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東京崩壊レシピ
探偵、草間 武彦(くさま たけひこ)は、報酬代わりに手に入れた不思議な針の力で義妹、草間 零(くさま・れい)の力を暴走させてしまう。手に負えなくなった武彦は、この道のスペシャリストに声をかける所から話は始まる。
○
武彦は廃工場へ来ていた。腕の立ちそうな連中片っぱしから声をかけていったのだが、相手が零だと聞くと大体が話を終える前に電話を切っていった。
「っくそ、腰抜け達め」
悪態をついて車のボンネットを叩くと、工場の敷地全体に響いた。そんな中、砂利を踏みしめる音が微かに聞こえた。
―零!?
武彦は慌てて音の方へ振り向く。そこには見覚えのある優男がぽつりと立っていた。
「時雨か! ちょうど良かった!」
二メートルは雄に超えているだろう、五降臨・時雨(ごこうりん・しぐれ)は薄い反応を返す。
「どうしたの……草間」
「零が―」
武彦は身振り手振り、必死になって状況を説明しているが時雨の反応は鈍い。
「真面目に聞いてくれよ、時雨! お前だけが頼りなんだ」
いやいやと首を横に振る時雨。
「何でだ! 俺とお前の―」
「また……タダ働き。それは……いや」
髪をくしゃっと崩すと、武彦は何度も頷いた。
「わぁ〜った、わぁ〜った! 今手持ちは無いが、すきやき! な! これが無事解決したら時雨と零と俺、三人でスキヤキ好きなだけ食べにいこう!」
「仕事の……斡旋も」
両手をあげて、オーケーオーケーと了解する武彦。
「それにしても、電話つながらなかったのによくここが分かったな」
首をかしげる時雨。
「だから、どうやってここに来たんだって」
時雨は地面を指さして。
「ここ……ボクの家」
「いや、ここ工場って……もしかして、お前ホームレス―」
もう一度地面に指を差す時雨。
「ボクの……家」
「ああ、その通りだ。自分の家は守らないとな」
武彦はこれだけ天然入っているにも関わらず、戦闘に関しては天才の域を超えている目の前の青年に全幅の信頼を寄せていた。さっきまで慌てふためいていた武彦が冗談半分の会話を交わす。五降臨 時雨は、不思議な魅力も持ち合わせた青年だった。
「兄さん」
振り返って確認するまでもない。今度こそ零だった。零の全身から発散した霧状の霊気が武彦たちを囲う。
「まぁ、待てよ。時間はまだ―」
零が人差し指で小粒の霊気を弾き飛ばす。武彦の掲げた腕時計に命中。
「兄さん、時間です」
神業に等しいコントロールで、時計の長針を約束の時間まで移動させていた。
「準備は、よろしいですか?」
「準備? 何を言って―」
武彦の言葉を遮るように、時雨が一歩前へ進んでいた。背中に携えた七尺もの刀を軽々と先の零に突き出す。
「待て!」
武彦は時雨の腕を掴んだ。時雨は強く握りしめられた手を軽く叩いた。
「心配……しないで。周辺のビル、二……三個だけ」
それが心配だと、握る強さで言葉が返ってくる。時雨は微笑む。
「ボクも……零を傷つけたくない」
時雨の透き通った声が、武彦の理性を呼び戻す。
「頼んだ」
時雨が前を向いた時には、目と鼻の先に零が拳を振りかぶっていた。時雨は妖長刀でいなすと、そんな攻撃ではやられないと鼻で笑った。妖長刀からは、どす黒い炎が噴き出ている。距離をとった武彦ですら痛みの伴う熱さを感じるのに、時雨はなんとも無いのか。
「どこから見ても不思議な奴だ」
武彦は時雨に握り拳を突き出した。
途端、黒炎と青白い霊気が拮抗。周辺の建物を衝撃波で吹き飛ばしていく。数瞬前までいたはずの二人は、眼にも止まらぬ速度で移動と衝突を繰り返していた。
「なかなか……やるね」
時雨は背中に携えてあった刀を取り出し、二刀流を展開。更に斬激速度を高め零を追い詰めていく。
「流石の零も、本気を出した時雨には敵わないか」
