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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜お手伝い致しましょう〜

「え、魔物を呼んじゃうの?」
 柴樹紗枝は冷たい麦茶を飲みながら、目をぱちくりさせて目の前の少女を見た。
 そこにいるのは緑と青のフェアリーアイズに、赤と白の入り混じった不思議な色合いの長い髪を持つ少女。
 退魔の家系の次期当主、だと目されているらしい、葛織紫鶴。
 紫鶴は麦茶を魔法瓶からコップへ注ぎながら、こくんとうなずいた。
「私の剣舞は魔物を呼ぶ。特に月の大きさによるんだが……だから、うかつには舞えない」
「へえ……」
 紗枝は少し視線を落とした。
 サーカス団員の彼女は以前、この家で頼まれて1人ショータイムをしたことがある。すぐれたサーカス団員の彼女は次から次へと見事な技を繰り出し、紫鶴を喜ばせたものだ。
 今日はそのお礼にと、もう一度この美しい庭に呼ばれたのだが……
「ねえ紫鶴……」
「なんだ? 紗枝殿」
 紗枝は麦茶の入ったコップを受け皿の上に置くと、机の上に両肘を乗せて両手を組み、その組んだ手にあごを乗せため息をついた。
「何だかねえ……思い出しちゃった」
「え――な、何か嫌なことを思い出させてしまったか!?」
 生真面目な紫鶴があたふたする。
 紗枝はくすっと困ったように笑って、口を開いた。

 サーカス団のメンバーとして働いていた毎日。
 その中でも、紗枝は特に猛獣使いで、動物に対する愛情は並ではない。
 ある日、そんな彼女は動物たちが何者かに操られて次々と人々を襲い始める怪事件に遭遇。
 それは衝撃的なシーンで――紗枝の猛獣使いたる真の力を目覚めさせると共に、彼女は動物を虐げるものに対して容赦しなくなった。

「一瞬、動物たちを『魔物みたい』って思っちゃった自分が悔しかったのよね」
「紗枝殿……」
「でも実際、魔物って動物みたいな姿形してるのが多いのよねえ」
 ため息もうひとつ。
 紫鶴はそれを聞いて考え込み、
「……そう言えば、そうかな」
「ああ、紫鶴ってたくさん魔物見てきたんだよね」
「うん」
 何しろ自分が魔寄せ体質だし――と紫鶴は苦笑いした。
「それで、いっそこの体質を利用しようと考えたんだ。正しくは私の世話役の竜矢の提案なんだが」
「利用?」
「うん。退魔の鍛錬をしたい方のためにわざと私が舞って……魔を寄せて、戦って頂く」
「………」
 紗枝は頬に一本指を当ててうーんと虚空に視線を飛ばした。
「……私もお願いしようかな」
「え!?」
「私も訓練しなきゃいけないのよね。最近、動物を利用した事件が多くって。戦うすべをもっと磨かなきゃって思って」
「そうか」
 紫鶴は目元を和ませる。こういう、何かを護るために戦う人々は美しい。
 紗枝は手を差し出して、
「よろしく、剣舞士さん」
 紫鶴はにこっと微笑んで、握手に応えた。

 昼よりも夜の方が強い魔物を寄せやすい。
「でも私、一応まだ初心者だから、初心者コースからで」
 紗枝がいたずらっぽく言ったので、
「ではこれから始めよう」
 と昼下がりのこの時間、紫鶴は紗枝とともにあずまやから出た。
 竜矢を呼んでくる、と紫鶴はいったん屋敷に戻っていく。
 如月竜矢。紫鶴の世話役。
 自分の相棒の白い虎のことを思い出しながら、紗枝はくすっと笑う。
 ――今日は相棒の助けはない。
 1人で戦うすべを、もっと身につけなくては。
 やがて紫鶴が竜矢をともなって戻ってきた。
 竜矢との挨拶は、この屋敷に来た時にすでにすましている。紗枝は「よろしく〜」と言って竜矢に握手を求めた。
「こちらこそ、姫の願いをきいて下さってありがたい」
 すでに二十代半ばの青年は温和に微笑んで、握手に応えてくれた。
 紫鶴につれられ、なるべく広い場所へと行くと、紫鶴はいつの間にか両手に剣を持っていた。
「あれ?」
 と不思議がる紗枝の手にも、どこから取り出したのか鞭。
 紫鶴が持っている剣は精神力によって生み出される剣だが――紗枝の鞭は本気で謎だ。
 離れていて、と竜矢が紗枝を抑える。
 紫鶴が空を仰いでから、すっとかがんだ。下を向き、2本の剣を下向きにクロスさせ。
 さらり、と彼女の綺麗な髪が少女の横顔を隠した。

