コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


夏の宿題、しませんか?

【序】つまり、泥縄なんですけどね

 全国的な猛暑である。
 当然ながらここ井の頭公園も例に漏れず、弁天や蛇之助を含めた暑がりな住人たちの気力体力を根こそぎ奪ってしまっていた。
 やれ花火大会だの浴衣でオールナイト盆踊りだの全異界対抗屋台合戦だの海辺で合コンだの某異界ホテルで執事喫茶だの、企画だけなら山のようにあったのだが、弁天が、暑いのじゃ〜、やる気が出ないのじゃ〜、などと言っているうちに時は過ぎ、既に今日は8月の終わりも終わり、31日である。
「ええい、今日も今日とて暑くてかなわぬわ! これ、カベ! 離れるでない。わらわが許す、もそっと近うよれ! ……ほぉぉ〜冷やっこくて良い感じじゃ」
「弁天さまぁ。カスパールさんをひとりじめしないでくださいよ。平等に涼を取れるよう、端に寄ってください」
「ええい、蛇之助こそ、少しは遠慮せぬか!」
「こら、ポチ。おまえまで来るんじゃない、占有面積が減る」
「フモ夫団長。普段はあまりカスパールをかまわないくせに何ですかこんなときだけ」
「あのぅ、皆さん……。私自身がものすごく暑苦しいので、そろそろ解放していただけませんか……」
 カベこと、騎士カスパール・ベルンシュタインは『クアーゼトロニコム』という謎の幻獣である。それはいったい何ぞやと問われると長くなるので詳細な説明は省き、その幻獣形態だけを言えば、雪を固めた塗り壁、というのが一番近い。
 なまじ人間形態時が冷ややかな美貌の青年であるだけに、壁の真ん中にくっついてる目だけが美形というさまは、なかなか微笑ましい。そして毎年のことながら、彼は夏場のみ、もてもてになるのだった。
「それより弁天さま。今日はアトラス編集部の原稿の締切じゃないんですか? 破ってしまうと、ライター『B』としてのお仕事が来なくなっちゃいますよ」
「それはわかっておるのじゃが……。こうも暑くては。ほれ、真面目な仕事ぶりに定評のある『D』でさえ、夏バテでわらわと同じありさまではないか」
「……面目次第もございません」
 弁財天宮のカウンターに、真っ白の原稿用紙を置いたまま、デュークはハンカチで額を押さえる。
 さすがにカベに張りつく真似はしていないものの、この暑さにかなり参っている様子だった。
「締切3日前の提出がモットーだったのですが、どうも筆が進まず」
「そうじゃ!」
 カベにくっついたまま、弁天は叫ぶ。
「いっそ、同じような境遇のものたちを集めてみてはどうじゃ? 皆で知恵を出し合えば、乗り切れるかも知れぬ!」

【破】飴も鞭も愛も冷房も

 と、いうわけで。
 夏のイベント代わりとするにはあまりにあまりな【夏の宿題に行き詰まった迷える子羊大集合! やれば出来る子、成せば成る。みんなで使おう飴と鞭】てな趣旨の企画が急遽勃発した。
 弁財天宮地下1階のイベント対応用フロアには、長机とパソコンがずら〜っと並べられ、なぜか巨大な黒板と教壇が設置され、気分を盛り上げるため、大量の朝顔の鉢までが持ち込まれた。
 ともあれ、総出の招集をかけられた『への27番』と『ろの13番』の住人たちは、会場設営が終わっても呑気にぐったりしている暇はなく、今度は広報用のチラシ配りに奔走させられた。
 その甲斐あって、なんとか三々五々、有志というか、犠牲者というか、好きこのんで巻き込まれてくれた奇特な面々が集まったのだった。
「……で、何で俺たちはここにいるかな?」
「夏の宿題とは無縁なはずだが」
「そうですわ。どうしてわたくしが受付をしなければなりませんの?」
 スタッフ組も犠牲者なのは同様だった。動員されてしまったのは、井之頭本舗で客としてお茶を飲んでいたはずの田辺聖人と糸永大騎、アルバイト中だったアンジェラ・テラーの3名であった。
 アンジェラは、階段付近に設けられた『悩める子羊受付カウンター』の担当を任され、聖人と大騎はといえば、『本日の助っ人待機コーナー』と銘打たれた、パイプ椅子に座らされたのである。
 不本意そうだったアンジェラだが、しかし、最初の来訪者が現れるなり、条件反射的に笑みが漏れた。
「まあ、いらっしゃいませ。可愛らしいお嬢さん」
 それは3歳くらいの、何とも愛くるしい女の子だったのである。ツインテールにした銀の髪に、淡いピンクのリボンがよく似合う。うさぎのぬいぐるみ型リュック(あとで本人に聞いたところによれば、これは『うさうさ』というお気に入りらしい)を背負ってとことこ歩くさまは、大きいお兄さん悩殺必至であろう。
 青い瞳を見張り、少女はアンジェラを見上げる。
「おねーちゃ、べんてんさま?」
「よく間違われますけど、違うんですのよ。わたくしはアンジェラ・テラー。いつもは、東区三番倉庫街にいますの」
「そうこがい……?」
「ああ、小さなお嬢さんは、決して近づいてはいけないところですわ。ロリコンのDr.……いえ、なんでもありません」
「ろりこん?」
「これこれ。幼子に危険人物の情報を教えるでない。……弁天はわらわじゃが、どうしたのかえ?」
「べんてんさまー? はい、パパからおてまみー」
 少女は小さな手を伸ばし、美しい封筒を差し出した。
 見れば、とある知己からのメッセージである。
『この子は桜霞という。詳しいことは今度会ったときに話すとして、店で騒いで煩いから、そっちに遊びにやる。適当に菓子でも与えて構ってやってくれ』
「……ほほう」
「あとね、これ、みなさんでどうぞって」
 桜霞はうさうさリュックから包みを取りだした。手作りの焼き菓子の、香ばしい匂いが漂う。
「ふむ、事情はわかった。幼子にとっては、コミュニケーションも宿題と言えようて。桜霞や、誰と遊びたいかえ? 好きに選んで良いぞ?」
「んと、もふもふの、げんじゅーさんがいーの!」
「幻獣はそれこそ動物園が作れるくらいにおるが、しかし夏場にもふもふは暑苦しいぞ?」
 汗を拭きながら弁天は言ったが、桜霞はきょとんとしている。
「おーか、あついとかさむいとか、よくわからない。いま、あついの? すずしくする?」
 桜霞がそう言ったとたん、地下1階の室温がひんやりと下がった。
「おお、これは快適じゃ。これ、フモ夫、ポチ、リルリル。何をしておる。幻獣のすがたで、桜霞のお相手をせぬか! 客人ゆえ、粗相のないようにな――っと、その焼き菓子は、わらわが預かろう」

