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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ちゅーちゅーパニック


 そよそよと窓から入る風が、どことなく涼しい。記録的な猛暑だった夏から、そろそろ秋へと移行しようかとしている。ぎらぎらと射るようだった太陽の光も、何処と無くやわらかくなってきている気がする。
 そんな、昼下がりの草間興信所。
 ソファの上では、ねこだーじえる・くんがうとうとと日向ぼっこをしていた。シュライン・エマは、日々溜まって行く書類を綺麗に整理していた。草間はまだ暑いのか、ぱたぱたと団扇を仰ぎつつ、シュラインの仕事を手伝う。
 本来ならば、草間の仕事をシュラインが手伝っている事になるのだが。
 いつもながらの、何気ない昼下がり。
――ガサッ。
 それは、不意に聞こえた音だった。ソファの上のねこだーじえるは、寝惚け眼でむっくりと起き上がる。
「今、何か聞こえなかったにゃ?」
 ふわ、とあくびをしながら尋ねる。
「聞こえた気がするんだけれど」
 シュラインはそう言い、辺りを見回す。すると、再びガサガサと音がした。
 今度は、はっきりと音の根源が分かった。天井だ。
「上、だな」
 草間はそう言い、眉間に皺を寄せながら天井に向かって指差した。
「何かしら?」
「ネズミがいるんじゃないか?」
 シュラインの問に、草間が答える。草間興信所の入っているビルは、決して新しくない。ネズミの一匹や二匹、はたまたそれ以上がいたとしてもおかしくない。
「いやね、ネズミなんて」
 シュラインは言いながら、苦笑をもらす。別にネズミは怖くない。茶翅のガサゴソ動く、頭文字Gの奴に比べたら、なんてことはない。いや、むしろ断然いい。
「古いからな、ここも」
「ネコイラズでも置いてみる?」
 そう話している間にも、天井ではガサガサと音がしている。その音を聞き、ねこだーじえるがうずうずと身体を揺らす。気になって仕方がないのだ。
 ねこだーじえるは、ネズミについて話している二人に向かい、ぽん、と胸をたたく。
「あちしが、ネズミ退治するにゃ!」
 妙に誇らしげに言うねこだーじえるを、草間とシュラインはじっと見つめた。次に二人は顔を合わせ、何と言っていいのかを考える。
「……猫、だものね」
 ようやくシュラインが口にしたのは、その言葉であった。ねこだーじえるは「勿論」と、再び誇らしげに答える。
 だが、二人が顔を見合わせ、言葉を口に出来ないのには理由がある。
 不安、なのだ。
 ねこだーじえるだけで、本当にネズミを捕獲できるのだろうか、という不安。決して、一匹がちょこんといるわけではない。更に、捕まえるまでじっとしてくれる筈は無い。必ずと言っていいほど、ネズミは逃げ回るだろう。
 それを、猫神だからといってねこだーじえるに捕まえられるのだろうか。
 そんな二人の不安そうな顔に、ねこだーじえるは「任せるにゃ」と力強く言う。ねこだーじえるに任せるという事が、不安なのだ。その、自信に満ちた表情が、更に不安を加速させるような気がする。
 無事に、ねこだーじえるにネズミを捕まえられるのだろうか。その一点が。
「天井にいるのなら、天井に行かないと駄目にゃ」
 ねこだーじえるは、そう言ってじっと天井を見つめる。天井からは、まだガサガサと音がしている。
 草間とシュラインは顔を見合わせ、ため息を漏らしあいながら笑う。
「仕方ないわね。武彦さん、天井板を外してあげて」
「分かった」
 シュラインは天井からの音を聞き、ネズミが見えて、尚且つネズミから気付かれにくい場所を特定する。そこを指示し、草間に天井板を外させた。
「いいか、あまり無理するなよ」
「そうよ。無茶だけはしないでね」
「大丈夫にゃ。あちしに任せるにゃ!」
 心配そうな二人に、力強くねこだーじえるが答える。草間の手を借り、天井裏へと足を踏み入れた。
 天井裏は、埃っぽかった。長い年月を感じさせる。思わずけほけほと咳が出てきた。
「ネズミは何処にいるにゃ?」
 ねこだーじえるは、きょろきょろと辺りを見回す。薄暗い天井は、ところどころ開いている天井穴からもれている光が頼りとなる。
 ガサガサ、と再び音がした。ねこだーじえるの耳がぴくりと反応し、音のした方へと目を向ける。
「いたにゃ!」
 ねこだーじえるは、カサコソと動くネズミを発見する。見るところ、総勢3匹。
「捕まえるにゃ!」
 気合を入れ、ねこだーじえるは地を蹴る。素早い動きの上、シュラインが支持したネズミに気付かれにくいといわれた場所。そのため、ネズミがねこだーじえるの存在に気付くまでに多少の時間が生じた。
「にゃっ!」
 掛け声とともに、ねこだーじえるはネズミに飛びつく。
 ちゅーっ!
