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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


微妙な距離

「なぁ、小太郎」
 珍しく台所から現れた武彦が小太郎に声をかける。
 自分の机に突っ伏していた小太郎は、ダラダラと顔を上げて武彦を見返した。
「……なんだよ?」
「知り合いからケーキ貰ったんだ。美味そうだろ?」
「ああ、そうだな」
「だが如何せん量が多いんだ」
 そう言って武彦が指をさす先、台所で大量のケーキに零が困っていた。
「……どっから貰ってきたんだよ、アレ」
「まぁ、そんな事は気にするな。今考えるべきはケーキの消費方法だ。捨てるのは勿体無いしな」
「食うのか? 全部? 全部平らげるとなったら胸焼けどころの問題じゃないぞ?」
 ケーキみたいなものは、長い間常温で放置しておけない。アレほど多いと冷蔵庫には収まらないだろうし。
「そこでだ。俺も幾らか援軍を呼ぶつもりだから、お前も誰か呼べ」
「誰かっつったって、俺の知り合いなんて高が知れてるぜ? 学校の友達は……あんまりここに呼びたくないしな」
「何でだ?」
「色々と面倒なんだよ」
 これと言って理由はないけど、自分より目上の身内がいると友達を招待し辛い。
 だがそれは説明するのは面倒で、微妙に恥ずかしい。
「良いから、俺の力なんかアテにしないで自力で頑張ってくれ。援軍は呼べないが、俺も食う事なら手伝える」
「一人でも良いから呼べ! あ、ユリとかいるだろ! アイツで良いから!」
「……ユリか」
 呟いた小太郎は俄かに俯き始める。
 なんだろう、地雷だったか?
「どうしたんだよ? また喧嘩でもしたのか?」
「またってなんだよ。そんなに喧嘩した覚えはない。……なんか知らないけど、ユリのケータイに繋がんないんだよ」
「うわ、コイツ着信拒否されてるよ……可哀想になぁ?」
 武彦がニヤニヤ笑って茶化してみるが、小太郎のほうはマジのようで、武彦の言葉を真に受けてズーンと重い空気を背負う。
「な、なんだよ、そんなマジになるなって」
「マジにもなるぜ……。何でこんな事になったのか……」
 頭を抱え始める小太郎に、武彦はどうして良いやらわからず、適当にケーキをつめた小箱を彼に渡す。
「ほ、ほら、これでも持って会いに行ってみたらどうだ? 家はわかるんだろ?」
「いや……住所聞いたこともないな」
「マジかよ……。いや、それでもどうにかこうにかいけるだろ! 何とかなるって! さぁ、行った行った!」
 顔色も悪い小太郎を、武彦は無理矢理追い出し、一息ついた。
「あんな小僧、見てる方が病んでくるぜ……。さて、ケーキでも食うか……見てるだけで気分悪くなるがな」

