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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ 不夜城奇談〜要因〜 ■

 もう間もなく残暑も過ぎようというその日、矢鏡慶一郎は帰宅途中の街中で背後の異様な気配に気付いた。
 普通の人間のそれではなく。
 かと言って、血肉に飢えた人外の獣とも思い難い。
 慶一郎が歩調を速めれば速め、緩めればやはり緩めてくる。
 背後を振り返らなくとも察せられるのは、二足歩行の生物に尾行されているという事と、相手がこういう行為には不慣れらしいという事。
(こうもあからさまだと、…少し尾行のいろはを教えてあげたくなりますね)
 ついでに相手の目的や正体を探れば、楽しめもするし一石二鳥と口元に弧が描かれる。
 こうして、慶一郎は帰宅の予定を変更し、何気なくを装いながら街中へと足を向けるのだった。


 ■

 いつから尾行されていたのかは定かでない。
 気付けばそれは後ろを歩いており、慶一郎の背に刺すような視線を寄越してきた。
(最近は誰かに恨まれるようなことをした覚えは…、さて…)
 ないとは言い切れないのが痛いところか。
 とは言え、例えば背後の何者かが自分の命を狙っていたとして、現在はまだくれてやるわけにはいかない。
(この歩調は男か…背は高そうだな…)
 アスファルトになって久しく、随分と荒れた表面の道を選んで歩く。
 一歩を踏み出し、次の一歩が出るまでの感覚。
 地面に足の擦れる音などを聞き分けながら、まだ見ぬその姿を脳内に生成していった。
(革靴…、荷物は無さそうだが…財布も持っていない…)
 財布は使わずに衣服のポケットにそのまま入れていると言うのなら尚のこと、小銭の音がしないのは不自然だし、その音をさせないよう気遣うくらいならば、これほど下手な尾行はしない。
 一銭も持たずに東京を歩くのは、あまりに無謀だ。
(電車に乗ると、どう尾いてくるのか…)
 多少の好奇心は否定しない。
 慶一郎は駅へ向かい、――電車内で苦笑を漏らす。
 敵は頭上、車体の上に乗って来たのだ。
(それで騒がれる事が無いのは人目につかない存在だから、ですか)
 中にはそういう術を使う人間も居るだろうが、尾行の幼稚さ、隠さない敵意なども合わせて考えれば、人外と見てほぼ間違いないだろう。
 故意的に気付かせているという可能性もあるが、それにしては意味も無く東京を歩き回る慶一郎の動きに素直に従い過ぎる。
(私に敵意を抱く、知能指数は低めの人外の存在…)
 胸中に得た情報を復唱し、記憶から思い当たる顔を捜してみるが、見当もつかない。
 これはいよいよ姿を拝見させてもらうべきと判断し電車を降りると、その足で人で溢れる場所を目指した。
 後方の敵意はついてくる。
 決して慶一郎を見逃すまいと言うように。
(…さて、この辺りでいいか)
 一体これだけの人々が何処から集まってくるのか不思議に思えるほど、人間で混雑する場所で一呼吸。
 その一瞬後に慶一郎は全ての気配を絶った。
 呼吸や足音、瞬き、身動ぎ、心音の一つまでも自制する。
 特別な術など使用しなくとも訓練次第で存在を消す事は可能だ。
 大群の中に在れば尚のこと、一度途切れた気配を探るとなれば容易ではない。
 案の定、敵は焦りを見せた。
(…あれか)
 しばらくの後、相手の居るフロアから少々高い位置に移動していた慶一郎は眼下で狼狽する男の姿に目を細めた。
 姿かたちは人間。
 だが、その背に負うものは靄状の黒い物体。
(ああ…)
 慶一郎は納得した。
 尾行に気付いても気配を読み切れなかったわけだ。
 小さく笑い、素早く胸元の携帯電話を取り出す。
 再び歩き始めながら気配を戻し、相手にその存在を気付かせて。
「――こんにちは、私です」
 返る声。
 それは数日前に知り合った青年。
『お電話を下さったということは…』
「ええ。いま光さんのお友達に追われていまして」
 背後の気配を確かめながら告げれば、相手――緑光(みどり・ひかる)はわずかな沈黙の後で、いま何処に居るのかと聞いてくる。
 慶一郎はそれに答える一方、冗談のように軽口を叩く。
「このままでは私の少女のような清い心が壊れてしまいそうなんですが…」
 苦笑交じりの内容は、しかしそれだけ慶一郎にまだ余裕があるということ。
 相手もそれを察したようで笑い返してくる。
「何とかなりませんかね?」
『今すぐに向かいます』
 返す、直後に第三者の声。
 人気の無い場所に誘き出せるかと問われて、慶一郎の返答は当然“応”である。