「かべのひとー! そとあついー!」
 純白のドレスを翻し、だだだだっと階段を駆け下りてきた少女がいた。カスパールを見つけるなり、だきゅっ! と抱きつく。
 こちらも外見年齢3歳、かの雪の女王の娘、クレメンタイン・ノースである。
 他の連中に抱きつかれても鬱陶しいだけなカスパールも、相手がクレメンタインならば大歓迎というものだ。
「これはこれはクレメンタイン姫。お久しゅうございます。姫も何か、宿題を持ってらっしゃるのですか?」
「えっとー、なつばてのかいしょうと、かべのひとにだきつくのがしゅくだいなの。このなつにやりのこしたことなの」
「なんと!」
 憧れの姫ぎみからの熱烈なアプローチに、カスパールの頬(というか両目の下あたりの部分)が、ほんのり紅くなる。と。じんわり、雪壁の角が丸くなり始めた。
「こ、これ、カベ! おぬし溶けておるぞ! 大丈夫かえ?」
「な、なんの。騎士たるもの、姫の情熱で溶かされるならば本望!」
 言い切ったカスパールであるが、しかし、さらなる過酷な試練が彼を襲う。
「あのねー、かあさまが、およめにいってもいいって、いったの」
「はっ、はひひっー?」
「だからね、およめにきてもいい?」
「は、や、もちろん、しかし、そんな」
 雪の女王公認のプロポーズ。雪壁全体が、かあっと真っ赤に染まる。
 ぷしゅぅううう〜〜〜! 
 とうとう、派手に蒸気が吹き出した。果報者にして哀れなカスパールはどんどん小さくなっていく。
「うわっ、カベがっ!」
「溶けるな馬鹿者! またフロアが暑くなるだろう。せっかく桜霞どのが温度調整をしてくださったのに」
「そ、それにクレメンタイン姫。早まってはなりませんぞ。エル・ヴァイセ出身者には、カベなんぞよりもっといい男がたくさんいますゆえ」
 もはや溶けるとかいう生やさしいレベルではない。一足お先に蒸発して違う世界に逝ってしまいそうな勢いだ。
 なのに、桜霞に背に乗られたりしてご満悦中なグリフォンとケルベロスとフェンリルからは、ちょっとあんまりな声が飛ぶ。
「とけちゃやだー!」
 クレメンタインが、ふ〜っと息を吐いた。極地的な吹雪を起こし、雪壁の蒸発を止めようとしたのだ。
 だが、マイナス50度になろうかという冷気さえも、しゅわしゅわしゅわと湯気を立て続けているカスパールには効かない。雪壁は見る影もなく崩れていき、フロア中が蒸し風呂のようだ。
「……せ、先輩がた……。私はもう」
「うん、おまえのことは忘れない」
「淑女からの求婚は騎士の本懐だろう。安心して蒸発しろ」
「そうそう、クレメンタイン姫のことは、私たちが引き受けるから」
 男のジェラシーに満ちた先輩騎士たちのお言葉は、すげぇひでぇというか、吹雪よりも冷たいというか。
 騎士カスパール・ベルンシュタイン、弁財天宮地下1階で、愛に殉じて消えるのか……!
 
 地階から、東雲緑田の声が響いてきたのは、そのときである。
「ふふふふ……。皆さん、お困りのようですね」
 長机がずいい、とずれたかと思うと、床が大きく真っ二つに割れた。
 そして。

 ぐいぃぃぃぃ〜〜〜〜ん。

 効果音とともに、舞台がせり上がってきた。
 その上に乗っかって決めポーズを取っているのは、魔法少女風な衣装に身を包んでいるハナコだった。
 氷で出来た、花型風車のようなステッキを右手にかざしている。
「しかし、ご安心を! 残暑厳しい日々も、情熱で溶けそうな雪系幻獣も、ネタの無い宿題も、締切間際の原稿だって、私の仕事のノルマだって大丈夫! たぶん、きっと!」
 緑田の姿はどこにもない。それなのに、やはり声は聞こえてくる。
 ハナコは左手に、緑色のマスコット人形を抱えていた。どうやら声は、そこから放たれているようだ。
「あー、これこれ緑田や。ついでにハナコ。おぬしらも迷える子羊ならば、まずは受付を済」
「私の宿題は番組改編期(注:深く追求しないのが吉)に伴った攻撃力倍増新アイテム授与です。ゴリゴリっと魔力をつぎ込んだため弱体化し、私自身は人形型に縮んでいますが、お気になさらず」
 弁天の言葉を遮って、なんかこう、突き抜けたことを緑田は言う。
「本日は、そんな私と、フラワーフェアリー*ハナコとで、涼をとってごらんにいれます!! さぁ、ハナコちゃん! 今こそ新しい力を使う時だ。天に向け【ブリザードコフィン】って唱えて!?」
「うん! ブリザァぁ〜〜ドぉ、コフィィィィ〜〜〜ン!!!」
 ハナコが杖必殺技の名称を叫んだとたん、ステッキからは、猛烈な冷気を伴う花吹雪が放たれた。
 ブリザードで構成された広域結界が、地下1階フロア全体を包む。