***********************************

 武彦が手近にあったショートケーキを一口分だけ口に運んで『ぎ、ギブ……』と呻き始めた頃。
 ドアを開けて入ってきたのはシュライン・エマだった。
「武彦さん、援軍呼んできたわよ」
 武彦に言われて、ケーキ消化のための援軍を呼びに行ってもらっていたのだ。
 彼女の後ろからは黒・冥月、藤田 あやこ、黒榊 魅月姫がついて来ていた。
「まだもう少し声をかけてあるから、ケーキが悪くなる前にはきっと全部食べきれると思うわ」
「おぅ、サンキュ。今一口食ってわかった。俺一人じゃ絶対無理だ」
 青い顔して武彦が礼を言う。
 タバコを吸う武彦にとって、甘いモノとはあまり好ましいものとは言えないのだ。
「ハロー、草間さん、その節はどうも」
「おぉ、あやこ。IO2就職おめでとさん」
 援軍の中にあやこを確認して、武彦がパチパチと適当に拍手をした。
「どういう事?」
「草間さんって言うか、ディテクターの斡旋でIO2のオカルティックサイエンティストになれたの」
「まぁ、俺もそんなに何かしたってわけじゃないけどな」
 そう言って、武彦は薄く笑ってそっぽを向いた。
「でも、草間さんがケーキを貰うなんて……何か罠に引っかかったんじゃないの? 誰かに騙されたとか」
 そう言ってあやこが訝るが、武彦は苦笑して手を振った。
「いや、出元はしっかりわかってるし、騙された、とか、罠、とかはないはずだ」
 とは言いつつ、その出元とやらをハッキリ言わないのは守秘義務か何かだろうか。
 仕事で貰ってきたものかもしれない。
「それにしても……多いですね。よくもまぁ、これだけ頂いてきたものですね」
 台所を埋めるぐらいにあるケーキの山を見て、魅月姫は呆れた調子で呟く。
「魅月姫も手伝ってくれるんだよな?」
「私は応援させてもらいます。頑張ってください」
 魅月姫はそう言いながら席に座り、零が持ってきた紅茶を『ありがとう』と言って受け取っていた。
 その内に、冥月が台所から適当なケーキをお盆に載せてこちらに出てきている。
「全く、何で私がこんな雑用のような事をせねばならんのか。小事の解決ぐらい草間だけでやれ」
「小事じゃ収まらなかったからお前らを呼んだんだろうが」
 武彦の返答を聞きながら、冥月はやれ『仕方ない』『面倒臭い』とため息をつきながら、結構テキパキとケーキを口に運んでいる。
 どうやら言動とは裏腹に、実は乗り気らしい。
「じゃあ、私たちもさっそく参戦しようかしら。武彦さんもコーヒーゼリーなんかで甘味を抑えれば、ケーキパフェとか食べれるわよね?」
「うへ、マジで食わせる気かよ……」
「誰の所為でこんなにケーキを頂く事態になったのかしら?」
「……っち、わぁーったよ」
 嫌がる武彦と零も加えて、魅月姫を抜いた五人でケーキパーティを始めるのだった。

***********************************

 青かった顔を更に青くして、武彦が『もう駄目だ』と弱音を吐き始めた頃。
「なぁ、ちょっと良いか」
 食事中の歓談、と言うより辛い事を一時でも忘れるために苦し紛れのお話として、武彦が声をかけた。
「小僧とユリって、何かあったのか?」
 尋ねられて、その場にいた全員は各々顔を見合わせるが、すぐに首を捻る。
 ただ、冥月だけは少し思案顔で唸っていた。
「もしかしたら、アレがこじれているのか……?」
「なんだ、冥月、何か知ってるのか?」
「ああ、こないだ小僧と訓練してる時に聞かされた話なんだが……どうやらユリから『小太郎のことは好きじゃない』と、間接的にだが聞かされたらしい。ユリからも話を聞いたんだが、間違い無さそうだ」
「……それだけか? それだけであんなに凹んでるのかよ、あの小僧」
 いくらなんでもガラスのハートすぎる小太郎の心に対し、武彦は深くため息をついた。
「そんなの、どうせどこかで誰かに誤魔化した所を一部だけ聞かされた、って所だろうがよ。何を今更……」
「私も最初はそう思ったんだがな。どうやらそうではないらしい。小太郎の方はどうか知らんが、ユリの方は『何か終わりが見える』とか言って、漠然とした何かを恐れていたようだ」
「何か終わり……ねぇ。ガキの世界じゃそういうのが流行ってるのか?」
 抽象的すぎて、ユリが何に怯えてるのかすらわからない。
 そんな状態で彼女の心を探ろうとしても無理な話だろう。
「で、どうしてそんな話をいきなり始めたの?」
「何か、小太郎くんの事で気になることでもあった?」
 あやことシュラインに尋ねられ、武彦も唸る。
「それが、さっき小僧に、ユリの所へケーキを持ってけって言ってやったんだが、どうやらアイツ、ユリから着信拒否喰らってるみたいなんだよな」
「着信拒否ぐらい、痴話喧嘩がこじれたらありそうなことじゃない?」
 チーズケーキを食べながらあやこが軽く言う。
 手軽に相手を嫌っている気持ちを示すのに、携帯電話が普及した今、着信拒否と言うのは良い手段だ。
 相手を拒否している、と言うのがストレートにわかるのだから。
「単なる痴話喧嘩なら別に良いんだがな。犬も食わねぇって言うし、俺も構うつもりはないんだ。……ただ、あれだけ凹んだ小太郎を見せられたらどうも気になる」
 フォークをくわえて思案に浸る武彦を見て、シュラインは小さく笑った。
「ふふ、大分保護者が板についてきたわね?」
「アホ。そんなんじゃねぇよ。小間使いとして役に立たなくなったら困るってだけだ」
 武彦の言葉を聞いても、クスクス笑うシュラインに、武彦は舌打ちしてそっぽを向いた。
 そしてシュラインはふと気付く。
「そういえば、小太郎くんの保護者って今のところどうなってるの?」
「あ? 何のことだ?」
「学校に提出する書類とかにあるじゃない。保護者って彼の両親なのかしら?」
「……ああ、それについては追々話そうと思ったんだがな……一応、俺が身元引受人として据えられたよ。アイツの親ともしっかり話した」
「えぇ? いつの間にそんな事……」
 事務員として頻繁に興信所に出入りしているシュラインも気付かない内に、とは、かなりの隠密行動だっただろう。
 何故そんな事をしたのか?
「小太郎の要望でな。他の人に心配かけたくねぇって。確かに、あの親の反応を見れば隠したくもなるわ」
 武彦はその時の事を思い出して、イライラとフォークを振った。
「何があったか聞いても良いかしら?」
「……小太郎には言うなよ。アイツの両親な、ずっと前に離婚してたらしい」
 武彦はフォークをケーキに突き刺し、腕を組んで椅子の背もたれに寄りかかった。
「小学生ぐらいの頃とか言ってたな。それから小太郎は父親の方に引き取られたらしいんだが、その頃にアイツの異能が発動し始めて、親の方は気味悪がって小太郎を避けるようになったらしい」
 自分とは違うものを嫌う人の性。それが親子間でも起きてしまったのだろう。
 いくら親子と言っても所詮は他人、という事だろうか。物悲しい思い出だった。
「それから放置されっぱなしだった小太郎は、家出してここまで来たって話だ。当然、親の方は行方不明届けも出さないままだ。むしろ見つからない方が幸せ、ぐらいの考えだったんじゃねぇかな。俺が身元引受人になるって言った時の嬉しそうな声、聞かせてやりたかったよ」
「その親とは直接会ったの?」
「……会ってたら一発ぐらい殴ったかもな」
 武彦は小さく笑って答えた。