 始まりの『型』――

 きぃん、と空に響く純音がした。
 紫鶴の2本の剣が打ち鳴らされた――

 少女はすっくと立ち上がった。そして長い髪が決してからまることのない不思議な動きで、舞い始めた。
 躍動感。鼓動。大地から湧き上がってくるパワーを利用して、蝶のように舞う少女は跳ねる。
 頭上でカンカンカンと剣を打ち鳴らしながら、腰を左右に振って激しくステップを踏む。
 そして1本の剣を空中に投げると、もう1本でいったん打ち上げ、再度元の手に戻した。

「おや……」
 紗枝の頭上に、竜矢のつぶやきが落ちて来た。
「今日はいつもとは違う舞ですね……いつか見た紗枝さんのてきぱきした動きを真似したのかな」
「………」
 紗枝は黙って舞い続ける紫鶴を見つめていた。
 と――
 はっと竜矢が振り向いた。

「来た……!」

 紫鶴が舞をやめた。そして紗枝と竜矢の元まで走ってくる。
 紗枝と竜矢が、何かを見つめている。その視線を追った。
 その先に。

 額の角がねじれた真っ白の体躯と赤い瞳――一角獣と、
 炎をまとった狼――炎狼と、
 なぜか2人の黒子によってかたかたと踊っている人体模型(?)がいた。

「あ――あの3匹――」
 紗枝が口を丸くする。「見たこと、ある!」
「知っているのか!?」
 紫鶴が仰天した。
「一度勝ってる相手だもの、きっと勝ってみせるわ!」
 紗枝は鞭をぱしーんと地面に叩きつけ、
「じゃ、いっきまーす!」
 3体の魔物の中へとつっこんだ。
 彼女が鞭を叩きつけた地面は、刈り込まれた芝生を散らかし完全に土をえぐっていた。