 一匹、捕獲。
 ねこだーじえるは、一匹をにっこりと笑いながら両手で捕まえる。しかし、他の二匹はあっという間に逃げ出してしまった。
「待つにゃっ!」
 ねこだーじえるの制止が聞けるはずも無く、二匹のネズミは逃げ惑う。そうして、気付けばねこだーじえるが入ってきた天井板を外したところから草間興信所の中に逃げ込んでしまった。
 草間興信所で、心配そうに天井を眺めていたシュラインと草間は、突如下りてきたネズミたちに思わず声を上げる。
「うわっ! なんだ、ネズミか?」
「いけない。窓と扉を閉めなきゃ!」
 シュラインは、慌てて扉と窓を閉める。とにかく、ネズミを外に出さないようにしなくては。
「そっちに逃げたにゃ!」
 天井の穴から、一匹のネズミを掴んだねこだーじえるが降りてきた。
「ああ、知っている。さっきお目見えしたからな」
 草間が渋い顔で言う。ねこだーじえるは「話が早いにゃ」と頷く。嫌味は通じない。いたって真面目なのだから。
「一匹は捕まえたにゃ。あと、二匹にゃ」
「その一匹のネズミちゃんは、この箱の中にでもいれて置きましょう」
 シュラインはそう言い、菓子の入っていた大き目の箱を持ってくる。蓋にいくつか空気穴を開け、ねこだーじえるの捕らえたネズミを入れた。逃げ出さないよう、念のために従事に輪ゴムをかけた。
「武彦さん、そこ!」
 輪ゴムをかけ終え、ふと見ると草間の足元からひょっこりとネズミの尻尾が出ていた。草間は慌ててネズミを捕らえようと手を伸ばすが、勢いあまって近くの本棚に手をかけてしまう。
――ばさばさばさばさっ!
 本棚に入っていたファイルが、音を立てて落ちていく。ついでに、本棚の上にたまっていた埃も。
「埃っぽいわね」
 シュラインは慌てて、換気扇を回す。窓を開けられない今、空気の入れ替えは換気扇を使うしかない。
「あ、いたにゃ!」
 ねこだーじえるは、冷蔵庫の横からネズミの顔が覗いているのを見つけ、飛びかかる。突然の出来事に、シュラインは「きゃっ」と小さな悲鳴を上げ、ふらりと近くにあった棚に寄りかかる。
――がしゃんっ!
 棚の上に置いてあった鍋が、音を立てて落ちていく。硝子類が無かったのが幸いだった。お陰で、なにも壊れずに済んだ。
「あ!」
 がらがらと動く鍋のうち、一つがひっくり返ったままになっていた。ついでに、鍋の端からネズミの尻尾が見えた。
 一匹を更に捕獲したのだ。
 シュラインは鍋の中の一匹を捕まえ、菓子箱の中に追加した。これで、残りは一匹。
「ええい、待て待て!」
 残りの一匹を、草間が追っていた。それを見て、ねこだーじえるが「あちしも追いかけるにゃ!」と仲間に加わる。
「そっちに行ったにゃ!」
「何を、そっちだ!」
「ああん、もう。そこにいるじゃない!」
 ばたばたと盛大に草間興信所内が散らばっていく。棚から資料は落ち、置物は倒れ、埃は舞う。
「捕まえたにゃ!」
 長い格闘の果てに、ようやくねこだーじえるが最後の一匹を捕獲する。シュラインと草間は、ぱちぱちと手を叩き、健闘をたたえる。
 シュラインはネズミを受け取り、同じように菓子箱に入れた。これで全部だ。
「このネズミ、山にでも連れて行くわね。それにしても……」
 シュラインはそう言い、草間興信所内を見回す。一言で言えば、ぐしゃぐしゃ。シュラインも、ねこだーじえるも、草間も、皆埃まみれだ。
「掃除が大変だわ」
「大掃除だな、こりゃ」
 草間はシュラインと顔を見合わせ、ため息をつく。
「捕まえてよかったにゃ」
 ねこだーじえるは、嬉しそうに笑った。ねこだーじえるには、惨状がどうでもいいらしい。
 草間とシュラインは再びため息をつき、片づけと言う名の掃除を始めた。
「気の早い大掃除だと思うしかないわね」
 窓と扉を開け、大々的に誇りを払って行く。
「これも皆、ネズミのせいだな」
「そうねぇ……ネズミが住まうほど、裕福になったという事かしら?」
 もしそうならば、なんと複雑な心境だろうとシュラインは苦笑する。裕福なのはありがたいが、ネズミがいるのは困る。
「それにしても、あいつは手伝わないんだな」
「猫ですもの」
 じっと恨めしそうに見つめる草間の視線をものともせず、ねこだーじえるはソファの上でまどろんでいた。ネズミ捕獲では積極的に動いたねこだーじえるだが、掃除では手伝う様子は無い。
 猫だから、掃除には役に立たない。
 ねこだーじえるは、満足そうな顔で「うにゃ」と目をゆっくりと閉じた。
 びく、と身体を一瞬震わせる。夢の中でも、ネズミを追いかけているのかもしれない。
「呑気だな」
「猫ですもの、ね」
 くすくす、とシュラインは笑った。
 ねこだーじえるは、気持ち良さそうに寝息を立て始めていた。


<パニックは落ち着きを取り戻し・了>