 何となく静かな興信所内。
 気分を切り替えるスイッチのように、武彦がパチンと手を叩く。
「さぁ、そんな話よりは小僧の事だ。今、ユリの家に向かわせてるんだが、どうやあアイツはユリの住所を知らないらしい」
「え? 住所知らないのに、家にいけるの?」
 あやこが尋ね返すが、武彦は首を振った。
「恐らく、迷いに迷った挙句、ここに戻ってくるだろうな。そこでだ。お前らについて行って欲しいんだが」
「そんな事言われても、私たちもユリちゃんの住所は知らないわよ? 誰か知ってる?」
「いや、私は知らないけど」
「私も知りませんね」
「あぁ」
 あやこ、魅月姫、冥月の順の返答。ただ、最後の冥月だけはなんとも気のない返事だったが。
 どうやらケーキを食べるのに一生懸命らしい。
「あの……冥月さん?」
「あぁ」
「ちょっと、話に参加しない?」
「あぁ」
 一心不乱にケーキを食べ続ける冥月。そこまでケーキが好きか、と訊きたくもなる。
「おい、冥月! 聞いてるのか、お前!」
「あ? ああ、スマン。なんだった?」
 武彦に大声で声をかけられ、やっとまともな反応を見せた。
「ユリの居場所を知らないかって聞いたんだ」
「影を探れば見つけられんこともない。だが、今はケーキをだな……」
「ケーキは後で良いから! とりあえず、みんなで小太郎を追ってくれ」
 武彦に言われ、四人は興信所を出たが、冥月だけは『残しておけよ! 知り合いにケーキ好きがいて、そいつにもお土産に持っていくから』云々と慌しかった。

