖で口元を隠し、名前を口にするのもはばかられるその生き物を見て眉をひそめた。
「そうでしょうね。――レディに失礼な事をする輩には3倍返しのお仕置きです」
 冥月が影に沈める前に、10匹のゴーさんは消えた。
「……何をしたんだ?」
 冥月が尋ねる。「転送しました」と亜真知は何でもないことのように答える。
「どこに?」
「術者の元に。3倍返しで」
「……まさか術者のところには30匹いるとか言う気じゃ……」
「そうですよ」
「あうっ」
 想像してしまったのか、紫鶴が失神した。
「あっ。紫鶴様、お気を確かに……!」
「ほらみろ、お前が余計なことをするから……!」
「3倍返しは基本です!」
 亜真知と冥月が不毛な言い争いを始めた頃。
「あ、紫鶴見つけた……。でも気を失ってる……? 何かあったの……」
 時雨が台所にたどり着いた。
「こいつが紫鶴の苦手なゴキブリを――!」
「きゃあっ。そんな、そんな名前を口になさるなんてそれでもレディですか!?」
「ゴキブリ……」
 時雨はぼんやりと足元を見て、
「……ここに、まだいるよ……」
「んなっ!?」
 冥月が仰天する。「何て陰湿な術者なんだ!」
「ええと……5匹くらい?」
「まあ! また3倍返しで転送しなくては!」
「これ」
 時雨はどこから取り出したのか、ゴキブリ殺虫剤(8畳用数個)を取り出した。
「これで殲滅したらどうかな……」
「いいやまた転送で」
「3倍返しで転送しますわ」
「よいしょっと」
 マイペースな時雨は自分だけどこからか取り出したマスクを装着し、殺虫剤を噴射した。
「おいこら、私たちもいるんだぞ……!」
「吸ったら死んでしまいます……って聞こえてるんですか!?」
「いなくなったら紫鶴も気がつくよね、きっと」
「お前アホかーーー!?」
 慌てて冥月は自分と紫鶴を抱えた亜真知を影に沈めた。
 何だか果てしなく疲れた気がする。
 殺虫剤噴射が終了するまで、冥月たちは影の中で体を休めることにした。

 台所に続くドアの前で、撫子は立ち止まった。
「………? どうしたの」
 ノワールが見上げてくる。
「今……入ってはなりません」
 『眼』ははっきりと、台所の様子を見透かしている。
 ノワールは大人しく従った。ふと今いる部屋を見渡して、
「それにしても……ほとんどの部屋が大破壊になっている気がした。損害……誰が面倒看るの」
「………」
 撫子は懸命にも、明言を避けた。
 ――30分ほど経って、ようやく撫子は台所につながるドアを開けた。
「……あ、こんにちは」
 マスクをはずした時雨がひらひらと手を振っている。彼はしゃがみこんで、何かを見つめていたようだ。
 ゴキブリ殺虫剤。と、
 ノワールが眉をしかめる。
 できたてほやほやのゴーさんの……魂の抜けた殻。
 そこにぱっと冥月たちが影から出てきて、
「まったく、えらい目に遭った!」
 憤然としながら、冥月はゴーさんを影に沈めた。もう生きていなくても、紫鶴が見たら卒倒だろう。
「紫鶴……」
 亜真知の腕に抱かれている、気絶したままの紫鶴を見て、ノワールがつぶやく。
「まあ。紫鶴様、どうなされたのかしら?」
「ゴキブリ30匹を想像して失神した」
「ゴキブリ30匹……」
 ノワールが意味もなくその言葉を繰り返す。
「レディのたしなみです」
 亜真知は強調する。
 撫子が間を取り繕うように、
「さあ、最後に術者を取り押さえましょう」
 と、もう大丈夫だからとノワールの手を放しながら、面々に言った。