 びゅいーん。いんいん。

 緑田が縮むほどにつぎ込まれた魔力の効能は絶大だった。
「おお……。カベが見る間にもとどおりに……。じがじごれでば、わらわだぢが凍」
 おかげさまでカスパールは一命を取り留め、もとの雪壁に復帰することができた。
 んが、問題はもしろ雪系幻獣以外の、冷やされすぎて凍り付いている面々。
 桜霞は小首を傾げる。
「えと、もちょっと、あったかくする?」

  ◇◆◇ ◇◆◇

「ふう〜。ノルマ達成。私の宿題は終わりました。では皆さん、ひとあしお先に!」
「じゃあね〜。緑田ちゃんと一緒に、井之頭本舗で聖人ちゃんの甘味食べながらお茶してるね。みんな頑張ってね」
「さあ田辺さん、存分に腕を振るってください!」
 いつもの姿に戻った緑田に腕を取られ、聖人は井之頭本舗へと拉致されていく。
「かべのひとー! ぶじでよかった」
「何だ、もとどおりか……いやいや良かった。心配したぞ」
「そ、そうそう。優秀なおまえがいないと、騎士団は立ちゆかないからなぁ」
「それはそれとして、騎士の結婚には、騎士団長の私の許可がいるのが規定だから、覚えておくように」
 何とか落ち着き、クレメンタインに肩車(?)をしているカスパールに、先輩がたは、びみょーに含みのあるコトを言う。前途多難な気配濃厚であった。
「わぁ! プロポーズなのぉ? 仲良しなんだぁ。いいなぁー!」
 カスパールとクレメンタインを見て、彼垣まれかは目を輝かせた。
 淡い紅色の髪も可憐な花の精は、配られたチラシを持って、たった今、会場に現れたところだった。
 外見年齢10歳の来訪者に、弁天は目を細める。
「おや、これまたかわいらしい娘御じゃのう。おぬしも宿題を抱えているのかえ?」
「うーんとねぇ、まれかが今しなきゃなのはねぇ、もっとかわいくなることなのぉ!」
 ふわりとした笑顔を見せながらも、まれかはきゅっと手のひらを握りしめる。
「はて。おぬしはもう十分、愛らしいと思うがのう」
「ううん。まれかはとーっても好きな人がいるから、その人にもっともぉーっと好きになってもらえるようにかわいくなるのぉ!」
 聞けばまれかには、ひたむきに好意を寄せている青年がいるらしい。一目惚れして以来ずっと、押しかけ女房状態になっているそうである。
 弁天はずずいと身を乗り出した。
「なんといじらしい。ふむ。向上心が高いのは良いことじゃ。恋する娘御はそれだけで内なる輝きを放つもの。外野が手助け出来ることはといえば、そうじゃのう、せめて……」
 言葉を切り、ちろ〜んと大騎を見る。
「その魅力を最大限に引き出すための、衣服が欲しいのう。そう、蝶の羽根のように繊細で、たんぽぽの綿毛のように軽やかな、花の精にふさわしいドレスじゃ。そんなわけで大騎」
「なんだ」
「おぬしの超絶技巧で、ひとつ宜しく」
「――わかった」
 大騎はそれだけを言った。
 ここに連れて来られて待機している時点で、テーラーはいろいろ達観しているのである。
 
「む? むむ? むむむむ?」
 チラシ配布スタッフのひとり、ウマ吉ことウラジーミル・マンスフィールドの頭に乗っかってやってきた露樹八重は、飛び降りるなり、「むむむ」を繰り返した。
 幻獣と遊んでいる桜霞、カスパールの肩に乗ったクレメンタイン。大騎がドレスを縫製している間、デュークの手助けをしようと話しかけているまれか。いつもの井の頭公園には、ありそでなさそな光景だったのだ。
 作業中の大騎を見上げ、八重は秘密めかして囁く。
「糸永しゃん。この美幼女はーれむ状態は、いったいどうしたことでぇすか? もしや、夏休みの宿題にかこつけた、ろり限定いべんとだったのでぇすかっ!?」
「俺に聞くな」
「それならあたしが真打ちでぇすね?」
「大奥様が何を言う。……で、そっちの宿題は?」
 八重は、腰に手を当て天井を見上げ、ふっとため息をつく。
「手縫いぞうきんでぇすよ……。まったく、家庭科の宿題なら『とてつもなく美味な料理を限界までたべる』にしてほしいものなのでぇすよ……」
「……すまん。どこにどう突っ込んでいいのか見当もつかん」
「これ大騎。修業が足りんぞ。して大奥様は、910歳なのに学校に通っているのかえ?」
「よくぞ聞いてくれましたのでぇす」
 弁天のフォロー(なのか?)に、八重はいっそう遠い目をした。
「ふふふ……。遥かなる懐かしい日を思い出して、のすたるじっく雑巾縫いをしてみたかったのでぇすよ……」
「答になってない気がするが」
「……たかが雑巾と油断しては駄目駄目なのでぇす! ……持って行くのを忘れると日に日に1枚ずつ持ってくる雑巾が増えるのでぇす! ああ、おそろしやおそろしや……」
「やっぱりよくわからんが、ほら、端布ならたくさんあるぞ。がんばれ?」
「わかりましたのでぇす! 宿題は自分の力でやってこそなのでぇす! 糸永しゃんはそこであたしの腕前っぷりを堪能するでぇす! 世界はあたしのために輝くのでぇすよ!」
 そして、斜め45度に真面目な大奥様は、輝かしい未来の為にえっちらおっちら全身運動、もとい『なみ縫い』をはじめたのだった。縫い目ががたがたなのは、ご愛敬である。