 ■

 自分を尾行すると言うのなら、せめて人気のない場所に向かっている相手に少しくらいの警戒心を持って欲しいと、慶一郎は内心に息を吐いた。
 それすらも無いのではかえって興醒めだ。
(正体は気になるのでもう少しお付き合いさせて貰いますが…)
 驚くほど素直についてくる敵に対して再び息を吐き、日の傾きを確認する。
 電話からそろそろ三十分。
 もういいだろう。
 頃合良く目的の廃工場に着き、門扉に軽く触れてから中へ進む。
 壁沿いに歩き、角へ。
 次いで敷地内を斜めに横切った。
(さすがに足を止めたようですね)
 これだけあからさまに奇妙な行動を取って、それでも付いて来られたのでは、今から自分がしようとしている事が可哀相に思えてしまっただろう。
 門扉から角二つを取って工場の隅に立ち止まる。
 同時に近付くのは狩人の気配。
 慶一郎は鉄製の階段を上がって二階に。
 …尾行者がゆっくりと中に入ってくる。
 上階の窓に二つの人影。
「白鴉さん」
 最初に届いたのは光の声。
「…あんたが、コイツの携帯を持っていった軍人か」
「では君が光さんのご主人ですな?」
 漆黒の髪に、日本人に一般的な黒かと思いきや透き通るような錯覚を抱かせる瞳を持つ、狩人の主。
「影見河夕だ」
 名乗る彼に「よろしく」と手を差し出す。
 求めた握手に応じた、正にその時。
 階下の気配が動いた――。
「うわあああっ!!」
 突如の悲鳴。
「なんだ?」
 二人の狩人は驚いた顔で階下を見下ろし、慶一郎は微笑う。
「前回と違って、今日の追跡者は肉体をお持ちのようだったので少々悪戯を」
「悪戯?」
「趣味なんですよ、ワイヤーが」
 そう嘯く指先には円状に括られたワイヤーが挟まれ、階下の男は、遠目には空気に縛られてもがいている様に見えた。
 しかし、狩人の登場に興味を引かれ、罠に足を踏み入れた追跡者は慶一郎が仕掛けたワイヤートラップに見事はまり、三方から締め付けられているのだ。
 その苦しさ、痛みは尋常ではないだろう。
「あまり暴れない方が賢明ですよ。逃れようとすればするほど絞まりますからね」
「…っ」
「幼稚な尾行に、単純な動作。君なら引っ掛かってくれると思いましたよ」
 面倒かつ巧妙な罠で無くとも、今のように。
 あえてそれを言わずに微笑む慶一郎に、光は「お見事です」と笑い、一方で河夕が隠れるようにして表情を変えたのだが、幸か不幸は、それは誰の目にも触れなかった。


 ■

「さて…何から聞きましょうか」
 ワイヤーに囚われ、騒ぐのは止めても相当痛むのだろう、苦痛に顔を歪める敵に向かって口を切るのは光だ。
「…おまえが背負っている魔物も今までのそれじゃないな…、連中を変化させたのはおまえか」
 河夕が固い口調で問えば、相手の顔付きが変わった。
「ぁ…おまえ…おまえやっぱり…っ…嗅ぎ慣れない匂いがついていたから追っていたが…やはりおまえ達が十二宮様の計画を邪魔している連中だな…っ」
「じゅうにみや…?」
「はっ…」
 狩人対魔物の話ではなく、何やら不穏な計画の一端を聞かされた気がした慶一郎がその名を口にすると、男は慌てて口元を噤む。
 その仕草に男達は確信する。
 やはりこの魔物は単純かつ低知能だと。
「“じゅうにみや”とは何者ですか。素直に答えてくれませんかね」
「だっ…黙れ! この世を魔で満たそうとする愚か者共がっ」
「はい?」
 信じ難い言葉を聞いて思わず問い返せば、男はワイヤーの痛みに耐えるのも限界なのか、自棄になったかのごとく口を割る。
「おまえ達のせいで、十二宮様の計画は一からやり直しになったんだ! あの方はおまえ達が潰した黒い靄達を使って、この東京から悪しき者を消し去ろうとなさっているのに! それをおまえ達が邪魔したんだ! 十二宮様こそが正義だぞ!」
「ちょっと待ってください」
 光が制する。
 河夕は息を吐く。
 慶一郎は、とりあえずここは話を聞いてみようと黙する事に決めた。
「魔物を利用して東京から悪しき者を消し去るとはどういう意味ですか。闇の魔物が負の感情に敏感なのは事実です。けれど本性が魔である以上、人間世界を脅かすものに変わりはありません」
「っ、ふんっ、おまえ達もいつか必ず思い知る! あの黒い靄の特性を知りながら正義気取りの愚かな人間共…っ…この魔都を救うのは十二宮様をおいて他にはない!」
「魔物の特性ですって?」
「あれの負の感情に対する敏感さは異常だ」
 それ固体では何の力も持たない黒い靄。
 だが負の感情を持つ人間に憑き、それを糧とした時、靄は魔物として計り知れない力を得る。
「あれを巧く利用すればこの魔都の…いや…っ…世界の負の感情が一掃されるんだ!」
 男は断言する。
 その力強さには一片の迷いも無い。
「十二宮様こそが世界をお救いになるんだ!!」
「なっ」
「……っ」
 刹那、男の体が膨張を始めた。
 膨らみ、肥大し、その肉にワイヤーを食い込ませ、その内に肌を傷つけ血を流すかと思いきや、毀れるのは黒い靄。
 闇の魔物。
「…!!」
 そうして暴発。
「…………っ!!」
 強大な風に煽られて、慶一郎も、狩人達も、腕で顔を覆い、その場に踏み止まるのが精一杯だった。
 時には引きちぎられたワイヤーが彼らの腕や足に傷をつけ、流れようとする血液すら風に押されて肌を横断する。
「…なにが…っ」
 ようやく風が弱まってきたのを確認して目を開けた。
 その視界に。