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 魅月姫と冥月の能力で、小太郎のすぐ近くに一瞬で転移する。
「うぉ、なんだなんだ!?」
 身構える小太郎だが、出てきた人物がみんな知り合いだとわかると警戒を解く。
「なにやら落ち込んでるみたいね、少年?」
「あやこ姉ちゃん……別にそんなんじゃねぇよ」
 と言いつつ、小太郎の背中にはどんより暗いオーラが見える。
「何でもユリさんから着信拒否されてるとか……、本当ですか?」
 薄い笑みと流し目で、魅月姫が小太郎を見る。これは心配してるわけではなく、むしろ楽しんでいるように見える。
 小太郎も痛い所を突かれたらしく、小さく『グゥ』と声を漏らし、それ以降何もいえなくなった。
「いちいち落ち込むな、面倒臭い! こんな事、パッパと済ませるぞ!」
「こんな事って……俺としては結構重要な事なんだけどな」
「まぁまぁ、とりあえずもう一度ユリちゃんに電話をかけてみましょ」
「番号間違いとかじゃないんですか?」
 魅月姫に聞かれて、小太郎は一応確認してみるものの、電話番号はメモリーに登録してあって間違えるはずはないし、連絡もない内にユリの電話番号が変わってたりしたらそれはそれでショックだ。
 試しにシュライン、冥月、あやこも携帯電話でユリの番号を確認してみるが、小太郎の登録番号と違わず、電話番号変更の連絡もない。
「これは……本当に着拒かもね……可哀想に」
「こら! 俺を哀れんだ目で見るな!」
 あやこの憐憫の視線に耐えられなくなり、小太郎は自分の顔を覆い隠した。
「それよりも、小太郎くんの電話が通じないなら、私たちので試してみましょ。流石に全員分着信拒否って事はないと思うし」
 シュラインの提案で順番に電話をかけてみる事になったのだが、最初の一本目、シュラインがかけた電話である事に気付く。
『電波の届かない場所にいるか、電源が入っておりません……』
「あら、これって」
「どうしたんですか? 本当に着信拒否になってるとか?」
 魅月姫が首を傾げて尋ねるが、シュラインは苦笑して返す。
「これって、もしかしたらただ単に向こうの電池が切れてるのかも」
「はぁ? どういうことだよ!?」
 噛み付いたのは小太郎だ。
 先程まで着信拒否されてる! と打ちひしがれていたのに、シュラインの言った事が真実だとすると打ちひしがれ損だ。
「小太郎くんが電話をかけたとき、留守電サービスに繋がったかしら?」
「いや、デンパが届かないとか、電源が切れてるとか言ってたけど……」
「やっぱり。武彦さんの早とちりにも困ったものね」
 短くため息をついて、シュラインは言葉を繋げる。
「着信拒否なら『只今電話に出る事ができません』とか言われて、メッセージを残すような対応になるはずよ。でも、今私がかけたら小太郎くんが言ったように『電源が切れてる』って言われた。という事は、きっとユリちゃんの充電し忘れね」
「な、なんだそりゃ……マジで落ち込み損かよ……」
 それを聞いた小太郎はヘナヘナとその場にしゃがんでしまった。
 安心して力が抜けたのだろうが、それはまだ早い。
「とは言っても、ユリちゃんはマメそうだし、充電し忘れるなんてどうしたのかしらね?」
「仕事が忙しい、とかか?」
「それなら逆に携帯はいつでも繋がるようにしてだろう。急な連絡が入ると困る」
「って言うか、今はそんな事、関係ないんじゃない? 何で充電されてないか、よりもユリに会う方法を考えた方が良いでしょ。本人に聞けばすぐわかることだしね」
 あやこに言われ、全員考えを切り替え始める。
 確かに、こんな所で考えていても結論には至るまい。
「別のルートでユリに接触するとなると……麻生か。仕事上のパートナーなら、恐らく所在もわかるだろう」
 言いながら冥月は手早く携帯電話を操り、真昼に電話をかける。
『はい、もしもし。どうしました?』
 意外と早く電話に出た真昼。もっとおっとりした対応になるかと思ったが、杞憂だったようだ。
「ユリの居場所を訊きたい。お前なら何処にいるか知ってるだろ?」
『ええ、まぁ知ってるには知ってますよ。僕の隣で寝てると思います』
「……はぁ?」
 なにやら問題発言をサラリと言ってのけた真昼。隣で寝てるってどういう……?
 数瞬置いて、自分の失言に気付いたのか、真昼が慌てて訂正を始めた。
『あ、いや、そういう意味ではなくてですね! 隣の部屋で寝てるっていう話で……別に……』
「同じ家にいるのか?」
『と言うか、仮屋がアパートなので同じ家と言って良いのかどうか……。今朝方まで徹夜で仕事だったものですから、きっと寝てると思います』
「……まぁ良い、住所を教えろ。すぐにそっちに行くから」
『あ、はい、わかりました。ええとですね……』
 真昼から住所を聞き出し、一行はそこへと向かった。