 術者の位置は、もう分かっている――
 撫子が一直線に向かう。
「私も行く」
 と冥月がついてくる。
 紫鶴の『1番』を取れなかった分、癪なので術者をどうにかしたかったのだ。
「逃げようと……していますわね。ですが亜真知様の術で外に出られずにいる」
 空間固定。その時同時に術者も固定されたはずだ。
「魔術は専門外だがな。そいつに物理攻撃は効きそうか?」
「――人間のようです」
「よし」
 冥月は満足そうににやりと笑った。

 術者がいるのは『お化粧直しの部屋』――すなわち、トイレ。
「よし、行くぞ!」
「あ、待っ――」
 撫子が止めようとするのも聞かず、冥月が例によってドアを蹴破ると、
 ざかざかざかざかっ
 30匹のゴーさんが襲いかかってきた。
「きゃっ……」
 撫子が思わず妖斬鋼糸を鞭のように使い、ぱしんぱしんとゴーさんを叩き潰していく。
 冥月がうんざりとした顔をして、
「……紫鶴が失神するのも無理はない」
 つぶやきながら、ゴーさんすべてを影に沈めた。
 トイレの中から、う〜んう〜んと泣きそうにうめく声が聞こえる。
「じゅ、術者ですわ」
「何をうめいてるんだ」
「それは……今のものに襲われていたからではないでしょうか」
 それもそうだと冥月は思った。

 トイレの中で腰をぬかしてうめいていた男は、撫子の妖斬鋼糸によって捕らえられ、冥月によってこってり叩きのめされた後、残りのメンバーの元へとかつがれていった。
 屋敷内はほとんど破壊されていたので、とりあえず外に出ることにした。
 すでに抵抗する力もない男を、
「レディの敵です!」
 とぺしぺしぺしぺしと亜真知が星杖で背中を叩き、
「紫鶴……気絶させたんだっけ……」
 微妙に違うことを言いながら、いつの間にか動物を引き連れた時雨は、
「動物……ごー」
 妙な号令をかけ、動物たちを術者にけしかける。
 ノワールがてくてくと近づいていくと、頭に挿していた黒薔薇を抜き取り、
 さくっ
 とその先端で男の太ももを刺した。
「〜〜〜〜〜〜〜っ」
 言いようもない痛みが走ったらしい、男がもんどりをうつ。
「……もう、この薔薇使えない」
 ノワールは抑揚なくつぶやいた。
 最後に、目を覚ました紫鶴――
 充分痛めつけられたとしか見えない男を見下ろして、こほんと咳払いをすると、
「何が目的だ?」
 ゴーさんから逃げ惑っていた少女とは思えない威厳で男をにらみつける。
 男は答えなかった。
 ノワールがもう一度黒薔薇を男の太ももに刺した。
「〜〜〜〜〜っ命令されたから、だっ!」
「誰にだ」
 紫鶴は腕を組む。……恨まれる筋ならありすぎるほどあるのだけれど。
「ほ、本家……」
 息も絶え絶えに男は言う。
 冥月が肩をすくめ、撫子が口元を袖で隠す。亜真知はまだ事情をよく知らないのできょとんとしていた――時雨は多少知っているはずだが、忘れているに違いない。
 紫鶴は瞑目した。
 ――また、本家との戦いか。
 悲しい思いが彼女の心に走る。
 戦いではなく、協調することができればどんなにいいだろう。いずれ――葛織家の当主になる自分。
 なのに疎まれている自分。
「……撫子殿」
 紫鶴は瞼を上げた。
「解放……してやってくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ」
 撫子は妖斬鋼糸を解いた。
「出て行け」
 紫鶴は男に言いつけた。「二度と、この屋敷の敷地内に入ってくるな」
 男は何度も起き上がろうとして失敗し、撫子の手によってようやく起き上がると、撫子の手を振り払って命からがら逃げ出した。
「もっと痛めつけてもよかったと思うがな」
 冥月が紫鶴の髪をくしゃりと乱す。「……甘いぞ。そんなことで本家とやりあっていけるか?」
「私は私なりのやり方で」
 紫鶴は目を伏せた。「……やろうと思う」
 本当は心が震えて仕方なかったけれど。
 ふと見下ろした足元に、時雨についてきた動物がじゃれついてきていて、紫鶴は微笑んだ。
「紫鶴様」
 撫子が優しい笑みと一緒に言った。「お疲れ様……とねぎらいのお茶会を開きましょう」
「お茶会? いや、しかし今準備が――」
「ちゃんと用意してまいりましたから」
 撫子は庭の木の陰に置いてあった、バスケットに入った茶器セットなどを持ってきた。
 庭のあずまやで、撫子の淹れた日本茶によるお茶会。
 そこで亜真知が改めて紫鶴に自己紹介し、
「僭越ながら、わたくしもお友達に含めて頂いてもよろしいですか?」
 紫鶴とノワールを見比べながら言った。
 紫鶴はにっこりと笑った。
「もちろんだ!」
 そして、「亜真知殿――」と身を乗り出し、
「僭越ながら、なんて言葉使わなくていいんだ。お友達になってくださいだけで、通じるらしいぞ」
 自分の経験から来る言葉でえっへんと胸を張る。
「……それは紫鶴だから」
 ノワールがお茶をすすりながらぽつりとつぶやいた。
「ん? ノワール殿、何かおっしゃったか?」
「……何も」
「そう言えば黒薔薇すまなかった、代わりはあるのか――?」
「相変わらず素敵な黒薔薇でしたね」
 撫子が微笑み、亜真知がノワールの事情を聞きたがり、会話は続いていく。
 1人ぼんやり女性陣の話を聞いていた時雨は、時々茶菓子を自分の足元に群がっている動物に砕いて放っていた。