 フロアに並べられていた朝顔の鉢は、残暑→急速冷凍→適正気温という、急激な環境変化により、ぐったりとしおれていた。
 デュークは相変わらず原稿用紙と向き合い、難しい顔をしていたのだが、そばに来たまれかが、
「まれか、何かおてつだいできるかなぁ?」
 と言ったとたん、しおれていたはずの朝顔が次々に花開いたので、ふっと、和んだ笑みを見せる。
「ありがとうございます。おかげさまで、はかどりそうな気がします」
 愛用の鉛筆を握りしめ、ライター『D』は改めて原稿用紙に向かう。
 その机の前に、受付を済ませたばかりの、長身の美女が立った。
「ねえ。そもそも、何に行き詰まっているの? 記事のネタ? それともライティング?」
 エルフを彷彿とさせる耳と神秘的なオッドアイ。初対面の女性である。
 デュークは律儀に答えた。
「はい、それが。編集部が企画した、ある女性社長への独占インタビュー……何でも『幸運の蛾ブローチ』で一世を風靡していらっしゃるとか――そのかたのアポイントメントが結局取れず、急遽、代案を考えなければならなくなったのです」
「それって、アトラス名物の中綴じ企画『驚異の実用スペシャル』のことかしら。あれはページ数も多いものね」
「はい。匹敵するほどの代案となりますとなかなか……」
 デュークははたと言葉を切り、女性の顔をまじまじと見つめた。何となれば――
「あなたは……! 藤田あやこどの! よくいらしてくださいました。非常にご多忙でいらっしゃるとのことでしたので、お会いするのは断念したのですが」
「そうなのよ。この夏は忙しすぎて、花火も見れなかったし、盆踊りにも行けなかったくらいなの。たまたま今日は時間が取れたから、足を向けてみたのよ」
「もし差し支えなければ、取材を受けていただけますか?」
「ええ、そのために来たの。私の記事がないとライターさんもお困りでしょう?」
 ――かくして。
 飛んで火にいる夏の女社長の大いなる好意により、急遽、フロアの一角はインタビュールームと化した。
 メイン記事は、【ライター『D』が独占密着取材! セレブ社長藤田あやこ、驚異のサクセスストーリーと、夏バテ解消人魂料理のレシピを語る! なお、『幸運の蛾ブローチ』の通販は下記のフリーダイヤルへ】という、さりげにあやこのビジネス手腕を見せつける内容である。
 さらに、追加記事としてあやこが提案したのは、
・謎の覆面超能力者が事前告知した日時に読者にパワーを送り、後日その結果を検証する(行き詰ったときの時間稼ぎに最適)。
・霊界ラジオを作って鬼を呼出し、鬼に笑いながら来年を予測してもらう。ついでに年末恒例の予言特集も書いてしまう(年末進行までもフォロー)。
という、いたせりつくせりなものだった。
 どうやら、ライター『D』のほうは、締切に間に合いそうな案配である。
 
「あやこは型破りというか、スケールの大きなおなごじゃのう。成功者たるには、あのくらいのパワーが必要なのじゃろうて」
 インタビューが一段落したあとは、あやこは自身の宿題として、フロア半分を使って花火大会代わりに狐の送り火をし、死霊の盆踊りを踊り、どさくさ紛れにカベを紅白まだらに塗ってしまった。ホラーなのかめでたいのか不明な素敵カオスっぷりを目の当たりにし、弁天はしみじみと言う。
「ライター『D』の記事は目処がついたようだけど、『B』のほうはどうなの、弁天さま?」
 執筆作業に取りかかったデュークの手元を確認し、羽柴遊那が振り返る。
 それまで遊那は、受付でアンジェラと話し込みながら、一連の大騒ぎを見守っていたのだった。
「あ〜。う〜。こほん。いやもう、今日は暑いのう〜」
 弁天は白々しく咳払いをする。
「どうぞー」
 すかさずクレメンタインが、めでたい柄になったカスパールの上から、手作り天然水かち割り氷を差し入れる。
「う、うむ。すまぬのう」
 現在、会場は適正室温であるからして、弁天の言い訳は通用しない。氷をがりっとかじり、弁天は遊那を見た。
「わらわのことはともかく、遊那の宿題はどんな感じなのじゃえ?」
「それなのよね。そっちの記事が一段落するようなら、手伝ってほしいことがあるんだけど」
「ほお。それはどのような?」
「撮影アシスタント。弁天さま、モデルやらない?」
「ななななんとっ! 『Show』のモデルとなっ? そっれはもう、アトラスの原稿なんぞ後回しにしてもいやそのげほごほ」
 カリスマ的人気のあるフォトアーティスト『Show』が、宿題なるものを抱えているとは意外だが、何でも、カメラの師匠であるところの人物から、毎年9月1日には、遊那の腕前を検証するため、オリジナルの写真を1枚、提出を求められているそうなのだ。
「でね、撮影場所として予定してたスタジオなんだけど、以前事故があって。それ以来、怪奇現象が起こってるの。ホントは、撮影ついでにそれを取材して、ついでに除霊してくれたらネタにもなるし、いいかなって思ってたの」
「ふむふむふむ! それは渡りに船じゃ」
「でもね、今の感じだと弁天さま、時間なさそうじゃない? だから、撮影の背景を井の頭池に変更しようかなって思ってたとこ」
「平気じゃ平気じゃ、何とでもなる。さささ、今すぐそのスタジオに向かおうぞ」
 遊那の手をしっかと握りしめ、宿題をうっちゃって会場から遁走しようとした弁天は、さすがに蛇之助に制止された。
「いけません。平気ではないですし、何ともなりませんよ。今、外出なさったら、弁天さまのことだから完全に締切破りをして、碇編集長のお怒りを買うことになってしまいます。目に見えるようです。保証します」
「いやな保証じゃの」
 しぶしぶ遊那の手を離した弁天は、蛇之助に背を押されて、自分が座っていた長机に戻った。
「心置きなく遊那さんのモデルを務めるためにも、まずはご自分の仕事を完遂なさってください、さあさあ!」