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「徹夜明けで休んでる所に会いに行って大丈夫かしら?」
「良いんじゃない? ケーキでおめざってのも」
「……うぉ、なんか俺、緊張してきた」
「初めて彼女の家に行く彼氏じゃあるまいし、もっとリラックスしたらどうです?」
「そんな事言われたって……考えてみれば、ユリの家に行くのって初めてだ」
「小僧、足が止まってるぞ。歩け歩け」
 そんなこんなで、一行はアパートの前まで辿り着く。
 建物は外見からしてかなり古そうなアパートだった。所々塗装ははげ、鉄の階段は手すりも足場も錆びていた。
「あ、ほら、みんな来たよ」
「……え?」
 話し声が聞こえ、そちらを見ると、一階の一番奥の部屋のドア付近に真昼が、ドアの奥にユリが見えた。
 真昼が指をさす先、つまり一行の方をユリが見ている。
 すると、突然ユリがドアを勢いよく音を立てて閉めた。心なしかアパート全体がぐらりと揺れた気がした。
「あ、あれ? どうしたの、ユリさん?」
 驚いてドアをノックする真昼に、一行は近づいていった。

「どうしたんですか?」
 魅月姫が尋ねると真昼も首を傾げる。
「よくわかんないんだけど……。まだ眠いのかな?」
「そんなわけないだろ。退け、私が声をかけてみよう」
 真昼を退かし、冥月がドアの前に立つ。
「ユリ。どうしたんだ? 何かあったのか?」
「……冥月さん、ですか」
 ドアの奥からくぐもった声でユリが返事をしてきた。
「……か、帰ってください」
「どうしたんだよ、ユリ? 何かあったなら聞かせてくれ」
「……冥月さんには話したはずです。……こ、小太郎くんが、……怖い」
 ユリの声はか細いながらも、ドアを隔てた小太郎にも聞こえた。
 小太郎が怖い、と言われても、何が怖いのかよくわからないが、ただ単純に拒否の気持ちだけは鈍い小太郎にでもわかった。
「……シュライン姉ちゃん、これ」
「え? どうしたの?」
 小太郎は近くに居たシュラインに、ケーキの入った小箱を渡す。
「俺が居てユリが出てこないんだったら、俺はもう、帰るよ。興信所で草間さんも悪戦苦闘中だろうし、向こうの応援に行く」
「ちょっと、それで良いの!? ちゃんと話し合って解決すべきじゃ……」
「ごめん、俺にもよくわかんないけど、今はまだ無理っぽい」
 ユリの拒否がかなり堪えたのか、小太郎は努めて笑顔を作ろうとしてるが、うまくいかないらしい。
 引きつった笑みで、
「ユリ、……じゃあな」
 と声をかけ、そのまま帰っていった。
 確かに、あの様子じゃユリだけじゃなく小太郎までもまともに話なんか出来なさそうだ。
「……ユリ、小太郎は帰ったぞ。これで良いのか?」
「……わかりません」
 ドアの奥からペタペタと離れていく足音が聞こえた。鍵をかけないところを見ると、一応招き入れているのだろうか?
 顔を見合わせた四人は、とりあえずユリと話をするためにドアに手をかける。

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 部屋の中は小さなワンルームだった。
 一応台所も風呂もあるようだが、これだけ小さい部屋だと何をやるにしても不便そうだ。
 とは言え、仮屋なので永住するわけではない。すぐに引き払うだろうし、あまり心配する事もないか。
「色々訊いても良いかしら?」
 小さな丸テーブルにユリ、シュライン、あやこ、魅月姫がつき、真昼は台所でお湯を沸かし、冥月は壁に寄りかかっている。
 テーブルには人数分のケーキが置かれているが、誰もそれに手をつけていなかった。
「……私に答えられることならば」
 ユリが小さく答えるのを聞いて、シュラインは軽い所から何か質問してみよう、と思って話題を探してみるが、気になるところは何処も重たい話ばかりだった。
 代わりに魅月姫が尋ねる。
「小太郎さんと何があったのか、詳しく聞かせてくれませんか?」
 聞きたい事をスパッと尋ねられる人間というのは貴重だ。
 だが、あまりにもスパッといき過ぎたので、シュラインがパタパタ手を振ってフォローする。
「根掘り葉掘り、ってワケじゃなくて、話せるところまでで良いから聞かせてくれないかしら?」
「……正直、私にもよくわかりません」
 俯いたユリは小さな声でボソリと答える。
「……何故か小太郎くんが怖いんです。もう、会っちゃいけない、近付いちゃいけない気がするんです。『それが私のためだ』って、誰かが呟くんです」
 今まではどんな時も離れたくない! ぐらいの勢いだったのが百八十度変わっている。
 魅月姫は幻術の類を疑って、魔力を調べてみるが今現在、特に幻術にかかっているような様子はない。
「こないだ、私に話した時より具体的になっているな。何かわかったことでもあったか?」
 冥月が尋ねるが、ユリは首を振る。
「……何もわかりません。でも、この恐怖は日増しに大きくなってる気がします。……私、どうしちゃったんだろう……」
 どうやらユリの中でも葛藤があるらしい。
 小太郎に会いたい自分と漠然とした恐怖が対立しているのだろう。
 その力関係は日毎に恐怖が勝っているようだが。