「こらー! 暴れるんじゃありません!」
 紗枝は鞭を再びぱしーんと言わせながら3体の前に躍り出る。
 しかし3体の鼻息は荒かった。――人体模型は黒子の鼻息が荒かった。
「―――!」
 過去の経験では一番楽に倒せた炎狼にまず鞭の脅威を見せようと紗枝が燃えさかる炎をまとった狼に踏み込むと――
 横合いから、
 どすん!
 ――すんでのところで額の角は逃れたが、一角獣の体当たりをまともに受けた。
 そうだった。相手は団体――
 軽くよろける。人体模型の腕が振り下ろされる。命からがら避けると、紗枝に当たらず地面に当たった人体模型の手首あたりは、ぼこおっと地面をえぐった。
「な……何でできてるのよ、この人体模型」
 壊れないことといい、普通の人体模型ではない。
 ぞっと冷や汗が流れた。そうこうしている間に、炎狼の攻撃が襲ってくる。
 1体に鞭を放っても、他の2体が攻撃してくる。
 紗枝は防戦一方になった。1体ずつからは勝っていても、団体になるとそうはいかなかった。それを痛感する。
 とにかく自慢の身のこなしで避け続ける。しかし――
 はっと気づいた。
 じり、じりと。
 押されて。
 いつの間にか自分は、3体に囲まれている――
 3体はぐるぐると息巻いて――人体模型は黒子が息巻いて――
 そして一気に、中央にいる紗枝に突進してきた。
「―――!」
 紗枝はとっさにしゃがんだ。
 がっ、がしゃんと頭上で音がする。視界に光が見える。外に出られる――
 這って3体の下から抜け出すと、何やら妙なことになっていた。
「がうがう!」
「ぶるるるる!」
「がちゃんがちゃがちゃ!」
 ……どうやら紗枝への攻撃に失敗し、そのまま3体は衝突したらしい。激しく言い争っているのだ。
 紗枝はしばらくぽかんとその様を見ていた。
 やがて――
 手に持った鞭を、両手に持ってパン! と鳴らす。
 そして、
「静かにしなさーい!」
 鞭をぶんと振った。
 衝撃波が放たれた。3体を同時に打ち散らかし、悶絶させる。
「あのね、あなたたち仲間として出てきたんでしょ!? ちょっと気が合わなかったからってけんかしてどうするの、けんかして!」
 鞭をびしばしとふりふり紗枝は3体を激しく叱った。
「いい? 失敗してもそこはそれ、仲間だったらすぐにフォローしあって戦うものよ! 基本からなってないわ!」
 ばしーん!
 紗枝の鞭先はやはり土をえぐる。
 3体の魔物が怯えた。
「そもそも1人しかいない獲物を3方向から同時に攻撃っていうのも息があってないわ! 3体で相談しあって精進しなさい!」
 魔物にチームワークを求めるのは無理だということを、普段サーカスの息のあいすぎている動物を見ている紗枝は分からない。
 そんなことは構わず、紗枝は「さあ!」と急に振り向いて、呆気にとられていた紫鶴と竜矢を指差した。
「観客がいるわ! お詫びに芸をするのよ!」
 いやだと言ったら……
 ぱしーん!
 一際激しい鞭が地面を打ち、ぼこっと穴が開くのを見て、魔物たちはまるで敬礼するかのように右前脚をさっと額に掲げた。
 冷や汗をかいているようだった。

「さあ観客の皆様ごらんください、炎の狼のファイアーダンスでございます!」
 紗枝の口上が始まる。
 その横で、2本足で立った炎狼がくるくると体を回していた。――なぜこんな技を知っているのだろう。紫鶴と竜矢は激しく疑問に思う。
「お客様、飛び散る炎にお気をつけください。さあ炎狼、もう少しアレンジよ!」
 すると炎狼は横っ飛びでぴょんぴょんぴょんとしんどそうな足のダンスを始めた。
 まあそこは魔物だ。体力は底なしにあるだろうが……2本足で立つことなど滅多にないだろうに。
「す……すごいな」
 紫鶴が思わず声をもらす。その視線は踊る狼に釘付けだった。
 それを見た紗枝は満足して、
「さっ、炎狼。もういいわよ」
 どこから取り出したのか手袋をはめて、紗枝は燃えさかる炎を身にまとう魔物の頭を撫でてやった。
「よくできたわねっ」
 うまく芸ができた動物は褒めること。それが鉄則。
 褒められてもぐったりしている炎狼の次に引きずり出されたのは、黒子つき人体模型だった。
「さあお客様、人体模型のバレエをごらんくださいませ!」
 ぎょっとしたのは黒子だ。
「あらどーしたの? 人体模型を踊らせるのは十八番じゃなかったっけ?」
 紗枝がこそこそっといたずらっぽく黒子たちに言う。
 そう、それは確かに彼らの十八番。
 黒子たちは――やがて、かちゃん、かちゃんと音を立てながら人体模型の関節をうまく操り、足を高くあげたり、飛ぶような動きを見せたり、複雑な足の動きを再現してみせる。
 両手は上にあげて。――人体模型の摩訶不思議ダンス。
「わ、わあ……これ、何か知らないけれど、すごいな。踊ってる!」
 『人体模型』も『バレエ』も知らない紫鶴がわくわくした表情で傍らの竜矢の服のすそを引っ張る。
「じゃ、そのまましばらく踊っていてね」
 紗枝はそんなことを言って、次に一角獣の背に乗った。
 鞭を入れて走らせ始めると、
「えー、では。『ジギト』ごらんください!」
 そう言って紗枝は両手を一角獣から離した。
 と思うや、彼女の体はぐるんと回って一角獣の下をくぐり、一周して上まで帰ってくる。次にその逆回転。
 そして紗枝は一角獣の上に両手をつき、今度は逆立ちをしてみせた。
「危な……!」
 紫鶴が思わず飛び出そうとするのを、竜矢がとめる。
「あれは立派な演技なんですよ、姫」
「そ……そうなのか?」
 紗枝はそのままずるっと手をすべらせたかのように一角獣の体の横にまで体を落とす。しかし一本の手でうまく背中にしがみつき、鞭もつかって一角獣の腹にぶらさがった。
 それから鞭をうまく使い背に戻ってくると、背中に一本足で立って平行バランスを取った。そのまま一本足でとんとんとん。背中を跳ぶ。
 再び足を戻し、くるんと足をからませた状態で体を一角獣の腹の下へ。そして柔らかい体を示すように器用に紫鶴たちの方を向いて、ぱちぱちと拍手を求める。
 紫鶴が大きく拍手した。後ろで竜矢も微笑んでいる。
 紗枝はやがて、くるんと一角獣の背に戻ってくると、鞭で尻を一叩きした。
 サーカス会場と化したその場を、少女を乗せた一角獣が駆け巡る――