「う〜〜〜む」
 新規書類を開いただけのパソコン画面を前に、弁天は唸り続けていた。
 そもそも、今の今になってこの状態に追い込まれたのは、記事を書くための取材活動を、暑さを理由にサボり倒していたからなので、いくら唸ってみたところで進むわけもない。
「良かったー。同類がいて」
 元気な声が響く。軽快な足音を立てて、少年がひとり階段を下りてきた。小脇に数学の問題集を抱えている。
 アンジェラが愛想よく声をかけた。
「いらっしゃいませー! 夏の宿題にお困りですの?」
「うん! ここにくると相談に乗ってくれるって聞いたから」
「お名前は?」
「葉室穂積」
「穂積さんにはむしろ、ライター『B』の相談に乗っていただきたいですわね。怪談話のストックはございまして?」
「あるある。部活の合宿中にたくさん仕入れたから」
 屈託なく笑う穂積を見て、弁天は、どこからともなく取り出した『草間興信所全登録調査員詳細:裏ファイル(入手先はヒミツ)』をめくった。
「何やら利口そうな少年じゃの? 葉室……穂積、と。……ほほう、おぬしの通う高校は、都内有数の進学校ではないか。宿題を溜めるタイプには見えぬが?」
「いやぁ、それがさぁ。部活だろ、帰省だろ、友人たちとも遊ばなきゃだろ。で、燃え尽きちゃって」
「うむうむ、なかなか親しみがもてる言い分じゃ」
「一週間前まで宿題には全然手ぇつけてなかったんだけど、大車輪でがんばって、やっと数学の問題集を残すだけになったんだ」
「……ほう」
「おれの師匠と、師匠の妹には知られたくないっつーか、怖くって言い出せなくって。バレずにひとりで作業できるところ探してたとこだったから、ちょうどいいやって思ってさ」
「ご立派ですね。弁天さまとはえらい違いです……痛っ」
 ぼそっと呟いた蛇之助の足を踏んでから、弁天はどれどれと穂積の問題集を開いてみる。
 30秒、見つめ続けてから、ぱたんと閉じた。
「……如何にわらわが女神といえど、地球上に存在しない言語は解読できぬのう」
「だからそれ、数学でしょ。誰も弁天サマに、進学校の宿題を手伝えなんて言わないわよ」
 すんなりした腕が横合いから伸びる。しなやかな指で、ぱらぱらと問題集をめくり始めたのは嘉神しえるだった。
「しえるさん!」
「ふふん。お久しぶり、蛇之助。なあに、相変わらず弁天サマに振り回されてるの?」
「はあ、ごらんのとおりのありさまで。……来てくださったんですか」
「勿論。この夏のやり残しは、蛇之助とのデートだもの。宿題は片っ端から片づけて、蛇之助の身柄をゲットしないとね♪」
「出おったな、堕天使めが!」
「優秀な講師に、そんなこと言っていいの? 宿題の指導ならお手のものなのに」
「ほほぅ。理数系もいけるとな」
「当然でしょ。まかせて頂戴。その前に差し入れね。はい、夏みかんのシャーベット」
「うむ、ビタミンCは取らねばのう。……しかしこれはまさか、おぬしの手作りでは?」
「何その目。残念だけど違うわよ」
「ほっ。ならば安心じゃ」
「あんな女神さまはほっといて、食べ終わったらさっそく始めましょうか? まず、この公式はね――」
 予備校講師よろしく、しえるは手馴れた仕草で黒板に解法を記していく。
「やた。サンキュー!」
 一番前の長机に座った穂積は、しえるの解説にうんうんと頷きながら、問題集を解き始めた。
「……あの。こんにちは、弁天さま」
 おっとりした少女の声。柔らかに流れる、水の気配。
 控えめな足音と共に現れたのは、手荷物を抱えた、海原みなもだった。
 受付のアンジェラに一礼し、みなもは恥ずかしげに頬を染める。
「おお、みなも!」
「夏バテしてらっしゃるって聞いたので、スタミナがつくものをと思って……これ、皆さんで」
 手荷物の中身は、つまみやすい一口サイズの、鰻の蒲焼だった。辛味タレ、白焼き、ハチミツ漬けと、バラエティ豊かである。
「有り難いのう。こんなに作るのは大変だったじゃろう?」
「素人ですから、あまり美味しくはないかもしれませんけど……」
「そんなことはなかろうて。よう、顔を見せてくれた」
「久しぶりに弁天さまたちにお会いしたくて、きちゃいました」
「しかし、みなもも、宿題は早めに終わらせるほうではないのかえ?」
「学校の宿題は、流石にほとんど終わっていますけど……。提出日の遅い課題がいくつか、残ってて。お力になってくださいますか?」
「もちろんじゃとも。して、それはどのような?」
「家庭科実技の洋服縫製なんです」
「いまどきの学校の宿題はハイレベルじゃのう。ゆとり教育の反動かの」
「うちの学校って、妙に実技に力を入れてるんです。あたしみたいな普通のだと評価が低いから、弁天さまの感性をお借りしたくって」
「ますます高度なことを。わらわのデザインセンスが必要とは、さては、メイド服の作成じゃな。ならば、そこにプロフェッショナルがおる。メイド服だろうと執事服だろうとどんと来いじゃ。のう、大騎」
「だから、返事に困る話の振り方をするなって――よし、完成」
 ちょうど、まれかの衣服が出来上がったところだった。
 萌葱いろの繊細なレースを幾重にも重ねた、少女用のドレス。ウエストは思い切り絞って大きめのリボンをあしらい、スカート部分はふうわりと膨らませた可愛らしいデザインである。
 これをまれかが着たならば、あたかも瑞々しい若葉が生い茂った茨の間から、薄紅のつぼみが一輪、咲きそめているように見えることだろう。
「わぁー! かわいいドレスなのぉー!」
「まれかや。別室で着替えてくるが良いぞ」
「うん。ありがとぉー」
「これでまれかの宿題は一段落じゃの……はて、どこまで話したかえ? おお、そうそう、大騎がメイド服のプロフェッショナルだというところからじゃった」 
「違う……といっても、無駄なんだろうな」
 ふうっと額に手を当てる大騎に、みなもがおずおずと言う。
「あの……。あたし、弁天さま印のメイド服とか、あと、アケミさんやシノブさんやミドリさんがいつも着てるような、夢魔系の衣装に挑戦したいんです。教えてください」
「メイド服はいいとして、大騎や、おぬし、セクシー系の衣装作成指南はできるのかえ?」
「……どうだろう。努力はするが」
「露出度は高めに、されど気品は失わず、という塩梅が難しかろうが。大騎ならばこなせるであろう。やればできる!」
「いやだから、俺の宿題じゃないんだって」