 しばしの沈黙。その静寂に真昼が入り込んできた。
「お、お茶が入りました。どうぞ」
 人数分のカップとティーポットをお盆に載せ、テーブルに置く。
「僕が淹れたんで、美味しくないかもしれませんが、茶葉は結構高級なものらしいですよ。なんとか〜って言うどこぞの国の茶葉らしいです」
 茶葉に関しての情報が全く入ってこなかったように思える真昼の言葉を完全に無視して、各々紅茶を受け取る。
「……確かに、淹れるのは下手なようですね」
 香りを吸い込んだ魅月姫が一言、バッサリと斬りつける。
「茶葉の質だけに頼っていてはいけませんね」
「僕はその手の知識がないモンで、すみません、我慢してください」
 苦笑した真昼はそのまま引っ込んで行った。
 とりあえず真昼の事は放っておいて、あやこが気になった事を尋ねてみる。
「で、その茶葉って何処で手に入れたの?」
「……え、ええと、わかりません。貰い物なので」
「貰ったもの……誰から?」
「……知り合い、北条さんと言う方からです」
 そう言ったユリの顔に、にわかに笑顔が戻った気がした。
 ユリは紅茶を一口飲み、『げっ』と小さく声を零した後、真昼に向けて『もっとしっかり淹れてください!』と厳しめのアイコンタクトを送っていた。
「北条……聞いた名前ね」
「あやこさん、知ってるの?」
「知ってるって言うか、最近IO2の本部に呼ばれた時にチラリと話を聞いたぐらいね。何でも、とある事件の重要参考人、とか」
 IO2のオカルティックサイエンティストになった際に、面倒な手続きのために何度かIO2の本部まで出向いたらしいあやこ。
 その時に顔も見たらしいが、あまり覚えていないとか。
「その『とある事件』とはなんなんだ?」
「私には聞かされてないわ。話によるとトップシークレットって聞いたけど」
「その事件ってもしかして……」
 思い当たる節があったのか、シュラインが口を開く。
「もしかして、佐田の件かしら?」
「佐田……? 佐田 征夫ですか?」
 懐かしい名前を聞かされ、魅月姫が尋ね返した。
 だが、それにシュラインは答えあぐね、微妙な苦笑を返すだけだ。
「IO2でもトップシークレットな事なのに、あまり大っぴらにするのは気が進まないわね」
「ヤバい事件なのか?」
「……どうやらそうらしいわ。その件に関してなんだけど……ユリちゃんは何か聞いてないかしら?」
 シュラインの問いに、ユリはしばらく黙った後にコクリと頷いた。
「……お話は、一応全部聞きました。事件が起きた後、すぐに呼び出されて色々訊かれもしました」
「話が見えないんだが、詳しい話を訊いても良いか?」
 冥月が尋ねるが、シュラインはやはり苦笑するばかり。話して良いものかどうか考えているのだろう。
 しばらくして、覚悟を決めたのか、その場にいた全員と目を合わせ、一つ尋ねる。
「これは多分、すごく危険な話なんだけど、聞く覚悟はあるかしら?」
「愚問だな」
 冥月のたった一言の答えだけで十分だった。
 それを聞いたシュラインはやはり、と言う意味を込めて小さく笑った。
 そして、すぐに言葉を継ぐ。
「つい先日、武彦さんから聞かされた話なんだけど、佐田 征夫が誰かに殺されたらしいわ」