「ま、なんて言うかさ」
 紗枝は満足気だった。「こういうのも、ありよね」
「うん。倒さずして魔物が消えるなんて初めて見たし、それに……」
 紫鶴は憧憬の目で紗枝を見て、
「紗枝殿が素晴らしかった! それが一番嬉しい!」
 紗枝はあははっと笑って鞭をどこかにしまった。
「また、呼んでね」
 紗枝が手を差し出す。「いくらでもサーカスの一部、見せてあげるから」
「ありがとう」
 紫鶴は両手で紗枝の手をぎゅっと握った。
「本当はサーカスそのものを見に行きたいけど、私はこの屋敷から……」
「ノンノン」
 紗枝はちっちっと指を振り。
「気にしないの。自慢じゃないけど私1人で相当なことができるわよ? まあ綱渡りとか空中ブランコは見せられないけどね」
「充分だ」
「ありがと」
 紗枝は両手でつかんでくる紫鶴の手を軽くぽんと叩いた。

 そして今日も、サーカスの姫は帰っていく。
「あの方は……不思議な方だ」
 発煙筒を使って煙の中で消えた紗枝を想って、紫鶴はつぶやく。
 ――前に、動物が人間に操られて――
「人に歴史あり、だな……」
 紫鶴はとん、と竜矢にもたれかかった。
「考えもしなかった……紗枝殿にもちゃんと、そうした過去がある」
「姫……」
「何でもない。何でも……」
 そのまま、紫鶴はそっと目を閉じる。
 いつも笑顔の紗枝の、あの時見せた苦笑。違和感があったそれ。
 ――どうか紗枝殿の笑顔をこれ以上穢さないで。
「サーカスが……終わりませんように……」
 落ちてくる夕陽に祈った。

 夕陽の中で、また彼女は踊るのだろうか。
 人々を喜ばせるために。猛獣たちを楽しませるために。また踊っているのだろうか。
 彼女は――翼を持った、獣たちの使者だ。
 獣たちの心を代弁する――

 サーカスが……終わりませんように……
 夕陽に翼をつけて飛ぶ紗枝の姿が、通り過ぎて消える――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6788/柴樹・紗枝/女/17歳/猛獣使い】

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■         ライター通信          ■
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柴樹紗枝様
お久しぶりです、笠城夢斗です。
今回もゲームノベルにご参加くださり、ありがとうございました。
相変わらずサーカスの表現は難しいです(笑)少しはサーカスらしくなっていればいいのですが……
よろしければまたお会いできますよう。