  ◇◆◇ ◇◆◇

「……なるほどねぇ」
 快調に原稿用紙を埋めていくデュークとは対照的に、それこそ雪壁のように真っ白な弁天のワード画面を覗き込んで、シュライン・エマは苦笑する。
 シュラインを見上げ、弁天は胸の前で両手を合わせ、わざとらしく目を潤ませた。
「頼むシュライン〜〜。助けてほしいのじゃ〜」
「んー。私もあるのよ、急ぎのお仕事。だからね、弁天さんの原稿はお手伝い出来ません」
「そんなつれないことを言わずに。ほれ、ゴーストライターはおぬしの本職のひとつではないか」
「……ライター『B』の代筆を依頼するってこと? 有料で? 私、高いわよ」
「う……。うむぅ、背に腹は代えられぬ。いくらじゃ?」
 びくびくしながら問う弁天に、シュラインは右手を全開にしてみせる。すなわち、指5本。
「最低でも、これくらいは貰いたいわね」
「ご、5千円かえ? ふむ、それなら」
「いーえ」
「まままさか5万円? そんな、暴利じゃぞ、料金上乗せ過ぎじゃぞ!」
「いーえ! これは、アトラスの原稿料の5倍という意味よ」
「……なんじゃとう!」
 青ざめた弁天にシュラインは、「だから、頑張って」とにっこりする。
「それで、ねえ。弁天さん、本当に夏バテなの?」
「ぎく。それはどういう意味じゃ?」
「だって力や体質から考えて、弁天さん、暑さに強そうだもの。猛暑にかこつけてサボってるだけなんじゃない?」
「しししし失礼な! そそそそんなことあるわけなかろう」
「ふううん? なら、そういうことにしておいてもいいけど。あまり駄々こねてると特別別荘地に詰め込むから覚悟してね?」
 シュラインはにっこり笑う。
「あの、シュラインさん。『特別別荘地』って……何やら怖ろしげな響きですが」
 おそるおそる問う蛇之助に、シュラインは小声で答える。
「冷房の壊れた、草間興信所のことよ」
「……冷房が……。お急ぎの仕事があるのに、大変ですね」
「私の原稿もアトラスの記事なの。この猛暑で体調を崩して入院した記者の分よ。熱でPCが不安定になってて、完成したとたん、保存に失敗してしまって」
「データが飛んだんですか……! それはまた」
「幸い草稿が残ってて助かったけどね。弁天さんにああは言ったけど、打ち直しだけだからすぐ終わるのよ――武彦さんと零ちゃんは、とっくに井之頭本舗に避難させたしね」
 弁天に聞こえないよう、さらに声を落としてシュラインは呟く。
「飴と鞭にたとえるなら、今回は鞭が強めのほうが、弁天さんの仕事が進みそうだと思ったの」