 話の内容を掻い摘んでまとめるとこうだ。
 佐田 征夫が誰かに殺された。
 その時、佐田がいた拘置所には強力な結界が張られていたにも拘らず、それを掻い潜った能力か魔法が原因だと言う。
 佐田は極刑が決まっており、刑が執行される前に死んでしまった事は、IO2にとって隠したい事実。
 それ故、あまり多くの人には広まっていないが、とりあえず今わかっている時点では、ディテクターである武彦とユリには話は通っているらしい。
「武彦さんは能力を買われて、犯人捜索の助力を乞われたらしいんだけど……」
「……私の場合は違います」
 シュラインの言葉を繋ぐように、ユリが口を開いた。
「……私がその話を聞かされ、そして尋問されたのは……佐田 征夫が、私の父だからです」
 衝撃の事実! と言うわけではなく、その言葉はやんわりと全員に染み渡るように納得された。
 その線も、予測できた範囲だったのだろう。
「やっぱりね……。薄々そうなんじゃないか、とは思っていたけど」
「……黙っていて、すみませんでした。隠すつもりはなくて……ただ、何となく言い難かったんです」
 頭を下げるユリ。それでも誰も責めるような事はしなかった。
「まぁ、それは良いとして、その北条って人が呼ばれたのはどういう理由なわけ?」
「苗字が違うという事は、家族ではないのでしょう? まさか婿に入ったとかですか?」
「……いえ、北条さんは……もともとオオタ製薬で佐田の部下をしていました。ですが随分前に辞めていて、私もあの人の行方は知りませんでした」
 オオタ製薬とは、佐田が所属していた会社だ。
 その会社を隠れ蓑にして、符の研究開発を続けていたのだ。
 佐田の事件が終わった後は、IO2によって廃業に追い込まれたようだが。
「オオタ製薬の人間、と言う割には敵意みたいなものが感じられませんね?」
「……はい。あの人は佐田の部下でしたが、私にもよくしてくれました。私のお兄さんみたいな人です。と言ってもお兄さんと呼べるほど歳が近いわけじゃないんですけどね」
 そう言ってユリは笑みを零す。
 小太郎を前にした時のパニックから見ると、随分と自分を取り戻しているように見えた。

 この後は世間話をしながらケーキを食べ、そしてしばらくした後に一行はユリの家を出ることになった。

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 ユリの部屋を出る際、玄関でシュラインがユリに振り返る。
「……心配してくれてありがとうございました」
「ううん、それは良いんだけど……」
 気がかりなのは小太郎との関係だ。
 いつかどこかでちゃんと解決しないと、今のままの関係をずるずる引きずりそうである。
「ユリちゃん、小太郎くんとはもう会わないつもり?」
「……っ! ……わ、わかりません」
 俯いて、ユリは小さな声で答える。
「……ちゃんと話し合って解決した方が良いとは思います。でも、どうしても小太郎くんの顔をちゃんと見れないんです」
「何が原因かは……わからないのよね」
「……はい、すみません」
「ユリちゃんが謝る事じゃないわ。でもね――」
 シュラインはユリと視線を合わせて、努めて優しい声で語りかける。
「――小太郎くんみたいに、誰かに真っ直ぐぶつかってくる人ってそうそういないわ。大切な人なら、失くしちゃダメだと思う」
「……大切な、人」
 シュラインの言葉を鸚鵡返しし、ユリはその言葉をしっかり噛み潰して飲み込んだようだった。
「……そうですよね。小太郎くんは大切な人。……そのはずです」
 確かめるように頷き、何度か握りこぶしを作っては解き、握っては解きを繰り返した。
「……ありがとうございます、シュラインさん。今はまだ無理かもしれないですけど、いつか小太郎くんと話してみます」
「うん、それが良いと思うわ。興信所ならいつでも開いてるだろうから、好きなときに来てね」
 幾分晴れやかになったユリの顔を見て、シュラインも笑顔を返す。
 そして、そのままユリの部屋を出て行った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / 女子高生セレブ】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマ様、シナリオに参加してくださり本当にありがとうございます! 『サブタイは子供たちのヤな過去とか』ピコかめです。
 誰にでも嫌な思い出ってあるもんですよね。何も考えて無さそうな小太郎にも然り。

 ケーキパフェ……ぶっちゃけ初めて聞いた単語なんですが、そんなモノもあるんですね。慌ててググっちまった。
 甘いモノがあまり好きでないからなのか、そっちの方にアンテナ伸ばしてませんでした。
 甘味の世界も侮れないなぁ。
 では、次回もよろしければ是非!

(追記)ホント、済みませんでした。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ……あぁ、もぅ。