 ――…君達が魔物の宿敵か……

 靄が人を象り、口をきく。
「…っ…貴方が“じゅうにみや”ですか…?」
 問い掛けに口元が弧を描き、瞳とは思えない瞳が慶一郎を見遣った。

 ――……なるほど、軍人さんも…国も…君達の味方というわけか……

 それきり質問には答えることなく、声は意味深な言葉を残して消え行く。

 ――…もう間もなく…皆さんを楽しいショーに御招待しますよ………
 ――…それはそれは楽しい…人間ショーに……
 ――…人間の感情とは…脆くも遊び甲斐のある玩具ですからね……

 その意味深な言葉と、真っ二つに割れた小さく黒い球体を、地面に残して。


 ■

「…どうやら白鴉さんは、僕達と接触があったために連中に尾行されてしまったようですね…」
 申し訳無さそうに呟く光に、慶一郎は首を振った。
「お気になさらず。どうやらそのおかげで良くない計画が実行されつつあると判ったんですから」
 言い、敵が残し、地面に転がる二つに割れた黒い球体を指先で突いてみる。
 特に急激な温度差があるわけでも、何かが飛び出してくるというわけでもないのを確かめて手に取った。
 まるでビー玉のような欠片。
 それは完全な空だった。
「…これは私の方でお預かりしても? いろいろと調べてみたいのですが」
「ああ…、だが片方は貰い受けたい。一族の方でも調べたいからな」
 そうして河夕と慶一郎、二人の手にそれぞれ手渡された謎の物体。
「十二宮とは何者なんでしょうね…」
 光が呟くことに、三人は難しい顔を見合わせた。
 敵はもう間もなく楽しいショーに招待すると言い残した。
 …それが真に楽しめるはずのないものであることは誰もが直感している。
 しかしどんなに考えても答えを出すには情報が不足し過ぎており、いつしか河夕が呆れ気味の息を吐く。
「…とりあえず何か食わないか。…迷惑でなければ、あんたも」
「私ですか?」
「そうですね。今回のお詫びも兼ねて、如何ですか」
「聞きたい話も、互いにいろいろとあるだろう」
 それは尤もであり、慶一郎は誘いを受けることにした。
「何かご希望はありますか?」
 光に問われてしばし考える。
「そうですね…、牛丼特盛、おしんこ付きで」
「はい?」
 意外そうに聞き返してくる光に、慶一郎は微笑う。
「いえ、ちょっと給料日前でしてね」
 本気なのか、冗談なのか。
 いつしか笑いが広がる。

 陽の沈んだ空は西から赤く染まり始め、それはまるで、これから起きる何かを予感させるかのごとく。
 だが少なくとも彼らは、それを恐れ異変が起きるのをただ待つつもりはない。
 得た手掛かりを機に敵の正体を見極めること。
 そこに躊躇いなど何一つ無いのだから――……。




 ―了―

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【登場人物】
・整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・6739 / 矢鏡慶一郎様 / 男性 / 38歳 / 防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉 /

【ライター通信】
「要因」へのご参加、ありがとうございます。
またお逢い出来てとても嬉しく思っています。今回で河夕とも対面して頂きましたが如何でしたでしょうか。お気に召して頂けることを願っております。
リテイク等ありましたら何なりとお申し立て下さい。

それでは再びお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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