「宿題のぉ……。この世界の者たちは、本当に色々な『締め切り』を抱えているのじゃのう……難儀な事じゃ」
「あら、ようこそ、大鎌の翁さま。エル・ヴァイセの年越し舞踏会ぶりですわね」
「息災じゃったか? メイド『A』」
「いやですわ、今はアンジェラとお呼びくださいましな」
 久方ぶりにふらりと顔を見せた大鎌の翁は、しかし自身の宿題を抱えてはいなかった。
 広報チラシが配布されていたことも知らず、ただ、気が向いたので足を向けてみただけなのだと言う。
「ありがたや、翁どの。偶然にも、迷えるわらわや皆を助けに来てくれたのじゃな〜」
「わしに出来る助言なら幾らでもするがのう。さて、どうなることやら」
 悠久の時を生きるもの特有の鷹揚さで、ゆっくりと長机の間を移動しながら、大鎌の翁は、その場に集まったもの全員に声を掛ける。
 めでたい色のカベに肩車されたクレメンタインがやってきて、世にもたどたどしい状況解説を始めた。
 
 くーでぇす。
 みんなが『なつやすみのしゅくだいというちょーきょーてき』にたちむかってまーす。
 んっと、もうしゅくだいをくりあしてるのは、くー、おーか、ぐりんだ、あやこ、まれか。
 ほづみと、みなもと、しゅらいんと、でゅーくは、もうすくおわりそう。
 げんざいしんこうけいなのは、ぬいぬいしてるやえと、べんてんさままちのゆいなと、こうしもーどぜんかいで、これがおわったあとがほんとのしゅくだいなしえる。
 おきなはしゅくだいがないから、ぜんぜんおわんないのはべんてんさまだけ。
 いじょー。
 
 ひとりひとりの多岐に渡る事情を聞く度に、翁は面白そうにしていたが、とうとうそのうちに笑い出す。
「ふぉふぉふぉ。さてもこの世界には、多種多様な『宿題』があるものよ」
「左様、そんなこんなでかくかくしかじかで、わらわも難儀しておるのじゃ。それでじゃのう、翁どの。わらわにも何かこう、驚天動地で汚名返上な助言をば、いただけまいか?」
「アトラスの記事の、ネタに詰まっていたのじゃったな。ならば、いっそ」
 腕組みをしてしばらく目を閉じていた翁は、やがて腕を解き、ふっと笑みを浮かべた。
「都市伝説の検証はどうじゃ?」
「と申されると?」
「『本当に、この公園のボートに乗ったカップルは必ず別れるのか』という、永遠の命題に御自ら挑戦しては?」
「そ、そんな禁断のネタをっ!」
 すっ飛んできた蛇之助の肩をぽんと叩き、翁はなおも言う。
「そうじゃの、今から何組かのカップル、もしくは気の合うものたちにボートに乗ってもらい――タイムスリップしない程度にな――その感想をまとめて、記事にすれば良い」
「ふむ、名案じゃ! 好感度の高い感想が多ければ多いほど、事実無根の印象は強くなり、ひいては『週末のデートは井の頭公園でボートに乗りましょうよ〜♪』というカップルも増えようて。さっそくゴーじゃ。……と」
 実験台となるカップルの人選をしようとして、はたと弁天は首を捻る。
「わらわも乗るのかえ? 誰と?」
「良い機会じゃ。わしがお相手を務めるとしよう」
 翁が、心得顔に頷いた。
(ふっ、これはわしのネタ仕込みじゃ。本当の目的は、女神とふたりきりになり、口説き落とすこと。ボートの上では、思い切り甘い言葉を吐いてみせようぞ。そして、あわよくば一晩……!)

【急】ボートで甘味でお蕎麦で――宿題は? 

 かくして。
 以下の面子が、ボート乗り場の検証ネタ用に組み合わされることとなった。

 ・八重&大騎
 ・クレメンタイン&カスパール
 ・緑田&ハナコ
 ・遊那&デューク
 ・しえる&蛇之助
 ・みなも&アケミ
 ・桜霞&ファイゼ
 ・シュライン&武彦
 ・大鎌の翁&弁天
 ・穂積&弁天(穂積が弁天の原稿を手伝いたいと言ったので、あえて犠牲、もとい協力してもらうことに)

 彼氏持ちのまれかと、マイペースセレブなあやこは、乗らずに見学することにした。
 だが、これにてライター『B』の宿題は無事終了……というわけにはいかなかったのである。
 なぜならば。

「ちょっと待て〜い! 何で巨大ガレー船しか用意できぬのじゃ、鯉太郎? 全員で乗り込んだら、検証もへったくれもないではないかぁ〜〜!!!」
「おれにだって宿題があんだよ! 8月中に、全ボートの点検をしときたいんだっ! これで我慢してくれよ」

 というわけで、結局。
 まれかもあやこも巨大ガレー船に乗ることになった。井之頭本舗からは、徳さんと聖人が、全員分の蕎麦とスイーツを運んできた。すっかり船上喫茶店状態である。
 並べられたこだわりの蕎麦は、信州内藤流十割蕎麦。
 和風スイーツは、柔らかく炊いた大粒の栗を使い、栗のリキュールで風味付けをした『栗ゼリー』。北海道産大納言を使用した『水羊羹』。天草(てんぐさ)から作った寒天と白玉粉から練り上げた求肥(ぎゅうひ)に、極上の粒あんをあしらった『特製あんみつ』。種類の違う野いちごを三層に重ねた『野いちごの氷菓』などなど。
「わーい、おーかねぇ、みーんなであそんで、いっしょにおやつしたかったの」
「おいしそー」
「わぁ。これ、食べていいのぉ?」
「全身が筋肉痛なのでぇす。どんどん食べて治さなければでぇす!」
 桜霞、クレメンタイン、まれか、八重のロリ限定イベントチーム(?)は、はしゃぎながら甘味と格闘し始めた。
 みなもは出来たての衣装を広げ、アケミと話しているし、緑田とハナコは、すっかりおなかいっぱい状態で、のんびり欠伸などしている。
 あやこは鯉太郎に、幸運の蛾ブローチをプレゼントしてくれた。社長、太っ腹。
 しえるは、ようやく会えた蛇之助と今後のデート予定の打ち合わせ中である。
 シュラインは武彦と零を前に、「涼しいっていいわね……」と、今現在も熱気むんむんであろう興信所に想いを馳せている。
「む〜ん。ネタがないぞぇ〜〜」
 この後に及んでそんなことを言っている弁天に、穂積は怪談話を披露する。
「……まったく。こんなはずではなかったのじゃが」
 そう呟いたのは、大鎌の翁だ、