武彦の呟きを聞いた時雨、戦闘を中断して武彦の元へ。
「二人とも……本気じゃない」
「馬鹿! 隙を見せるな」
武彦の視界には、零が超高速で迫り来る。
時雨は、車から取ってきたぬいぐるみを武彦に渡すと胸倉を掴んで零に突き出した。
「大好きな……人形……お兄ちゃん。巻き込みたく……ないよね」
微動だにしない零。時雨が上空を見つめると、零は霊気を足から噴射して上空へと飛びあがった。
「今から……本気」
続いて跳躍する時雨。すぐさま衝撃波が武彦を襲った。
距離は既に何キロも離れているのだろう。しかし、プレッシャーは先の比ではない。
時雨は分かっていたのだ。零は人形より何より、武彦の被害を考えて力を抑えていたことを。
「馬鹿だなぁ、俺は。ったく。迷惑ばかりかけちまって」
武彦はポケットから携帯電話を取り出し。
「ああ、大将? 俺だ。すまねぇ、ツケでちょっと大食らい連れていきたいんだが。ああ、ああ、そうだ。すまねぇ」
電話を切ると武彦は上空を見上げた。
「頼んだ。時雨」
上空は遠慮なしの死闘を繰り広げていた。零に比べ、若干時雨の息が荒く見える。
「しょうがない……な」
時雨は刀を背中に収めると、全身の力を抜いた。口は何か呟いている。零は本能で危険を嗅ぎ取り、阻止せんと攻撃するが時雨に実体が無いかのごとく空を切る。
生半可な攻撃が通じないと知るや否や、零は全身の霊気を右手に凝縮し始めた。
「殺すつもりで……来るといい」
時雨の全身は静脈血の様な黒い炎で包まれている。
「いえ、散って頂きます」
それでいいと零の言葉に笑みをこぼした。
「来い」
「行きます」
二人の声が静かに被さると。雌雄は交錯した一瞬でついた。
○
「迷惑かけたな」
零をおぶった武彦。血化粧で力を解放した時雨に全力を使い切って気を失っていた。
「報酬……」
「かぁ〜! やだやだ、こっちは心から礼を言っているというのに、どうしてそうがめついのかねぇ!」
少しふくれる時雨。
「分かってるよ。今日は俺の奢りでスキヤキ食い放題だ」
「兄さん、本当?」
武彦の背中に密着して、嬉しそうに話す零。時雨と目を合わすとばつが悪そうに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「零は悪くない……。全部は甲斐性の無さ……原因」
時雨の視線に耐えきれず舌打ちする武彦。
「へいへい、これから頑張りますよ。ま、一件落着ということで三人でうまい肉つつこう」
「またツケなんでしょう」
「これから頑張る……言っている」
零は時雨をしばらく見つめてから、しょうがないなと鼻で息をついた。
「時雨さん。こんな兄妹ですけど、これからもよろしくお願いします」
「依頼料と斡旋……次第」
零が、『もう』と怒る素振りを見せると三者三様に笑って予約しているスキヤキへと繰り出していった。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【一五六四 / 五降臨・時雨 / 男性 / 二十五 / 殺し屋(?)】
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■ ライター通信 ■
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初めまして! 吉崎です。今回受注ありがとうございました。
時雨に関しては、プレイングとプロフィールを読めば読むほど優しさを感じるキャラクターで今回の話に相成りました。
時雨は天然入っているのかもしれませんが、知性と度胸を優しさで包んだキャラとしてとても親しみを感じます。自分の頭の中で時雨が跳び回る様子を少しでも表現できれば嬉しいです。
またお会いできることを!
では、また!
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