 ……のどかな時間だった。

 やがて、ノワールと冥月、撫子と亜真知、時雨が帰って行く。
 寂しい思いが残った紫鶴は眠れないまま屋敷の玄関の前に座っていた。
 やがて夜半過ぎ――
「姫……! ご無事でしたか!」
 その声に、紫鶴はぱあっと顔を輝かせて立ち上がる。
「竜矢……!」
 思い切り抱きついた。世話役は「遅くなって申し訳ございません」と謝ってきた。
 紫鶴は首を振る。
「助けに来て下さった皆を呼んでくれたのはお前だろう。……ありがとう、ノワール殿も無事だ」
「そうですか」
 竜矢は安堵の息をつき、「こんな時間まで外で何をしてらっしゃるんですか。少し冷えるでしょうに――」
 紫鶴が自分から離れてから、玄関を開ける。
 そして――ぎょっとした。
「こ――これは」
 玄関から続く大破壊。
 竜矢は引きつった。
「誰が……弁償するんですか、これ」
「私の手落ちだ。うちで直すしかないだろう」
「……そうなるんですね」
 家計を担っている竜矢はがっくりと肩を落とした。

 その後、冥月から『紫鶴のキスを奪えなかった。お前のせいだ。報酬出せ』と無茶な連絡も入り、出費がかさんだりもした。
 泣く泣く屋敷の再建を目指す竜矢に、
「今度は小さめの屋敷を造ろう」
 紫鶴は言った。
「小さい方がいい。小さくて……でもお友達は呼んで遊べるくらいでちょうどいい……無駄な部屋はいらない」
「姫……」
「そうだろう?」
 紫鶴は微笑んだ。
 本家がそれを許すかどうかと竜矢は思ったが――
 彼にとって、姫は絶対。
「分かりました」
 青年は笑みで返した。
 それからは2人新しい家の相談で、寝るのも忘れて設計図とにらめっこ。
 それは楽しい時間で、紫鶴にとって幸せな時間でも、あった。

 優しくて強い友人たちが作ってくれた時間。
 ありがとう、と心の中で囁きながら……


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0328/天薙・撫子/女/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【1564/五降臨・時雨/男/25歳/殺し屋(?)】
【1593/榊船・亜真知/女/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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黒冥月様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
冥月さんのほろびネタはまだ健在ですwでも今回は残念賞!となってしまいました。
たまにはうまくいかないこともあるってことで(ぇ
今回もゲームノベルにご参加くださり、ありがとうございました。
よろしければまたお会いできますよう……