「遊那どのの宿題は、大丈夫なのですか?」
 心配そうに、デュークが言う。
 遊那は弁天の様子を見、微笑んで頷く。
「まだ8月は終わってないもの。デュークさんこそ、夏バテで大変だったんでしょ? 今度、何か美味しいもの食べにいかない?」

 イメージは、一時の涼。
 流水をイメージしたドレス。髪飾りには玉簾。メイクは紫が基調。
 背景は白。
 タイトルは『流花』
 弁天をモデルに、遊那はそんな写真を撮るはずなのだが。

 間に合うか、どうか。
 
 夏休み最後の日。
 ――太陽はまだ、高いけれど。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1009/露樹・八重(つゆき・やえ)/女性/910歳/時計屋主人兼マスコット】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女性/13歳/中学生】
【1253/羽柴・遊那(はしば・ゆいな)/女性/35歳/フォトアーティスト】
【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女性/22歳/外国語教室講師】
【4188/葉室・穂積(はむろ・ほづみ)/男性/17歳/高校生】
【5526/クレメンタイン・ノース(くれめんたいん・のーす)/女性/3歳/スノーホワイト】
【6108/桜霞(おうか)/女性/325歳/竜玉】
【6591/東雲・緑田(しののめ・ぐりんだ)/男性/22歳/魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん】
【6877/大鎌の・翁(おおがまの・おきな)/男性/999歳/世界樹の意識】
【7061/藤田・あやこ(ふじた・あやこ)/女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト】
【7065/彼垣・まれか(ひがき・まれか)/女性/10歳/花の子】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、神無月まりばなです。 おおおお待たせしましたっ!
このたびは、夏の終わりの駆け込み宿題大会にご参加くださいまして、まことにありがとうございます。
既に世間は肌寒い神無月に突入しておりますが、ひととき、あの猛暑を思い起こしていただければ幸いです。
ところでお集まりくださった皆様は、さりげに女性率が高かったですね。男性陣にはラッキーだったかも。
『B』と『D』にもご助力くださいまして、ありがとうございました。

こちらは反映後、meg絵師のもとにて「PC&NPCツインピンナップ」への対応が可能となっております。
よろしければ、過ぎ去りし夏の想い出を残してみませんか?

□■シュライン・エマさま
お疲れさまでした。草間興信所がそんなことに(涙)。せめて涼んでいってくださいませ。そして、シュラインさまへの代筆依頼は高額商品なのですね、肝に銘じます。

□■露樹八重さま
大奥様、筋肉痛大丈夫ですかぁー! と叫びたくなるほどの全身運動に感服。八重さま手縫いのぞうきんは、激レアアイテムでございすね。勿体なくて使えませんわ。

□■海原みなもさま
鰻の差し入れありがとうございます。ところで、みなもさまの学校では、この高度な宿題から察するに、新学期はファッションショーが行われそうな予感。

□■羽柴遊那さま
弁天をモデルに起用いただき、ありがとうございます。なのに、ナニがアレでまことに申し訳なく。で、でもきっと、間に合いますよ、間に合いますとも、ええ!

□■嘉神しえるさま
講師モード全開なしえるさまに萌え。このあと弁天が宿題にとりかかりますので(たぶん)、誤字脱字の指摘をすちゃっと指示棒でよろしくでございます(笑)。そのころには蛇之助も解放されるかと。

□■葉室穂積さま
はじめまして! 進学校の生徒さんが、このような泥縄トホホ企画にご参加くださり、感涙でございます。弁天に怪談話をご披露いただき、ありがとうございました。

□■クレメンタイン・ノースさま
か、カベごときにプロポーズをありがとうございます! どうやら弁天ではなく、先輩騎士連中が総出で邪魔しそうな勢いでございますね。果たして、若いふたりの運命や如何に? 

□■桜霞さま
初めまして! ドクター柩の召還には根回しが必要ゆえ、大人の事情でアンジェラさんにご出演いただきました。次回(次回っ?)には是非キープするべく、水面下で奔走させていただきまする。またいらしてくださいね〜。

□■東雲緑田さま
フラワーフェアリー*ハナコを召還いただき、ありがとうございます。緑田さまは縮んでしまうとは、何という奥ゆかしさ! 番組改編期ネタに大受けいたしました。

□■大鎌の翁さま
弁天をボートにお誘いくださったばかりか、恐れ多くも勿体なくも、口説こうとしてくださってありがとうございます(ぽっ)。WRは頬を染めてますが、弁天はああ見えて色気からっきしで申し訳なく。

□■藤田あやこさま
初めまして! あやこさまにお越しいただき、光栄の至りでございます。そのサクセスストーリーと、オカルティックな魅力は、アトラスの読者を魅了したことと思われます。

□■彼垣まれかさま
初めまして! けなげでひたむきで一途なまれかさまに愛されている彼は、なんという幸せものでございましょうか! ドレスを着たまれかさまに魅了されることを祈りつつ。