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<東京怪談・PCゲームノベル>


<Not thanks to heaven 1>

<Opening>
『旧約聖書』と書かれた其れを、目を眇めながら読む少女。
まるで其の視線は、本に対して侮蔑を抱いているようなもので。
「どうした、遙瑠歌」
草間の問いに、遙瑠歌が本から窓の外へと視線を移した。
「此の世界の方々は、此処に書かれている『神』を信仰しているのですか」
ビルの下、行き交う沢山の人々を見て、無表情に問い返した少女に、零と草間、シュラインは顔を見合わせた。
「いや、全員って訳じゃない。宗教によって『神』は変わるからな」
因みに俺は無宗教だ。と草間が答えると、遙瑠歌は小さく息を吐いた。
「神が人を救う、人の願いを叶える、と。草間・武彦様はそう思われますか」
今日の遙瑠歌は少し変だ。
今回受けた依頼に関係しているのだろうか。
「俺は思わねぇな」
草間の答えに、遙瑠歌は安心した様にもう一度息を吐いた。
「其れが懸命です。『神』は人を救いはしない。寧ろ……」
其処まで言って、小さく少女は首を振った。
「戯言です。お気になさらず」
「遙瑠歌ちゃん」
何処となく冷たい口調の遙瑠歌に、シュラインが声をかける。
「信仰、っていうのは、人それぞれの想いが形になったものなの。其れを全て受け入れろとは言わないけれど、全てを否定しないでね」
遙瑠歌の視線にあわせてしゃがみ込んだシュラインを、少女はじっと見つめ返す。
その瞳にあるのは、暗い色。
何故そんなに頑なに否定するのか、シュラインには分からない。
恐らく、草間達にも分からないだろう。
けれど。
まだ小さな、この世界に降り立って短い少女の視界を、狭めたくは無い。
ゆっくりと、幼子に語りかける様にシュラインは言葉を続けた。
「実際、神様が何かを救うとか成すとか、そういうのは問題じゃないの。自分の事を、大きな何かが見守ってくれると感じたり、感謝の心を持ったり、生活を律したり。精神面での安心感を得る為に、自分とは違う存在を求める事があるの」
「救いを与える為に『神』が存在する、と考える人間だけではない、と」
言葉は理解出来ているのだろう。
しかし、感情の何処かで、否定してしまう何かがある。
それでも、理解しようと、必死になっているのだろう遙瑠歌を見て、シュラインは安心させる様に笑ってみせた。
「多分、遙瑠歌ちゃんが思い描いている神とは、全く違う存在なのよ。日本には古来から『神』と呼ばれるものは多くいるけれど、其れが全て善、というわけでもないし。色々な、人とは全く異なった力を持つ者を『神』という言葉で表しているの」
其処まで口にして、ふと、シュラインは一つの可能性を脳裏に描いた。
人と異なる力を持つ者を『神』と呼ぶのなら。
眼前の小さな少女も、人によってはそう呼ぶのかもしれないと。
自分達は、この少女と関わりが深く、そして長い。
故に、この少女のそのままを知っている。
しかし、全く知らない人間や、ほんの少しの関わりしか持たなかった者は、どう感じるだろう。
ひょっとしたら其れは、この小さな体に、それ以上の『何か』を求めた事があるのではないだろうか。
それも、一度ではなく。
其処まで考えて、シュラインは漸く遙瑠歌の瞳に沈んだくすんだ色の原因の一つを理解した気がした。
小さな少女が抱えている此れは。
自らの背に、重すぎる荷物を抱え、それでも尚其れを放棄する事を許されない。
『絶対的な孤独』ではないかと。
(其れを知ったなら、私達に出来る事はひとつ)
そっと、小さな少女の、小さな手を取る。
突然の事に体を硬くした少女のその手は、ひんやりと冷たい。
(それなら、届けばいい)
一人ではない、という事が。
「何を不安に感じているのか、其れは遙瑠歌ちゃんにしか分からない。けれど、もし遙瑠歌ちゃんが知っている『神』と、調査対象の団体の『神』で思う所があるのなら、言えそうな時に教えてね」
柔らかく微笑んだシュラインと、自らの手。
そして、シュラインの後ろに佇む草間と零の姿をじっと見つめた後。
「……畏まりました。シュライン・エマ様」
ゆっくりと体から力を抜いて、遙瑠歌は頷いた。

「依頼内容『新興宗教 時の神』についての調査。該当宗教に入団すると、退団する事は出来ない。入団し、神を崇拝する事によって、自由に異界へと行けると、現在入団者続出……」
プリントアウトされた書類を手に、その内容を読み上げる遙瑠歌。
「兄さんにしては、珍しく怪奇現象を受けましたね」
「最初は、唯の家出人捜し、としか聞いてなかったんだよ」
忌々しげに言葉を吐いて、草間は新しい煙草に火を点ける。
「異界への出入り……遙瑠歌ちゃんの力と、何か関連があるのかしら」
草間興信所に身を寄せる小さな少女は、歌う事によって異界への道を開き、そして橋渡しをする存在だ。
そして、彼女と同等の力を持つ存在は、彼女の言う所ではいない。
「ともかく。受けたからにはやり通す。やるぞ、シュライン、零、遙瑠歌」
煙草を吹かしながら声を上げた草間に、三人はしっかりと頷く。
「先ずは、ネット情報に、目立って多い入団年齢層とか、勧誘の具体的方法とか。そういうのを調べる必要がありそうね」
「後は、現地に行ってみない事には出来んが、周辺住民に団体や幹部、上層部、入信者の日頃の態度。其れに具体的な祈りの時間。まぁ、聞くのは其れ位か」
シュラインと草間がそう口にする後ろで、内容を聞いていた零と遙瑠歌が出掛ける準備を始める。
「本部から出て来た話の聞けそうな信者の後をつけて、情報収集だな」
「簡単なのは、入信希望者、という設定かしら」
そうこう話している内に、どうやら準備も完了したらしい。
戸口に立つ二人の少女を見て、草間とシュラインは立ち上がった。
「行くぞ」
ジャケットを手にした草間の声に、全員が頷く。
此の時はまだ、此れから何が起こるのかなど、草間達に分かる筈もなく。
其の代償もまた、分かる筈もなかった。

<To be Next……>

■■■□■■■■□■■     登場人物     ■■□■■■■□■■■
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【草間・武彦/男/30歳/草間興信所・探偵】
【草間・零/女/年齢不詳/草間興信所・探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】

◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇   ライター通信     ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇
御依頼、誠に有難う御座いました。
『神様』『宗教』という少し取り扱いに難しい題材になり、私自身も色々と考える
作品になりそうです。
長編予定ですが、宜しければお付き合い下さいませ。
それでは、またのご縁がありますように。